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東京高等裁判所 昭和27年(ラ)7号 決定 1952年7月22日

千葉県佐原市佐原イ七百四十一番地

抗告人 中野周次

同所同番地

抗告人 中野トク

同所同番地

抗告人 中野昭平

同所同番地

抗告人 中野稔

右抗告人中野稔法定代理人親権者 中野トク

右抗告人四名代理人弁護士 羽生長七郎

白井茂

右抗告人等から千葉家庭裁判所佐原支部が同庁昭和二十六年(家)第七四号相続放棄申述取消申立事件について、昭和二十六年十二月二十八日なした申立却下の審判に対し、適法な即時抗告があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原審判を取消す。

原裁判所が抗告人等の申述にもとずいて昭和二十六年四月十二日なした相続放棄申述受理の審判を取消す。

抗告人等の右相続放棄の申述を却下する。

理由

一、本件抗告理由の要旨

抗告人中野トクは亡中野弥次郎の配偶者、その他の抗告人等はその実子であつて、昭和二十六年三月十三日右弥次郎の死亡によつて同人の相続人となつたものである。抗告人中野周次は昭和十六年一月十三日分家したが、右弥次郎から後日相当な財産の分与を受ける約束で、必要な土地及び家屋の使用を許されたばかりで何ら財産の分与を受けていない。また抗告人トクはすでに六十歳に近い老齢の身であり、抗告人中野昭平は跛者、抗告人中野稔は未成年者で且つ幼時腦膜炎に罹つたため白痴者であつて、いずれも自立の能力のないものであるが、被相続人弥次郎が腦出血で急死したため、財産の分与を受けていない。ところが抗告人と等しく亡弥次郎の相続人であるその長男中野克己は、右弥次郎の死亡するや、自己に子女が多くその生計の余裕の乏しいところから、被相続人の遺産を独占しようとし、遺産を抗告人等に分与する意思がないのにかかわらず、抗告人等に対しことさらに遺産の総額及び分与する財産を明示することなく、単に抗告人等が自立することができるだけの財産を必ず分与するから、とにかく裁判所へ相続放棄の申述をせよと申向け、抗告人等はその言を信じて昭和二十六年四月原裁判所に相続放棄の申述をなし、右申述は同年四月十二日同裁判所に受理せられた。右克己は右申述が受理せられると直ちに、相続財産全部につき自己名義に所有権取得登記を済ませ、その後同年八月末になつて、抗告人等に対し同人等に分与するほどの遺産がないから分与することができない旨申渡した。思うに克己は始めから財産分与の意思がなくまた抗告人等が自立のできるだけの財産を分与する余裕がないことを知りながら、相当財産を分与すべきことを明言して抗告人等を欺罔し、前述のように相続放棄の申述をなさしめたものであるから、抗告人等は民法第九百十九条第二項によつて原裁判所に右申述取消の申立をなした。ところが、原裁判所は相続放棄申述の縁由について欺罔や錯誤があつても、抗告人等の申述が真意に出でたものである以上は、これを取消す理由とはならないとして右申述取消申立却下の審判をした。しかし右相続放棄の申述は、第三者である克己の欺罔によるものであつて、民法第九十一条第一項によつてこれを取消しうるものと解する。但し民法は相手方保護のために相手方がその欺罔による行為であることを知らないときは取消しえないこととしてあるが、相続放棄の申述は単独行為であつて相手方ある行為ではない。裁判所は国家の機関であつて意思表示の効力を受ける私法上の相手方ではないから、民法第九百十九条第二項により右申述を取消すことを妨げないものと考える。それだのに原裁判所は法律の規定を誤解して、本件相続放棄申述の取消申立を却下したのは失当である。

よつて原審判を取消し、さらに相当な裁判を求めるというにある。

二、疎明方法

抗告人等代理人は疎甲第一ないし第五号証を提出し、原審における証人金子なか、同小林たか、同中野克己、同抗告人中野周次、同中野昭平、当審における証人中野克己、同抗告人中野昭平の各審問の結果を援用した。

三、当裁判所の決定理由

疎甲第二号証(筆頭者亡中野弥次郎の戸籍謄本)の記載及び原審における抗告人中野周次の供述を総合すれば、抗告人中野トクは亡中野弥次郎の配偶者、申立外中野克己はその長男、その他の抗告人等はその二男ないし四男であつて、昭和二十六年三月十三日右弥次郎の死亡によつていずれもその相続人となつたこと及び抗告人等が同年四月上旬原裁判所に相続放棄の申述をなし、同月十二日同裁判所においてこれが受理の審判のあつたことが認められ、さらに本件相続放棄申述取消申立書及び原審判書の各記載によれば、抗告人等が昭和二十六年九月七日、その主張のような理由で原裁判所に前記相続放棄申述の取消申立をなし、同裁判所は同年十二月二十八日、抗告人等主張のような理由をもつて右取消申立を却下する旨の審判をなしたことが明かである。

そして疎甲第一号証(中野克己の同意書)の記載、原審における証人金子なか、同小林たか、同中野克己、同抗告人中野周次、同中野昭平、当審における証人中野克己、(同抗告人中野昭平の各供述を総合すれば、中野克己)は前述のように抗告人等とともに亡弥次郎の共同相続人となつたが、自己に子女が多くその生計に余裕が乏しいところから、被相続人の遺産を独占しようと企て、真実抗告人等に財産を分与する意思がないのにもかかわらず、その遺産の総額及び分与すべき財産を明示せず、ただ抗告人等において相続放棄をなし克己において遺産を単独で相続したうえは、抗告人等に対しその自立しうるだけの財産を必ず分与すべきにつき、相続放棄の申述をせられたい旨申向け、同人等を欺罔し、抗告人等をして前述のように原裁判所に相続放棄の申述をなさしめたことが認められる。そうだとすれば抗告人等の右相続放棄の申述は、その真意に出でたものではあるが第三者たる克己の欺罔によつて錯誤に陥り、その意思表示をなしたものというべきであるから、抗告人等は詐欺を理由としてこれが取消をなしうること勿論である。もつとも相続放棄の申述は単独行為であつて、民法は相手方のない意思表示につき第三者が詐欺を行つた場合については特に規定するところがないけれども、第三者の詐欺による意思表示も一種の詐欺による意思表示に外ならないから民法第九十六条第一項の適用があるものといわなければならない。

原裁判所は右と判断を異にし、抗告人等の本件相続放棄申述の取消申立を却下したのは失当であつて、本件抗告は理由があるから原審判を取消すべきものとする。なお当裁判所は審判に代る裁判をなすのを相当と認めるからこれが裁判をなすべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 斉藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)

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