大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和25年(新う)3246号 判決 1950年8月15日

被告人

金仁旭

外二名

主文

本件控訴はいずれも之を棄却する。

理由

前略。第一点(五)は、原判決は、弁護人の主張した有罪の証拠のない旨及び正当防衛の各論旨に対して何等の判断を示さない違法があるというのであるが、刑事訴訟法第三百三十五条第二項にいわゆる「法律上犯罪の成立を妨げる理由又は刑の加重減免の理由となる事実」中には、有罪と認定すべき証拠がないから無罪であるという如きがものを包含しないことは多言を俟たないところであるから、原判決は固よりかゝる主張に対する判断を示す要はない。又正当防衛の点については原審第七回公判調書の記載によれば、弁護人は被告人金仁旭の判示第三の暴行の事実に付、被害者たる蘇伊蓮の証言の信憑力のないことを述べた後、被告人は被害者を殴るに付ては何等殴るべき事由がなく、被告人は押したという事実は認めるがこれは被害者がかかつて来たからで、前には注意しているが之を意識に基かない急迫不正の侵害に対する正当防衛であり、社会通念上何等の違法性がない云々と主張しているものであつて、果して刑法第三十六条第一項の正当防衛の主張であるか、必ずしも明瞭でないが、之を然く解する限り原審がこれに対して何等の判断をも示さなかつたことは所論の通りであり、此の点に於て原審は刑事訴訟法第三百三十五条第二項に違反して判決に示すべき判断を遺脱したこととなる。しかしながらかゝる判断遺脱を、判決に理由を附しない違法と為すことは相当でない。蓋し刑事訴訟法第三百七十八条第四号にいわゆる判決に理由を附せずという、その理由とは、判決の因つて来たる所以を基礎づける為の理由をいうものであつて、有罪判決に於ては、刑事訴訟法第三百三十五条第一項の要求する、罪となるべき事実、証拠の標目、「及び法令の適用の判示を指すものと解すべきであるからである。これを沿革に徴するに、現行刑事訴訟法第三百三十五条の規定は、証拠に関する部分を除き、旧刑事訴訟法第三百六十条と全く同様であるが、旧法の第四百十条は、いわゆる絶対的上告理由として同条第十九号に、「判決に理由を附せず又は理由に齟齬あるとき」を掲げると共に、同第二十号に「判決に示すべき判断を遺脱したるとき」を掲げて、判断遺脱は理由不備とは別個のものであることを明にしていたことからも首肯すべきである。現行法は、理由不備及び理由齟齬を前示第三百七十八条に於ていわゆる絶対的控訴理由と為しながら、判断遺脱については特に明示するところがないから、かゝる違法はすべて同法第三百七十九条にいわゆる訴訟手続に法令の違反がある場合の中に数えるものと解しなければならない。然るに此の意味に時ける法令の違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかでなければ主張し得ないことは同条の規定上自明であるところ、本件に於ては、被告人金仁旭の判示第三の暴行の事実は、原判決の挙示する証拠によつてこれを認めるに十分であるのみでなく、記録を精査検討するも右被告人の所為が相手方の急迫不正の侵害に対し自己又は他人の権利を防衛する為止むことを得ずして為されたものであることは到底認めることができない。

従つて原審に於ける弁護人の正当防衛の主張は成立しないのであるから、原審がこれに対する判断を示さなかつた違法は結局に於て判決に影響を及ぼすものでないと解しなければならぬ。

従つて此の点の論旨も亦理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例