大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和25年(ラ)92号 決定 1950年7月31日

抗告人 債務者 藤代由太郎

訴訟代理人 八尋伊三 外一名

主文

原決定を取消す。

本件を原裁判所へ差戻す。

抗告理由

第一点「本件ニ於テハ未ダ担保ノ事由ノ止ミタル事実ナシ」即チ右当事者間ノ仮処分事件ニ就キ執行ヲ為サレタル儘デ該決定ノ取消ノ事実モ無ク又本案訴訟ノ勝訴判決ノ確定モ無イ、従ツテ該決定ハ現存スルシ又手続ハ完結シナイ以上ハ担保事由ガ止ミタルモノトハ謂エナイシ抗告人ノ同意ナキ限リ担保ハ存置セネバナラナイ、夫レニモ拘ラズ担保ノ事由止ミタリトシテ為サレタ原審裁判所ノ担保取消決定ハ不当デアル。

第二点原審裁判所ガ担保取消決定ヲ為シタルハ担保権利者デアル抗告人ガ七日間ノ権利行使ノ催告期間ヲ徒過シタルコトニヨリ(民事訴訟法第百十五条第三項)同意アリタルモノト看做シ決定ヲ為サレタルモ同条ハ明ニ「訴訟ノ完結後」ト規定ス。

訴訟ノ完結トハ少ナクトモ(一)本案訴訟ノ完結――即チ担保権利者ノ勝訴判決確定、敗訴確定、和解ノ成立或ハ訴ノ取下、請求ノ抛棄ノ場合デアリ――(二)仮差押仮処分ノ場合ニ於テハ本案判決ニ基ク強制執行手続ニ移行シタ場合又ハ執行不能ニ終ツタ場合或ハ命令ノ取消サレタル場合等デアル。

今本件ニ於テ見レバ斯ル何レノ事実モ存在シナイノデアルカラ本来斯ル催告ハ為シ得ナイモノデアリ、抗告人ガ催告期間ニ権利行使ヲ為サザリシトスルモ同条ニヨリ担保取消決定ヲ為シ得ナイコトハ明白デアル。

従ツテ斯ル条件ノモトニ為サレタル決定ハ当然違法タルヲ免レナイ。

第三点仮ニ被抗告人ガ仮処分命令正本ニ基ク執行委任ヲ取下ゲタ事ヲ以テ担保ノ事由止ミタルモノト主張センモ右取下ゲノ事実ヲ以テ第百拾五条第一、三項ニ該当スルモノトハ謂ヒ得ナイ、少ナクトモ一度ハ執行ニヨリテ債務者デアル抗告人ヨリ占有ハ執行吏ニ移転サレタノデアル、然ルニ被抗告人ハ右執行中ノ物件ヲ無断ニテ搬出処分シテ失ヒ其後ニ於テ執行委任ヲ取下ゲタノデアルガ斯ル事実事情デ一方的ノ執行委任ノ取下ゲハ本条ニ所謂担保ノ事由止ミタルモノデアリ、訴訟ノ完結デアルトハ為シ得ナイノデアル。

決定理由

当裁判所からの照会にたいする回答として提出された抗告人の代理人八尋伊三同米田為次の「上申書」によると、本件仮処分にたいして本案たる訴は全然提起せられないまま今日に至つたこと明かである。本案の訴が起されないうちに、仮処分決定の執行が解除されてしまつた場合には、民事訴訟法第百十五条第三項を準用し、担保権利者にたいして権利行使の催告をなし、その行使なきときは、担保取消に同意したものとみなすべきものと解するのが相当である。というのは、仮処分の執行が解除されてしまえば、仮処分執行による仮処分債務者の受けた損害の有無及額は客観的には確定するのであるから、債務者はこれが賠償を求め得べしと考えこれを請求しようとすれば請求できる状況になつているのであるから、前記法条による催告にたいしなんらなすことなければ、担保取消に同意したものとみなしても、なんら不当でないからである。また、本案の訴がないのであるから、本案の訴の結果が損害賠償請求権存否の判断にひびいて来るという関係も生じ得ないのであるから、仮処分の執行が解除された上は、民事訴訟法第百十五条第三項にいう「訴訟の完結後」との要件をそなえたとみるのが相当であるからである。

そこで、本件において仮処分の執行は完全に解除されているか否をみるに、一作記録によると、千葉地方裁判所佐倉支部昭和二十三年(ヨ)第十二号仮処分事件の決定は、

主文第一項において、

被申請人等(本件抗告人藤代由太郎及び訴外篠田信)は印旛郡用上村吉倉字西作五百五番ノ一山林二町五反二十七歩の地上の立木を伐採してはならない

第二項において、

被申請人等(同前)は既に伐採した右地上に存在する樹木を搬出してはならない

第三項において、

被申請人等(同前)の右立木及伐木に対する占有を解き申請人(日暮六三男)の委任する千葉地方裁判所執行吏にこれが保管を命ずる

と命じてある。かかる内容の仮処分命令の執行が全く解除され終つたとみられるためには、右の第三項による執行吏への委任を解除し、目的物が執行吏の占有をはなれただけでは足らず、第一、二項についても、これが執行解除の意味における取消がなされなければならない。これがないかぎり仮処分債務者たる抗告人は第一、二項による不作為の拘束をうけているからである。右の第三項に関するかぎり執行が解除されたことは一件記録に明かであるけれども、第一、二項に関してはこれを明かにする資料がないから、原裁判所が為した権利行使催告にたいし抗告人の権利行使なきことにより担保取消につき同意があつたとみなすことはできない。

従つて原決定は違法であるとして取消すのほかないのであるが、さらに右の第一、二項の執行解除の点を審理し、その認められない場合でも、担保取消申立人をして執行解除の手続をとらしめた上さらに抗告人に権利行使催告をなすこともできるから、本件担保取消申立を、いま直ちに、却下するは相当でない。よつて本件はなお審理を必要とするものと認め、民事訴訟法第四百十四条本文第三百八十九条第一項によつて、本件を原裁判所へ差しもどすこととした。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 河合清六 判事 岡崎隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例