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東京高等裁判所 昭和25年(う)899号 判決 1950年7月20日

被告人

角田稔太郎

主文

原判決を破棄する。

本件を水戸簡易裁判所に差戻す。

理由

職権を以て記録を調査するに、原審の第一回乃至第四回公判調書によれば、原審においては、被告人及び原審相被告人高部一男、同竹村昭也の本件第一回公判期日(昭和二十四年十二月九日)において、開廷後立会の検察官事務取扱検察事務官が起訴状を朗読した後裁判官は被告人三名に対し終始沈默し又個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨及び陳述をすることもできるが、陳述をすれば自己に不利益な証拠ともなり、又利益な証拠ともなることがある旨を告げた上、各被告人及び弁護人に対し、被告事件について陳述することがあるかどうかを尋ねたところ、被告人角田は弁護人を選任中につき続行ありたいと申し出で、各弁護人も立証準備の為続行を求めたので裁判官は立会検察事務官の意見をきいた上、そのまま公判を十二月十六日に続行することと決定し、次回第二回公判期日においては、開廷と同時に裁判官は被告人角田に対し、弁護人を選任したかどうかと尋ね、同被告人が弁護人選任中であるから分離して審理されたい旨申し出たので、裁判官は同被告人の事件は他の相被告人等の事件と分離審理する旨を決定し、相被告人等の事件の審理のみをしてそのまま公判を十二月二十三日に続行し同日の第三回公判期日においては、開廷と同時に裁判官は被告人角田に対し弁護人選任の件を質問し、同被告人より弁護人を選任しないからこのまま審理をされたい旨を申し出たところ、裁判官はさきに分離した同被告人の本件被告事件を審理する旨告げた上、直ちに立会検察官の発言を許したので同事務官は証拠により証明すべき事実を明らかにし、証拠調の請求をし、その後順次その証拠調、これに対する同被告人の意見、弁解、裁判官の同被告人に対する質問を経て証拠調べを終了し、本件被告事件を前記相被告人等の事件と併合の上、立会検察官及び弁護人の各意見の陳述、各被告人の最終陳述があつて弁論を終結し、次回十二月二十六日の第四回公判期日に判決の宣告がなされたことを認めることができる。以上公判の経過より見ると、原審公判においては、その第一回公判の際被告人角田に対し、本件被告事件に対する陳述をする機会を与へたが、同被告人がその陳述をする以前に弁護人選任の為続行を求め、次の第二回公判においては、同被告人の被告事件の審理をしないで、そのまま続行し、第三回公判においてはじめてその審理に入つたのであるから、原裁判所としては第三回公判において同被告事件を審理する旨を告げた際同被告人の本件被告事件に対する陳述をする機会を与へなければならないに拘らず、これをしないで直ちに立会検察事務官の陳述を許したことは、刑事訴訟法第二百九十一条第二項に定められた訴訟手続に違背したものと謂わなければならぬ。或は第一回公判において既にその機会を与へたに拘らず、被告人が敢てその陳述をしなかつたのであるから、これは被告人が任意にその権利を抛棄したものと認むべきであると説を為すものもあろうが、前記公判調書にあらわれた経過により明らかなとおり、被告人としては、その陳述を拒否又は默秘したものでなく、被告事件に対する意見の陳述その他の訴訟行為一切を、弁護人選任後その立会を得た上でする考の下に第一回公判の続行を求めたものと解するのを相当とするから、弁護人を選任しないで審理を開始することに決定した第三回公判においては、当然その冒頭において被告人に対し意見を陳述する機会を与うべきであつたのである。

而して法が被告人に右冒頭陳述をする権利を与えた所以は、公判審理の冒頭において、検察官の提起した公訴に対し、被告人がその公訴の実体的内容のみならず形式的要件の存否をも争い得る機会を与へ、被告人の防禦権の行使に遺漏がないようにさせ、以て原告官と被告人との双方の主張を明らかにし、裁判の公正を期するためであるから、被告人にその権利を行使する機会を与へなかつた訴訟手続上の瑕疵は、即ち判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反といわなければならない。

故に原判決は、この点において破棄を免れず、本件はこれを原裁判所に差戻すべきである。

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