大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和24年(ネ)976号 判決 1950年7月29日

控訴人(被告) 新潟県農地委員会

被控訴人(原告) 猪股アヤ

一、主  文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

二、事  実

控訴代理人は、「原判決を取り消す、被控訴人の請求はこれを棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、いずれも原判決の事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。(立証省略)

三、理  由

原判決末尾目録記載の土地はいずれも被控訴人の所有であつて、被控訴人がその(イ)の土地を、十年前より訴外猪股太郎右ヱ門に対し、(ロ)の土地を昭和十年頃より訴外猪股賢吉に対し、(ハ)の土地を約四十年前より訴外佐藤徳太郎に対しいずれもこれを賃貸し、右(イ)及び(ロ)の土地は右猪股太郎右工門及び猪股賢吉においてそれぞれ右賃借権に基いて引き続きこれを耕作していたこと、右(ハ)の土地は昭和二十一年度より被控訴人がこれを耕作していること、訴外佐藤徳太郎が昭和二十三年一月頃畑野村農地委員会に対し右(ハ)の土地及びその他の被控訴人所有地として右佐藤が昭和二十年十一月二十三日当時小作していた新潟縣佐渡郡畑野村大字河内字淵の上五百九番甲田二十一歩、同番乙田一畝二十八歩、同村大字河内字中川原三百九番田七畝二十七歩、三百十番田一畝三歩について自作農創設特別措置法第六條の二による遡及買收の請求をなしたところ、同村農地委員会において前記(イ)(ロ)及び(ハ)の土地につき昭和二十年十一月二十三日現在における小作地保有面積八反を超える小作地として同日現在の右事実に基き同條による農地買收計画を定めて昭和二十三年六月十二日その公告をなしたので、被控訴人がこれに対し異議の申立並びに訴願をなしたがいずれも排斥せられ、控訴人の同年十月十九日附右訴願棄却の裁決書が同年十二月上旬頃被控訴人に送達せられたことはいずれも当事者間に爭のない事実である。

よつて先ず本件(イ)及び(ロ)の土地の右買收計画に対する被控訴人の違法の主張につき按ずるに、右(イ)(ロ)の土地につき畑野村農地委員会に対しその小作人である訴外猪股太郎右工門及び同賢吉から遡及買收の請求がなかつたこと、右土地につき昭和二十年十一月二十三日以後において自作農創設特別措置法第六條の二所定の如き事実の変更がないこと、もまた当事者間に爭がない、ところで控訴人は一同條の規定はその所定の如き農地につき昭和二十年十一月二十三日現在において耕作の業務を営んでいた小作農が市町村農地委員会に対して当該小作地につき同日現在における事実に基いて農地買收計画を定めるべきことを請求したときは同農地委員会は当該小作地のみならず、その農地の所有者が同日現在において所有していた小作地全部につき同日現在における事実に基いて農地買收計画を定めるべきであるとの趣旨に解すべきである」と主張するけれども、同條に基ずく買收計画においてかかる定め方をなし得るのは、農地の所有者につき未だ全然買收計画が定められていなかつた場合であつて、既に農地所有者の保有面積を超える小作地につき同法第三條第一項各号により買收計画がなされている場合においてはその後になされる遡及買收において農地所有者に対する買收計画をもつてその小作地全部につき根本的に樹て直すような定め方はなし得ないもの、即ちこの場合においては昭和二十年十一月二十三日以後同法第六條の二所定の如き事実の変更があつた農地であつて、しかも当該農地につきその同日現在における小作人から同日現在の事実に基いて買收計画を定めるべき旨の請求があつたものに限りこれが遡及買收の計画を定めるべきであつて、その請求にかかる農地について買收計画を定めると同時に又はその請求にかかる農地について買收計画を定めることなくして、他の買收の請求もなく、且同條所定の如き事実の変更もない小作地について買收計画を定めることは許されないものと解するを相当とする。これ同法第六條の二は今次農地改革の行われることが明らかにされた昭和二十年十一月二十三日以後において地主が土地の強制買收を免れるため不法不当な土地の取上をなし、その他の脱法的手段を講じる者が続出するに至つたので斯様な取上土地を旧に復せしめることを主要な目的として設けられたものであるというその立法の精神に鑑み自ら明白である。從つて被控訴人に対しては既に昭和二十二年十二月二日被控訴人所有の他の小作地四反六畝十九歩について同日当時における同人の保有面積を超える小作地として同法第三條第一項第二号により買收計画を定め、その当時における被控訴人の保有面積として八反一畝二十七歩を残したことは原審証人長島福太郎の供述並びに弁論の全部旨に徴しこれを認め得るところであるから、畑野村農地委員会が右(イ)及び(ロ)の土地につき昭和二十年十一月二十三日以後同條所定の如き事実の変更がなく、又小作人たる前記猪股両名より何等買收の請求がないに拘らず、前記の如く同條の規定によつて本件買收計画を定めたのは違法であるといわざるを得ない。

次に右(ハ)の土地につき被控訴人は「右土地は被控訴人において昭和二十年十月中に訴外佐藤徳太郎との間にその賃貸借を合意解除してその頃返還を受けたものであるから同年十一月二十三日当時被控訴人の小作地ではなかつたのである。」と主張するが、この点に関する原審証人猪股藤雄、猪股茂太郎、原審(第一、二回)並びに当審における被控訴本人(原告本人)猪股アヤの各供述はたやすく信用し難く、他に右主張事実を認め得る証拠はない。却つて原審証人長島福太郎、原審並びに当審証人佐藤徳太郎、大倉侑次の各供述を綜合すれば、訴外佐藤徳太郎は右土地につき昭和二十年度の收穫終了後同年十一月末頃秋の田打をなし、又蓮華草の種子を蒔いたりしていたのであるが、翌二十一年一月頃被控訴人所有の他の小作地と共にこれを被控訴人に返還したことが認められるから被控訴人の右主張は採用できない。しかしながら、原審証人長島福太郎、猪股茂太郎原審並びに当審証人佐藤徳太郎、原審(第一、二回)並びに当審における被控訴本人(原告本人)猪股アヤの各供述(但し右茂太郎及びアヤについてはいずれも前記信用しない部分を除く)を綜合すれば、訴外佐藤徳太郎は昭和二十一年一月頃被控訴人に対しその請求によつて從來小作して來た本件以外の中川原の田二筆を返還したのであるが、本件(ハ)の田はあまり良田ではなく收穫が少い上同人は当時右田の外に田畑合せて一町歩足らずの耕地を耕作していたので、その家族(五人)の生活を維持するについて支障はなかつたところから同時に本件田をも自ら進んでこれを被控訴人に返還すべき旨申し入れたので、被控訴人もこれを承諾してその頃右田の返還を受け爾後引き続き自作していることが認められる。而して昭和二十二年十二月二十六日法律第二百四十号による農地調整法の一部改正以前は農地の賃貸借の合意解除については都道府縣知事の許可又は市町村農地委員会の承認を要しなかつたものと解すべきであるから本件(ハ)の田の賃貸借の右合意解除は適法であり、且右認定の如き事情によつて返地を受け、被控訴人が自作を継続せる以上右合意解除は正当であると認むべきである。それゆえ右土地は自作農創設特別措置法第六條の二第二項第一号に該当し、買收することを定めることができないにもかかわらず、同村農地委員会がこれを買收することに定めた本件買收計画は被控訴人主張の爾余の点につき判断するまでもなく違法たることを免れない。

從つて畑野村農地委員会が本件(イ)(ロ)(ハ)の田について定めた前示買收計画を支持して被控訴人の訴願を棄却した控訴人の本件裁決もまた違法であることが明らかであるから、右違法な裁決の取消を求める被控訴人の本訴請求は正当であり、これを認容すべきである。

よつて右と同趣旨に出た原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四條第一項第九十五條第八十九條を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 大江保直 梅原松次郎 奧野利一)

原審判決の主文および事実

主文

被告が畑野村農地委員会において別紙目録記載の土地について定めた農地買收計画に対する原告の訴願を棄却した裁決はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、其の請求の原因としてのべた事実の要旨は、別紙目録記載の土地はいづれも原告の所有であつて、その(イ)の田は数十年前より訴外猪股太郎右工門に対し、(ロ)の田は昭和十年頃より訴外猪股賢吉に対し夫々これを賃貸し同人等において引続き耕作しており、(ハ)の田は約四十年前より訴外佐藤徳太郎に対してこれを賃貸していたが、昭和二十年十月中同人との間に右賃貸借を合意の上解除してその頃これが返還を受けて爾來これを自作している。しかるに昭和二十三年一月頃訴外佐藤徳太郎は畑野村農地委員会に対し別紙目録記載の(ハ)の土地につき昭和二十年十一月二十三日当時原告との間の賃貸借に基きこれを耕作していたものとして右土地につき遡及買收の申請をなしたところ、同村農地委員会は右申請により別紙目録記載の土地が昭和二十年十一月二十三日当時に於いていづれも原告の保有面積を超える小作地であつたものとし、右土地全部につき自作農創設特別措置法第六條の二の規定により農地買收計画を定めて昭和二十三年六月十二日その公告をなしたので原告はこれに対し法定の期間内に異議の申立ならびに訴願をなしたが、被告は同年十月十九日附で右訴願を棄却する旨の裁決をなし、その裁決書は同年十二月上旬頃原告に送達せられた。しかしながら(一)別紙目録記載の(イ)及び(ロ)の土地については(1)右土地の小作人である訴外猪股太郎右工門及び猪股賢吉から同法第六條の二の規定による遡及買收の請求がなかつたのであるのみならず(2)右土地は昭和二十年十一月二十三日当時に於いても畑野村農地委員会が本件買收計画を定めた当時に於いても引続き右猪股太郎右工門及び猪股賢吉が夫々原告との間の前記賃貸借に基いてこれを耕作していた原告の小作地であつて、自作農創設特別措置法第六條の二所定の如き事実の変更がないのであるから同條の規定による農地買收計画を定めることは出來ないのである。しかも(3)畑野村農地委員会が本件買收計画を定めた当時に於ける原告の小作地は右(イ)、(ロ)の土地を含めて合計八反一畝二十七歩であつて右土地は畑野村に於ける小作地保有面積八反の範囲内のものであるから畑野村農地委員会が右(イ)及び(ロ)の田につき定めた本件買收計画は違法である。又(二)別紙目録記載の(ハ)の土地については原告に於て前記の如く、昭和二十年十月中右田の小作人であつた訴外佐藤徳太郎との間にその賃貸借を合意の上解除してこれが返還を受けたのであつて同年十一月二十三日当時に於いては右田は原告の小作地でなかつたのであるから、畑野村農地委員会がこれを同日当時に於ける原告の小作地として本件買收計画を定めたのは違法である。仮りに原告が右佐藤徳太郎より同日以後に於て昭和二十一年二月頃右田の返還をうけたのであつたとしても、同人は右(ハ)の田について原告よりその返還を請求しないに拘らず進んで原告にその返還の申入をなしたので原告は佐藤徳太郎との間に右賃貸借の合意解除をなし、適法且つ正当に右田の返還をうけたのであるのみならず畑野村農地委員会が本件買收計画を定めた当時原告は家族四名で右(ハ)の田を含めて田約五反、畑九畝を耕作しこれによつて生活を立てていたに反し、訴外佐藤徳太郎は家族五名で田八反二畝余、畑一反三畝を耕作していたのであつて、右(ハ)の土地を買收せられるときは原告の生活状態が右佐藤徳太郎の生活状態に較べて著しくわるくなるのであるから、畑野村農地委員会が右土地につき定めた買收計画は違法である。從つて被告が別紙目録記載の土地につき畑野村農地委員会の定めた本件買收計画を支持してなした本件裁決も違法であるから其の取消を求めるため本訴に及んだのであると謂うのであつて、右佐藤徳太郎より別紙目録記載(ハ)の土地の外被告主張の中川原及び淵の上の田四筆に付同時に遡及買收の請求があつたことは認めると述べた。(立証省略)

被告指定代理人は原告の請求を棄却すとの判決を求め、原告主張事実中原告がその所有に係る別紙目録記載の土地の内(イ)の土地を数十年前より訴外猪股太郎右工門に対し、(ロ)の土地を昭和十年頃より訴外猪股賢吉に対し、(ハ)の土地を約四十年前より訴外佐藤徳太郎に対していづれも賃貸していたこと、畑野村農地委員会が訴外佐藤徳太郎の右(ハ)の土地の遡及買收の請求により別紙目録記載の田全部につき昭和二十年十一月二十三日当時に於ける原告の保有面積を超える小作地として自作農創設特別措置法第六條の二により農地買收計画を定めて原告主張の日にその公告をなしたこと、これに対し原告よりその主張の如く異議の申立ならびに訴願がなされたがいづれも排斥せられ、被告のなした右訴願棄却の裁決書が昭和二十三年十二月上旬頃原告に送達せられたこと、別紙目録記載の(イ)及び(ロ)の田は訴外猪股太郎右工門及び猪股賢吉がそれぞれ原告との間の前記賃貸借に基いて引続きこれを耕作して居り、又右田について同人等より畑野村農地委員会に対して同法第六條の二の規定による遡及買收の請求がなかつたこと、右(ハ)の土地は昭和二十一年度から原告が耕作していたこと、本件買收計画を定めた当時に於ける原告の小作地が右(イ)(ロ)の田を含めて合計八反一畝二十七歩であつたこと、又その当時に於ける原告及び訴外佐藤徳太郎の世帶員の数及びその耕作面積が原告主張の通りであつたこと、はいづれもこれを認めるがその余の事実はすべて否認する。自作農創設特別措置法第六條の二の規定はその所定の如き農地につき昭和二十年十一月二十三日現在に於いて耕作の業務を営んでいた小作農が、市町村農地委員会に対して当該小作地につき同日現在における事実に基いて農地買收計画を定めるべきことを請求したときは、市町村農地委員会は当該小作地のみならずその農地の所有者が同日現在において所有していた小作地全部につき同日現在における事実に基いて農地買收計画を定めるべきであるとの趣旨に解すべきである。而して畑野村農地委員会はさきに昭和二十二年十二月二日原告所有の他の小作地四反六畝十九歩について同日当時に於ける原告の保有面積を超える小作地として自作農創設特別措置法第三條第一項第二号により買收計画を定め、その当時に於ける原告の小作地保有面積として八反一畝二十七歩を残したのである。ところがその後昭和二十三年一月頃に至り前記の如く訴外佐藤徳太郎より原告所有の別紙目録記載の(ハ)の土地及び右佐藤が昭和二十年十一月二十三日当時小作していた畑野村大字河内字淵の上五百九番甲田二十一歩、同番乙田一畝二十八歩、同村大字河内字中川原三百九番田七畝二十七歩、三百十番田一畝三歩について遡及買收の請求があつたので、更に原告が昭和二十年十一月二十三日現在において所有していた小作地中既に買收ずみの前記四反六畝十九歩の土地を除き、その余の約一町一反の小作地から小作地保有面積八反を残した約三反の小作地につき遡及買收計画を定めなければならなくなつたのである。そこで同村農地委員会は原告及び訴外佐藤徳太郎等の意嚮を考慮した結果、当時原告の自作地であつた前記字淵の上及び字中川原の田合計四畝はこれを買收より除外することとし、その代りに農地買受の機会を公正にし耕地の集団化をはかる等の点を適当に勘案して昭和二十年十一月二十三日当時に於いて猪股太郎右工門が小作していた別紙目録記載の(イ)の田、猪股賢吉が小作していた(ロ)の田及び佐藤徳太郎が小作していた前記(ハ)の田について本件買收計画を定めたものである。從つて本件(イ)及び(ロ)の土地についてその小作人である猪股太郎右工門及び猪股賢吉から遡及買收の請求がなく、又昭和二十年十一月二十三日当時と本件買收計画を定めた時期とにおいて同法第六條の二に定められた如き事実の変更がなくてもこれにつき同條の規定による買收計画を定めることは何等差支へがないのである。而かも昭和二十年十一月二十三日当時における原告の小作地中その当時に於ける原告の小作地保有面積として八反余の小作地を残したのであるから畑野村農地委員会が右(イ)及び(ロ)の土地について定めた本件買收計画には原告主張の如き違法はないのである。次に別紙目録記載の(ハ)の土地は、訴外佐藤徳太郎に於いて原告の強要により已むなくこれを昭和二十一年二月頃原告に返還したのであつて、しかも原告はこれについて農地調整法第九條第三項の許可を受けていないのであるから右合意解除は違法且つ不当のものである。又原告は右土地を買收せられても右佐藤に較べてその生活状態が著しくわるくなることはないのであるから右土地について定めた本件買收計画にも原告主張の如き違法はないとのべた。(立証省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例