大判例

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東京高等裁判所 昭和22年(れ)445号 判決 1947年10月29日

上告人 京都地方裁判所檢事正 中村昇

被告人 石田舜太郎 外五名

檢察官 宮本増藏關与

主文

原判決を破毀する。

本件を京都地方裁判所に差戻す。

理由

京都地方裁判所檢事正中村昇の上告趣意は別紙上告趣意書と題する書面記載の通りであつて被告人石田舜太郎、林已之助の辯護人武松久吉、大竹武七郎、被告人阪本司郎の辯護人田邊哲崖の答辯の要旨は右辯護人三名名義の答辯書と題する別紙書面記載の通りである。

よつて審案するに昭和二十一年十一月三日勅令第五百十一號大赦令第一條第四十八號によれば昭和二十一年十一月三日以前に國家總動員法第三十一條の二の罪を犯した者は赦免せられるのであるがその罪に該る行爲が聯合國占領軍の占領目的に反する行爲(昭和二十一年勅令第三百十一號第一條第二號乃至第八號又は第二條第三項に掲げる行爲)であるときは赦免せられないことが明白である。記録を調査すると本件公訴事實は所論の通りであつて右は國家總動員法第三十一條の二第八條物資統制令繊維製品消費配給統制規則第九條刑法第五十五條にあたるものであるからその公訴權が右大赦令によつて消滅するか否かは被告人等の右行爲が占領目的に反するか否かにかかつているわけである。而して右大赦令第一條但書の趣旨は右行爲を占領目的違反罪として赦免しないのでないから占領目的に反するかどうかは客觀的に定むべきであつて被告人等において行爲が占領目的に反することを知らなくても苟も行爲がこれに反する以上赦免せられないものと解すべきである。ところで昭和二十一年勅令第三百十一號第二條第三項にはこの勅令において占領目的に有害な行爲というのは聯合國最高司令官の日本帝國政府に對する指令の趣旨に反する行爲、その指令を施行する爲に聯合國占領軍の軍、軍團又は師團の各司令官の發する命令の趣旨に反する行爲及びその指令を履行する爲めに日本帝國政府の發する法令に違反する行爲をいうのであると定められてあるから右大赦令第一條但書にいう占領目的に反する行爲には前記指令を履行する爲めにわが政府の發する法令に違反する行爲の外聯合國最高司令官の日本國政府に對する指令の趣旨に反する行爲をも包含すること明白であつて右指令の趣旨に反する行爲とは指令が直接わが國民に對し拘束力を有すると否とを問はず苟も行爲が客觀的に指令の趣旨に反するときは占領目的に有害な行爲という趣旨に解するのがわが政府の發する法令違反の行爲の外に指令の趣旨に反する行爲を掲げた點から且つわが國の現状に鑑み相當である。しかるに本件配給違反行爲の前に發せられた聯合國最高司令官の昭和二十年九月二十五日附製造工業の運營に關する覺書によれば生糸、絹糸、絹若は絹混織の織物又は絹若は絹混織の仕上り衣服類は最高司令官の特別の承認なき限り解放せられずと指示せられているから絹織物である羽二重の如きも同司令官の特別の許可がない限り一般的に凍結せられることになつたわけである。而して同司令官の發する覺書なるものは通常日本國政府又はその機關に向けられた命令で右勅令第三百十一號にいう指令と同視すべきものであつて苟も指令の趣旨に反すれば右大赦令によつて赦免せられるものでないと解するのが同令の精神であることは既に説明したところにより明白である。本件公訴事實に示されてゐる被告人等の爲した羽二重の配給違反の販賣行爲は行爲以前に發せられた右覺書の趣旨に反すること勿論であるから覺書のわが國民に對する直接拘束力の有無を論ずるまでもなく占領目的に反するものとして赦免せられないものという外はない。尤も右勅令第三百十一號は被告人等の本件販賣行爲のあつた以後なる昭和二十一年七月十五日より施行せられたものであることは辯護人所論の通りであるが被告人等の行爲が直接に同勅令違反としての犯罪であるから赦免されないというのではなくて行爲が苟も同勅令第二條第三項に掲げる行爲に該當すれば赦免されないとするのが大赦令の趣旨と解すべきであるから被告人等の本件配給違反行爲より以前に右勅令が施行されたことがこれを赦免しないために必要ではない。

以上説明のように被告人等の行爲は右大赦令第一條但書によつて赦免せられないものと解すべきであるに拘らず原判決が同令第一條本文により公訴權が消滅したものとして刑事訴訟法第三百六十三條第三號に従ひ被告人等に免訴の言渡をしたのは法令の解釋適用を誤つたものというの外なく論旨は理由があり本判決は破毀を免れない。

而して右法令の違背は事實の確定に影響を及ぼすから刑事訴訟法第四百四十七條、第四百四十八條の二に從ひ主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 小泉英一 判事 今谷健一 判事 深井正男 判事 大野美稲)

上告趣意書

原判決は昭和二十一年十一月三日勅令第五百十一號大赦令第一條の解釋を誤り延いて其の適用を誤つてゐると考へる。即ち原判決は主文に於て被告人等を孰れも免訴すると宣し其の理由として本件公訴事實の要旨は被告人等は孰れも規則に定めてある統制團體或は地方長官指定の團體或は之を組織する販賣業者でなくて、繊維製品の販賣を業として居たものであるが犯意覺續の上第一、被告人石田は昭和二十一年二月十日頃から同月十九日頃までの間約十囘に互り肩書自宅で被告人大鳥、同西小路、同高橋に統制團體の指示に依らないで羽二重合計三百八十反を代金三十八萬圓で販賣し、第二、被告人大鳥、同西小路は共謀の上同年二月十日頃から同月十九日頃迄の間約六囘に互り被告人林の肩書住居等で被告人林に對し統制團體の指示に依らないで羽二重合計百七十八反を代金二十三萬千四百圓で販賣し、第三、被告人高橋は同年三月十五日頃から同月十九日頃迄の間約三囘に互り前記被告人石田方で被告人坂本に統制團體の指示に依らないで羽二重百九十二反を代金二十五萬九千二百圓で販賣し、第四、被告人坂本は同年二月十五日頃から同月十九日頃迄の間約五囘に互り前記の被告人石田方等で松本某外三名に對し統制團體の指示に依らないで羽二重合計百四十七反を代金二十三萬四千一百圓で販賣し、第五、被告人林は同年二月十日頃から同月十九日頃迄の間十數囘に互り京都市下京區佛光寺西入坊門町岩田治郎方等で同人外五名に對し統制團體の指示に依らないで羽二重合計百七十七反を代金二十四萬九千八百八十七圓餘で販賣したものであると謂ふのであつて右は國家總動員法第三十一條の二、第八條、物資統制令、繊維製品配給消費統制規則第九條、刑法第五十五條に該當するものであるが昭和二十一年十一月三日勅令第五百十一號大赦令第一條第四十八號によつて本件公訴權は消滅したので刑事訴訟法第三百六十三條第三號に依つて被告人六名を孰れも免訴することとしたと説明してゐるのである。

成る程右勅令第一條本文は「昭和二十一年十一月三日前に左に掲げる罪を犯した者はこれを赦免する」と定められてあり、其の第四十八號には正しく國家總動員法第三十一條ノ二の罪が掲げられてあつて本件公訴事實が一應同令同條本文に該當することも亦原判決の謂ふ通りである。然し右勅令第一條は其の但書として右本文に引續き「但し其の罪に該る行爲が聯合國占領軍の占領目的に反する行爲(昭和二十一年勅令第三百十一號第一條第二號乃至第八號又は第二條第三項に掲げる行爲)であるときはこの限りでない」と定められてあるのである。之は現在聯合國占領軍の占領下に聯合國によつて管理せられる我國の現下の國情に鑑み意義あることとせられねばならぬのである。それ故原判決に謂ふ如く本件公訴事實が國家總動員法第三十一條ノ二に該當するとしても若し其の公訴事實に示されてゐる行爲がこの但書に所謂「聯合國占領軍の占領目的に反する行爲」に該るときに赦免せられてはならぬのである。而して「聯合國占領軍の占領目的に反する行爲」として右但書の括弧内に示されてゐる昭和二十一年勅令第三百十一號第二條第三項は「この勅令に於て占領目的に有害な行爲といふのは、聯合國最高司令官の日本帝國政府に對する指令の趣旨に反する行爲、其の指令を施行する爲めに聯合國占領軍の軍、軍團又は師團の各司令官の發する命令の趣旨に反する行爲及び其の指令を履行する爲めに日本帝國政府の發する法令に違反する行爲をいふのである」と定められてあつて此の條項は明らかに聯合國最高司令官の右指令以下聯合國占領軍の軍、軍團又は師團の各司令官の命令が夫々我が國内法の法源であることを宣明したものと解さなければならぬのである。而して日本帝國政府が聯合國最高司令官の日本帝國政府に對する指令を履行する爲めには豫め昭和二十年勅令第五百四十二號「ポツダム宣言の受諾に伴ひ發令する命令に關する件」以下の關係法令が用意せられてあるのである。公訴事實に對し、前示大赦令を適用すべきかどうかを判斷するに際しては特に同令第一條但書に留意し本件公訴事實に示されてある行爲が聯合國占領軍の占領目的に反する行爲に該當するかどうかを決定する法源たる聯合國最高司令官の指令或は聯合國占領軍の軍、軍團又は師團の各司令官の命令の發せられてあるかどうかをも究め、それが發せられてあるときは其の指令又は命令の趣旨を正しく解して以て同令第一條但書の法意を具體的に把握しなければならない筈であり、之はとりもなほさず原裁判所が裁判所として當然完うしなければならなかつたところの同令第一條の解釋に關する問題なのである。敍上の見解に従つて冐頭に掲げた本件公訴事實に示されてある被告人等の各行爲を檢べると孰れも羽二重の不正販賣即ち配給違反を其の内容とするものであり、羽二重は疑ひもなく絹織物であり絹製品であるが聯合國最高司令官は羽二重の如き絹織物に關しては日本帝國政府に對し如何なる指令を發してゐるのであらうか。

抑々太平洋戰爭によつて潰滅した我が國の經濟を再建するためには、終戰と共に軍需物資其の他を以て民需産業を可及的速かに再開する必要があつた。そこで日本帝國政府は聯合國最高司令部に對し昭和二十年九月十九日窮迫せる民需に對處するため繊維品、鋼材等十種目につき聯合國最高司令官の指令第三號による軍需物資の外民需物資をも含む全貯藏物資を擧げて各種資材の使用乃至物品の製造及び分配の許可を求めんとする覺書を提出したのであつたが同司令部は同月二十五日附「製造工業の運営に關する覺書」(Memorandum Concerning Operation of Manufacturing Industries )を以て之が囘答を爲し其の中に於て、繊維製品に關しては「生糸、絹糸、絹若は絹混織物又は絹又は絹織物の仕立上り衣服類は最高司令官の特別の承認なき限り解放せられず」との條項を示したのである。而して聯合國最高司令官の指令については當初の第一乃至第三號以後は「指令」なる呼称を用ひられずそれに代へて「覺書」なる呼稱が爲されるに至つたことは公知の事實であつて本覺書も亦同司令官の指令と解すべきものであり、それ故に曩に述べた如く國内法の法源たるものである。仍て右兩覺書を彼此對照して同司令官の右覺書の右條項による制限の趣旨を推すに生糸乃至絹織物絹製品はそれが同司令官の指令第一號によつて本來凍結即ち現状保持厳守といふ制限を被つてゐる軍需物資であらうとそれ以外の民需物資であらうと凡て茲に原則として凍結せられてしまひ聯合國最高司令官の特別の許可のない限り解放せられないと謂ふにあることが明白である。

惟ふに本覺書に先立つこと三日である九月二十二日の同司令官の指令第三號によつて民生の安定を顧慮し日本帝國政府に對し最小限度の民需必要物資を急速に生産すべきことを要求した同司令官が右の如く生糸乃至絹織物等即ち絹製品の使用及び取引等につき特に制限をなし所謂生糸及び絹製品の凍結を爲した所以のものは我が國が将來輸入しなければならなくなる物資殊に食糧等の見返りとして之を保留して置く必要を見越したからであつて、それ故に生糸及び絹製品の凍結は食糧不足下の日本を占領管理する聯合國占領軍の占領目的達成上重大關心事であらねばならぬと謂ふべきである。それ故生糸乃至絹製品を凍結する本覺書指令は我が國内法の法源として重要意義を持つものであることが肯けるのである。その後間もなく昭和二十年十二月二十七日商工農林省令第一號昭和二十年勅令第五百四十二號「ポツダム宣言の受諾に伴ひ發する命令に關する件」に基く生糸等の数量報告等に關する件が公布施行せられ例へば生糸、絹紡糸、柞蠶糸又は絹製品の製造、加工又は賣渡を業とする者は昭和二十年十二月三十一日に於て其の所有してゐる總ての生糸、絹紡糸、柞蠶糸又は絹製品につき一定様式の報告を昭和二十一年一月十五日までに當該物資所在地を管轄する地方長官に提出しなければならず又斯くの如き報告書を提出すべき者は同時に其の所有の右生糸乃至絹製品を當分の内良好なる状態に於て保存し及維持しなければならぬとせられたのであるが本省令は其の件名に於て昭和二十年勅令第五百四十二號「ポツダム宣言の受諾に伴ひ發する命令に關する件」に基くものであると謳つてゐる如く全く本覺書指令を日本帝國政府が履行せんとする意図より出でたる法令でありそれ故に右勅令第三百十一號第二條第三項に所謂聯合國最高司令官の指令を履行するために日本帝國政府の發する法令に該當するものなることは一點の疑ひを容れないところである。然し右省令第二條に所謂「前條に該當する者」とは昭和二十一年十二月三十一日に於て生糸乃至絹製品を所有し従つて第一條所定の報告義務を負うところの業者のみを指すものと解すべきであるから右日時にそれ等の現品を所有してゐなかつた者殊に右日時以後に於て未報告の生糸乃至絹製品の闇取引をなすか又は一旦報告濟の右品を買取つてから後に闇取引をなすが如き者は報告義務を負はないのみならずそれを當分の内良好なる状態に於て保存し維持すべき義務を課せられてゐないものと解する外ないから生糸乃至絹製品の凍結を犯しはしたが昭和二十年十二月三十一日に於て本件羽二重の所有者ではなかつた本件被告人等を右省令の違反者として問責することは出來ないのである。然し之を以て本省令の不備缺陷であるとして放任する法意であらうか。否、そうではない。即ち本覺書指令の發せられた當時國家總動員法は猶ほ廢止には至らず従つて本省令を以て問責し得ない本件被告人等の如きを同法に基く物資統制令乃至繊維製品配給消費統制規則に依つて處罰し得るのであり、而し其の法定刑は右省令違反の法定刑よりは數等重いものであるから生糸乃至絹製品凍結を完ふし之が違反行爲を防遏する上から謂へば、同法は有力にして且實效ある法令であり、之あればこそ右省令は單に昭和二十年十二月三十一日生糸乃至絹製品の數量調査の外には國家總動員法關係法令の取締圏外に立つ現品の移動變形の抑制禁止等を補充的に規制したのであると謂ふべきである。されば右生糸乃至絹製品の凍結完遂と言ふ目的に關する限り寧ろ國家總動員法及び其の關係法令こそ期せずして聯合國最高司令官の右覺書指令を履行するため日本帝國政府の發した主要法令となつたと言ふも過言ではないのである。而してこの國家總動員法は昭和二十一年九月三十日を以て廢止となつたが右の繊維製品配給消費統制規則は同時に臨時物資需給調整法に引繼がれて存續することなり同年十月一日以後引續き効力を持ち引續き生糸乃至絹製品凍結と言ふ聯合國占領軍の占領目的達成に貢献する法令と認むべきものである。

以上の次第であるから本件公訴事實に示された被告人の行爲は國家總動員法第三十一條ノ二に該る所爲であるが同時に直接右聯合國最高司令官の日本帝國政府に對する指令の趣旨に反する行爲であるが故に聯合國占領軍の占領目的に有害なる行爲に該當し従つて又同年勅令第五百十一號大赦令の適用に關しては同令第一條但書に所謂聯合國占領軍の占領目的に反する行爲に該當するものとして赦免せられないものと解さなければならない。本件につき斯く解するのでなければ同令第一條が右の如き但書を定めた法意は全く没却せられることとなるのである。然るに原裁判所が被告人等に對する前示の公訴事實が國家總動員法第三十一條の二に該當の故を以て直ちに右大赦令第一條本文を適用して被告人等を赦免すべきものとし公訴權の消滅を宣しそれ以上何等の實體審理に入らずして免訴の判決を言渡したることは右大赦令第一條但書の解釋を誤り延いて同條の適用を誤つてゐるものであるから原判決は違法であり破毀を免れないものであると考へる。

答辯書

我國は現在連合軍の占領下にある。我國が無條件降服をした以上は、連合國軍は行政立法等の行爲を直接行うことも、日本政府をしてこれを行はしむることも、その任意である。而して現に連合國は日本政府の存在を認め、これをして行政等の行爲を行はしめてゐることは、今ここにあらためて言うまでもないところである。連合國軍は直接日本國民を拘束する法令を發布することなく、日本政府に對し指令、覺書等を發し、日本政府をしてその責任においてこれを行はしめてゐるのである。上告趣意書において、檢事の引用してゐるところの昭和二十年九月二十五日の覺書なるものは、同月十九日付日本政府より連合國軍最高司令官宛覺書に對する同司令官の日本政府宛囘答文書であり、一般に公布せられたものではない。これによつて日本國民が直接拘束せられる理由はない。ことに日本國民が刑罰法令の適用上不利益を被るべきいわれはない。一面、日本政府は連合國最高司令官の要求する事項を履行するために、昭和二十年勅令第五百四十二號「ポツダム宣言の受諾に伴ひ發する命令に關する件」という基本法を制定してゐる。而して右の九月二十五日付覺書に基き、政府は昭和二十年十二月二十七日商工農林省令第一號「生糸等の数量等に關する件」を公布し、生糸、絹紡糸、柞蠶糸又は絹製品の製造、加工又は賣渡を業とする者に對し、同年同月三十一日現在を以て、それらの者が所有してゐる生糸、絹紡糸、柞蠶糸又は絹製品につき報告を徴したのである。しかしながら本件被告人等は昭和二十年十二月三十一日に本件物件を所有してゐなかつたから、報告義務は負はなかつたのである。斯様に連合國軍最高司令官は、日本政府に要求してこれを爲さしむるという形を採つてゐるのであつて、檢事のいう如く、直接指令又は覺書によつて日本國民を拘束し又ことに刑罰責任を負はせることはしてゐない。少くとも絹製品に關してはこの點明瞭である。

本件取引行爲の行はれたのは、昭和二十一年二月十日頃から同月十九日頃迄の間とせられてゐる。その當時は、まだ國家總動員法が効力を有してゐた。檢事は「この國家總動員法及び其の關係法令が期せずして聯合國最高司令官の右覺書指令を履行する爲に日本政府の發した主要法令となつた」と云つてゐるが、これはあたらない。なるほど、本件行爲當時國家總動員法はその効力を有してゐた。しかし同法は戰時に際し國防目的達成の爲、國の全力を最も有効に發揮せしむる様、人的及物的資源を統制運用する爲の法律であつて、連合國の占領目的達成の爲制定せられたものではない。同法が終戰後なほその効力を有するということは不合理のようにも思はれるが、當時はまだ終戰直後の混亂時代であつて、まだその改廢の手續が行はるるに至らなかつたに過ぎないと解すべきであらう。而して同法第三十一條には報告を徴し得る規定があるけれども、國家總動員上必要あるときに限られてゐるので、政府はこの規定によらず、前記昭和二十年勅令第五百四十二號に基き右商工農林省令を公布し、これに依て報告を徴したのであると思う。斯様に聯合國軍最高司令官の指令覺書等に依つて要求するところを履行する爲には、日本政府として採るべき方式がきまつてゐるのであつて、國家總動員法のように戰争前に、國家總動員の爲に設けられた法律が終戰後、期せずして、占領目的達成の爲制定せられた法律となるといふことはない筈である。それだから、同法は昭和二十一年四月一日廢止せられた。檢事のいう臨時物資需給調整法の如きものは、昭和二十一年十月一日から施行せられたものであつて、檢事の主張を合理化する理由とならない。

なほ一言附加すれば、昭和二十一年勅令第三百十一號(聯合領占國軍の占領目的に有害な行爲に對する處罰等に關する勅令)は同年七月十五日から施行せられたものであつて、これによつて初めて、所謂有害行爲とは如何なるものかということが法令上規定せられ、その觀念が明かにせられたのであつて、それ以前においては法律上の觀念として明確にせられてはゐなかつたのである。しかるに、それを本件行爲の當時にまでさかのぼつて律せんとすることは不當である。

昨二十一年十一月三日の新憲法の發布は日本國の更始一新の秋であり、これを記念するため、大赦令が發布せられ、國民ひとしく喜を共にしたのである。しかるに、もし法の誤解又は不當なる運用により被告人ひとりこの有難い恩典に浴することができず、絶望に陷りもしくは世を白眼視するようなことになつたならば被告人のみならず邦家の爲にも悲しむべきことである。よろしく理論に徹し且温情ある御明斷あらんことを切にお願ひ申上げます。

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