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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)221号 判決 1998年12月28日

アメリカ合衆国

オハイオ州、シンシナチ、ワン、プロクター、エンド、ギャンブル、プラザ

原告

ザ、プロクター、エンド、ギャンブル、カンパニー

代表者

ジェイコブス シー ラッサー

訴訟代理人弁護士

吉武賢次

神谷巖

同弁理士

佐藤一雄

小野寺捷洋

野一色道夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

船越巧枝

伊藤頌二

後藤千恵子

小林和男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成7年審判第26949号事件について、平成9年4月11日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1985年5月15日にアメリカ合衆国でした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和61年5月15日、名称を「使い捨て吸収物品」とする発明(以下「本願特許発明」という。)につき、特許出願(特願昭61-111755号)をしたが、平成7年8月31日に拒絶査定を受けたので、同年12月18日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を、平成7年審判第26949号事件として審理したうえ、平成9年4月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月12日、原告に送達された。

2  本願特許発明の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨

皮膚pHを下げる傾向がありながら排泄された体液を吸収するのに好適な使い捨て吸収物品であって、液体不透過裏張りシート、比較的疎水性の液体透過性トップシートおよび親水性繊維材料を含有する可撓性吸収芯を具備し、前記吸収芯が前記裏張りシートと前記トップシートとの間に位置決めされる使い捨て吸収物品において、前記トップシートが、排泄された体液への暴露時に、皮膚pHを3.0~5.5の範囲内に下げるのに有効である量の陽子を放出するようにイオン交換容量少なくとも約0.25meq/gを前記トップシートに付与するに十分な量の酸性部分をその重合体内に含有する重合体不織布またはフィルム材料から、前記の比較的疎水性のトップシートを少なくとも部分的に作ることを特徴とする使い捨て吸収物品

3  審決の理由

審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願発明が、米国特許第3707148号明細書(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定、本願発明と引用例発明との相違点<1>及び<2>の認定、相違点<2>についての判断は、いずれも認めるが、その余は、争う。

審決は、引用例発明を誤認した(取消事由1)結果、相違点<1>についての判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  引用例発明の誤認(取消事由1)

審決は、引用例発明について、「ライナーが液体透過性シートに相当する」(審決書9頁17~18行)と認定するが誤りである。

すなわち、引用例には、「本発明の望ましい実施態様では、アンモニア吸収剤は、無害な溶液を除いて皮膚と直接接触しないような方法で提供される。」(甲第4号証訳文2頁20~22行)と記載され、また「各ライナーは、約0.5gの吸収剤を支持する。」(同訳文5頁2行)等と記載されているから、引用例発明のライナーは、着用者の肌に直接接触するものではない。他方、周知のおむつにおいて、液体透過性シート、すなわちトップシートが、着用者の肌に直接接触するものであることは明らかである。したがって、引用例発明のライナーは、周知のおむつの中の液体透過性のトップシートに相当するものではない。

また、一般的な使い捨ておむつにおいて、液体不透過性シート、可撓性吸収芯、液体透過性シートからなる構成が、周知の事項であることは認めるが、審決が、「引用例に記載の使い捨ておむつも前記周知事項の構成を具備する吸収物品と解される。」(審決書10頁3~4行)と認定したことは誤りである。

すなわち、引用例には、「ポケット」という周知の構成に含まれていない構成要素の記載があり、また、「おむつライナーとおむつの間に」(甲第4号証訳文5頁4行)という記載もあることなどを併せ考えると、引用例発明のアンモニア吸収剤を含むためのライナーは、通常の液体透過性のトップシートや、吸収芯、液体不透過性のバックシートとは異なる第4の構成要素であるか、あるいは、「布オムツの内層に用いて汚物処理の簡略化を目的とする」水吸収層としての吸収芯であると解すべきである。

したがって、審決は、引用例発明の認定を誤り、その結果、本願発明との相違点を看過したものである。

2  相違点<1>の判断誤り(取消事由2)

審決が、相違点<1>の判断において、「おむつのような吸収物品において、ライナーは、液体をすばやくその背面にある吸収材に透過移送するシートを指して使われるものであるから、吸収材の皮膚に直接接触する側に配され、吸収されるべき体液等によって皮膚がいつまでもさらされないようにするものである」(審決書14頁1~6行)と認定したことは誤りであり、「ライナー」が、肌に直接接触して用いられるものを指すことは、本願出願前に周知であるとはいえない。

例えば、特開昭49-48972号公報(甲第5号証)には、「従来より、使い捨て紙オムツまたはオムツライナーは乳幼児用として漸次普及しているが、これは直接肌に触れる内層、紙綿よりなる中層およびポリエチレンフイルムよりなる外層の三層から出来ているのが普通である」(同号証1頁左下欄13~17行)と記載されており、ライナーは、必ずしも肌に直接接触する部分のみを指すものではない。

また、特開昭61-159965号公報(甲第6号証)には、「ほぼ矩形の非浸透性バツクシートと、該バツクシートの端部でバツクシートに結合されているほぼ矩形の浸透性身体側ライナと、該トツプシートと該バツクシートとの間に存す吸収性ライナと」(特許請求の範囲の欄)と記載されており、ライナーが、肌に直接接するものではないことは明らかである。要するに、ライナーは、英和辞書(甲第7号証)によると、「裏につける(当てる)物」という意味であり、肌に接するという意味や、表面に存在するものという意味はない。

また、審決が、引用例発明の「使い捨ておむつ用の『ライナー』は、皮膚に直接接触するシートと理解される。」(審決書14頁7~8行)と認定したことも、前示のとおり、誤りである。

さらに、審決が、「引用例には、好ましい態様においては、アンモニア吸収剤は、無害な溶液としての場合を除いて、皮膚と直接接触しないような方法で付与される旨の記載があるが、そのことが、そのまま、皮膚と直接接触してはならないことを意味するものではない。」(審決書14頁9~14行)と判断したことも、前示のとおり、誤りである。

すなわち、引用例の上記の記載をみれば、アンモニア吸収剤が直接皮膚に接触させるのは具合が悪いと、発明者に認識されていたことが分かり、これを理由もなく否定することはできない。しかも、引用例においては、アンモニア吸収剤が、直接皮膚に接触しない具体的構成が明確に示され、そのような構成を採用する皮膚病学的見地からの理由も、記載されている(甲第4号証訳文8頁16行以下)。したがって、引用例の上記記載を、できれば皮膚に直接接触しない方がよいという軽い程度のものと理解することは、許されない。

そうすると、審決が、「引用例において、アンモニア吸収剤すなわち排泄された体液への暴露時に、皮膚pHを少なくとも5.5に下げ得る作用、効果を発揮するものから少なくとも部分的に作られた液体透過性シートを皮膚と直接接触するシート、すなわち『トップシート』とすることは当業者であれば必要に応じて容易になし得ることである。」(審決書14頁15行~15頁2行)と判断したことは誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は、正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

引用例には、「アンモニア吸収剤は、アンモニア吸収製品を作るように、使い捨ておむつライナー中に、あるいはその上に支持される。このようなライナーは、尿が吸収材、例えば背後のタオル地へ流れることを許容するよう意図される。ライナーは、一般に、やや薄い透過性織物シート材料であり、織物、編み物、あるいは最も一般的には不織布である。」(甲第4号証訳文4頁23~28行)と記載されているが、上記の「アンモニア吸収剤がおむつライナー中に支持される」とは、ライナーを構成する素材である繊維中にアンモニア吸収剤を含むこと、より具体的には、その繊維自身を構成する成分として、アンモニア吸収剤を含んでいることを意味するものと解される。

そうすると、引用例発明の「ライナー」は、そのライナーを構成する繊維自身がアンモニア吸収剤を構成成分の一部としているのであるから、肌に直接接触するものといえる。

したがって、引用例発明に関する審決の認定(審決書9頁13行~11頁10行)に誤りはない。

2  取消事由2について

おむつに使用される「ライナー」の語が、肌に直接接触して用いられるものを指すことは、本願出願前、当業者にとって周知である。

原告は、甲第5~第7号証を提示して、ライナーとは肌に直接接触する部分のみを指すものではない旨主張するが、原告は、これら証拠の解釈を誤っているうえ、これらの証拠の存在によっても、おむつ用のライナーは、肌に直接接触するものを意味するということができる。

したがって、この点に関する審決の判断(審決書14頁1~8行)に誤りはない。

また、引用例には、「本発明の望ましい実施態様では、アンモニア吸収剤は、無害な溶液を除いて皮膚と直接に接触しないような方法で提供される。」(甲第4号証訳文2頁20~22行)と記載されており、ここにいう「皮膚と直接に接触しないような方法」との記載は、あくまで「望ましい実施態様」なのであって、皮膚と直接に接触してはならない旨が記載されているものではない。

このことは、引用例が多くの実施例を含み、「皮膚と直接接触しない」例とともに、望ましい例かどうかは別として、直接皮膚と接触する場合も実施例として例示していることからも、理解される。

したがって、引用例の記載は、アンモニア吸収剤が肌に直接接触することを排除するものではなく、この点に関する審決の判断(審決書14頁9行~15頁2行)にも誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(引用例発明の誤認)について

審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定は、いずれも当事者間に争いがない。

引用例発明について、引用例(甲第4号証)には、「本発明は、身体の排出物を吸収するため用いられる吸収材中に形成されたアンモニアを吸収するよう設計された製品に関する。主として幼児用おむつに関して本発明を記載するが、本発明は、例えば失禁パッドにも同様に適用し得る。」(同号証訳文1頁12~15行)、「おむつとしてあるいはおむつと組み合わせて用いられるあるアンモニア吸収製品を提供することにより、おむつ疹の発生を減らしあるいは防止することが可能であることが判った。本発明の望ましい実施態様では、アンモニア吸収剤は、無害な溶液を除いて皮膚と直接に接触しないような方法で提供される。本発明によれば、シート担体中に製品の平方メートル当たり少なくとも1.5グラムの量で保持され、あるいは水透過性の包みに含まれる1.8ないし4.5問のpK値をもつ不揮発性アンモニア吸収剤を含むアンモニア吸収製品を提供する。このシート担体は、多くの形態であり得る。このように、一例は、通常のおむつ、例えばタオルおむつあるいは使い捨ておむつである。」(同2頁18~28行)、「使い捨ておむつへのアンモニア吸収剤の組み込みは、アンモニア吸収製品を作るため多くの方法で行うことができる。

この吸収剤は、例えば、吸収材に含浸されるかこれに被覆された吸収材の一体部分であり、あるいは吸収材全体に均等に分散された粒状形態で存在する。アンモニア吸収剤がシート形態のカチオン交換樹脂であるならば、この吸収剤はおむつの本体などに包含される。アンモニア吸収剤が繊維形態、例えばリン酸セルロース形態である場合、これは標準的な手法により調製される織物シートまたは不織シートの形態でおむつに含まれる。このようなシートは、しばしば、大量の他の繊維、例えばセルロース繊維を含む。アンモニア吸収剤は、アンモニア吸収製品を作るように、使い捨ておむつライナー中に、あるいはその上に支持される。このようなライナーは、尿が吸収材、例えば背後のタオル地へ流れることを許容するよう意図される。ライナーは、一般に、やや薄い透過性織物シート材料であり、織物、編み物、あるいは最も一般的には不織物である。これら材料は、例えば、厚さが1mmより薄く、しばしばセルロース繊維製である。ライナーは、通常、25×25cmより大きくないが、連続する長形に製造され、連続的なシート形態における本発明の製品を提供するようにアンモニア吸収剤を支持する。各ライナーは、約0.5gの吸収剤を支持する。アンモニア吸収剤は、帯状あるいはシート状の基材に担持されて、例えばおむつライナーとおむつとの間に、あるいはタオルおむつにおけるポケットまたは折り目に挿入するのに適するアンモニア吸収製品を提供する。」(4頁13行~5頁6行)と記載されている。

これらの記載によれば、引用例発明は、皮膚pHを下げる傾向にありながら排泄された体液を吸収するのに好適な使い捨て吸収物品であって、そのためにアンモニア吸収剤を使用するものであるが、このアンモニア吸収剤は、使い捨ておむつライナー中、あるいはその上に支持されるものと認められる。このライナーは、尿が、吸収材である背後のタオル地等へ流れることを許容するような、やや薄い透過性織物シート又は不織シートの形態であることが、一般的である。また、アンモニア吸収剤の使用形態は多岐にわたり、アンモニア吸収剤が、人体に対し無害な物質でない場合は、当然、皮膚と直接接触しないことが望ましいが、特に有害な物質でないような場合は、例えば、リン酸セルロースなどの繊維形態として、ライナーを構成する素材である繊維の一部に含まれることも開示されており、この場合は、当然、アンモニア吸収剤が、皮膚と直接接触するものと認められる。その他、アンモニア吸収剤が、おむつライナーとおむつ(これは、ライナー以外の吸収芯などを指すものと認められる。)との間や、あるいは、おむつのポケット又は折り目に挿入されることも、想定されており、このような場合は、アンモニア吸収剤が、皮膚と直接接触するものではないと認められる。

原告は、引用例発明のライナーが、液体透過性シートに相当すると審決が認定した(審決書9頁17~18行)ことは誤りであり、引用例の記載(甲第4号証訳文2頁20~22行)からみて、引用例発明のライナーは、着用者の肌に直接接触するものではないと主張する。

しかし、前示のとおり、引用例発明のライナーは、尿が吸収材である背後のタオル地等へ流れることを許容するような、やや薄い透過性織物シート又は不織シートの形態であることが、明確に開示されているから、これが、着用者の肌に直接接触するものであることは明らかであり、このことは、引用例発明におけるアンモニア吸収剤が、人体に対し無害な溶液でない場合は、皮膚と直接接触しないことが望ましいとの記載により、左右されるものではないから、原告の上記主張は、採用することができない。

また、原告は、液体不透過性シート、可撓性吸収芯、液体透過性シートからなる構成が、使い捨ておむつの周知のものであることを認めながら、審決が、引用例発明のおむつについて、上記周知の構成を具備すると認定した(審決書9頁20行~10頁3行)ことは誤りであり、引用例の「ポケット」、「おむつライナーとおむつの間に」という記載などを併せ考えると、引用例発明のアンモニア吸収剤を含むためのライナーは、通常の液体透過性トップシートや、吸収芯、液体不透過性のバックシートとは異なる第4の構成要素であるか、あるいは、水吸収層として吸収芯であると解すべきであると主張する。

しかし、前示したように、引用例発明のライナーが、背後に尿の吸収材を有する液体透過性シートであって、これが、着用者の肌に直接接触するものであることは明らかであるから、引用例発明でも、液体不透性シート、可撓性吸収芯、液体透過性シートからなる周知の構成を採用しているものと認められる。引用例発明において、アンモニア吸収剤の使用形態が多岐にわたり、ライナーに直接支持される場合だけでなく、ライナーとそれ以外の吸収芯などとの間や、ポケット又は折り目にアンモニア吸収剤が挿入される場合が想定されているからといって、上記の基本的構成が否定されるものでないことはいうまでもない。したがって、原告の上記主張も、採用できない。

そうすると、審決が、引用例発明について、「ライナーが液体透過性シートに相当することは明らかであり、・・・引用例に記載の使い捨ておむつも前記周知事項の構成を具備する吸収物品と解される。」(審決書9頁17行~10頁4行)と認定したことに誤りはない。

2  取消事由2(相違点<1>の判断誤り)について

審決の理由中、相違点<1>の認定(審決書12頁7行~13頁3行)は、当事者間に争いがない。

原告は、相違点<1>の判断における審決の認定(審決書14頁1~6行)が誤りであり、「ライナー」が、肌に直接接触して用いられるものを指すことは、本願出願前に周知であるとはいえないと主張し、その根拠として、特開昭49-48972号公報(甲第5号証)、特開昭61-159965号公報(甲第6号証)及び英和辞書(甲第7号証)を挙げる。

しかし、仮に、「ライナー」という用語が、当業者にとって、肌に直接接触して用いられる部材を一義的に指すものでないと理解されるとしても、引用例発明における「ライナー」が、肌に直接接触して用いられるものであることは、前示のとおり、引用例自体の記載から明らかであるから、原告の主張は、失当といわなければならない。

また、原告は、引用例の「望ましい実施態様では、アンモニア吸収剤は、無害な溶液を除いて皮膚と直接に接触しないような方法で提供される」旨の記載(甲第4号証訳文2頁20~22行)を否定した審決の判断(審決書14頁9~14行)が誤りであり、引用例において、アンモニア吸収剤が、直接皮膚に接触しない具体的構成が明確に示される以上、引用例の上記記載を、できれば皮膚に直接接触しない方がよいという軽い程度のものと理解することは、許されないと主張する。

しかし、前示のとおり、引用例発明のアンモニア吸収剤の使用形態は、多岐にわたり、これが有害な物質である場合は、当然、皮膚と直接接触しないような構成を採用することになるが、例えば、アンモニア吸収剤がリン酸セルロース繊維である場合は、ライナーを構成する素材である繊維中に組み込まれることになるから、皮膚と直接接触することが明らかである。引用例の上記記載は、あくまでも「望ましい実施態様」に関するものであり、この記載によって、アンモニア吸収剤が肌に直接接触する場合が全て排除されるものでないことはいうまでもないから、原告の主張を採用する余地はない。

したがって、審決が、「引用例には、好ましい態様においては、アンモニア吸収剤は、無害な溶液としての場合を除いて、皮膚と直接接触しないような方法で付与される旨の記載があるが、そのことが、そのまま、皮膚と直接接触してはならないことを意味するものではない。したがって、引用例において、アンモニア吸収剤すなわち排泄された体液への暴露時に、皮膚pHを少なくとも5.5に下げ得る作用、効果を発揮するものから少なくとも部分的に作られた液体透過性シートを皮膚と直接接触するシート、すなわち『トップシート』とすることは当業者であれば必要に応じて容易になし得ることである。」(審決書14頁9行~15頁2行)と判断したことに誤りはない。

3  以上のとおり、原告主張の取消事由には、いずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び付加期間の指定につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成7年審判第26949号

審決

アメリカ合衆国オハイオ州、シンシナチ、ワン、プロクター、エンド、ギャンブル、プラザ(番地なし)

請求人 ザ、プロクター、エンド、ギャンブル、カンパニー

東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル 協和特許法律事務所内

代理人弁理士 佐藤一雄

東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル 協和特許法律事務所内

代理人弁理士 小野寺捷洋

東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル 協和特許法律事務所内

代理人弁理士 野一色道夫

昭和61年特許願第111755号「使い捨て吸収物品」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年2月13日出願公開、特開昭62-33804)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1.手続の経緯・本願発明の要旨

本願は、昭和61年5月15日(優先権主張1985年5月15日、米国)の出願であって、その発明の要旨は、補正された明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりのものにあり、特許請求の範囲第1項は次のとおりのものと認める。

「皮膚pHを下げる傾向がありながら排泄された体液を吸収するのに好適な使い捨て吸収物品であって、液体不透過裏張りシート、比較的疎水性の液体透過性トップシートおよび親水性繊維材料を含有する可撓性吸収芯を具備し、前記吸収芯が前記裏張りシートと前記トップシートとの間に位置決めされる使い捨て吸収物品において、前記トップシートが、排泄された体液への暴露時に、皮膚pHを3.0~5.5の範囲内に下げるのに有効である量の陽子を放出するようにイオン交換容量少なくとも0.25meq/gを前記トップシートに付与するに十分な量の酸性部分をその重合体構造に含有する重合体不織布またはフィルム材料から、前記の比較的疎水性のトップシートを少なくとも部分的に作ることを特徴とする使い捨て吸収物品」

(以下、これを「本願発明」という。)。

2.引用例

これに対し、原査定の拒絶の理由に引用された米国特許第3,707,148号明細書(1972年12月26日特許、以下、「引用例」という。)には、アンモニア吸収剤を用いた、体液等の吸収物品、特に赤ちゃん用のおむつに関するものであることが第1欄第3~8行に記載され、

[1]該アンモニア吸収剤は、おむつと組み合わせることによりおむつかぶれを防ぐ作用、効果を奏するものであることを説明する、

「特定のアンモニア吸収剤を用いることによって、またはおむつに組み合わせることによって、おむつかぶれを減少または防止し得ることを見出した」

の記載(第1欄第47~50行)、

[2]前記アンモニア吸収剤は、シート担体中またはその上に担持されること、シート担体には使い捨ておむつのような使い捨て吸収物品が含まれることを説明する、

「4.5~4.5のpK値を有する不揮発性アンモニア吸収剤からなるアンモニア吸収物品を提供するものであり、この吸収剤は、製品の少なくとも1.5g/m2であり、シート担体中またはその上に担持され、あるいは水透過性の小袋内に含ませることができる」

「シート担体は種々の形態を採ることができ、一つの例は普通のおむつでありまたは使い捨ておむつである」

の記載(以上、第1欄第54~62行)、

[3]該アンモニア吸収剤には、酸化セルロース、H型のカチオン交換樹脂が含まれることを説明する、

「好適なアンモニア吸収剤としては、通常は単量体の有機酸、例えば、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、マレイン酸、フマル酸、マロン酸、またはコハク酸、あるいは多塩基酸によるセルロース誘導体、例えば、セルロースホスフェイト、酸化セルロース、H型のカチオン交換樹脂、珪酸ゲルが用いられる」

「これらの薬剤のpK値の好適な範囲は2.5~4.5である」

の記載(以上、第1欄第67行~第2欄第7行)、[4]該アンモニア吸収剤の適用としては、シート形態としてそのまま組み合わせることができ、セルロースフォスフェートの場合には繊維形態とし、織物又は不織布として適用できることを説明する、

「使い捨ておむつへのアンモニア吸収剤の適用はアンモニア吸収材を製造する多数の方法によって行われる」

「薬剤は、例えば、材料に含浸させるかその上に塗布することによって吸収材の全体に付与され、あるいは、吸収材料を透過するように均一に分散された粒子状で付与される」

「アンモニア吸収剤が、シート形態のカチオン交換樹脂である場合、そのままで、おむつ本体に組み合わせることができる」

「アンモニア吸収剤が繊維形態、例えば、セルロースフォスフェートである場合は、標準的な技術で製造される、織物、不織布シートの形態でおむつに含ませることができる」

の記載(以上、第2欄60行~第3欄第6行)、[5]該アンモニア吸収剤は、背面による吸収材料への尿の通過を許容するライナー中又はライナー上に担持させることができることを説明する、

「アンモニア吸収剤は、アンモニア吸収材料を製造することによって、使い捨ておむつのライナー中若しくはその上に担持される」

の記載(第3欄第9~11行)、

[6]該ライナーは、不織布等の繊維材料から構成されたもの、または連続シート型のものであることを説明する、

「このようなライナーは、その背面のタオル地のような吸収材料への尿の通過を許容する」

「ライナーは、一般には、極く薄い、透過性の、織物、編物、最も普通には、不織布からなる繊維シート材料である」

「それらは、例えば、1mmより薄く、しばしばセルロース繊維からなる」

「ライナーは、通常、25×25cmより大きいものではなく、連続長のものからなり、連続シート形態でこの発明のアンモニア吸収剤が付与される」

「各ライナーは少なくとも薬剤を0.5g担持する」の記載(以上、第3欄第11~22行)、

[7]該アンモニア吸収剤は、pHを5.5に達するまでの、および6時間以上アンモニアの発生を抑えておむつかぶれを防ぐ量存在することを説明する、

「尿の150mlを吸収したおむつは、1.8gのアンモニアを生成する」

「種々の酸が、尿中のアンモニアを、ガラス電極pH計で5.5に達するまで中和するのに用いられ、その結果を次表に示す」

表 -(略)-

「クエン酸若しくはリンゴ酸がアンモニア吸収剤として使用することが好ましく、実際に、アンモニアが大量存在することによって発生するおむつかぶれは、おむつに約4gのクエン酸若しくは3.5gのリンゴ酸を使用することによって減少することを見出した」

(以上、第4欄第35~60行)

「おむつかぶれができるまでに汚れたおむつが皮膚に接触する時間は、実験によれば、おむつが軽くプレスされた状態でおむつ20gに対し、わずか

2.5%w/wのリンゴ酸処理によってアンモニアの放出の防止を6時間以上とすることが可能である」

(第4欄第61~末行)

「おむつの形状にカットされたアンモニア吸収材料に少なくとも0.5g/m2のアンモニア吸収剤を含有させることによって、通常の使用状態で放出を阻止するに十分な量のアンモニアの吸収が可能である」

「最適な量は、使用される薬剤の特性に負う、薬剤がイオン交換樹脂の場合には、リンゴ酸のような酸の場合より当然大きくなる」

(以上、第5欄第1~11行)

「実際、おむつ1gに対し、少なくとも1g、特に2g、好ましくは3gの有機酸が用いられる」

「30×18cmの使い捨ておむつに対し、おむつの1方の表面で、平方m当たり、20g、40g、60gである」

「その使用量で、通常の使用状態で6時間以上、アンモニアの発生を排除するに十分である」

(以上、第5欄第12~21行)

の記載があることが認められる。

前記[6]の記載から、ライナーは、その背面の吸収材料へ尿の透過を許容するもので、該吸収剤より低い吸収性であることは明らかであるから、比較的疎水性である。

そして、前記[6]の記載よりライナーが液体透過性シートに相当することは明らかであり、背面にある吸収材料は、親水性繊維材料を含有する可撓性吸収芯に相当し、また、おむつのような吸収材料は液体不透過性シート、可撓性吸収芯、液体透過性シートからなることは周知の事項であるから、引用例に記載の使い捨ておむつも前記周知事項の構成を具備する吸収物品と解される。

また、引用例のアンモニア吸収剤は、前記[7]にあるように、使用時におむつかぶれが発生しないような、また少なくとも5.5までpHを下げ得るような作用、効果を発揮するものが使用されるものと認められる。

さらに、前記[4][5]にあるように、引用例のアンモニア吸収剤は液体透過性シート中若しくはその上に存在すること、セルロースフォスフェートの場合のように繊維形態を採り得るものであることからみて、引用例の液体透過性シートは、該吸収剤を少なくとも一部の構成材料として作成されているものと解される。

そうすると、引用例には、

「皮膚pHを下げる傾向がありながら排泄された体液を吸収するのに好適な使い捨て吸収物品であって、液体不透過性裏張りシート、比較的疎水性の液体透過性シートおよび親水性繊維材料を含有する可撓性吸収芯を具備し、吸収芯が液体不透過性シートと液体透過性シートとの間に位置決めされてなる吸収物品において、

該液体透過性シートが、排泄された体液への暴露時に、皮膚pHを少なくとも5.5に下げ得る作用、効果を発揮するものから少なくとも部分的に作られている使い捨て吸収物品」

を内容とする発明が記載されていることが認められる。

3.対比

本願発明と引用例に記載された発明とを対比すると、両者は

「皮膚pHを下げる傾向がありながら排泄された体液を吸収するのに好適な使い捨て吸収物品において、液体不透過性裏張りシート、比較的疎水性の液体透過性シートおよび親水性繊維材料を含有する可撓性吸収芯を具備し、吸収芯が液体不透過性シートと液体透過性シートとの間に位置決めされてなる吸収物品であり、

液体透過性シートが、排泄された体液への暴露時に、皮膚pHを少なくとも5.5に下げ得る作用、効果を発揮するものから少なくとも部分的に作られている使い捨て吸収物品」である点

で一致し、次の点で相違する。

<1>本願発明においては、液体透過性シートが、トップシートすなわち皮膚に接触するシートを構成するものであり、その少なくとも一部分を作る材料が、排泄された体液への暴露時に、皮膚pHを3.0~5.5の範囲内に下げるのに有効である量の陽子を放出するようにイオン交換容量を付与するに十分な量の酸性部分をその重合体構造内に含有する重合体としているのに対し、引用例記載の発明においては、液体透過性シートがトップシートであることの明記はなく、pHを少なくとも5.5以下にする材料として、皮膚pHを3.0~5.5の範囲内に下げるのに有効量の陽子を放出するようにイオン交換容量を付与するに十分な量の酸性部分をその重合体構造内に含有する重合体を用いることの例示があるものの、実施例的な具体的構成が明記されていない点

<2>本願発明では、重合体構造内に含有する酸性部分の量を、「イオン交換容量少なくとも0.25meq/gをトップシートに付与するに十分な量」とするとしているのに対し、引用例においては、pHを少なくとも5.5以下にする材料として例示されている、皮膚pHを3.0~5.5の範囲内に下げるのに有効量の陽子を放出するようにイオン交換容量を付与するに十分な量の酸性部分をその重合体構造内に含有する重合体の重合体構造内に含有する酸性部分の量を、「イオン交換容量少なくとも0.25meq/gをトップシートに付与するに十分な量」とすることについては記載されていない点

4.当審の判断

上記相違点について検討する。

(1)相違点<1>について

おむつのような吸収物品において、ライナーは、液体をすばやくその背面にある吸収材に透過移送するシートを指して使われるものであるから、吸収材の皮膚に直接接触する側に配され、吸収されるべき体液等によって皮膚がいつまでもさらされないようにするものであるから、前記[5]における使い捨ておむつ用の「ライナー」は、皮膚に直接接触するシートと理解される。

そして引用例には、好ましい態様においては、アンモニア吸収剤は、無害な溶液としての場合を除いて、皮膚と直接接触しないような方法で付与される旨の記載があるが、そのことが、そのまま、皮膚と直接接触してはならないことを意味するものではない。

したがって、引用例において、アンモニア吸収剤すなわち排泄された体液への暴露時に、皮膚pHを少なくとも5.5に下げ得る作用、効果を発揮するものから少なくとも部分的に作られた液体透過性シートを皮膚と直接接触するシート、すなわち「トップシート」とすることは当業者であれば必要に応じて容易になし得ることである。

また、引用例にはpHを少なくとも5.5以下にする材料として、本願発明において皮膚pHを3.0~5.5の範囲内に下げるのに有効である量の陽子を放出するようにイオン交換容量を付与するに十分な量の酸性部分をその重合体構造内に含有する重合体として使用される酸化セルロース、カチオン交換樹脂が挙げられているから、トップシートの一部を構成する材料として前記引用例に例示のものを用いることは当業者が容易に想到し得たものと認める。

(2)相違点<2>について

引用例のアンモニア吸収剤は、排泄された体液に対し、pHを5.5まで下げ得るような作用、効果を発揮するものであり、引用例における該吸収剤の例示として挙げられている酸化セルロースやカチオン交換樹脂においても当然に前記作用、効果を発揮しなければならないことは明らかである。

これに対して、本願発明の皮膚pHを3.0~5.5の範囲内に下げるのに有効である量の陽子を放出するようにイオン交換容量を付与するに十分な量の酸性部分をその重合体構造内に含有する重合体にも、酸化セルロース、カチオン交換樹脂が使用されることが挙げられており、これらが少なくともpH5.5以下であるpH3.5~5.5まで下げるものであるから、引用例の吸収剤の作用、効果と本願発明の作用、効果とはpH調節剤として同様の作用、効果を発揮するものである。

したがって、アルカリに対する中和量を示すものとして当業者に周知の特性であるイオン交換容量を用いて、当該酸性部分の量を少なくとも0.25meq/gとすることは、所望のpH調整を行うことができる量として、当業者が適宜選択し得ることといえる。

よって、相違点<1><2>はいずれも、当業者が必要に応じて容易に想到し得る程度のこととするのが相当である。

5.むすび

以上のとおりであるから、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年4月11日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人のため出訴期間として90日を附加する。

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