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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)192号 判決 1998年12月08日

アメリカ合衆国

カリフォルニア州サンジョセ、ヤーバブエナ ロード 3403

原告

ベーリング ダイアグノスティクス インコーポレイテッド

代表者

ジェイ ティ シェック

訴訟代理人弁理士

浅村皓

小池恒明

林鉐三

岩井秀生

員見正文

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

志村博

飯野茂

吉村宅衛

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成7年審判第21429号事件について平成9年3月21日にした審決を取り消す。」との判決

2  被告

請求棄却の判決

第2  事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1990年(平成2年)6月12日、名称を「免疫試験法のための光学式読取装置」(平成7年10月30日付け手続補正書により「光学装置及び蛍光分光分析方法」と補正)とする発明(本願発明)につき、国際特許出願をし(1989年7月12日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権主張)、平成3年2月28日、特許法184条の5第1項に基づく書面を特許庁長官に提出した(平成2年特許願第509548号)。これに対し平成7年6月8日拒絶査定があり、原告は平成7年10月2日審判請求をしたが(平成7年審判第21429号)、平成9年3月21日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成9年4月21日原告に送達された。なお、原告のため出訴期間90日が付加された。

2  本願発明の要旨(本願発明の特許請求の範囲第10項に記載されている発明の要旨)

第1短波長帯域内の励起エネルギーによって流体サンプルを照射し、該サンプルから放射された第2長波長帯域内の蛍光放射エネルギーの量を決定し、該放射された蛍光放射の量を前記流体サンプル中の被検査成分の濃度に関連せしめることによって、流体サンプルなどの中の成分濃度を分析するようになっている蛍光計装置に用いられる光学装置であって、

前記サンプルを励起する光を発生するための紫外線含有量の少ないタングステン・ハロゲン放射源と、

励起光路および発光光路のそれぞれが、スペクトルの紫外領域において高度の透過性を有する光学手段を含む該励起光路および発光光路と、

該発光光路に沿った放射を受けて前記サンプルからの放射を示す出力を発生するための固体素子光検出器手段と、

前記励起光路に沿って配置され、前記放射源を選択的にフィルタすることにより前記第1短波長帯域内の前記励起エネルギーを供給する手段、および前記発光光路に沿って配置され、前記サンプルからの放射をフィルタすることにより前記光検出手段のスペクトル応答が前記第2長波長帯域内の波長に限定されるようにする手段と、を含む光学装置。

(実施例につき別紙第1図参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、特開昭63-286750号公報(引用例。本訴甲第5号証)には以下の<1>~<8>の記載がある。

<1> 「本発明は、全体として、分析装置、より具体的には試料の化学的、免疫化学的又は生物学的試験を行うため光を検出する装置に使用する検出器組立体に関する。」(2頁右下欄9行~12行)

<2> 「この検出器組立体20は本発明を実現するための多数の主要構成要素を備えている。これら構成要素は、ランプ副組立体21、フィルタホイール副組立体22、分析部位24、検出器副組立体25及びフィルタモータ副組立体26を含む。」(4頁右下欄15行~19行)

<3> 「このランプ副組立体21はタングステンランプのようなランプとすることが望ましい光源27のハウジング28を備えている。」(5頁左上欄1行~3行)

<4> 「……流路40はランプ副組立体21と整合させた軸心34に沿って伸長しており、……流路40の内側には……ランプからの光を分析部位24内に位置決めした試料に集光するレンズ46が……設けられている。」(5頁左下欄8行~15行)

<5> 「流路42は検出器副組立体25を通って伸長する軸心48及び分析部位24の中心に沿って整合されている。……流路42の内側には、レンズ50を設けるための大径の端ぐり穴49が形成してある。レンズ50は、分析部位24内にて試料からの光を平行にし、この光が検出器副組立体25内に達するようにする作用をする。」(5頁左下欄17行~右下欄8行)

<6> 「検出器副組立体25は光増幅管51又は光信号を受理し、この信号を電気信号に(「電気信号の」とあるのは誤記と認める。)変換し得るようにしたその他の公知の装置を備えることが出来る。」(5頁右下欄11行から13行)

<7> 「蛍光を利用して試料の分析を行う場合、対の1つのフィルタは、ランプからの射光と称される、軸心34に沿った光線内にあるよう、ホイールを回転させて選択的に位置決めする事が出来る。このフィルタは、試料と関係する蛍光色素を励起させる波長を選択的に透過させることが出来る。同時に、対の第2フィルタは、試料中の蛍光色素から発した光が光軸48に沿って進むよう、上記光軸48内に位置決めされている。光軸48と整合させたこのフィルタの波長透過特性に差を設け、蛍光色素から発した波長がフィルタを通り、最終的に光電子増倍管内で検出されるようにすることが出来る。」(6頁右下欄12行~7頁左上欄4行)

<8> 「各試薬パッケージのウエル78は、分析せんとする試料の容器であり、この容器に光を通し、液体試料の光分析を行う。」(7頁左下欄20行~右下欄2行)してみると、引用例には次の発明が記載されているものと認める。

「励起光によって液体試料を照射し、該試料から放射された蛍光を検出することにより、液体試料を分析する蛍光分析に用いられる光検出器組立体であって、流路40側に設けられた前記試料を励起する光を発生するためのタングステンランプと、流路42に沿った蛍光放射を受けて前記試料からの蛍光を検出するための光電子増倍管等の光検出器手段と、流路40および流路42に備えられたそれぞれ集光のためのレンズ46、50と、前記流路40に沿って配置された前記励起光を試料に対し選択的に供給するためのフィルタと、前記流路42に沿って配置された前記試料からの蛍光放射を選択的に透過させるためのフィルタと、を含む光検出器組立体。」

(3)  本願発明と引用例との対比

本願発明と上記引用例記載のものとを比較する。

引用例に示された光学装置(光検出器組立体)も蛍光分析技術により液体サンプル(液体試料)の分析を行うものであるから、蛍光放射の量を液体サンプル中の被検査成分の濃度に関連させることにより、液体サンプル中の成分濃度を分析するものであることにほかならず、また、引用例の流路40、流路42はそれぞれ本願発明の「励起光路」、「発光光路」に対応する。さらに、引用例のレンズ46、50はその作用から当然に励起光や蛍光に対し高度の透過性を有する光学手段である。

してみると、両者は、「励起エネルギーによって流体サンプルを照射し、該サンプルから放射された蛍光放射エネルギーの量を決定し、該放射された蛍光放射の量を前記流体サンプル中の被検査成分の濃度に関連せしめることによって、流体サンプルなどの中の成分濃度を分析するようになっている蛍光計装置に用いられる光学装置であって、前記サンプルを励起する光を発生するための放射源と、励起光路および発光光路のそれぞれが励起光や蛍光に対し高度の透過性を有する光学手段を含む励起光路および発光光路と、該発光光路に沿った放射を受けて前記サンプルからの放射を示す出力を発生するための光検出器手段と、前記励起光路に沿って配置された前記励起光を試料に対し選択的に供給するためのフィルタと、前記発光光路に沿って配置された前記試料からの蛍光放射を選択的に透過させるためのフィルタと、を含む光学装置。」である点で一致し、以下の点で一応相違する。

<1> 励起光の波長と蛍光の波長との関係について、本願発明は、「第1短波長帯域内の励起エネルギー」、「第2長波長帯域内の蛍光放射エネルギー」とあるように、蛍光の波長が励起光の波長に比べて長い旨の規定をしているのに対し、引用例には両者の関係についての記載がない点。

<2> 光源(放射源)に関し、本願発明は、「紫外線含有量の少ないタングステン・ハロゲン(ランプ)」を用いるとしているのに対し、引用例は「タングステンランプ」を用いている点。

<3> 光検出器手段に関し、本願発明は「固体素子」を用いているのに対し、引用例は「光電子増倍管または光信号を電気信号に変換し得るその他の公知の装置」を用いるとしている点。

(4)  審決の判断

相違点<1>について

通常、放出される蛍光の波長は励起光の波長よりも長いことはストークスの法則としても周知な事項であり、引用例のものもこの法則に則ったものと認められるから、両者に実質的な差異はない。

相違点<2>について

蛍光分析における励起光源として、タングステンランプも、タングステンハロゲンランプも共に周知なものである(例えば、田村善蔵外4名編「LC-けい光分析」(1978年4月20日発行)講談社85頁23行から25行参照)。そして、タングステンランプはその発する放射光のうち紫外線含有量の少ないものであり、このことは、ハロゲンを封入ガスに添加したタングステンハロゲンランプにも共通する事項であるから(例えば、田幸敏治外2名編「光学的測定ハンドブック」(1982年10月1日発行)朝倉書店48~49頁2.1.2分光特性の項、2.1.3 c.ハロゲン電球の項参照)、引用例の「タングステンランプ」に代えて、本願発明のように「紫外線含有量の少ないタングステンハロゲン(ランプ)」を用いることは、当業者ならば容易に想到し得ることと認める。

相違点<3>について

ホトダイオードなどの固体素子は例示するまでもなく光検出器として周知なものであるから、引用例の「光電子増倍管」に代えて、または引用例の「光信号を電気信号に変換し得るその他の公知の装置」として、「固体素子光検出器」を選択することは、当業者ならば容易に想到し得ることと認める。

そして、本願発明の要旨とする構成によってもたらされる効果も、引用例に記載されたものから当業者であれば予測できる程度のものであって、格別のものとはいえない。

(5)  審決のむすび

以上のとおりであるから、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

第3  当事者の主張

1  原告主張の審決取消事由

引用例に審決認定の<1>~<8>の記載があること、審決が引用例には次の発明が記載されているものと認めるとしたうち、「試料に対し選択的に供給するためのフィルタ」の「対し」との部分以外は認める。また、相違点<1>ないし<3>のうち<1>、<2>についてした審決の認定、判断は認める。

しかしながら、審決は、本願発明及び引用例記載のものの技術的意義の解釈を誤って引用例記載のものとの一致点の認定を誤り(取消事由1、2)、これによって相違点<3>に関する判断を誤り(取消事由3)、さらに本願発明の効果の判断を誤ったものであり(取消事由4)、違法として取り消されるべきである。

(1)  取消事由1

審決は、本願発明と引用例記載のものとが「前記励起光路に沿って配置された前記励起光を試料に対し選択的に供給するためのフィルタ」を含む点で一致すると認定したが、誤りである。

(1)-1 上記構成に関する本願発明の要件は、「前記励起光路に沿って配置され、前記放射源を選択的にフィルタすることにより前記第1短波長帯域内の前記励起エネルギーを供給する手段」であるが、その技術的意義は、本願明細書に記載されるように、フィルタ車の光阻止領域及び光通過領域を選択的に励起光路に挿入して放射源を選択的にフィルタすることにより、光検出器を「固体素子光検出器手段」としても、それに固有の雑音及び暗信号を完全に補償することができ、このため高レベルの紫外線出力を有する光源及び光電子増倍管を必要とせずに所望の分析をなし得ることにある。したがって、本願発明における上記構成は、選択的にフィルタ作用又は阻止作用を行うフィルタ手段を意味する。

(1)-2 引用例には「このフィルタは、試料と関係する蛍光色素を励起させる波長を選択的に透過させることが出来る。」と記載されている(6頁右下欄16行~18行)が、その技術的意義は、試料の分析目的に応じてフィルタのうちの一つを選択するフィルタ手段である。したがって、引用例記載のものは、「試料との関係において」蛍光色素を励起させる波長を選択的に透過させるフィルタ手段を意味しており、「試料に対し」選択的に供給するものではない。

(1)-3 このように、本願発明が、試料と関係なく常に選択的にフィルタ作用又は阻止作用を行うように、放射源を選択的にフィルタする手段であるのに対し、引用例に記載のものは、試料と関係して試料の選択的な光分析を行うように、波長を選択的に透過させるフィルタ手段である。両者の技術的意義及び構成は異なるから、審決が、「前記励起光路に沿って配置された前記励起光を試料に対し選択的に供給するためのフィルタ」を含む点で一致するとした認定は誤りである。

(1)-4 被告は、本願発明の上記構成の技術内容は、「前記励起光路に沿って配置されるフィルタが複数個用意されていて、その中から一つが選択されて励起光路に位置決めされ、この選択されたフィルタを通過した放射源からの光を(短)波長帯域内の励起光として試料に対し供給するための手段であり、これ以上の意味を有するものではない。」と主張する。

しかしながら、本願発明においては、選択的にフィルタ作用又は阻止作用を行うフィルタ手段を意味しており、しかも、実施例によれば、本願発明には、1個の励起フィルタを備えた光学装置も含まれる。本願発明の特許請求の範囲第10項も、励起フィルタが複数個である旨を限定していないから、励起フィルタが1個である場合も含めて本願発明の上記構成の技術内容を解釈すべきである。

(2)  取消事由2

審決は、本願発明と引用例記載のものとが「前記発光光路に沿って配置された前記試料からの蛍光放射を選択的に透過させるためのフィルタ」を含む点で一致すると認定したが、誤りである。

(2)-1 この点に関し本願発明が要件とする「前記発光光路に沿って配置され、前記サンプルからの放射をフィルタすることにより前記光検出手段のスペクトル応答が前記第2長波長帯域内の波長に限定されるようにする手段」の技術的意義は、本願明細書に記載されるように、フィルタ車の光阻止領域及び光通過領域を選択的に発光光路に挿入することにより、光検出器を「固体素子光検出器手段」としても、暗信号を完全に補償することができ、このため高レベルの紫外線出力を有する光源及び光電子増倍管を必要とせずに所望の分析をなし得ることにある。

本願発明には、流体サンプルの前面に励起光を集束させる、いわゆる「前面」分析用のものも含まれ、励起光路と発光光路との間の角度は鋭角の45°である。したがって、本願発明の上記要件の他の技術的意義は、本願明細書に記載されるとおり、反射した励起波長及び鏡様反射成分Jが分析反応の出力として検出されるのを防ぎ、検出出力を第2長波長帯域内の波長に限定することにある。

(2)-2 これに対し引用例記載のものは、容器内の液体試料に光を通過させる、いわゆる「長路」分析であることから、励起光路と発光光路の間の角度は約90°であり、励起光は光透過性管及び試料を透過し、発光光路にはその反射光がほとんど入らず、反射光の問題は生じない。したがって、引用例記載のもののフィルタの技術的意義は、試料に関係して試料の選択的な光分析を可能にするために、前記試料からの蛍光放射を選択的に透過させることにある。

(2)-3 以上のように、本願発明は、暗信号を補償し、反射成分を阻止するために、光検出手段のスペクトル応答が前記第2長波長帯域内の波長に限定されるように規定したものであるのに対し、引用例記載のものは、試料と関係して試料の選択的な光分析を行うものである。両者の技術的意義及び構成は異なり、審決が、「前記発光光路に沿って配置された前記試料からの蛍光放射を選択的に透過させるためのフィルタ」を含む点で一致すると認定したのは、誤りである。

(3)  取消事由3

審決は、相違点3の判断において、本願発明の「固体素子光検出器手段」について、引用例の「光電子増倍管」に代えて選択することは当業者ならば容易に想到し得る旨判断したが、誤りである。

(3)-1 本願発明が「固体素子光検出器手段」を採用し得るのは、取消事由1及び2の主張のとおり、放射源を選択的にフィルタする手段、及び、サンプルからの放射をフィルタする手段の各構成によって、固体素子光検出器手段に固有の雑音及び暗信号を完全に補償することができるとともに、反射光が分析反応の出力として検出されるのを予防していることによる。本願発明では、これにより、光電子増倍管を必要とせずに信頼性のある結果が得られる。

(3)-2 引用例記載のものは、上記各要件を具備していないから、本願明細書でいう「信頼性のある試験結果を達成するために、高出力紫外光源および光電子増倍管の一方または双方を備えている」通常の蛍光計(1頁15~16行目)の範疇に属する。

(3)-3 そうすると、引用例記載のものの「光電子増倍管」を、本願発明で規定するような「固体素子光検出器」に代えることは、信頼性のある試験結果を達成できなくなり、引用例記載のものが発明として成立し得なくなる結果を招来する。したがって、引用例に、光信号を電気信号に変換し得るその他の公知の装置を用い得る旨の記載があっても、本願発明における「固体素子光検出器手段」を採用し得る示唆はないというべきである。

(4)  取消事由4

審決は、本願発明の効果も、引用例記載のものから当業者であれば予測できる程度のものであって格別なものとはいえない旨認定したが、誤りである。

取消事由1ないし3における主張のとおり、本願発明における「固体素子光検出器および低価格の低紫外出力光源の使用により、試験結果の信頼性の低下を生じない低価格の光学装置が提供される」(本願明細書14頁27~28行)との効果は格別のものであり、審決の上記効果の判断は誤りである。

2  取消事由に対する被告の認否及び反論

審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

(1)  取消事由1について

(1)-1 原告の主張は、いずれも本願発明の特許請求の範囲第10項の構成に基づいたものではない。

フィルタ車の光阻止領域及び光通過領域を、試料と関係なく(すなわち同一の試料に対して)選択的に励起光路に挿入することにより、固体素子光検出器等に関連する暗信号が補償でき、ひいては光検出器として高価な光電子増倍管を使用しなくて済むとの作用効果は、「前記フィルタ手段が、励起帯域フィルタおよび発光帯域フィルタの少なくとも1つの選択された対と、それぞれの前記光路に沿った光の通過を阻止するための手段と、を含み、選択的にフィルタ作用または阻止作用を行なう」とする本願発明の特許請求の範囲第1項又は第4項における構成があって初めて奏される。

(1)-2 本願発明の特許請求の範囲第10項の構成にある「前記励起光路に沿って配置され、前記放射源を選択的にフィルタすることにより前記第1短波長帯域内の前記励起エネルギーを供給する手段」との記載の技術内容は、「前記励起光路に沿って配置されるフィルタが複数個用意されていて、その中から一つが選択されて励起光路に位置決めされ、この選択されたフィルタを通過した放射源からの光を短波長帯域内の励起光として試料に対し供給するための手段」であり、これ以上の意味を有するものではない。

つまり、上記構成は励起エネルギーを供給する手段とされているところ、励起光路に光阻止領域が挿入されたとき、この手段は励起エネルギーを供給し得ないこととなって、所期の目的を達成することができないものとなる。したがって、本願発明の「前記放射源を選択的にフィルタすること」は、「フィルタ車の光阻止領域および光通過領域を選択的に励起光路に挿入すること」及び「選択的にフィルタ作用または阻止作用を行うこと」を意味するものでない。

(1)-3 一方、引用例記載のもののフィルタ手段の技術内容は、流路40に沿って配置されるフィルタが複数個用意されていて、その中から一つが試料に関係して選択されて流路40に位置決めされ、この選択されたフィルタを通過した放射源であるタングステンランプからの光を短波長帯域内の励起光として試料に対し供給するもので、これは試料の分析目的に応じて必要なフィルタを選択することである。このことは、試料に対し励起光を選択的に供給するためのフィルタであることに他ならない。

そして、本願発明は、試料に対し励起光を選択的に供給するための励起フィルタの数について限定しておらず、しかも、発明の詳細な説明によれば、専ら本願発明の励起フィルタは複数個であるとして説明されているのであるから、励起フィルタが複数個であるとして、本願発明の上記要件を認定したことは妥当である。仮に励起フィルタが1個のみの場合であっても、そのフィルタにより放射源からの光のうち短波長帯域内の励起光が試料に対し選択的に供給される。

(2)  取消事由2について

(2)-1 本願発明が要件としている「前記発光光路に沿って配置され、前記サンプルからの放射をフィルタすることにより前記光検出手段のスペクトル応答が前記第2長波長帯域内の波長に限定されるようにする手段」との技術内容は、「前記発光光路に沿って配置されるフィルタ手段であって、フィルタ作用により試料から放射される光のうち第2長波長帯域内の波長(すなわち蛍光)のみが光検出器に入射されるようにするフィルタ手段」であり、これ以上の意味を有するものではない。

(2)-2 また、本願発明が「前面」分析のものも含むから励起光路と発光光路との間の角度が45°であるとの点は特許請求の範囲の記載に基づいていない。この点を前提とした反射光の問題に関する原告の技術的意義の主票は妥当でない。なお、「前面」分析であれ、「長路」分析であれ、試料からの反射光の問題点はいずれの場合も生ずるものであり、むしろ励起光路と発光光路との間の角度が90°である引用例の方がその幾何学配置の関係から反射光の問題点はより切実であると考えられる。引用例記載のものにおける発光フィルタも本願発明と同じく試料からの蛍光のみを選択的に透過させることであり、このことは、引用例記載のものも反射光の問題を意識していて、発光光路に設けられたフィルタにより、試料で反射した励起光は透過させないようにしたものであることは明らかである。

(3)  取消事由3について

本願発明は、固体素子光検出器及び増幅器に関連する暗信号を完全に補償するように光阻止及び光通過領域の双方を有するフィルタ車を用いている、という構成を有するものではなく、放射源を選択的にフィルタする手段、及び、サンプルからの放射をフィルタする手段という本願発明の各要件が「光電子増倍管を必要としない改良された光学的蛍光計装置を提供すること」という原告主張の本願発明の目的を達成する作用効果を奏するものではない。引用例記載のものに周知な「固体素子光検出器」を採用することで、光電子増倍管を使用するものに比べ信頼性が低下することがあるにしても、そのことをもって引用例記載のものが発明として成立しなくなるものではない。

そして、引用例記載のものにおいて周知な固体素子光検出素子を採用することは信頼性と経済性とを考慮して容易に想到し得ることであるから、本願発明の要件である固体素子光検出器を選択することは、当業者ならば容易であったとした審決の認定に誤りはない。

(4)  取消事由4について

本願発明の効果は、引用例記載のものにおける光検出器として、周知な固体素子光検出器を選択したことに伴う、信頼性の低下はあるにしてもその分低価格化が可能という程度の効果にすぎない。しかも、低価格化は、固体素子光検出器自体が有する効果によるものであるから、格別なものとはいえないとした審決の認定に誤りはない。

第4  当裁判所の判断

1  本願明細書の記載

(1)  甲第4号証によれば、本願明細書に次の記載があることが認められる。

(1)-1 本願発明の背景として次の記載がある。

「蛍光計には、流体サンプル、すなわち蛍光染料または標識物質を含有するサンプルに第1波長の光エネルギを照射して、そのサンプルからもっと長い波長の蛍光を発光せしめるための光学装置が用いられる。蛍光の発光強度は、被検査サンプル中のある物質の存在または量を示す。このような生物学的流体サンプルの吸収および発光する光量は低レベルのものであるので、通常の蛍光計は、信頼性のある試験結果を達成するために、高出力紫外光源および光電子増倍管の一方または双方を備えている。

キセノンアークランプまたはレーザのような高出力紫外光源は、高価であるだけでなく、過度に発熱し、被検体に不可逆的損傷を与え、雑音を生じ、蛍光標識物質を漂白し、複雑かつ高価な制御装置を必要とする欠点を有する。本技術分野においては、経済的なタングステンハロゲンランプ・・は周知であるが、それによって得られるフィルタされた放射は、低レベルすぎて、サンプルから発光される蛍光は検出困難となる。これまで、蛍光検出の困難性は、サンプルが発光する低レベルの蛍光を検出するための極めて感度の高い光電子増倍管の使用によってのみ対処されてきた・・が、光電子増倍管は高価な上に破損しやすく、また比較的に複雑な制御回路を必要とする。

以上の説明からわかるように、高レベルの紫外線出力を有する光源および光電子増倍管を必要とせずに所望の分析をなしうる、改良された光学的蛍光計装置が要望される。」

(1頁10行目~2頁1行目)

(1)-2 本願発明の要約として次の記載がある。

「本発明の実施例においては、比較的に低レベルの紫外線出力を有するタングステンハロゲン励起光源と、蛍光分析において見られる低レベルのサンプル発光光を検出するための固体素子光検出器とを用いた、励起光路と発光光路とを有する、経済的でしかも高度に効果的な2重チャネル蛍光計が提供される。これらの成分により信頼性のある結果を得ることができるのは、励起光路と発光光路とに紫外領域において約90%の透過率を有する光学装置を用いてスループットを最大化し、また固体素子回路と共に、固体素子光検出器および増幅器に関連する暗信号を完全に補償するように光阻止および光通過領域の双方を有するフィルタ車を用いているからである。

本発明の装置を実際に用いる場合は、血清などの生物学的流体を含むサンプルホルダすなわち試験要素が、本光学装置の読取ポートの上方に置かれ、タングステンハロゲン光源から生じて励起光路の帯域フィルタによりフィルタされた照明がサンプルホルダの前面に集束せしめられて、サンプル内の特定の被検成分、または蛍光染料または標識物質をして、蛍光を発せしめる。放出された蛍光は、発光帯域フィルタを通して送られ、光検出器上に集束せしめられる。本光学装置はまた、タングステンハロゲン光源からの照明を受け、光源出力の変動を補償するのに使用される信号を発生するための参照光検出器をも含む。

励起および発光帯域フィルタは、フィルタ車上に、直径上で対向するフィルタ対として把持されている。このフィルタ車は、さらに直径の相対向側の1対の不透明面をも含む。このフィルタ車が1つの位置にあるときは、選択された帯域フィルタ対である励起および発光フィルタは、同時に装置の励起光路および発光光路に沿って配置される。フィルタ車がもう1つの位置にあるときは、励起光路および発光光路の双方は、成分ドリフトを示す光検出器/増幅器暗信号を得るために、不透明領域により同時に阻止される。

主および参照光検出器のそれぞれからの出力信号は、固体素子回路によって増幅され、変換され、ディジタル化されて、処理され、被検物質の濃度を示す測定が行なわれる。この処理は、4つの相次ぐ光検出器信号、すなわち参照光検出器の暗信号、参照光検出器の励起信号、主光検出器の発光信号、および主光検出器の暗信号に基づくアルゴリズムを用いて行なわれる。このアルゴリズムによって行なわれる測定は、使用される被検要素の特定の種類に基いて、マイクロプロセッサにより異なった取扱いを受ける。

従って、本発明は、経済的でしかも信頼性のある多重チャネル蛍光光度計用光学装置を提供することを主たる目的とする。本発明のもう1つの目的は、免疫試験装置に用いるのに特に適した、そのような光学装置を提供することである。本発明のさらにもう1つの目的は、固体素子光検出器および回路を、そのような光検出器/増幅器に固有な雑音および暗信号を補償するようにして使用することである。」

(2頁6行目~3頁13行目)

(1)-3 実施例の詳細な説明として次の記載がある(別紙第1図参照)。

「発射フィルタ46は、拡散蛍光Vは通過せしめるが、集光路内へ入る可能性のある拡散的に反射した励起波長および鏡様反射成分Jは排除または阻止する」(8頁22~23行目)

「タングステン電球58の出力波長または強度の双方の変化を考慮して読みを正規化するために、・・フィルタされた励起光の一部を参照光検出器78へ供給する。従って、参照光検出器78の出力信号は励起光の特性に対応し、電球出力の変動を補償するための信号処理アルゴリズムに使用される。」(9頁9~13行目)

「フィルタ車20は、測定サイクルの開始時および終了時には、不透明表面106が励起光路を阻止し、不透明表面108が発光光路を阻止する位置にある。」(9頁22~24行目)

「本発明の光学装置における、固体素子光検出器および低価格の低紫外光源の使用により、試験結果の信頼性の低下を生じない低価格の光学装置が提供される。」(14頁26~28行目)

「マイクロプロセッサ120においては、データ整理により蛍光測定値はN=(S-D)/(R-F)Gとなる。ただし、Sは主チャネル発射信号であり、Dは主チャネル暗信号であり、Rは参照すなわちファイバチャネルの励起信号であり、Fは参照すなわちファイバチャネルの暗信号であり、Gは主検出器チャネルの利得である。」(11頁25~29行目)

「説明された実施例においては、帯域フィルタの2つの選択された対を有するフィルタ車が用いられたが、帯域フィルタのもっと多数または少数の対を有するフィルタ車も用いられうる。」(15頁9~11行目)

(2)  しかしながら、特許請求の範囲第10項の技術的意義は一義的に明確であるから、同項に基づく本願発明の要旨も、そこに記載の構成によって認めるべきであり、この構成を超えて、以上に認定した本願明細書に記載されている事項すべてが当然に本願発明の構成であるとすることはできない。本願発明の要旨が前記のとおりであることは原告も認めているところであり、以下これに基づいて原告主張の取消事由の当否につき検討することとする。

2  取消事由1についての判断

(1)  甲第5号証によれば、引用例には以下の記載があることが認められる(別紙第2図参照)。

「略円形状に間隔を置いて配設した複数の光フィルタを有する回転可能なフィルタホイールであって、各フィルタが光源と分析部位間の光線内に介装可能でかつフィルタが異なる波長の光を透過させ、よって、ホイールの位置いかんにより、試料の選択的な光分析が可能であるようになされたフィルタホイール」(1頁左下欄18行目~右下欄4行目)

「本発明は、全体として、分析装置、より具体的には試料の化学的、免疫化学的又は生物学的試験を行うため光を検出する装置に使用する検出器組立体に関する。」(2頁右下欄9行目~12行目)

「自動分析装置の場合、異なる波長にて自動的に試料の光分析を行い得るようにすることが望ましい。例えば、多数の試験管を装置内で一回操作する間、試料の異なる比色、又は、蛍光性応答を検出し得るようにすることが望ましいことが多い。」(3頁左下欄2行目~7行目)

「このランプ副組立体21はタングステンランプのようなランプとすることが望ましい光源27のハウジング28を備えている。」(5頁左上欄1行目~3行目)

「検出器副組立体(「副立体」とあるのは誤記と認める。)25は光増幅管51又は光信号を受理し、この信号を電気信号に変換し得るようにしたその他の公知の装置を備えることが出来る。」(5頁右下欄11行目~13行目)

「蛍光を利用して試料の分析を行う場合、対の1つのフィルタは、ランプからの入射光と称される、軸心34に沿った光線内にあるよう、ホイールを回転させて選択的に位置決めすることが出来る。このフィルタは、試料と関係する蛍光色素を励起させる波長を選択的に透過させることが出来る。同時に、対の第2フィルタは、試料中の蛍光色素から発した光が光軸48に沿って進むよう、上記光軸48内に位置決めされている。光軸48と整合させたこのフィルタの波長透過特性に差を設け、蛍光色素から発した波長がフィルタを通り、最終的に光電子増倍管内で検出されるようにすることが出来る。」(6頁右下欄12行目~7頁左上欄4行目)

(2)  これらの記載によれば、引用例には、蛍光を利用して試料の選択的な光分析が可能であるように、「複数の光フィルタのうちの1つのフィルタが、ランプからの入射光が進入する光線内に選択的に位置決めされ、試料と関係する蛍光色素を励起させる波長を選択的に透過させる技術」が開示されているものと認めることができる。

(3)  本願発明における「前記励起光路に沿って配置され、前記放射源を選択的にフィルタすることにより前記第1短波長帯域内の前記励起エネルギーを供給する手段」との構成は、一義的に明確に理解できるものであって、その字義どおりに解釈すべきである。すなわち、上記構成は、励起光路に沿って配置されるように、異なる帯域通過特性のフィルタのうちから、放射源から所望の第1短波長帯域内の波長の光を透過させるフィルタを選択して、励起エネルギーを供給するようにした手段と理解すべきものであるが、この構成は上記認定の引用例に示されている技術構成との間で差異を認めることはできない。

(4)  原告は、本願発明の上記構成は、固体素子光検出器手段を使用しても、暗信号を完全に補償するように、選択的にフィルタ作用又は阻止作用を行うフィルタ手段を意味しているから、引用例記載のものとは技術的意義が異なると主張する。しかしながら、暗信号を完全に補償するためには、本願明細書における本願発明の要約として記載されているところから明らかなように、フィルタ車の光阻止領域及び光通過領域を選択的に励起光路及び発光光路に挿入する手段が必須のものと認められるが、特許請求の範囲第10項に記載の本願発明は、この手段を構成としているものではなく(この手段は、本願発明の特許請求の範囲第1項及び第4項において「選択的にフィルタ作用または阻止作用を行なうための……フィルタ手段」との構成として記載されている。甲第4号証16頁、17頁)、引用例記載のものと同様に、蛍光色素を励起させる波長を選択的に透過させるフィルタ手段を構成とするものである。原告の主張は本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかないものであり、採用することができかい。

(5)  原告は、実施例によれば、本願発明には、1個の励起フィルタを備えた光学装置も含まれるものであり、本願発明の特許請求の範囲第10項では、励起フィルタが複数個である旨を限定していないから、励起フィルタが1個である場合も含めて本願発明の上記要件の技術内容を解釈すべきであると主張する。しかしながら、本願発明の要旨において、放射源を選択的にフィルタすることが規定されている以上、選択対象となる励起フィルタが複数個であることは明らかである。そして、1個の励起フィルタを備えた光学装置は、特許請求の範囲第10項の記載によれば、同項記載の本願発明とは別の例を示唆するものと認められるべきである。

(6)  よって取消事由1は理由がなく、審決が、本願発明の上記構成と引用例記載の複数個の励起フィルタを有するフィルタ手段とが一致すると認定した点には誤りはない。

3  取消事由2についての判断

(1)  原告は、本願発明は、雑音及び暗信号を補償し、反射成分を阻止するために、光検出手段のスペクトル応答が前記第2長波長帯域内の波長に限定されるように規定したものであるのに対し、引用例記載のものは試料と関係して試料の選択的な光分析を行うものであって、両者の技術的意義及び構成は異なるから、審決が、この要件を一致点と認定したのは誤りであると主張する。

(2)  しかしながら、そもそも、本願発明の特許請求の範囲第10項では、雑音及び暗信号を完全に補償するために必須とされる、フィルタ車の光阻止領域及び光通過領域を選択的に発光光路に挿入する手段を要件としていない。

そして、本願発明の「サンプルからの放射をフィルタすることにより前記光検出手段のスペクトル応答が前記第2長波長帯域内の波長に限定されるようにする手段」との構成の技術的意義は、本願発明の特許請求の範囲第10項の前提部分に記載の「サンプルから放射された第2長波長帯域内の蛍光放射エネルギーの量を決定し、該放射された蛍光放射の量を前記流体サンプル中の被検査成分の濃度に関連せしめることによって、流体サンプルなどの中の成分濃度を分析するようになっている蛍光計装置に用いられる光学装置」において、サンプルからの放射を第2長波長帯域内の波長に限定するように光検出することにあると認められる。

また、本願発明の上記構成の他の技術的意義は、「発射フィルタ46は、拡散蛍光Vは通過せしめるが、集光路内へ入る可能性のある拡散的に反射した励起波長および鏡様反射成分Jは排除または阻止する」(本願明細書8頁22行目~23行目。甲第4号証)と記載されているように、励起波長等の反射成分が出力として検出されるのを防ぐことにもあると認められる。

(3)  一方、引用例には、蛍光を利用して試料の選択的な光分析が可能であるように、「複数の光フィルタのうちの1つのフィルタが、試料中の蛍光色素から発した光(ランプからの入射光が進入する光)が進入する光線内に選択的に位置決めされ、試料と関係する蛍光色素から発した波長を選択的に透過させる技術」が開示されていることは、前記2(2)に認定したとおりである。

そして、引用例には、「光軸48と整合させたこのフィルタの波長透過特性に差を設け、蛍光色素から発した波長がフィルタを通り、最終的に光電子増倍管内で検出されるようにすることが出来る。」(7頁左上欄1行目~4行目。甲第5号証)と記載され、反射した励起光を除いて蛍光色素から発した波長のみを透過させることに、引用例記載のものの技術的意義があることが示されている。

(4)  そうすると、引用例に記載の上記技術は、本願発明における「サンプルからの放射をフィルタすることにより前記光検出手段のスペクトル応答が前記第2長波長帯域内の波長に限定されるようにする手段」と対比してみると、「前記発光光路に沿って配置された前記試料からの蛍光放射を選択的に透過させるためのフィルタ」である点で一致するものと認められる。

(5)  この点について、原告は、本願発明の上記要件は、「固体素子光検出器手段」を使用しても、暗信号を完全に補償するように、選択的にフィルタ作用又は阻止作用を行うフィルタ手段を意味していること、及び、「前面」分析用のものでは、励起光路と発光光路との間の角度は鋭角の45°であるから、反射成分を防ぐためにあると主張する。しかしながら、これは、本願発明の特許請求の範囲の記載で構成するところに基づくものでないから、採用することができない。

(6)  よって、取消事由2は理由がなく、審決が、本願発明の上記発光フィルタに係る構成と引用例記載の発光フィルタとが一致すると認定した点には誤りはない。

4  取消事由3についての判断

(1)  原告は、引用例記載のものの「光電子増倍管」を、本願発明で規定するような「固体素子光検出器」に代えることは、信頼性のある試験結果を達成できなくなるため、引用例記載のものは「発明」として成立しないから、本願発明の「固体素子光検出器手段」を、引用例記載のものの「光電子増倍管」に代えることは、当業者にとって容易に想到し得ることではないと主張する。

(2)  本願発明が「固体素子光検出器手段」を採用したことの技術的意義について、本願明細書に以下の記載のあることは前認定のとおりである。

「蛍光検出の困難性は、サンプルが発光する低レベルの蛍光を検出するための極めて感度の高い光電子増倍管の使用によってのみ対処されてきた・・が、光電子増倍管は高価な上に破損しやすく、また比較的に複雑な制御回路を必要とする。」(1頁24~27行目)

「固体素子光検出器および増幅器に関連する暗信号を完全に補償するように光阻止および光通過領域の双方を有するフィルタ車を用いているからである。」(2頁12~14行目)

「本発明のさらにもう1つの目的は、固体素子光検出器および回路を、そのような光検出器/増幅器に固有な雑音および暗信号を補償するようにして使用することである。」(3頁10~13行目)

「本発明の光学装置における、固体素子光検出器および低価格の低紫外光源の使用により、試験結果の信頼性の低下を生じない低価格め光学装置が提供される。」(14頁26~28行目)

(3)  これらの記載によれば、蛍光分析用の光学装置において、従来の光電子増倍管では高価な上に破損しやすく、また比較的に複雑な制御回路を必要としたので、本願発明は、光阻止及び光通過領域の双方を有するフィルタ車を用いて、固体素子光検出器に固有な雑音及び暗信号を補償するように光検出を行うから、感度の低い固体素子光検出器を用いても、試験結果の信頼性の低下を生じない低価格の光学装置を提供することを技術的課題としたものということはできる。

(4)  しかしながら、本願発明では、「固体素子光検出器手段」を使用しても、暗信号を完全に補償することができるフィルタ手段は、構成とされていないから(前記2(4)の判断参照)、選択的にフィルタ作用又は阻止作用の構成が採用されているものと認めることもできない。したがって、本願発明が構成とする「固体素子光検出器手段」の技術的意義は、固体素子光検出器に関連する暗信号を完全に補償するように光検出を行うこととは結び付かず、単にサンプル(試料)からの放射を示す出力を発生する機能を有するものとして、低価格の光検出器として採用されたものというべきである。

(5)  そして、引用例には、光検出器手段について、「検出器副組立体25は光増幅管51又は光信号を受理し、この信号を電気信号に変換し得るようにしたその他の公知の装置を備えることが出来る。」(5頁右下欄11~13行目)と記載されていることは前認定のとおりである。これによれば、光増幅管(光電子増倍管と同義)あるいはその他の公知の光検出装置として固体素子光検出器は、いずれも本件優先権主張日当時周知の技術手段であったものということができる。

(6)  本願発明と引用例記載のものは、いずれも蛍光分析用の光学装置という同じ技術分野に属するから、以上にみたところによれば、引用例に記載のものの光電子増倍管に代えて周知の固体素子光検出器を採用して本願発明の構成とすることは、当業者が容易になし得た程度のことというべきである。

そして、本願発明は、その構成において固体素子光検出器を用いても暗信号を補償できるフィルタ手段を備えているものではないから、「固体素子光検出器手段」を採用した技術的意義も、格別のものではない。

(7)  したがって、原告の取消事由3は理由がない。審決が、引用例の「光電子増倍管」に代えて「固体素子光検出器」を選択することは当業者ならば容易に想到し得る旨判断したことには誤りはない。

5  取消事由4についての判断

(1)  原告は、本願発明では、固体素子光検出器及び低価格の低紫外光源の使用により、試験結果の信頼性の低下を生じない低価格の光学装置が提供できるという格別の効果を奏すると主張する。

(2)  しかしながら、前記のとおり、本願発明は、選択的にフィルタ作用又は阻止作用を行うことによって、暗信号を完全に補償することができるフィルタ手段を構成していない。そうすると、本願発明は、その構成において、暗信号を補償することができないにもかかわらず、感度の低い「固体素子光検出器手段」を用いるわけであるから、原告主張のように、必ずしも試験結果の信頼性の低下を生じない低価格の光学装置が提供できるものではない。

(3)  他方、引用例記載のものにおける「光電子増倍管」に代えて低価格の「固体素子光検出器」を採用すれば、それによって試験結果の信頼性の低下を招来するにしても、限られた範囲の分析目的に応じてではあるが、蛍光測定を行う低価格の光学装置が提供できることは明らかである。

(4)  よって、審決が、本願発明の効果も、当業者であれば、引用例記載のものから予測できる程度のものであって、格別なものとはいえない旨判断したことに誤りはない。

第5  結論

以上のとおりであり、原告の本訴請求は理由がない。訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(平成10年11月17日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

別紙第1図

<省略>

別紙第2図

<省略>

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