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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)124号 判決 1998年12月24日

東京都中央区築地2丁目11番24号

原告

ジェイエスアール株式会社

代表者代表取締役

松本栄一

訴訟代理人弁理士

須藤阿佐子

同弁護士

花岡巖

新保克芳

村田真一

東京都千代田区霞ヶ関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

多喜鉄雄

後藤千恵子

廣田米男

高梨操

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

特許庁が平成8年審判第2078号事件について平成9年4月28日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年3月9日、発明の名称を「ポジ型感光性樹脂組成物」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(特願昭59-45146号)をし、平成3年6月27日に特許出願公告(特公平3-42657号)されたが、平成7年11月2日に拒絶査定を受けたので、平成8年2月22日に拒絶査定不服の審判を請求し、平成8年審判第2078号事件として審理された結果、平成9年4月28日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決を受け、同月30日にその謄本の送達を受けた。

2  本願発明の特許請求の範囲

アルカリ可溶性ノボラック樹脂と1、2-キノンジアジド化合物とからなるポジ型感光性樹脂組成物において、前記アルカリ可溶性ノボラック樹脂の1~3核体含量が10重量%未満であることを特徴とするポジ型感光性樹脂組成物。

3  審決の理由

審決の理由は、別添審決書の理由の写しのとおりであって、本願発明は、本願出願の日前の特許出願であって、その特許出願後に出願公開(特開昭60-140235号)されたものの願書に最初に添付した明細書に記載された発明(以下、その明細書を「先願明細書」といい、先願明細書記載の技術事項を「先願発明」という。)と同一であって、本願発明は特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができないというものである。

4  審決を取り消すべき事由

(1)  審決の理由中、(手続きの経緯・本願発明の要旨)、(引用例)、(対比・判断)のうち、一致点及び相違点の各認定は認め、「先願発明でオリゴマーおよび低分子量の構成成分を分離除去するということは、1~3核体のような低分子量成分を分離除去することに他ならない。また、先願発明は、オリゴマーや低分子量成分を除くことによってホトレジストとしての特性を改善するものであって、そのために分離除去する以上、オリゴマーや低分子量成分の残量を少なくすることが当然であるから、1~3核体含量は10重量%未満になっているものと認められる。」との認定及び(むすび)は争う。

(2)  審決は、本願発明と先願発明との対比において、先願発明におけるノボラック樹脂の1~3核体含量が10重量%未満であるかどうかについてのみ検討して、1~3核体のみならず、8~9核体(分子量1000)程度の「中分子量」成分まで除去するとした先願発明との実質的な相違点を看過し、その結果、先願発明と本願発明は同一であると誤った判断をしたものであって、その違法は審決の結論に影響を及ぼすものであるから、取り消されるべきである。

(イ) すなわち、本願発明は、「高感度、高残膜率かつ高耐熱性」であるポジ型感光性樹脂組成物を提供すべく、1~3核体を中心的に除去することにより、平均核体数が5~10程度となるような分子量制御をしたアルカリ可溶性ノボラック樹脂を含むものであり、本願発明の特許請求の範囲にいう「アルカリ可溶性ノボラック樹脂の1~3核体含量が10重量%未満である」とは、「アルカリ可溶性ノボラック樹脂」から「1~3核体」を中心的に除去した結果、「1~3核体含量が10重量%未満である」とされているのであるから、1~3核体より大きい核体はほとんど除去されずに残存しているものであると理解するのが自然である。

そして、アルカリ可溶性ノボラック樹脂の平均核体数を5~10程度とするためには、8~9核体程度のものは除去しないのであって、本願発明の特許請求の範囲の「1~3核体含量が10重量%未満」との記載は、上記の意味に理解されるべきである。

要するに、本願発明は、広い分子量分布を有するアルカリ可溶性ノボラック樹脂の分子量分布をコントロールすることで、従来技術の欠点を解決しようとしているのであって、当業者が本願発明の構成を素直に読めば、本願発明は、低核体部分(1~3核体)のみを積極的に除去し、それ以外は積極的に除去しないものであることを理解することができるのである。

(ロ) 次に、本願発明は、感度、残膜率及び耐熱性に優れたホトレジスト組成物の提供を日的としているのに対して、先願発明は、改善された寸法安定性及びプラズマ蝕刻に対する改善された耐性を有する組成物の提供を目的としているものであって、本願発明は、単に耐熱性等が高いだけでなく、同時に高感度でもあるポジ型ホトレジストを提供するという目的を有している点で先願発明と異なっている。また、本願発明は、高残膜率かつ高耐熱性であるばかりか、高感度であることが確認されているのに対して、先願発明は、改善された寸法安定性及びプラズマ蝕刻に対する改善された耐性を有することは確認されているが、感度の維持は全く想定しておらず、実際にも確認されておらず、本願発明のように感度を低下させることなく残膜率を上げることはできないのであって、作用効果の点でも相違している。その他本願発明は課題の具体的解決手段についても先願発明と相違している。

このように、本願発明と先願発明は、その目的、課題の具体的解決手段及び作用効果において相違しているのであるから、両発明は同一ではない。

また、本願発明の実施例の1(3)の評価方法に準じて、1~3核体含量が10重量%未満であって、それ以上の8~9核体程度のものを除去しないアルカリ可溶性ノボラック樹脂(ノボラック樹脂B)と、1~3核体含量が10重量%未満であって、それ以上の8~9核体程度のものを除去したアルカリ可溶性ノボラック樹脂(ノボラック樹脂C)との特性を比較した甲第4号証(実験報告書)によると、先願発明であるノボラック樹脂Cは、高い分子量と低い分散度のノボラック樹脂とすることでプラズマ蝕刻耐性及び耐熱性を上げることはできるが、本願発明と異なり、感度が大幅に低下するという効果の相違が生じている。

(ハ) したがって、本願発明は、1~3核体含量が10重量%未満であるとともに、8~9核体程度のものを除去しないという構成であって、8~9核体程度のものまで除去している先願発明と相違することは明らかであり、1~3核体含量が10重量%未満でありさえすれば、そこで用いられるアルカリ可溶性ノボラック樹脂において、1~3核体より大きい核体がどのような比率で存在しようとも、そのポジ型感光性樹脂組成物は、本願発明のポジ型感光性樹脂組成物に含まれるとして、8~9核体程度のものまで除去したものである先願発明と本願発明を同一視する審決の認定は、誤っている。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の判断は、正当であり、審決にはこれを取り消すべき事由はない。

2  被告の主張

(1)  原告の主張は、本願発明が、1~3核より大きな核体数のもの、すなわち、少なくとも8~9核体(分子量1000)程度のものまでも除去しないという事項を具備することを前堤とするが、当該事項は、本願発明の構成とするところではないから、原告の主張は、その前提を誤るものである。

すなわち、本旗発明の構成は、その特許請求の範囲に記載されているとおりのポジ型感光性樹脂組成物にあり、そのポジ型感光性樹脂組成物は、(a)アルカリ可溶性ノボラック樹脂と1、2-キノンジアジド化合物とからなり、また、(b)そのアルカリ可溶性ノボラック樹脂の1~3核体含量が10重量%未満であるとの2点を具備すれば足りる。

したがって、ポジ型感光性樹脂組成物が上記の2点を満たす限り、1~3核体より大きい核体がどのような比率で存在しようとも、そのポジ型感光性樹脂組成物は、本願発明のポジ型感光性樹脂組成物に含まれる。なお、本願明細書の詳細な説明の記載をみても、本願発明が、これ以上の構成を具備するものであるとする記載はない。

本願発明と先願発明とを対比すると、審決で認定されているとおり、アルカリ可溶性ノボラック樹脂について、本願発明では、1~3核体含量が10重量%未満であると規定しているのに対して、先願発明では、オリゴマー及び低分子量の構成成分を分離除去した4,500~18,000、好ましくは7,000~13,000の高い平均分子量及び2.5~5.7、好ましくは2.8~4.5の低い多分散度を有するものとし、核体含量で規定していない点で相違しているところ、オリゴマーは、通常、分子量が1000以下であるような重合体を意味し、また、m-クレゾールとホルムアルデヒドとから得られるノボラック樹脂の1~3核体の分子量が1000以下であることは明らかであるから、本願発明と先願発明とは、実質上相違するところがなく、同一である。

したがって、本願発明と先願発明とが同一でないとする原告の主張は当たらない。

仮に本願発明のものが1~3核体を中心的に除去するものであったとしても、そのことと発明の目的などからみて、それが、「平均核体数は、5~10程度」になるように分子量制御するものであるということを一義的に導き出すことはできない。更に、本願明細書の発明の詳細な説明において、「平均核体数は、5~10程度」ということが記載されているとしても、本願発明で用いるアルカリ可溶性ノボラック樹脂が8~9核体程度のものを除去したものでないということが、一義的に導き出せるものでもない。

(2)  原告は、本願発明と先願発明は、その目的、課題の具体的解決手段及び作用効果において相違しているから、両発明は同一ではない旨主張するが、上記のとおり、本願明細書及び先願明細書の記載によれば、本願発明と先願発明とは、その構成において一致しているから、仮に本願発明の目的、課題の具体的解決手段及び作用効果が先願明細書に記載されていないとしても、本願発明と先願発明とが別異の発明を構成することにはならない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3は、当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要

甲第2号証(特公平3-42657号公報)によれば、本願発明は、ポジ型感光性樹脂組成物に関し、さらに詳しくは、特定のアルカリ可溶性ノボラック樹脂と、1、2-キノンジアジド化合物を配合してなるポジ型感光性樹脂組成物であって、感度、残膜率及び耐熱性に優れたホトレジストとして好適な組成物に関するものであること(1頁1欄8行ないし13行)、その目的は、従来のポジ型ホトレジストの欠点を解消し、高感度、高残膜率かつ高耐熱性の、ホトレジストとして好適なポジ型感光性樹脂組成物を提供することにあること(2頁3欄15行ないし18行)、上記目的を達成するために、本願発明においては、特許請求の範囲記載の構成を採用し、アルカリ可溶性ノボラック樹脂として1~3核体含量が10重量%未満、好ましくは8重量%未満のものを使用していること(同欄25行ないし27行、特許請求の範囲)、本願発明の作用効果は、高感度、高解像度、高残膜率及び高耐熱性を有し、集積回路作製用のポジ型ホトレジストとして有用であるとともに、マスク製作用のポジ型ホトレジスト等としても有用なものであるという点にあること(9頁17欄15行ないし19行)が認められる。

第3  審決を取り消すべき事由について判断する。

1  先願明細書、本願明細書及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1)  先願明細書には、m-クレゾールとホルムアルデヒドとから得られるノボラック系のフェノールホルムアルデヒド縮合物であるノボラック樹脂と、5-オキソ-6-ジアジド-5、6-ジヒドロナフタレンスルホン酸をエステル化して得られた生成物等のo-ジアゾキノン系の化合物であるナフトキノン-ジアジド-スルホニル誘導体とからなるポジ作用性ホトレジスト組成勅において、前記ノボラック系のフェノールホルムアルデヒド縮合物であるノボラック樹脂は、オリゴマー及び低分子量の構成成分を分離除去した4,500~18,000、好ましくは7,000~13,000の高い平均分子量及び2.5~5.7、好ましくは2.8~4.5の低い多分散度を有するポジ作用性ホトレジスト組成物の発明が記載されている。

(2)  先願明細書の「m-クレゾールとホルムアルデヒドとから得られるノボラック系のフェノールホルムアルデヒド縮合物であるノボラック樹脂」は、本願発明の「アルカリ可溶性ノボラック樹脂」に、先願発明の「5-オキソ-6-ジアジド-5、6-ジヒドロナフタレンスルホン酸をエステル化して得られた生成物等のo-ジアゾキノン系の化合物であるナフトキノン-ジアジド-スルホニル誘導体」は、本願発明の「1、2-キノンジアジド化合物」にそれぞれ相当する。

(3)  本願発明と先願発明とを対比すると、「アルカリ可溶性ノボラック樹脂と1、2-キノンジアジド化合物とからなるポジ型感光性樹脂組成物」との点で一致し、他方、アルカリ可溶性ノボラック樹脂について、本願発明においては、1~3核体含量が10重量%未満であると規定しているのに対して、先願発明においては、オリゴマー及び低分子量の構成成分を分離除去した4,500~18,000、好ましくは7,000~13,000の高い平均分子量及び2.5~5.7、好ましくは2.8~4.5の低い多分散度を有するものとし、核体含量で規定していない点で形式的には相違する。

(4)  オリゴマーは、通常、分子量が1000以下であるような重合体を意味し、また、m-クレゾールとホルムアルデヒドとから得られるノボラック樹脂の1~3核体の分子量は、1核体の分子量が108、2核体の分子量が228、3核体の分子量が348であって、いずれも1000以下の分子量である。

2(1)  ところで、先願発明においては、オリゴマー及び低分子量の構成成分を分離除去するものとされているので、「分離除去」の技術的意義について検討するに、甲第3号証(特開昭60-140235号公報)によれば、先願明細書の発明の詳細な説明中には、「本発明に従い使用しようとする高い平均分子量および低い多分散度を有するノボラック樹脂は次いで最初に得られる非特定の重縮合物から、オリゴマーおよび低分子量の構成成分を分離することにより単離する。これは、たとえば分別沈殿の方法を用いて実施できる。」(3頁左下欄3行ないし8行)、「たとえば、沈殿剤を段階的に添加し、沈殿した区分を単離することにより、所望の平均分子量および狭い分子量分布を有する樹脂分画を得ることができる。しかしながら、重縮合物の溶液を沈殿剤に加えることもでき、この場合には条件を選択することにより、所望の高分子量成分が沈殿し、低分子量成分は溶液中に残る。」(3頁左下欄12ないし19行)と記載されていることが認められる。

上記事実によれば、最初に得られる非特定の重縮合物のアルカリ可溶性ノボラック樹脂から、オリゴマー及び低分子量の構成成分を分離するに当たって、例えば、分別沈殿の方法で、条件を選択して、所望の高分子量成分を沈殿させ、低分子量成分は溶液中に残るというのであって、オリゴマー及び低分子量の構成成分を分離除去するとは、オリゴマー及び低分子量のものの含有量をできるだけ低く抑制するといった程度の意味を有するものであって、完全に除去することを意味しないものと解される。

なお、「低分子量の構成成分」は、オリゴマーと併記されていうことからすると、オリゴマーのような重縮合物を除いた低分子量の成分を意味するものと解される。

(2)  前記1及び2(1)認定判断によれば、本願発明においては、アルカリ可溶性ノボラック樹脂の1~3核体含量が10重量%未満であるところ、先願発明においても、1~3核体含量が10重量%未満となる場合を包含するのであるから、両発明は構成を共通にしているものと認められる。

3  次に、原告は、本願発明は、「高感度、高残膜率かつ高耐熱性」であるポジ型感光性樹脂組成物を提供すべく、1~3核体を中心的に除去することにより、平均核体数が5~10程度となるような分子量制御をしたアルカリ可溶性ノボラック樹脂を含むものであり、アルカリ可溶性ノボラック樹脂の平均核体数を5~10程度とするためには、8~9核体程度のものは除去しないのであって、本願発明の特許請求の範囲の「1~3核体含量が10重量%未満」との記載は、上記の意味に理解されるべきである旨主張するので、検討する。

(1)  本願発明の特許請求の範囲には「アルカリ可溶性ノボラック樹脂と1、2-キノンジアジド化合物とからなるポジ型感光性樹脂組成物において、前記アルカリ可溶性ノボラック樹脂の1~3核体含量が10重量%未満であることを特徴とするポジ型感光性樹脂組成物。」と記載されているのみであって、アルカリ可溶性ノボラック樹脂のうち8~9核体程度のものを除去しない構成であることを窺わせるような記載は存しない。

(2)  また、発明の詳細な説明について検討するに、前掲甲第2号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「1~3核体含量が10重量%未満であるアルカリ可溶性ノボラック樹脂を調製する方法としては、例えば、常法にしたがってフェノール類を酸性触媒の存在下、アルデヒド類と縮合させて合成し、合成されたアルカリ可溶性ノボラック樹脂を極性溶媒、例えばメタノール、エタノール、アセトン、メチルエチルケトン、ジオキサン、テトラヒドロフラン等に溶解し、次に水一極性溶媒混合系沈殿剤、ペンタンヘキサン等の非極性溶媒系沈殿剤に入れ樹脂分を沈殿させる方法がある。また、別の方法としては、アルカリ可溶性ノボラック樹脂の合成時に例えばアルデヒド類の添加を回分式もしくは連続的に行うことにより、縮合反応を制御する方法を利用できる。このようにして得られる本発明に用いるアルカリ可溶性ノボラック樹脂の平均核体数は、5~10程度であり、本発明の組成物に用いるアルカリ可溶性ノボラック樹脂として好適なものである。」(3欄37行ないし4欄10行)との記載があることが認められる。

上記事実によれば、「本発明に用いるアルカリ可溶性ノボラック樹脂の平均核体数は、5~10程度」であるとの記載があるものの、これは、本願発明のアルカリ可溶性ノボラック樹脂の平均核体数を5~10程度とするのが好適であることを意味しているにすぎず、本願発明において、アルカリ可溶性ノボラック樹脂の平均核体数を5~10程度に限定した構成を採用しているものと解することはできない。

(3)  その他本願明細書を精査しても、本願発明がアルカリ可溶性ノボラック樹脂のうち8~9核体程度のものを除去しない構成であることを開示する記載も、また、これを示唆するような記載も見当たらない。

したがって、その余の点について考察するまでもなく、原告の上記主張は、採用することができない。

4  また、原告は、本願発明と先願発明は、その目的、課題の具体的解決手段及び作用効果において相違しているのであるから、両発明は同一ではない旨主張するので、検討する。

(1)  前掲甲第3号証によれば、先願明細書には、特許請求の範囲として、「(1)樹脂成分としてノボラック系のフェノールホルムアルデヒド縮合物を基材とするポジ作用性ホトレジスト組成物であって、その樹脂成分が高い平均分子量および低い多分散度を有することを特徴とする、ポジ作用性ホトレジスト組成物。(2)前記樹脂成分が4,500~18,000、好ましくは7,000~13,000の平均分子量および2.5~5.7、好ましくは2.8~4.5の多分散度を有する特許請求の範囲第1項のポジ作用性ホトレジスト組成物。」等の記載があることが認められる。これに対して、審決が引用する先願発明は、前記第3の1(1)のとおりである。そうすると、上記先願明細書の特許請求の範囲に係る発明は、先願明細書記載の技術事項のうち、少なくとも「前記ノボラック系のフェノールホルムアルデヒド縮合物であるノボラック樹脂は、オリゴマーおよび低分子量の構成成分を分離除去した」との構成を具備していないことが明らかであって、先願明細書には、このような先願明細書記載の技術事項についての目的、作用効果は記載されていない。

原告の主張する先願発明の目的、作用効果等は、いずれも上記先願明細書の特許請求の範囲に係る発明の目的、作用効果等であって、採用することができないことは明らかである。

(2)  更に、原告は、本願発明と先願発明が作用効果において相違していることを裏付けるものとして甲第4号証を提出する。

同号証によれば、本願明細書に記載された手法によって、低核体から高核体まで広範囲に分布した状態で含有しているアルカリ可溶性ノボラック樹脂を分別してこれをノボラック樹脂Aとし、次に、ノボラック樹脂Aから、本願発明の実施例に従って分離除去を行ってこれをノボラック樹脂Bとし、更に、ノボラック樹脂Aから先願明細書に記載の実施例に従って分離除去を行ってこれをノボラック樹脂Cとし、ノボラック樹脂A、B、Cの感度、残膜率、耐熱性、耐ドライエッチング性についての比較を行ったところ、ノボラック樹脂BとCは、残膜率、耐熱性、耐ドライエッチング性について同等であったが、感度については、ノボラック樹脂Bが28mJ/cm2であるのに対して、ノボラック樹脂Cは85mJ/cm2となって著しく感度が低下していることが認められる。

しかしながら、上記ノボラック樹脂Cは、ノボラック樹脂Aにつき先願明細書に記載の実施例に従って分離除去を行って生成したものではあるが、基礎となるノボラック樹脂Aが、本願明細書に記載された手法に従って分別したものであるから、直ちに、先願明細書の実施例に基づいて調製されたノボラック樹脂ということはできない。また、前記のとおり、先願明細書の特許請求の範囲に係る発明と上記先願明細書の技術事項とは相違しているから、仮にノボラック樹脂が先願明細書の実施例に基づいて調製されたとしても、ノボラック樹脂Cが、直ちに上記先願明細書の技術事項に係るノボラック樹脂ということはできない。

したがって、上記のノボラック樹脂Bとノボラック樹脂Cとの作用効果の対比が、本願発明と先願発明の作用効果の相違を示すものと認めることはできない。

(3)  以上によれば、本願発明と先願発明は、その目的、課題の具体的解決手段及び作用効果において相違しているとする原告の上記主張は、採用することができない。

第3  そうすると、本願発明は、先願発明と同一であって、本願発明は特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができないとした審決の判断に誤りはなく、したがって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年12月15日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

理由

(手続の経緯・本願発明の要旨)

本願は、昭和59年3月9日に出願されたものであって、その発明の要旨は、出願公告時の明細書の記載からみて、特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「アルカリ可溶性ノボラック樹脂と1、2-キノンジアジド化合物とからなるポジ型感光性樹脂組成物において、前記アルカリ可溶性ノボラック樹脂の1~3核体含量か10重量%未満であることを特徴とするポジ型感光性樹脂組成物。」

(引用例)

これに対して、原査定の拒絶の理由となった、特許異議申立人(チバーガイギー アクチェンゲゼルシャフト)の特許異議申し立てに対する特許異議の決定理由に引用された、特願昭59-257697号明細書[昭和59年12月7日出願(優先権主張 1983年12月7日 西ドイツ)特開昭60-140235号公報として昭和60年7月25日出願公開。以下、「先願明細書」という。]には、次の事項が記載されている。

「(1)樹脂成分としてノボラック系のフェノールホルムアルデヒド縮合物を基材とするポジ作用性ホトレジスト組成物であって、その樹脂成分が高い平均分子量および低い多分散度を有することを特徴とする、ポジ作用性ホトレジスト組成物。

(2)前記樹脂成分が4,500~18,000、好ましくは7,000~13,000の平均分子量および2.5~5.7、好ましくは2.8~4.5の多分散度を有する特許請求の範囲第1項のポジ作用性ホトレジスト組成物。」(公開公報第1頁左下欄特許請求の範囲参照)。

「樹脂成分としてノボラック系のフェノール-ホルムアルデヒド縮合物を基材とするポジ作用性ホトレジスト組成物であって、ここに含有されているノボラック樹脂成分が高い平均分子量および低い多分散度を有する場合に、優れた流動性および格別のプラズマ蝕刻耐性を有する組成物が得られることが見出された。」(公開公報第2頁右下欄第1行~第7行参照)。

「本発明に従い使用しようとする高い平均分子量および低い多分散度を有するノボラック樹脂は次いで最初に得られる非特定の重縮合物から、オリゴマーおよび低分子量の構成成分を分離することにより単離する。これは、たとえば分別沈殿の方法を用いて実施できる。」(公開公報第3頁左下欄第3行~第8行参照)。

「使用する感光性成分は当技術で既知の全ての化合物、特にo-ジアゾキノン系の化合物であることができる。たとえば・・・ナフトキノンージアジドースルホニル誘導体が好適である。特に好適な化合物は5-オキソ-6-ジアゾ-5、6-ジヒドロナフタレンスルホン酸を2、3、4-トリヒドロキシベンゾフェノン、フロログルシンおよびレゾルシンでエステル化した生成物および没食子酸エステル化合物である。」(公開公報第4頁左上欄第5行~第18行参照)。

「例1

ノボラック樹脂:

m-クレゾール811g、シュウ酸11.8g、35%濃度のホルムアルデヒド水溶液579gおよび水125mlの混合物を2時間、環流下に反応させる。次いで、10%重炭酸ナトリウム水溶液で中和する。2-エトキシエチルアセテート1.25lを加え、次いで反応中に生成された水を留去する。反応混合物にシュウ酸5.2gおよびパラホルムアルデヒド10.25gを加え、このバッチを110℃で2時間撹拌する。次いで、10%濃度の重炭酸ナトリウム水溶液で中和し、水を2-エトキシエチルアセテートとの混合物を水がもはや蒸留により分離されなくなるまで減圧下に留去する。80℃に加熱されている反応溶液に全部で61のトルエンを加えることにより、ノボラック樹脂を凝集沈殿物の形で、分画として分離する。ノボラック樹脂を単離し、次いで2-エチルエトキシエチルアセテートに溶解して、約30~35%濃度の溶液を生成する。

分子量および多分散度はゲル透過クロマトグラフィにより測定し、ポリスチレン標準品を用いて得られた検量曲線と比較して決定する。

得られた樹脂は4,900の平均分子量および2.7の多分散度を有する。

例2

ノボラック樹脂:

パラホルムアルデヒドとの縮合反応を下記の点で変更する以外は例1に記載の方法を繰返す:……

7,300の平均分子量および3.3の多分散度を有するノボラック樹脂が得られる。

5-オキソ-6-ジアジド-5、6-ジヒドロナフタレンスルホン酸を2、3、4-トリヒドロキシベンゾフェノンでエステル化して得られた生成物(・・・)27gを前記で得たノボラック樹脂の2-エトキシエチルアセテート溶液に溶解する。前記溶剤60mlで希釈し、次いで濾過した後に得られる感光性組成物はすぐに使用できる。」(公開公報第4頁右下欄第5行~第5頁右上欄第8行、例1、例2参照)。

なお、例3には、平均分子量8,500の平均分子量および3.7の多分散度を有するノボラック樹脂を、例4には、平均分子量10,300の平均分子量および4.0の多分散度を有するノボラック樹脂を用い、例2に記載のとおりにして感光性組成物を生成したことが記載されている。

「例2~5により生成された感光性組成物を熱酸化処理したシリコンウエハの表面に1μmの厚さで旋回塗布により適用する。90℃で30分間予備乾燥させた後に、このウエハをマスクを通して接触露光法により露光する。露光後に、ウエハを市販の水性アルカリ性現像中に浸すことにより室温で35秒間現像する。」(公開公報第5頁右下欄第8行~第14行参照)。

以上の記載によれば、先願明相書には、「m-クレゾールとホルムアルデヒドとから得られるノボラック系のフェノールホルムアルデヒド縮合物であるノボラック樹脂と、5-オキソ-6-ジアジド-5、6-ジヒドロナフタレンスルホン酸をエステル化して得られた生成物等のo-ジアゾキノン系の化合物であるナフトキノン-ジアジド-スルホニル誘導体とからなるポジ作用性ホトレジスト組成物において、前記ノボラック系のフェノールホルムアルデヒド縮合物であるノボラック樹脂は、オリゴマーおよび低分子量の構成成分を分離除去した4,500~18,000、好ましくは7,000~13,000の高い平均分子量および2.5~5.7、好ましくは2.8~4.5の低い多分散度を有するポジ作用性ホトレジズト組成物。」の発明(以下、「先願発明」という。)が記載されているものと認められる。

(対比・判断)

本願発明と、先願発明とを対比すると、先願発明の「m-クレゾールとホルムアルデヒドとから得られるノボラック系のフェノールホルムアルデヒド縮合物であるノボラック樹脂」、「5-オキソ-6-ジアジドー5、6-ジヒドロナフタレンスルホン酸をエステル化して得られた生成物等のo-ジアゾキノン系の化合物であるナフトキノン-ジアジド-スルホニル誘導体」は、それぞれ本願発明の「アルカリ可溶性ノボジック樹脂」、「1、2-キノンジアジド化合物」に相当する。

したがって、両者は、「アルカリ可溶性ノボラック樹脂と1、2-キノンジアジド化合物とからなるポジ型感光性樹脂組成物」で一致している。

ただ、アルカリ可溶性ノボラック樹脂について、本願発明では、1~3核体含量が10重量%未満であると規定しているのに対し、先願発明では、オリゴマーおよび低分子量の構成成分を分離除去した4,500~18,000、好ましくは7,000~13,000の高い平均分子量および2.5~5.7、好ましくは2.8~4.5の低い多分散度を有するものとし、核体含量で規定していない点で相違する。

そこで、先願発明におけるノボラック樹脂の1~3核体含量が、10重量%未満であるかどうかについて検討する。

先願発明では、m-クレゾールとホルムアルデヒドとから得られるノボラック樹脂を分別沈殿等の方法により、オリゴマーおよび低分子量の構成成分を分離除去して、高い平均分子量と低い多分散度を布するノボラック樹脂としている。

そして、オリゴマーは、通常、低重合体すなわち反復単位の数が少なく、分子量が1000以下であるような重合体を意味する[化学大辞典2縮刷版(共立出版)「オリゴマー」の項参照。)。

一方、m-クレゾールとホルムアルデヒドとから得られるノボラック樹脂の1~3核体の分子量が1000以下であることは明らかである(計算値で、1核体の分子量は108、2核体の分子量は228、3核体の分子量は348である。

1核体

<省略>

Mw=108

2核体

<省略>

Mw=228

3核体

<省略>

Mw=348

してみると、<先願発明でオリゴマーおよび低分子量の構成成分を分離除去するということは、1~3核体のような低分子量成分を分離除去することに他ならない。また、先願発明は、オリゴマーや低分子量成分を除くことによってホトレジストとしての特性を改善するものであって、そのために分離除去する以上、オリゴマーや低分子量成分の残量を少なくすることが当然であるから、1~3核体含量は10重量%朱満になっているものと認められる。>

(むすび)

したがって、本願発明は、本願出願前の出願であって、その出願後に出願公開された出願のる最初に添付した明細書に記載された先願発明と同一であり、本願の発明者が先願発明の発明者と同一であるとも、また、本願の出願時において、その出願人が上記出願の出願人と同一であるとも認められないので、本願発明は、特許法第29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

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