大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成8年(行コ)115号 判決 1997年4月24日

ホンコン、ニューテリトリーズ、ツェン ワンキャッスル ピーク ロード 三八八、

シーディダブリュ ビルディング、二四ス フロアー、ブロック C-F

控訴人

ソーラ ワイド インダ ストリアル リミテッド

右代表者

ラム シャルビ

右訴訟代理人弁護士

山上和則

右輔佐人弁理士

吉田稔

田中達也

福元義和

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被控訴人

特許庁長官 荒井寿光

右指定代理人

前澤功

佐藤陽比古

長谷川実

松本利夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  特許庁長官が、平成四年意匠登録願第七三五四号につき、平成四年六月二六日付けでした手続補正書及び優先権証明書提出書の不受理処分を取り消す。

三  控訴費用は、第一、第二審とも、被控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

一  基礎となる事実

1  控訴人は、平成四年三月一三日、意匠法(平成五年法律第二六号による改正前のもの。以下「法」いう。)六条一項の規定により、意匠に係る物品を「庭園灯」とする意匠登録出願(平成四年意匠登録願第七三五四号、以下「本件出願」という。)をした。

2  控訴人は、本件出願の際、意匠登録願書(甲第八号証)の「5.添付書類の目録」の項に、「(5) 優先権証明書及びその訳文 各一通(追完する)」と記載したが、それ以外には、右願書に、法一五条一項において準用する特許法四三条一項に規定された工業所有権の保護に関する一八八三年三月二〇日のパリ条約(以下「パリ条約」という。)の規定する優先権を主張する旨並びに最初に出願をしたパリ条約の同盟国の国名及び出願の年月日を記載せず、それらの記載のある書面を出願と同時に提出しなかった。

控訴人は、平成四年四月一五日付けで、手続補正書(甲第九号証)及び優先権証明書提出書(甲第一〇号証)(以下、右手続補正書及び優先権証明書提出書を「本件各書面」という。)を提出したが、右手続補正書には、「本願の出願時において、願書の「添付書類の目録」の欄に「優先権証明書及びその訳文」を追完する旨を記載することによりパリ条約による優先権主張を行う意思があることは表示しておりましたが、時間的制約から出願を急ぐあまり優先権主張の基礎となる第一国出願の国名及び日付の表示を行うことを失念しました。そこで、今般、第一国出願の国名及び日付を適正に表示した訂正願書を提出しますので、上記事情を参酌の上、今般の手続補正書を受理して頂きますよう、御願い申し上げます。」との記載がされるとともに、「(訂正)意匠登録願」との表題の上部余白に設けた枠内に「パリ条約による優先権主張」、「国名イギリス国」、「出願日一九九一年九月一三日」、「出願No.二〇一七四六〇」と記載された上記表題の書面が添付されていた。

3  被控訴人は、平成四年六月二六日付けで、本件出願に対する優先権の主張を補正することは認められないことを理由として、本件各書面を受理しない旨の処分(甲第七号証、以下「本件処分」という。)をした。

4  控訴人は、平成四年八月二五日、本件処分を不服として行政不服審査法による異議申立てをしたが(甲第二号証)、被控訴人は、平成七年八月二日付けで、本件出願について、パリ条約による優先権の主張の手続が適法になされたものとは認められず、本件処分は適法かつ妥当なものであるとして、右異議申立てを棄却する旨の決定をし(甲第一号証)、その謄本は、同月四日控訴人に送達された。

二  本件は、控訴人が、本件処分には、法一条、法一五条一項で準用される特許法四三条、法六〇条の三、パリ条約四条の解釈及び運用を誤った違法があるとして、その取消しを求めるものである。

三  当事者双方の主張

1  控訴人の主張

(一) 優先権主張手続の検討

パリ条約四条の規定によると、優先権の利益を享受するためには、(1)優先権が適法に発生していること、(2)第一国出願と第二国出願との間に主体及び客体の同一性があること、(3)優先期間内に第二国出願がされること、(4)第一国出願の国名及び出願日を明示した申立てをすること、一定期間内に優先権証明書を提出すること等の一定の優先権主張手続を行うことが必要であるが、右<4>の優先権主張の申立てが求められる所以は、優先権制度が出願人の利益のための任意的制度(潜在的制度)であることから、出願人の意思表示がないと優先権の存在が分からないからである。したがって、優先権主張の意思が明確にされればそれで足り、パリ条約において優先権主張の申立ての時期について各同盟国に委ねている(四条D(1))のも、このことを裏付けている。優先権の申立てに際し第一国出願の国名及び出願日の明示が求められるのは、優先権が適法に発生しているか、優先期間が遵守されているかを確認するためであり、右要件<1>及び<3>の問題である。また、優先権証明書の提出は、第一国出願の国名及び出願日の確認と優先権主張のための主体的及び客体的要件が充足されていることを確認するためであり、右要件<1>ないし<3>の問題である。それ故、優先権証明書の提出を求めるか否かも同盟国に委ねられている(四条D(3))。そして、第二国出願時において優先権主張の基礎となる第一国出願の国名及び出願日が表示されても、それが適正か否かは優先権証明書の提出まで確認できないから、第二国出願時において第一国出願の国名及び出願日を表示させる意義は小さい。すなわち、第二国出願時に第一国出願の国名及び出願日の表示が欠落していても、優先権証明書の提出を求める国においては、弊害はほとんどない。

ところで、本件出願の際、願書の「添付書類の目録」の項には優先権証明書及びその訳文を追完する旨の表示がなされており、優先権主張を行う意思が明確にされていた。そして、右出願当時、優先権とはパリ条約上の優先権以外に考えられないので、本件出願の願書に記載された優先権がパリ条約上の優先権を指すことは疑念を挿む余地がない。

また、本件出願についての優先権証明書は、出願日から三月以内である平成四年四月一五日に提出されており、優先権証明書によって第一国出願の国名及び出願日を容易に確認することができた。確かに本件出願の願書に優先権の基礎となる第一国出願の国名及び出願日は表示されていなかったが、第一国出願が優先権を適法に発生させており、優先期間も遵守され、法定期間内に提出された優先権証明書により確認できるのであるから、第三者に与える不利益は全くない。

法は意匠の保護を通じて産業の発達を図ろうとするものであって(一条)、法目的を達成するためには、意匠を妥当な範囲内で可能な限り保護する必要があり、法の他の規定も、この法目的に合致するように解釈されるべきであること、パリ条約上の優先権制度は、パリ条約同盟国でなされた第一国出願と同一の対象につき他の同盟国に出願(第二国出願)する際における出願人の時間的及び手続的負担を軽減すべく採用されたものであり、一定の期間内に限り出願人の利益保護を図ることを本来の目的とする(パリ条約四条B)ものであることからすれば、本件出願について優先権が認められてしかるべきであり、これを結果的に否認することにつながる本件処分は、控訴人が本来受けられる利益を単に手続的瑕疵が存在することのみをもって否定するもので、控訴人に酷に過ぎ、このような厳格な取扱いをすべき合理的な根拠はない。

(二) 第三者の利益保護の観点からの検討

法一五条一項によって準用される特許法四三条四項は、優先権証明書の提出手続を怠った場合に優先権主張は効力を失う旨の制裁を規定しているが、出願時における優先権主張が不適切であった場合の制裁については法に一切定められていない。したがって、本件において、どのような制裁を課すべきかは、法の運用上の問題であり、不備の程度とそれにより第三者に与えることのある不利益との関係で決定されるべき事項である。

本件における優先権主張手続上の不備は、優先権主張の意思表示が不適切であり、かつ第一国出願の国名と出願日の表示を欠落したことである。このうち、優先権主張の意思表示が不適切であったこと自体が第三者に不利益を及ぼすことはないし、その表示を後日適正な表示に補正することを認めたとしても、その補正自体が第三者に不利益を及ぼすことはない。けだし、もともと優先権主張手続は、第一国出願をすることによりすでに適法に発生している潜在的な権利を顕在化させる手続にすぎず、しかも、第二国出願が優先期間(パリ条約四条C(1))内に行われている以上、補正を認めても優先期間を延長することにはならないからである。

また、第一国出願の国名と出願日は、優先権発生の適法性や優先期間遵守の有無を判断するために必要な事項であり、本来的には優先権主張のための実質的要件の問題であり、その確認も後日提出される優先権証明書によって行われるべきものであるから、出願時にそれらが欠落したとしても、優先権証明書の提出を求める我が国においては第三者に何らの不利益を与えるものではない。

(三) 意匠法における特殊事情

特許法では、出願公開制度や補正の時期的制限が設けられ、第一国出願の出願日が基準とされるから、我が国での出願日に優先権の基礎となる第一国出願の出願日及び国名が明示されていないと実質的な弊害がある。これに対し、意匠法には出願公開制度や補正の時期的制限に関する規定はないので、出願時に第一国出願の国名及び出願日が明示されていなくても実質的な弊害はない。出願公開制度や補正の時期的制限のない米国特許法で、出願時に優先権の申立てを義務付けていないのは、そのことを反映している。

したがって、法一五条一項(特許法四三条一項)は、意匠登録出願と同時に第一国出願の国名及び出願日の明示を求めるものの、それを怠ったことに対する法での許容度は特許法でのそれよりも大きいといえる。

(四) 優先権主張に関する関連規定の検討

(1) 法六〇条の三は一定範囲内での補正を認めているが、この補正が許される対象から願書における優先権主張の補正は特に除外されていない。したがって、同条に基づき、本件における優先権主張の表示の補正を認めたとしても何ら違法ではない。むしろ、本件における優先権主張手続上の不備が第三者の利益を害するものでないのであれば、その補正を認めた方が意匠の保護と利用を図ることにより産業の発達に寄与するという目的(法一条)に適うものである。

(2) 特許協力条約は、優先権主張に際し国際出願の願書に第一国出願の国名及び出願日の記載を求めているが、その記載が欠落している場合でも後日提出された優先権証明書で確認できるときは、明白な誤記としてその追加を認めている(特許協力条約に基づく規則4・10(b))。

特許法一八四条の三第二項は、国際特許出願についての優先権主張の手続に関しては、特許協力条約の規定を特許法四三条の規定に代えて適用するから、同条約の右救済規定の趣旨は特許法、意匠法にも妥当する。

(五) 国際的動向からの考察

近い将来成立する方向で審議されている特許法条約(案)一三条(1)は、第二国出願の出願時に優先権主張を失念した場合でも出願後に優先権主張の追加を認めることを義務づけた規定であるが、同条は、各国代表による専門家会議において原案どおり承認された(甲第一二号証、第一三号証)。

右事実によれば、優先権主張の時期については、パリ条約でも各同盟国に委ねられているように(パリ条約四条D(1))、実体的要件とは明確に区別されるべきものであること、優先権主張の時期が多少遅くなったからといって、そのことが第三者の利益を害することはないこと、パリ条約の優先権による保護は可能な限り認めるのが、パリ条約の趣旨に沿うものであることが各国代表者によって改めて確認されたものということができる。

右特許法条約(案)は未だ成立しておらず、直ちに本件に反映されるわけではないが、このような国際的動向を踏まえれば、同条約(案)の趣旨に沿って本件での救済を図ることは、現行法下においても解釈上可能であり、法目的及びパリ条約の目的にも沿うものである。

(六) 以上のとおりであって、本件処分には、法一条(法目的)、法一五条一項で準用される特許法四三条(パリ条約による優先権主張の手続)、法六〇条の三(手続の補正)並びにパリ条約四条の解釈及び運用を誤った違法がある。

2  被控訴人の主張

(一) 意匠登録出願について優先権主張をしようとする者は、その旨並びに最初の出願をした条約の同盟国の国名及び出願の年月日(以下「所定の事項」という。)を記載した書面(以下「主張書面」という。)を出願と同時に特許庁長官に提出しなければならない(法一五条一項において準用する特許法四三条)。また、優先権を主張しようとする者は、当該意匠登録出願の願書にその旨及び必要な事項を記載して主張書面を省略することができる(意匠法施行規則一一条二項において準用する特許法施行規則二七条の四)。

ところで、優先権は、同盟国の第一国における最初の出願によって発生するものであるが、それ自体はいまだ観念的な利益であって何ら意味を持たず、パリ条約四条A(1)に規定する優先期間内に第二国において出願する際に、これを主張することによって初めて現実的な効力が生ずるものである。すなわち、出願する際に、優先権を主張する者によって主張書面が特許庁長官に提出されたとき、または、願書に所定の事項を記載したときに優先権の効力が現実に発生するものと解される。しかして、優先権の主張は要式行為であるから、主張書面が提出されていない場合又は出願の願書に所定の事項が記載されていない場合には、優先権の効力は現実には発生しないのである。

本件出願に係る優先権の主張に関しては、願書(甲第八号証)の添付書類の目録の欄に優先権証明書及びその訳文を追完する旨の記載があるものの、出願がなされた時点において主張書面の提出はなく、また、本件出願の願書にも所定の事項が記載されていなかったのであるから、法一五条一項に規定する優先権の主張の手続がなされなかったものとして、優先権の効力は現実には発生しないというべきである。

したがって、本件出願について、パリ条約による優先権の主張手続がなされていない以上、優先権の主張を伴う出願ではないものとみるべきであるから、後に優先権の主張をするような補正をすることはできないとして行った本件処分は適法である。

(二) 控訴人は、優先権主張の手続を行わなくても優先権は適法に発生していると考えているようであるが、前記のとおり、第一国に出願したからといって、それによって発生する利益は観念的な利益にすぎず、優先権主張の手続を適法に行わない場合には、優先権は現実には発生せず、優先権の利益を享受することができないのである。

そして、法が準用する特許法において、出願と同時に優先権の主張をする旨規定されている以上、主張書面が意匠登録出願と同時に提出されず、また、意匠登録出願の願書に所定の事項の記載がないような場合にまで後の補正によって優先権の主張が認められるものでない。

したがって、法の趣旨からも所定の事項の記載についての補正は明らかな誤記であるような場合を除いて許されるものではなく、まして後に優先権の主張を追加するような補正は、法に明確な規定がなくとも当然に許されないものと解すべきである。

次に、特許協力条約における優先権の主張についての救済規定に関しては、そもそもパリ条約と特許協力条約が異なる以上、パリ条約に基づく優先権の主張について救済をしないからといって違法なものではない。しかも、特許協力条約においては、意匠登録出願は出願の対象とはされていない。

また、第三者との関係についても、控訴人が適法な手続をしていない以上、仮に控訴人の優先権を認めることとすれば、適法に出願手続を行った第三者が不利益を受けることとなり、逆に不公平な取扱いとなる。

控訴人が主張するとおり、遅れた優先権の主張について、現在特許法条約案一三条(1)の中で審議されていることは認めるが、現在の国際情勢が、将来に向かって国内法の改正を提唱する契機とはなっても、右条約案が未だ成立しておらず、法一五条一項により準用する特許法四三条一項において、優先権の主張は出願と同時にすべきであると規定している以上、本件において、後に優先権主張を追加するような脱法的な補正は認められない。

第三  当裁判所の判断

一1  パリ条約四条D(1)の規定により意匠登録出願について優先権の主張をしようする者は、法一五条一項によって準用される特許法四三条一項により、パリ条約による優先権を主張する旨並びに最初の出願をしたパリ条約の同盟国の国名及び出願の年月日を記載した書面(主張書面)を意匠登録出願と同時に特許庁長官に提出しなければならない。但し、意匠法施行規則一一条二項によって準用される平成五年通産省令七五号による改正前の特許法施行規則二七条の四により、優先権を主張しようとする者は、当該意匠登録出願の願書にその旨及び必要な事項を記載して、右主張書面の提出を省略することができることとされ、右記載方法について、意匠法施行規則一条一項に「様式第一により作成しなければならない。」と規定され、平成五年通産省令七五号による改正前の様式第一の備考14には、「第一一条第二項において準用する特許法施行規則第二七条の四の規定により・・・パリ条約による優先権の主張をする旨等を願書に記載してその旨等を記載した書面の提出を省略するときは、願書の用紙の上の余白部分に記載する。」ものとされている。

2  パリ条約における優先権は、パリ条約の同盟国の第一国に出願した者が他の同盟国(第二国)において出願するについて、一定期間内に限り、先後願の関係、新規性等の判断の基準日としての出願日を第一国出願の日に遡らせることができることを享受することができる特別な利益であるところ、この優先権は、第一国における最初の出願によって観念的(潜在的)に発生するが、優先期間内に第二国において出願する際に、優先権を主張することによってはじめて現実的な効力が生ずるものであると解される。

このように、優先権は、先願主義の例外事由となり、また、新規性等判断の基準日を遡らせるなど、その効果が第三者に与える影響は大きいものがあり、第二国における出願の際に主張することによって現実的な効力が生じるものであることから、優先権主張の手続について、前記1のとおりの要式行為が要求されているものであって、前記1に記載の方式に違反した場合には、優先権の効力を生じないものというべきである。

3  本件において、本件出願と同時に、法一五条一項により準用される特許法四三条一項所定の事項を記載した書面(主張書面)の提出はなく、また、本件出願の意匠登録願書には、「5. 添付書類の目録」の項に「(5)優先権証明書及びその訳文 各一通(追完する)」との記載はあるものの、優先権を主張する旨並びに第一国出願の国名及び出願日の記載はなされていない。

右「5. 添付書類の目録」の項の「(5)優先権証明書及びその訳文 各一通(追完する)」との記載は、その表現自体を見ても、添付書類の一部として優先権証明書とその訳文を各一通提出するが、それらの書類の現物は後日提出するとの意思表示にすぎず、形式的にも意匠法施行規則様式第一の備考14に定められたものとは全く異なるから、右記載をもって、優先権を主張する旨の記載と解することはできない。なるほど、右記載は、出願人たる控訴人においてパリ条約による優先権を主張する内心の意思がありながら、主張書面を提出し忘れたか、願書に優先権を主張する旨その他必要事項を記載し忘れたのではないかと推測する根拠とならないわけではない。しかし、優先権の主張がなされるか否かは、第三者に及ぼす影響が大きいものであることから、前記1のとおり、優先権の主張は書面により又は願書に記載して明確に行うことを要するものであり、しかも、本件においては、第一国出願の国名及び出願日についての記載もないのであるから、前記記載をもって、優先権を主張する旨の記載と解することはできない。

仮に、前記記載をもってパリ条約による優先権主張を行う意思があることを表示しているものと解し得る余地があるとしても、第一国出願の国名及び出願日について記載されていないのであるから、本件出願については、法一五条一項によって準用される特許法四三条一項に規定されるパリ条約による優先権主張の手続が適法になされたものということはできない。

4  以上のとおりであって、本件出願について、優先権主張の手続が適法になされたものとは認められず、その補正が許されるものと解すべき余地はないから、本件各書類を受理しなかった本件処分に違法な点は存しないものというべきである。

二  控訴人の主張について検討する。

1  控訴人は、本件出願において意匠登録願書の「添付書類の目録」の項には優先権証明書及びその訳文を追完する旨の表示がなされていて、優先権主張を行う意思が明確にされており、本件出願の願書に第一国出願の国名及び出願日が表示されていなくても、優先権証明書によってこれらの点は容易に確認することができるから、第三者に不利益を与えることは全くなく、法目的(法一条)及び優先権制度の目的からすれば、本件出願について優先権が認められてしかるべきであり、これを結果的に否認することにつながる本件処分は、控訴人が本来受けられる利益を単に手続的瑕疵が存在することのみをもって否定するもので、控訴人に酷に過ぎ、このような厳格な取扱いをすべき合理的な根拠はない旨主張する(控訴人の主張(一))。

しかし、本件出願の願書における「5. 添付書類の目録」の項の「(5)優先権証明書及びその訳文 各一通(追完する)」との記載をもって、優先権を主張する旨の記載と解することはできないし、仮に右記載をもって優先権主張を行う意思があることを表示していると解し得る余地があるとしても、適法な優先権主張の手続がなされたものといえないことは前記一3に説示のとおりである。

また、パリ条約における優先権は、前記のとおり、第一国に出願した者が第二国において出願することについて、一定期間内に限り、先後願の関係、新規性等の判断の基準日としての出願日を第一国出願の日に遡らせることができることを享受することができる特別な利益であり、権利関係の安定、先願主義等の関係から、法一五条一項により準用される特許法四三条一項は、優先権の主張を要式行為として規定しているのであるから、優先権証明書によって第一国出願の国名及び出願日を確認することができるからといって、出願と同時に、これらの点が記載された書面が提出されていなくても、あるいは願書に記載されていなくてもよいということにはならない。

そして、本件出願について適法な優先権主張の手続がなされたものとはいえず、これが補正を許すべき事情も存しない以上、本件処分に合理的根拠がないということはできない。

したがって、控訴人の右主張は採用できない。

2  控訴人は、優先権主張の意思表示が不適切であったこと自体が第三者に不利益を及ぼすことはなく、優先権主張の手続は、第一国出願をすることによりすでに適法に発生している潜在的な権利を顕在化させる手続にすぎず、優先権主張の意思表示の補正自体が第三者に不利益を及ぼすことはないし、第一国出願の国名及び出願日について、出願時にそれらが欠落していたとしても、優先権証明書の提出を求める我が国においては第三者に何らの不利益を与えるものではない旨主張する(控訴人の主張(二))。

しかし、前記説示のとおり、本件出願においては適法な優先権主張の手続がなされたものとは認められないのであるから、補正により優先権の主張があったものとして取り扱うことになれば、第三者が不利益を被る可能性があることは否定できないから、控訴人の右主張は採用できない。

3  控訴人は、意匠法には出願公開制度や補正の時期的制限がないので、出願時に第一国出願の国名及び出願日が明示されていなくても実質的な弊害はない旨主張する(控訴人の主張(三))。

しかし、法一五条一項は優先権主張手続を要式行為として規定する特許法四三条一項を準用しており、右手続の関係では、特許出願と意匠登録出願との間に区別されるところは存しないのであって、実質的な弊害の有無の問題ではないから、控訴人の右主張は採用できない。

4  控訴人は、法六〇条の三において優先権主張の補正は特に除外されていないから、本件における優先権主張の表示の補正を認めたとしても違法ではなく、その補正を認めた方が法の目的に適うものである旨主張するが(控訴人の主張(四)(1))、手続の補正について規定する法六〇条の三において優先権主張の補正について除外されていないからといって、本件出願について優先権の主張を補正することが許されないことは前記説示したところから明らかであり、右主張は採用できない。

次に、特許協力条約に基づく規則4・10(b)には、優先権の主張につき、先の出願がされた国名及び日付が国際出願の願書に記載されていない場合の救済規定が設けられているところ、控訴人は、右救済規定の趣旨は意匠登録出願にも妥当する旨主張する(控訴人の主張(四)(2))。

しかし、パリ条約による優先権の主張については右のような救済規定が設けられていない以上、本件につき右救済規定におけるのと同様の取扱いをすることはできず、また、右規則4・10(b)は、優先権の主張自体がない場合についてまで救済するという趣旨のものではなく、明確な優先権の主張がなされたものとは認められない本件には妥当しないものであるから、右主張は採用できない。

5  甲第一二号証及び第一三号証によれば、一九九六年一一月に開催された特許法条約専門家会議において、特許法条約草案一三条(1)「【遅れた優先権主張】出願が先の出願の優先権を主張できたにもかかわらず、出願時にはかかる優先権主張を含まなかった場合において、出願人は規則に定める期間内に庁に対して提出された別個の宣言によりかかる優先権を主張する権利を有する。」について審議され、承認されたことが認められるところ、控訴人は、このような国際的動向を踏まえれば、本件での救済を図ることは、現行法のもとでも解釈上可能であり、法目的及びパリ条約の目的にも沿うものである旨主張する。

しかし、我が国の現行法上、パリ条約による優先権主張は出願と同時にすべきものと明確に規定されている以上、これに反する取扱いを許容するような解釈をすることは相当とはいえず、控訴人の右主張は採用できない。

6  以上のとおりであって、本件処分には、法一条、法一五条一項により準用される特許法四三条、法六〇条の三並びにパリ条約四条の解釈及び運用を誤った違法がある旨の控訴人の主張は理由がない。

三  よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例