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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)187号 判決 1998年10月15日

大阪市西区土佐堀1丁目4番11号

原告

大日本除蟲菊株式会社

代表者代表取締役

上山英介

訴訟代理人弁護士

赤尾直人

弁理士 萼経夫

中村壽夫

加藤勉

東京都千代田区神田司町2丁目9番地

被告

アース製薬株式会社

代表者代表取締役

大塚正富

訴訟代理人弁理士

亀井弘勝

稲岡耕作

深井敏和

弁護士 村林隆一

松本司

主文

特許庁が平成6年審判第15563号事件について平成8年7月19日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「吸液芯用殺虫液組成物及び加熱蒸散殺虫方法」とし、昭和59年1月31日に特許出願、平成6年8月8日に設定登録された特許第1861146号の特許発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。原告は、平成6年9月12日に本件発明に係る特許の無効の審判を請求し、特許庁は、同請求を同年審判第15563号事件として審理した上、平成8年7月19日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を平成8年7月31日に原告に送達した。

2  本件発明の特許請求の範囲

(1)  特許請求の範囲第1項(以下「本件第1発明」という。)

殺虫剤の有機溶剤溶液中に、3、5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシトルエン及び3-t-ブチル-4-ヒドロキシアニソールから選ばれた少なくとも1種の化合物を約0.2重量%以上配合したことを特徴とする吸液芯用殺虫液組成物。

(2)  特許請求の範囲第2項(以下「本件第2発明」という。)

殺虫液中に吸液芯の一部を浸漬して該芯に殺虫液を吸液すると共に、該芯の上部を間接加熱することにより吸液された殺虫液を蒸散させる加熱蒸散殺虫方法において、上記殺虫液として、脂肪族炭化水素に殺虫剤と共に、3、5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシトルエン及び3-t-ブチル-4-ヒドロキシアニソールから選ばれた少なくとも1種の化合物を約0.2重量%以上配合してなる殺虫液を用いると共に、吸液芯として無機粉体を糊剤で粘結させた吸液芯を用い、かつ、該吸液芯の上部を約60~約135℃の温度に間接加熱することを特徴とする加熱蒸散殺虫方法。

3  審決の理由

別添審決書「理由」の写のとおりである。なお、本訴における甲号証と審決における書証との関係は、別紙「対比表」のとおりである(本訴における甲第29号証以降は審決において該当の書証番号がない。)。

以下、甲第2ないし第28、第33ないし第35、第37号証の刊行物については、「甲第(本訴の書証番号)号証刊行物」という。

4  審決の取消事由

審決の理由ⅠないしⅢは認める。同Ⅳ1(イ)のうち、本件第1発明と審決の甲第2号証刊行物について、一致又は重複する旨の認定部分(10頁下から4行の「後者の「白灯油」は」から11頁8行の「のであるが」まで)、審決の甲第7号証ないし第9号証刊行物及び審決の甲第11号証ないし第14号証刊行物に関する請求人の主張自体に関する認定部分(11頁末行の「なお、請求人は、」から12頁下から7行の「発明である旨主張する。」まで)は認め、その余は争う。同Ⅳ1(ロ)のうち、審決の甲第3号証ないし第19号証刊行物の記載内容の認定部分(14頁9行の「次に本件第1発明について、」から16頁2行の「ない。」まで)は認め、その余は争う。同Ⅳ2及び同Ⅴは争う。

審決は、本件第1発明と甲第10号証刊行物の実施例5記載の発明との同一性を看過し、かつ、本件第1発明が、甲第10号証刊行物の実施例5記載の発明、甲第15号証及び周知又は公知の吸液芯方式から容易であること及びその作用効果が予測可能な範囲内にあることを看過したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1

本件第1発明は、甲第10号証刊行物の実施例5記載の発明と同一であるのに、審決はこれを看過した違法がある。

ア 甲第12号証刊行物に「電気蚊取器はニクロム線を捻回した発熱体を熱源とし、これにピレスロイドを適当な担持体に含浸させマット状としたものを戴置するか或いはピレスロイドを適当な溶剤に溶解した溶液を灯芯体の毛細管現象を利用して上記発熱体に供給し、ピレスロイドを揮散させるもの」(2欄35行ないし3欄3行)と記載されていることからも明らかなとおり、甲第10号証刊行物記載の発明が特許出願された昭和49年当時、電気蚊取り器は、薬液容器から加熱された吸液芯を介して加熱蒸散を行う方式(吸液芯方式)と、マットに薬液を含浸させ、当該マットを加熱する方式(マット方式)とであり、かつ、市場に出回っていた大抵の電気蚊取り器は、上記2つの方式に集約される。

そして、甲第10号証刊行物には、実施例5について、「溶液を電気発熱体に導き加熱、蒸散させる。」(5頁右上欄10行ないし11行)との記載があるが、マット方式では、このような作用を発揮し得ない。上記作用を発揮する典型例は、まさに吸液芯方式である。

また、甲第10号証刊行物には、上記記載部分に関連して、「加熱蒸散用殺虫剤として使用する場合は、このエステルを例えば白燈油に溶解し、この溶液を電気熱体の蒸発面に連続的に供給するようにする」(2頁右下欄1行ないし4行)との記載があるが、「溶液を電気熱体の蒸発面に連続的に供給する」方式の典型例は吸液芯方式であるから、この記載部分もまた、前記実施例5記載の発明が吸液芯方式であることを明瞭に証明している。

イ 審決は、甲第10号証刊行物の実施例のうち、実施例1ないし実施例4においては、薬剤の使用形態が具体的に記載されているのに対し、実施例5の溶液については、単に「電気発熱体に導き加熱、蒸散させる」とのみ記載されているだけであって、吸液芯式器具などという具体的な使用形態は示されていないと認定した。しかし、甲第10号証刊行物は殺虫剤の使用方式として、a)蚊取り線香による方式、b)殺虫剤溶液を「電気熱体の蒸発面に連続的に供給する」吸液芯方式、c)殺虫剤溶液を「パルプ板又は石綿その他の不燃性材料からなる担持体に浸ませる」マット方式、d)「タルク、カオリン、珪藻土に浸ませ錠剤化してこれを電気発熱体で加熱」する錠剤方式を列挙し(2頁左下欄下から4行ないし右下欄7行)、実施例1、2は蚊取り線香、実施例3はマット方式、実施例4は錠剤方式の錠剤における使用形態を示している。これに対して、実施例5では、所定の組成を有している「100mlとした溶液を電気発熱体に導き加熱、蒸散させ」ているが、100mlの殺虫剤溶液を「電気発熱体」に導く方式として、マット方式と比肩でき、かつ、これと対置される方式としては、前記のような「電気熱体の蒸発面に連続的に供給する」吸液芯方式以外には想定し得ない。

ウ 審決は、甲第10号証刊行物の実施例5記載の発明が、吸液芯方式であることを否定する理由として、同刊行物公開後に出願された発明の特許公開公報である甲第3、第14号証刊行物に、吸液芯方式の目詰まりの欠陥の指摘があることをあげる。しかし、甲第3号証刊行物は、甲第10号証刊行物の公開によって直ちにBHA又はBHTを吸液芯方式に使用することが周知徹底していなかったか、又はこのような配合が行われたとしても十分な目詰まり防止効果が得られなかったことを示しているにすぎない。すなわち、甲第3号証刊行物は、甲第10号証刊行物が吸液芯方式を開示していることと矛盾する訳ではないから、甲第10号証刊行物の実施例5記載の発明が吸液芯方式であることを否定する理由にはならない。

また、甲第14号証刊行物に記載されている登録実用新案に係る考案は、昭和34年ないし昭和42年に実用新案登録出願されたものであり、積極的にBHAないしBHTを添加していなかった時期のものである。そして、甲第14号証刊行物は、2頁左下欄7行ないし9行及び下から9行ないし5行において、昭和42年よりも後の段階において行われたBHAないしBHT等の酸化に伴う重合反応に対する防止作用を行う物質の配合が吸液芯方式の改良に連なることを明示しており、たまたま甲第10号証刊行物の引用が欠落しているにすぎない。

エ 審決は、吸液芯方式以外にも薬液を電気発熱体に導き加熱蒸散させる形式の器具が公知であったとして、甲第3、第12、第13号証刊行物をあげる。

<1> しかし、甲第3号証刊行物は、昭和54年の特許出願に係る公開特許公報であって、甲第10号証刊行物が公開された時期よりも後の刊行物であるから、甲第10号証刊行物の実施例5記載の発明の方式が何であるかについては、参考とならない。

<2> 甲第12号証刊行物において、第1図及び第2図はマット方式であり、第3図及び第4図並びにこれに関連する発明の詳細な説明の欄において、吸液芯をヒーターによって直接加熱する吸液芯方式が開示され、殺虫剤溶液を「電気発熱体に導き加熱、蒸散」していることが示されている。したがって、甲第12号証の存在は、審決の説示とは逆に、甲第10号証刊行物の実施例5記載の発明が吸液芯方式であることを明瞭に証明している。

<3> 甲第13号証刊行物記載の発明において、殺虫剤を加熱するのは、電気ヒーターbと一体をなしている容器aであるが、容器aは、ホースhに対して軽い爆発程度の蒸気化された殺虫剤を自ら供給しているのであって、甲第10号証刊行物の実施例5記載の発明のように「殺虫剤溶液を導き加熱、蒸散させる」、「電気発熱体」ではない。まして、甲第13号証刊行物の特許請求の範囲請求項2では、一定量の殺虫剤を予め定められた時間間隔にて容器に供給している構成が開示されており、甲第10号証刊行物の「溶液を電気熱体の蒸発面に連続的に供給する」構成とは相違している。したがって、甲第13号証刊行物は、甲第10号証刊行物の実施例5記載の発明が吸液芯方式であることを否定する理由にはならない。

(2)  取消事由2

ア 本件特許出願当時、吸液心方式は、甲第4、第12、第16、第17、第21、第22号証、第24号証の1ないし3、第25号証の1、2の各刊行物に記載されているとおり、周知又は少なくとも公知の技術的事項であった。

他方、甲第10号証刊行物の実施例5は、殺虫剤溶液を「電気発熱体に導き加熱、蒸散させる」方式において、殺虫剤の有機溶剤溶液にBHTを3.26重量%配合した構成を開示している。

そして、前記のように、殺虫剤溶液を「電気発熱体に導き加熱、蒸散させる」方式は、吸液芯方式においても共通している以上、上記実施例5記載の発明を周知又は公知の吸液芯方式に適用し、本件第1発明の構成を想到することは、当業者にとって容易であった。

イ 吸液芯の目詰まりの程度は、殺虫剤の種類とその濃度、溶剤の種類、特に、その沸点、吸液芯の種類及び吸液芯に対する加熱温度によって支配される以上、目詰まりを抑制するために配合されるべきBHA又はBHTの殺虫剤組成物中の濃度もまた、これらの各要因によって支配される。このように、吸液芯の目詰まりの程度は、幾多の要因によって左右される以上、一律に特定の数値によってBHA又はBHTの最低基準量を定めることは本来不可能である。したがって、本件第1発明におけるBHA又はBHTが、「約0.2重量%以上」である旨の要件は、単なる目安にすぎない。この点については、原告側の研究員浅井洋が平成8年に行った実験(以下「甲第29号証実験」という。)でも、本件明細書の実施例19、23、24の構成では、同明細書第2表のような単位時間当たりの揮散量を発揮、かつ、維持することは到底不可能であって、多量の有効成分が吸液心中に残留し、かつ、目詰まりの原因となり得ることが判明している。

したがって、本件第1発明において、前記「約0.2重量%以上」の要件を設定したこと自体には、何ら進歩性は存在しない。このことは、甲第10号証刊行物の実施例5において、既に「約0.2重量%以上」の具体例が記載されていることからみても当然である。

ウ<1> 殺虫剤が加熱によって酸化分解及び重合反応を行うこと及びBHA又はBHTが、このような酸化分解又は重合反応に対する抑制作用を有することは、本判決添付の表1、2に記載するように周知の技術事項である。

<2> 被告は、甲第5ないし第9号証刊行物には、BHT又はBHAが、殺虫成分等の有機化合物が長期間の保存中に室温又は常温下での熱等により酸化されて変質(重合)・分解するのを防止する機能を有する旨が記載されているだけであり、吸液芯表面が60~135℃もの高温状態となる吸液芯方式では、BHA又はBHTが、殺虫成分等の重合反応等を防止する機能を果たすとは限らない旨主張する。

しかし、BHA又はBHTの化学上の機能が、60~135℃の段階において変化又は消失するわけではない。

表1の刊行物は、マット方式において、BHA又はBHTが酸化分解抑制作用を果たすことを明らかにしているところ、当該マット方式における温度は十分前記温度範囲に該当しており、就中、甲第26号証刊行物は165~167℃の加熱温度範囲を、甲第27号証刊行物は130℃の温度を、それぞれ特定した上で前記の点を明らかにしている。そして、殺虫剤の酸化分解を抑制することは、これを原因とする重合反応を防止することにほかならない。

また、「防蟲化学 35巻-Ⅲ」(財団法人防虫化学研究所昭和45年8月発行、甲第35号証刊行物)は、41.5℃及び60℃の各場合について、BHTを添加している場合とそうでない場合とについて、キクスリン(プロパルスリン)の分解の抑制の程度の相違を示しており、当該相違は、結局、重合反応の程度に繋がることは間違いない。

更に、「PYRETHRUM POST VOLUME11/NUMBER1」(1971年発行、甲第37号証刊行物)は、表2のとおり、50℃において、BHTがピレスリンの樹脂化防止に寄与していることを明瞭に証明しているのである。

<3> 甲第3号証刊行物には、吸液芯方式について、「長時間使用すると芯の加熱蒸散部に薬剤の熱分解、重合物がたまり、目詰まりを起し殺虫液の吸い上げ量が減じ蒸散量が減じる」(1頁右下欄末行ないし2頁左上欄3行)との記載があり、吸液芯方式の目詰まりの有力な原因として、殺虫剤の「熱分解、重合物」が吸液芯中に貯留することが挙げられている。

前記の「熱分解、重合物」とは、

α 熱分解を行った後、重合反応を行った物、

β 熱分解反応を行った物及び重合反応を行った物、

のいずれかの趣旨である。

「防蟲化学 39巻-Ⅰ」(財団法人防虫化学研究所昭和49年2月発行、甲第33号証刊行物)は、フラメスリンの加熱酸化によって、酸化分解を経ずに重合反応が発生することを示しており、「Agr.Biol.Chem.Vol.36,No.1」(1972年発行、甲第34号証刊行物)もまた、アレスリンの加熱に基づいて、熱分解を経ずに重合反応が行われることを示している。

これに対して、甲第35号証刊行物は、キクスリンにおいて、一度熱分解物が発生し、これが重合反応によって重合物と化すことが示されている。

したがって、殺虫剤を加熱した場合においては、

(イ)酸化分解を経ずに、直接重合反応を行う場合、

(ロ)加熱によって酸化分解を行い、当該分解物が重合反応を行う場合、

の双方が存在することが判明する。

甲第3号証刊行物の「熱分解、重合物」を前記αのように解した場合には、前記(ロ)のような重合物を指しており、これを前記βのように解した場合には、前記(イ)、(ロ)の双方の場合によって形成された重合物を指すことになる。

そうすると、甲第3号証刊行物の「熱分解、重合物」を前記α、βのいずれに解するにせよ、これらによって形成された物が吸液芯中に貯留し、これが目詰まりの原因となることを同刊行物は明瞭に開示している。

<4> 被告は、甲第3号証刊行物の前記記載について、推測にすぎない旨主張する。しかし、上記記載は、自らの経験に基づいた断定による表現である。仮に上記記載が推測であるとしても、上記記載から、目詰まりの原因として酸化分解及び重合反応を推測した上で、BHA又はBHTを吸液芯用殺虫剤に添加することは、当業者にとって何ら困難なことではない。

また、被告は、被告の従業員菅野浩基が平成10年にした実験(以下「乙第7号証実験」という。)を根拠として、吸液心の目詰まりをもたらす要因は、有効成分の加熱重合物ではないと主張する。しかし、対象となる特許発明に進歩性が存在するか否かは、一般に公知技術との対比に基づいて判断されるものであるところ、本件では、公知技術は、いずれも公知文献によって開示されている。このような場合、当業者が、対象発明を公知文献から容易に想到し得たか否かは、当該公知文献の記載事項が当業者に対して対象発明を示唆し得るか否かによって判断されるべきであって、記載事項が客観的な科学上の事実として成立するか否かについて厳格に検討することまで要求されるものではない。そして、本件第1発明については、公知文献と本件発明との対比に基づいて、進歩性が存在しない旨の判断が可能であるから、乙第7号証のような公知文献の記載事項に明らかに矛盾している不合理な実験報告書が提出されたとしても、斟酌の対象外というべきである。

更に、原告側において、乙第7号証実験に対応する実験を行ったところ、吸液芯中には有効成分たるd1、d-T80-アレスリン由来の高分子化合物が生成されており、しかも、BHTを添加した試料では、これを添加していない試料に比べて、いずれの経過時間においても前記高分子化合物による検出残留物の量が少なく、400時間経過の時点では、その相対比率は23~26%に至っていた。乙第7号証実験は、この高分子化合物を確認できない手法を選択したにすぎない。

<5> したがって、BHA又はBHTの添加によって、殺虫剤の「熱分解、重合物」の生成を抑制し、ひいては目詰まり防止という本件第1発明の作用効果を発揮させることは、当業者において客観的に予測し得る範囲内にあることは明らかである。

(3)  本件第2発明に関する審決の取消事由

審決は、本件第1発明が新規性及び進歩性を有することを論拠として、本件第2発明もまた、新規性及び進歩性を有する旨の認定判断をした。しかし、前記(1)、(2)のとおり、本件第1発明は新規性又は進歩性を有していないから、審決の上記認定判断は、その前提において誤っている。

第3  請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。審決の認定判断に誤りはない。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

甲第10号証刊行物の実施例5の「溶液を電気発熱体に導き」という記載が、甲第10号証刊行物の2頁の「蒸発面に連続的に供給する」との記載と関連しているとは思われない。

また、甲第10号証刊行物には、吸液芯又はそれを窺わせる記載は存在しないし、甲第10号証刊行物記載の発明の特許出願より前から、甲第13号証刊行物記載の発明のように吸液芯方式と異なる方式で殺虫剤溶液を電気発熱体の蒸発面に連続的に供給する技術は、当業者によく知られていた。したがって、仮に、甲第10号証刊行物の上記2つの記載が関連し、甲第10号証刊行物の実施例5の前記記載が、殺虫剤溶液を電気発熱体の蒸発面に連続的に供給する方式を意味しているとしても、殺虫剤溶液を電気発熱体の蒸発面に連続的に供給する方式が直ちに吸液芯方式であることにはならない。

また、甲第3号証刊行物にも、その第1図から明らかなとおり、薬液を電気発熱体に導き加熱蒸散させる方式が記載されている。そして、その特許出願が甲第10号証刊行物記載の発明の特許出願より後であるとしても、甲第13号証記載の発明のように吸液芯方式と異なる方式で殺虫剤溶液を電気発熱体に導く技術がよく知られていた以上、その改良のために当業者が薬液を「電気発熱体に導き加熱蒸散させる」ために甲第3号証記載の発明に似た方式を採用することも可能であり、このような方式も、甲第10号証刊行物の実施例5記載の発明の方式に当たり得る。

また、原告は、甲第14号証刊行物に記載されている登録実用新案に係る考案は、昭和34年ないし昭和42年に実用新案登録出願されたものであり、積極的にBHAないしBHTを添加していなかった時期のものであると主張する。しかし、同刊行物には、吸液芯方式の欠点を改良する方式として、薬剤処方や吸液芯の改良及び酸化防止剤の配合が記載されているが、前者は昭和53年出願で昭和55年公開、後者は昭和63年公開の発明であるから、甲第10号証刊行物記載の発明が特許出願された昭和49年には、そのような改良もされておらず、吸液芯方式は、昭和42年以前と同様、目詰まり等により長期の持続性に欠陥があるため、市場に受け入れられていなかったものである。

したがって、このような欠陥のある吸液芯方式を甲第10号証刊行物が実施例5でわざわざ使用していると考えるのは不合理であり、むしろ、目詰まりのない甲第13号証のような装置を使用していると解するのが妥当である。

(2)  取消事由2について

ア 甲第5ないし第9号証刊行物には、BHT又はBHAが、殺虫成分等の有機化合物が長期間の保存中に空気、熱、日光等により酸化されて変質(重合)・分解するのを防止する機能を有する旨が記載されているだけである。すなわち、甲第5ないし第9号証刊行物にいう熱とは、通常の保存や貯蔵中での室温又は常温下での熱を意味しているにすぎない。しかし、吸液芯方式は、吸液芯表面が60~135℃もの高温状態となるものであり、このように薬液が吸液芯内部で強制的な加熱による高温にさらされ、溶液の揮散による濃縮という過程を経て進行する目詰まりの発生は、通常の保存や貯蔵中での室温又は常温下での熱による変質(重合)・分解とは異なるものである。特開昭53-121927号公報(以下「乙第1号証刊行物」という。)には、「BHTはアレスリン系殺虫剤を原体または、電気蚊取器用マットとして保持する場合には効果があるが、電熱器で加熱した場合には意外なことにほとんど安定化効果を発揮しないことを見出した。」(2頁右下欄6行ないし10行)と記載されているが、このことは、BHTによる目詰まり防止効果が通常の保存安定化効果とは異なる機構で達成されていることを強く示唆するものである。したがって、甲第5ないし第9号証刊行物の記載事項を考慮しても、甲第10号証刊行物の実施例5記載の発明から、本件第1発明を想到することが容易ということはできない。

イ 原告は、

α 熱分解を行った後、重合反応を行った物、

β 熱分解反応を行った物及び重合反応を行った物、が吸液芯中に貯留し、これが目詰まりの原因となると主張する。

<1> しかし、原告の上記主張は推論にすぎず、吸液心の目詰まりの原因が何であるかは、現在でも確認されていない。

本件明細書に「吸上式加熱蒸散型殺虫装置は、実際にこれを用いた場合、いずれも吸液芯の加熱によって殺虫剤液を構成する溶剤が速やかに揮散し、該芯内部で殺虫剤液が次第に濃縮され、樹脂化したり、芯材が燻焼したりして、目づまりを起し引続く殺虫液の吸い上げ及び蒸散を不能とし、長期に亘る持続効果は発揮できず、」(本件発明に係る補正の掲載である特公平02-025885号公報(以下「本件公報」という。)1頁右下欄7行ないし12行)と記載されているように、薬剤の濃縮、殺虫剤の樹脂化、吸液芯の芯材の燻焼等の種々の原因、その複合によると推測されている。特に、樹脂化した物質が殺虫液(薬剤と溶剤)の重合物か否かは不明である。

すなわち、原告が主張するような「薬剤→分解→重合」の反応が生じるとの報告や知見はないし、「薬剤→重合」又は「薬剤→分解」の反応が吸液芯方式の電気蚊取り器の吸液芯内で発現しているか否かは確認されているわけではない。

<2> 原告が引用する甲第3号証刊行物の記載は、同刊行物記載の発明の出願当時、推測される目詰まり現象の原因であるかもしれないことを記載したものであり、科学的に実証された原因が記載されているものではない。

<3> 乙第7号証実験は、本件発明の実施品(被告市販品)である薬剤(有効成分)をピナミンフォルテ、溶剤を脂肪族炭化水素とし、BHTを0.3%添加した殺虫液(試料1)と、比較例としてBHTを添加しない殺虫液(試料2)とを、本件公報5頁左欄下から4行ないし末行記載の方法に従って、加熱開始より10時間後、100時間後、200時間後、300時間後及び400時間後の1時間当たりの殺虫剤揮散量mg/hrを求めたものである。上記実験によれば、BHTが0.3%添加された試料1は、薬剤の揮散量が400時間経過後でも平均して当初の揮散量を維持しているのに対して、添加していない試料2では、400時間経過後は平均して当初の41%にまで揮散量が低下した。すなわち、BHTの添加により本件発明の作用効果を奏していることが確認された。

400時間蒸散後の試料1と2の各吸液芯の上端部表面の状態を実体顕微鏡で見ると、いずれも黒ずみ、部分的には黒い斑点がある。この試料1と2の吸液芯に含まれている物質(残留物質)を、通常抽出に用いられる物質であるアセトンで抽出し、これをガスクロマトグラフにかけたところ、両者で有意な差異はなかった。仮に原告の主張するような薬剤(有効成分)の加熱重合物により有効成分の揮散量が低下、すなわち、吸液芯の目詰まりが発生するならば、試料2の抽出物のガスクロマトグラフでは試料1の抽出物にはない加熱重合物のピークが現れなければならないが、このようなピークは出なかった。したがって、乙第7号証実験により、吸液芯の目詰、まり、すなわち、有効成分の揮散量の低下をもたらす要因は、有効成分の加熱重合物ではないことが確認されているのである。この結果は、乙第8号証で報告されている財団法人化学品検査協会化学品安全センター久留米研究所の実験においても同様である。

(3)  本件第2発明に関する審決の取消事由について

本件第1発明が新規性及び進歩性を有するという審決の認定は正当なものであるから、本件第2発明も新規性及び進歩性を有する。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

第2  本件発明の概要

甲第2号証(本件公報)によれば、本件明細書に記載された本件発明の概要は、以下のとおりと認められる。

1  吸上式加熱蒸散型殺虫装置は、実際にこれを用いた場合、いずれも吸液芯の加熱によって殺虫剤液を構成する溶剤が速やかに揮散し、該芯内部で殺虫剤液が次第に濃縮され、樹脂化したり、芯材が燻焼したりして、目詰まりを起こし、引続く殺虫液の吸上げ及び蒸散を不能とし、長期にわたる持続効果は発揮できず、しかも、殺虫効果の経時的低下を避け得ず、更に、有効揮散率が低く残存率が高いものであった。(1頁右下欄7行ないし14行)

本件発明は、上記装置に利用して、吸液芯の目詰まり等を回避し、長期にわたる持続的殺虫効果を奏し得、しかも、殺虫剤総揮散量及び有効揮散率の向上を計り得る改良された殺虫液組成物を提供することを目的とする。また、本件発明は、上記殺虫液組成物を利用した改良された加熱蒸散殺虫方法を提供することを目的とする。(1頁右下欄20行ないし26行)

2  本件発明は、特許請求の範囲請求項1、2記載の構成を採用するものである。(1頁左下欄2行ないし17行)

3  本件発明の吸液芯用殺虫液組成物の利用によれば、吸液芯の目詰まりを確実に回避して、充分な殺虫効果を奏し得る殺虫剤濃度をもって殺虫剤を長期間持続して揮散させ得る加熱蒸散殺虫方法が提供される。(4頁左欄12行ないし15行)

第3  審決の取消事由について判断する。

1  本件第1発明と甲第10号証刊行物の実施例5記載の発明とが「殺虫剤の有機溶剤溶液中に、3、5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシトルエン及び3-t-ブチル-4-ヒドロキシアニソールから選ばれた少なくとも1種の化合物を約0.2重量%以上配合した殺虫液」である点で一致し若しくは重複することは、当事者間に争いがない。

また、甲第4、第12、第16、第17、第21、第22号証によれば、甲第4、第12、第16、第17、第21、第22号証刊行物には、吸液芯用の殺虫液を吸液芯に吸上げさせて殺虫する方式の吸上式加熱蒸散型殺虫装置が記載されていることが認められる。

2  一方、甲第15号証によれば、甲第15号証刊行物には、「本発明は一般式・・・で表わされる第一菊酸エステルに酸化防止剤または紫外線防止剤の一種以上を配合してなる著しく安定化された殺虫組成物に関する。」(1欄18行ないし29行)、「本発明の殺虫組成物は光、熱等によって変質することが極めて少いために長期保存に耐え、且つ燻煙剤として使用する場合でも熱によって分解されずに強力に殺虫力を発揮する。」(1欄35行ないし38行)、「本発明の酸化防止剤としては・・・フェノール系では2・6-ジ第3級ブチル-4-メチルフエノール(BHT)」(2欄15行ないし18行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、殺虫剤にBHTを添加した場合には、熱による変質が極めて少なくなり、熱によって分解もされないことが開示されているものと認められる。

ところで、吸液芯用の殺虫液は、調製後、商品として流通ルートを経て消費者の手に渡った後に使用されるため、通常は、調製直後ではなく、ある程度の期間を経過した後に吸液芯を利用した吸上式加熱蒸散型殺虫装置に適用されるものであることは明らかであるから、当業者において、上記装置に適用するまでの間に殺虫液が変質することを防止しようとすることは当然である。

3  そうすると、甲第15号証刊行物をみた場合に、BHTを添加した殺虫液である甲第10号証刊行物の実施例5記載の殺虫組成物を、吸液芯用殺虫組成物として吸液芯利用の吸上式加熱蒸散型殺虫装置に適用して加熱蒸散させることは、同実施例記載の「電気発熱体に導き加熱、蒸散させる」ことが上記装置そのもののことを指すと否とにかかわらず、当業者が当然に行う手段にすぎず、何ら発明力を要するものではない。

4  甲第2号証によれば、本件明細書には、実施例19、23、24について、10時間経過した時点の1時間当たりの揮散量がそれぞれ、3.48、3.42、3.38(mg/Hr)、100時間経過した時点の1時間当たりの揮散量が、それぞれ3.72、3.53、3.62(mg/Hr)である旨記載されていることが認められる。

ところが、甲第29号証の1によれば、甲第29号証実験において、本件明細書の実施例19、23、24と同様の吸液芯用殺虫液組成物を作成し、吸液芯を利用した吸上式加熱蒸散型殺虫装置に適用して、吸液芯の周囲にある金属リングを略135℃となるように設定して、吸液芯を加熱したところ、9ないし10時間経過した時点における1時間当たりの揮散量は、実施例19、23、24と同様のものについてそれぞれ、0.3544、0.1284、0.3326(mg/Hr)であり、99ないし100時間経過した時点における1時間当たりの揮散量はそれぞれ、0.6574、0.1717、0.4228(mg/Hr)であったことが認められる。そうすると、本件第1発明は、吸液芯の目づまりを確実に回避して、充分な殺虫効果を奏し得る殺虫剤濃度をもって殺虫剤を長期間持続して揮散させ得るもののみならず、そのような作用効果を奏さない場合も包含しているものと認められる。

5  そうすると、本件第1発明の構成を得ることは、当業者が当然に行う手段にすぎない以上、上記作用効果を奏さない場合については、甲第4、第12、第16、第17、第21、第22号証刊行物、甲第15号証刊行物、甲第10号証刊行物の実施例5各記載の発明から容易に想到し得たものであることは明らかである。そして、本件第1発明は、上記各刊行物記載の発明から容易に想到し得たものを含む以上、全体として上記各刊行物記載の発明から容易に発明をすることができたものであって、進歩性のない発明といわざるを得ない。

6  被告は、吸液心の目詰まりの原因が何であるかは現在でも確認されていないと主張する。しかし、BHTを添加した殺虫液である甲第10号証刊行物の実施例5記載の殺虫組成物を、吸液芯用殺虫組成物として吸液芯を利用した吸上式加熱蒸散型殺虫装置に適用して加熱蒸散させることは、当業者が当然に行う手段にすぎないものであることは前記3の認定のとおりであり、このことは、吸液芯の目詰まりの原因が確認されているか否かには関わりがない。したがって、被告の主張は採用することができない。

7  以上のとおりであって、審決は、本件第1発明は、甲第4、第12、第16、第17、第21、第22号証刊行物、甲第15号証刊行物、甲第10号証刊行物の実施例5各記載の発明から容易に発明をすることができたものとすることができないとした点において、その認定判断を誤ったものといわざるを得ない。そうすると、本件第1発明の「吸液芯用殺虫剤」が、当業者が容易に発明をすることができたものではないことを前提として、本件第2発明について、当業者が容易に発明をすることができたものとすることができないとした審決の認定判断もまた、誤りであることは明らかである。そして、審決の上記各誤りは、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件第1、第2発明の特許をいずれも無効とすることはできないとした審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は、その余の点について判断するまでもなく、違法として取消を免れない。

第4  よって、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成10年10月1日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

対比表

本件における書証 審判における書証

甲第2号証 特公平2-25885号公報(訂正公報) なし

甲第3号証 特開昭56-36958号公報 乙第2号証

甲第4号証 実公昭43-25081号公報 甲第11号証

甲第5号証 特公昭42-13470号公報 なし

甲第6号証 1956年4月発行の「AGURICULTURAL AND FOOD CHEMISTRY」の第4巻第4号 なし

甲第7号証 1967年1月発行雑誌「P&E.O.R」の「Stabilizing Myrcene」(ミルセンの安定化)に関する論文 なし

甲第8号証 特公昭51-5365号公報 なし

甲第9号証 特開昭50-13316号公報 なし

甲第10号証 特開昭50-160426号公報 甲第2号証

甲第11号証 「化学大辞典6」第366~367頁(昭和38年12月15日 共立出版株式会社発行) 甲第10号証

甲第12号証 特公昭52-12106号公報 甲第9証

甲第13号証 オーストリア特許第141320号明細書 乙第1号証

甲第14号証 特開平3-7207号公報 乙第6号証

甲第15号証 特公昭46-21239号公報 甲第4号証

甲第16号証 特開昭55-57502号公報 甲第7号証

甲第17号証 特開昭55-58047号公報 甲第8証

甲第18号証 「殺虫剤指針解説」第256~279頁 昭和53年8月25日 日本薬業新聞社発行 甲3号証

甲第19号証 特公昭54-44726号公報 甲第5号証

甲第20号証 特開昭54-23122号公報 甲第6号証

甲第21号証 実公昭45-14913号公報 甲第12証

甲第22号証 実公昭45-29244号公報 甲第13号証

甲第23号証 実公昭44-8361号公報 甲第14号証

甲第24号証の1:「家庭日用品新聞」 昭和40年3月21日発行 甲第24号証の2:「薬事日報」昭和41年3月22日発行 甲第24号証の3:「石鹸日用品新聞」昭和43年3月20日発行 甲第24号証の4:「キンチョウエイト デラックス」の使用説明書 甲第15号証の1~4

甲第25号証の1:「中外会ニューズ」昭和41年7月8日中外製薬株式会社中外会本部事務局発行 甲第25号証の2:中外製薬株式会社の「バルサン電気蚊とり器」の広告写真の原版の複製写真 甲第16号証の1~2

甲第26号証 特公昭52-1970号公報 甲第17号証

甲第27号証 特公昭51-9371号公報 甲第18号証

甲第28号証 特開昭53-86023号公報 甲第19号証

表1

甲号証の番号 記載内容

甲第15号証 実施例1の実験結果において、60℃で保存した殺虫剤(a)、同(b)、同(c)について、殺虫剤の酸化を防止する安定剤を添加していない場合と、BHTを1%添加している場合について、殺虫剤が変質せずに残存している割合(%)が相違することを明瞭に示している(3頁~5頁の各表における1段の「無添加」の数値と、2段の「BHT」の数値を比較対照されたい。)。

甲第19号証 「殺虫有効成分は熱により分解するため、上記表示剤調節剤に加えて更に3・5-ジタ-シャリ-ブチル-4-ハイドロキシトルエン、活性剤等の分解抑制剤を配合し、殺虫有効成分の分解による効力の減少を防いでいる現状にあった。」(公報第2欄24行~29行) と記載し、BHTが電気蚊取り用マットにおける殺虫剤の熱分解に対する防止剤として機能し得ることを明示すると共に、実施例1、2、3(公報第10欄41行~第12欄10行)において、加熱を行うことを前提とする電気蚊取り用マットにおいて使用する各殺虫剤に対し、BHTを添加し、前記機能を発揮させることを明らかにしている。

甲第20号証 「本発明は電気蚊取用マットに関するもので、アレスリン及び第1菊酸の5-プロパルギル-2-フリルメチルエステル(以後フラメトリンと称する)の一方又は双方を有効成分とし、それにピレスロイド安定剤としてジブチルハイドロキシトルエン(BHT)、ブチルハイドロキシアニソール(BHA)、ジブチルハイドロキノン(DBH)等の酸化防止剤と1・4-ジイソプロピルアミノアントラキノンを繊維質や多孔性合成樹脂又は鉱物質の媒体などの含浸担体に含侵させたものである。」(1頁左下欄下から8行~右下欄上から3行) と記載して、高温加熱を行う電気蚊取り器用マットにおいて使用する殺虫剤に対する安定剤即ち、殺虫剤の酸化分解に対する防止剤として、BHT及びBHAが有用であることを明らかにすると共に、実験例2(2頁右下欄8行~3頁右上欄末行)では、BHT又はBHAを添加した場合とそうでない場合との有効成分の残存量等を対比したうえで、BHT又はBHA等の安定剤を添加した場合について、 「安定剤を添加することによって保存中の有効成分の安定性を高めるのはピレスロイドは従来他の殺虫剤に比較すると安定性が劣り、このことがピレスロイドの優秀性を示すものでもあるが、保存中は安定である事が望ましく、酸化防止剤等の安定剤を添加することによってこの欠点は充分補いうるものである。」(3頁右上欄下から8行~1行) と論じている。

甲第26号証 第1表に示すようなビナミンフォルテ40mgに対し、BHTを添加していない場合(試料No.1)とBHT20mgを添加した場合(試料No.2)とでは、第2表に示すように、揮散率(%)の時間経過に伴う変化において相違し、第3表に示すように、分解率(%)の時間経過に伴う変化において相違していることを示している。 「BHTの効能については、殺虫成分の揮散の調節よりむしろ、加熱による熱分解を抑制していることが明らかである。」(第9欄8行~10行) と記載しており、加熱(165~167℃《第5欄32行~33行》)の段階においても、BHTの熱化物の重合反応を抑制することを明示している。

甲第27号証 実施例1において殺虫剤であるフラメスリン70mgに対し、BHTを40mg配合した場合とそうでない場合において、130℃にて5時間加熱した場合の揮散率の変化に関するデータにつき、 「BHTは揮散抑制よりもむしろ加熱によるフラメスリンの酸化的熱分解の防止に働いているものと思われる」(公報第5欄28行~30行)

甲第28号証 第1表に示すような、アレスリン90mgに対し、BHTを添加していない場合(試料No.1)とBHT20mgを添加した場合(試料No.2)とでは、表面温度164~168℃の発熱体上に載置することによる加熱を行った場合、第2表において、揮散率(%)の時間経過に伴う変化において相違し、第3表において、分解率(%)の期間軽過に伴う変化において相違していることを示している。

表2

番号 甲号証の番号 殺虫剤等の縮合、重合等の反応が生ずることを示す記載部分及びその趣旨 BHT又はBHAによって殺虫剤等の重合、縮合等の反応を防止する作用の記載部分及びその趣旨 備考

1 甲第5号証(特公昭42-13470号公報) 「この2-(1-シクロヘキセニル)シクロヘキサノンは常温、暗所においても長期間放置すると、縮合、重合などの反応が起り、特に温度の上昇および紫外線(日光)によって著しく促進され、高沸点成分を生成する。」(公報第1頁左欄下から9行~5行) と記載し、殺虫剤であるシクロヘキサノンが、保存中に重合・縮合反応することを明らかにしている。 「つぎの一般式で示されるフェノール誘導体が2-(1-シクロヘキセニル)シクロヘキサノンの安定化に極めて有効で、縮合、重合などによる品質の低下を長期間防止することができることを発見した。(ただし、R1はメチル基、tert-ブチル基、あるいは水素、R2はメチル基、あるいは水素、R3はメチル基、tert-ブチル基、ジメチルアミノメチル基、あるいは水素を示す。)」(公報第1頁右欄上から3行~11行) と記載すると共に、前記フェノール誘導体の例として、「2、6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール」(公報第1頁右欄15行) と記載して、前記一般式の誘導体としてBHTを明示し、これによってBHTがシクロヘキサノンの重合・縮合の防止に有用であることを明らかにしている。 2-(1-シクロヘキセニル)シクロヘキサノンは、殺虫剤の一種である。

2 甲第6号証(1956年4月発行の「AGRICULTURAL AND FOOD CHEMISTRY」の第4巻第4号 ピレスリン及びアレスリン等の殺虫剤について、 "Tattersfield and Martin(22) stated that the loss of activity involves reaction with oxygen other than oxidation and West (26) suggested that the change was due to polymerization involving the pentadienyl side chain."(341頁左欄8行~13行) (翻訳) 「タターフィールド氏及びマーティン氏(22)は、活性の低下は、酸化以外の酸素との反応を伴っていると指摘しており、他方、ウェスト氏(26)は、このような変化が、ペンタジエニル側鎖を含む重合に起因するものではないかとの示唆を行なっている。」 と記載し、ピレスリン及びアレスリン等の殺虫剤が酸素との反応に伴う重合によって、活性が低下する可能性について明記している。 "Hydroquinone, butylated hydroxyanisole,tert-butylhydroquinone, and 4-methoxy-2-propenylphenolin 0.4% concentration gave stability to pyrethrum for this period"(342頁中央欄9行~14行) (翻訳) 「ハイドロキノンブチルヒドロキシアニソール(BHA)、第3ブチルハイドロキノン及び4-メトキシ-2-プロペニフェノールが、0.4%の濃度の場合、前記期間の間、ピレスリンに対して、安定性を示した。」 と記載し、BHAが酸化反応を伴う重合反応を防止し得ることを明らかにしている。

3 甲第7号証(1967年1月発行雑誌「P&E、O、R.」の「Stabilizing Myrcene」(ミルセンの安定化)に関する論文 "Myrcene polymerizes fairly easily, forming dimyrcene and polymyrcene (C10H16)n. Polymerization results in increased viscosity, and refractive index, decrease in solubility in isopropyl alcohol,etc."(25頁左欄下から12行~9行) (翻訳) 「ミルセンは、かなり素早く重合して、ジミルセン及びポリミルセン(C10H16)nを形成する。重合は粘度及び屈折率の増加並びにイソプロピルアルコール等における溶解性の低下をもたらす。」 と記載し、ミルセンが重合反応を行う傾向があることを明らかにしている。 "If myrcene is stored in contact with the air, polymerization occures very rapidly, causing higher viscosity, a higher refractive index and a decrease in solubility in isopropanol. Moreover,heavy peroxide formation occurs. This oxidative polymerization can be significantly reduced with the aid of antioxidants.The most suitable antioxidant for myrcene was found to be a mixture of approximately equal quantities of BHT an BHA.’(26頁右欄下から14行~6行 (翻訳) 「ミルセンを空気と接触して貯蔵した場合には、重合が極めて速やかに行われ、高粘性、0高屈折率を示すと共に、イソプロパノールにおける溶解度が減少するに至る。しかも、重質の過酸化物形成が起こる。」 このような酸化重合は、酸化防止剤の作用によってこ有効に減少させることができる。ミルセンに対する最も適当な酸化防止剤は、BHTとBHAの約等量の混合物であることが見出された。 と記載し、BHTとBHAがミルセンの酸化重合を防止する作用を有していることを証明している。ミルセンとは、C10H16の化学式を有する炭化水素であって、快香のある液体状の化合物のことである。

4 甲第8号証(特公昭51-5365号公報) 「メタリルクロライドは貯蔵中に徐々に二量化および重合しその製品純度が落ちるとともに黄色に変色してゆくことが問題となっている。」(公報第1欄27行~第2欄1行) と記載し、メタリルクロライドが、重合反応を生じ、黄色に変色していくことを示している。 「4-メチルー2・6-ジターシャリブチルフェノールがメタリルクロライドの二量化および重合防止、また着色防止の点できわだって優れていることを見出したのである。」(公報第2欄5行~8行) との記載部分及び実施例に関する表1、2によって、BHTが前記メタリルクロライドの重合防止の作用を有することを明らかにしている。 メタリルクロライド(塩化2-メチルアリル)とは、CH2=C(CH3)CH2Clの化学式による、塩化有機物のことである。

5 甲第9号証(特開昭50-13316号公報) 「アクリル酸の重合には2種の機構が存在する。第1の機構はオレフィン二重結合に対するカルボキシル基の付加である。その際にはポリエステル、例えばアクリル酸の二量体であるβ-アクリロキシプロピオン酸を与える。このポリエステルの生成は一定温度においては一定であり、一般に使用される禁止剤によって抑制することはできない。 第2の機構はビニル型の重合であり、本発明もこの反応を対象としている。この反応は一般にはスムーズに徐々進行するもではないため重要問題である。すなわち外見上はほとんど変化の無い長い期間(誘導期)の後急激に不溶性のポリマーが生成する。後期のプロセスにおいて試料は全て固体またはゲルとなってしまう。」(公報第89頁右下欄4行~末行) と記載し、アクリル酸においては、2種類の機構によって、重合が生ずることを明らかにしている。 「アクリル酸の重量に対して約0・001%以上の分岐低級アルキル置換フェノール、特に分岐低級アルキル置換低級アルキルまたは低級アルコキシフェノールを添加することによって達成される。好ましい安定剤はモノーおよびジ―分岐ブチルーメチルーまたはメトキシフェノール、例えばブチル化ヒドロキシトルエン(2.6-ジ-t-ブチルーp-クレゾール)、ブチル化ヒドロキシアニソール(2-および3-t-ブチルヒドロキノンモノメチルエーテル)およびその他である。」(公報第90頁右上欄上から5行~下から3行) と記載し、BHA及びBHTがアクリル酸の重合防止に有効であることを明らかにしている。

6 甲第33号証(昭和49年2月発行の「防虫科学第39巻-Ⅰ」) 7頁のFig.4に関する説明部分には、 "IR of AcOEt-insoluble solid (Ⅶ) was very similar to that of PDC, and the elementary analysis data of the former compared well with those of the latter. Thus,the pyrolysis procedds mainly through allenyl radical path. It seems presumable that major portion of the (Ⅶ) may be produced by polymerization of the allenyl radicals."(7頁右欄下から17行~10行) (翻訳) 「エチルアセテートに不溶性の固体である(Ⅶ)の赤外分析はPDC(5-プロパジエニルフリルメチルクリサンテマート)のそれと類似しており、しかも前者の元素分析データは、後者の元素分析データと良好な対応関係にあった。 かくして、熱分解は主にアレニルラジカル経路を経て進行する。(Ⅶ)の大部分は、アレニル基の重合反応によって生成されるものと推定される。」 と記載しているが、Fig.4と、前記記載部分からも明らかなように、(Ⅶ)では、フラン環 と結合している炭化水素基(プロパギル基)CH2-C≡CHから水素原子を失い、ラジカルの炭素原子(電子を余分に有しており、化学結合を行ない易い状態にある炭素原子)を生成し、このようなラジカルの炭素原子の位置が変化することによりアレニル基を有する下記の化学構造式(Ⅷ)に変化した後に、"polymerization(Ⅷ)"(「重合(Ⅷ)」)が生ずることを示している。

7 甲第34号証(1972年発行の「Agr.Biol.Chem.」第36巻1号) "And since the residues contained about 9~23% of allethrin at most here, 24~25% of initial amount polymerized to resinous material."(60頁左欄14行~17行) (翻訳) 「残渣が、精々約9~23%のアレスリンを含有していたことから、当初の量の24~45%が、重合して、樹脂状物質と化したことになる。」 と記載し、殺虫剤の有効成分(アレスリン)の重合反応が、樹脂状化と表裏の関係にあることを示している。

8 甲第35号証(昭和45年8月発行の「防虫科学第35巻一皿」 キクスリン(正式名:プロパルスリン)を700~800℃にて処理した場合のクロマトグラフィーの結果から、「kikuthrinの揮発性熱分解物はほとんどなく、揮発性成分はproparthrin自身であり、kikuthrinの熱分解物は、重合物となり、高沸点体へ転換すると考えられる。」と論じている。 即ち、甲第35号証によれば、キクスリンの場合には、一度熱分解物が発生し、これが重合反応によって重合物と化すことが示されている。 キクスリン(プロパルスリン)の10.0mgのサンプルに対し、BHTを添加していない場合(99頁の第7表)とBHTを1・0%添加している場合(99頁の第8表)とを対比し、41・5℃及び60℃の各場合について、前者の方がキクスリンの分解の度合いが著しく、残存量が少ないことを定量的に示している。

9 甲第37号証(1971年発行の「Pyrethrum Post」) "BHT-free refined extract containing approximately 22 per cent total "pyrethrins" by AOAC was prepared in the laboratory by a solvent partiton process which simulate commercial manufacture. Various levels of BHT were added and extracs stored in half-filled sealed glass ampules in the dark at 50℃, and at room temperature. Samples stored at 50℃ were removed after 8, 12 and 24 weeks storage and cooled to room temperature, when, in most samples a viscous layer separate at the base of the ampule. The amount of this material was estimated by height measurement and the whole weighed sample totally dissolved in chloroform. Suitable aliquots (containing 0.5 g extract) were taken and the solvent removed at 40℃ under reduced pressure. The residue was treated with aromatic-free hexane and the "pyrethrins" estimated by the AOAC 9th edition, including the initial dewaxing step. The "pyrethrins" content and estimates of the amount of insoluble material are recorded in Table Ⅰ. The results clearly containing BHT and indicate the fairly high levels are desirable.… Decomposition of 'pyrethrins' was accompained by the settling out of a darker viscous layer.…" (24頁左欄下から2行~25頁左欄上から2行) (翻訳) 「AOACによる全“ピレトリン類”含量が約22%でBHTを含まない精製エキスを、実験室内で、工業用の製造方法を模擬した溶剤分配法により調製した。諸々のレベルのBHTを添加し、そのエキスを半分充填した状態で密封ガラス容器に入れて、50℃暗所及び室温に保存した。50℃に保存したサンプルを8、12及び24週間後に取り出し、室温に放冷した時、殆どのサンプルにおいて、ガラス容器の底に粘性を有する層が分離した。当該物質の量は高さの測定により評価し、全体重量を測ったサンプルをクロロホルムに溶解した。サンプルの適当な分量(0.5gのエキスを含む)を取り、40℃減圧下で溶剤を除去した。残留物は芳香族を含まないへキサンで処理し、“ビレトリン類”含量は、初期のワックス除去工程を含むAOAC第9版によって測定した。“ピレトリン類”含量及び不溶物量の評価は、表1に記録されているとおりである。 試験結果は、BHTを含むピレトリンエキスの場合に安定性が改善され、BHTの配合量が高いことが好ましいことをはっきり示している。・・・ ピレトリンの分解は、暗色の粘性を有する層の析出を伴った。・・・」 と記載しており、ピレスリンが加熱によって、重合反応を行い樹脂層が形成することを明らかにしている。 24頁の表1において、添加したBHTの濃度が多い程、加熱によって樹脂層として摘出される部分の重量%が少ないことを明示している。

理由

Ⅰ. 手続の経緯、本件特許発明の要旨

本件特許第1861146号発明は、昭和59年1月31日に特許出願され、平成6年8月8日に設定登録されたものであって、その要旨は、明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項及び第2項記載のとおりの

「1.殺虫剤の有機溶剤溶液中に、3、5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシトルエン及び3-t-プチル-4-ヒドロキシアニソールから選ばれた少なくとも1種の化合物を約0.2重量%以上配合したことを特徴とする吸液芯用殺虫剤J(以下、本件第1発明という。)及び

「2.殺虫液中に吸液芯の一部を浸漬して該芯に殺虫液を吸液すると共に、該芯の上部を間接加熱することにより吸液された殺虫液を蒸散させる方法において、上記殺虫液として、脂肪族炭化水素に殺虫剤と共に、3、5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシドルエン及び3-t-ブチル-4-ヒドロキシアニソールから選ばれた少なくとも1種の化合物を約0.2重量%以上配合してなる殺虫液を用いると共に、吸液芯として無機粉体を糊剤で米粘結させた吸液芯を用い、かつ、該吸液芯の上部を約60~135℃に間接加熱することを特徴とする加熱蒸散殺虫方法」

(以下、本件第2発明という。)

にあるものと認める。

Ⅱ.請求人の主張

これに対し、請求人は、甲第1号証ないし甲第19号証を提示し、

(1)本件第1発明は、甲第3号証ないし第19号証の記載に照らし甲第2号証刊行物記載の発明と同一であるから特許法第29条第1項第3号の規定により、あるいは甲第2号証ないし第19号証刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定より、特許を受けることができないものであって、本件第1発明の特許を特許法第123条第1項第1号の規定により無効とすべきであること、及び

(2)本件第2発明は、甲第2号証、甲第7号証及び甲第8号証刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであって、本件第2発明の特許を特許法第123条第1項第1号の短定により無効とすべきである旨主張する。

Ⅲ.各甲号証の記載事項

1.甲第2号証(特開昭50-160426号公報)には、第1菊酸の5-プロパギルー2-フリルメチルアルコールのエステル(フラメトリシ)を有効成分とする薫蒸・蒸散用の殺虫剤について開示され(特許請求の範囲)、該エステルを加熱蒸散用殺虫剤として使用する場合は、有効成分を白灯油に溶解し、この溶液を電気発熱体の蒸発面に供給することが記載され(第2頁左下欄20行~右下欄4行)、そしてその具体的実施の例として「本発明の化合物3g、オクタクロロジプロピルエーテル69、ジブチルヒドロキシトルエン39を白灯油に溶解して100mlとした溶液を電気発熱体に導き加熱、蒸散させる。」(実施例5)と記載されている

2.甲第3号証(「殺虫剤指針解説」第256頁~265頁、及び第274頁~279頁(昭和53年8月25日、日本薬業新聞社発行)には、フラメトリン等のピレスロイド系殺虫剤に、ジブチルヒドロキシトルエン(BHT)を安定剤として2%以下で配合することが記載されている。

3.甲第4号証(特公昭46-21239号公報)には、殺虫剤組成物として、第1菊酸エステルに酸化防止剤を配合して安定化すること、該安定化剤として2、6-ジ第3級ブチル-4-メチルフェノール(BHT)が例示されること及び該組成物は薫煙剤として使用する場合、熱により分解されずに強力な殺1虫効果を発揮することが記載されている。

4.甲第5号証(特公昭54-44726号公報)には、3、5-ジターシャリーブチルー4-ハイドロキシトルエンを配合して殺虫剤有効成分の熱分解による効力の減少を防ぐことが記載されている。

5.甲第6号証(特開昭54-2312号公報)には、ピレスロイドの安定化剤として、ジブチルハイドロキシトルエン(BHT)、ブチルハイドロキシアニソール(BHA)等の酸化防止剤が配合されることが記載されている。

6.甲第7号証(特開昭55-57502号公報)には、沸点範囲180~300℃の脂肪族炭化水素にd1-3-アリルー2-メチルシクロペンター2-エンー4-オンー1-イルdl-シス/トランスークリサンテマート及び(又は)その異性体の1~10重量%を含有してなる殺虫液中に、吸液速度が30分以上40時聞未満の多孔質吸液芯の一部を浸漬して該芯の上部側面を130~140℃の温度に間接加熱して吸液された殺虫剤を蒸散させる加熱蒸散殺虫方法について記載されており、また、多孔質吸液芯として磁器多孔質、グラスファイバー、石綿等の無機繊維を石膏やベントナイト等の結合材で固めたものが使用されることが記載されている。

7.甲第8号証(特開昭55-58047号公報)には、殺虫液中に、吸液速度が30分以上40時間未満の多孔質吸液芯の一部を浸漬して該芯の上部側面を130~140℃の温度に間接加熱して吸液された殺虫剤を蒸散させる加熱蒸散殺虫方法について記載されており、該芯としては活性白土、げい藻土、タルク、パーライト等の鉱物質粉末及び木粉を糊剤で固めたものが使用されること、殺虫液としては、沸点範囲180~300℃の脂肪族炭化水素にd1-3-アリル-2-メチルシクロペンタ-2-エン-4-オン-1-イルd1-シス/トランスークリサンテマート及び(又は)その異性体の1~10重量%を含有してなるものが使用されること、ならびに該芯の上部の加熱温度は130℃~140℃であることが記載されている。

8.甲第9号証(特公昭52-12106号公報)には、ピレスロイド等の殺虫成分を、適当な溶剤に溶解した溶液を灯心体の毛細管現象を利用して発熱体に供給し、ピレスロイドを揮散させる器具が記載され、そのための薬剤の処方としてBHCにブチルクレゾールを配合した例が記載されている。

9.甲第10号証(〔化学大辞』典6」第366~367頁.昭和38年12月15日 共立出版株式会社発行)には、灯油の比重は、0.8内外であることが記載されている。

10.甲第11号証(実公昭43-25081号公報)には、薬液容器から薬液吸い上げ用の芯を介して吸い上げられた薬液を発熱体に接触させて薬液を揮散させる形式の電気蚊取器及び薬液の熱変質による芯の吸い上げカの低下を芯が使用時のみ発熱体に接触させることが記載されている。

11.甲第12号証(実公昭45-14913号公報)、甲第13号証(実公昭45-29244号公報)及び甲第14号証(実公昭44-8361号公報)には、いわゆる吸液芯式の電気蚊取器の構造が記載されている。

12.甲第15号証の1(「家庭旧用品新聞」昭和40年3月21日発行)、甲第15号証の2(「薬事日報」 昭和41年3月22日発行)、甲第15号証の3(「石鹸日用品新聞」昭和43年3月20日発行)及び甲第15号証の4(「キンチョウエイトデラックス」の使用説明書)

には、大日本除虫菊株式会社の吸液芯式の電気蚊取器について記載されている。

13.甲第16号証の1(「中外会ニュース」昭和41年7月8日)及び甲第16号証の2(中外製薬株式会社の「バルサン電気蚊取とり器」の公告写真の複製写真)には、中外製薬株式会祉が販売した吸液芯式の電気蚊取り器について記載されている。

14.甲第17号証(特公昭52-1970号公報)及び甲第18号証(特公昭51-9371号公報)には、マット式の電気蚊取器におけるピレスロイド系殺虫剤の効力持続方法に関し、BHTの効能については殺虫成分の揮散の調節よりむしろ、加熱による熱分解を抑制している旨記載されている(甲第17号証第9欄8~10行、甲第18号証第5欄28行~30行)。

15.甲第19号証(特開昭53-8620号公報)には、マット式電気蚊取り器用殺虫組成物に、ピレスロイドの分解防止剤として、BHT等を用いることが記載されている(第3頁左上欄最下行~同頁右上欄2行)。

Ⅳ.対比・判断

1.請求人の主弓環(1)について(本件第1発明)(イ)本件第1発明と、上記甲第2号証に記載された発明とを対比すると、後者の「白灯油」は前者の「有機溶剤」に相当し、また、後者の実施例5に記載された殺虫剤組成物はオクタクロロジプロピルエーテルが慣用の共力剤であり、灯油の比重が0.8であるとして計算すると、ジブチルヒドロキシトルエンの含有量は殺虫液の3.26重量%になることから、両者は「殺虫剤の有機溶剤溶液中に、3、5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシトルエン及び3-t-ブチル-4-ヒドロキシアニソールから選ばれた少なくとも1種の化合物を約0.2重量%以上配合した殺虫液」である点で一致しもしくは重複するものであるが、該殺虫液剤組成物の利用形態につき、前者が吸液芯用と規定すうものであるのに対し、後者がその点に触れるところがない点で相違する。

そして、本件第1発明は、前掲発明の要旨において摘記した構成を採ることにより、従来悶題とされていた吸液芯の目詰まりを防止することができ、長時間にわたり薬剤の揮散量が低下しないという明細書記載の予期し得ない効果をするものである。

そうしてみると、本件第1発明は、甲第2号証刊行物に記載された発明と同一であるとすることはできない。

なお、請求人は、甲第7号証ないし第9号証及び甲第11号証ないし甲第14号証刊行物に示されるように吸液芯式の蚊取り器に関する公知文献が多数あり、また甲第15号証及び甲第16号証刊行物の記載からみて、吸液芯式の蚊取り器が実際に市販されたこと、及び甲第9号証刊行物には、薬液の揮散手段としてピレスロイドを適当な溶剤に溶解した溶液を灯芯体の毛管現象を利用して発熱体に供給し、ピレスロイドを揮散させるものがある旨記載されていることからみて、吸液芯式の電気蚊取り器に本件第1発明の出願時において、当業者の問で周知の器具であるから、甲第2号証の実施例5に記載された薬液は、吸液芯用のものであることは自明であって、本件第1発明は甲第2号証刊行物に記載された発明である旨主張する。

しかしながら、甲第2号証において当時蚊取り器具として吸液芯式のものと同様に周知のものであった蚊取り線香及びマット式電気蚊取り器用のマットについては、その5つの実施例のうち実施例1ないし実施例4においては、薬剤の使用形態が具体的に記載されているのに対し、実施例5の溶液については、単に「電気発熱体に導き加熱蒸散させる」とのみ記載されているだけであって、吸液芯式器具などという具体的な使爪形態は示されてレない。

そして、甲第9号証の第1図及び第2図(第8頁)に示された薬剤加熱揮散装置、被請求人提出の乙第1号証(オーストリア特許第131320号明細書(1935年))及び乙第2号証(特開昭56-36958号公報)に記載された薬剤の加熱揮散装置等、吸液芯式以外に薬液を電気発熱体に導き加熱蒸散させる形式の器具が公知であったこと、及び甲第2号証が公閉された昭和50年から約4年経過後においても、吸液芯式の器具が長時間使用すると薬剤の熱分解重合物によって芯に目詰まりが生ずるという本件第1発明のそれと同一の問題点の存在が当業者に認識されていたこと(乙第2号証第1頁右下欄~第2頁左上欄)、さらには本請求人においても、請求人の特許出願の公開公報である甲第2号証の発行後約13年経過した後でさえ、従来技術の認識として「従来の吸液芯式のものは、樹脂状物の相詰まり等により長期の持続性に難点があり、結局蚊取り線香やマット式のものに比べ、その長所が認識されずに市場に受け入れら九ずに終わっていた」としていたことが被請求人提出の乙第6号証(特開平3-7207号公報、第2頁右上欄ないし同頁左下欄)から窮知できること等から、本件第1発明が甲第2号証刊行物に記載された発明であるとする請求人の主張は採用の限りでない。

(ロ)次に本件第1発明について、甲第3号証ないし第19号証刊行物の記載内容を検討してみると、該刊行物には上記の本件第1発明の構成について記載されていない。

すなわち、甲第3号証及び第4号証には、ピレスロイドにBHTを添加することが記載されているが、これは、いわゆる原体に対して安定化剤として添加することが記載されており、吸液芯用の薬液において添加することが記載されているものではない。そして、BHTの添加量は甲第3号証においては2%以下、甲第4号証においては、0・5%または1%であるから、本件第1発明の薬剤として使用する場合には殺虫成分は1ないし10重量%となるよう溶剤で希釈するから薬液に含まれる量は0.2重量%を越えることはなく、本件第1発明における添加量より少ない。

甲第5号証及び第6号証はマット式の蚊取り器におけるマットに関するものであって、吸液芯氏用の液剤にBHTを添加する事についてはなんら記載されていない。

甲第7号証及び甲第8号証には、吸液芯式の薬液が記載されているが、BHTを含む点については記載されていない。

甲第9号証に記載された吸液芯用の薬液では、処方例(3)として殺虫剤のBHC(又はDDT)に「ブチルクレゾール」を0.005重量%添加する例が記載されているが、処方例(4)においては殺虫剤のアレスリンのに対してはかかる物質を添加していない。処方例3における添加量は、本件第1発明における添加量より遥かに少ない。

甲第17号証ないし第19号証は、マット式の蚊取り器具に関するものであって、吸液芯用のものではない。

そして、本件第1発明は、上記(イ)で述べたように、明細書記載の予期し得ない効果を奏するものである。

そうしてみると、本件第1発明が甲第2号証ないし甲第19号証刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

2.請求人の主張(2)について(本件第2発明)本件第2発明は前掲発明の要旨において摘記した構成よりなるものであるが、該構成から明らかなように、本件第2発明は、本件第1発明の「吸液芯用殺虫剤」を殺虫剤とする特定の吸液芯式の器具を用いた加熱蒸散殺虫方法に関するものであり、かつ明細書記載の優れた効果を奏するものである。そして、本件第1発明の「吸液芯用殺虫剤」は、上記1.において既にみたように、新規でありかつ当業者が容易に発明をすることができたものではないから、該「吸液芯用殺虫剤」を必須の構成要件とする本件第2発明もまた、当然新規であり、かつ当業者が容易に発明をすることができたものとすることができないものである。

Ⅴ.以上のとおりであるから、請求人が主張する理由及び提出しだ証拠方法によっては、本件第1発明及び第2発明の特許をいずれも無効とすることはできない。

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