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東京高等裁判所 平成8年(ネ)5752号 判決 1998年12月21日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

1 原判決を取り消す。

2 控訴人と被控訴人らとの間で、原判決別紙賃料目録の部屋番号欄記載の各居室の賃料は、同目録の増額の効力発生日欄記載の日から、月額が同目録の被控訴人ら主張の適正賃料額欄記載の金額であることを確認する。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文第一項と同旨

第二  事案の概要

原判決書一二頁七行目末尾の次に行を改めて次のとおり加えるほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

「(五) 訴訟承継前被控訴人石原和子は平成四年六月五日死亡し、夫である被控訴人石原廉が相続により同人の本件契約上の地位を承継した。」

第三  争点に対する判断

次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決書二五頁三行目から四行目にかけての「パンフレットには、」の次に「本件契約が通常の分譲形式や賃貸形式のマンションと内容を異にするものであることが、疑問に答える形で断定的に記載されており、控訴人代表者(控訴人と日本保証との間で本件建物の一括利用権設定契約が締結された昭和四六年四月当時日本保証の専務取締役の地位にあった。)も原審における供述中で、このパンフレットが契約の勧誘に当たって全面的に使用されたことを認めており、また契約内容はこのパンフレットに記載されたとおりであること、あるいは記載された限り間違いはないことを力説しているが、」を加える。

二  同二六頁一行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「(五) 原審における控訴人代表者尋問の結果中には、通常の賃貸借の場合は預かった保証金の運用益と別に支払われる金銭の合計額が賃料になるが、本件居室の場合は、預かった保証金が建物の取得価格相当額まで高額になった関係上、控訴人としてはその運用益で当分は十分であると判断し月々別に支払われる賃料がいらなくなった関係にある、と述べる部分がある。」

三  同二六頁二行目冒頭から同二八頁四行目末尾までを次のとおり改める。

「2 他人の不動産の利用を目的とする契約が賃貸借に当たるかどうかについては、一方の当事者が継続的に当該不動産を使用収益し他方の当事者が右使用収益についての対価を収受するという関係にあるかどうかが最も重要な基準であり、このような関係にあれば有償性を肯定することができるから、これを賃貸借ということができ、収受される対価は賃料(土地の場合は地代、建物の場合は家賃)になる。この場合、賃料は一か月あるいは一年というような暦の上の単位で定期的に金銭をもって支払われるのが通常であるが、必ずそうでなければならないというものではない。契約の初めに全期間に対応した対価が一括して支払われる場合もあるし、何回かに分けて不定期に支払われる場合もあり、また金銭(現金)でなく土地から収穫される農作物等をもって対価とする場合もあり、更には金銭上の債務を負担する者がその所有の不動産を債権者に使用させ利息をもってその対価たる賃料とする例は、悪用される弊害がなくはないとはいえ、現に存在するし、当該不動産の固定資産税、都市計画税等の公租公課の負担が賃料に当たると認められる場合もある。

本件契約の定めを見ると、利用者は契約時に日本保証に対し各居室の取得原価相当の保証金を預託し、この保証金は契約終了後の一定期間内に無利息で返還されることとされており、利用者のそのほかの負担としては管理費相当の利用料を支払うことのみが定められており、特に賃料の名目で経済的負担をすることについては何も定めがない。そして、本件提起に至るまで、日本保証又はその地位を承継した控訴人から居室利用者に対し居室利用の対価として管理費以外の金銭の支払を求めたことはない(原審における控訴人代表者尋問の結果)。そうすると、本件契約においては右の定めのほかは利用者に対し賃料名目の対価を含め金銭的負担を求めない約束であったと認めるのが相当である。

しかし、本件契約において被控訴人らは他人の不動産を使用収益していながら、その対価を負担していないというのは実体に合わない。毎月一定額の管理費を支払うことになっており、公租公課の増徴、維持管理実費の昇騰、経済事情の変動その他の事由により改訂されることになっているが、これは実際に支払われている金額からみて、その性質上管理費の範囲を超えるものではなく、使用収益の対価の本体に当たるものではないと考えられる。

本件契約の最も特徴的な点は、日本保証が利用者から契約終了に至るまでの間無利息で保証金(取得原価相当額)の預託を受けており、その結果右保証金の運用益を収受することができることになっていることである。このような特段の事情があることから、利用者らは管理費のほかは賃料名目の対価を支払わないで居室を使用収益することができることとされているとみられるのである。このようにみた場合、本件契約の法的性質としては、居室の利用者が使用収益の対価として保証金の運用益相当額と同額の経済的負担をしているとみて、これを賃貸借に当たるということが可能であり、その場合には右運用益相当額が賃料に当たるということになる。そうすると、本件契約については、別段の定めのない限り、借家法七条一項が適用されることになる。

これに対して、右のような特段の事情があるから利用者は管理費のほかは何らの経済的負担を被らずに居室を使用収益することができるのであり、本件契約は使用収益の対価の負担を要しないことを本質的内容とするものであるという見方も可能であろう。その場合には、本件契約は賃貸借契約ではないから、民法の定める典型契約に該当しない特殊の契約ということになる(使用貸借契約とみるべきでないことについては異論がないであろう。)。

この見解に立つと、本件契約は賃料というもののない契約になるから、借家法七条一項を適用する余地はないことになるが、この見解に立った場合でも、少なくとも保証金の運用益相当額は使用収益の対価としての賃料の性質を有することに着眼し、賃貸借に類する契約であるとして、別段の定のない限り借家法七条一項が類推適用されるとする見方もあり得る。

3 ところで、本件契約においては、さきにみたように、契約の趣旨及び各条項に反しない限り借家法の規定を準用するとされている。そこで、右にみた借家法七条一項の適用ないし類推適用があり得るとする見解に立ち、あるいは本件契約の右規定の下で、借家法七条一項の適用を排除すべき別段の定めがあるとみるべきかどうかについて検討することとする。

前記認定によれば、本件契約締結に際して作成された建物利用権設定契約書等の各契約書には、賃料についての記載はなく、また契約更新後における保証金の見直しや賃料の新規負担についての記載もないこと、日本保証が本件契約の勧誘を行う際に用いたパンフレットには、分譲と同じ価格の敷金(保証金)を入れたので家賃がタダになったと考えればよいとか、管理費だけは毎月お支払いいただきますなどと記載されていることが明らかであり、これらの事実からすると、本件契約においては、居室利用の対価としては、預託された保証金の運用益相当額をもってこれに相当するものとし、そのほかには管理費を除き居室利用者に賃料名目での金銭的負担を一切させないことを約したものと解するのが相当である。

この場合、右保証金の運用方法は日本保証(ないしその承継人)の自由に任されたものとみるべきであり、最大限有利に運用した結果客観的な使用収益の対価(賃料相当額)を上回る利益を得た場合でもこれを利用者に返還する必要はない反面、運用に失敗し右を下回ることになった場合、更には形の上では運用益がほとんど出ない場合(保証金の大部分を債務の返済に充てたような場合。この場合でも将来の利息の負担を免れるという経済的利益は得ている。)にも利用者に負担を求めることはできないと解される。

本件契約において保証金の利息相当額が賃料に当たると解し得ることは前記のとおりである。そして、この賃料につき増額請求が可能であるとすると、一か月当たりの相当賃料額とされる金額から当該月の利息相当額を除いた残余の金額について別途その支払を請求することになる。しかし、本件契約においては、居室の利用者に対し居室の使用収益の対価として、管理費は別として、保証金の運用益相当額以外の負担をさせないことが合意内容になっているのであるから、右のような請求はできないことになる。このように考えると、賃料の増額請求ということはあり得ないことになる。すなわち、本件契約においては借家法七条一項の適用を排除すべき別段の定めがあるというべきである。したがって、本件契約に借家法七条一項の適用はなく、また類推適用の余地もないと解すべきである。」

四  同三〇頁末行末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「一方、被控訴人らはほぼ昭和四〇年代後半から昭和五〇年代初めのころにかけて本件各居室の取得原価に相当する高額の金銭を一括して保証金として預託しており、その調達方法は各人によって差異があるとはいえ、融資に頼らないで全額まかなうことができた者(例えば承継前の被控訴人正傳タカヨにつき乙チ第一号証)以外は、多かれ少なかれ金融機関から融資を受ける必要があった(例えば被控訴人石原廉及び承継前の被控訴人石原和子につき乙イ第五号証、被控訴人富士本昌徳につき乙イ第六号証、被控訴人吉川幸子につき乙ニ第一四号証、被控訴人増村時子につき乙ニ第一五号証)と認められるのであり、その元利金の返済については、本件建物の利用に関し管理費以外の金銭の支払は求められないということを前提とし、しかもそれを重要な事情として計画を立てていた(融資に頼らない者についても、その後の生活設計につき同様である。)とみるべきであり、このような被控訴人らの側の事情も、信義則に基礎を置く事情変更の原則の適用の有無に当たって考慮しなければならない。」

五  同三一頁四行目の「ついて」の次に「本件増額請求がされた時点(本件訴状が被控訴人らに送達された平成元年一一月ころ)において」を加える。

以上のとおりであるから、控訴人の請求を棄却した原判決は相当である。

よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 岡久幸治)

裁判官 加藤英継は転補のため署名捺印することができない。

(裁判長裁判官 新村正人)

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