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東京高等裁判所 平成8年(ネ)484号 判決 1997年7月17日

控訴人 国

代理人 新堀敏彦 戸谷博子 近藤秀夫 鈴木一博 ほか六名

被控訴人 ファーク有限会社

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴人

主文と同旨。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

本件は、横浜税関大黒埠頭出張所長(以下「出張所長」という。)がした関税法六七条による輸入許可により、我が国における国内販売の目的で、品名を「TRIGO PARA KIBE」とするひき割り小麦(小麦を破砕し、いって得たもの。以下「本件ひき割り小麦」という。)三トンを輸入した被控訴人が、更に、同じ目的で本件ひき割り小麦八トンを輸入しようとしたところ、本件ひき割り小麦が平成七年一一月一日廃止前の食糧管理法(以下、単に「食糧管理法」という。)一一条一項にいう政府の許可を得なければ輸入することができない「麦」に当たるものであったことから、横浜港に到着した本件ひき割り小麦八トンを被控訴人において滅却するに至ったものにつき、被控訴人が、控訴人に対し、東京税関がした本件ひき割り小麦についての誤った事前教示及び出張所長がした本件ひき割り小麦三トンについての誤った輸入許可によって、本件ひき割り小麦が輸入することができる貨物であると信じた結果、本件ひき割り小麦八トンを輸入しようとしたため、右全量を滅却することを余儀なくされて損害を被った旨主張し、国家賠償法一条一項に基づき、その賠償を求めた事案である。

なお、被控訴人が主張する損害の項目は、次のとおりである。

1  直接損害(次の(一)ないし(七)の合計額)    二九〇万〇一〇六円

(一)  本件ひき割り小麦八トンの輸入代金      二一八万一五二〇円

(二)  海上運賃                   一七万七六〇五円

(三)  保税倉庫保管料                 六万四八〇〇円

(四)  乙仲費用                   一六万八四八六円

(五)  ユーザンス・手数料               五万三一三七円

(六)  本件ひき割り小麦のでんぷん含有量の分析料金     八二四〇円

(七)  滅却処置等の費用               二四万六三一八円

2  販売による得べかりし利益損害           五三五万四四五二円

3  弁護士費用                     八二万五四五五円

4  合計                       九〇八万〇〇一三円

一  争いのない事実等

1 被控訴人は、平成四年四月二日、関税法七条三項の事前教示制度に基づき、東京税関に対し、本件ひき割り小麦について、<1> 関税率表適用上の所属区分、<2> 関税率、<3> 統計品目番号、<4> 輸入に関して許可、承認その他の行政機関の処分又はこれに準ずるもの(以下「許可、承認等」という。)を要する旨定める他の法令(以下「他法令」という。)を照会したが、東京税関輸入部特殊鑑定第二部門統括審査官吉田福司(以下「吉田統括審査官」という。)は、同年五月一日、被控訴人に対し、次のとおり回答した(以下「本件回答」という。)。

関税率表適用上の所属区分 一九〇四・一〇

関税率      (暫定)一九・二パーセント

統計品目番号       〇九〇

他法令          食品衛生法

2 被控訴人は、我が国における国内販売の目的で、同年八月八日ブラジル国から横浜港に着荷した本件ひき割り小麦三トンについて、同月一九日、出張所長あてに関税法六七条に基づく輸入申告をしたが、出張所長は、同月二〇日、その輸入を許可した(以下「本件輸入許可」という。)。

3 さらに、被控訴人は、同様の目的で、ブラジル国から同年一一月七日横浜港に着荷した本件ひき割り小麦八トンについて、同月一七日、出張所長あてに輸入申告をした。

4 被控訴人は、同年一二月八日、本件ひき割り小麦八トンの横浜税関に対する輸入申告を、食糧管理法に抵触することを理由として、撤回した(<証拠略>)。

5 被控訴人は、同月一二日、横浜税関から関税法四五条一項ただし書に基づく滅却の承認を受けた上、同月二二日、本件小麦八トンの全量を滅却した(<証拠略>)。

6 本件ひき割り小麦は、食糧管理法一一条一項にいう政府の許可を得なければ輸入することができない「麦」に当たるが、被控訴人はその輸入につき右許可を受けていない(<証拠略>)。

二  争点

1 本件回答の違法性等

(一) 被控訴人の主張

(1) 税関は、関税法七条三項所定の事前教示制度による納税義務者からの他法令の照会に対して、可能な限りの回答義務が課せられ、疑義があるため回答することができない場合には、主管官庁に問い合わせるよう指導すべき義務がある。

ところが、吉田統括審査官は、被控訴人からの本件ひき割り小麦の輸入についての他法令の照会に対し、ひき割り小麦が食糧管理法上の輸入統制品であることを失念したため、本件回答の「他法令」欄に単に「食品衛生法」と記載したのみで「食糧管理法」の記載をしないという誤った回答をし、かつ、その際、被控訴人に対して食糧庁に問い合せるべき旨の指導も一切行わなかったものであるから、吉田統括審査官には、過失によって右の義務に違反した違法があることは明らかである。

(2) 吉田統括審査官がした本件回答と被控訴人の被った損害との間に相当因果関係が存することは、後記2(一)(2)のとおりである。

(二) 控訴人の主張

当該貨物が他法令の規定により輸入に関して許可、承認等を必要とされる貨物に当たるか否かは、専ら当該他法令の解釈適用に関する問題であって、税関は他官庁の主管する法令に関して責任のある行政解釈を示す立場にはないから、関税法七条三項の事前教示制度に基づいて税関がする回答における「他法令」欄の記載は、あくまでも、所管外の事項に関する一応の参考意見又は単なる情報にすぎない。

しかも、本件ひき割り小麦が、食品衛生法にいう「食品」として、輸入に当たり厚生大臣に対する届出が義務付けられていることが明らかであることから言えば(同法二条一項、一六条)、本件回答の「他法令」欄に食品衛生法と記載したこと自体に誤りはない。また、本件回答の「他法令」欄の記載は、本件ひき割り小麦が食品衛生法以外の他法令に該当しない旨を表示したものでないことは明らかであるから、同欄に食糧管理法の記載がなかったことを誤りとすることもできない。

以上のとおりであるから、吉田統括審査官のした本件回答には違法はないものというべきである。

2 本件輸入許可の違法性等

(一) 被控訴人の主張

(1) 出張所長は、ひき割り小麦が食糧管理法による輸入統制品に当たり、政府の許可を得なければ輸入することができないものであることを失念し、漫然と本件ひき割り小麦三トンの輸入を許可し、法の許さない結果を生じさせたものであるから、出張所長のした本件輸入許可は違法であり、右違法行為は、出張所長の過失に基づくものであることは明らかである。

(2) 被控訴人は、本件回答及び本件輸入許可により、本件ひき割り小麦が輸入することのできる貨物であると信じたため、本件ひき割り小麦八トンを横浜港に着荷させたが、本件ひき割り小麦が食糧管理法上の輸入統制品に当たることを知らされて、その全量の滅却処置をとることを余儀なくされ、損害を被ったものであるから、吉田統括審査官がした本件回答ないし出張所長がした本件輸入許可と被控訴人の被った損害との間には相当因果関係が存するものというべきである。

(二) 控訴人の主張

関税法六七条に基づく輸入許可は、輸入行為を公益的見地から一般的に禁止し、所定の要件が満たされる場合にそれを解除するものであって、利益処分の性格を有するから、許可の要件を満たす場合に輸入許可をすべき義務は、個別の国民に対する義務といえるが、輸入許可の要件を満たさない場合に許可をしないこととする義務は、専ら公益のための義務であって、個別の国民に対する義務とはいえず、本件輸入許可に国家賠償法一条一項の違法性は存しない。

また、他法令については、貨物を輸入する者においてあらかじめ調査し、必要な許可等を受けた上でその許可等を得ていることを税関に対して証明する義務を負うという仕組みがとられていること(関税法七〇条)、輸入許可は当該貨物が他法令に該当しないことを公証するものではなく、輸入申告者は、じ後の輸入申告の際、その都度、右証明義務を負うものであることからすると、輸入許可を受けた者が同種の貨物のじ後の輸入について抱く期待(同種の貨物がじ後も輸入を許可されるであろうとの期待)が法的に保護されるものとはいえない。

したがって、本件輸入許可があったことによって、被控訴人が、じ後も本件ひき割り小麦の輸入が許可されるものとの期待を抱いたとしても、右の期待は保護されず、本件ひき割り小麦八トンの輸入をすることができなかったことは、被控訴人が右証明義務を尽くさなかったことに帰着するから、本件輸入許可と被控訴人の被った損害との間に相当因果関係は存しない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件回答の違法性等)について

1  関税法七条三項は「税関は、納税義務者その他の関係者から第一項の申告について必要な輸入貨物に係る関税定率法別表(関税率表)の適用上の所属、税率、課税標準等の教示を求められたときは、その適切な教示に努めるものとする」旨規定しているが、同項の規定の文言に加え、同項が同法第二章(関税の確定、納付、徴収及び還付)、第二節(申告納税方式による関税の確定)のうち、申告納税方式が適用される貨物を輸入しようとする者の関税の納付に関する申告の義務及びその申告の手続等を定める七条中の一項として置かれていることからすれば、同項は、納税申告の適正、円滑な実施を期するため、納税義務者への便宜供与を目的として、納税義務者の求めにより、貨物の関税率表適用上の所属、関税率、課税標準等、関税額の算定に必要な事項についての税関の適切な見解をできる限り明らかにするように努めるべきものとする趣旨の訓示規定であると解するのが相当である。

そして、<証拠略>によれば、右事前教示制度の実施の細目を定める関税基本通達(昭和四七年三月一日蔵関第一〇〇号、平成五年六月二三蔵関第六四五号による一部改正前のもの。以下「本件通達」という。)7―16は、貨物の関税率表適用上の所属区分、関税率、統計品目番号等のほか、他法令についても、納税義務者等からの教示の求めに応ずるものとしているが、<1> 右に判示した関税法七条三項の規定の趣旨・目的、<2> 関税法は、他法令の規定により輸入に関して許可、承認等を必要とする貨物について、輸入申告の際、これを輸入しようとする者が、許可、承認等を受けている旨を税関に証明すべきものと定め(七〇条一項)、これを輸入しようとする者にその証明義務を課していることからすれば、貨物の輸入に関して許可、承認等を必要としている他法令の存在についても、これを輸入しようとする者の責任においてその調査をすべきものとの立場を採っているものと解されること、<3> 他法令の規定に基づき貨物の輸入に関して許可、承認等の権限を付与されているのは、税関以外の他の行政機関であるが、ある貨物が輸入に関して許可、承認等を必要とするか否かについて税関が納税義務者の教示の求めに応じてする見解の表明は、右行政機関による当該許可、承認等の権限の行使に影響を及ぼすものではないことを併せ考えると、税関が納税義務者等からの求めに応じてする他法令についての教示は、それ自体としては何らの法的効果を有しないもので、税関の参考意見としての性格を持つにとどまるものというべきである。したがって、仮に、税関のした教示の内容に、他法令の指摘が網羅的でないなどの不十分な点があった場合にも、そのような参考意見としての性格を有するにすぎないその教示が、国家賠償法一条一項の損害賠償責任を基礎付けるに足りる違法性を帯びることはないというべきである。

2(一)  前記第二の一の争いのない事実等に証拠<証拠略>を加えると、(1) 本件通達7―16は、関税法七条三項による事前教示について、照会者が書面による回答を希望する場合には「事前教示に関する照会書・事前教示回答書(変更通知書兼用)」(税関様式C第一〇〇〇号。以下「照会書・回答書」という。)を一通提出することにより照会を行わせ、照会書・回答書の写しのうちの回答書部分に必要事項を記載して押印の上、これを原本として照会者に交付し又は送達することにより回答し、このうち、輸入に関して許可、承認等を必要とする旨定める他の法令については、右回答書部分の「他法令」欄に当該法令名を記載することによって回答するものとしていること、(2) 照会書・回答書の回答書部分には「下記の回答を参考にする場合には、欄外に掲げる事項に留意して下さい。」との記載があり、欄外には「上記の回答のうち、……他法令に係るものは、輸入申告等の審査上、必ずしも参考とするものではありません。他法令の適用の有無は、輸入時又は輸入後の事情により異なることがあり、また、他法令に係る回答は、税関限りの意見に基づく単なる情報にすぎないので、正式な回答を要する場合には、主管官庁に照会して下さい。」等の「注意事項」が付記されていること、(3) 被控訴人と東京税関との間における本件ひき割り小麦についての事前教示に関するやりとりも、右の照会書・回答書をもって行われたものであり、平成四年五月一日吉田統括審査官から被控訴人に対してされた本件回答、すなわち被控訴人に交付された照会書・回答書の写しの回答書部分の「他法令」欄には、食品衛生法の記載はあったものの、食糧管理法の記載はなかったことが認められる。

(二)  そこで、まず、本件回答における右「他法令」欄の食品衛生法の記載について考えると、弁論の全趣旨によれば、本件ひき割り小麦は、食品衛生法二条一項の「食品」に当たるものと認められるから、同法一六条により輸入に当たり厚生大臣に対する届出が義務付けられていることは明らかであり、関税法七〇条一項の規定する「他の法令の規定により輸入に関して許可、承認その他の行政機関の処分又はこれに準ずるものを必要とする貨物」における「これに準ずるもの」には輸入に関して行政機関に対する届出の義務を負うものも含まれると解されるから、本件回答の「他法令」欄の食品衛生法の記載自体には誤りはないというべきである。

他方、本件ひき割り小麦は、食糧管理法一一条一項にいう政府の許可を受けなければ輸入することができない「麦」に当たるのであるから(前記第二の一の6)、「他法令」欄に食糧管理法の記載がなかった本件回答には、他法令の指摘が網羅的にされていないという点で不十分な所があるといわざるを得ない。しかし、本件回答がされた照会書・回答書の写しの回答部分には、「他法令に係る回答は、税関限りの意見に基づく単なる情報にすぎないので、正式な回答を要する場合には、主管官庁に照会して下さい。」等の「注意事項」が付記されていたことは前記認定のとおりであり、本件回答においては、これによって、関税法七〇条に規定する他の法令の適用の有無についての教示が税関限りの参考意見にすぎないものであることが明示されているのであるから、前記1に判示したとおり、右のような不十分な所があるからといって、本件回答には、いまだ、国家賠償法一条一項の損害賠償責任を基礎付けるに足りる違法性が存するものということはできないものというべきである。

(三)  以上によれば、本件回答の違法性等についての被控訴人の主張は、その余の点について検討するまでもなく、失当というべきである。

二  争点2(本件輸入許可の違法性等)について

1  前記第二の一の争いのない事実等に<証拠略>を加えると、(1) 被控訴人は食料品等の売買及び輸出入業を目的とする有限会社であるが、東京税関から本件回答を得た後の平成四年七月一〇日、ブラジル国のファテック株式会社との間で、国内販売の目的で、本件ひき割り小麦を年間四〇トン買い受ける旨の売買契約を締結したこと、(2) 本件ひき割り小麦は、食糧管理法一一条一項にいう政府の許可を得なければ輸入することができない「麦」に当たるものであったが、被控訴人は、本件ひき割り小麦の輸入に関して同法一一条一項所定の政府の許可を受けていないこと、(3) 被控訴人は、右売買契約に基づき、同年八月八日ブラジル国から横浜港に着荷した本件ひき割り小麦三トンについて、同月一九日、通関手続の代行業者である津田運輸株式会社(以下「津田運輸」という。)を代理人として、出張所長あてに、関税法六七条に基づく輸入申告をしたこと、(4) 出張所長は、被控訴人が本件ひき割り小麦の輸入に関して政府の許可を受けていないため、関税法七〇条一項所定の証明をすることができないものであったのに、同月二〇日、本件輸入許可をしたこと、(5) 本件輸入許可を受けた被控訴人は、本件ひき割り小麦三トンを引き取り、その全量を国内の食品加工業者等に販売したが、さらに、右売買契約に基づき、同年一〇月三日本件ひき割り小麦八トンがブラジル国サントス港で船積みされたこと、(6) 同月七日、食糧庁の係官は、食糧管理法上問題があるいり麦を被控訴人が輸入・販売している疑いがあるとして被控訴人に確認を求めたのに対し、被控訴人から「本件ひき割り小麦三トンを輸入し、既にその全量を業者に売却したが、第二回目の輸入も行う予定である。」旨の回答を受けたが、第二回目の輸入の予定時期等については確認を得ることができなかったこと、(7) そこで、食糧庁の係官は、大蔵省関税局業務課に対し、本件ひき割り小麦が輸入申告された場合の税関での対応等について協力を依頼し、これを受けて、大蔵省関税局業務課は、同月一四日、全国の税関に対し、被控訴人から本件ひき割り小麦の輸入申告があった場合には直ちに同課に連絡の上、指示に従って処理するよう通知したこと、(8) 被控訴人は、同年一一月七日横浜港に着荷した本件ひき割り小麦八トンについて、同月一七日、津田運輸を代理人として、出張所長あてに輸入申告をしたが、出張所長は、津田運輸に対し「本件ひき割り小麦は食糧管理法で規制されている貨物のおそれがあるので、食糧庁の判断を仰ぐように」と伝えたこと、(9) 被控訴人は、同月一八日本件ひき割り小麦のサンプルを持参して食糧庁に赴いたが、食糧庁の係官は本件ひき割り小麦を検査した上、被控訴人に対し、本件ひき割り小麦は食糧管理法上の輸入規制の対象となる旨の説明をしたこと、(10) 被控訴人は、津田運輸を代理人として、同年一二月八日、本件ひき割り小麦八トンの横浜税関に対する輸入申告を食糧管理法に抵触することを理由として撤回し、同月一二日、横浜税関から関税法四五条一項ただし書に基づく滅却の承認を受けた上、同月二二日、本件小麦八トンの全量を滅却したことが認められる。

2  他法令の規定によって輸入に関して許可、承認等を必要とする貨物について、これを輸入しようとする者は、その許可、承認等を受けている旨を税関に証明しなければならないことは関税法七〇条一項の定めるところであるが、同法七〇条三項は、その許可、承認等を受けていることが証明されない場合、当該貨物の輸入を許可しないものとしているのであるから、特定の貨物の輸入申告について、当該許可、承認等を受けていることが証明されないのに、税関長が輸入許可の処分をしたときは、右処分は、関税法七〇条三項に反する違法なものといわなければならない。

前記の事実関係によれば、被控訴人は、本件ひき割り小麦三トンの輸入について政府の許可を受けていなかったのであるから、関税法七〇条一項所定の証明をすることができないものであったのに、出張所長は本件輸入許可をしたものであるから、本件輸入許可が関税法七〇条三項に反する違法な処分に当たることは明らかである。

控訴人は、関税法六七条に基づく輸入許可は、利益処分の性格を有するから、輸入許可の要件を満たす場合に輸入許可をすべき義務は個別の国民に対する義務といえるが、輸入許可の要件を満たさない場合に輸入許可をしないこととする義務は専ら公益のための義務であって、個別の国民に対する義務とはいえない旨主張するが、利益処分であるか否かを問わず、同条の定める輸入申告に対して税関長が適法な応答をすることは、少なくとも貨物を輸入をしようとする者(輸入申告者)に対する関係では個別の国民に対する義務に当たるということができるから、右主張は採用することができない。

3  そこで、出張所長のした違法な本件輸入許可と被控訴人主張の損害との間の相当因果関係の存否について検討する。

(一) 関税法六七条所定の輸入許可は、一般に禁止されている貨物の輸入行為について、輸入申告に基づき、個別に、その禁止を解除するものであって、具体的には、(1) 輸入申告が適法にされ、(2) 検査の結果、輸入貨物と輸入申告書に記載された貨物との同一性が確認され、かつ、(3) 輸入貨物について、<1> 他法令の規定により輸入に関して許可、承認等を要する貨物については、当該許可、承認等を受けている旨を証明していること、また、検査の完了又は条件の具備を必要とする貨物については、その旨を証明し、その確認を受けていること(同法七〇条)、<2> 原産地について、偽った表示又は誤認を生じさせる表示がされていないこと(同法七一条)、<3> 貨物が有税品である場合には、原則として、その関税及び内国消費税が納付され又は必要な担保が提供されていること(同法七二条)、<4> 輸入禁制品でないこと(関税定率法二一条)という許可の要件が充足される場合に行われるもので、一輸入申告ごとに完結した一個の処分であるということができる。

したがって、貨物を輸入しようとする者は、当該貨物がたとい過去に輸入許可を受けたものと同一種類のものであっても、その都度輸入申告をし、所要の審査ないし検査を受け、所定の許可の要件を充足することにより、税関長から新たな輸入許可を受けなければならないものであり、この場合、所定の許可の要件を充足することができないなどの点があれば、輸入許可を受けることができなくなることは当然のことである。したがって、同一種類の貨物について、所定の許可の要件を充足することができないにもかかわらず、たまたま輸入許可を受けることができたという経験を過去に有している者が、次の機会の別個の輸入申告に対してもこれと同様の処分がされるものとの期待を抱いたとしても、当該貨物について、所定の許可の要件を欠く輸入許可が永年にわたり多数回反復継続される等の特段の事情が存する場合はともかくとして、そのような期待に法的な保護が与えられるべきものではないというべきである。

(二) 被控訴人は、本件ひき割り小麦を輸入するに当たって必要とされる食糧管理法一一条一項所定の政府の許可を受けていないのであるから、被控訴人が平成四年一一月一七日出張所長あてに輸入申告をした本件ひき割り小麦八トンについては、輸入許可に係る許可の要件に欠けることは明らかであって、これについて出張所長から輸入許可を受けることができない筋合いのものであったことはいうまでもない。そして、被控訴人は、本件ひき割り小麦三トンについて、同年八月二〇日、右許可の要件を欠いているにもかかわらず、本件輸入許可を受けているが、本件輸入許可はそれ自体で完結した処分であり、被控訴人が、その後に行う輸入申告について、これと同様の処分が出張所長から受けられるものとの期待を抱いていたとしても、ひき割り小麦について、このような許可の要件を欠く輸入許可が永年にわたり多数回反復継続される等の特段の事情の存在を認めるに足りる証拠が存しない本件において、そのような期待は法的に保護すべきものとはいえないことは、右(一)に判示したとおりである。

(三) 以上の点からすれば、本件輸入許可と被控訴人主張の損害との間には相当因果関係が存在しないものといわなければならない。

4  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は理由がないこととなる。

三  よって、原判決中被控訴人の本訴請求を認容した控訴人敗訴部分は失当であるから、控訴人の本件控訴に基づき、原判決中右部分を取り消して被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菊池信男 田中清 福岡右武)

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