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東京高等裁判所 平成8年(ネ)4351号 判決 1997年9月30日

主文

一  本件控訴を棄却する(ただし、原判決主文二項記載の請求は当審において取り下げられた。)。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがなく、抗弁事実のうち、本件自動車が役員専用車として控訴人に貸与されたことも争いがない。

控訴人は、本件使用貸借は、被控訴人との間で、本件自動車は、控訴人が被控訴人の取締役である間、控訴人の取締役としての業務執行及び私用の便宜に供することを目的として合意されていると主張する。

しかしながら、本件自動車(初年度登録昭和六一年八月、車検有効期限平成九年八月二六日)の所有者及び使用者は被控訴人であり、自動車登録上の使用の本拠の位置は被控訴人の本店所在地となっているところ、本件のような自動車は、その性質上関係法令所定の車検及び整備を受け、自動車保険に加入する手続の更新が必要であり、そのためには他人の利用に供している場合であっても所有者ないし使用者はいったん当該自動車の直接的な占有を回復することが必要となることがあるし、あるいは自動車の使用年数に従って安全性の見地から買い換えなどが必要となることも避けられないものである。さらに、本件自動車は、役員専用車として控訴人が被控訴人の機関としての取締役会を構成する取締役であることに基づき貸与されているものであることは弁論の全趣旨により明らかであるところ、取締役は会社に対し忠実義務を負うものであり、会社の業務執行機関の一員としてその経営状況等を把握し、代表取締役の適切な業務執行を補佐、監督する義務をも負っているものであることに照らせば、役員専用車なるものは、特段の事情のない限り、当該会社の経営状況や経営方針の変更によりその廃止の有無等を随時決定できるものであり、取締役もそれに従う意思の下に貸与されていると解するのが相当であり、本件自動車においてもこれと異なる解釈をするのを相当とする特段の事情を窺わせる証拠は見あたらない(仮に、控訴人が、そのいうとおり被控訴人の発行済株式の半数を有する大株主であったとしても、会社財産を恣に管理処分することができるというものではない。)。

したがって、右のような本件使用貸借の目的物である自動車の性質や、本件使用貸借の当事者が株式会社とその取締役であることに基づく特質を考えると、本件自動車の使用貸借において、控訴人が取締役であることに基いて本件自動車を使用することができるといっても、控訴人が被控訴人の取締役であるというのは、貸与の前提条件であるというに過ぎないものであり、取締役であるからといってその期間中は当然に使用することができ、返還を要しないものと解することはできないし、また、取締役が会社所有の自動車を業務執行とは無関係な純然たる私用に使用することができるとの合意が存したものと認めることもできない。したがって、本件自動車が被控訴人の取締役として業務執行の目的のために使用することを許諾されていたというのも、社有車である以上当然のことをいうに過ぎないのであって、特に使用目的を定めたものということはできず、結局本件使用貸借には、控訴人が主張する期間及び目的の定めがあったものと認めることはできない。

そうすると、控訴人は被控訴人の返還請求に基づき本件自動車を被控訴人に返還すべき義務があることになる。

なお、控訴人は、被控訴人が控訴人に対し、その業務執行を拒否しながら、本訴において本件自動車の返還を請求するのは、信義則に違反する旨主張する。しかし、被控訴人は、控訴人は平成七年一一月一四日被控訴人の取締役を解任されたし、仮にそうでないとしても平成八年一月二五日の株主総会で重任されなかったから任期が満了し被控訴人の取締役の地位にないと主張してその旨の登記も了した上、平成八年二月三日に控訴人に対して本件自動車の返還を求めているものであるが、当時本件自動車の任意保険の期限は平成八年八月末ころに迫っていたものであり、また、現在においては本件自動車の車検の有効期限である平成九年八月二六日が迫っているものであることを考えれば、前記の取締役解任決議等の株主総会決議の効力が被控訴人と控訴人との間の別件訴訟において争われているからといって(被控訴人は控訴人を被控訴人の取締役として認めていないため、控訴人において被控訴人の取締役としての業務執行がなしえない状況にあるが、現実問題としては右紛争が解決するまでは、控訴人は被控訴人の取締役としての業務執行行為ができないのであるから、控訴人が本件自動車を会社の業務執行に使用する余地はない。)、被控訴人の控訴人に対する本件自動車の返還を求める本訴請求が信義則に反するものということはできない。

二  以上によれば、その余の点については判断するまでもなく被控訴人の本件請求は理由があるというべきであり、これと結論において同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 宗宮英俊 裁判官 長 秀之)

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