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東京高等裁判所 平成8年(ネ)2514号 判決 1996年11月28日

控訴人

株式会社藤沢医科工業

右代表者代表取締役

小寺真一

右訴訟代理人弁護士

佐藤利雄

神崎直樹

松下勝憲

被控訴人

米元清

右訴訟代理人弁護士

岡田尚

杉本朗

小川直人

右当事者間の地位確認等請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  本件事案の概要は、次のとおり付加するほかは、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の当審における主張

1  第一次合意について

(一) 本荘は、平成六年八月九日の被控訴人の退職申出に応じて、即石川事務局長に伺いを立て、かつ又後任者の募集までしていることに鑑みると、被控訴人の言葉は本件が問題となった以後における被控訴人の主観的認識は別として、当時においては客観的には退職の申出と認められるものであったものと思料される。すなわち、被控訴人の申出は本荘のいう「給与条件のもっと良い勤務先があり、そちらから声を掛けられたので今月一杯でやめたい。」というものであったというのが真実と認められよう。

(二) 退職についての第一次合意の後に、被控訴人から、勤務時間を増やしてほしい旨の要望が出ているが、本荘は即座に「労基署から指導も受けているので、勤務時間を増やすことは不可能ですし、他の者も同じ条件でやっているのですから、到底無理です。被控訴人の申出によって後任者も採用したのですから。」と被控訴人に回答している。これらは、自己の判断できる事項で、当然の内容であり、しかも後段部分は被控訴人が退職の申出を撤回したのではないかとの印象を持った者の極めて自然な対応の確認の言葉であり、信用できる。給料増額、勤務時間の増額(ママ)は、結局は賃金増額に係わる問題であることからすると、まず退職の申出があって(プレッシャーをかけてきて)、その後に給料増額と勤務時間増加(給料を上げて欲しい。しからずんば勤務時間を増やし、手取額を上げて欲しい。)が一緒に被控訴人から申し出されたとするのが自然の流れであろう。

(三) そして、控訴人が募集した警備員は、被控訴人の後任者採用のためであったのであり、そうでなければ、どうしてギリギリの要因(ママ)で経費節減を図っていた控訴人が、求人募集費をかけ、余分な要員を抱えるようなことをするであろうか。そして、被控訴人の主観的認識、願望は別として、控訴人側の手続としては、後任者中嶋重光を採用し、同人と被控訴人との引継ぎを行わせたのは極めて自然な流れである。本荘も中嶋も、明確にこの引継ぎがなされたと述べているのに、原判決は全く理由を示さないで、これを採用しないのは不当である。

2  第二次合意について

第一次合意の被控訴人の退職の申出が百歩譲って確定的でないとしても、原判決認定の限度においても、「今の賃金では生活が苦しいので何とか方法を考えてもらえないか。でなければ辞めざるを得ない。」、「他に来てくれる(ママ)というところはある。」という被控訴人の発言の事実をどう理解把握しているのであろうか。通常人の経験則によれば、右は少なくとも条件付退職の意思表示と理解・把握せざるを得ないのではないだろうか。かような条件付退職の意思表示があったからこそ、その流れの中で第二次合意における被控訴人の組合活動家としては極めて不可解な、雇用保険受給資格の件を自ら言い出すとか、控訴人からの本来取得資格のない有給休暇についての恩恵を受けるなどの言動となったと見るのが、一般的経験則に合致する事実認定であろう。

二  被控訴人の反論

控訴人の右主張は争う。被控訴人が控訴人に対し、退職を申し出たことは一度もなく、したがって、被控訴人と控訴人との間で退職の合意が成立したことも一度もない。

被控訴人は、本採用になっても賃金が上がらず、日曜・祝祭日の手当もつかず、過重な勤務条件の中で待遇改善を求めていたのであり、「今の賃金では生活が厳しいので何とか方法を考えてもらえないか。でなければ辞めざるをえない。」との被控訴人の発言は、せっぱ詰まった改善の要求と解することが四囲の状況に照らして合理的であり、これを退職申出と解することはできない。被控訴人自身の意図としても改善要求として右発言を行ったものである。右発言の存在と被控訴人が一度も退職の申出を行っていないこととは矛盾しない。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所は、当審において提出された証拠も含めて、控訴人の各主張及び本件証拠関係を改めて審究するも、被控訴人の本訴請求は、理由があるからこれを認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の「第三 争点に関する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決七頁一〇行目(本誌本号<以下同じ>16頁1段9行目)の「死亡者が出て一晩中眠れないことがあり、」を「医療機関であることから死亡者が出た場合、一晩中寝られないことがあり、その場合も時間外手当もつかないことや、」と改める。

2  同二〇頁末行(18頁1段23行目)末尾の次に、「なお、前記認定事実によれば、被控訴人は、平成六年八月に、本荘に対し、「今の賃金では生活が苦しいので何とか方法を考えてもらえないか。でなければ辞めざるをえない。」「他にも来てくれというところはある。」旨話しているが、これはその後の被控訴人の言動に照らせば、控訴人に対し、賃金を含めた待遇改善を求める趣旨でなされたものであるというべきであり、これをもって、退職の申出ないし条件付の退職の申出と解することはできない。」を加える。

二  よって、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩佐善巳 裁判官 山﨑健二 裁判官 彦坂孝孔)

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