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東京高等裁判所 平成8年(ネ)1062号 判決 1997年4月24日

第一〇六二号事件被控訴人・第一二六三号事件控訴人(原告)

吉岡治郎

第一〇六二号事件控訴人・第一二六三号事件被控訴人

ヤマト運輸株式会社

ほか一名

主文

一  第一審原告の控訴を棄却する。

二  第一審被告らの控訴に基づき、原判決中、第一審被告ら敗訴の部分(主文一の項)を次のとおり変更する。

1  第一審被告らは、各自、第一審原告に対し、二二二七万二八四二円及びこれに対する平成二年一二月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  第一審原告の第一審被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて四分し、その二を第一審被告らの、その余を第一審原告の各負担とする。

四  この判決は、主文二1の項について仮に執行することができる。

事実及び理由

第一申立て

一  第一審原告

1  原判決中、第一審原告敗訴の部分を取り消す。

第一審被告らは、各自、第一審原告に対し、一六四一万七三〇一円及びこれに対する平成二年一二月一八日から完済に至るまで年五分の割台による金員を支払え。

2  訴訟費用は、第一、二審とも、第一審被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  第一審被告ら

1  原判決中、第一審被告ら敗訴の部分を取り消す。

第一審原告の右部分に係る請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、第一、二審とも、第一審原告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、第一審原告が、その運転していた原動機付自転車(原判決にいう原告車)と第一審被告長谷川の運転していた第一審被告ヤマト運輸の所有する普通貨物自動車(原判決にいう被告車)とが衝突し、第一審原告が負傷したという交通事故(原判決にいう本件事故)を原因として、第一審被告ヤマト運輸に対しては、民法七一五条ないし自動車損害賠償保障法三条に基づき、第一審被告長谷川に対しては、民法七〇九条に基づき、本件事故により第一審原告が被つたという損害(但し、前記第一の一1の当審における請求額は、原審における請求額四九七二万七九二二円から原判決の認容額三三三一万〇六二一円を控除した残額である。)の賠償を求めている事案である。

二  当事者間に争いのない事実

本件事故が、第一審原告の主張する日時、場所において、その主張する態様で発生したこと、第一審原告が本件事故によつて頭蓋骨骨折、脳挫傷の傷害を負つたこと、本件事故について、第一審被告らが前記各法条に基づく損害賠償責任を負う立場にあること、以上の各事実は、原判決の事実摘示(原判決二枚目表五行目から三枚目表一〇行目まで)のとおりであつて、いずれも当事者間に争いがない。

三  本件訴訟における争点

1  第一審原告の基礎収入

本件訴訟における第一の争点は、第一審原告の本件事故による休業損害及び本件事故の後遺障害による逸失利益を算定する基礎となる収入の額であつて、第一審原告の主張するとおり、第一審原告は、本件事故当時、訴外全農ハイパツクに長期臨時雇員として勤務していたほか、家業の農業にも従事していたので、その基礎収入は、賃金センサス第一巻第一表の産業計男子労働者学歴計の六〇歳ないし六四歳の平均賃金(以下、その年度は別として、これを「賃金センサスに基づく平均賃金」という。)を下回ることがなく、本件は、賃金センサスに基づく平均賃金を基礎収入として第一審原告の休業損害及び逸失利益を算定し得る場合であるのか、それとも、第一審被告らの主張するとおり、第一審原告は、その主張に係る農業収入がなく、第一審原告が訴外全農ハイパツクから支払を受けていた給与収入のみを基礎収入として休業損害及び逸失利益を算定すべき場合であるのかであるところ、この点に関する当事者双方の主張は、原判決の事実摘示(原判決三枚目裏五行目から四枚目表七行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

2  第一審原告の労働能力の喪失割合

本件訴訟における第二の争点は、賃金センサスに基づく平均賃金によつて第一審原告の逸失利益を算定し得るとした場合に、その算定の基礎となる本件事故の後遺障害により第一審原告が喪失した労働能力の割合であるが、この点に関する当事者双方の主張は、概略、次のとおりである。なお、原判決は、第一審原告の労働能力の喪失割台を七〇パーセントと認めている。

(第一審原告)

第一審原告は、本件事故による後遺障害のため、交通機関を使つた外出を一人で行うことはできず、その日常生活においても、一人では食事をとることもできない状態にある。着替え、入浴などは一人でできるが、それも、洗面台に寄りかかつて着替えをしなければならず、身体を洗うことまではできないなど、一人で完全に着替え、入浴などができるという状態ではない。しかも、第一審原告は、今後、生涯にわたつて通院治療を受けることが必要で、投薬治療も続けなければならない状態にある。

第一審原告は、本件事故の後遺障害について、自動車損害賠償保障法施行令二条別表の後遺障害別等級表(以下「後遺障害等級表」という。)の七級に該当すると認定されているが、実際に稼働し得ないだけでなく、妻の付添いを必要とする状態にあるのである。第一審原告は、高次脳機能障害による痴呆状態にあるほか、筋力低下及び失調症状も改善されず、精神症状に問題があることに照らせば、原判決のように後遺障害等級表の七級としては重篤な部類に属するとして七〇パーセントの労働能力の喪失を認めるにとどまらず、一〇〇パーセントの労働能力の喪失を認めるべきである。

この点について、第一審被告らは、当審において、第一審原告の近況を調査したという調査報告書(乙第九号証及び第一六号証の一ないし三)、その状態を撮影したという写真(乙第一〇ないし第一三号証、第一七号証の一ないし七)及びビデオテープ(検乙第一ないし第三号証)を証拠として提出しているが、その調査方法については、第一審原告と交際のない近隣の老齢者から事情を聴取するなど疑問があるだけでなく、第一審原告の写真撮影についても、そもそもそのような写真が撮影されること自体、第一審原告の知能程度に問題があることを示すものである。したがつて、これらを根拠として、第一審原告の労働能力が年齢相応のものであつて、逸失利益の賠償を認める必要がないという第一審被告らの主張は失当というべきである。

(第一審被告ら)

第一審原告は、本件事故による負傷が治癒した後においては、介護の必要がなく、乙第九号証及び第一六号証の一ないし三の調査報告書、第一〇ないし第一三号証、第一七号証の一ないし七の写真、検乙第一ないし第三号証のビデオテープによつて明らかなとおり、一人で歩行ができるうえ、自転車に乗つて近所の荒れ道を往来することも可能な状態である。庭の植栽物の手入れだけでなく、農作業にも従事し得るほどであつて、その年齢相応の労働能力を回復しているということができるから、第一審原告に逸失利益の賠償を認める必要はない。

3  第一審原告の過失割合

本件訴訟における第三の争点は、過失相殺として斟酌し得る第一審原告の過失割合であるが、この点に関する当事者双方の主張は、当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示(原判決七枚目裏九行目から八枚目裏八行目まで)のとおりであるから、これを引用する。なお、原判決は、第一審原告の過失割合を五パーセントと認めている。

(第一審被告ら)

原判決は、過失相殺の前提として、被告車の事故当時の速度を時速一五キロメートル程度と認定している。しかし、被告車の事故当時の速度は、第一審被告長谷川も供述しているとおり、時速約八キロメートル程度にとどまるのであつて、本件事故は、訴外オクノブ食品の出入り口から本件道路に進入した被告車と、これと同じころ、訴外全農ハイパツクの出入り口から本件道路に進入した原告車とが衝突して発生したものであるから、すなわち、第一審被告長谷川が被告車を運転して訴外オクノブ食品の出入り口から本件道路に進入した時点では、第一審原告が運転する原告車も、未だ訴外全農ハイパツクの出入り口から本件道路に進入していなかつたのであるから、本件は、路外車の被告車と路外車の原告車との衝突事故とみるべき場合であつて、かつ、互いに相手車の発見が遅れたことが事故の原因となつているので、双方の過失割合を五分五分と認めるべきである。

この点について、第一審原告は、第一審被告ヤマト運輸が第一審被告長谷川において原告車を見落としたことを争つているように主張するが、第一審被告ヤマト運輸としては、第一審被告長谷川において原告車を見落としたことを前提に、事故当時の被告車の速度に照らして、本件は、路外車と直進車との衝突事故ではなく、前記のとおり、路外車と路外車との衝突事故とみるべき場合であるから、それに応じた妥当な過失相殺がされるべきであると主張しているにとどまるのである。

原判決のように被告車の事故当時の速度を時速約一五キロメートル程度と認定すると、本件事故は、第一審原告が訴外全農ハイパツクの出入り口から本件道路に進入した後、被告車が本件道路に進入して発生した、路外車の被告車と直進車の原告車との衝突事故ということになるが、被告車の事故当時の速度が時速約一五キロメートル程度であつたのであれば、本件事故現場に被告車のスリツプ痕が残るはずであるのに、本件事故現場にそのような痕跡はなく、第一審被告長谷川の供述に係る原告車を発見して急制動の措置を講じてから被告車が停止するまでの制動距離に基づいて被告車の事故当時の速度を推定するにしても、その推定が許される前提がない。かえつて、被告車の事故当時の速度が時速約八キロメートル程度であつたことは、社団法人未踏科学技術協会所属の荒居茂夫作成の乙第六及び第八号証(以下「荒居意見書」という。)に照らしても明らかであるから、原判決が、第一審被告長谷川の供述に係る被告車の制動距離からその事故当時の速度を時速約一五キロメートル程度であつたと推定して、第一審原告の過失割合を五パーセントしか認めなかつたのは不当である。

(第一審原告)

本件事故は、原告車が本件道路を板戸井方面に向かつて直進中、被告車が路外の訴外オクノブ食品の出入り口からいきなり本件道路に進入して発生したものであつて、被告車を運転していた第一審被告長谷川が、本件道路に進入する際、原告車を見落としたことを原因とする、ごく単純な交通事故である。第一審原告に過失はなく、過失相殺が認められる事案ではない。それにもかかわらず、第一審被告ヤマト運輸は、原告車を見落とした旨の第一審被告長谷川の弁明に反する、恣意的で、内容的にも信用性に乏しい私的な荒居意見書に依拠し、被告車の事故当時の速度が時速八キロメートル程度であつたとして、第一審原告の過失割合を争つているにすぎない。

4  第一審原告の損害の補填

本件訴訟における第四の争点は、第一審原告が本件事故を原因として労働者災害補償保険法に基づき支給を受けた労災給付のうち、第一審原告の損害を補填するものとして、本訴請求額から控除されるべき額であるが、この点に関する当事者双方の主張は、本訴請求に係る第一審原告の損害の全体に関する主張を含め、概略、次のとおりである。

(第一審原告)

本件事故により第一審原告の被つた損害は、次の(一)ないし(五)であつて、これから(六)の(1)の自賠責保険及び(2)の労災給付を控除した残額に(七)の弁護士費用を加えた金額が第一審原告の第一審被告らに賠償を求め得る損害であるところ、本訴請求は、その一部請求として四九七二万七九二二円の損害賠償を求めるものである。

(一) 治療費等 九二万九〇七〇円

第一審原告は、治療費等として、治療費一四万四〇四〇円のほか、交通費一四万六六三〇円、入院雑費八万五八〇〇円、文書料六〇〇円、入院付添費三九万六〇〇〇円、通院付添費一五万六〇〇〇円、以上合計九二万九〇七〇円相当の損害を被つたと主張するところ、この点は、当事者間に争いがない。

(二) 将来の治療費等 九三万八六七三円

第一審原告は、本件事故の後遺障害により、抗けいれん剤の投与を受けるために生涯通院を必要とするほか、その投薬による影響を調べるために胃の検査も必要としているところ、その通院交通費、妻の通院付添費、治療費として、年間八万三二六〇円を必要とするから、その平均余命である一七年間の当該費用の現価計算をすると、九三万八六七三円となる。

(三) 休業損害 七四九万五六二八円

平成五年の賃金センサスに基づく平均賃金は、年間四三九万一五〇〇円であるから、本件事故時の平成二年一二月一八日から症状固定時の平成四年八月三一日まで六二三日間の休業損害は、七四九万五六二八円となる。

(四) 逸失利益 三一二一万三九〇三円

第一審原告の症状固定時から平均余命の二分の一の歳に達するまでの期間を九年とみて、前記平均賃金四三九万一五〇〇円に基づき、その現価計算をすると、三一二一万三九〇三円となる。

(五) 慰謝料 二一〇〇万円

第一審原告の傷害慰謝料は三五〇万円、後遺障害慰謝料は一七五〇万円をもつて相当とする。なお、その主張額は、訴え提起の段階では、傷害慰謝料三〇〇万円、後遺障害慰謝料一一〇〇万円の合計一四〇〇万円であつたところ、その後、傷害慰謝料三〇〇万円、後遺障害慰謝料一三〇〇万円の合計一六〇〇万円に変更した後、当審において、更に右のとおり変更したが、第一審原告の後遺障害は、後遺障害等級表の七級に該当すると認定されているとはいえ、その症状は重篤であるから、五級ないし三級に相当する後遺障害慰謝料が認められるべきである。

(六) 損害の補填 一三三二万三八二一円

(1) 第一審原告は、自賠責保険から九四九万円の支払を受けたが、この点は、当事者間に争いがない。

(2) 第一審原告は、労災給付も受けているが、損害の補填として認められる労災給付は、第一審原告の主張では、休業給付金の一八〇万九三三七円のほか、障害年金として平成八年一二月一三日までに支給を受けた二〇二万四四八四円、以上合計三八三万三八二一円である。なお、障害年金については、右以後、二ケ月毎に一一万九一五〇円が支給される予定である。

(七) 弁護士費用 四八一万円

本件事故と相当因果関係がある弁護士費用に相当する損害は、四八一万円である。

(第一審被告ら)

第一審原告は、前記労災給付と一部重複するが、乙第一五号証の二記載の八九〇万五七五四円を受給しているから、これも本訴請求額から控除すべきである。

第三当裁判所の判断

一  第一審原告の基礎収入について

当裁判所も、第一審原告は、本件事故当時、訴外全農ハイパツクに勤務して年額二一〇万九五七五円の給与収入を得ていたほか、家業の農業にも従事して収入を得ていたが、給与収入の額が右のとおりであることについては、当事者間に争いがなく、また、農業収入の額については、第一審原告の名義で農業所得の税務申告(所得税の確定申告をいう。以下同じ。)がされているうえ、その申告額は、実際の収入額ではないが、本件においては、その申告額と異なる収入額を主張して第一審被告らに損害賠償を求めることを是認し得ない事情はなく、第一審原告の基礎収入として、給与収入のほか、農業収入も認められるが、その収入額は、少なくとも賃金センサスに基づく平均賃金を下回ることはないので、本件は、賃金センサスに基づく平均賃金によつて第一審原告の休業損害及び逸失利益を算定することが許される場合であるというべきところ、その算定の基礎となる賃金センサスに基づく平均賃金は、平成二年度については年間三八九万七一〇〇円、平成三年度については年間四一〇万五九〇〇円、平成四年度については年間四二六万八八〇〇円であると判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほか、原判決の理由説示(原判決四枚目表八行目から七枚目裏六行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四枚目裏一行目の「六一歳の男性」の次に「(昭和四年七月一三日生)」を加える。

2  原判決六枚目裏七行目から同八行目の「農業所得は、税務申告にかかる年額四六万〇〇二〇円を上回るものと認められる。」の次に「第一審原告は、本件事故後、農業に従事し得なくなつたのに、本件事故後の税務申告において、本件事故前とほぼ同額の農業所得が第一審原告の名義で申告されていることも、前説示の事情に鑑みると、本件事故前の農業所得が、第一審原告を除外した、その妻の訴外てる及び長男の妻の労力によつて取得され、第一審原告が関与していなかつたため、本件事故後も、その税務申告に係る農業収入に特に変化がなかつたとまで認め得るものではなく、本件事故前の第一審原告の農業収入を認めるのを妨げる証拠はない。」を加え、その次の「他方」を「なお」に改める。

3  原判決七枚目表四行目から同五行目の「年間合計二一〇万九五七五円の収入を得ていたことに鑑みると、」を「その給与収入は、前説示のとおり、年間合計二一〇万九五七五円にとどまるのに、第一審原告及びその家族が生活するのに格別不自由なところはなかつたと窺われるので、農業収入の額は、第一審原告の主張する程度ではないとしても、相当程度のものであつたと推認されるところ、本件訴訟において、その額を具体的に確定することはできないが、少なくとも」に、同七行目の「相当すると解する」を「相当するものであつたと認める」に改める。

二  第一審原告の労働能力の喪失割合について

1  原本の存在及び成立に争いのない甲第七号証によれば、第一審原告は、本件事故の後遺障害について、後遺障害等級表の七級に該当する旨の認定を受けていることが認められるところ、第一審原告は、本件事故の後遺障害による労働能力の喪失割合は実際には一〇〇パーセントであるから、症状固定時である平成四年度の賃金センサスに基づく平均賃金の全額を基礎収入として第一審原告の逸失利益を算定すべきであると主張するが、第一審原告を撮影した写真であることに争いのない乙第一〇ないし第一三号証、第一七号証の一ないし七、弁論の全趣旨により第一審原告を撮影したビデオテープであると認められる検乙第一ないし第三号証によれば、少なくとも第一審原告が自転車を一人で運転し得る状況にあることなどが認められるのであつて、その状況に照らせば、第一審原告がその労働能力を一〇〇パーセント喪失しているとまで認定するのは困難であるといわざるを得ない。

2  しかしながら、そうとはいつても、第一審原告の原審及び当審における本人尋問の結果に鑑みると、第一審原告が後遺障害等級表の七級に該当すると認定された後遺障害を負う者の一般的な労働能力の喪失割合である五六パーセントを上回る割合で労働能力を喪失していることは否定できないところであつて、当裁判所は、原判決と同様、その労働能力の喪失割合を七〇パーセントと認めるのが相当であると判断する。

3  第一審被告らは、第一審原告の前認定の状況を踏まえ、第一審原告は、その年齢相応の労働能力を回復しているから、逸失利益の賠償を認める必要はない旨主張するが、前掲各証拠で認定し得る第一審原告の近況は、前説示のとおりであるとはいえ、そのことから直ちに第一審原告がその年齢相応の労働能力を回復しているとまで認めるのは困難であつて、当審における証人吉岡てるの証言に照らしても、少なくとも第一審原告が七〇パーセントの割合による労働能力を喪失しているとの前認定が裏付けられるということができるのであつて、他に右認定判断を妨げる証拠はない。

三  第一審原告の過失割合について

1  本件事故に係る過失相殺の判断の前提となる事実関係として、当裁判所が認定するところは、次のとおり付加訂正するほか、原判決の事実認定(原判決八枚目裏一〇行目から一六枚目裏六行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

(一) 原判決九枚目裏一行目の「訴外全農ハイパツクの出入り口付近」の次に「である原判決添付図面の<あ>」を、同二行目の「訴外オクノブ食品の出入り口付近」の次に「である前記図面の<×>、すなわち、本件衝突地点」を加え、同七行目の「本件道路を右折して」を「訴外オクノブ食品の出入り口から本件道路に進入し、菅生町方面に向かうため本件道路を右折して」に改め、同一〇行目から同一一行目の「左方、右方、さらに左方の順に見た」の次に「と供述するが、右方を見たという際、第一審原告の運転する原告車を発見した旨の供述はしていない」を加える。

(二) 原判決一〇枚目表末行の「訴外全農ハイパツクの出入り口」の次に「付近である前記図面の<あ>」を、同裏一行目から同二行目の「被告車と衝突した。」の次に「第一審原告は、それまで、進路前方の左側にある訴外オクノブ食品の出入り口から被告車が本件道路に進入してくるのを認めた形跡はなく、」を加え、同裏五行目の「被告長谷川と」を「第一審被告長谷川のほか、」に改める。

(三) 原判決一一枚目裏一〇行目の「被告長谷川の供述が信用できるとすると、」の次に「被告車が前記図面の<2>から<3>までの約二・七メートルを時速八キロメートルで進行するのに要した約一・二一秒の間、原告車は、<ア>から<×>まで一六メートルを進行したことになるから、その秒速は約一三・二二メートルとなつて、」を、一二枚目一行目の「須賀の供述が信用できるとすると、」の次に「後に説示するとおり、」を、一五枚目裏六行目の「衝突時の被告車の速度は」の次に「、前説示のとおり、」を加える。

2  この点について、第一審被告は、第一審原告が原告車を本件道路の制限速度である時速三〇キロメートルを超過した速度で走行させ、かつ、前方注視を怠つたために発生したものであつて、少なくとも第一審原告について五〇パーセントの過失が認められる場合であると主張し、その主張に沿う証拠として、原審及び当審において荒居意見書を提出する。

しかしながら、本件事故現場には、荒居意見書の指摘するとおり、被告車のスリツプ痕が残つていないが、そのことから、被告車の事故当時の速度が時速一〇キロメートルを上回ることが絶対にないと認めるに足りる証拠はなく、本件においては、その指摘に係る力学的な見地のみで被告車の速度を確定するのは困難である。

かえつて、被告車の速度が時速一〇キロメートル未満であつたというのであれば、被告車は、訴外オクノブ食品の出入り口から本件道路に進入して本件事故に遭うまでの間、前認定の速度の場合よりも時間を要したことになるのであるから、第一審原告の運転する原告車に気がつく機会もそれだけ多かつたはずであるのに、第一審被告長谷川は、原判決添付図面の<2>の地点に進入するまで原告車に気がついていなかつたというのである。その事実は、第一審被告長谷川が本件道路に進入しようとした際、本件道路の右側の確認を怠つたというだけでなく、進入から衝突までの時間がより少なかつたことを窺わせるものであつて、訴外オクノブ食品の出入り口から本件道路に進入して本件事故に遭うまでの速度が第一審被告長谷川の供述する時速約八キロメートルではなかつたことを裏付け得るものである。荒居意見書を根拠として、被告車の当時の速度が一〇キロメートル未満であつたとまで認めることはできず、他に被告車の制動距離及び訴外須賀の供述から推認される被告車の当時の速度が時速約一五キロメートルであつたとの前認定を覆し、第一審被告らの右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

3  他方、第一審原告は、本件事故は、第一審原告に過失がなく、第一審被告長谷川の一方的な過失によつて発生したものであると主張するところ、前認定のとおり、第一審被告長谷川が、訴外オクノブ食品の出入り口から本件道路に進入するに際して、少なくとも右方の注視を怠つていたことは否定することができないが、第一審原告についてみても、前認定のとおり、時速約二五キロメートルないし三〇キロメートルの速度で原告車を運転して本件道路を進行中に本件事故に遭つているところ、その進路前方の視界を妨げるものはなく、第一審原告が訴外全農ハイパツクの出入り口から本件道路に進入して本件事故に遭うまで、原判決添付図面の<あ>から<×>までの七三・七メートルの距離を走行するのに、単純にその区間を前認定の時速二五キロメートルないし三〇キロメートルで運転したとしても、八秒ないし一〇秒を要するのであるから、その間、進路前方を注視していれば、その前方左側にある訴外オクノブ食品の出入り口から被告車が本件道路に進入しようとすることを発見し得たはずである。この点は、原告車と同様に、本件道路を板戸井方面に向かつて直進中の普通乗用自動車(原判決にいう須賀車)を運転していて本件事故を目撃した訴外須賀において、前認定のとおり、本件衝突地点の前方二三・二メートルのの地点で被告車を発見し、急制動の措置を講じたため、の地点で停止して須賀車と被告車との衝突を回避しているのであるから、須賀車より低い速度で原動機付自転車の原告車を運転していた第一審原告が原告車と被告車との衝突を回避し得た可能性を否定することはできない。第一審原告においては、仮に本件道路の路外から本件道路に進入してくる車両があつたとしても、本件道路を走行中の車両の動向を注視し、その通過を待つて本件道路に進入するものと考え、路外の動向についてまで特に注視しなかつたものと窺われないわけではないが、そのことを理由に、第一審原告に過失が全くないと認めることはできないのであつて、他に第一審原告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。

4  以上説示したところによれば、本件事故は、第一審被告長谷川と第一審原告との不注意によつて発生したものといわなければならないところ、第一審原告の前認定の過失を看過することはできないが、本件事故に至る基本的な原因は、路外から本件道路に進入しようとした第一審被告長谷川が本件道路の安全確認を怠つた不注意によるものであることは明らかであつて、原告車が原動機付自転車、被告車が普通貨物自動車であることも勘案すると、本件事故に占める第一審原告の過失割台は、一五パーセントと認めるのが相当である。

5  因みに、第一審被告らは、被告車の事故当時の速度が時速八キロメートルであつて、かつ、第一審被告長谷川が訴外オクノブ食品の出入り口から本件道路に進入しようとして右方を見た際、原告車は、未だ訴外全農ハイパツクの出入り口から本件道路に進入していなかつたことを前提に、互いに路外から本件道路に進入した被告車と原告車とが衝突した事故と認めるべき場合であるというが、その前提事実を首肯し得ないことは、前説示のとおりであるから、本件事故が路外車と路外車との衝突事故とみるべきことを前提とする第一審被告らの主張を採用することはできない。

四  第一審被告らの要賠償額について

第一審原告の基礎収入、労働能力の喪失割合及び過失割合を前提に、本件事故によつて第一審原告の被つた損害のうち、第一審被告らが賠償を要する損害額を算定すると、次のとおりとなる。

1  治療費等 九二万九〇七〇円

この点は、原判決の理由説示(原判決二三枚目裏末行から二四枚目表四行目まで)のとおりであつて、当事者間に争いがない。

2  将来の治療費等 四七万六一一七円

この点は、原判決二五枚目表七行目の「症状固定時六四歳」を「症状固定時六三歳」に、同行から同九行目の「その平均余命である一七年間のライプニツツ係数一一・二七四を乗じた額である金五二万四九一七円」を「本件事故時(平成二年)における第一審原告の平均余命である一九年間のライプニツツ係数一二・〇八五三より本件事故時から症状固定時までの二年間のライプニツツ係数一・八五九四を控除した一〇・二二五九を乗じた四七万六一一七円」に改めるほか、原判決の理由説示(原判決二四枚目表六行目から二五枚目表九行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

3  休業損害 六九七万二八二八円

この点は、原判決二六枚目表一行目から同二行目の「右四一〇万五九〇〇円」の次に「(なお、当該休業損害は、本件事故の翌年の平成三年分であるが、本件事故が発生したのは平成二年一二月一八日であるから、平成三年分の休業損害に一年間の現価計算をするのは相当でなく、その額を本件事故時の損害と認める。)」を、同三行目の「二八五万三五八〇円」の次に「に一年間のライプニツツ係数〇・九五二三を乗じて本件事故時の現価計算をした二七一万七四六四円(なお、当該休業損害は、本件事故の翌々年の平成四年分であるが、前説示に従い、一年間の現価計算をして本件事故の損害と認める。)」を加え、同四行目の「七一〇万八九四四円」を「六九七万二八二八円」に改めるほか、原判決の理由説示(原判決二五枚目表末行から二六枚目表四行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

4  逸失利益 一七五一万七四九〇円

この点は、原判決二六枚目表九行目の「症状固定時六四歳」を「症状固定時六三歳」に、同一〇行目の「平均余命の二分の一の歳に達するまでの九年間」を「平均余命のほぼ二分の一の歳に達するまでの八年間」に、二七枚目表九行目から同一〇行目の「九年間のライプニツツ係数七・一〇八を乗じた額である金二一二三万九八四一円」を「本件事故時から平均余命のほぼ二分の一の歳に達するまでの一〇年間のライプニツツ係数七・七二一七より本件事故時から症状固定時までの二年間のライプニツツ係数一・八五九四を控除した五・八六二三を乗じた額である一七五一万七四九〇円」に改めるほか、原判決の理由説示(原判決二六枚目表六行目から二七枚目表一〇行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

5  慰謝料 一四〇〇万円

この点は、原判決二七枚目裏四行目の「原告主張のとおり、」を削るほか、原判決の理由説示(原判決二八枚目裏一行目から同裏六行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

6  過失相殺

本件事故に係る過失相殺として斟酌すべき第一審原告の過失割台は、前説示のとおり、一五パーセントと認めるのが相当であるから、第一審被告らの賠償の対象となる第一審原告の損害は、前認定の各費目についてみれば、治療費等が七八万九七〇九円(なお、治療費及び入院雑費を除いた治療費等は五九万四三四五円)、将来の治療費等が四〇万四六九九円、休業損害が五九二万六九〇三円、逸失利益が一四八八万九八六六円、慰謝料が一一九〇万円ということになつて、その損害合計は三三九一万一一七七円となる。

7  損害の補填

(一) 自賠責保険

第一審原告が本件事故を原因として、自賠責保険から九四九万円の支払を受けたことは、原判決の理由説示(原判決二八枚目表二行目から同五行目まで)のとおり、当事者間に争いがなく、これによつて、第一審原告の前認定の損害がその限度で補填されていることは明らかである。

(二) 労災給付

成立に争いのない甲第四二号証、第五二ないし第五四号の各一及び二、乙第一五号証の一及び二に弁論の全趣旨によれば、第一審原告は、平成八年一一月一八日までに本件事故を原因とする労災給付として、四〇八万二三三六円の療養給付、一八〇万九三三七円の休業給付、六〇万二九〇六円の休業特別支給金、一九〇万五三三四円の障害年金、五〇万五八四一円の障害特別年金を受給していることが認められるほか、平成八年一二月に障害年金として一一万九一五〇円の支払を受け、本件口頭弁論が終結された日を含む平成九年二月にも一一万九一五〇円の障害年金の支払を受けていると認められ、他に右認定を左右する証拠はない。なお、付言するに、本件口頭弁論終結後も、第一審原告は、その受給権ないし受給資格を失なわない限り、二ケ月ごとに一一万九一五〇円の障害年金を受給し得るが、その受給が確定しているのは、右認定の平成九年二月までの障害年金にとどまり、本件口頭弁論終結後の障害年金を控除の対象とする余地はない。

第一審被告らは、第一審原告が支給を受けた労災保険の全部が第一審原告の損害を補填させるものである旨主張するが、休業特別支給金及び障害特別年金については、その受給によつて第一審原告の前認定の損害が補填されるという性質のものではない。

また、療養給付も、その給付の目的からして、治療費に相当する損害を補填するにとどまるものであるから、実際の治療費を超える療養給付があつても、その超過額をもつてその他の損害が補填されたと認めるべきものではない。なお、付言するに、前認定の療養給付は、第一審原告の本訴請求に係る治療費に比べて、著しく高額であるが、第一審原告の治療に要した費用が本訴請求に係る治療費にとどまるものとは解されず、本訴請求の対象となつていない治療費の大半が療養給付によつて賄われているものと推認される。

(三) 右説示したところによれば、第一審原告の前認定の治療費等のうち治療費及び入院雑費は、療養給付によつて全額補填されていると認められ、休業損害及び逸失利益合計二〇八一万六七六九円は、休業給付及び障害年金合計三九五万二九七一円の受給によつて、その限度で損害が一部補填されていると認められるから、以上の各給付によつて補填されていない損害は、治療費等のうち治療費及び入院雑費を除いた残金五九万四三四五円、将来の治療費等四〇万四六九九円(前認定の療養給付によつては、将来の治療費等まで補填されたとは認められない。)、休業損害及び逸失利益の残金一六八六万三七九八円、慰謝料一一九〇万円の合計二九七六万二八四二円であるが、これらは、自賠責保険金九四九万円の受給によつて、その限度で損害が一部補填されているから、第一審原告が第一審被告らに賠償を求めることができるのは、その残額の二〇二七万二八四二円となる。

8  弁護士費用 三〇〇万円

この点は、原判決二八枚目表一〇行目の「三〇〇万円」を「二〇〇万円」に改めるほか、原判決の理由説示(原判決二八枚目表八行目から同一〇行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

9  第一審被告らの要賠償額

以上によれば、第一審被告ら各自が賠償すべき第一審原告の損害額は、二〇二七万二八四二円に二〇〇万円を加えた二二二七万二八四二円ということになる。

五  よつて、第一審原告の本訴請求は、第一審被告ら各自に対し、前認定の二二二七万二八四二円及びこれに対する本件事故の日である平成二年一二月一八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割台による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却すべきものであるから、第一審原告の控訴を棄却したうえ、第一審被告らの控訴に基づき、右説示したところと異なる原判決主文一の項を本判決主文一の項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 清水利亮 滝澤孝臣 佐藤陽一)

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