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東京高等裁判所 平成7年(行コ)140号 判決 1996年5月29日

東京都新宿区大京町二五番地

控訴人

丸中物産株式会社

右代表者代表取締役

河田家寿

右訴訟代理人弁護士

小口恭道

南木武輝

東京都新宿区三栄町二四番地

被控訴人

四谷税務署長 上田勝廣

右指定代理人

仁田良行

渡辺進

木村忠夫

上田幸穂

山本善春

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が昭和六一年一二月一九日付けでした控訴人の昭和五九年四月一日から昭和六〇年三月三一日までの事業年度以降の青色申告の承認の取消処分を取り消す。

3  被控訴人が昭和六一年一二月二六日付けでした控訴人の昭和五九年四月一日から昭和六〇年三月三一日までの事業年度の法人税についての更正(原判決別表2記載の確定申告額を超える部分)並びに重加算税及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

4  被控訴人が昭和六三年一〇月一一日付けでした控訴人の昭和六一年四月一日から昭和六二年三月三一日までの事業年度の法人税の更正のうち所得金額七六一二万八六一五円、税額五九五一万七六〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

5  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(ただし、原判決二二頁末行の「転買」を「転売」に改める。)から、これを引用する。

一  控訴人

1  裏金の存在について

九億円以上もの裏金の現金の授受という異常な事態について、関係者の供述は大きく食い違っており、また、個々の証人の供述も変遷している。これらの供述からは、控訴人の元代表者河田陸豊が九億円以上の現金を持ち去ったと認定することは困難である。被控訴人は、控訴人、その関連会社及び関係者の資産状況について強制手続を含めた徹底的な調査をしているが、控訴人又は河田が裏金を自己の資産と化した証拠を全く提出していない。これでは、河田が九億円以上の裏金の引渡しを受け、これを運び去ったものと認定するに足りるだけの立証が尽くされていないといわざるを得ない。

2  裏金を控訴人の譲渡所得と認定することの可否について

仮に、河田が裏金(昭和五九年四月二三日授受の三〇〇〇万円及び同年六月六日授受の九億〇六三五万円)を授受したとしても、控訴人の取締役会においては、本件売買は坪当たり一七五〇万円で行われるものと了解しており、裏金が存在することを全く承知していないのであるから、右金員は、本件土地建物の売買の裏金という名目の下に河田が個人的に取得したものであり、控訴人には入金されていないと解されるので、これを直ちに控訴人の譲渡所得と認定することは不当である。

3  控訴人の所得に帰すべき裏金の金額について

仮に、裏金を河田の経営する会社の所得とみるとした場合でも、原審証人中川寛三の証言によれば、裏金についても控訴人と中国食品が二対一の割合で取得したものと認められるのであるから、控訴人の所得とされるべき裏金は、総額の三分の二に相当する六億二四二三万三三三三円を超えることはないというべきである。

4  立退料の金額について

控訴人が裏金を取得したという前提に立つのであれば、控訴人が中国食品に対して現実に立退料名義で支払った二億二三四一万円については、全額立退料として認めるべきであるのに、一三九六万二二三〇円を超える部分につき損金算入を認めないのは不当である。そうでなければ、控訴人が中川寛三に対して支払った裏金に係る取引分の手数料一八九〇万円を譲渡費用として認めたことと整合しないし、控訴人に著しい不利益を負わせる結果になり不当である。

二  被控訴人

1  裏金の存在について

原審における証拠関係を経験則に従い正当に評価すれば、原判決認定のように九億〇六三五万円を、控訴人に対する裏金として河田に引渡した事実を認めることができる。確かに、裏金の留保内容については、いささか未解明であることを否めないが、その原因は、控訴人が脱税の意図をもって巧妙に秘匿したことによるものであり、秘匿した本人である控訴人自身が前記一1のような主張をすること自体、本末転倒である。

2  裏金を譲渡所得と認定することの可否について

本件売買当時の控訴人の取締役は、代表取締役である河田、その配偶者である河田真智子及びその親族である榎本千里子の三名だけであり(ちなみに監査役は、河田真智子の父である佐藤八十二である。)、控訴人の業務遂行における河田の発言力は絶大であるから、そもそも控訴人の取締役会が建前どおり正常に機能しているとは言い難い上、仮に、控訴人の取締役会が正常に機能していたとすれば、取締役が、本件売買は坪当たり一七五〇万円で行われるものとのみ了解しており、その実態を全く承知していなかったなどということは、不自然であり、措信することができない。

3  控訴人の所得に帰すべき裏金の金額について

立退料に関する合意は、売買代金総額の三分の一という比率ではなく、二億八五〇〇万円という金額であったことは、原審証人中川寛三等の証言によって明らかであり、裏金は、全て控訴人が受領したものと認められる。

4  立退料の金額について

控訴人から中国食品に対する立退料の支払いというのは、控訴人が中国食品に立退料名義の金員を支払うことにより、控訴人の所得金額を減少させることを目的として行ったものであり、これは、控訴人が当時多額の欠損が見込まれた同社を利用して、法人税等の負担の回避を図ったものと推認するのが相当である。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由は、当審における主張に対する判断を次のとおり付加するほか、原判決理由説示のとおりである(ただし、原判決二七頁三行目の「四、」の次に「第四三号証の二(原本の存在とも)、」を加え、同七行目の「証人小林」から同八行目の「第四三号証の二、」までを削り、同三一頁二行目の「慶屋に」の次に「売買契約書上の売買代金を一七億円として」を加える。)から、これを引用する。

一  裏金の存在について

控訴人は、九億円以上もの裏金の現金の授受という異常な事態について、関係者の供述は大きく食い違っており、また、個々の証人の供述も変遷していること、及び被控訴人は、控訴人、その関連会社及び関係者の資産状況について強制手続を含めた徹底的な調査をしているが、控訴人又は河田が裏金を自己の資産と化した証拠を全く提出していないことなどから、河田が九億円以上の裏金の引渡しを受け、これを運び去ったものと認定するのは困難である旨主張する。

しかしながら、河田が昭和五九年六月六日に南青山の住宅に相当量の現金が運び込まれているのを目撃したこと自体は、控訴人も否定していない上、原判決理由第一の二に挙示する証拠は、東洋總企の代表者である原審証人原義友が、原審において、大蔵事務官に対する供述と一部異なる証言をしているほかは、ほぼ原判決認定の事実に沿うものであって、控訴人の主張するように、関係者の供述が大きく食い違っており、また、個々の証人の供述も変遷しているという状況ではない。このような事情を総合すると、被控訴人は、控訴人又はその代表者河田が裏金をどのように保管ないし使用したかという点について特段の主張立証をしていないが、裏金の保管ないし使用は控訴人の側の事情であるから、被控訴人においてその点のを主張立証できないからといって、河田が九億円以上の裏金の引渡しを受けてこれを運び去ったものと認定するのは困難であるとすることはできないというべきである。

したがって、控訴人の前記主張は、採用することができない。

二  裏金を控訴人の譲渡所得と認定することの可否について

控訴人は、仮に、河田が裏金を授受したとしても、控訴人の取締役会においては、本件売買は坪当たり一七五〇万円で行われるものと了解しており、裏金が存在することを全く承知していないのであるから、右金員は、本件土地建物の売買の裏金という名目の下に河田が個人的に取得したものであり、控訴人には入金されていないと解されるので、これを直ちに控訴人の譲渡所得と認定することは不当である旨主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第五五、第五六号証、乙第四九号証及び弁論の全趣旨によれば、本件売買当時の控訴人の取締役は、代表取締役である河田、その配偶者である河田美智子及びその親族である榎本千里子の三名だけであり(ちなみに監査役は、河田真智子の父である佐藤八十二である。)、控訴人の業務遂行における河田の発言力は絶大であったものと推認することができるのであるから、そもそも控訴人の取締役会が建前どおり正常に機能していたことについては疑問があるというべきである。また、仮に、そうでないとしても、アッセンの代表者である原審証人中川寛三は、本件売買の際持参された現金について、その全部が控訴人の貰う分なのか、その一部は河田が個人として貰う分なのか分からない旨証言しているが、右の証言は、結局、分からない旨を述べているにすぎず、他に原判決の認定を覆すに足りる特段の反対証拠はない上、本件土地建物の所有者でもない河田が裏金を取得すべき理由が全くないので、裏金は、河田が本件土地建物の売買の裏金という名目の下に個人的に取得して控訴人には入金されていないのではないか、との疑いを容れる余地はないというべきである。

したがって、控訴人の前記主張は、採用することができない。

三  控訴人の所得に帰すべき裏金の金額について

控訴人は、仮に、裏金を河田の経営する会社の所得とみるとした場合でも、原審証人中川寛三の証言によれば、裏金についても控訴人と中国食品が二対一の割合で取得したものと認められるのであるから、控訴人の所得とされるべき裏金は、総額の三分の二に相当する六億二四二三万三三三三円を超えることはない旨主張する。

しかしながら、乙第六号証及び原審証人中川寛三の証言によれば、中国食品に対する支払分としては、八億四七三五万円を約二対一の割合に分けて、中国食品に対する立退料として二億八五〇〇万円を渡すことにしたというのであり、裏金についても右と同じ割合で分けるとの合意があったものとは供述していないのであるから、立退料に関する合意は、売買代金総額の三分の一という比率ではなく、二億八五〇〇万円という確定金額であったことは明らかというべきであり、裏金は全て控訴人が受領すべきものとされていたと認めるのが相当である。

したがって、控訴人の前記主張は、採用することができない。

四  立退料の金額について

控訴人が裏金を取得したという前提に立つのであれば、控訴人が中国食品に対して現実に立退料名義で支払った二億二三四一万円のうち一三九六万二二三〇円を超える部分につき損金算入を認めないのは、控訴人が中川寛三に支払った裏金に係る取引分の手数料一八九〇万円を譲渡費用として認めたことと整合しないし、控訴人に著しい不利益を負わせる結果になり不当である旨主張する。

しかしながら、原判決が認定しているように、本件売買においては、控訴人が本件建物を現状のまま東洋總企に引き渡すことが約され、また、東洋總企と中国食品との間において、(1) 本件建物の賃貸借契約を合意解除する、(2) 東洋總企は中国食品に立退料二億八五〇〇万円を支払う旨の本件覚書が取り交わされた事実に照らせば、控訴人が中国食品に立退料を支払うべき合理的な理由はなかったというべきである。

したがって、控訴人の前記主張は、採用することができない。

よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 瀬戸正義 裁判官 西口元)

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