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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)214号 判決 1997年2月27日

東京都品川区東大井1丁目9番37号

原告

株式会社 加藤製作所

同代表者代表取締役

加藤正雄

同訴訟代理人弁護士

荒木秀一

弁理士 鈴江武彦

石川義雄

小出俊實

松見厚子

兵庫県神戸市中央区脇浜町1丁目3番18号

被告

株式会社 神戸製鋼所

同代表者代表取締役

亀高素吉

同訴訟代理人弁理士

小谷悦司

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が平成4年審判第23903号事件について平成7年6月30日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、意匠に係る物品を「自走式クレーン」とし、その形態を別紙図面のとおりとする意匠登録第766928号(昭和61年1月22日出願、平成1年4月25日登録。以下「本件登録意匠」という。)の意匠権者である。

原告は、平成4年12月18日、本件登録意匠の登録を無効とすることについて審判を請求し、平成4年審判第23903号事件として審理された結果、平成7年6月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年8月21日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  請求人の申立て及び理由

請求人(原告)は、「意匠登録第766928号の登録は無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由として概ね次のように述べ、甲第1ないし第24号証(枝番省略)を提出した。

(1) 本件登録意匠は、自走式クレーンについての意匠であり、昭和62年1月22日に出願され、平成1年4月25日に登録されたものである。そうして、本件登録意匠の構成は、<1>四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄り位置に四つの車輪を有し、後端部上方にエンジンボックスを搭載した下部走行体と、<2>下部走行体の略中央位置に、左側面視において、左側端部にキャビンを、略中央位置で後方から前方に向けて前下がり状態のブームを、右側端下方部には機器収納ボックスを各々搭載した上部旋回体が配設され、かつ、ブームの基部上部には巻き上げウインチが配設されていることを基本態様とした自走式クレーンである。しかしながら、上記の基本態様は、その出願前の公知意匠にて採用されている形状と同一もしくは極めて類似するものであり、意匠法3条1項の規定に違反して登録されたものである。よって、本件登録意匠は同法48条1項に基づき無効とされなければならない。すなわち、まず、本件登録意匠の前記<1>に関する形状については甲第2ないし第6号証等の公知意匠にみられる形状とほとんど同一である。また、<2>に関する形状については甲第7ないし第10号証にみられる形状とほとんど同一ないし極めて類似するものであり、「前下がり状態のブーム」については、甲第11ないし第13号証に示す公知意匠に示されるように多数実施されているものである。したがって、上記の態様はいずれも格別新規なものでない。さらに、「ブームの基部上方に巻き上げウインチが配設」されている点の形状については、若干特色を有する形態とはいえるものの、この分野における通常の知識を有するものであれば必要に応じて設計変更により容易にウインチの配置位置を設定できる範囲内のものであり、これも格別に新規な創作があったとは思えない。以上のとおり、本件登録意匠の構成はその出願前の各公知意匠にて採用されている基本形状とほとんど同一ないしは極めて類似するものであり、全体として新規な意匠とみることはできない(無効事由第1)。

(2) 本件登録意匠は、その出願日前において被請求人(被告)自身の行為により公知にされていたものである。すなわち、甲第14号証に示すものは被請求人によって作成された本件登録意匠に係るクレーンについての「計画仕様書」である。被請求人は当該「計画仕様書」を本件登録意匠出願前において多数のユーザーに公然と配付し、市場調査を行っていったものである。そうして、この「計画仕様書」には、本件登録意匠に係るクレーンと事実上同一のクレーンが示されている。したがって、本件登録意匠はその出願前に意匠法3条2項に定める新規性を喪失していたものであり、同法48条1項により無効とされなければならない(無効事由第2)。

2  被請求人の答弁

被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由として概ね次のように述べ、立証として、乙第1ないし第12号証(枝番省略)を提出した。

(1) 請求人は、本件登録意匠の無効理由として、本件登録意匠の自走式クレーンを下部走行体、上部旋回体、ブーム配設形状の三部分に分解し、下部走行体については、甲第2ないし第6号証、上部旋回体については、甲第7ないし第10号証、及びブームの配設形状については、甲第11ないし第13号証により、各々出願前公知であるから全体として新規な意匠とみることはできない旨主張するものであるが、この請求人主張の無効理由は、意匠法3条1項3号違反(新規性欠如)なのか、同法3条2項違反(創作性欠如)なのか論旨不明である。なお、本件登録意匠の構成上の特徴は、(A)走行時における収縮状態のブームを基端部がキャビンの側方若干後方位置でエンジンボックスよりも前方斜め上の位置において旋回フレームの上端部に枢着され、前下がり状態でキャビンの下方側部を横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わるように配設した点、(B)後端部上方にエンジンボックスを搭載した下部走行体と、キャビン、収縮状態のブーム、機器収納ボックス等の各構成が、背の高いキャビンと低い機器収納ボックスの間に収縮状態のブームが正面から観察し得る状態で前下がりに配設し、ブームの枢着部、及び機器収納ボックスの後端が下部走行体のエンジンボックスの前方上部より内寄りの位置関係に配設した点の二点にあり、この二点が本件登録意匠の要部となっている。請求人引用の甲第1ないし第13号証に示す意匠はいずれも、本件登録意匠の上記二点の要部を備えているものは全くない。したがって、本件登録意匠は新規性及び創作性を有する意匠である(無効事由第1に関して)。

(2) 甲第14号証の「計画仕様書」は確かに被請求人において作成し、この書類を持って、被請求人会社の設計者である宮沢洋が従来からご愛顧頂いている複数のユーザーを訪問し、この計画仕様書を見せてご意見を聴取した事実は存する。しかし、その際必ず未だ計画段階であるのでご内密に願いたい旨口頭で断った上での計画仕様書を示して説明し、ご意見を承った後、計画仕様書を持ち帰っていたものであり、公然と配付した事実はない。甲第14号証の「計画仕様書」が仮に出願人の意に反して本件登録意匠出願前に第三者の手に渡っていたものとしても、甲第14号証の計画仕様書に掲載されている自走式クレーンの意匠は、本件登録意匠の開発初期の未だプリミティブな意匠であって本件登録意匠の要部を明確に欠くものであり、本件登録意匠とは非類似の意匠である。したがって、甲第14号証をもって本件登録意匠の新規性を損なう資料とは到底いえない(無効事由第2に関して)。

3  判断

(1) 本件登録意匠

(a) 本件登録意匠は、昭和62年1月22日に意匠登録出願をし、平成1年4月25日に設定の登録がなされたものであり、願書の記載及び願書に添付した図面によると、意匠に係る物品を「自走式クレーン」とし、その形態を別紙図面に示すとおりとしたものである。すなわち、その基本構成は、四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄りに四つの車輪を有し、後端部上方にエンジンボックスを搭載した下部走行体と、下部走行体の略中央の左側部に背の高いキャビンを、右側部には低い機器収納ボックスを、キャビンと機器収納ボックスとの間には伸縮自在のブームを各々搭載した上部旋回体とからなるものである。そうして、その構成各部の態様は、下部走行体については、前後の車輪の上方に車輪の上面部を大きく覆う側面視が略台形状を呈する板状の泥除けを、この泥除けの間の右側部には直方体状の箱体を取り付け、エンジンボックスは前方上方部が上向きに傾斜する前後に長い角ばった箱体状のものとしたものであり、

(b) 上部旋回体については、キャビンは横幅が下部走行体の横幅の略2分の1弱、長さが下部走行体の全長の略2分の1強の角ばった箱体状のもので、その前面は中央より稍下方部が「く」の字状に前方に突出し、周側の中央より上部には一連の方形状の大きな窓が形成され、上面の天井部の前方寄りにも方形状の大きな窓が取り付けられたものであり、機器収納ボックスは、前後の長さはキャビンの長さと略同じの箱体状のものであり、ブームは、キャビンの側方若干後方位置でエンジンボックスの前方斜め上の位置においてキャビンと機器収納ボックスの間に取り付けた2枚の三角形状板の旋回フレームの後端に基端部が挿着され、収縮収納した状態では前下がり状態でキャビンの下方側部を横切り、先端が下部走行体の先端より若干突出した傾斜姿勢のものであり、その態様は、下方に取り付けた円筒状の起伏シリンダーの押圧運動により伸長した状態では複数段からなる角筒状のもので、基端部近くには楕円状のウインチが取り付けられたものである。また、上部旋回体の、後端上方部(旋回フレームの後端)には広幅の分厚いカウンターウエイトが取り付けられたものである。

(2) 無効事由第1に関して

本件登録意匠は、意匠法3条1項の規定に違反して登録されたものであるから、無効とされるべきであるとする主張について

(a) 請求人代理人は、上記の主張にあたり、本件登録意匠である自走式クレーンを、<1>下部走行体、<2>上部旋回体、<3>中央位置で後方から前方に向けて前下がりの状態のブームの三つの構成部分に分離し、その分離した各構成部分につき、<1>の下部走行体については甲第2ないし第6号証に示された自走式クレーンの下部走行体と、<2>の上部旋回体については甲第7ないし第10号証に示された自走式クレーンの上部旋回体と、<3>の中央位置で後方から前方に向け前下がりの状態で取り付けたブームについては甲第11ないし第13号証に示されたブームとそれぞれ類似するものであるとし、本件登録意匠の構成はその出願前の各公知意匠にて採用されている基本形状とほとんど同一ないしは極めて類似するものであり、全体として新規な意匠とみることはできないと主張した。

(b) しかしながら、この主張は、本件登録意匠が意匠法3条1項に規定する新規性の有無の判断をするにあたり、その前提において失当である。なぜならば、意匠は、全体として看者の視覚を通じてその美感に訴えるものであるから、意匠の類似性の有無に関する判断は意匠全体の総合的観察によって得られる美感に基づいて決せられるものである。したがって、意匠の類否を判断するに際して、全体から一般的に知られた形態的要素を含む部分を個々に取り出して、それらの個々の部分について対比観察しこれをもって全体的結論に導くということはなし得ないものである。しかるに、請求人代理人は、本件登録意匠を意匠法3条1項に規定する新規な意匠でないと主張するにあたり、本件登録意匠を<1>下部走行体、<2>上部旋回体、<3>中央位置で後方から前方に向けて前下がりの状態のブームとの三つの構成部分に分離し、その分離した各構成部分とこれに対応する各甲号証に示された意匠の構成部分とを対比し、これをもって本件登録意匠は全体として新規な意匠とみることができないと主張したものであるので、この主張は前記の理由により採用することができない。

(c) なお、請求人代理人は、本件登録意匠の「下部走行体」の形状は甲第2ないし第6号証に示されたクレーン車のそれと、「上部旋回体」の形状については甲第7ないし第10号証に示されたクレーン車のそれと、「前下がり状態のブーム」については甲第11ないし第13号証に示すそれと、それぞれほとんど同一ないし極めて類似するものであると主張するので、この点に関して判断しておく。

(d) まず、「下部走行体」について、昭和58年8月12日発行の意匠公報に記載の登録第606668号のクレーン車(甲第2号証)の下部走行体、昭和57年11月17日発行の意匠公報に記載の登録第588057号のクレーン車(甲第3号証)の下部走行体、昭和61年3月7日発行の意匠公報に記載の登録第673816号のクレーン車(甲第4号証)の下部走行体、昭和58年8月18日発行の意匠公報に記載の登録第607077号の起重機自動車(甲第5号証の1)の下部走行体、昭和58年8月26日発行の意匠公報に記載の登録第607077の類似1号の起重機自動車(甲第5号証の2)の下部走行体、1981年2月発行カタログCOLES Transit 525 P92.00に所載のクレーン車(甲第6号証)の下部走行体と本件登録意匠の下部走行体とは、その基本構成においては共通するものである。しかしながら、この共通する基本構成、すなわち、四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄りに四つの車輪を有し、後端部上方にエンジンボックスを搭載したという基本構成はこの種の物品であるクレーン車の下部走行体としては広く知られたものであり、また、形態上の共通点としては極めて概念的なものといわねばならないので類否判断を左右する要部とはなり得ない。

(e) 次に、「上部旋回体」について、昭和52年11月9日に株式会社加藤製作所が入手したカタログ、American Hoist & Derrick Co. (U.S.A) Model R213 power crane(甲第7号証)に所載のクレーン車の上部旋回体、1978年1月発行のequipment guide news(甲第8号証の1)に所載の20-ton rough terrain craneの上部旋回体、1974年9月17日登録の米国特許第3836025号(甲第9号証)に所載のクレーン車の上部旋回体、1977年12月発行のAMERICAN POW' R-CRANE(甲第10号証)P4.00に所載のクレーン車の上部旋回体と、本件登録意匠の上部旋回体とは、その上部旋回体を形成するキャビン、機器収納ボックス、ブームの構成及びその具体的態様においてそれぞれ著しい差異が認められるので到底類似するものとはいえない。また、「中央位置で後方から前方に向けて前下がりの状態のブーム」については、1973年8月発行のLOED HANDLER MODEL 554(甲第11号証)のP5.00に所載のクレーン車に取り付けたブーム、本件審判請求人が本件意匠登録出願前に製造し、昭和52年8月8日に前田建設工業株式会社に販売したとされるクレーン車(甲第12号証1・2)に取り付けたブーム、1970年5月発行のBantam S-626 telekruiser rail-roader(甲第13号証)OPY-19 P22.64に所載のクレーン車に取り付けたブームと、本件登録意匠に取り付けたブームとは、単にブームを前下がり状態に取り付けたという概念的な共通点が認められるのみである。

(3) 無効事由第2に関して

本件登録意匠は、本件登録意匠出願前に多数のユーザーに公然と配付した甲第14号証に示されるクレーン車の意匠と同一であるので意匠法3条2項に定める新規性を喪失していたものであるとの主張について(請求人代理人は、上記の主張にあたり本件登録意匠は意匠法3条2項に該当すると主張している。)

(a) 甲第14号証は、株式会社神戸製鋼所が作成した「MW100/50ホイールクレーン」に関する計画仕様書である。そうして、この計画仕様書は「MW100/50ホイールクレーンの特徴」(1頁)、MW100/50ホイールクレーンの「主要緒元」及び「クレーン部主要緒元」(2-3頁)、「キャリヤ部主要緒元」(4頁)、「他社7トントラッククレーンとMW100/50との比較」として三つのクレーン車の側面図(5頁)、「直角旋回軌跡図」(6頁)、「MW100/50の全体図」としてクレーン車の平面図、正面図、側面図(7頁)とからなるものである。

(b) しかしながら、上記の計画仕様書に所載のクレーン車の各図面は、いずれもクレーン車の形態の一部及び全体のアウトラインを実線及び点線で示したものであり、この計画仕様書に掲載の各図面を総合してもクレーン車全体の具体的態様、すなわち、下部走行体及び上部旋回体のキャビン、機器収納ボックス、ブーム並びにブームを枢着する旋回フレーム等の具体的態様は特定することができない。また、計画仕様書に記載の説明文等を総合しても当該意匠の具体的な構成態様がどのようなものであるかを当業者の立場からみても想定することは到底できない。

(4) むすび

以上のとおりであるので、請求人代理人の主張はいずれも理由がなく、その提出した証拠及び主張をもっては、本件登録意匠が意匠法3条1項、もしくは同2項の規定に違反して登録されたものとすることはできない。

したがって、本件登録意匠の登録を無効とすることはできない。

三  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1、2は認める。同3(1)(a)は認め、同(b)は争う。同3(2)(a)、(c)、(d)は認め、同(b)、(e)は争う。同3(3)(a)は認め、同(b)は争う。同3(4)は争う。

審決には、本件登録意匠の特徴を正しく認定していない理由不備の違法があり、また、原告主張の無効事由第1、第2に対する判断の誤り、理由不備の違法がある。

1  取消事由1(本件登録意匠の特徴を正しく認定していない理由不備の違法)

本件登録意匠と引用公知意匠との類否を正しく検討するためには、まず本件登録意匠の特徴(要部)が正しく認定されていることが前提であり、そのためには少なくとも次の事項が加えられるべきであって、審決における本件登録意匠の認定は正当とはいえず、理由不備の違法がある。

(イ)審決書(甲第1号証)9頁15行目の「のであり、」の次に、キャビンの位置関係について、「キャビンの配置は前後車輪間で各車輪の幅の1/3程度それぞれ中心に寄った位置に配置されている。」が加えられるべきである。

(ロ)同9頁8行目の「り、」の次に、下部走行体の説明として、「エンジンボックスの上面の高さは機器収納ボックスより高く、エンジンボックスの位置は、機器収納ボックスの下方に向かって内側に傾斜した尾端から後部車輪上方で旋回フレーム後端にあるカウンターウエイトの厚みを越える幅の空間部を置いて、後部に配置されている。」が加えられるべきである。

本件登録意匠にあっては、この空間部はブーム上でキャビンの飾りのように取り付けられている瓢箪形状のウインチと相互関係にある。すなわち、通常はこの空間部にウインチが設けられているが、本件登録意匠にあってはブーム上にウインチを設けたためこの部分を空間部となし得たのである。また、この空間部により上部旋回体の回転角度を大きくとれるという本件登録意匠に係るクレーン車の大きな特徴がある。したがって、本件登録意匠におけるこの空間部の形状はクレーンの形状としてはありふれたものではなく、本件登録意匠の大きな特徴となっている。

(ハ)機器収納ボックスの説明について、同9頁16行の「箱体状」の前に「後方に向かい傾斜している前後面からなる」が加えられるべきである。

本件登録意匠の機器収納ボックスが正面視横長平行四辺形であることは大きな特徴であるからである。

(ニ)同10頁6行目から7行目にかけての「基端部近くには楕円状のウインチが取り付けられたものである」いう認定を、「基端部近くのキャビン後部の窓なし部を覆う形でその前面に瓢箪形状のウインチが取り付けられている」とすべきである。

2  取消事由2(無効事由第1に対する判断の誤り、理由不備の違法)

(1) 審決は、「意匠の類否を判断するに際して、全体から一般的に知られた形態的要素を含む部分を個々に取り出して、それらの個々の部分について対比観察しこれをもって全体的結論に導くということはなし得ないものである。」(甲第1号証11頁18行ないし12頁2行)として、請求人(原告)の主張はその前提において失当であるとしているが、これは原告の主張を正しく理解したものではない。

すなわち、自走式クレーンにあっては、下部走行体と上部旋回体とはもともと分離して製造され、官庁における認可も下部走行体に関しては運輸省であり、上部旋回体に関しては労働省である。そして、現実の取引においても、これらが分離独立して販売されることもある。また、特許庁における意匠登録においても、これらが分離して登録されている状況にある(甲第27号証の1ないし6)。

したがって、取引者、需要者は、全体の構成態様をもってその意匠を認識するばかりでなく、分離独立して販売されることのある各部分の特徴についても自ずと注意を払っているのであり、これらの各部が結合してなるクレーンにあっては、全体の構成態様に特別の特徴でもない限り、換言すれば、結合により従来とは異なる特有の形状がない限り、全体としても従来のものと比較して別異の印象を持たないというべきである。

かかる観点から、本件審判手続において、原告は、本件登録意匠を三つの構成に分離し、これらすべての構成、形状は従来から当たり前のもので、その結合も当たり前のものであるから、全体として新規性を欠如し(意匠法3条1項)、当業者であればこれらの公知意匠に基づき容易に創作し得る意匠(同条2項)であることを主張したのであるが、この主張が誤りであるというのは不当である。現に審決においても、下部走行体の形状は要部とはならないとし、本件登録意匠と原告が提出した公知意匠との類否をその上部旋回体との比較においてのみ判断している。したがって、審決の上記判断は原告の主張を正しく理解したものとはいえず、判断を誤ったものである。

なお、原告は、審判請求書において、ウインチの位置及びその形状に関連して、「ブームの基部上方に巻き上げウインチが配設されている点の形状については、若干特色を有する形態とは言える」(乙第1号証4責12行ないし15行)とし、この点に関しては従来の広く知られたクレーンの形状と比較して創作性が認められる余地があるとしつつも、「格別に新規な創作があったものとは思えない」(同4頁下から3行)として、本件登録意匠の創作性の有無についても主張している。

(2) 本件審判手続において、被告は、本件登録意匠の要部について、審決に摘示の(A)(B)のように二つの抽象的概念をもって主張し、原告は、本件登録意匠の要部が被告の主張する(A)(B)のような概念的なものであるならば、それらは原告提出の公知意匠に示されているところの慣用形状であるから、本件登録意匠は意匠法3条1項の新規性を欠如している旨主張した。

しかるに審決は、当事者の上記主張について全く判断を示していないばかりか、本件登録意匠の具体的特徴(要部)が何かについても認定せず、単に「上部旋回体を形成するキャビン、機器収納ボックス、ブームの構成及びその具体的態様においてそれぞれ著しい差異が認められる」(甲第1号証14頁17行ないし末行)としているのみで、その「具体的態様」が何かについては明確にしていない。

本件登録意匠の具体的特徴(要部)は、<1>キャビン、<2>機器収納ボックス、<3>前下がり状態のブームからなる基本的構成に、より具体的な特徴を示す形状、すなわち、<4>瓢箪形状のウインチがキャビンの横後方の高い位置にキャビンの飾りのように配置されている形状、<5>上部旋回体後端上部に分厚いカウンターウエイトを設けた形状、<6>ウインチがブーム上部に配置されたことに関連し、上部旋回体後端下部が内側に向けて切り取られ後方には突出せず、エンジンボックスとの間に後部車輪と略同幅の空間部が設けられた形状、<7>機器収納ボックスの長さはキャビンの長さとほぼ同じ、等の点を加えた形状にあると考えなければならない。

本件登録意匠において、<1>キャビン、<2>機器収納ボックス、<3>ブーム、<4>三角形状支持フレームからなる上部旋回体の基本的構成は、本件登録意匠出願前から多くのクレーンで慣用されている一般的な形状を示すものであり、本件登録意匠の要部とはならない。すなわち、これら各部からなる上部旋回体の基本的構成は、甲第12号証の1・2(原告のパイオニアデザインにかかる自走式クレーン)や甲第28号証(実開昭59-100790公報)により公知である。これらの公知意匠には、背の高いキャビン、前下がり状態になりうるブーム、機器収納ボックス等からなるクレーンで各部の基本的構成、配置を本件登録意匠と同じくするクレーンが示されているのである。

審決は、「具体的態様において異なる」としているが、その「具体的態様」が何かについては明確にしていないのであって、実質的には、一般的、慣用的形状をもって要部と認定しているにすぎない。

そうであれば、上記<1>ないし<4>からなる基本的構成はクレーンで慣用されている形状であることからして、本件登録意匠は、新規性を有しないもの、あるいは、当業者であれば容易に創作し得たものというべきである。

(3) 審決の認定する、本件登録意匠の上部旋回体におけるキャビン、機器収納ボックス及びブームの具体的構成態様と、甲第12号証の1・2、甲第28号証に示す形状とを比較すると、<1>キャビンの形状はいずれも同じであり、<2>機器収納ボックスの形状は、甲第12号証の1・2のものは後ろの長さがキャビンの最後尾から更に後方に突出している点で相違し、また、<3>本件登録意匠にあっては、楕円形のウインチがブーム上部でキャビンの横後方のブームの基端部近くにあるが、甲第12号証の1・2及び甲第28号証のものは、これとは異なる位置に配設されている点で相違している。

そうすると、審決においては、上記<2>、<3>における差異が本件登録意匠と甲第12号証の1・2に記載のものとにおける「具体的態様の差異」であると考え、互いに非類似であるとの判断をしたものとみるほかない。

しかし、審決では、本件登録意匠の具体的特徴(要部)が何かについて認定せず、甲第12号証の1・2との対比においては、わずかに「単にブームを前下がり状態に取り付けたという概念的な共通点が認められるのみである。」(甲第1号証15頁12行ないし14行)と述べるにすぎず、上記に示した両者の共通点、相違点についてはほとんど分析されていない。したがって、本件登録意匠と具体的に引用公知意匠とどの点において異なり、どの点に新規性、創作性が認められるのか不明であり、明らかに理由不備がある。

3  取消事由2(無効事由第2に対する判断の誤り、理由不備の違法)

本件計画仕様書(甲第14号証)は、実際の製造開始前に顧客に閲覧・配付して意見を徴収し、最終的な製造に備えるためのものであり、業界では事前にこのような仕様書を配付するのは半ば慣行として行われているものである。

本件計画仕様書は、従来型のクレーンの上に本件登録意匠と基本的態様を同じくするクレーンを重ねて描いており、本件計画仕様書に開示された意匠をみてみると、本件登録意匠に係るクレーンが特徴とする基本的形状がほぼそのまま表れている。そして、本件登録意匠が最も特徴とするところの形状、すなわち、ウインチがキャビン横後方で運転者の目線よりも高いブーム上部の大変目立つ位置に配設されており、その配置位置も本件登録意匠と同じとなっている。このウインチの特殊な配設位置は本件登録意匠における要部をなすものである。もし、本件登録意匠と本件計画仕様書に示された意匠とにおいて異なる形状があるとすれば、ウインチの形状、すなわち、特異な瓢箪形状と、機器収納ボックスの有無とその正面視横長平行四辺形の点のみである。

したがって、当業者から見れば、本件計画仕様書に開示された意匠が本件登録意匠に係るクレーンと同一でないまでも、極めて類似するものであることは直ちに判明できるものであって、審決のいうような「業者であっても到底想定出来ない」というようなものではない。

上記のとおり、本件計画仕様書は本件登録意匠に対する公知意匠としての資格を十分に有しているものであるにもかかわらず、審決はこれとの類否について審理、判断をしなかったものであって、判断の誤り及び理由不備の違法がある。

第三  請求の原因に対する認否及び反論

一  請求の原因一、二は認める。同三は争う。審決の認定、判断に原告主張の誤りはない。

二  反論

1  取消事由1について

原告が本件登録意匠の説明として付け加えるべきであると主張する(イ)ないし(ニ)は、いずれもクレーン車という大型機器においては、全体観察上微細な形状部分であって特徴といえるほどのものではない。

クレーン車という大型機器の意匠の説明文としては審決の説明は適切であり、何ら違法とされるべきものではない。

2  取消事由2について

(1) 原告は、本件審判段階における甲第2号証ないし甲第13号証の各公知意匠に基づく無効理由として、意匠法3条1項違反、すなわち新規性に欠ける旨の主張しかしておらず、同法3条2項違反、すなわち創作性に欠ける旨の主張は一切していない。審決もまた同様に、同法3条1項違反に関する判断を示しているが、同法3条2項違反に関する判断は一切示していない。

したがって、原告の同法3条2項違反の主張は、審決取消訴訟における事実審理の範囲に関する最高裁大法廷判決(昭和42年(行ツ)第28号、昭和51年3月10日判決、民集30巻2号79頁)の趣旨に明らかに反するもので到底許されない。

(2) 原告は、本件登録意匠が意匠法3条1項の規定に反して登録されたとする主張において、本件登録意匠と引用意匠とを全体として対比して類似すると判断することなく、本件登録意匠を下部走行体、上部旋回体、前下がりのブーム等の構成要素に分解し、各構成要素毎に甲第2号証ないし甲第13号証の各公知意匠の当該構成要素と対比して、本件登録意匠の各構成要素が各々異なる引用公知意匠中の相対応する構成要素と類似するから、全体としても新規性に欠ける旨の主張をしているが、この原告の主張は、意匠の類否判断の鉄則といわれている全体的総合観察に反しており、明らかに誤りである。

ちなみに、甲第2号証ないし甲第6号証には、本件登録意匠の構成要素中、下部走行体の基本的形状が示されていることは認めるが、上部旋回体の構成及び上部旋回体と下部走行体の組合わせ方において大きく異なるものであり、本件登録意匠全体の公知例とはいえないこと歴然としている。

また、本件登録意匠の構成要素中上部旋回体及びブームの配設形状の公知例として挙げている甲第7号証ないし甲第13号証は、いずれも本件登録意匠の構成要素中の上部旋回体及びブームの配設形状の中の更に部分的、かつ概念的な公知例にすぎず、本件登録意匠全体の公知例でないことは勿論のこと、本件登録意匠における上記構成要素の公知例ともいえるものでない。

(3) 本件登録意匠の構成上の特徴は、(A)走行時における収縮状態のブームを基端部がキャビンの側方若干後方位置でエンジンボックスよりも前方斜め上の位置(下部走行体の中央寄りの位置)において旋回フレームの上端部に枢着され、左下がり(前下がり)状態でキャビンの下方側部を横切り、先端部が下部走行体の先端より若干突出して下部走行体に近接した位置で終わるように配設した点、(B)後端部上方にエンジンボックスを搭載した下部走行体と、キャビン、収縮状態のブーム、機器収納ボックス等の各構成要素の組合せ配置関係を図示のように、背の高いキャビンと低い機器収納ボックスの間に収縮状態のブームが正面から観察し得る状態で前下がりに配設し、ブームの枢着部、及び機器収納ボックスの後端が下部走行体のエンジンボックスの前方上部より内寄りの位置関係に配設した点の二点を同時に備えているところにあり、この二点が狭所進入性に優れ、上部旋回体の後端旋回半径が小さくて小回り性のよいコンパクトで看者に不安定感や威圧感を与えない本件登録意匠の要部となっており、取引者、需要者の注意を強く惹く支配的部分となっている。

3  取消事由3について

本件計画仕様書(甲第14号証)は、開発が完了した後に作成される単なる「仕様書」とは異なり、着想段階において、一部のユーザーのご意見を伺うためにプリミティブな開発構想を図面化したものにすぎず、審決がいうようにクレーン車を構成する各構成要素の具体的な態様を特定することができないものである。

また、本件計画仕様書は、本件登録意匠出願前に公然と不特定多数人に配付されたものではない。

本件計画仕様書が仮に被告の意に反して本件登録意匠の出願前に第三者の手に渡っていたとしても、本件計画仕様書に掲載されている自走式クレーンの意匠は、上記のとおり本件登録意匠の開発初期の未だプリミティブな意匠であって、本件登録意匠の要部を明確に欠く本件登録意匠とは非類似の意匠である。したがって、甲第14号証をもって本件登録意匠の新規性を損なう資料とは到底いえない。

第四  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)、審決の理由の要点1(請求人の申立て及び理由)及び2(被請求人の答弁)は、当事者間に争いがない。

二  取消事由1について

1(1)  本件登録意匠の基本構成は、四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄りに四つの車輪を有し、後端部上方にエンジンボックスを搭載した下部走行体と、下部走行体の略中央の左側部に背の高いキャビンを、右側部には低い機器収納ボックスを、キャビンと機器収納ボックスとの間には伸縮自在のブームを各々搭載した上部旋回体とからなるものであること、下部走行体は、前後の車輪の上方に車輪の上面部を大きく覆う側面視が略台形状を呈する板状の泥除けを、この泥除けの間の右側部には直方体状の箱体を取り付け、エンジンボックスは前方上方部が上向きに傾斜する前後に長い角ばった箱体状のものとしたものであることは、当事者間に争いがない。

(2)  本件登録意匠の形態を示す別紙図面によれば、「上部旋回体については、キャビンは、横幅が下部走行体の横幅の略2分の1弱、長さが下部走行体の全長の略2分の1強の角ばった箱体状のもので、その前面は中央より稍下方部が「く」の字状に前方に突出し、周側の中央より上部には一連の方形状の大きな窓が形成され、上面の天井部の前方寄りにも方形状の大きな窓が取り付けられたものであり、機器収納ボックスは、前後の長さがキャビンの長さと略同じ箱体状のものであり、ブームは、キャビンの側方若干後方位置でエンジンボックスの前方斜め上の位置においてキャビンと機器収納ボックスの間に取り付けた2枚の三角形状板の旋回フレームの後端に基端部が挿着され、収縮収納した状態では前下がり状態でキャビンの下方側部を横切り、先端が下部走行体の先端より若干突出した傾斜姿勢のものであり、その態様は、下方に取り付けた円筒状の起伏シリンダーの押圧運動により伸長した状態では複数段からなる角筒状のもので、基端部近くには楕円状のウインチが取り付けられたものである。また、上部旋回体の、後端上方部(旋回フレームの後端)には広幅の分厚いカウンターウエイトが取り付けられたものである。」(甲第1号証9頁8行ないし10頁10行)とした審決の認定に誤りはないものと認められる。

2(1)  原告は、キャビンの位置関係について、「キャビンの配置は前後車輪間で各車輪の幅の1/3程度それぞれ中心に寄った位置に配置されている。」という説明が加えられるべきである旨主張するが、本件登録意匠に係る物品が「自走式クレーン」という大型機器であることからすると、全体観察上、上記のような説明までが必要であるとは認め難く、キャビンの配置位置についての「下部走行体の略中央の左側部」(甲第1号証8頁17行、18行)という審決の説明で特に不都合はないものというべきである。

(2)  原告は、下部走行体の説明として、「エンジンボックスの上面の高さは機器収納ボックスより高く、エンジンボックスの位置は、機器収納ボックスの下方に向かって内側に傾斜した尾端から後部車輪上方で旋回フレーム後端にあるカウンターウエイトの厚みを越える幅の空間部を置いて、後部に配置されている。」が加えられるべきである旨主張する。

確かにエンジンボックスの上面の高さは機器収納ボックスの高さより高いが、キャビンと機器収納ボックスとの高さの違いに比べてその程度は小さく、特に取り上げて説明しなければならないという程のものとは認められない。

別紙図面によれば、上部旋回体後端下部を内側に向かって切り取り空間部が設けられていることが認められるが、本件において原告は、この点を取り上げて、公知意匠との対比等をしているわけではないし、審決が、「(下部走行体の)後端部上方にエンジンボックスを搭載した」(甲第1号証8頁16行、17行)、「エンジンボックスは前方上方部が上向きに傾斜する前後に長い角ばった箱体状のもの」(同9頁5行ないし7行)と説明していることを併せ考えると、審決が原告の主張するような空間部の説明を加えなかったことをもって、理由不備の違法があるとまでは認められない。

(3)  原告は、機器収納ボックスについて、「後方に向かい傾斜している前後面からなる」という説明が加えられるべきである旨主張するが、この形状が、本件登録意匠の全体観察上特に取り上げなければならない程の特徴であるとは認められられない。

(4)  原告は、審決の「基端部近くには楕円形のウインチが取り付けられたものである」という認定を、「基端部近くのキャビン後部の窓なし部を覆う形でその前面に瓢箪形のウインチが取り付けられている」とすべきである旨主張するが、このような微細な点についてまでの認定がないからといって理由不備の違法があるとは認められない。

3  以上のとおりであって、本件登録意匠の構成についての審決の認定に原告主張の理由不備の違法があるとは認められず、取消事由1は理由がない。

三  取消事由2について

1  原告は、審決が、「意匠の類否を判断するに際して、全体から一般的に知られた形態的要素を含む部分を個々に取り出して、それらの個々の部分について対比観察しこれをもって全体的結論に導くということはなし得ないものである。」(甲第1号証11頁18行ないし12頁2行)として、原告の主張はその前提において失当であるとした点について、自走式クレーンにあっては、下部走行体と上部旋回体とがもともと分離して製造され、官庁における認可も下部走行体に関しては運輸省、上部旋回体に関しては労働省であること、現実の取引においても、これらが分離独立して販売されることもあること、特許庁における意匠登録においても、これらが分離して登録されている状況にあることから、取引者、需要者は、全体の構成態様をもってその意匠を認識するばかりでなく、分離独立して販売されることのある各部分の特徴についても自ずと注意を払っているのであり、これらの各部が結合してなるクレーンにあっては、全体の構成態様に特別の特徴でもない限り、全体としても従来のものと比較して別異の印象を持たないというべきであって、このことから、原告は、本件登録意匠を三つの構成に分離し、これらすべての構成、形状は従来から当たり前のもので、その結合も当たり前のものであるから、全体として新規性を欠如し(意匠法3条1項)、当業者であればこれらの公知意匠に基づき容易に創作し得る意匠(同条2項)であることを主張したのであって、この主張が誤りであるというのは、審決が原告の主張を正しく理解したものとはいえず、判断を誤ったものである旨主張する。

しかし、当事者間に争いのない審決の理由の要点3(2)(a)の事実と成立に争いのない乙第1号証によれば、原告は、本件審判手続において、本件登録意匠が意匠法3条1項の規定に違反して登録されたものであるとの主張をするにあたり、本件登録意匠である自走式クレーンを、<1>下部走行体、<2>上部旋回体、<3>中央位置で後方から前方に向けて前下がりの状態のブームの三つの構成部分に分離し、「四つのコーナー部にアウトリガーを配し、各アウトリガーの内寄り位置に四つの車輪を有し、後端部上方にエンジンボックスを搭載した下部走行体」に関する形状については甲第2ないし第6号証の公知意匠にみられる形状と、「下部走行体の略中央位置に、左側面視において、左側端部にキャビンを、略中央位置で後方から前方に向けて前下がり状態のブームを、右側端下方部には機器収納ボックスを各々搭載した上部旋回体」に関する形状については甲第7ないし第10号証にみられる形状と、「前下がり状態のブーム」については甲第11ないし第13号証に示されたブームと、それぞれほとんど同一ないし極めて類似するものであって、本件登録意匠の構成は出願前の各公知意匠とほとんど同一ないし極めて類似するものであり、「ブームの基部上方に巻き上げウインチが配設」されている点の形状については格別に新規な創作があったとは思えないとして、全体として新規な意匠とみることはできない旨明確に主張していたことが認められること、審決の説示するとおり、意匠は、全体として看者の視覚を通じてその美感に訴えるものであるから、意匠の類似性の有無に関する判断は意匠全体の総合的観察によって得られる美感に基づいて決せられるものであり、意匠の類否を判断するに際して、全体から一般的に知られた形態的要素を含む部分を個々に取り出して、それらの個々の部分について対比観察しこれをもって全体的結論に導くということはなし得ないものであること、成立に争いのない甲第27号証の1ないし6によれば、クレーン車の上部旋回体の意匠のみについて意匠登録される場合があることが認められ、また、自走式クレーンの下部走行体と上部旋回体とは分離して製造され、官庁における認可も下部走行体に関しては運輸省、上部旋回体に関しては労働省であり、現実の取引において、これらが分離独立して販売されることがあるとしても、本件において問題となっていることは、一個の意匠である本件登録意匠が意匠法3条1項に規定する新規性を有するか否かということであるから、その判断は、一個の意匠としての本件登録意匠から醸出される美感を全体的に観察して行うべきであることは当然であって、上記のような事情を考慮して、本件登録意匠を各構成要素に分離し、構成要素毎に公知意匠との対比観察を行い、それをもって、本件登録意匠の新規性の有無を判断することが相当でないことは明らかであるから、審決が、原告の主張についてその前提において失当であるとした判断に誤りはなく、原告の上記主張は理由がない。

また、前記審決の理由の要点、前記乙第1号証及び成立に争いのない乙第2号証によれば、原告は、本件審判手続において、無効事由第1としては、本件登録意匠が意匠法3条1項に違反して登録されたものであることのみを主張していて、同条2項に違反して登録されたものであることの主張はしていないことが認められ、本訴において同条2項違反の主張をすることは許されないものというべきである。

原告は、審判請求書において、ウインチの位置及びその形状に関連し、「ブームの基部上方に巻き上げウインチが配設されている点の形状については、若干特色を有する形態とは言える」(乙第1号証4頁12行ないし14行)とし、この点に関しては従来の広く知られたクレーンの形状と比較して創作性が認められる余地があるとしつつも、「格別に新規な創作があったものとは思えない」(同4頁下から3行)として、本件登録意匠の創作性の有無についても主張している旨主張するが、乙第1号証の上記各記載は、ウインチの配設位置の設定についての容易性を述べるものであって、本件登録意匠の創作容易性を述べるものではなく、上記主張は採用できない。

2(1)  原告は、本件審判手続において、被告は本件登録意匠の要部につき審決摘示の(A)(B)に存することを主張し、原告は、本件登録意匠の要部が上記(A)(B)のような概念的なものであるならば、それらは原告提出の公知意匠に示されているところの慣用形状であるから、本件登録意匠は意匠法3条1項の新規性を欠如している旨主張したところ、審決は当事者の上記主張について全く判断を示していない旨主張するが、原告が、本件審判手続において上記のような明確な主張をしたことを認めるべき証拠はない。

(2)  原告は、本件登録意匠の具体的特徴(要部)は、<1>キャビン、<2>機器収納ボックス、<3>前下がり状態のブームからなる基本的構成に、より具体的な特徴を示す形状、すなわち、<4>瓢箪形状のウインチがキャビンの横後方の高い位置にキャビンの飾りのように配置されている形状、<5>上部旋回体後端上部に分厚いカウンターウエイトを設けた形状、<6>ウインチがブーム上部に配置されたことに関連し、上部旋回体後端下部が内側に向けて切り取られ後方には突出せず、エンジンボックスとの間に後部車輪と略同幅の空間部が設けられた形状、<7>機器収納ボックスの長さはキャビンの長さとほぼ同じ、等の点を加えた形状にあって、<1>キャビン、<2>機器収納ボックス、<3>ブーム、<4>三角形状支持フレームからなる上部旋回体の基本的構成は、甲第12号証の1・2や甲第28号証に示されるとおり、本件登録意匠出願前から多くのクレーンで慣用されている一般的な形状であって本件登録意匠の要部とはならないところ、審決は、「具体的態様において異なる」としているものの、その「具体的態様」が何かについては明確にしておらず、実質的には、一般的、慣用的形状をもって要部と認定しているにすぎないのであって、そうであれば、上記<1>ないし<4>からなる基本的構成はクレーンで慣用されている形状であることからして、本件登録意匠は、新規性を有しないもの、あるいは、当業者であれば容易に創作し得たものというべきである旨主張する。

審決は、甲第7ないし第10号証に所載のクレーン車の上部旋回体と、本件登録意匠の上部旋回体とを対比して、「その上部旋回体を形成するキャビン、機器収納ボックス、ブームの構成およびその具体的態様においてそれぞれ著しい差異が認められる」(甲第1号証17行ないし末行)としながら、その「具体的態様」について明確にしていないが、審決が、実質的に、原告のいう一般的、慣用的形状をもって本件登録意匠の要部と認定しているものでないことは、前記審決の理由の要点から明らかであり、この点を前提とする原告の上記主張は理由がないものというべきである。

また、原告は、上記の各点に本件登録意匠の要部があるとしながら、本件登録意匠と対比すべき公知意匠を引用し、要部における本件登録意匠と公知意匠との共通性を指摘して、無効事由第1についての審決の判断の誤りを主張するというわけではないから、本件登録意匠の要部が原告主張のとおりであるか否かについて検討する必要があるとは認められず、したがって、この点についての検討は加えないこととする。

なお、本訴において意匠法3条2項違反の主張が許されないことは、前記説示のとおりである。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

3  原告は、審決が認定する、本件登録意匠の上部旋回体におけるキャビン、機器収納ボックス及びブームの具体的構成態様と、甲第12号証の1・2、甲第28号証に示す形状とを比較すると、<1>キャビンの形状はいずれも同じであり、<2>機器収納ボックスの形状は甲第12号証の1・2のものは後ろの長さがキャビンの最後尾から更に後方に突出している点で相違し、また、<3>本件登録意匠にあっては、楕円形のウインチがブーム上部でキャビンの横後方のブームの基端部近くにあるが、甲第12号証の1・2及び甲第28号証のものは、これとは異なる位置に配設されている点で相違しているから、審決においては、上記<2>、<3>における差異が本件登録意匠と甲第12号証の1・2のものとにおける「具体的態様の差異」であると考え、互いに非類似であるとの判断をしたものとみるほかないが、審決では、本件登録意匠の具体的特徴(要部)が何かについて認定せず、甲第12号証の1・2との対比においては、わずかに「単にブームを前下がり状態に取り付けたという概念的な共通点が認められるのみである。」と述べるにすぎず、上記の両者の共通点、相違点についてはほとんど分析されていないのであって、本件登録意匠と引用公知意匠とが具体的にどの点において異なり、どの点に新規性、創作性が認められるのか不明であり、明らかに理由不備がある旨主張する。

しかし、前記審決の理由の要点からも明らかなとおり、審決は、原告が、本件登録意匠を意匠法3条1項に規定する新規な意匠でないと主張するにあたり、本件登録意匠を、<1>下部走行体、<2>上部旋回体、<3>中央位置で後方から前方に向けて前下がりの状態のブームとの三つの構成部分に分離し、その分離した各構成部分とこれに対応する各甲号証に示された意匠の構成部分とを対比し、これをもって本件登録意匠は全体として新規な意匠とみることができないと主張したため、この主張及び立証を前提として、原告の主張をその前提において失当であると判断したものであり(この判断が正当であることは前記説示のとおりである。)、ただ、原告の主張に従い、なお書きとして念のため、下部走行体、上部旋回体及びブームのそれぞれについて原告提出の公知意匠との類否につき検討し、その中で「甲第7ないし第10号証に所載のクレーン車の上部旋回体と、本件登録意匠の上部旋回体とは、その上部旋回体を形成するキャビン、機器収納ボックス、ブームの構成及びその具体的態様において著しい差異が認められるので到底類似するものとはいえない。」、「甲第11号証、第12号証の1・2、第13号証に所載のクレーン車に取り付けたブームと、本件登録意匠に取り付けたブームとは、単にブームを前下がり状態に取り付けたという概念的な共通点が認められるのみである。」と説示しているにすぎず、審決自体は、下部走行体、上部旋回体及びブームのそれぞれについて公知意匠と対比観察し、そこから本件登録意匠について全体的な類否判断をするというような手法を採っているわけではないから、上部旋回体やブームについて、公知意匠との具体的な共通点、相違点を摘示、認定しなかったからといって理由不備の違法があるとは認められない。

もっとも、審決は、本件登録意匠の下部走行体と甲第2ないし第6号証のクレーン車の下部走行体に共通する基本構成は類否判断を左右する要部とはなり得ないとの判断を示しながら、本件登録意匠の要部がどの構成、形状に存するかについての判断を示しておらず、この点は必ずしも適切であるとは認められないが、本件審判手続における原告の主張・立証内容に照らすと、上記の点に理由不備の違法があるとまでは認め難い。

4  以上のとおりであって、取消事由2は理由がない。

四  取消事由3について

1  甲第14号証の本件計画仕様書は株式会社神戸製鋼所が作成した「MW100/50ホイールクレーン」に関するものであること、本件計画仕様書は「MW100/50ホイールクレーンの特徴」(1頁)、MW100/50ホイールクレーンの「主要緒元」及び「クレーン部主要緒元」(2-3頁)、「キャリヤ部主要緒元」(4頁)、「他社7トントラッククレーンとMW100/50との比較」として3つのクレーン車の側面図(5頁)、「直角旋回軌跡図」(6頁)、「MW100/50の全体図」としてクレーン車の平面図、正面図、側面図(7頁)とからなるものであることは、当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いのない甲第14号証によれば、本件計画仕様書は昭和61年5月10日ころ作成されたものであることが認められる。

2  原告は、本件計画仕様書に開示された意匠をみてみると、本件登録意匠に係るクレーンが特徴とする基本的形状がほぼそのまま表れており、当業者から見れば、本件計画仕様書に開示された意匠が本件登録意匠に係るクレーンと極めて類似するものであることは直ちに判明できるものであって、審決のいうような「業者であっても到底想定出来ない」というようなものではなく、本件計画仕様書は本件登録意匠に対する公知意匠としての資格を十分有しているものであるにもかかわらず、審決はこれとの類否について審理、判断をしなかったもので、判断の誤り及び理由不備の違法がある旨主張する。

しかし、本件計画仕様書に所載のMW100/50ホイールクレーンの各図面は、いずれもクレーン車の形態の一部及び全体のアウトラインを実線及び点線で示したものであって、クレーン車全体の具体的態様を必ずしも十分に特定することができないものであるうえ、本件計画仕様書に記載のクレーンの意匠では、本件登録意匠では下部走行体に搭載されている機器収納ボックスが表されていないこと、本件登録意匠ではブームの基端部がエンジンボックスの前方斜め上の位置において旋回フレームの後端に挿着されているのに対し、本件計画仕様書に記載のものではブームの基端部がエンジンボックスの真上の位置において旋回フレームの後端に挿着されていることから、本件登録意匠は本件計画仕様書に記載のクレーンの意匠と類似しているとは認め難いから、本件登録意匠は意匠法3条1項の規定に違反して登録されたものとすることはできないとした審決の結論に誤りはなく、原告主張の違法があるとは認められない。

3  以上のとおりであって、取消事由3は理由がない。

五  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙 本件登録意匠

意匠に係る物品 自走式クレーン

<省略>

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