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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)185号 判決 1997年4月23日

アメリカ合衆国オハイオ州 44092 ウイツクリフ レイクランド・ブールバード 29400

原告

ザ・ルブリゾール・コーポレーション

代表者

ステファン・エイ・ディ・ビアス

訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

橋本良郎

斉藤洋伸

花輪義男

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

中野修身

吉村康男

花岡明子

伊藤三男

主文

特許庁が、平成5年審判第1223号事件について、平成7年2月7日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨。

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1982年5月7日にアメリカ合衆国でした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和58年4月20日、名称を「潤滑剤用添加剤組成物、添加剤濃縮物および潤滑組成物」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭58-68497号)が、平成4年10月27日に拒絶査定を受けたので、平成5年1月25日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成5年審判第1223号事件として審理したうえ、平成7年2月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成7年4月5日、原告に送達された。

2  本願の特許請求の範囲第1項記載の発明の要旨

(A)酸部位にオレフィン不飽和物を有する少なくとも1種の脂肪酸エステルと、(B)プロピレン、イソブテン、それらの二量体、三量体及び四量体のうちの少なくとも1種の硫化生成物を含み、前記(A)と(B)の重量比は、約0.2:1~0.5:1であり、銅の腐食を減少せしめ、かつホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない潤滑剤を提供する潤滑剤用添加剤組成物。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、特公昭49-45769号公報(以下「引用例」といい、その6頁例6に記載された発明を「引用例発明」という。)から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告の主張

審決の理由中、本願発明と引用例発明の一致点及び各相違点の認定、相違点(1)及び(4)についての判断は認める。

審決は、引用例の記載事項の認定において、引用例発明の必須成分を看過して本願発明との対比を行い、その結果相違点(2)についての判断を誤る(取消事由1)とともに、相違点(3)についての判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  引用例発明の記載内容の看過(取消事由1)

審決は、引用例(甲第4号証)の「例6には、マツコウ鯨油0.5重量部、硫化ポリブテン1.8重量部、塩基性スルホン酸カルシウム2.6重量部、P2S5ポリブテンバリウムフェネート/スルホネート1.3重量部、分散剤(ポリブテニル無水こはく酸テトラエチレンペンタミン)1.9重量部、ジヘキシルジチオりん酸亜鉛0.8重量部からなる添加剤組成物が示され、これを100重量部の基質鉱油に配合することが記載されている。」(審決書4頁3~11行)と認定し、この認定に基づいて、「してみれば、例6にはマツコウ鯨油と硫化ポリブテンに洗浄剤、分散剤、酸化防止剤ないし耐摩耗剤が添加された多目的潤滑油用添加剤組成物が示されていると認められる。」(同4頁18行~5頁1行)と認定するが、これらの認定は、引用例発明の添加物質のうち、必須成分のジオレイルホスファイト1.0重量部(引用例4頁8欄9~14行参照)を看過するものである。

引用例発明において、ジオレイルホスファイトは極圧特性を改善する極圧剤であるが、本願発明において、極圧特性の改善は、脂肪族オレフィン系化合物を付与することにより行うとともに、ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しないことにより達成するものであるから、両発明は、極圧特性の改善方法において相違する。

したがって、審決が、引用例発明において極圧特性を改善するための必須成分であるジオレイルホスファイト1.0重量部を看過したまま、当業者が引用例発明から本願発明を容易に発明をすることができると判断した(審決書8頁19行~9頁1行)ことは、誤りである。

被告は、極圧剤と耐摩耗剤は同義語であるから、引用例発明において「耐摩耗剤が添加された」(審決書4頁20行)との認定において、極圧剤であるジオレイルホスファイトが含まれると主張するが、審決は、「ジヘキシルジチオりん酸亜鉛は引用例第3頁第5欄34行~第4頁第7欄第4行の記載から明らかなように、酸化防止剤ないし耐摩耗剤として用いられている。」と説示するように、ジヘキシルジチオりん酸亜鉛が酸化防止剤ないし耐摩耗剤であることを根拠に上記の認定を行うものであるから、この認定にジオレイルホスファイトを含めることはできない。また、一般論として耐摩耗剤と極圧剤が同義語である場合があるとしても、引用例においては、成分(A)によって耐摩耗特性及びその他の特性を付与し、成分(B)によって摩擦調節特性及び極圧特性を付与しており、耐摩耗剤と極圧剤とを明確に分けて考察しているから、極圧剤であるジオレイルホスファイトを耐摩耗剤に含めることはできない。

2  相違点(3)についての判断の誤り(取消事由2)

本願発明は、本来、脂肪族オレフィン系化合物の硫化生成物により極圧特性を改善するものであったが、その特徴とするホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない構成により、更に顕著な極圧特性を得たものである。これに対し、引用例発明は、ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩であるジヘキシルジチオりん酸亜鉛を含有するから、本願発明は引用例発明に比べ、極圧特性の点で格段に優れた効果を有し、このことは原告の実施した試験結果(甲第5号証の1、2)からも明らかである。なお、出願当初の明細書(甲第2号証)に、ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を潤滑剤用添加剤の任意成分として記載した(同号証明細書33頁20行~34頁4行)ことは、誤記にすぎない。

したがって、審決の「『ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない』こと自体に格段の技術的意義があるものとは認めることができない。」(審決書8頁8~11行)との判断は、誤りである。

第4  被告の反論

審決の認定判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1について

審決の引用例発明の成分の認定において、必須の構成要件の1つである「ジオレイルホスファイト1.0重量部」が抜け落ちていることは認める。

しかし、引用例発明においては、酸化防止剤の一部を耐摩耗剤に置き換えることができるから、「酸化防止剤ないし耐摩耗剤が添加され」(審決書4頁19~20行)との記載は、「酸化防止剤及び耐摩耗剤が添加され」との意味と解されるところ、ジオレイルホスファイトは極圧剤であり、極圧剤と耐摩耗剤は実質上同義語である(乙第1、第2号証)から、「耐摩耗剤が添加され」との認定において、極圧剤であるジオレイルホスファイトが含まれることとなる。そして、耐摩耗剤の添加の有無については、本願発明と引用例発明の対比判断における相違点(2)として挙げ、これを検討しているから、結論において審決の対比判断に誤りはない。

2  取消事由2について

原告は、本願発明がホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない構成により、顕著な極圧特性を得たと主張するが、この主張は、本願明細書(甲第2、第3号証)の記載に基づかないものである。

すなわち、本願発明の出願当初の明細書(甲第2号証)には、ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩が潤滑剤用添加剤の任意成分として記載されており(同号証明細書33頁20行~34頁4行)、また、ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しないことにより、極圧特性が改善されるという効果を生ずることを示す記載は、本願明細書(甲第2、第3号証)に全くない。

その後、原告は、平成6年8月1日付け手続補正書(甲第3号証)において、特許請求の範囲第1項に「ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない」旨を加える補正を行ったが、これは、当該補正事項が、従来より慣用的に使用される多数の潤滑剤用添加剤の1つであるホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を、単に特許請求の範囲から排除する補正、すなわち特許請求の範囲の減縮であることから認められたものである。したがって、ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しないことは、特別の技術的意味を持たない構成要件として認定すべきことは明らかである。

また、原告の実施した試験結果(甲第5号証の1、2)は、ごく一部の潤滑剤用添加剤組成物に関するものであり、しかも、本願明細書に記載された潤滑剤用添加剤組成物ではないから、本願発明が格別の効果を有することを裏付けるものではない。

したがって、審決の「『ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない』こと自体に格別の技術的意義があるものとは認めることができない。」(審決書8頁8~11行)との判断に、誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1及び2について

取消事由1につき、審決の引用例発明の成分の認定において、極圧特性を改善するための必須の構成要件の1つである「ジオレイルホスファイト1.0重量部」が抜け落ちていることは、当事者間に争いがない。

この点について、原告は、引用例発明において、ジオレイルホスファイトは極圧特性を改善する極圧剤であるが、本願発明において、極圧特性の改善は、脂肪族オレフィン系化合物を付与することにより行うとともに、ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しないことにより達成するものであるから、両発明は、極圧特性の改善方法において相違する旨主張する。

また、取消事由2につき、原告は、本願発明は、本来、脂肪族オレフィン系化合物の硫化生成物により極圧特性を改善するものであったが、その特徴とするホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない構成により、更に顕著な極圧特性を得たものであるから、本願発明は引用例発明に比べ、極圧特性の点で格段に優れた効果を有し、このことは原告の実施した試験結果(甲第5号証の1、2)からも明らかである旨主張する。

ところで、本願の出願当初の明細書(甲第2号証)の特許請求の範囲第1項には、前示現在の特許請求の範囲第1項に記載されている「ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない」との要件は記載されていなかった(同号証明細書1頁6~11行)ところ、平成4年3月10日付けの手続補正書により、出願人(原告)は、その特許請求の範囲第1項に「ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない」との要件を追加する旨を含む補正をしたが、この補正は、明細書の要旨を変更するものとして却下する旨の決定がされ(甲第6号証)、これに対し、出願人は、補正却下決定に対する不服の審判の請求をしなかったこと、にもかかわらず、出願人(原告)は、本件審判手続内において、平成6年8月1日付けの手続補正書(甲第3号証)により、再度「ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない」旨の要件を加える補正をし、同日付けの意見書において、この成分は、本願発明の主成分ではなく、単なる任意の添加成分として記載されたものであって、ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩は、積極的に利用する必要がない旨を主張し(この点は、原告の明らかに争わないところである。)、この主張に基づき、同日付けの補正は、「本願発明においてこの添加剤が酸化防止剤または耐磨耗剤として任意に用いられることが明らかである」(審決書3頁2~4行)とされ、明細書に記載された発明の要旨を変更しないものとされた(同3頁4~7行)ことが認められる。

しかし、本件訴訟において、原告(出願人、審判請求人)は、上記意見書で述べた趣旨とは異なり、前示のとおり、本願発明において、極圧特性の改善は、脂肪族オレフィン系化合物を付与することにより行うとともに、ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しないことにより達成するものである旨、また、その特徴とするホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない構成により、更に顕著な極圧特性を得たものである旨を主張し、上記補正により追加した「ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない」との要件により、本願発明が引用例発明に比べ、極圧特性の点で格段に優れた効果を有することを原告の実施した試験結果(甲第5号証の1、2)により示している。

一方、本願の出願当初の明細書(甲第2号証)には、ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩が潤滑剤用添加剤の任意成分として記載されており(同号証明細書33頁20行~34頁4行)、ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しないことが本願発明の特徴であり、これにより極圧特性が改善されるという効果を生ずることを示す記載は見当たらない。原告は、この当初明細書の記載は誤記であると主張するが、これについての補正がされていないことは補正後の本願明細書の記載から明らかである。したがって、本願発明における「ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない」との要件の技術的意義が上記原告主張のとおりであるとすると、この要件を追加することは、明細書の要旨を変更するものとして許されないことは明らかであり、この補正は、前示補正却下された平成4年3月10日付けの手続補正書による補正と同じ趣旨のものと解するほかはない。このように許されないことがすでに確定している補正と記載上全く同じ「ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない」との要件を追加する再度の補正が明細書に記載された発明の要旨を変更しないものと判断し、この再度の補正を容認して本願発明の要旨を認定した審決は誤りということになる。

2  以上のとおり、審決には、引用例発明の必須の構成成分の認定の誤りとともに、本願発明の要旨の認定についての疑問があり、これらの点が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、これらにつきさらに審理を尽くさせる必要があるものとして、審決を取り消すこととする。

よって、審決を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 清水節 裁判官芝田俊文は、転官のため、署名捺印することができない。 裁判長裁判官 牧野利秋)

平成5年審判第1223号

審決

アメリカ合衆国、オハイオ州 44092、ウイツクリフ、レイクランド・ブールバード 29400

請求人 ザ・ルブリゾール・コーポレーション

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 鈴江武彦

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 村松貞男

東京都千代田区霞が関3丁目7番2号 鈴榮内外國特許事務所内

代理人弁理士 花輪義男

昭和58年特許願第68497号「潤滑剤用添加剤組成物、添加剤濃縮物および潤滑組成物」拒絶査定に対する審判事件(昭和59年1月26日出願公開、特開昭59-15490)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

本願は、昭和58年4月20日(優先権主張1982年5月7日、アメリカ合衆国)の出願であって、その発明の要旨は、平成6年8月1日付けの手続補正書により補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「(A)酸部位にオレフィン不飽和物を有する少なくとも1種の脂肪酸エステルと、(B)プロピレン、イソブテン、それらの二量体、三量体及び四量体のうちの少なくとも1種の硫化生成物を含み、前記(A)と(B)の重量比は、約0.2:1~0.5:1であり、銅の腐食を減少せしめ、かつホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない潤滑剤を提供する潤滑剤用添加剤組成物。」

なお、原審では「ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない」を発明の構成要件として加えたことが、願書に添付した明細書に記載された発明の要旨を変更するとして、特許法第53条による補正却下の決定を行い、請求人もこれに異議を唱えなかった経緯がある。しかし、本願発明においてこの添加剤が酸化防止剤または耐摩耗剤として任意に用いられることが明らかであるから、「ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない」を発明の構成要件として加えたことは願書に添付した明細書に記載された発明の要旨を変更するものとは認められないので、本願発明の要旨を上記のように認定した。

一方、当審において平成6年1月12日付けで通知した拒絶理由の概要は、本願発明は特公昭49-45769号公報(以下引用例という)に記載されている実施例である例6、7に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というにある。

上記引用例の例6、7は引用例第4頁第8欄第38行~第5頁第13欄第33行の記載を参酌すれば、多目的潤滑油に用いられる添加剤組成物の配合例すなわち引用例の発明の実施例の一つであることが明らかである。

そこで本願発明ととくに類似している例6について詳細に検討する。

例6には、マツコウ鯨油0.5重量部、硫化ポリブテン1.8重量部、塩基性スルホン酸カルシウム2.6重量部、P2S5ポリブテンバリウムフェネート/スルホネート1.3重量部、分散剤(ポリブテニル無水こはく酸テトラエチレンペンタミン)1.9重量部、ジヘキシルジチオりん酸亜鉛0.8重量部からなる添加剤組成物が示され、これを100重量部の基質鉱油に配合することが記載されている。ここで、塩基性スルホン酸カルシウム及びP2S5ポリブテンバリウムフェネート/スルホネートは引用例第2頁4欄38行~第3頁5欄第33行の記載から明らかなように、塩基性洗浄剤である。ジヘキシルジチオりん酸亜鉛は引用例第3頁第5欄34行~第4頁第7欄第4行の記載から明らかなように、酸化防止剤ないし耐摩耗剤として用いられている。してみれば、例6にはマツコウ鯨油と硫化ポリブテンに洗浄剤、分散剤、酸化防止剤ないし耐摩耗剤が添加された多目的潤滑油用添加剤組成物が示されていると認められる。

ここで、マツコウ鯨油はオレイン不飽和酸を主体とする80%以上不飽和有機酸からなる有機酸エステルであり、(必要なら「化学大辞典8」縮刷版第872頁共立出版株式会社1962年2月28日第1刷発行を参照されたし)ポリブテンとしてイソブチレン(イソブテンと同じもの)のみを重合したものも周知である。(必要なら日本潤滑学会編「潤滑用語解説集」第88頁株式会社朝倉書店昭和45年12月25日初版発行を参照されたし)

そこで、本願発明と引用例の例6に記載された発明を対比すると、両者は(A)酸部位にオレフィン不飽和物を有する少なくとも1種の脂肪酸エステルと、(B)ブテンの硫化生成物を含み、前記(A)と(B)の重量比は、約0.2:1~0.5:1である潤滑油用添加剤組成物である点において一致し、以下の点において相違している。

(1)ブテンの硫化生成物として、本願発明ではイソブテンないしイソブテンの二量体~四量体の硫化生成物を用いているのに対し、引用例の例6では硫化ポリブテンが用いられている点。

(2)本願発明では洗浄剤、分散剤、酸化防止剤ないし耐摩耗剤が添加されていないのに対し、引用例の例6ではこれらの成分が添加されている点。

(3)本願発明ではホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しないのに対し引用例の例6はホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩であるジヘキシルジチオりん酸亜鉛が用いられている点。

(4)本願発明では銅の腐食を減少せしめる効果を挙げているのに対し引用例にはこの効果の記載がない点。

そこで、これらの相違点について検討する。

相違点(1)について

引用例第4頁第7欄第43行~同頁第8欄第4行にはイオウ含有化合物として硫化ポリオレフィンが挙げられ、とくに好ましい例として硫化ポリブテンが示されている。してみれば、硫化ポリオレフィンの1種である硫化ポリブテンのうち、イソブテンを重合したものを用いること自体格別の困難性があるものとも認められないし、またこれを用いたことによる効果が格別なものと認めるに足る根拠を見いだせない。

相違点(2)について

昭和58年8月25日付け補正書で補正された本願明細書第26頁第8行~第34頁第14行には、本願発明にかかる潤滑油には通常使用される添加剤の例として、洗浄剤(第26頁第14行~第28頁第13行参照)、分散剤(第28頁第14行~第32頁第15行参照)、酸化防止剤ないし耐摩耗剤(第32頁第16行~第34頁第4行参照)が示されており、かつこれらの添加剤は本願発明の実施例では当然含まれているから、この点については実質上の相違は認められない。

相違点(3)について

引用例ではホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩は酸化防止剤または耐摩耗剤として用いられている。一方、昭和58年8月25日付け補正書で補正された本願明細書第32頁第16行~第34頁第4行の記載によれば、ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩はやはり酸化防止剤または耐摩耗剤として用いられている。

請求人は「ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない」ことを特徴とすると主張しているが、引用例の発明及び本願発明において、他の酸化防止剤または耐摩耗剤を用いることも可能であるから、「ホスホロジチオ酸のジアルキルエステルの亜鉛塩を含有しない」こと自体に格別の技術的意義があるものとは認めることができない。

相違点(4)について、

銅の腐食を減少せしめる効果は、当審の拒絶理由でも指摘したが、これに対する請求人の具体的なデータに基づく反論もなく、炭化水素硫化物と脂肪酸エステルからなる潤滑油用添加剤組成物の奏する公知の効果と言わざるをえず、本願発明の特有の効果と認めるに足る根拠は見いだせない。

以上のとおりであるから、本願発明は引用例の例6に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年2月7日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人のため出訴期間として90日を附加する。

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