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東京高等裁判所 平成6年(行コ)132号 判決 1995年7月19日

神奈川県相模原市渕野辺五丁目六番八号

控訴人

井野元弘

右訴訟代理人弁護士

増本一彦

鈴木義仁

鈴木裕文

神奈川県相模原市富士見六丁目四番一四号

被控訴人

相模原税務署長 中元次富

右指定代理人

伊東顕

張替昭吉

清水智之

栗原牧彦

小宮山真佐路

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  当事者の申立

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人が平成元年二月一四日付でした次の処分を取り消す。

(1) 控訴人の昭和六〇年分所得税の更正のうち、総所得額一五〇万八〇二四円、納付すべき税額一万四〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

(2) 控訴人の昭和六一年分所得税の更正(ただし、異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、総所得額一六四万一二三七円、納付すべき税額一万七八〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

(3) 控訴人の昭和六二年分所得税の更正(ただし、異議決定により一部取り消された後のもの)のうち、総所得額一九一万二二一七円、納付すべき税額七万八七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

(三)  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文一と同旨

二  事案の概要及び証拠

事案の概要は原判決中の事案の概要のとおりであり、証拠の関係は原審及び当審の証拠目録記載のとおりであるから、それぞれこれらを引用する。

三  争点に対する判断

争点に対する当裁判所の判断は、次の1のとおり原判決書を改め、控訴人の不服の理由に鑑み、2に当裁判所の判断を加えるほかは、原判決中の争点に対する判断に説示のとおりであるからこれを引用する。

1  原判決書を改める部分

(一)  原判決書二六枚目裏一行目から二行目にかけての「その判断が権限を逸脱していない限り」を「その判断が裁量の範囲を逸脱したり、裁量権の濫用があったりしない限り」に、二九枚目表六行目から七行目にかけての「当該処分に対して不服申立がなされ、又は訴訟中でない者」を「当分処分に対して不服申立は訴えの提起がなされ、現に審理中でない者」に、三〇枚目表五行目の「このような原告の主張の変更は」を「本件このように、仕入金額を基礎として売上原価率を用いて売上金額を推計している場合において、右のように昭和六一年及び昭和六二年分について当初認めていた仕入金額を下回る額に控訴人の主張を変更することは」に、一一行目から同裏一行目にかけての「自白の撤回は許されない。」を「自白の撤回は許されないし、昭和六〇年分については被控訴人主張額をもって売上原価と認定する他ない。」に改める。

(二)  原判決書三三枚目表四行目の「可能性を否定できない。」の次に「控訴人は、右括弧内に判示した以外の入金について、学費引き落としのために入金しておいた等と主張するが、右主張を裏付ける的確な証拠はないばかりか、右入金日が普通預金通帳に記載されている学費の支払いの数日前のものもあるものの、二週間あるいは二か月近く前のものもあるなどして、主張事実からすると不自然な点もあり、右主張は採用できない。」を加える。

(三)  原判決書三三枚目表四行目の「また、」から同裏八行目までを次のとおり改めた上、行を改めて五行目以下に加える。

「また、甲三三号証、乙五号証の三ないし一〇、当審承認阿久津昭夫の証言、控訴人の供述(原審)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、松村綜合建設こと松村次幹から電気配線工事等を請け負っていたこと及び、松村綜合建設代表者松村次幹振出の次の約束手形八通が、いずれも控訴人から株式会社松尾商行あるいは蒲田中央電業株式会社に裏書きされて決済されていることが認められる。

額面 振出日(昭和年月日) 支払い期日(同上)

<1> 二九万三三八〇円 六〇、四、三一 六〇、七、一〇

<2> 四〇万円 六〇、一〇、八 六〇、一二、三〇

<3> 二〇万円 六〇、一一、三〇 六一、三、一〇

<4> 二〇万円 六一、四、二六 六一、七、一〇

<5> 三〇万円 六一、一一、九 六二、二、一〇

<6> 二〇万円 六二、五、八 六二、八、一〇

<7> 三〇万円 六二、六、一 六二、九、一〇

<8> 八万一九九〇円 六二、七、四 六二、一〇、一一

右事実は、控訴人が松村次幹から電気配線工事等を請け負った代金の支払いのために右各契約手形の交付を受けて他に裏書したことを推認させるものであるところ、控訴人主張の総売上には右支払に相当するものはない。

控訴人はこれを争い、右約束手形は友人の阿久津昭夫から借り受けて他に裏書控除したものであると主張し、これを裏付ける証拠として控訴人の阿久津あての借用書(甲二六ないし三二号証)を提出し、控訴人(原審)及び当審証人阿久津昭夫はこれに沿う供述をする。

しかし、右各借用書は、それぞれの作成日付が違っているのにそこに記載されている文言や字句の配列が全くといっていいほど同一である上、金額欄や年月日欄の数字に相当する部分が文字数に関係なくほぼ同一の空き具合をもって記載されていることはその外形からみて明らかであって、数通は同時期に作成された疑いがある。証人阿久津昭夫は控訴人と懇意の間柄にある(甲三五号証)ことの他、その証言も、前記各借用書の日付と前掲各約束手形の振出日とが一致しない理由の説明を求められて、振出日の記載は松村の使用人である渡辺と相談して実際の振出日と異なった日付を適宜記載したというが、異なった日付を記載する必要性やその基準等について明確な説明ができないほど、不自然な部分が多く、その信用性には疑問が多い。控訴人の供述も、右手形の受取人の記載について、いったんは自ら記載したものであると供述しながら、書体の違いを指摘されるところを否定するなど、信用性に欠けるという他ない。これらの点を考慮すると、右控訴人の主張に沿う書証や供述等は信用性に欠けるものという他なく、前記認定を妨げるものということはできない。」

2  控訴人の当審における主張に対する判断

(一)  質問検査権について

(1) 控訴人は、税務調査に当たって被調査者に調査を受忍する義務はなく、調査に際しての被調査者の言動を推計課税の必要性の判断の資料とすることは許されないと主張する。

しかしながら、税務職員には、税務調査に当たって必要があるときは、納税義務者等に対する質問検査権が認められており(所得税法二三四条一項)、被調査者が答弁を拒否したり、検査を拒んだりしたような場合には罰則が設けられている(所得税法二四二条八項)ことからすれば、この税務調査は直接の強制力を伴う調査ではないという限りで任意調査の範囲に属するとはいえ、被調査者に受忍義務がないということはできない。したがって、被調査者が徒に調査を回避する言動をとった場合に、これが推計課税の必要性の判断の一つの資料とされることは当然のことであり、控訴人の主張は採用することができない。

(2) 次に、控訴人は、税務調査に際しては、被調査者が立会人の同席のもとに調査を受けることを否定すべき理由はないし、被調査者である控訴人が立会人の同席を望んだ以上自らの秘密の開示を容認しているのであるから、税務職員の守秘義務を理由に立会を拒否することはできない理があって、控訴人が立会人同席の上でなければ調査に応じないとの態度をとったことをもって推計課税の必要性の判断資料とすることはできないと主張する。

税務調査に際して、第三者の立会を許すべきかどうかを定めた法令の規定はなく、したがってこれを認めるかどうかは、調査に当たる税務職員の判断に委ねられているものと解される。そして、調査を受ける立場にある控訴人が立会人の同席を望んでいる以上、被調査者自身との関係で守秘義務が問題とされることはないとの限度では、控訴人の主張もそれなりの根拠がないではない。しかしながら、本件の税務調査は、控訴人の所持する帳簿や伝票等の呈示を求めているものであるから、当然に控訴人の取引先に関係する事項にも調査が及ぶことは明らかである。取引先の秘密も保護されなければならないことはいうまでもなく、第三者である控訴人がこれを放棄することができないことも自明の理であるから、この点で税務職員に守秘義務があることは十分予測されるところである。本件において、税務職員が守秘義務を理由に立会人の退席を求めたことが違法な措置であったとすることはできない。

(二)  推計の合理性について

控訴人は、被控訴人の採用した同業者率による推計の基礎資料の収集につき、いわゆる倍半基準によって抽出することには合理性がないと主張する。

しかし、売上原価をもとに所得の推計を行う場合に、同業者の売上原価率及び特前所得率を求めるための同業者の抽出を対象者の売上原価の五〇パーセントないし二〇〇パーセントの者を対象として行うことは、通常用いられている方法の一つであり、事業規模の近似した同業者の抽出方法として格別問題があるものとはいえず、控訴人の主張は採用できない。

(三)  実額反証について

(1) 控訴人は、原判決が、実額反証について、実際の売上金額が控訴人の主張する額を上回るものでないことのみならず、売上原価及び必要経費についても推計と異なることを立証することを要する(後二者の場合は「主張する額を下回るものでないこと」の立証としていることにつき、不可能な立証を強いるものであり、証明責任の判断を誤るものであると主張する。

しかし、推計課税の必要性及び合理性(通常の課税処分取消訴訟においては抗弁)が認められる場合である以上、これを覆すためになされるいわゆる実額反証は、それを間接反証と解するか再抗弁と解するかは別として、いずれにせよ納税者において所得の実額を明らかにする証明責任を負担するものというべきであり、その収支の過程を逐一明らかにして所得の実額を証明する必要があると解される。納税者の自主的協力を前提とする申告納税制度は、もともと納税者が自らの収支を明らかにする正確な資料を作成保存して、必要な際にはこれを呈示する等納税者に協力するとの信頼を基準に成り立つ制度であって、納税者の協力が得られず、そのために推計による課税がやむを得ないと認められる場合に初めて推計課税が許されるのである。つまり、もともと、納税者が正確な資料の保管、提出を怠ったり、税務調査に協力しなかったりしたため、所得の実額の把握が困難となった結果、その必要性が肯定されて推計課税がなされるのであるから、その推計を覆すのに厳しい証明が求められることになるのはやむを得ないことであって(原始資料を保存し、正確な帳簿等を作成してあればできることであって、決して可能性も強いるものではない。)、これを非難する控訴人の主張は採用することができない。

(2) また、控訴人は、原判決が控訴人の売上の実額の主張、立証について判示する部分(原判決書三二枚目表八行目から三四枚目表八行目まで)について、その認定、判断が不当であると主張するが、右部分について原判決の掲げる証拠によれば、その認定及びこれに基づく判断(本判決により改め、或いは付加したものを含む。)は十分肯定できるところである。

四  以上のとおりであるから、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 田村洋三 裁判官 曽我大三郎)

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