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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)133号 判決 1996年5月14日

主文

一  特許庁が平成五年審判第一九二六八号事件について平成六年四月一五日にした審決を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

第一  請求の原因(特許庁における手続の経緯)、同二(本願発明の要旨)、同三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第二  そこで、以下原告の主張について検討する

一  成立に争いのない甲第二号証(願書並びに同添付の明細書及び図面)、第三号証(平成五年六月二五日付け手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1) 本願発明は、非晶質シリコン系光導電体を感光層に使用してなる電子写真方法に関し、より詳細には、非晶質シリコン系光導電体の有する画像流れの問題が有効に防止された電子写真方法に関する。(本願明細書一頁一七行ないし二〇行)

(2) 非晶質シリコン系光導電体層は、表面硬度が高く、長波長側の光に感度を有し、感度そのものも良好であるので、電子写真用の感光体として着目されているが、かかる非晶質シリコン系光導電体層を用いた電子写真装置においては、繰返し使用により感光体表面が湿度に敏感となり水分を吸着し易くなり、その結果として表面抵抗が下がり表面電荷が横方向に移動し、いわゆる画像流れを生ずるという欠点を有している。

本発明者は、先に非晶質シリコン系光導電体表面の温度を三〇度シーないし四〇度シーとして帯電、画像露光、現像及び転写の諸行程を行うことで画像流れを防止する方法を提案した(昭和五八年特許願第二〇二八二五号)。この方法によれば、概ね良好に画像流れを防止し得るものの、たとえば非晶質シリコン系光導電体を使い込んでいき四万枚(A3原稿の複写に換算して)の使用を越えた場合のように表面にコロナチャージャーの被爆によるSi-Oの結合が顕著に増加した場合は、三五度シー七五%のような高温高湿環境下においては幾分画像流れが生じることもあった。

本発明者等は、このような場合にも、感光体表面温度を室温より一〇度シー好ましくは一五度シー以上に保持して複写のための諸行程を行う場合には、画像流れを防止し得ることを見出した。(同二頁二行ないし三頁一二行)

(3) 本願発明の目的は、感光体として非晶質シリコン系光導電体を用いた電子写真方法において、高温高湿環境下においても有効に画像流れを防止するとともに、画像流れ防止のため非晶質シリコン系光導電体表面温度が高くなった場合においても、画像濃度の低下を抑制し、高濃度な複写画像が得られる電子写真方法を提供するにあり、本願発明は、この目的のために要旨記載の構成(手続補正書四頁三行ないし一二行)を採用した。(本願明細書三頁一六行ないし四頁三行)

二(1) 本願発明と先願発明との一致点及び相違点が審決の理由の要点(3)認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

審決は、上記相違点について、「当業者が設計段階において任意に採用できる複写機の単なる運行サイクルの変更にすぎないものと認められ、上記相違点は、実質的に別異の発明を構成する相違点とはなり得ない。」(審決の理由の要点(4))と判断しているところ、原告は、審決には、両発明の作用効果を看過した結果、上記相違点の判断を誤つた違法がある旨主張する。

発明の同一性を判断するに当たり、相違点に係る構成によって両発明の奏する作用効果が顕著に相違するときは、そこに発明力が認められ、この構成の差異をもって単なる設計変更ないし構成の変更ということはできないというべきであるから、両発明の奏する作用効果に顕著な差異が存するかについて検討する。

<1> 本願発明は、前記一(3)の技術的課題(目的)を達成するために、発明の要旨のとおりの構成、特に「感光体は少なくとも表面に炭素原子を有する非晶質シリコンから成る薄層を有し且つ該薄層表面近傍の温度を、画像形成を行っていない時も含めて常時、室温より一〇乃至二五度シー高い温度範囲内に加温保持して帯電、画像露光及び転写の諸行程を行うことを特徴とする電子写真方法」という構成を採用したものであるところ、前掲甲第二、第三号証によれば、本願明細書には、この点に関連して、次のとおり記載されていることが認められる。

a 「非晶質シリコン系光導電層は、…繰り返し使用により感光体表面が湿度に敏感となり水分を吸着し易くなって結果として表面電荷が横方向にリークして静電荷潜を形成することができなくなり、画像流れが発生する。本発明者らはこの画像流れについて鋭意研究を行った結果、この画像流れが繰り返し使用に際し、非晶質シリコン感光層表面がコロナ放電の被爆によりシリコンの分子間結合に変化が生じるために発生することを推定するに至った。」(本願明細書四頁一五行ないし五頁四行)

b 「また本発明者らは、前述した画像流れの原因と考えらえる、シリコンと結合した酸素原子…と雰囲気中の水分子との吸着現象は、従来Se系感光体を用いた場合に生じていた結露現象とは…実質上相違するものと判断している。…それゆえ、この結露現象は複写動作中に生じるものではなく、夜間複写機を使用することなく放置させた後、朝一番の使用に際し発生するものなのである。」(同六頁一九行ないし七頁一九行)

c 「本発明における重要な特徴は、前述した画像流れを防止するために、非晶質シリコン系感光体表面を常時室温より摂氏一〇度以上好ましくは一五度シー以上の温度に保持することにある。ここで常時とは、例えば夜間複写機のメインスイッチを切った状態においてもなお上述した温度範囲に保持させることを意味する。」(同一〇頁二行ないし八行、手続補正書二頁一二行ないし一四行)

d 「本発明においては、上記の加温保持を常時行うことが重要である。例えば、この加温を、画像形成行程時にのみ行ったのでは、既に感光体表面に吸着している水分子が存在しているため、この水分子が揮発してしまうまでは画像流れを有効に防止できないのである。従って、画像形成を行っていない状態も含めて常時加温を行っておくことにより、水分子の感光体表面への吸着が常に防止され、かくて画像流れが確実に防止されるのである。」(手続補正書二頁一七行ないし三頁六行)

この記載によれば、本願発明は、画像形成を行っていない状態も含め、常時室温より一〇度シーないし二五度シー高い温度範囲に加温保持する構成を採用することにより、加温保持を画像形成行程のみとすると、加温保持が行われていない非画像形成時に感光体表面に吸着した水分の影響により、その後の画像形成再開後かなりの時間生じる画像流れをも防止するという作用効果を奏するものであると認められる。

<2> この点について、被告は、本願明細書中の結露現象の記載からみて、「本願発明は、そもそも、夜間複写機を使用することなく放置させた状態で感光体を加温保持することを意図するものではない。」旨主張するので、結露現象に関する前記bの記載を詳細に検討すると、前掲甲第二号証によれば、本願明細書には、前記吸着現象と結露現象が相違する理由について、以下のとおり記載されていることが認められる。

「結露現象は、複写機の動作を停止させ放置させた場合に、機内の温度が下がるにつれて空気よりも比熱の小さい感光ドラムが、ドラム近傍の雰囲気よりもいち早く低い温度に下がるため感光ドラム表面近傍の水蒸気圧が飽和蒸気圧となることにより露が生じる現象である。…それゆえ、この結露現象は複写動作中に生じるものではなく、夜間複写機を使用することなく放置させた後、朝一番の使用に際し発生するものなのである。

これに対して画像流れ現象は、連続複写中においても発生するものである。これは前述したようにコロナ放電の被爆により感光層表面に生じたSi-O結合を有する水分子吸着媒体と感光層表面近傍の雰囲気中の水分子との吸着現象であって、水分子及び水分子吸着媒体の密度との関係において、飽和水蒸気圧以下の水蒸気圧であっても水分子の吸着現象が生じるために起るものだからである。」(七頁四行ないし八頁八行)

この記載によれば、本願明細書においては、Se系感光体における結露現象と、コロナ放電の被爆により感光層表面に生じたSi-O結合部分の親水性の増加により表面近傍の水分子を吸着によって取り込む現象とは、全く別のものとして区別しており、被告の指摘する記載は、このことを述べたにすぎないと認められるから、被告主張のように理解することはできない。

さらに、被告は、「本願発明の常時が夜間複写機のメインスイッチを切った状態においても感光体を加温保持する場合に限定されるわけではなく、上記の場合は、本願発明の一実施態様にすぎない。」、また、「複写のための諸行程(通常の画像形成行程)を行う時に、感光体を加温保持することを主体とするものであり、画像形成を行っていない時には付随的に加温保持しているにすぎない」旨主張する。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲には、「画像形成を行っていない時も含めて常時、室温より一〇乃至二五度シー高い温度範囲内に加温保持して」とあるのであるから、これは、複写機の電源コードが電源に接続されていれば「常時」、すなわち、通常複写機のメインスイッチが切られる執務時間外の夜間であっても、あるいは、昼間メインスイッチが切られた状態にあっても、常に加温保持することを示しているとみるべきである。

したがって、被告のように、夜間複写機のメインスイッチを切った状態において感光体を加温保持することは本願発明の一態様にすぎない、あるいは、本願発明は通常の画像形成行程に加温保持することを主体とするというような解釈をとることはできない。

<3> また、被告は、原告の、一旦感光体表面に吸着された水分は、「その強い親水性の故に、単に感光体表面を特定の温度に加熱しただけでは有効に脱離させることが困難であり、画像流れが発生する。」との主張は、本願明細書の発明の技術的課題における「感光体表面温度を室温より一〇度シー以上好ましくは15度シー以上に保持して複写のための諸行程を行う場合には、画像流れを防止し得ることを見出した。」という記載と矛盾しており、失当である旨主張する。

確かに、本願明細書における上記技術的課題の記載及び発明の詳細な説明の感光体表面の温度を室温より一〇度シー以上加温保持するとK2》K1なる関係が成立し画像流れが生じない安定状態となる旨の記載は、その記載のみからすると被告主張のようにいえないわけではない。

しかしながら、本願明細書の補正の経緯をみると、前掲甲第二、第三号証によれば、これらの技術的課題ないし発明の詳細な説明は、出願当初の明細書に既に記載されていたもので、このときには、「複写動作時に加温保持する方法」と、好ましくは「画像形成行程を行っていない時も含めて常時加温保持する方法」の両者を包含していたものであると認められる。その後、原告は、手続補正書により、本願発明の特許請求の範囲を「常時加温保持する方法」に減縮し、発明の詳細な説明に、前示<1>認定のとおり、「また、本発明においては、上記の加温保持を常時行うことが重要である。例えば、この加温を、画像形成行程時にのみ行ったのでは、既に感光体表面に吸着している水分子が存在しているため、この水分子が揮発してしまうまでは画像流れを有効に防止できないのである。従って、画像形成を行っていない状態も含めて常時加温を行っておくことにより、水分子の感光体表面への吸着が常に防止され、かくして画像流れが確実に防止されるのである。」を付加し、「常時加温保持する方法」の意義を具体的にしたものであって、被告の主張するように、上記記載を矛盾するものと把握することは適切でないというべきである。

<4> 他方、先願明細書には、審決が認定するように、「導電性支持体上に順次、光導電性層としてのアモルファスシリコン層(非晶質シリコン)及び、炭素原子を含むアモルファスシリコン層の障壁層を形成してなる電子写真用感光体ドラムにより、帯電、画像露光、現像、転写及びトナークリーニングを反復して画像形成を行う際、温度三〇度シー、相対湿度八五%の環境の下で、帯電からトナークリーニングまでの間、感光体表面温度を四〇度シー及び五〇度シーに保ちつつコピーを行う方法の発明」と記載されており、また、「本発明においては、感光体の表面温度が高温に維持されているために、前記の如きNOX-等の活性種や空気中の水分が感光体に一度付着しても再び脱離し易く、実質的に感光体の劣化をもたらすこれらの活性種の感光体表面への絶対的付着量が減少すると解され、この効果によって高温多湿下の連続複写においても画像ボケが防止されるものと考えられる。」と記載されていることは、当事者間に争いがない。

そして、当該記載によれば、先願明細書には、帯電からトナークリーニングまでの画像形成行程(複写プロセス)の間に感光体を加熱することは記載されているといえるものの、画像形成行程以外の時に加熱することを示唆する記載はなく、感光体の表面温度が加温保持されている状態では、水分等の感光体表面への絶対的付着量が減少し、画像ボケが防止されることが示唆されているにとどまるというべきである。

<5> 審決は、「本願発明と先願発明は、高温多湿下において、非晶質シリコン系光導電性体層を用いた際に生ずる画像流れを防止するために、空気中の水分が感光体に吸着しないように感光体を加温保持して、すなわち、通常の画像形成行程において常に水分等が感光体から除去された状況にしておく点で軌を一にしている。」と認定するところ、当該認定は、「通常の画像形成行程において常に」というのであるから、両発明の感光体が加温保持されている通常の画像形成行程における作用効果について述べたものであり、この限りでは正しいというべきである。

しかしながら、先願明細書には、画像形成を行っていない時に感光体を加温保持することを示唆する記載はないのに対し、本願発明は、前示のように、画像形成を行っていない時も含めて常時加温保持するものであり、これにより、非画像形成時に感光体表面に吸着した水分の影響により、その後の画像形成再開後かなりの時間生じる画像流れを防止するという先願発明の奏し得ない顕著な作用効果を奏するものである。

<6> 本願発明と先願発明の前記<5>の作用効果の差異は、下記実験報告書の記載から裏付けられる。

すなわち、成立に争いのない甲第五号証(実験報告書)によれば、実験報告書には、以下のとおり記載されていることが認められる。

感光体の準備として、

一  非非晶質シリコン感光体(本願明細書の記載から「非晶質シリコン感光体」の誤りと認められる。)は四万枚を越えた場合に画像流れを顕著に生じる(本願明細書第三頁二~四行)ので、感光体表面に、コロナ放電器を用いて、上記複写枚数に対応する繰り返し帯電を行い、感光体表面のオゾン酸化と帯電生成物の付着とを行わせた。」(二頁三行ないし六行)

実験方法として、

「こうして得られた感光体を上記複写機に装着し、温度三五度シー及び湿度八五%RHの環境実験室に一二時間放置した。

放置に当たって、感光体の加温ヒーターをOFFにして放置したもの(比較例)と、加温ヒーターを四六±一度シーに設定して常時加温したもの(本発明)との二系列の実験を行った。

放置後、感光体の加温ヒーターを四六±一度シーに設定し(比較例でのウォームアップ時間三分間)、いずれの場合も上記加温下に連続複写を行って、画像流れの発生を判定した。」(二頁八行ないし一五行)

実験結果として、

「複写に用いた複写用原稿(テストチャート)<1>、比較例による一枚目複写物<2>、五〇〇枚目複写物<3>、一〇〇〇枚目複写物<4>、三〇〇〇枚目複写物<5>及び本発明による一枚目複写物<6>の見本を添付する。

本発明による常時加温の場合には、複写一枚目から画像ながれが全く発生していないのに対して、比較例による複写時加温では五〇〇枚目程度でも顕著な画像流れが発生し、三〇〇〇枚目程度でも画像流れが若干発生した。」(二頁一七行ないし二二行)

以上の実験結果をみると、上記実験報告書中の比較例は、常時加温保持するという点を除けば、本願発明の要件を満足しているといえるから、本願発明の比較例として認めることができる。そして、この比較例によれば、非画像形成時に吸着した水分子の影響により、複写機立上げ時の三分程度の加熱では画像流れを防止することはできず、三分加熱後、複写三〇〇〇枚目でも画像流れが若干生ずることが認められる。

上記実験報告書中の実施例における非画像形成時の一二時間の常時加温保持は、感光体表面の水分子の絶対的付着量が画像流れが生じない状態、すなわち、本願発明にいう常時加温状態と同じ状態を確保するに十分な時間であるといえるから、この実施例は、本願発明の実施例と同等な作用効果を示すものと認めることができる。

そして、両者を比較すれば、画像形成時のみ(ただし、複写機立上げ時の短時間の加熱を含む。)室温より一〇度シーないし二五度シー高い温度範囲に加温する方法に比して、本願発明のように、画像形成を行っていない時も含めて常時該温度範囲に加温保持することによって優れた作用効果を達成し得るものであることが明らかである。

また、このような本願発明の作用効果は、実験報告書によらなくても、本願明細書の実施例と比較例との対比からも把握し得るところである。

すなわち、前掲甲第二号証によれば、五万回の電子写真行程を行った感光体ドラムを用い、ドラム表面を常時加温保持することなく、三〇度シー八〇%(RH)の雰囲気に五時間放置し、放置後ドラム表面近傍の温度と室温との差を一度シー、五度シー、八度シーとして連続一〇〇枚のコピーをしたところ、画像流れが生じた(比較例二、三、四)が、上記雰囲気において、ドラム表面と室温との差を一〇度シー、一五度シーにして五時間放置し、同様にコピーを行ったところ画像流れが生じなかった(実施例一、二)ことが認められる。

以上のことから、先願発明の複写中の加温保持は、空気中の水分子が感光体に一度付着しても再び離脱し易く、これら活性種の感光体表面への絶対的付着量が減少するというものであるが、非複写時に加温保持せずに複写中加温保持するのみでは、水分子の絶対的付着量の減少の程度は一様でなく、複写機再起動後の複写において、かなりの時間(かなりの複写枚数)にわたって非複写時に感光体表面に吸着した水分の影響が残るものであると認められる。これに対し、本願発明の常時加温では、常に水分子の感光体表面への絶対的付着量が小さく、画像流れが防止し得る状態を維持できるものであって、この点で、両者は作用効果に顕著な差異があるというべきである。

<7> 被告は、「先願発明は、その技術的思想からして、加温保持する行程が限定されているものではない。」、また、「先願発明も、常に感光体表面を高温に維持(加温保持)して水分等が感光体から除去された状況にしておく、という技術的思想を内在していることは明らかである。」旨主張する。

しかしながら、先願明細書の特許請求の範囲が感光体を加温保持する行程を必須の要件としていないことそれ自体は、先願発明が画像形成を行っていないときも含めて常時加温保持する方法を包含することを意味するとはいえない。

また、先願明細書には、審決でも認定するとおり、加熱工程は帯電からクリーニングまでの画像形成行程のどこかに加えられればよく、帯電直前に加熱することが好ましい旨の記載はあるが、当該記載は画像形成行程中における加熱を述べるものにすぎず、また、画像形成行程中における帯電直前とはクリーニング行程から帯電に至る行程を示すものにすぎないから、これらの記載をもって、画像形成を行っていない時も常に加温保持することを示唆するものとはいえない。

さらに、審決における先願明細書の引用部分には、被告が指摘するように画像ボケの原因を示唆する記載があるが、先願発明は、この問題を解決するために、帯電からクリーニングまでの間、感光体表面を加温保持しているのである。

先願明細書には、非複写時に加温保持せず複写中に加温保持するのみでは、複写機再起動後の複写において、かなりの時間(かなりの複写枚数)にわたって非複写時に感光体表面に吸着された水分の影響が残ること、この問題を解決するため非複写時でも常時加温保持することを示唆する記載はないのであるから、先願発明には、本願発明の技術的思想が内在するということはできない。

<8> また、被告は、実験報告書は、使用した複写機の機種、感光体の感光層、感光体を準備するための複写回数、放置時間、温度差等の実験条件が、いずれも本願明細書に記載された実施例と相違しており、本願発明の作用効果を立証するものではない旨主張する。

しかしながら、前掲甲第五号証によれば、当該実験で使用された感光体は、本願発明の特許請求の範囲に記載された「上記感光体は少なくとも表面に炭素原子を有する非晶質シリコンから成る薄層を有し」たものとの条件を満たしており、感光体を準備するための複写回数も本願明細書において五万回の電子写真行程を行ったものであるのに対し、実験において四万回行ったものであって、前示一(2)認定のとおり、四万回というのはコロナ放電の被爆を考える上で一つの目安として意味をもつものであり、放置時間を一二時間としたことは、「常時」には夜間メインスイッチを切った状態も含まれることを考えれば、本願発明の追試として意味があり、その他複写機の機種が相違することを考え合わせてみても、実験結果を採用し得ないということはできないから、被告の主張を採ることはできない。

(2) 以上のとおり、本願発明と先願発明とは、その相違点に係る構成の差異により、奏し得る作用効果に差異があり、本願発明は、先願発明の奏し得ない顕著な作用効果を奏するものであって、審決は、本願発明のこの作用効果の顕著性を看過した結果、「加温保持を、画像形成時のみならず画像形成を行っていない時も実施するようにすることは、…当業者が設計段階において任意に採用できる複写機の単なる運行サイクルの変更にすぎないものと認められ、上記相違点は、実質的に別異の発明を構成する相違点とはなり得ない。」と誤って判断したものというべきである。

この点について、被告は、本願発明は、「例えば夜間複写機のメインスイッチを切った状態」の場合以外にも、「<1>画像形成時、及び、<2>複写機のメインスイッチを入れた状態で画像形成を行っていない時の、画像形成を行なっていない時が極めて短時間」の場合も含むから、画像形成を行っていない時間が短い、つまり、複写機の運行頻度が高い場合には、常時加温保持することは、当業者が適宜採用し得るものである旨主張するが、一日二四時間のうち、画像形成を行わない時間が極めて短い使用態様は普通の態様とはいい難く、むしろ一日のうちの複写機を使用しない夜間等には長時間メインスイッチを切った状態にしておくことが普通であることは、常識的に判断し得ることである。そして、複写機の設計は、種々の使用態様が採られることを前提として行うものであり、極めて稀な使用態様を前提として設計するものではないから、上記被告の主張は、採用できない。

(3) 以上のとおり、審決は、本願発明と先願発明の作用効果の相違を看過し、その構成上の相違が単なる設計変更にすぎないと誤つた判断をしたものであり、違法として、取消しを免れない。

第三  よって、原告の本訴請求は理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田 稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

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