大判例

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東京高等裁判所 平成5年(行ス)8号 決定 1993年3月31日

抗告人

甲野一郎

乙川春子

丙沢夏子

丁海二郎

戊山三郎

右五名代理人弁護士

山本剛嗣

寿原孝満

小林行雄

和田一郎

相手方

東京都千代田区

右代表者区長

木村茂

相手方

東京都千代田区議会

右代表者議長

吉成五郎

相手方

東京都千代田区長

木村茂

相手方

東京都千代田区教育委員会

右代表者委員長

横山安宏

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

第一本件抗告の趣旨

一原決定を取り消す。

二1  相手方東京都千代田区(以下「千代田区」という。)が平成四年一二月二八日付け公布によりした「東京都千代田区立学校設置条例の一部を改正する条例」による千代田区立永田町小学校廃校処分の効力を本案判決確定に至るまで停止する。

2  相手方東京都千代田区議会(以下「区議会」という。)が平成四年一二月二五日付け決議によりした「東京都千代田区立学校設置条例の一部を改正する条例」による千代田区立永田町小学校廃校処分の効力を本案判決確定に至るまで停止する。

3  相手方東京都千代田区長(以下「区長」という。)が平成四年一二月二八日付け公布によりした「東京都千代田区立学校設置条例の一部を改正する条例」による千代田区立永田町小学校廃校処分の効力を本案判決確定に至るまで停止する。

4  相手方東京都千代田区教育委員会(以下「区教育委員会」という。)が平成四年一二月二一日にした「東京都千代田区立学校設置条例の一部を改正する条例の制定請求」の決議及び同委員会がした平成五年三月一日付け東京都教育委員会宛東京都千代田区立番町小学校外一三校の廃止届のうち、それぞれ千代田区立永田町小学校廃校に係る部分の効力を本案判決確定に至るまで停止する。

5  相手方区教育委員会が平成五年三月五日付け「区立小学校の適正設置に伴う学校の指定について(通知)」でした、抗告人らの被保護者である原決定別紙「保護者及び児童並びに就学校目録」記載の各児童の平成五年四月一日以降就学すべき小学校を同目録記載の千代田麹町小学校と指定した処分の効力を本案判決確定に至るまで停止する。

6  相手方区教育委員会が平成四年一二月二一日以前にした「東京都千代田区立番町小学校外一三校を平成五年三月三一日付けで廃止する。」旨の決議のうち、千代田区立永田町小学校廃校に係る部分の効力を本案判決確定に至るまで停止する。

第二本件抗告の理由

別紙記載のとおり

第三当裁判所の判断

一行政事件訴訟法二五条二項の回復困難な損害について

抗告人らは、永田町小学校の廃校によって、本件児童らが現在同小学校で享受している極めて良好な教育環境、すなわち良好な場所的条件、校舎等の設備のほか、友情、隣人理解の教育という理念の下で培われてきた友人関係、師弟関係、保護者を含む信頼協力関係という、有機的に完結した価値ある教育環境が失われ、回復困難な損害を被ると主張する。

しかしながら、抗告人らが主張する右のような教育環境等の利益は、いずれも事実上享受する利益にすぎないものである上、多分に主観的な評価に基づくものであって、いずれも法律上保護されるべき権利ないし利益ということはできない。したがって、これらが失われることをもって行政事件訴訟法二五条二項所定の回復困難な損害が生じるということはできない。

もっとも、転校はそれ自体就学環境の著しい変化を伴うものであるから、合理的理由を欠く無用な転校や、就学環境の変化に相応の配慮を欠く転校を生ずる処分は場合によっては児童に受忍しがたい精神的苦痛を強いるものである。

しかし、本件記録によると、永田町小学校の廃校は、「東京都千代田区立学校設置条例の一部を改正する条例」により千代田区内の従前の一四の小学校を廃止し、八校の小学校を新設する措置の一環をなすものであるが、右措置は、千代田区内における区立小学校において、老朽化した校舎など改築を必要とするものが生じている上、児童の少人数化による弊害が生じているところから、千代田区内の区立小学校全体を対象として教育環境の向上を目的としてなされるものであり、かつ右条例は区民文教委員会の審査を経て、区議会の議決により制定されたものであって、高度な公益的理由に基づく合理的なものと一応認められる。

さらに、本件児童らが永田町小学校の廃校に伴って通学すべき小学校の指定に当たっては、保護者の意見を聴取するなどの配慮をし、これに応じなかった抗告人らの児童についてもその住所地、通学経路、友人関係、兄弟の通学関係、帰国子女についてはその適応状況等の事情を種々考慮した上で決定がなされており、このことによって右児童らの教育環境に変化が生じることは否定できないものの、右変化に対する相応の配慮がなされていることが一応認められ、廃校によって、転校すべき学校が通学困難な地理的条件にあるなど通学、勉学を困難とするような事情が生じるような事情は何ら認められないから、右指定によって本件児童が回復困難な損害を被るものとも認めることはできない。

なお、抗告人らは、永田町小学校の校舎の解体等により同校の再現、存続が社会通念上不可能になるから回復困難な損害が生じるとも主張するが、右のとおり、本件児童らが現在同小学校で享受している教育環境等の破壊をもって回復困難な損害と認めることができない以上、抗告人らの右主張はその前提を欠くものであって、理由がないことが明らかである。

その他、本件記録を精査しても、本件廃校及びこれを前提とした通学すべき小学校の指定通知によって本件児童らが回復困難な損害を被ることを認めるに足りる疎明はない。

そうすると、抗告人らの本件申立ては、処分性の有無、当事者適格の適否等について判断するまでもなく、理由がないことが明らかである。

二よって、本件申立てを却下した原決定は相当であり、本件抗告はいずれも理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川上正俊 裁判官 谷澤忠弘 裁判官 今泉秀和)

別紙抗告の理由

一 原決定は、要するに、児童が法に定められた義務年限の間公の施設としての中学校、小学校において公教育を受ける権利ないし利益は、その児童あるいはその保護者にとって法律上主張することのできる権利ないし利益であることは疑いないが、その内容は、通学可能な施設で教育を受けることだけであり、特定の施設や教師等による教育を受けることを保障することを含まないとし、抗告人らの主張する永田町小学校で教育を受ける権利ないし利益は法的保護に値しないとした。

二 児童が新規入学あるいは転入により新たに教育を受ける場合には、右判断を正当と考えることができるかもしれない。しかし、教育は、継続を前提とした利益であり、特定の小学校ないし中学校における教育を受けることが一旦決定された場合には、その小学校ないし中学校の廃止が已むを得ないとする特段の事情の無い限り、同一の学校で法に定められた義務年限の間教育を受ける権利があると解するべきである。

三 教育は、特定の施設とそこに就学する児童、教師、保護者、地域住民等の諸々の教育環境、条件の中で行なわれる。その教育環境・条件は、細部は絶えず変化するものではあるが、総体としては、連続性を有し、個性を有している。このことは、個々の学校が、周年式典を行ない、また、卒業生が学校単位で全体として同窓会を組織することにも現れている。

教育は、個性を有する特定の教育環境・条件の中で、継続的に受けることによって、はじめて初期の目的を達することができるものであり、もし、異った教育環境・条件のもとでの教育を転々と受けた場合には、現在一般に国民が理解している教育効果は期待できず、教育を受けたこととはならない。原決定の判断は、国民の教育を受ける権利・利益を法的保護に値いするものとしながら、その内容を無にするものであり、国民固有の権利として学習権が存することを認めた最高裁の判決(最(大)判昭五一・五・二一、判時八一四号三三頁)の判断にも反するものである。

四 公教育を受ける権利ないし利益は、通学可能な学校に通学することが可能であり、学校教育法等法規により要請される限度内の教育を施すことが可能であるような施設において教育を受ける権利ないし利益であるに留まるとする原決定の判断は、小学校・中学校の廃校は行政当局ないし教育委員会の全くの自由裁量ででき、その適否を訴訟手続で争う余地はないということに帰するのであり、一般国民の常識と合致しないばかりか、廃校処分の適否について理由を具体的に判断してきた過去の判例の流れに照らしても、違法・違憲性は明白であり、取り消されるべきである。

五 さらに、原審において抗告人らが提出した各申立書及び各準備書面記載の理由により、抗告の趣旨記載の通りの決定を求めるため、本申立てに及ぶ。

別紙準備書面(一)

本件廃校処分は、以下に述べる通り処分性を有すると解するべきである。

一 原決定は、「児童が法に定められた義務年限の間公の施設としての中学校、小学校において公教育を受ける権利ないし利益は、その児童或いはその保護者にとって、法律上主張することのできる権利ないし利益であることは疑いがないが、それは、その児童が社会通念の上から通学することが可能であり、学校教育法等に法規により要請される限度内の教育を施すことが可能であるような施設において教育を受ける権利ないし利益であるに止まるものと考えられる。実定法上児童及びその保護者に右の範囲を越え、特定の施設や教師等による教育を受けることを保障するような規定はないし、教育委員会が二以上の学校の中から児童を就学させる学校を指定する権限を行使するについて、そのような見地からその権限を拘束するような規定も見当たらない(学校教育法施行令五条二項参照)以上、それ以外の解釈をいれる余地はないというべきである。」と判示する(原決定書二三頁、二四頁)。

二 しかし、右判示には、次の問題点がある。

たしかに、右施行令五条二項は、教育委員会の就学校指定権限行使について、拘束をしていない。しかし、同施行令八条は、「市町村の教育委員会は、第五条二項(中略)の場合において、相当と認めるときは、保護者の申立により、その指定した小学校又は中学校を変更することができる。(後略)」と規定している。つまり、一旦なされた就学校指定は、保護者の申立てがあった場合に限り変更することができるのであり、教育委員会が職権で変更することは、同施行令六条の場合を除き、できないのである。

すなわち、実定法は、新たに就学校を指定する場合については、教育委員会による指定権限行使について拘束をしてはいないが、就学校指定後に就学校を変更する場合については、教育委員会による変更権限行使について拘束をしているのである。

また、裁判例も、「学校教育法施行令によれば、転学処分を認めうる場合とは、同施行令第六条の要件に該当するか、同施行令第八条の該児童の保護者の申立があった場合に限るべきであるところ」、当該転学処分は、右六条の要件にも該当せず、また右八条の場合にも該当しないとして、「合理的な理由がないのに転学を余儀なくされることによって該児童に与える教育上、人格形成上の影響は甚大であり、その保護者たる右申請人らが被る回復の困難な損害を避けるため右転学処分の効力は本案判決確定に至るまで、これを停止すべき緊急の必要があると言うべきである。」と判示している(名古屋地方裁判所昭和四三年三月三〇日決定、行裁集一九巻三号五六一頁。特に五六四頁。<書証番号略>)。

要するに、一旦就学校の指定を受けた者は、その学校に就学し続けることについては、法律上保護された利益を有するのである。

ところで、本件において、申立人らが永田町小学校の廃校処分の取消を求めているのは、永田町小学校に新たに就学する利益を侵害されるからではなく、一旦就学校指定乃至承諾を受けて就学した同校に就学し続ける利益を侵害されるからである。

この利益は、前述の通り、法律上保護された利益であるから、この利益を侵害する永田町小学校廃校処分は、抗告訴訟の対象となる処分に当たると解するべきである。

別紙準備書面(二)

本件執行停止決定申立により執行が停止された場合の結果について、抗告人らは以下のとおり執行停止決定申立の趣旨に合致する結果となると考える。

一、本件処分の執行が停止された場合、永田町小学校が存続し、抗告人らは永田町小学校に在籍することとなる。

二、この場合、永田町小学校に在籍していた抗告人ら以外の児童については、転学の指定処分が残存するので、転学すべきこととなる。

三、しかし、抗告人らが、平成五年三月二九日電話連絡網により永田町小学校在校児童の保護者に対し、仮に永田町小学校の残存が決定した場合の同小学校への転学指定希望の有無を調査したところ、左記の結果となった。

児童総数 一八一名(現一年生から五年生)

確認がとれた児童数 一五五名

①永田町小学校に戻ることを希望する児童数 一三九名

②近い将来なら戻ることを希望する児童数 四名

③戻ることを希望しない児童数九名

④転勤等学校の存廃と無関係に他に移る児童数 三名

確認がとれない児童数 二六名

⑤従前の態度から戻ることが確実と推定できる児童数 一八名

⑥不明 八名

四、右結果によれば、同校への転学指定希望者一六一名(右①②⑤の合計)は、学校教育法施行令第八条により、千代田区教育委員会に対し同校への指定変更申立をし、同条に定める相当の理由があるものとして、指定変更がなされるものと予測できるので、児童数は若干減少しても従前の教育と同等の教育を抗告人らは受けることができる。

五、さらに、教職員の配置については、抗告人甲野一郎が千代田区教育委員会から聞いたところでは、現に執行が停止された場合の対応策として現在在職中の教師(校長、教頭を除く)一二名中九名を永田町小学校に残留させることを可能とする体制がとられているとのことであり、この面でも、執行停止決定申立の趣旨は、満足される結果が期待できるものである。

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