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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)26号 判決 1993年10月14日

アメリカ合衆国アリゾナ州85726、タクソン ピーオーボックス27246

原告

ケーヴィーサーティースリー・コーポレーション

代表者

チェリー・ネルソン

訴訟代理人弁護士

鈴木修

大野聖二

同弁理士

中田和博

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

内藤通彦

田辺秀三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和63年審判第14951号事件について平成4年10月1日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表第10類の「咬合器、咬合器装着用補助具、口腔模型基台製作用型、その他本類に属する商品」(その後、「咬合器、その他の医療機械器具その他本類に属する商品」と補正)を指定商品として、「VERTEX」の欧文字を横書きした構成からなる商標(以下「本願商標」という。)について、昭和60年2月7日、商標登録を出願したところ、昭和62年10月27日、拒絶査定を受けたため、同年8月11日、審判の請求をした。特許庁はこの請求を昭和63年審判第14951号事件として審理した結果、平成4年10月1日、上記請求は成り立たない、とする審決をした。

2  審決の理由の要点

<1>  本願商標は前項記載のとおりの構成からなり、昭和62年9月8日付け手続補正書により指定商品を「咬合器、その他の医療機械器具、その他本類に属する商品」とするものである。これに対し、引用商標(登録第1781703号商標)は、「バーデックス」の片仮名文字を横書きした構成からなり、前記施行令第10類「医療機械器具、その他本願に類する商品」を指定商品として、昭和49年9月13日に登録出願、同60年6月25日に設定の登録がされ、現に有効に存続しているものである。

<2>  本願商標からは「バーテックス」の、引用商標からは「バーデックス」の各称呼を生ずるものである。

<3>  上記各称呼は、音数構成において同一であるが、第3音において、本願商標が「清音」の「テ」音であるのに対し、引用商標が濁音の「デ」音である点に差異があり、この差異音は、母音「e」を共通にする歯茎の破裂音で調音の位置が極めて近い。

そして、各称呼を全体として一連に称呼するときは、語音、語感が近似したものとなり、互いに紛れるおそれがあるから、両者は、称呼において類似する商標であり、指定商品も同一である。

<4>  したがって、本願商標は、商標法4条1項11号に該当するから、登録することができない。

3  審決の取消事由

審決の理由の要点<1>は認める。同<2>は、引用商標については認めるが、その余は争う。同<3>のうち、第1段及び同第2段の指定商品が同一であるとする点はいずれも認めるが、その余は争う。同<4>は争う。審決は、本願商標から生ずる称呼の認定を誤り、両商標の対比判断を誤ったものであるから、違法であり、取消しを免れない。

<1>  両商標から生ずる称呼は、本願商標が「ヴァーテックス」であるのに対し、引用商標は「バーデックス」であるから、両商標は、称呼上、語頭音及び第3音で相違する。

<2>  語頭音の相違についてみると、本願商標は英語の名詞「vertex」を商標化したものであるから、その語頭音は、下唇を前歯に当てて発する摩擦音であり、片仮名表記では「ヴァ」と表されるものである。これに対して、引用商標の語頭音は、その連合商標が「BERDEX」とされているように、「BER」に対応する「バ」の音であり、破裂音である。上記の「ヴァ」と「バ」の相違は、英語教育の普及に伴って摩擦音と破裂音の区別が明確になるにつれ、表記上も、摩擦音は「ヴァ」、破裂音は「バ」と区別され、現在では、一般人の間でも、明確に区別されている。また、本願商標の構成文字から称呼を取得した者等の本願商標の構成文字を知る者は、「ヴァ」と「バ」の相違を十分に認識することができるし、そうでない者を含め、「ヴァーテックス」、「バーデックス」のように、外国語あるいは外国語を思わせる称呼の場合は、発音の違いに注意を向け、その差異を聴き分けようとする傾向がみられるので、両音の差異は聴別可能である。さらに、本件では、かかる差異を有する両音が、称呼上最も重要な要素を占めるとされる語頭に配置されていることからも、聴別可能といえるのである。

次に、第3音の相違についてみると、本願商標の「テ」の音は、舌先を上前歯のもとに密着させ破裂させて発する無声子音「t」と「e」による音節であるのに対し、引用商標の「デ」は、舌先を上前歯のもとに密着させ破裂させて発する有声子音「d」と母音「e」による音節である。両者は、調音方法を同じくするが、前者が無声子音、後者が有声子音で形成され、それによって前者が静音、後者が濁音という相違があり、前者は軽く弾んで明瞭な印象を与えるのに対し、後者は重く沈んで暗鬱な印象を与える。そして、これらは共に破裂音であり、本来的に強音であるから、その相違は一層明確に聴別することができる。しかも、両称呼共、上記のような差異を有する第3音が、長音と促音に挟まれたアクセントを有する揚音であることからすると、第3音の前記差異から両称呼を区別することが可能であることは明らかである。さらに、両称呼のイントネーションを対比するに、本願商標は、揚音「テ」の存在により、語頭が低く弱めに、中間が高く強めに、語尾は弱く深く称呼され、全体として弾んで響くような感じを与えるのに対し、引用商標は、語頭から語尾に至るまで、揚音「デ」の影響を受け、全体として鈍く重い感じで平坦に称呼されるものであるから、両称呼は、イントネーションにおいて相違し、聴別可能である。

なお、引用商標と称呼上、一音相違の商標である「HARDEX」、「ハーデックス」が登録されていることからしても、本願商標は引用商標と非類似として登録されるべきものである。「HARDEX」、「ハーデックス」が引用商標と非類似とされたのは、一音であっても、語頭音における相違から聴別可能とされたものであるが、本願商標と引用商標との間においても、前述のように、語頭音に相違があるのみならず、称呼の識別上重要な要素を占めるアクセントのある揚音、強音においても相違があるので、本願商標は「HARDEX」、「ハーデックス」と同様に引用商標と非類似とされるべきである。

<3>  本願商標の指定商品は、工学、医療等の専門的な機械器具を集めた商品区分に属し、特に、「医療機械器具」等の需要者は医療関係の専門家が多く、また、人体等に適用される商品であることから、取引においては特に注意を要する商品である。したがって、このような指定商品の特殊性に照らすと、その商標の有する僅かな相違でも、需要者によって十分区別されるものであり、前記のような称呼上の相違があれば、混同のおそれが生ずることはないというべきである。

<4>  本願商標と引用商標は、外観のみならず、本願商標が「最高点、頂上」という意味を有する英語の名詞を商標としたことから観念においても大きな相違があり、かかる相違を既に述べた称呼上の差異に加味して判断した場合には、両商標は出所の混同を生ずるおそれは全くなく、非類似の商標というべきである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因に対する認否

請求の原因1、2は認めるが、同3は争う。審決の認定判断は正当である。

2  反論

原告は、本願商標から生ずる称呼は「ヴァーテックス」であり、「バーテックス」の称呼は生じないことを前提にして、本願商標と引用商標の称呼上の相違を主張するが、以下に述べるように、本願商標からは、「バーテックス」の称呼も生ずるものであるから、原告の主張はその前提を誤るものであって、失当である。

<1>  本願商標を構成する「VERTEX」の欧文字は、我が国において固有の発音をもって広く知られたものとはいえない。そして、我が国の取引において、一般に発音しにくい外来音を発音する場合には、原音どおり発音するとは限られず、発音し易い音に置き換えて発音していることは経験則の教えるところである。本願商標の原音である「ヴァーテックス」のうち、「ヴァー」の音は、外来音として発音しにくいものであるから、我が国において発音し易い「バー」の読みをもって発音し、かつ、「バー」の文字をもって表記することがむしろ一般的である。このことは、原音として「ヴァ」を有する「vermont」が「バーモント」と、「violin」が「バイオリン」と、「virginia」が「バージニア」と発音、表記されている例に照らしても明らかなところである。したがって、我が国における大多数の本願商標に係る指定商品の取引需要者は「バー」と発音するものと解されるので、本願商標は全体として「バーテックス」の称呼を生ずるというべきである。なお、かかる称呼が生ずる点については、原告も審決時までは是認していたものである。

<2>  そこで、以上の両称呼の類否をみると、両称呼は共に6音からなるところ、その差異音は第3音における「テ」と「デ」のみである。両差異音は、母音「e」を共通にし、その子音「t」と「d」は、調音の位置が共に歯茎で調音される歯茎音であるのみならず、呼気の方法が共に破裂音であり、ただその差は声帯の振動を伴うか否かにすぎないので、近似音と解される。そして、一般に称呼の中間に位置する音は、経験則上明瞭に聴取しにくいところ、本件の差異音である第3音は共に中間に位置している。したがって、両称呼を全体として一連に称呼するときは、語感語調が近似したものとなり、互いに紛れるおそれがあるというべきであるから、取引需要者が時と処を異にして両商標に接する場合、商品の出所の混同を生ずるおそれがあり、本願商標と引用商標は称呼において類似する商標といわざるを得ない。

<3>  原告は、両称呼の差異音である第3音にアクセントがあり、また、両称呼のイントネーションが相違すると主張するが、両称呼が特定のアクセントの位置若しくは特定のイントネーションをもって発音されるものであると広く知られていないこと、両称呼は、「テ」と「デ」の音を除けば構成音及びその構成音の配列を共通にしていること、及び長音と促音に挟まれた中間音に常にアクセントがあり、この中間音を揚音として常に発音されるとはいえないことに照らせば、両商標に接する取引需要者は、種々のアクセント及びイントネーションで発音するとみるべきであるが、この場合にあっても両商標をそれぞれ同じアクセント及び同じイントネーションで発音すると解されるのであり、これを区々に発音するとみるべき合理的な根拠はない。なお、本願商標を英語の原音どおり発音する場合には、そのアクセントは、中間音ではなく、語頭音にある。また、原告が援用する先例は、本願商標と引用商標との関係に比較して、差異音が相違し、かつ、差異音の位置が相違するから、適切な先例とはいえない。

<4>  原告は、本願商標に係る指定商品の取引の特殊性を主張するが、本願商標は、第10類「咬合器、その他の医療機械器具、その他本類に属する商品」を指定商品とするものであるところ、その指定商品中には、一般消費者を対象とする「カメラ」、「物差し」、「体温計」及び「フイルム」等の商品を含むものであるから、原告主張の商品に限定されるものではない。また、「医療機械器具」中には、「血圧計」、「体温計」及び「あんま器」等が含まれているばかりか、「医療機械器具」の取引者、需要者には、医療関係の専門家のみならず、同商品の発注、受注等の一般的な事務に携わる者も少なくないと解されるから、特に同商品のみが取引上特殊性を有する商品であるということはいえない。

<5>  本願商標を構成する「VERTEX」が原告主張の意味を有する英語であるとしても、本願商標に接する取引者、需要者が直ちに上記の意味を想起するほどに親しまれているとはいえないから、これにより「最高の医療機器」との観念を生ずるものではない。また、原告主張の観念を生ずるとすれば、商品の品質を誇称する意味あいとなるから、自他商品の識別性の観点からも、本願商標は「医療機器」について原告主張の観念を生ずるものと解することはできない。これに対し、引用商標は、観念を有しない造語であるから、結局、両商標は、称呼の類否に影響を及ぼすほどの観念を有するということはできない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1、2並びに本願商標及び引用商標の各構成及び各指定商品が審決理由の要点<1>に摘示のとおりであること、引用商標から「バーデックス」の称呼が生ずることの各事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  原告は、本願商標から生ずる称呼は「ヴァーテックス」であるのに、「バーテックス」の称呼が生ずるとした審決の認定は誤りであると主張するので、以下、検討する。

(1)  本願商標の構成が英語の名詞「vertex」に由来するものであることは、原告の自認するところであり、成立に争いのない乙第5号証(株式会社研究社発行「新英和大辞典」)によれば、その発音表記は「v〓:teks」又は「v〓:teks」であると認められる。

(2)  ところで、成立に争いのない乙第1号証(文化庁編集「公用文の書き表し方の基準(資料集)」増補版)には、「外来語の表記」(内閣告示第2号)の前書きとして、「1 この『外来語の表記』は、法令、公用文書、新聞、放送などの、一般の社会生活において、現代の国語を書き表すための「外来語の表記」のよりどころを示すものである。2 この『外来語の表記』は、科学、技術、芸術その他の各種専門分野や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない。3 この『外来語の表記』は、固有名詞など(例えば、人名、会社名、商品名等)でこれによりがたいものには及ぼさない。4 この『外来語の表記』は、過去に行われた様々な表記を否定しようとするものではない。」(2頁)との各記載が認められるところ、前記告示の性格及び前記の各記載内容によれば、前記「外来語の表記」は、外来語を一般的に表記する場合の表記法に関する有力な基準と考えることができる。

そこで、以下、上記「外来語の表記」に示された基準に従って、本願商標の語源である「vertex」の表記について検討してみる。前掲乙第1号証によれば、仮名「バ」は、「外来語や外国の地名・人名を書き表すのに一般的に用いる仮名」を示す第1表に掲げられているのに対し、仮名「ヴァ」は、「外来語や外国の地名・人名を原音や原つづりになるべく近く書き表そうとする場合に用いる仮名」を示す第2表に掲げられている(前掲書3頁)ことが認められ、また、前記第1、2表を適用する場合の留意事項として、「4 国語化の程度の高い語は、おおむね第1表に示す仮名で書き表すことができる。一方、国語化の程度がそれほど高くない語、ある程度外国語に近く書き表す必要のある語―特に地名・人名の場合―は、第2表に示す仮名を用いて書き表すことができる。」(留意事項その1)、また、「第2表に示す仮名は、原音や原つづりになるべく近く書き表そうとする場合に用いる仮名で、これらの仮名を用いる必要がない場合は、第1表に示す仮名の範囲で書き表すことができる。」(留意事項その2、Ⅱ冒頭、6頁)とされ、さらに、「7 『ヴァ』・・・は、外来音ヴァ、・・・に対応する仮名である。」とし、その具体例として「ヴァイオリン」が挙げられ、その「注」として、「一般的には、『バ』・・・と書くことができる。」として「バイオリン」の表記が例示されている(7頁)こと、同じく外来音である「ヴィ」、「ヴ」、「ヴェ」、「ヴォ」についても、一般的には「ビ」、「ブ」、「ベ」、「ボ」と書くことができるとされていることが認められる。

以上によれば、外来音「ヴァ」に対応する仮名は「ヴァ」であり、その一般的な表記は「バ」であり、これを原音や原つづりになるべく近く書き表そうとする場合の仮名は「ヴァ」であるということができる。そうすると、前記「vertex」の一般的な表記法は「バーテックス」であり、これをなるべく原音に近く書き表そうとする場合には「ヴァーテックス」の表記が用いられるものということができる。

ところで、原告は、英語の普及に伴いなるべく原音に近い表記法が普及している上、本願商標の指定商品は「医療用機器」であるから可能な限り正確な表記が要請されるとして、本願商標からは「ヴァーテックス」の表記のみが生じ、ひいてはその称呼は「ヴァーテックス」であると主張するので検討する。確かに、英語の普及に伴い原音に近い表記法が次第に普及しつつあることは公知の事実というべきである。しかしながら、いずれも成立に争いのない乙第2号証(1989年11月6日株式会社講談社発行、梅棹忠夫、金田一春彦、坂倉篤義、日野原重明監修「日本語大辞典」)、同第3号証(1988年11月3日株式会社三省堂発行、松村明編著「大辞林」)によれば、これらの我が国における有力な国語辞典には、原音がいずれも「ヴァ」である「ヴァージニア」、「ヴァーモント」、「ヴァイオリン」等の外来語について、いずれも「バージニア」、「バーモント」、「バイオリン」等の表記が一般的な表記法として採用されていることが認められるところ、これらの有力国語辞典に示された表記と前記の「外来語の表記」に示された基準を勘案すると、英語の普及状況を考慮にいれたとしても、我が国において、外来語の原音「ヴァ」を仮名「バ」で表記する方法は、なお、相当程度確立した表記法であるものと推認できるから、原音「ヴァ」を仮名「バ」で表記する方法が普通に用いられる場合の一般的な表記法の地位を失ったものということはできないというべきであるし、本願商標を特に「ヴァーテックス」と原音又は原つづりに近く表記し、発音しなければならないとする特段の事情を認めるに足りる証拠もない。また、指定商品の特殊性を主張する点についてみると、本願商標の指定商品が「咬合器、その他の医療機械器具その他本類に属する商品」であることは当事者間に争いがないところ、このうちの「医療機械器具」に限ってみてもその中には、「体温計」、「血圧計」等のごく日常的に用いられる商品も含まれていることからすると、本願商標に係る指定商品の特殊性をもって、その取引過程において、前記の一般的な表記法が採用されないことの根拠とするには不十分といわざるを得ず、その他本件全証拠を検討しても、本願商標の表記として「バーテックス」の表記が生ずるとの事実を左右するに足りる証拠はない。

(3)  以上によれば、本願商標の日本語表記として「ヴァーテックス」が採用され得るとしても、「バーテックス」の表記も相当程度広く採用されるものといわざるを得ないから、この後者の表記に対応して、本願商標から「バーテックス」の称呼が生ずることは明らかなところである。

3  そこで進んで、本願商標の称呼「バーテックス」と引用商標の称呼「バーデックス」の類否について検討する。

(1)  両称呼は、いずれも6音からなり、そのうちの第3音の「テ」と「デ」が相違する以外の全てにおいて一致することは、両称呼を対比すれば明らかなところである。

(2)  ところで、称呼の類否を判断する上で、語頭音の類否が極めて重要な役割を果たすことは経験則の教えるところであり、この点は原告も自認するところである。そして、唯一相違する第3音の差異についてみると、両者は「テ」が清音であるのに対し、「デ」が濁音である点において相違するが、いずれも母音が「e」を共通にする歯茎の破裂音で調音の位置が極めて近いことにおいて一致することは当事者間において争いがなく、これらの一致点を考慮すると、特に両商標を一連に称呼した場合、第3音の上記の相違は、さほど大きな識別力を有するものということはできない。そうすると、この相違は、語頭音を含む第3音以外において全て一致する両商標の称呼が与える類似した語感、語調に埋没する程度の微弱なものといわざるを得ない。

原告は、両称呼におけるアクセントの位置やイントネーション、観念等の相違を考慮すると、これらの相違は、両称呼の識別上、大きな役割を果たすものであると主張するので検討する。まず、アクセントの位置についてみるに、原告は、本願商標及び引用商標の称呼のアクセントはいずれも第3音にあるとするが、原告が本願商標の原語(英語)であると主張する「vertex」のアクセントが語頭音にあることは前記2(1)に認定した発音表記から明らかであることからすると、本願商標が英語の「vertex」に由来するとの前提に立つ限り、第3音にアクセントがあると断ずることはできない。仮に、本願商標及び引用商標が原告主張の位置にアクセントがあり、また、イントネーションが原告主張のとおりであるとしても、前記のように、両商標の称呼は僅か6音から構成される短いものであり、しかも称呼識別上最も重要な語頭音において一致し、僅かに第3音のみが相違するすぎないことを考慮すると、アクセント及びイントネーションの相違が、前記の一致点が付与する類似した語感、語調を凌駕して、両称呼を非類似のものとして識別せしめるものとまでいうことは到底困難といわざるを得ないものというべきである。さらに、原告主張の観念の点についてみるに、前掲乙第5号証によれば、本願商標が由来する「vertex」の語が「最高点、頂点」の意味を有する単語であることを認めることができるが、この原語が我が国において前記のような意味を有する単語として一般に定着していることを認めるに足りる証拠はないから、これに由来する本願商標が前記のような意味の観念を有するものということはできない。さらに原告は、引用商標と一音相違の商標である「HARDEX」、「ハーデックス」が登録されていることを理由に、本願商標は引用商標と非類似として登録されるべきであると主張するが、もとよりかかる登録例が本願商標の類否判断を拘束するものではないだけでなく、原告主張の前記各商標と引用商標とは称呼の識別上重要な役割を果たす語頭音において相違するのであるから、上記の登録例は、これが一致する本願商標の場合とは事例を異にし、参考とすべき先例たり得ないことは明らかというべきである。したがって、原告の前記主張はいずれも採用できない。

(3)  そうすると、「バーテックス」の称呼を生ずる本願商標と「バーデックス」の称呼を生ずる引用商標は、語頭音を含め、第3音以外の全てにおいて一致するため、称呼上、類似するといわざるを得ないというべきである。

4  以上の次第であって、審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はないというべきであるから、本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担及び附加期間の定めについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

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