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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)198号 判決 1996年5月30日

岐阜県加茂郡川辺町比久見488番地の1

原告

平野芳宏

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

石原正博

木村良雄

幸長保次郎

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和63年審判第123号事件について平成5年10月15日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「ロータリーバルブ」とする発明(後に名称を「吸排気ダブルバルブ」と補正)につき特許出願(昭和57年特許願第49520号)をしたところ、昭和62年11月9日拒絶査定を受けたので、昭和63年1月6日審判を請求し、同年審判第123号事件として審理され、平成2年11月1日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がされたので、東京高等裁判所に対し上記審決取消訴訟(平成3年(行ケ)第21号事件)を提起し、同裁判所は、平成4年10月29日上記審決を取り消す旨の判決をしたが、特許庁は、平成5年10月15日再び「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は同年11月17日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

内部に隔壁を設けて、内燃機関の吸気部と排気部とを有する一体化した弁体、該弁体を球形にして通気路を設け、弁体を回転して吸排気の制御することを特徴とするバルブ

(別紙図面1参照)

3  本件審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、当審における拒絶理由通知書に引用した本出願前に頒布された刊行物である昭和51年特許出願公開第138247号公報(以下「引用例」という。別紙図面2参照)には、「本発明の一つの面においては内燃機関の性能を向上する方法で、機関の燃焼室の燃料混合物の送入および燃焼生成物の排出を廻転弁で制御し」(3頁右下欄2行ないし4行)と記載されており、さらに「第17図は、適切な形状としたハウジング31内に支持部42によって廻転可能に取付けられた球の部分の形とした弁体29を用いる往復ピストン機関の一形式を示す。弁体29には口30があり、これらは弁体が廻転するとハウジングの開孔32と通じまた通じなくなり燃焼室への吸気そこからの排気を許す。燃焼室への開孔32は第18図に示すとおり断面四角形であるが他の形状も使用できる。」(11頁左上欄16行ないし右上欄4行)と記載されている。

これらの記載及び第17図を参酌すると、引用例には、「内部に隔壁を設けて、内燃機関の吸気部と排気部とを有する弁体であって、この弁体は、球の部分と、この球の部分を貫通する円筒形の部分との結合体からなり、内部に通気路を設け、この弁体を回転して吸排気の制御をするバルブ」が記載されているものと認められる。

(3)  本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、両者は、「内部に隔壁を設けて、内燃機関の吸気部と排気部とを有する弁体、該弁体に通気路を設け、弁体を回転して吸排気の制御をすることを特徴とするバルブ」である点で一致し、以下の点で相違している。

本願発明が、内燃機関の吸気部と排気部とを有する弁体を一体化し、この弁体を球形としたのに対し、引用例記載の発明は、内燃機関の吸気部と排気部とを有する弁体を球の部分と、これを貫通する円筒形の部分との結合体とした点。

(4)  そこで、上記相違点について検討する。

本願明細書には、本願発明の課題もしくは効果に関して、「エンジンには新鮮な空気が多量に必要であり、その気体をシリンダーに多量に送り込むためには、口径の大きな弁口が必要である。」(平成5年2月16日付手続補正書添付の明細書(以下「補正明細書」という。)2頁2行ないし5行)、「弁体を球形にすることによって、弁体の断面は拡大され、<1>円形の弁口、<2>弁口の拡大、<3>通気路の口径維持が可能となる」(同2頁18行ないし22行)、「この発明は簡単な構造で弁口の拡大が可能で弁口の拡大は気流の増大につながり、吸気効果を促進させるものである。」(同3頁20行ないし22行)と記載されている。

一方、引用例には、「本発明の望ましい特徴によると、弁は球形または球部分形すなわち球の一切片とすることができる。これらの特徴は燃料の燃焼効率を改善し、潤滑を改善し、圧縮効果を向上させる。」(2頁右下欄9行ないし13行)、「本発明の単一のシリンダ口と円筒形の廻転弁体とを備えた構造は、燃焼室への開口が1個だけであるのでポペット弁(複数)で可能であったものより遥かに大きな面積が得られた。」(3頁右上欄13行ないし16行)と記載されている。

したがって、引用例の前記記載に照らせば、引用例には、内燃機関の吸排気弁の「弁体の断面は拡大され、弁口の拡大が可能になる」との本願発明の課題に相当する技術的事項が示唆されていると解され、内燃機関の技術分野における通常の技術常識からみて、弁口の拡大とそれに続く通気路の口径維持とは一体不可分のものといえるから、本願発明の課題には予測性があるということができる。

また、引用例記載の発明の弁体、すなわち球の部分とこれを貫通する円筒形の部分との結合体からなる弁体であっても、弁口の拡大、通気路の口径維持は、本願発明の球形の弁体と同程度に可能であると解され、球形弁体が球形の部分とこれを貫通する円筒形の部分との結合体であるからといって、上記した弁口の拡大及び通気路の口径維持の観点で、本願発明の球形の弁体に比べて差異が生じるとの技術的根拠を見い出すこともできない。

そして、引用例記載の発明の弁体が本願発明の弁体と同程度に弁口の拡大及び通気路の口径維持ができるものであれば、その通気路を通る気流の増大、吸気効果の促進も同程度に期待できることは明らかであるから、本願発明と引用例記載の発明との前記相違点、すなわち弁体の構造の相違には格別の効果上の差異は認められない。

さらに、一般に、機械部品を設計・製造する際、単一の部材で形成するか、複数の部材を結合させて形成するかは、その機械部品の形状や素材に基づく製作の容易性及び工作上のコスト等を勘案して、当業者が適宜選択し得る設計上の事項にすぎないものと解されるから、引用例記載の発明の球の部分とこれを貫通する円筒形の部分との結合体からなる弁体を、一体化した球形の弁体にする程度のことは、当業者が適宜なし得ることである。してみれば、上記相違点に格別構成上の困難性もない。

(5)  したがって、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  本件審決の取消事由

本件審決の理由の要点(1)ないし(3)、及び同(4)のうち、本願明細書及び引用例に審決認定の記載があることは認め、その余は争う。本件審決は、引用例記載の発明の技術内容を誤認した結果、両発明の相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  本件審決は、引用例記載の発明の弁体は、<1>弁口の拡大、通気路の口径維持において、本願発明の球形の弁体と同程度に可能であると解され、本願発明の球形の弁体に比べて差異が生じるとの技術的根拠を見い出すこともできないと判断し、かつ<2>内燃機関の技術分野における通常の技術常識からみて、弁口の拡大とそれに続く通気路の口径維持とは一体不可分のものといえると判断している。

しかしながら、前記<1>については、引用例記載の発明の弁体、すなわち球の部分とこれを貫通する円筒形の部分との結合体からなる弁体は、その形態が円筒形である構造上、本願発明の球形弁が設定することができる流通路の口径面積よりも減少した面積の流通路しか設定できないから、本件審決の判断は誤りである。

また、前記<2>については、例えば、引用例記載の発明の円筒弁は、弁内を分断する隔壁によって既に口径が阻害されている。引用例記載の発明の円筒弁の弁内には隔壁があり、隔壁のある部位においてはバルブの内径は減少する。円筒弁が第17図の球形部分との結合体であっても、拡大される範囲は円筒内の隔壁と外壁の間であり、円筒の弁体の影響を免れることはできない。したがって、前記「弁口の拡大とそれに続く通気路の口径維持とは一体不可分」との判断は誤りである。

そして、引用例記載の発明の阻害された通気路において、減少した経路の口径を補うため通気路の口径を増大させる方法を採った場合、機関に必要のない部分の肥大化を招き、機関本体の重量化、大型化を招来することになり、本願発明で求める性能に合致した構成を得られない。

(2)  引用例記載の発明の円筒弁には、通気路の経路に阻害要因があるから、弁口の拡大を図ったところで気流の増大にはつながらない。これに対し、本願発明の弁体には、前記阻害要因はないから、弁口の拡大が気流の増大につながり、吸気効果を促進させることができる。

第3  請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。

2  本件審決の認定判断は、正当であって本件審決に原告主張の違法は存しない。

(1)  原告は、引用例記載の発明の弁体は、その形態が円筒形である構造上、本願発明の球形弁が設定することができる流通路の口径面積よりも減少した面積の流通路しか設定できないから、本件審決の取消事由(1)<1>の本件審決の判断は誤りである旨主張する。

しかしながら、原告の主張は、引用例記載の発明の弁体の形態が円筒形であるとする前提において誤っている。

すなわち、本件審決の、引用例記載の発明の弁体は「内部に隔壁を設けて、内燃機関の吸気部と排気部とを有する弁体であって、この弁体は、球の部分と、この球の部分を貫通する円筒形の部分との結合体からなり」との認定は、引用例記載の発明においては、球の部分と円筒形の部分との結合体に、内部に隔壁を設けて吸気部と排気部とが形成されているという事実に基づくものであり、このことは、引用例の2頁右下欄9行ないし13行、5頁左下欄3行ないし8行、11頁左上欄16行ないし右上欄4行、第17図、特に「本発明の望ましい特徴によると、弁は球形または球部分形の一切片の形とすることができる。」(2頁右下欄9行、10行)との記載を参酌すれば明らかである。

また、平成5年2月16日付手続補正書により補正された第1図と引用例の第17図とを対比しても、本願発明の弁体と引用例記載の発明の弁体との間に大きな相違があるものとは解されないから、引用例記載の発明の弁体も球形の弁体ということができる。

次に、原告は、例えば、引用例記載の発明の円筒弁は、弁内を分断する隔壁によって既に口径が阻害されているから、本件審決の取消事由(1)<2>の「弁口の拡大とそれに続く通気路の口径維持とは一体不可分」との本件審決の判断は誤りであり、さらに、引用例記載の発明の阻害された通気路において、通気路の口径を増大させる方法を採った場合、機関に必要のない部分の肥大化、機関本体の重量化、大型化を招来し、本願発明で求める性能に合致した構成を得られない旨主張する。

しかしながら、引用例記載の発明の弁体のように、球形を有する場合には、シリンダに連通する弁口は拡大された球形の部分の外表面に形成されているから、弁口の面積は円筒形の部分の直径に制限されるものではなく、球形の外表面面積に制限されるものであるから、本願発明の弁体と比べて何らの差もないものである。また、内部に隔壁を有する点は、本願発明の弁体も同様であり、隔壁と通気路の内部構造上の関係について、両発明の間に格別の相違を見い出すことはできない。

引用例記載の発明の弁体において、隔壁が球の部分を貫通する円筒形の部分に形成されていることを考慮しても、円筒形の部分における通気路の口径は、拡大された外表面を有する球形の部分に形成された通気路に接続されているものであって、本願発明の弁体と全く同様に設定し得るものである。この接続部は、円筒形の部分の周方向及び軸方向にも拡大し得ることは明白であって、本願発明の弁体と同等の外部形状を想定した場合、弁口及びそれに連なる通気路の口径が阻害されるとする技術的根拠を見い出すことはできない。

そして、引用例には、本件審決に摘示したとおり、「弁口の拡大」という技術的課題が示唆されており、また弁口とそれに続く通気路のうちの最小口径が全体としての通気抵抗を決定することは技術常識であり、吸気通路、排気通路の口径を、弁口面積と同等もしくはそれ以上に維持することは、内燃機関の技術分野において自明の事項というべきものであって、「通気路の口径維持」という本願発明の技術的課題も十分予測性があるといえるから、拡大された球の部分の外表面に形成された拡大された弁口に向けて通気路の口径を維持すべく、円筒形の部分においても通気路の設定を行うことは、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得たことである。

したがって、本件審決の取消事由(1)<2>の「弁口の拡大とそれに続く通気路の口径維持とは一体不可分」との本件審決の判断に誤りはなく、またこの判断が誤りであることを前提とする原告の主張に何らの根拠も存しない。

(2)  原告は、引用例記載の発明の円筒弁には、通気路の経路に阻害要因があるから、弁口の拡大を図ったところで気流の増大にはつながらないのに対し、本願発明の弁体には、前記阻害要因はないから、弁口の拡大が気流の増大につながり、吸気効果を促進させることができると主張する。

しかしながら、引用例には、前記(1)のとおり「弁口の拡大」という技術的課題が示唆され、「通気路の口径維持」という技術的課題も十分予測性があり、しかも、引用例記載の発明の弁体が球の部分とこれを貫通する円筒形の部分との結合体からなる構造であることにより、本願発明の球形弁が設定できる流通路の口径面積よりも減少した面積の流通路の口径しか設定できないとする技術的根拠も見い出せないから、引用例記載の発明の弁体には阻害要因があるとする原告の主張には根拠がなく、引用例記載の発明の弁体も本願発明と同様に弁口の拡大が気流の増大につながり、吸気効果を促進させることができるものである。

第4  証拠関係

証拠関係は、本記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(本件審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

第2  成立に争いのない甲第5号証(平成5年2月16日付手続補正書)及び同第6号証(平成5年6月11日付手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

1  本願発明は、エンジンのシリンダーヘッドに装備され、吸気及び排気がスムーズに行われるようにするバルブに関する(補正明細書1頁12行ないし14行)。

従来レシプロエンジンにおける吸気及び排気装置は、ポペットバルブであり、ロット及びカムで駆動されるバルブの上下運動で吸気及び排気機能を達成させていたが、ロットやカムには隙間があり、かつバルブスプリングの圧力を押し上げるため、相当出力の無駄があり、しかも小さな弁口より吸気や排気を行っていたため、効率が悪いものであった(同1頁16行ないし25行)。

2  本願発明は、エンジンには新鮮な空気が多量に必要であり、その気体をシリンダーに多量に送り込むためには、口径の大きな弁口が必要であり、またバルブ操作に大きな動力が消費されると、エンジンの求める出力にマイナスの要因になるため、バルブには口径の大きな弁口と抵抗の少ない駆動方法が求められるとの知見に基づき(同2頁2行ないし9行)、本願発明の要旨(特許請求の範囲)記載の構成(平成5年6月11日付手続補正書添付の明細書1頁5行ないし8行)を採用したものである。

3  本願発明は、簡単な構造で弁口の拡大が可能で、弁口の拡大は気流の増大につながり、吸気効果を促進させるものであり、また駆動装置を少ない動力で稼働させるからバルブ作動を省力化することができるという効果を奏する(補正明細書3頁20行ないし26行)。

第3  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

1  原告は、引用例記載の発明の弁体は、<1>弁口の拡大、通気路の口径維持において、本願発明の球形の弁体と同程度に可能であると解され、本願発明の球形の弁体に比べて差異が生じるとの技術的根拠を見い出すこともできないとし、かつ<2>内燃機関の技術分野における通常の技術常識からみて、弁口の拡大とそれに続く通気路の口径維持とは一体不可分のものといえるとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。

(1)  まず、弁口の拡大についてみると、前掲甲第5号証によれば、本願明細書には、「○従来の技術 従来レシプロエンジンにおける吸気及び排気装置はポペットバルブであり、ロット及びカムで駆動されるバルブの上下運動で吸気及び排気機能を達成させていた。しかし、ロットやカムには隙間があり、尚克つ、バルブスプリングの圧力を押し上げるため、相当出力の無駄があった。しかも効果としては小さな弁口より吸気や排気を行なっていたため、効率の悪いものであった。」(補正明細書1頁15行ないし25行)、「○問題を解決するための手段 内燃機関の吸気と排気が交互に機能する特徴をとらえ、一ケの回転するバルブによってレシプロエンジンの吸気と排気を制御するもので、回転によって二口ある弁口を交互に機能させ、弁体には、吸気と排気を遮断するために隔壁を設ける。よって吸気装置と排気装置が一体化した弁体となる。弁体を球形にすることによって弁体の断面は拡大され、<1>円形の弁口、<2>弁口の拡大、<3>通気路の口径維持が可能となる」(同2頁10行ないし22行)と記載されていることが認められる。

本願明細書の上記記載事項によれば、本願発明は、従来のポペット弁の弁口が小さく効率が悪いという欠点を解決するため、弁体を球形にしてその表面に弁口を二口設け、吸気と排気とを一体化した弁体とし、弁体を回転させてその弁口を交互に機能させる構成を採用したものであり、この構成により従来のポペット弁のような大きさの制限が緩和された結果、弁口をポペット弁に比して拡大できるという作用効果を奏するものと認められる。

一方、前掲甲第7号証によれば、引用例には、「本発明の望ましい特徴によると、弁は球形または球部分形すなわち球の一切片の形とすることができる。これらの特徴は燃料の燃焼効率を改善し、潤滑を改善し、圧縮効果を向上させる。」(2頁右下欄9行ないし12行)、「在来のポペット弁燃焼室はシリンダヘッドに2個の弁口がありきのこ形の円形ポペット弁で閉じられる。(中略)幾何学的には同一平面内の弁2個の配置でそれぞれシリンダ内腔断面積の25%の面積がある弁を収容することは可能のはずである。しかし実際には弁座周辺の支持部金属がこれを18%以下に低減する。(中略)本発明の単一のシリンダ口と円筒形の廻転弁体とを備えた構造は、燃焼室への開口が1個だけであるのでポペット弁(複数)で可能であったものより遥かに大きな面積が得られた。」(3頁左上欄12行ないし右上欄16行)、「第17図は、適切な形状としたハウジング31内に支持部42によって廻転可能に取付けられた球の部分の形とした弁体29を用いる往復ピストン機関の一形式を示す。弁体29には口30があり、これらは弁体が廻転するとハウジングの開孔32と通じまた通じなくなり燃焼室への吸気そこからの排気を許す。」(11頁左上欄16行ないし右上欄2行)と記載されていることが認められる。

引用例の上記記載事項に第17図(別紙図面2)を参照すると、引用例記載の発明は、従来シリンダヘッドにポペット弁の弁口を2個配置するので弁口の拡大が制約される欠点を解消するため、ポペット弁に代えて、「球形又は球形部分を有し、回転によって2口ある弁口を交互に機能させて吸排気を制御するものであって、吸気と排気を遮断する隔壁を設けて吸気装置と排気装置を一体化した、1個の弁体」を採用する構成としたものであり、その結果、従来のポペット弁を用いた場合よりも弁口を拡大することができるという作用効果を奏するものである。

したがって、引用例記載の発明の弁体は、弁口の拡大の点において、本願発明と格別の差異は存しないというべきである。

また、流通路の設定についてみると、本願発明は、その要旨とする構成において「弁体を球形にして通気路を設け」と規定しているのみであり、球形の弁体に口径面積を大きくするために通気路をどのように設けるのか具体的に規定されていない。

前掲甲第5号証によれば、本願明細書には、「4.図面の簡単な説明 [第一図]この発明の原理を説明するための概要図。[第二図]吸気排気図[第三図]一体化した弁体図[第四図]弁体縦横断図[第五図~第八図]吸排気四行程の実施図」(補正明細書3頁27行ないし4頁2行)と記載され、第五図ないし第八図に基づいて実施例の説明がされている(同3頁6行ないし18行)ことが認められる。そして、これらの図面をみると、図面に記載された構成は、弁体を球形に膨らませると共に、バルブの通気路の折曲部をも膨張させ、その断面積を減少させることなくその口径を維持する構成となっているものと読み取れないではない。

しかしながら、本願発明の要旨とする構成は、このようなものに限定されないこと前述のとおりであるから、この図面及び実施例の記載を理由に本願発明の要旨を限定して解釈することはできない(当裁判所平成3年(行ケ)第21号事件判決に摘示された本願発明の要旨では、「バルブを球形に一体化して、バルブ内部の断面積を膨張させ、吸気と排気を分断するためにある隔壁によるバルブの通気口の断面積を減少させることなくバルブの口径の断面を維持してシリンダーの口径の範囲で、その求める性能に応じたバルブ口径が設定出来」とされていたことは、当裁判所に顕著な事実であり、これを前記補正明細書における特許請求の範囲中の「該弁体を球形にして通気路を設け」と対比すると、補正によって本願発明の構成要件である「通気路」についての具体的な構成は限定のないものとされたと解さざるを得ない。)。

そうであれば、本願発明の流通路の口径面積が引用例記載の発明のそれよりも大きいとする技術的根拠は存しない。

以上の点について、原告は、引用例記載の発明の弁体は、その形態が円筒形である構造上、本願発明の球形弁が設定することができる流通路の口径面積よりも減少した面積の流通路しか設定できないから、本件審決の前記判断は誤りである旨主張する。

しかしながら、引用例記載の発明の弁体は、球形の形状を有するものであって、そのような形状であることにより回転して吸排気を制御するものであることは、前記各記載事項から明らかであり、また本願発明の流通路の設定が引用例記載の発明と異なるといえないことも前述のとおりであるから、原告の主張はその前提において誤りがあり、採用することはできない。

したがって、引用例記載の発明の弁体は、弁口の拡大、通気路の口径維持において、本願発明の球形の弁体と同程度に可能であると解され、本願発明の球形の弁体に比べて差異が生じるとの技術的根拠を見い出すこともできないとした本件審決の判断に誤りはない。

(2)  次に、弁において、吸気路、排気路、弁口のうち、最小口径つまり最小断面積が全体の通気抵抗を決定することは技術的にみて自明であるから、当業者にとって弁口の拡大を図ると共に通気路の口径維持を図ることは当然の技術的課題であるということができる。「内燃機関の技術分野における通常の技術常識からみて、弁口の拡大とそれに続く通気路の口径維持とは一体不可分のものといえる」とした本件審決の判断は、このことを意味すると理解できるから、その判断に何らの誤りも存しない。

この点について、原告は、引用例記載の発明の円筒弁は、弁内を分断する隔壁によって既に口径が阻害されているから、本件審決の「弁口の拡大とそれに続く通気路の口径維持とは一体不可分」との判断は誤りである旨主張する。

引用例の前記第17図(別紙図面2参照)記載のものと、平成5年2月16日付手続補正書添付の前記図面(別紙図面1参照)とを対比すると、両発明の通気路の断面積には違いがあるから、口径に違いがあるといえるが、本願発明の要旨とする構成は口径維持について規定がなく、この図面記載のものに限定されないことは前述のとおりであり、両発明は通気路の口径維持において差異が生じるとの技術的根拠を見い出すことができないから、原告の主張は採用できない。

2  原告は、引用例記載の発明の円筒弁には、通気路の経路に阻害要因があるから、弁口の拡大を図ったところで気流の増大にはつながらないのに対し、本願発明の弁体には、前記阻害要因はないから、弁口の拡大が気流の増大につながり、吸気効果を促進させることができると主張する。

しかしながら、本願発明と引用例記載の発明とは、通気路の口径維持において差異があるとはいえないこと前述のとおりであるから、原告の主張は理由がない。

3  以上のとおりであって、本願発明と引用例記載の発明との相違点についての本件審決の判断に原告主張の誤りは存しないから、本件審決を違法として取り消すことはできない。

第4  よって、本件審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 関野杜滋子)

第1図

概要図

<省略>

第2図

吸気排気図

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第3図

一体化した弁体図

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第4図

弁体縦横断図

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第5図

実施図 吸気

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第6図

実施図 圧宿

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第7図

実施図 爆発

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第8図

実施図 排気

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FIG.17

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FIG.18

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