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東京高等裁判所 平成5年(ラ)240号 決定 1993年4月16日

抗告人

株式会社東名ヒューズ

右代表者代表取締役

加藤正明

右代理人弁護士

中村貴之

主文

本件執行抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一抗告の趣旨及び理由

本件執行抗告の趣旨及び理由は、別紙「執行抗告状」記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  本件債権強制執行事件記録によると、

(一)  抗告人は、平成五年一月二九日、原裁判所に対し、愛知中村簡易裁判所平成四年(ハ)第四三二号売掛代金請求事件の執行力ある判決正本(請求債権は、この債務名義に表示された売掛金債権及び遅延損害金債権合計七七万〇七二三円)に基づき、債務者山絋電線株式会社の第三債務者株式会社住友銀行に対する預金債権について債権差押命令を申し立てたこと、

(二)  抗告人は、右申立てに際し、差押債権を「金七七万〇七二三円。但し、債務者の第三債務者に対して有する定期預金、通知預金、普通預金、当座預金、別段預金のうち、右記載の順序により、同種の預金債権については口座番号の若いものから順次充当し、頭書金額に満つるまで。但し、右各預金のうち、他の債権者より差押のないものを右各順序に従い順次充当し、これらをもって頭書金額に満たない場合、他の債権者より差押のあるものについて右各順序に従い順次充当する。」と表示していたが、その後、同年二月五日原裁判所に提出した上申書により差押債権の表示を「金七七万〇七二三円。但し、債務者の第三債務者に対して有する当座預金、普通預金、定期預金、通知預金、別段預金のうち、右記載の順序により、同種の預金債権については口座番号の若いものから順次充当し、第三債務者方の複数の支店に債務者の預金が存するときは、第三債務者における支店番号の若い支店から順次充当し、頭書金額に満つるまで。但し、右各預金のうち、他の債権者より差押のないものを右各順序に従い順次充当し、これらをもって頭書金額に満たない場合、他の債権者より差押のあるものについて右各順序に従い順次充当する。」に変更したこと(傍線を付した部分が抗告人において新たに記載を挿入して表示を変更した主要な箇所である。)、

(三)  これに対し、原裁判所は、同年三月三日、右変更後の表示(傍線部分の記載を挿入したこと)によっても差押債権が特定されているとはいえないとして本件差押命令の申立てを却下したこと、

以上の各事実が認められる。

2 当裁判所もまた、本件差押命令の申立ては差押債権が特定されていないので、これを却下すべきものと判断する。

その理由を抗告理由中主要な点に即して説明すれば、次のとおりである。

(一)  債権に対する強制執行においては、申立書に強制執行の目的とする財産を表示しなければならず(民事執行規則二一条三号)、そのためには差し押さえるべき債権を特定するに足りる事項を明らかにしなければならない(同規則一三三条二項)とされているが、これは、関係人間に強力な法律効果が発生する強制執行の性質にかんがみ、その対象を客観的に他の債権と区別できるように明確にしておく必要があり、また、差押禁止債権であるか否か、差押許容限度を超過していないかなどの諸点についての執行裁判所の審査に資するために定められているものである。

しかしながら、どの程度に差押債権を特定すべきかが一義的に定まっているわけではないので、右の制度趣旨に徴し、かつ、当該債権の給付内容に照らして、債権の種別ごとに判断するほかない。

ところで、この債権を特定するための要素として、当該債権の当事者(執行債務者と第三債務者)、債権の種類(給付内容)を掲記することが必要であることはいうまでもない。問題は、それ以外の要素、殊に当該債権の発生原因及びその日付、第三債務者が支店を置いている場合における取扱本支店(以下「取扱店舗」という。)等の具体的な事項まで明示することを要するか否かである。申立人にこれらの事項を詳細に掲記させることが望ましいには違いないけれども、当該法律関係の当事者でない執行債権者には確知できない事項もあるから、過度にこれを要求すると、実質上強制執行が不可能ということにもなりかねないし、表示された事項と実際とが微妙に食い違っていた場合における差押えの有効性の判断に困難を来すことも考えられるところである。また、強制執行は、関係人の権利・利益に配慮しながら、適正かつ迅速に行うべきものであるから、関係人にどの程度の負担をかけるのが相当かという観点も無視できない。そこで、一般的には、差押債権の表示を合理的に解釈した結果に基づき、しかも、第三債務者において格別の負担を伴わずに調査することによって当該債権を他の債権と誤認混同することなく認識し得る程度に明確に表示されることを要するものということができる。

これを本件で問題となっている預金債権についてみると、まず金融機関は顧客の信用保持のため預金の有無及び内容を第三者に公表することはないのが一般であるから、預金債権の発生原因及びその日付の表示を常に要求するのは相当でない。しかしながら、預金債権の所在場所(取扱店舗)の表示については、金融機関は、法人格としては単一であるとしても、実際の取引は本支店ごとにある程度独立して行っているという実態(したがって、預金債権は口座を開設した店舗ごとに別個のものとなる。)に即して考察し、かつ、取扱店舗が表示されない差押命令の送達を受けた金融機関においては当該預金を探索するのに相当の時間と手間が掛かるのに対し、執行債権者は自ら強制執行を申し立てて権利の実現を図ろうとする以上多少の困難が伴っても申立てに先立って取扱店舗を調査する程度の負担を負わせられてもやむを得ない立場にあることをも併せ考慮すると、債権執行の申立書において預金債権の取扱店舗を具体的に表示することを要求しても不当ではないというべきである。

右の点に関し、抗告人は、金融機関においては預金債権をコンピューター管理しているので、該当預金の探索にさほどの手間はかからないはずであると主張するが、むしろ金融関係者が取扱店舗を明示しない差押命令が送達された場合の対応の困難さを指摘している文献も少なくないのであり、これを排斥して抗告人の右主張を認めるに足りる証拠はない。

(二)  次に、抗告人は、一般企業の売掛代金債権を差し押さえる場合には、取扱支店まで明示するように要求されていないことと均衡を欠く旨主張する。

しかしながら、一般的に金融機関の取り扱っている預金債権の数が膨大であることは顕著な事実であり、かつ、預金債権差押えに伴う各種効果(執行債務者が第三債務者に負っている債務に関する期限の利益の喪失、預金債権との相殺、不渡手形の発生等)により執行債務者が重大な不利益を被る可能性があることに照らせば、金融機関に対する預金債権を他業種の企業に対する債権と区別して取り扱うことに合理性がないわけではない。

(三)  更に、抗告人は、債権差押命令の送達を受けた金融機関が該当預金を探索している間に預金者に支払をしてしまった場合には民法四七八条によって保護されるから金融機関に不利益は生じない旨主張するけれども、問題は、債権の特定を充たす基準を検討するに際して、第三者である金融機関に過大な負担をかけることをどのように考慮するかということであって、事後処理として弁済が有効とみなされるからそれでよいというものではない。むしろ債権の特定の問題に起因して弁済の有効性が争われる事態を生じさせないように事前(申立時及び発令時)に配慮すべきであろう。

(四)  なお、抗告人は、順序を付した上で幾つかの支店を列挙した場合と全部の本支店を表示した場合とを区別すべき理由がない旨主張する。

確かに、調査能力に限界のある執行債権者としては取扱店舗を一つに絞って確定することには困難を伴うことも考えられないではなく、このような場合にまで預金債権の所在場所を唯一の店舗に絞るように要求するのは相当ではない。したがって、預金債権が存する可能性のある本支店を幾つか列挙することも許されないわけではない。しかしながら、その場合でも、差押命令の送達を受けた金融機関の負担を考慮するとおのずから限度があり、少なくとも本件のように「第三債務者における支店番号の若い支店から順次充当」するといった記載で特定性を充たすと解することは困難である。

(五)  その他、抗告理由にかんがみ記録を精査しても、原決定を違法とすべき事由は存しない。

3  よって、原決定は相当であり、本件執行抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用の負担について民事執行法二〇条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官新村正人 裁判官市川賴明 裁判官齋藤隆)

別紙執行抗告状<省略>

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