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東京高等裁判所 平成5年(ネ)1294号 判決 1993年9月27日

控訴人

株式会社日刊スポーツ新聞社

右代表者代表取締役

林秀

控訴人

山元泰生

右両名訴訟代理人弁護士

竹川哲雄

被控訴人

三浦和義

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

訴訟費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  控訴人らの申立て

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  右取り消し部分につき、被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の事実上及び法律上の主張は、控訴人らの当審における主張を次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決は、本件記事及び本件記事を含む被控訴人に対する一連の記事は、一般読者が有する通常の判断力及び理解力に従えば、大久保と被控訴人が本件事件の共同正犯であり、被控訴人が真犯人であるということを強く印象づけるものであると判断している。しかし、被控訴人は、本件訴訟において本件記事(一)及び(二)に限って名誉棄損であると主張しているものであるから、本件記事以外の一連の記事を併せて被控訴人が真犯人であるということを強く印象づけるものと判断することは、被控訴人の請求の範囲を逸脱するものであり、違法である。

二  本件事件については、極めて多数のマスコミが長期にわたって報道したところ、被控訴人は控訴人らを始めとする報道機関各社に対して本件と同様の損害賠償請求訴訟を提起し、訴額は総額一億円を越える。また、その訴訟のうち判決で認容された損害賠償額は平成二年三月以降で総額二六八五万円に達しており、裁判上及び裁判外の和解金を含めると少なくとも五〇〇〇万円を越えている。

ところで、現在の交通事故における一家の支柱とされる者の死亡による慰謝料の金額は、二四〇〇万円である。被控訴人は、生命を侵害された者の慰謝料の額を越えた金額を慰謝料として受領していることになる。元来、名誉棄損による慰謝料の金額には、被害者の全人格的な総量としての限界がなければ社会的な公平を欠くというべきであり、その総量は、少なくても生命侵害に伴う慰謝料の金額を越えることない。被控訴人は、前記のように既に総額で全人格的な総量を越えた金額を取得しているから、本件記事によって償われなければならない損害が生じたとはいえないし、仮に損害が生じたとしてもその慰謝料の金額は極めて小額というべきであり、原判決が認容した七〇万円は高額に過ぎる。

第三  証拠<省略>

理由

一当裁判所も被控訴人の本件請求は原判決が認容した限度で理由があるから、その限度でこれを認容すべきであると判断する。その理由は、次のとおり補正し、控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほかは、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決の理由の補正

(一)  原判決の理由の二の4の(二)の(3)を次のとおりに改める。

「(3) 控訴人山元は、本件手紙について、その原本を受け取ったわけではなく、コピーを受け取ったものにすぎず、原本と対照してその同一性の確認もしていない。」

(二)  原判決の理由の二の5の(二)の「また、本件手紙を被告山元に渡した人物は明らかではない。」を「また、控訴人らは本件手紙を控訴人山元に渡した人物を明らかにしない。控訴人山元はその本人尋問において本件事件の真相追求に協力してくれた方に迷惑をかけたくないのでその人物を明らかにするのを差し控えたい旨述べるにすぎず、右の人物が情報源として信頼のおける人物であることを推認するに足りない。」

2  控訴人の当審における主張に対する判断

(一)  控訴人の主張1について

報道記事が一定の編集方針に基づいて掲載された連載記事である場合においては、それが公共の利害に関する事項である場合について専ら公益を図る目的に出たものかどうか当該記事が名誉を棄損するものといえるかどうかを判断するに当たっては、問題とされた記事のみならず、それ以外の一連の記事をも証拠資料として、その連載記事の全体を通じて判断するのが相当である。したがって、本件記事以外の一連の連載記事を併せて考慮した結果、本件記事は、一般読者が有する通常の判断力及び理解力に従えば、被控訴人が一美殺害の真犯人であるということを強く印象づけるものと判断しても、本件記事以外の一連の記事が被控訴人の名誉を棄損するものと判断するのではないから、被控訴人の請求の範囲を逸脱するものとはいえない。

本件記事は、一連の連載記事の一部であるが、「一美さんはわずか1〜1.5㍍という至近距離で頭を撃たれて重傷を負い、三浦被告は6㍍以上離れたところで足を撃たせて軽いケガで済んだ。そのカラクリは、細工弾が使われたからである。しかも、今、実行犯としてその名が浮上している『三浦のヘルパー』は事件当時、この弾に見合う22口径ライフルを持っていたのである。」と記載し、記事上部の写真に付して「一美さん銃撃に使われた22口径ライフル用細工弾(右の二つ)、普通の弾(左)に比べ至近距離での殺傷力が強い」との説明を掲げ(本件記事(一))、「日本の捜査当局が『実行犯』として的を絞っている『三浦のヘルパー』とは、いったいどんな男だろうか。」と記載し、日米の捜査機関がこの男を「実行犯」ではないかと疑った理由として七つの理由を掲げたあとで、「さらにもう一つ、決定的ともいうべき事実が明るみに出ている。事件後、三浦から『まとまったカネ』を受け取っていた。」との文章で結んでいる(本件記事(二))。そして、一般の読者が通常用いる注意力、判断力及び理解力をもって本件記事を読めば、原判決の理由一の3の(三)の①ないし④の事実を記載した記事であると理解される。したがって、本件記事のみによっても、大久保と被控訴人は本件事件について殺人の共同正犯であり、被控訴人がその真犯人であるということを強く印象づけるものということができる。

控訴人の右主張は、採用することができない。

(二)  控訴人の主張2について

名誉棄損の被害者は加害者に対して精神的苦痛を慰謝するための損害賠償を請求することができるものであり、回を重ねて名誉を棄損された被害者が取得する慰謝料の総額が多額に上ったとしても、その後の名誉棄損により被害者に精神的苦痛が生じなくなったとはいえない。個々の名誉棄損による慰謝料の額は、個々の事案の特質、加害者及び被害者に認められる諸般の事情など一切の事情を斟酌して決められるべきものである。したがって、交通事故の場合の死亡慰謝料の額と単純に比較すべきものでもない。

本件記事により被控訴人が被った精神的苦痛を慰謝するのに相当な慰謝料の額は七〇万円をもって相当と判断されるのであり、これをもって高額に過ぎるものとはいえない。控訴人の右主張は、採用することができない。

二そうすると、当裁判所の右の判断と同旨の原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官櫻井文夫 裁判官渡邉等 裁判官柴田寛之)

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