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東京高等裁判所 平成5年(の)1号 判決 1993年12月14日

主文

被告会社四社をそれぞれ罰金四〇〇万円に処する。

訴訟費用は被告会社四社の連帯負担とする。

理由

(認定事実)

第一  被告会社四社の概要等

一  被告会社トッパン・ムーア株式会社

被告会社トッパン・ムーア株式会社(以下「トッパン・ムーア」という。)は、昭和四〇年六月に設立(凸版印刷株式会社とカナダのムーア社との合弁により、トッパン・ムーア・ビジネスフォーム株式会社として設立され、昭和四六年一月現商号に変更)された資本金七五億円の会社で、各種のビジネス・フォームの製造・販売等を行っているが、平成四年四月当時における社会保険庁発注の支払通知書等貼付用シール(以下「本件シール」という。)の受注・販売は、本社第三営業本部営業部第二課が担当していた。

二  被告会社大日本印刷株式会社

被告会社大日本印刷株式会社(以下「大日本印刷」という。)は、明治年間に設立(当時の商号は株式会社秀英舎で、その後現商号に変更)された資本金約一〇四八億円の会社で、製版、印刷、製本及びその製品の販売等を行っているが、平成四年四月当時における本件シールの受注・販売は、公共機構営業本部営業第一部第一課が担当していた。

三  被告会社小林記録紙株式会社

被告会社小林記録紙株式会社(以下「小林記録紙」という。)は、昭和二一年に設立(当時の商号は株式会社小林記録紙製造所で、昭和六一年一〇月小林記録紙販売株式会社と合併して現商号に変更)された資本金四億五〇〇〇万円の会社で、記録紙、電子計算機用紙、電子計算機ソフトウェアの製造・販売等を行っているが、平成四年四月当時における本件シールの受注・販売は、東京支店第一営業部が担当していた。

四  被告会社株式会社日立情報システムズ

被告会社株式会社日立情報システムズ(以下「日立情報」という。)は、昭和三四年六月に設立(当時の商号は株式会社日本ビジネスコンサルタントで、平成元年一〇月現商号に変更)された資本金約九〇億円の会社で、情報システムの設計、開発、保守、運営管理及びコンピューターソフトウェアの開発、販売等を行っているが、平成四年四月当時における本件シールに関する営業は、OA事業部第一営業部第二課が担当していた。

五  株式会社ビーエフ

株式会社ビーエフ(以下「ビーエフ」という。)は、昭和三六年三月に設立(当時の商号はビジネス・フォーム株式会社で、昭和六一年一〇月現商号に変更)された資本金一億二〇〇〇万円の会社で、コンピューター等事務機器用帳票類等の製造業務、処理業務、販売等を行っているが、平成元年六月当時における本件シールに関する営業は、営業本部営業二部第一課が担当していた。

六  日立情報とビーエフとの関係

ビーエフは、日立情報が受注・販売するビジネス・フォーム紙等を製造して日立情報に納入することなどの目的で設立された会社で、日立情報がその営業の全てを担当し、日立情報の専属工場のような存在であったが、昭和四三年頃から独自の営業活動をするようになったものの、平成四年当時で、日立情報は、ビーエフの発行済株式の12.5パーセントの株式を保有し、同社第三位の株主であるとともに、ビーエフの年間売上高の約四〇パーセントが自社に対するものであった。そして、ビーエフが独自に営業活動をするようになった後も、「ビーエフは日立情報が指定する電子計算機等に使用するフォーム類等を継続的に製造し、日立情報は拡販を目的とし、これを継続的に販売する。したがって、ビーエフは原則として日立情報の販売する製品の製造をするものとする。」旨の契約を結び、営業活動においても、ビーエフは日立情報との競合を避ける方針であった。

第二  社会保険庁におけるシール導入の経緯等

社会保険庁は、国家行政組織法三条二項、四項、厚生省設置法一〇条により設置された厚生省の外局で、本件シールに関する契約事務は、同庁総務部経理課契約第一係が所管し、平成元年当時の契約第一係長は金高和男(以下「金高」という。)であった。そして、本件シールは、厚生年金、国民年金及び船員保険年金の支払通知書や振込通知書、改定通知書等の葉書の支払額や振込額欄にこれを貼付することにより、一度剥がすと再貼付できない機能を有することから、第三者がその金額を見ることを間接的に防止し、受給者等のプライバシーを保護する目的で、社会保険庁が昭和六三年頃から検討を始め、平成元年から導入したものであるが、これを貼付する葉書の金額欄の大きさが異なることに対応して、Aタイプ、Bタイプ、Cタイプの三種類に分類される。

社会保険庁は、本件シールの発注を指名競争入札の方法で行うこととしたうえ、平成元年六月二六日、トッパン・ムーア、大日本印刷、小林記録紙及びビーエフを入札参加業者に指名し、以後平成四年九月まで合計八回にわたる本件シールの入札の際、いずれも右四社を指名業者に選定した。そして、社会保険庁の発注する本件シールの取引実績は、金額的に見ると、平成四年度において、国内全シール市場の約四五パーセント、中央官庁等発注分の約八五パーセントを占めていた。

第三  本件犯行前までの入札談合状況及びそれに至る経緯

一  本件シールの入札予定価格の積算に関する工作

社会保険庁は、自庁発注の印刷物に関する入札予定価格の積算については、かねてより財団法人建設物価調査会発行の物価資料(以下「物価資料」という。)に依拠していたところ、本件シールに関しては、これがまだ広く一般に使用されていない特殊なシールであり、物価資料には積算の基礎となる参考資料に乏しかったため、平成元年七月頃、指名業者に選定したトッパン・ムーア、大日本印刷、小林記録紙及びビーエフの四社に対し、シールの印刷・加工代等の参考見積書を項目別に提出するよう依頼し、他方、シールの原反を製造している狭山化工株式会社(以下「狭山化工」という。)、旭加工紙株式会社(以下「旭加工紙」という。)及びKSシステムズ株式会社(以下「KSシステムズ」という。)の三社に本件シール原反の価格証明書を提出するよう依頼した。

右依頼を受けた小林記録紙の星野佳昭(当時、東京支店第一営業部長、以下「星野」という。)は、それまでも社会保険庁が発注する印刷物等の入札の際に幹事役として談合を取り仕切っていたことから、本件シールに関する入札予定価格についても、これを高値に設定させることにより、多額の利益を上げるため、狭山化工に依頼して、本来であれば一平方メートル当たり四〇〇円から五〇〇円位で販売できる原反価格を六八〇円位に水増しし、それを7.5インチ幅の一メートル当たりに換算した単価一二九円五四銭で価格証明書を社会保険庁に提出させるとともに、旭加工紙、KSシステムズに対しても同様の依頼をして、それよりも高い金額の価格証明書を提出させた。

他方、このようにして原反価格の水増し工作を行った星野は、トッパン・ムーア等指名業者三社の担当者に対して、本来であれば一枚当たり七円程度で受注できる本件シールの見積価格を一〇円ないし一一円に水増しして提出するよう依頼し、指名業者四社は、いずれも右金額に沿った見積書をそれぞれ社会保険庁に提出した。

社会保険庁は、以上のようにして原反業者三社から提出された価格証明書、指名業者四社から提出された参考見積書のほか物価資料等に従って積算を行った結果、本件シールの最初の入札である平成元年八月九日施行分の入札予定価格について、本来ならシール一枚当たり七円程度とすべきところ、A、B、Cの三タイプとも九円四〇銭以上という大幅に過大な積算を行うに至った。

二  平成元年度の入札に関する談合状況等

社会保険庁は、平成元年六月二六日、同年八月九日施行の本件シール(Aタイプ二〇二八万枚、Bタイプ三二五五万六〇〇〇枚、Cタイプ四一二五万枚)の入札に関する官報公示を行い、同月四日に入札説明会を実施し、指名業者四社の担当者がこれに出席した。

星野は、右入札説明会が終わった後の同月上旬頃、トッパン・ムーアの守田昭雄(当時官公営業本部営業部営業第二課所属、以下「守田」という。)、大日本印刷の水野谷徳男(当時ビジネスフォーム事業部第一営業本部第三部第一課所属、以下「水野谷」という。)、日立情報の大京寺克史(当時OA事業部第一営業部第二課長、以下「大京寺」という。)に対して、小林記録紙東京支店の会議室に集まるよう連絡し、これに応じて右守田、水野谷、大京寺ら対社会保険庁営業担当者のほか、大日本印刷からは当時BF事業部東京第一営業本部営業第三部第一課長の小松茂、トッパン・ムーアからは官公営業本部営業部長の小島淳(以下「小島」という。)、同営業部営業第二課長の古賀幹雄(以下「古賀」という。)も出席したが、これに加えてビーエフの取締役営業本部営業二部長の日浦勝好(以下「日浦」という。)も大京寺と共にその場に出席して、「ビーエフは日立情報の大京寺さんに全て任せていますのでよろしくお願いします。」と挨拶し、指名業者のビーエフは、本件シールの入札に関する交渉等の営業活動を、全面的に日立情報に任せることを他の指名業者に表明し、他の三社もこれを了承した。

そこで、日浦を除く星野ら出席者は、本件シールの入札に関する今後の対応を検討した結果、トッパン・ムーア、大日本印刷、小林記録紙(以下三社を、以下「指名業者三社」ともいう。)及び日立情報の各営業担当者間の話合いで、各入札毎に、本件シールの落札予定業者、落札業者から仕事を受注して社会保険庁の定めた仕様に従った印刷加工の仕事を原反業者等に発注するいわゆる仕事業者(仕事業者というのは、本件談合の際関係者が使用していた名称で、現実にシールの印刷加工をして製造するものではなく、その仕事を原反業者等に取り次ぐ中間業者のことである。)及び名目上落札業者と仕事業者の間に入って利益のみを得る業者(中通し業者)を決めること、落札業者の利益は受注額の概ね一〇パーセント、その余の業者は同じく四パーセント以上とすることなどを決めるとともに、右第一回の入札における各タイプ毎の落札予定業者等を具体的に定めた。

星野は、以上のような話し合いの結果をふまえて、社会保険庁が定める入札予定価格を九円三〇銭位と想定し、一〇円位の単価から各指名業者毎に若干異なる金額を順不同で入れさせ、九円六〇銭位からは落札予定業者が最低価格を入れることができるよう、各業者間の入札価格を小刻みに設定して、これをトッパン・ムーア、大日本印刷、日立情報の担当者に電話で連絡した。日立情報では星野から右連絡を受けた後、大京寺がその金額をビーエフの担当者に連絡し、入札当日にはビーエフの担当者をしてこれに従った入札手続を行わせた。

星野は、入札手続きを経て落札業者が決定すると、各タイプ毎のシールの納期に合わせ、中通し業者を含む落札業者から仕事業者に至る発・受注価格等を定めて各業者に連絡をし、その後落札業者が社会保険庁から受注代金の支払を受ける都度、小林記録紙東京支店の会議室において、各業者間で受注代金と発注代金の差額の決済を小切手で行い、談合金の分配をしていた。

以後、平成三年度に施行された入札までは、概ね以上の方法により本件シールに関する入札談合が行われた。

ところが、平成三年七月及び同年一一月、日本道路公団の高速道路磁気カード通行券等の印刷物発注に関する談合の件等で、大日本印刷、トッパン・ムーア、小林記録紙等の印刷会社に公正取引委員会の立入検査が行われたことから、被告会社四社は、本件シールの入札に関し、落札業者と仕事業者を話し合いで決めることは従前どおりとしたものの、談合発覚の手掛かりとなり易い、中通し業者の設定は以後止めることで合意した。

第四  罪となるべき事実

トッパン・ムーア、大日本印刷、小林記録紙及び日立情報は、いずれも本件シールの印刷・販売等に関する事業を行う事業者であり、トッパン・ムーアの小島淳(平成四年四月当時・第三営業本部長)、古賀幹雄(右同・第三営業本部営業部長代理)、大日本印刷の海老塚正彦(右同・公共機構営業本部長)、清水義雄(右同・同本部営業第一部長。以下「清水」という。)、田尻清実(右同・同営業第一部第一課長)、小林記録紙の星野佳昭(右同・東京支店第一営業部長)、日立情報の大京寺克史(右同・OA事業部第一営業部第二課長)は、社会保険庁発注にかかる本件シールの受注・販売等について、いずれも被告会社の業務を担当していたものであるが、同人らは、その所属する被告会社の業務に関し、平成四年四月下旬頃、東京都中央区八丁堀一丁目九番八号所在の小林記録紙東京支店会議室に集まるなどして、社会保険庁発注にかかる本件シールの入札について、今後落札業者をトッパン・ムーア、大日本印刷及び小林記録紙の三社のいずれかとし、その仕事は全て落札業者から日立情報に発注するとともに、その間の発・受注価格を調整することなどにより四社間の利益を均等にすることを合意し、もって、被告会社四社は、共同して、社会保険庁が発注する平成四年度以降の本件シールの受注・販売に関し、被告会社らの事業活動を相互に拘束することにより、公共の利益に反して、社会保険庁が発注する本件シールの受注・販売にかかる取引分野における競争を実質的に制限し、不当な取引制限をしたものである。

(証拠の標目)<省略>

(日立情報の弁護人の主張に対する判断)

日立情報の弁護人(以下「弁護人」という。)の主張は、(1)本件において、独禁法三条にいう「一定の取引分野」は、社会保険庁から本件シールを落札・受注する取引分野と解すべきであり、(2)本件シールの入札に関し、社会保険庁から指名業者に選定されていない日立情報は、右取引分野の「事業者」に該当しない、(3)また、日立情報は、「相互にその事業活動を拘束」する共同行為をしておらず、(4)さらに、日立情報は、ビーエフを通じて競争事業者になったこともない、というものであるが、まず、本件の事実関係を明らかにしたうえ、当裁判所の見解を示すこととする。

一  事実関係

関係証拠によれば、次の事実が認められる。

1  日立情報は、昭和五六年頃から社会保険庁発注の仕事の指名を受けるようになり、平成元年頃には年間十数件の指名を受けていたところ、大京寺は、昭和六三年暮頃、星野からの話で社会保険庁が本件シールの導入を計画していることを知り、さらに平成元年五月頃には同庁がその指名業者の選定に入ったことを聞いたため、自社を指名業者に選定してくれるよう社会保険庁に陳情に行った。当時大京寺は、自社が社会保険庁における入札業者登録のAランクにあったことから、当然本件シールについても指名を受けられるものと安易に考えていたところ、その後、同じく指名を巡って社会保険庁に働きかけをしていたビーエフ(日立情報が指名を受けるようになった右昭和五六年以降、社会保険庁の指名業者から身を引いていた。)が指名を受ける可能性が強くなったことを知った。そこで、大京寺は、判示第一、六記載のような日立情報とビーエフとの関係から、ビーエフの日浦と相談のうえ、両者で平成元年五月下旬から同年六月上旬にかけて二度ほど社会保険庁に赴き、ビーエフではなく日立情報を指名業者に選定してくれるよう金高に依頼したもののこれが容れられず、結局、日立情報は指名業者の選定から漏れ、ビーエフが本件シールの指名業者の一社として選定された。

2  しかし、大京寺は、日立情報とビーエフとの右のような業務提携関係や、ビーエフがトッパン・ムーアら他の指名業者三社と繋がりが薄かったことなどから、ビーエフでは本件談合を円滑に行うのは無理と考え、日浦と話し合いをして、本件シールの入札に関する全権を日立情報に任せて貰うこととし、このことを当時日立情報の上司であったOA事業部第一営業部長の平山秀幸に報告して了承を得たうえ、同年六月二六日本件シールに関する第一回の入札が公示された直後頃、小林記録紙の星野に対し、ビーエフの代わりに日立情報が談合の場に出席することを伝えた。その後、ビーエフは、社会保険庁から本件シールに関する参考見積書の提出を求められるなどしたが、その作成等実際の作業は、全て大京寺が星野と相談のうえ行った。

3  同年八月四日の入札説明会が行われた頃、第一回目の談合が行われ、判示第三、二記載のとおり、小林記録紙から星野、大日本印刷から小松、水野谷、トッパン・ムーアから小島、古賀と守田がそれぞれ出席したが、その際、大京寺は日浦を伴って出席し、日浦が「ビーエフの代わりに全権を日立情報に任せた。」旨をその場の出席者に告げて、以後日立情報がビーエフの代わりに談合に加わることについて指名業者三社の同意を得た。そして、その後行われた談合の際には、ビーエフ側からは誰も出席することなく、いずれも大京寺が参加して、入札価格や落札業者、中通し業者、仕事業者の決定等について、判示第三、二記載のような談合を行い、ビーエフは、単に右のようにして決った談合の内容及び大京寺の指示等に従い、指名業者として必要な入札等の事務的な手続きを行っていたに過ぎなかった。

4  その後、平成三年七月及び同年一一月に、判示第三、二記載のとおり公正取引委員会の立入検査等が入ったことから、被告会社は、それまで行ってきた中通しを止めることにしたうえ、判示第四記載の被告各社の従業者らは、平成四年四月下旬頃に行われた本件談合において、右中通し等に代わる利益均等化の方法を種々話し合った末、大京寺の提案に従い、A、B、C三タイプの本件シールはトッパン・ムーア、大日本印刷及び小林記録紙の指名業者三社が交互に落札し、日立情報はその全てについて仕事業者になること、ただ従前のように各年度単位で四社間の利益を均等化することは、三タイプのシールの枚数に極端な差があって困難であるため、数年間の幅でその間の利益が均等になるよう、落札業者から仕事業者への発注価格の調整等を行うこと、各社の入札価格についてはこれまでどおり星野の方で調整するが、仕事業者への右発注価格の調整については、これを提案した大京寺の方で行うことなどの基本方針を決めた。

5  被告各社は、右のような基本方針を決めた談合の際、平成四年五月一日施行の入札分に関しては、三タイプとも小林記録紙が、同年九月一日施行分に関しては、Aタイプを小林記録紙が、Bタイプをトッパン・ムーアが、Cタイプを大日本印刷がそれぞれ落札することとし、その全てについて日立情報が仕事業者となることをも併せて決めた。そして、その後行われた右各入札の際、ビーエフを含む本件指名業者四社は、右談合の結果に従って入札を行い(但し、同年五月一日施行のA、Cタイプについては大日本印刷の担当者が入札価格を間違って記載したため、同社が落札する結果となった。)、大京寺は、五月分については全て狭山化工に、九月分のうち三〇〇万枚についてはビーエフに、その余は狭山化工にそれぞれ印刷加工を依頼した。

二  当裁判所の見解

1  まず、弁護人は、本件における「一定の取引分野」は社会保険庁から本件シールを落札・受注する取引分野である、というのである。しかしながら、いうまでもなく、取引は、一定の商品あるいは役務の需要と供給を巡ってなされる二面的・双方的な経済活動であるから、これを単に社会保険庁からの落札・受注のみに限定して一面的に捉えるのは、それ自体誤りであるが、それはとも角としても、公正で自由な競争を促進するなどして、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進するために、一定の行為を規制し処罰の対象としている独禁法の趣旨、及び社会・経済的取引が複雑化し、その流通過程も多様化している現状を考えると、「一定の取引分野」を判断するに当たっては、主張のように「取引段階」等既定の概念によって固定的にこれを理解するのは適当でなく、取引の対象・地域・態様等に応じて、違反者のした共同行為が対象としている取引及びそれにより影響を受ける範囲を検討し、その競争が実質的に制限される範囲を画定して「一定の取引分野」を決定するのが相当である(東京高裁昭和六一年六月一三日判決・行政裁判例集三七巻六号七六五頁参照)。

本件において、被告会社四社の従業者がした談合・合意の内容は、前記一、4、5のとおり、その取引段階に着目すれば、①社会保険庁から落札・受注する業者とその価格、②落札業者から受注する仕事業者とその価格とに分けることが可能であるとはいえ、指名業者になっていない日立情報が右談合・合意にその一員として参加している以上、同社に仕事業者等として利益を得る機会を与えない限り、①の談合が成立するわけがなく、また、被告会社四社の利益を均等化するためには、落札業者の発注価格(仕事業者の受注価格)をも定めなければならない関係にあり、結局①と②は一体不可分のものとして合意されたとみることができるのである。

そうしてみると、この様な合意の対象とした取引及びこれによって競争の自由が制限される範囲は、前記一、4、5のとおり、社会保険庁の発注にかかる本件シールが落札業者、仕事業者、原反業者等を経て製造され、社会保険庁に納入される間の一連の取引のうち、社会保険庁から仕事事業者に至るまでの間の受注・販売に関する取引であって、これを本件における「一定の取引分野」として把握すべきものであり、現に本件談合・合意によってその取引分野の競争が実質的に制限されたのである。

この点に関し、弁護人は、日立情報が仕事業者になったのは、被告各社による談合の利益分配のための方便に過ぎず実体の伴わないものである、談合によって発生した取引は独禁法上保護に値する「取引分野」ということはできないなどという。たしかに、日立情報が仕事業者になったのは前記一、4のとおり本件談合による利益を同社にも得させるためではあるが、大京寺は、落札業者からの受注につき、自社において経理上の処理をすることはもとより、現実に本件シールについてこれの印刷加工をする狭山化工への発注や、さらにビーエフも狭山化工の下請となって利益を得られるようにし、そのための原反の入手等にも尽力し、仕事業者としての活動をしているのであって、これが利益分配のための架空の取引ということはできない。また、特定の商品の受注・販売、役務の提供等の過程で中間業者が入り利益を得ることは現実の経済活動においてしばしば見られること(本件においても狭山化工の下請としてビーエフが印刷加工したシールについてみれば、狭山化工は中間業者である。)であり、その取引も本来自由であるべきものであるから、日立情報が本件談合によって仕事業者になったとしても、これが談合によって生じた不正なもので独禁法上保護に値しないものであるとはいえない。

2  また、弁護人は、日立情報は独禁法三条所定の「事業者」に当たらないというが、本件における「一定の取引分野」を前記1の範囲のものと理解すれば、日立情報は、仕事業者として「事業者」の立場にあることが明らかであるうえ、前記一、2、3のとおりの経緯で、ビーエフに代わって指名業者三社との談合に参加し、落札業者、落札価格の決定に関与しているのであるから、この点においても「事業者」に当たるものと解される。

この点に関し、弁護人は、大京寺はビーエフに委任されその代理人として本件の談合に加わったもので日立情報とは無関係であるかのごとくいうが、大京寺が本件談合に加わった前記一、1ないし3のような経緯を考えれば、大京寺は日立情報の営業担当者として同社のために行動していたことが明らかで、右主張は論外といわなければならない。

さらに、弁護人は、東京高裁昭和二八年三月九日判決・高民集六巻九号四三五頁(いわゆる新聞販路協定事件)を援用し、ここに「事業者」とは競争関係にある事業者であることが必要であるところ、日立情報は、指名業者ではないから、他の指名業者と競争関係にはなく、結局、ここにいう「事業者」に当たらないという。しかしながら、右判例は、新聞販売店が戦時中の名残りで合売制が持続されていた当時、新聞販売本社と新聞販売店が暗黙の協定によって、各新聞販売店の販売区域を協定したとして、そのことが昭和二八年改正前の独禁法三条、四条一項三号違反に問われた事案であるが、当時の同条一項三号は「事業者は、共同して、……技術、製品、販路又は顧客を制限すること……をしてはならない」と規定し、同条二項において「前項の規定は、一定の取引分野における競争に対する当該共同行為の影響が問題とする程度に至らないものである場合には、これを適用しない。」と規定していたのである。すなわち、右判例は、同条一項が該当行為による競争への実質的影響を犯罪成立の積極的要件としていなかった規定のもとで、同項の解釈として、同項にも影響の可能性を取り込むため、その「事業者」を競争関係にある者に限定したものとみられるのである。しかし、昭和二八年の改正により右四条が削除され、現行法の罰則規定である八九条一項一号が「第三条の規定に違反して……不当な取引制限をした者」と規定し、三条が「事業者は、私的独占又は不当な取引制限をしてはならない。」とし、二条六項が「……不当な取引制限とは、……により、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。」と規定するに至り、右の犯罪が成立するためには、当該共同行為によって「競争を実質的に制限する」ことが積極的要件として必要となった現行法のもとで、はたして右判例のように「事業者」を競争関係にある事業者に限定して解釈すべきか疑問があり、少なくとも、ここにいう「事業者」を弁護人の主張するような意味における競争関係に限定して解釈するのは適当ではない。

独禁法二条一項は、「事業者」の定義として「商業、工業、金融業その他の事業を行う者をいう。」と規定するのみであるが、事業者の行う共同行為は「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」内容のものであることが必要であるから、共同行為の主体となる者がそのような行為をなし得る立場にある者に限られることは理の当然であり、その限りでここにいう「事業者」は無限定ではないことになる。しかし、日立情報は、前記一、1のとおり自社が指名業者に選定されなかったため、指名業者であるビーエフに代わって談合に参加し、指名業者三社もそれを認め共同して談合を繰り返していたもので、日立情報の同意なくしては本件入札の談合が成立しない関係にあったのであるから、日立情報もその限りでは他の指名業者三社と実質的には競争関係にあったのであり、立場の相違があったとしてもここにいう「事業者」というに差し支えがない。この「事業者」を同質的競争関係にある者に限るとか、取引段階を同じくする者であることが必要不可欠であるとする考えには賛成できない。

3  弁護人が、日立情報は、「相互にその事業活動を拘束」する共同行為をしていないとする点は、要するに、日立情報は、指名業者ではないから、拘束されるべき事業活動がないことを理由とするものと思われる。しかし、前記2において述べたごとく、ここにいう「事業者」は同質的競争関係にあることを必要としないのであるから、同社が指名業者でないことを理由として拘束されるべき事業活動がないとする点は失当であるのみならず、同社は、他の指名業者三社と合意した本件談合に拘束され、仕事業者としてその談合に従った事業活動をすべきことはもとより、落札・受注の関係においても、たとえばビーエフに働きかけて適正価格で落札させ、その一部又は全部の発注を受けるなどの行動をとることも許されなくなったもので、本来自由であるべき同社の事業活動が制約されるに至ったのであるから、「相互にその事業活動を拘束」する共同行為をしたものというのに支障はない。

4  弁護人が、日立情報がビーエフを通じて競争事業者になったこともないというのも、要するに、日立情報は、指名業者ではなく、したがって、日立情報が入札や落札をすることが不可能であることを理由とするものと思われるが、その理由のないことは、前記2、3において詳述したところによって明らかである。

5  その他弁護人がるる主張する点を子細に検討しても、日立情報の本件犯罪の成立を妨げるものはなく、その主張は全て理由がない。

(法令の適用)

被告会社四社の判示各所為は、いずれも平成四年法律第一〇七号による改正前の独禁法九五条一項、八九条一項一号、三条(刑法六条、一〇条により新旧比照)に該当するから、その所定罰金額の範囲内で被告会社四社をそれぞれ罰金四〇〇万円に処し、訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により被告会社四社に連帯して負担させることとする。

(量刑の理由)

一  本件は、被告会社四社の従業者らが、その業務に関し、社会保険庁の発注した支払通知書等貼付用シールの納入を巡り入札談合をするなどして、不当な取引制限をしたという独禁法違反の事案である。

独禁法は、我が国の事業活動について、「公正かつ自由な競争を促進し」「国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的」として、国内における自由経済秩序を維持・促進するために制定された経済活動に関する基本法である。国内外において右理念の遵守が強く叫ばれている現下の社会・経済情勢下において、同法は経済活動に携わる事業関係者に等しく守られなければならないものであるが、とりわけ我が国印刷業界最大手の大日本印刷を始め、ビジネスフォーム業界において主導的立場にあるその余の被告会社三社においては、右の理念を尊重し、自由競争経済秩序の維持・発展を率先して遂行しなければならない一層の責務を有していたというべきである。

しかるに、印刷業界においては従来から談合体質が顕著で、業者間における協調の名の下に自由競争を回避する談合が広く行われていたところ、今回社会保険庁において本件シールが導入された際、その入札参加業者に指名された被告会社三社と指名業者ビーエフに代わる日立情報の各従業者が、右のような社会的責務を放棄し、専ら被告各社の売上高の確保と利益追求のため、種々の巧妙な工作を巡らせて本件犯行を行うに至ったことは、まことに遺憾というほかなく、本件犯行はそれ自体において悪質かつ重大である。

二  さらに、その犯情を具体的にみると、判示のとおり、被告各社の従業者らは、社会保険庁から入札予定価格の参考とするため原反シールの印刷・加工費等について、参考見積書の提出を求められるや、きたるべき入札の際に高額で落札し、多額の利益を得るため、小林記録紙の星野の主導の下に市場価格を大幅に上回る見積書を提出して、社会保険庁における入札予定価格を過大に積算させるよう工作したうえ、入札に際しては、できるだけ入札予定価格に近い価格で落札して、最大限の利益を獲得すべく、最初は予想される入札予定価格を大幅に上回る価格で入札し、以後少しずつこれを下げたり、談合の発覚を防ぐため、入札予定価格に近くなるまでは落札予定業者以外の会社が最低価格を入札するなど、星野の指示の下に各回毎の入札価格や一回毎の下げ幅などを細かく打ち合わせていたものである。

そして、平成二年六月、公正取引委員会から独禁法違反の事実に対しては積極的に刑事罰を求めて告発する旨の公表がなされ、平成三年七月及び一一月に、大日本印刷等が公正取引委員会の立入検査を受け、さらに、同月上旬頃には業務用ストレッチフィルムの価格協定事件で、公正取引委員会が刑事告発をした旨の新聞報道があり、また、平成四年四月二一日、判示第三、二記載の高速道路磁気カード通行券等の印刷物発注にかかる入札に関して、公正取引委員会から独禁法四八条二項の勧告があり、翌日にはその旨の新聞報道もなされたことなどから、談合行為に対する違法性の再認識と、これを中止するための機会を十分に与えられていながら、何ら反省自戒することなく、単に利益分配のためにそれまで行っていた「中通し」についてだけ、これを発覚の手掛かりになるとしてやめたに止まり、依然として談合行為を継続して本件犯行に及んだものである。

このような談合により、本件シールの入札における落札業者は、入札担当者の手違いによる一回(平成四年五月一日施行のA、Cタイプ分)を除き、いずれも入札予定価格の九九パーセント以上の高額で落札・受注することになり、これによって得た不当な利益を関係会社間で分配していたのであって、本件談合の態様はまことに巧妙かつ悪質といわざるを得ない。

以上のような談合入札の結果、本来の適正な入札予定価格に基づき、自由な競争入札が行われたと想定した場合と比較すると、被告会社四社は、平成四年度分だけで約四億二〇〇〇万円(本件シール一枚当たりの適正価格については争いのあるところではあるが、関係証拠によれば、平成元年八月一日入札分に関し、狭山化工に対し現に一枚六円五〇銭で発注し、平成四年度分に関しても六円六〇銭で発注しており、また、指名業者三社の担当者は、談合をせず自由競争になったときは、七円前後での入札もあり得たし、それでも利益をあげることができたと述べているのであって、これらの点からみれば、本件シール一枚当たりの適正価格は七円程度が相当と認められるので、損害額は右価格に従って算定した。)、それまでにもこれを大幅に上回る多額の損害を社会保険庁ひいては国民に与えているのであって、このような観点からみても、本件犯行は強い社会的非難に値するものといえる。

さらに、被告各社のこれまでの同種違反歴をみると、トッパン・ムーア(商号変更以前のものを含む。以下、各社とも同じ。)は、独禁法違反歴が一回、同社が構成事業者となっている事業者団体としての違反歴が二回、大日本印刷は、独禁法違反歴が三回、同社が構成事業者となっている事業者団体としての違反歴が二回、小林記録紙は、独禁法違反歴が一回、同社が構成事業者となっている事業者団体としての違反歴が二回、日立情報は、同社が構成事業者となっている事業者団体としての違反歴が二回あることがそれぞれ認められる。

三  しかしながら、他方、本件シールに関する談合が行われるに至った背景には、本件入札を実施した社会保険庁の側にも問題がなかったとはいえない。すなわち、本件シールがこれを採用した平成元年当時においては特殊な製品で、社会保険庁の担当者において、十分な商品知識を有していなかったことは否めないとしても、本件シールの入札予定価格の積算に当たり、その根拠となる見積もりを入札指名業者やその関連の原反業者に求めれば、将来の落札価格を高くして多額の利益を上げようとする思惑から、過大な見積額が提出されることは容易に予測できるところであるのに、当時既にシールを導入していた民間企業の取引価格等の実情を全く調査することなく、本件指名業者等の提出した見積額に依拠し、これを基準として安易に入札予定価格を決定したことがまず指摘されなければならない。さらに、社会保険庁においては、指名業者の選定に当たり、従来の実績を重視して指名業者数を僅か四社に絞り、かつ、一回の入札による発注量を大量なものとしたことにも、問題があったといわざるを得ない。このように、本件シールの入札に関しては、社会保険庁の側にも、本件談合を誘発・助長したとみられる点において、反省が求められるべきところである。

そして、本件談合の発覚後、被告各社においては、ことの重大性を改めて認識するとともに、その真摯な反省の上に立ち、再発防止のため大規模な組織改革をはじめとして、各種委員会等の設置、倫理綱領の策定及び独禁法遵守マニュアルによる社員教育や啓蒙活動、売上高実績を重視した人事考課の方法の改善等、種々の企業努力を試みていること、及び本件談合が摘発されたことによる被告各社の社会的信頼の失墜及び社会保険庁その他の官公庁等からの指名停止処分等、被告各社とも相応の社会的制裁を受けていることなど、被告各社のために考慮できる諸事情も存在する。

四  したがって、以上のような諸般の事情を総合勘案し、被告各社に対して、それぞれ主文の量刑をした次第である。

(裁判長裁判官近藤和義 裁判官宮嶋英世 裁判官木谷明 裁判官栗原宏武 裁判官平弘行)

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