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東京高等裁判所 平成5年(う)606号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

一  本件控訴の趣意は、弁護人石川敏行作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官佐々木博章作成名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

二  所論は、原判決は、速度違反自動監視装置による速度測定報告書に基づき、被告人の速度違反を認定したが、本件自動監視装置による写真撮影は、次の述べるように、取締現場道路において速度違反自動監視装置の設置されている路線であることを示す予告板による公平かつ十分な告知がなく、被告人の肖像権を侵害し、憲法一三条、一四条、二二条などに違反するものであるから、このような違法な写真撮影の結果を刑事訴追に利用することは適正手続を保障する憲法三一条に違反するものとして許されず、したがつて、原判決には法令の適用に誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。すなわち、憲法一三条は、いかなる者に対しても、無断で自己の容貌等を写真等で写されない権利(いわゆる肖像権)を保障しており、肖像権侵害が許容されるためには、撮影対象者の事前承諾があるか、裁判官の令状に基づく場合に限られるというのが憲法の建前のはずであり、この点、速度違反自動監視装置による写真撮影には、被告人の基本的人権としての肖像権を事前の承諾なく直接侵害しているものとして違憲性の疑いが濃いものであり、また、右装置による誤作動の危険性に伴うわずらわしさをも考えると、その設置自体が右装置の設置現場を通行しなくなるという国民一般の不必要な自己抑制を招きかねず、その事前抑制が憲法二二条の移動の自由までも否定する結果を惹起しかねないというべきであり、したがつて、右装置による速度違反の規制において、こうした違憲の疑義を回避するには、同機械使用上の配慮、すなわち事前告知に代わるものとして、いわゆる予告板の設置が不可欠であり、予告板による十分な告知によつて、右規制が初めて合憲として是認される余地があるのであるが、本件においては、右装置設置現場の七五〇メートル前には予告板があつたものの、被告人がその予告板設置場所から同装置設置現場に二五〇メートル程接近した地点の白鍬交差点で上福岡方面から国道一七号線に進入したため、予告板による告知を全く受けないまま同装置による規制を受けたものであつて、国道一七号線をその地点より前から走行してきた運転者との間に不平等があり、この意味で本件規制は憲法一四条にも違反しており、結局、本件写真撮影は、予告板の設置を欠く速度違反自動監視装置によるものとして、憲法の右各条項に違反する、というのである。

三1  そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討すると、関係各証拠によれば、まず、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  被告人は、タクシー運転手であるが、平成四年二月五日午前一時八分ころ、客を送つた帰りに、普通乗用自動車を運転して、埼玉県与野市内の国道一七号新大宮バイパス上り車線を東京都内に向かつて走行中、同市桜丘一丁目一九一八番地二付近に設置された速度違反自動監視装置(固定式、三菱電機株式会社製RS七〇一形レーダスピードメータ、以下「レーダスピードメータ」という。)により、本件車両の速度測定及び被告人の容貌を含む写真撮影が行われた結果、五〇キロメートル毎時の速度制限があるのに、これを超える八七キロメートル毎時という速度で同所を進行していたことが発覚し、被告人が検挙されたこと

(二)  レーダスピードメータは、電波のドプラー効果を利用して通行車両の走行速度を計測する装置と写真撮影装置とからなり、あらかじめ設定された基準以上の速度超過が計測された場合に、これを記録するとともに、これと連動している写真撮影装置が作動してその車両の前面(運転者の容貌、車両番号を含む)の写真を撮影する仕組になつていること

(三)  本件現場には東西に本件道路を跨ぐ横断歩道橋が設置されており、右横断歩道橋の北側部分の、上り車線の第二通行帯及び第三通行帯の上部に当たる二か所に本件レーダスピードメータの送受信装置(アンテナ部)が取り付けられ、同送受信装置から約二九メートル南方の中央分離帯内東側寄りに長さ約二・九メートル、幅約一・四メートルの防護柵に囲まれて本体(写真撮影部)が設置されていたこと

(四)  被告人が本件写真を撮影された当時、時速三〇キロメートル超過以上(非反則行為)の速度違反車両につき、本件レーダスピードメータが作動し、その速度を計測し、写真撮影をするように設定されていたこと、なお、本件レーダスピードメータについては、担当警察官らが、フィルムの装填(同月三日)及び取り出しの際(同月一〇日)にそれぞれ正常に作動しているかどうか点検し、その際右装置が正常に作動していることが確認されていること

(五)  国道一七号上り車線には、本件レーダスピードメータの設置場所の北方約七五〇メートルの地点にアーム式の、「速度自動取締機設置路線 埼玉県警察本部」と記載された予告板(案内告知板)が設置されているが、同所から右装置の設置場所までの間には右のような予告板は設置されておらず、したがつて、同国道の右装置の設置場所の北方約五〇〇メートルの地点にある白鍬交差点(与野市八王子一丁目一番九号先)から右装置の設置場所までの間の上り車線には予告板は設置されていなかつたこと

などが認められる。

なお、被告人は、捜査段階から一貫して、国道一七号上り車線の右レーダスピードメータの設置場所の北方約五〇〇メートルにある白鍬交差点を上福岡方面から右折してきたものであるから、予告板を見ることができず、実際にも見ていないという趣旨の供述をしている。

2  そこで、以上の事実に基づいて所論の違憲の主張について検討すると、一般的に考えて、速度違反車両の自動撮影を行う速度違反自動監視装置による車両や運転者の容貌等の写真撮影は、現に犯罪が行われている場合になされ、犯罪の性質、態様からいつて緊急に証拠保全をする必要があり、その方法も一般的に許容される限度を超えない相当なものであるときは、速度違反自動監視装置の設置されていることが当該道路を走行する自動車の運転者らに事前に告知されていない場合であつても、憲法一三条に違反しないと解するのが相当である。すなわち、速度違反自動監視装置による写真撮影が、当該道路の交通に著しい危険を生じさせるおそれのある大幅な速度超過の場合に限つて、その違反行為(犯罪行為)に対する処罰のため証拠保全として行われるものであれば、所論指摘の憲法一三条によるプライバシーの保護という観点から考えても、このような犯罪行為を行う者に対して事前に証拠保全のための写真撮影が行われることを告知しておく必要はないものと解される(その者らの事前の同意ないし承諾を得ておくということは、実際問題としておよそ考えられないことである。)。たしかに、速度違反自動監視装置の設置された道路においては「速度自動取締機設置路線」などと記載した予告板がある程度の数、一定範囲で掲げられているのが通常であるが、このような形での予告は、運転者らにこのような警告を与えることによつて、速度違反の行為に出ないという自己抑制の効果が生じることを主たる目的としたものと考えれば足り、刑事手続上は、右のように事前の告知は必要ないと解されるので、このような予告板の有無は、右装置による写真撮影の結果を捜査及び刑事訴追に利用することについてなんら影響を及ぼすものではないと解される。

そして、本件についてみると、前記レーダスピードメータは、設置場所や設置方法なども合理的であり、本件当時、時速三〇キロメートル超過以上という大幅かつ危険な速度超過(五〇キロメートル毎時という指定制限速度からみると、その一・六倍以上)が計測された場合に限つて作動し、そのような違法の度合いの大きい速度違反行為を行つた車両については全て自動的に速度を記録するとともに、違反車両の前方からその車両の前面(被告人の容貌及び車両番号を含む)を写真撮影することにより、その速度違反の証拠が保全されるようになつており、これにより当該車両等の運転などに影響を与える危険があつたことも窺われないから、その方法も一般的に許容される限度を超えない相当なものであつたと認められる。ただ、予告板の設置については、本件レーダスピードメータの設置場所の北方約七五〇メートルの地点にアーム式の予告板が掲げられているが、同所から右装置の設置場所までの間には右のような予告板は設置されておらず、したがつて、被告人の述べるように右装置の設置場所の北方約五〇〇メートルの地点にある白鍬交差点から本件道路に進入走行してきたのであれば、被告人が予告板を見ることができなかつたことは、所論指摘のとおりである。しかしながら、前記のとおり、予告板の有無は、速度違反自動監視装置により撮影された写真を証拠とすることについてなんら影響を及ぼすものではないのであるから、被告人が予告板を見ることができなかつたことにより、本件レーダスピードメータによる本件車両や被告人の容貌等の写真撮影が違法となるものではない。したがつて、本件レーダスピードメータによる写真撮影が憲法一三条に違反するものでないことは明らかであり、ひいては憲法三一条に違反するとの所論も前提を欠いたものであつて失当である。

なお、関係各証拠によれば、本件レーダスピードメータは、本件当時も正常に作動していたことが認められ、一般的にいつて速度違反自動監視装置に誤作動が多いという事実はないということができるから、右装置による速度違反の取締が国民一般の移動の自由を侵害するものとして憲法二二条に違反する疑いがあるとする所論は、その前提において失当であり、採用の余地がない。

また、予告板の設置方法による不平等の主張についてみても、以上のとおり、速度違反自動監視装置による取締りを予告するために設置されたいわゆる予告板は、所論のような違憲性を回避するための不可欠の要件とはいえず、前記のとおり、予告板は、その道路において同装置による速度取締りが行われていることを自動車運転者らに知らせることにより速度違反を抑制する機能を有するに過ぎないのであるから、事実上所論のように予告板を見た者は速度を緩め、見なかつた者は高速のまま進行するという、犯罪防止という面からは多少異なつた結果が生じても、憲法一四条には違反しないというべきである。

3  以上のとおり、本件速度違反自動監視装置による写真撮影及びその写真を用いて被告人の速度違反行為が立証されたことは、憲法一三条、一四条、二二条、三一条に違反するものではなく、したがつて結局、原判決には所論指摘のような法令の適用の誤りはない。論旨は、理由がない。

三  よつて、刑訴法三九六条により、本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項ただし書を適用して、被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本時夫 裁判官 小田健司 裁判官 虎井寧夫)

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