大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(う)4号 判決 1995年1月25日

本籍

東京都文京区千駄木一丁目一一番

住居

同区小石川三丁目二番二号

会社役員

関口正行

昭和三年七月三一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成四年一一月五日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官佐渡賢一出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年四月及び罰金三五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三〇万円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する。)被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山本忠義、同河東宗文、同牧野二郎連名の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。

一  控訴趣意第一及び第二について

1  論旨は、要するに、原判決は、被告人の昭和六二年分の分離土地等の雑所得に関し、収入金額を一一億九七五六万円と認定し、これから取得価額や費用を控除した雑所得金額を五億九〇六七万七二五五円と認定しているが(原判示罪となるべき事実及び原判決別紙1修正損益計算書参照)、右認定には理由不備ないしは理由のくいちがいの違法があり、また、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

すなわち、所論によれば、右一一億九七五六万円の中には、被告人が被告人所有の東京都北区中里所在の土地四筆合計一四〇・九六坪及び同所所在の建物(建物は取り壊し予定であり、取引に当たり評価されていない。以下建物も含めて「本件土地」という。)を菱輪建興株式会社(以下「菱輪」という。)に売却した際に取得したとされる裏金四億二二二八万円が含まれているところ、被告人が実際に取得し、被告人に帰属した裏金はこれより七〇〇〇万円少ない三億五二二八万円に過ぎないのであるから、原判示収入金額は一一億二七五六万円と、同雑所得金額は五億二〇六七万七二五五円と、それぞれ七〇〇〇万円少なく認定すべき筋合いである。右七〇〇〇万円は、右取引にダミーとして入ったアイワ興産株式会社(以下「アイワ」という。)に対して支払われたいわゆる脱税協力金合計一億二三〇〇万円の一部であるところ、これが原判決の指摘するように被告人に対する裏金の一部として一旦被告人に帰属した後アイワに支払われた事実はなく、被告人に帰属した裏金はあくまでも被告人が現実に受領した三億五二二八万円に過ぎないものである、というのである。

2  関係証拠を総合すれば、本件土地売買の経緯の概略について、以下の事実が認められ、これらの事実は、原判決が(争点に対する判断)の項の二において認定しているところと概ね一致するものである。

すなわち、

(1)  被告人は、知り合いの不動産業者である東建地所株式会社代表取締役の高橋建規(以下「高橋」という。)及び小元土地建物株式会社代表取締役の小元廣吾(以下「小元」という。)を使って、昭和六一年九月ころまでに本件土地をいわゆる地上げにより取得した。

(2)  菱輪の代表取締役岩﨑正(以下「岩﨑」という。)は、小元や高橋から右の動きを聞き付けて、本件土地を買い受け、これを転売して多額の利益を得ようと考え、日本トータルプラン株式会社(以下「日本トータルプラン」という。)との間で代金一六億四二一八万円で転売する約束を取り付けた上、小元、高橋を通じて被告人に対して買い受け方を申し入れた(もっとも、岩﨑が右転売先を確保したことを、被告人自身に通じていたとまでは認めるに足りる証拠はない。)。被告人は、当初本件土地の上に自宅兼分譲マンションを建設する計画を持っていたので、岩﨑の申し入れを断っていた。しかし、岩﨑は、多額の転売利益を期待できるため取引の成立を強く望んでおり、また、高橋及び小元も被告人と岩﨑の間にあって多額の仲介手数料収入を期待できるためやはり契約の成立を強く望んでいたところから、代金の一部を裏金として支払うとの話が持ち上がり、これが、転売に応じても税金が多額となり実質的な儲けを期待できないことを懸念していた被告人の思惑とも一致したため、被告人において、岩﨑側からの多額の裏金支払いの申し出を受け入れ、予定を変更して、これに応じることにした。そして、同年九月下旬ころ、被告人と岩﨑は、本件土地の公表の売買代金を一坪当たり五五〇万円の合計七億七五二八万円とし、その余は裏金として授受することを約した(この裏金の金額が本件の争点である。)。

(3)  岩﨑は、本件土地の転売によって多額の裏金を捻出するためと、自己の転売利益に対する課税を免れるため、被告人から日本トータルプランに至る本件土地の取引に関し、ダミーを介在させ、菱輪自体は契約当事者から外れて背後に隠れることを画策した。そこで、岩﨑は、アイワに対して、名目上被告人からの買主として名前を出すことを依頼したところ、同社の代表取締役である守島こと金鐘壽(以下「守島」という。)においては、売買差益が高額過ぎて一社だけでは持ちこたえられないと判断し、岩﨑の了解を得て、アイワと買主の日本トータルプランとの間に、更にダミーとして守島の知人が経営するミヤビ産業有限会社(以下「ミヤビ」という。)を介在させることにした。

(4)  その結果、同年一〇月一三日ころまでに、被告人からアイワが本件土地を七億七五二八万円で買ってミヤビに八億四五七六万円で転売し、更にミヤビが日本トータルプランに一六億四二一八万円で転売したように装った各売買契約書等が作成され、一〇月一三日、被告人、岩﨑、小元、高橋及びアイワの代理人奥田由造が一堂に会して被告人とアイワ間の右売買契約書が取り交わされた。なお、被告人は、そのころまでに、岩﨑から、被告人との契約の相手方が書類上はアイワとなることを知らされていた。

(5)  右一三日以前に、被告人は、高橋を通じて、岩﨑に対し、裏金を確実に支払うことを書面で誓約することを要求した。岩﨑は、同年一〇月一三日の被告人とアイワとの売買契約書の取り交わしの際に、アイワの代表取締役守島を作成名義人とし、岩﨑自身を立会人とする、「…買主は売買金額の総額とは別途に、地上げ協力費及び立退費用の負担金として、金四億弐阡弐百弐拾八万円也を別紙契約書の残金授受の日迄に支払う事を確約」する旨の「支払約条書」と題する書面と、「…売買契約書に基き、将来貴殿に御迷惑又は損害等が在りたる場合は当方の責任と費用にて解決し、貴殿に対し損害等を及ぼす事は致しません事を確約」する旨の「念書」と題する書面を被告人に交付した(なお、右四億二二二八万円という金額は、岩﨑が、一坪当たりの裏金を三〇〇万円とし、これに本件土地の坪数一四〇・九六坪を乗じて四億二二八八万円とすべきところを、坪数を一四〇・七六坪と誤って計算違いしたものである。)

(6)  岩﨑は、日本トータルプランから数回に分けて代金の支払いを受け、翌昭和六二年二月二日ころまでに、被告人に対し、公表の売買代金七億七五二八万円を支払い、同月四日ころ、高橋を介して、裏金分として三億五二二八万円を交付した。また、岩﨑は、そのころまでに、アイワに対してミヤビ分も含めて脱税協力金合計一億二三〇〇万円を支払った。

3  原判決は、概ね右のような経緯を前提に、(争点に対する判断)の項三において、更に次のような認定、判断を示している。

<1>  被告人と岩﨑との間で、裏金のうち七〇〇〇万円を脱税協力金としてアイワに交付することに関する合意が成立したという事実は認められない。

<2>  本件土地の売買契約締結に至るまでの過程で、少なくとも岩﨑、小元、高橋の間では、裏金を含む本件土地の売買代金を一坪当たり八五〇万円(このうち坪当たり三〇〇万円分が裏金)とするという了解が成立していたと推認できる。

<3>  しかし、被告人としては、契約締結の前までは約三億五〇〇〇万円の裏金がもらえると聞いていただけで、一坪当たりの売買単価がいくらになるかといった細かいことは高橋に任せていたと認めるのが相当である。

<4>  そうすると、本件土地売買にからむ裏金の額は、当初、被告人及び岩﨑ら関係者の間で約三億五〇〇〇万円という額で合意に達したが、契約締結までの間に、四億二二二八万円と変更されたことになる。

<5>  岩﨑はアイワから脱税協力金として一連の取引に関する裏金総額の一五パーセント(約一億三〇〇〇万円)の支払いを要求され、交渉の結果、一億二三〇〇万円を支払うことになった。そこで、岩﨑は、脱税協力金を上積みするために、被告人に提供する裏金の額を当初の約三億五〇〇〇万円から四億二二二八万円へ増額するとともに、被告人の了解を得ないまま、この増額分七〇〇〇万円を被告人の負担すべき脱税協力金としたと推認することができる。

<6>  高橋は、前記<4>の裏金の額が増額されたことを知った際、差額である約七〇〇〇万円がダミーの業者に対する協力金として支払われることを、かねて協力関係にある小元から直接聞いていたか、少なくとも暗黙のうちに承知していたと推認できる。

<7>  一〇月一三日の「支払約条書」の授受について、高橋は、裏金の差額がダミーに入ったアイワに交付されることを知りながら、契約締結の土壇場になって、被告人が裏金を巡って岩﨑とトラブルを起こし契約が不成立となることを恐れ、真実を秘したまま被告人を説得し、その場を収めて「支払約条書」を受領させたと推認することができる。

4  そして、原判決は、これらの認定事実を前提に次のような結論的な認定に至っている。すなわち、

A  岩﨑が裏金として四億二二二八万円を支払うという趣旨の記載のある「支払約条書」を被告人に差し入れたことは、裏金として四億二二二八万円を提供するという意思表示と理解できる。

B  また、「念書」の趣旨も、岩﨑が本件売買に関する裏金の処理について被告人から一任を取り付ける趣旨を含むものと解するのが相当である。

C  被告人は仲介人の高橋に説得され、一応納得して、四億二二二八万円という裏金の金額の入った「支払約条書」及び「念書」を受領したのであるから、岩﨑の申込を承諾する有効な意思表示を行ったとみるべきであり、ここに裏金の金額を四億二二二八万円とし、裏金の処理については岩﨑に一任するという合意が成立したと解することができる。

D  したがって、被告人が秘匿した本件土地の売買に関する裏金の金額は、検察官の主張どおり四億二二二八万円と認められる。

と結論付け、右「支払約条書」及び「念書」の授受に極めて重要な意味を持たせている。

5  所論は、原判決が、前記2、3のような事実経過を認定しながら、一転して「支払約条書」及び「念書」取り交わしの意味につき右AないしDのように結論付けることは到底できないのであり、右事実認定には、余りにも飛躍があり過ぎ、また、実際の右書面取り交わしの趣旨とも大きくかけ離れたものである、という。

ところで、前示3に摘記した原判決の認定事実のうち、<1>については、本件においてはまさにその点が争点であることからして、その趣旨は、被告人と岩﨑との間で「直接」合意が成立したという事実は認められない、ということであろうし、<4>については、「契約締結までの間に四億二二二八万円に変更されたことになる」というのが、「被告人及び岩﨑ら関係者の間で」というのではなく、被告人を除く関係者の間で、という趣旨と思われ、措辞必ずしも適切ではないところであるが(このように解さなければ、<1>と<4>は矛盾するし、また、この段階で本件の争点そのものの結論を出してしまっていることになる。)、原判決は、被告人をはじめ岩﨑、小元、高橋、守島ら関係者の供述を検討し、その信用性を慎重に吟味した上で前記3の認定に至っており、当裁判所も右信用性の判断及びこれに基づく認定を覆すまでには至らないものと考える。しかし、問題は、これらの事実から、右AないしDの認定を導き出すことができるかということである。

そこで、前示3の認定、判断を前提として「支払約条書」及び「念書」取り交わしの経緯を関係証拠に基づきより詳細に検討すると、(一)前記2の(5)のとおり、そもそも、書面を要求したのは被告人であり、その目的は、買主側に口頭の約束による裏金の支払いを書面で確約させることにあったものであって、被告人には、これらの書面によって裏金の金額を改めて決定するという意識があったものとは認められないこと、(二)たしかに「支払約条書」には「…金四億二二二八万円を…支払うことを確約する」との文言があるが、被告人は一〇月一三日の契約書の取り交わしの際、岩﨑の用意してきた「支払約条書」の文言を見て、それまで認識していた三億五〇〇〇万円と違うことから、関係者の前で高橋に「金額が違うではないか」と指摘したところ、高橋に「実は、実は」、「金額が少ないのならともかく、多いのだからいいではないか」と言いくるめられたこと、(三)「念書」の文言は先に指摘したとおり、将来迷惑や損害を生じた場合には買主側の責任と費用で解決し、被告人に損害を及ぼさないことを確約したものであって、その文理からは、「本件売買に関する裏金の処理について被告人から一任を取り付ける」趣旨を含むものとは到底解されないこと、(四)そもそも、被告人が受け取るべき裏金の全額につきその処理を買主側に一任するというのであれば、裏金を授受する約束自体が無意味なものとなり、「支払約条書」を徴した趣旨とも矛盾するし、また、「支払約条書」記載の金額と口頭の約束による三億五〇〇〇万円との差額についてのみそうするというのであれば、「念書」の文言からはその趣旨は全く窺えず、関係者からの口頭による説明もなされていないこと、などが指摘できる。

これらの諸点にかんがみると、前示Aのように、「支払約条書」を差し入れた岩﨑の側からすれば、これによって裏金として四億二二二八万円を提供し、そのうち七〇〇〇万円は脱税協力金として提供してもらうとの申込の意思表示をしたものと理解する余地が残らないではないものの、前示BないしDのように、被告人がその申込の趣旨を理解し、これを承諾する有効な意思表示をしたとか、裏金の処理につき岩﨑に一任する合意が成立したなどと解することは、到底無理といわざるを得ない。

たしかに、原判決も指摘するとおり、関係証拠によれば、被告人は、高橋を通じて裏金を受領した際、その金額が三億五〇〇〇万円丁度ではなく、二二八万円の端数がついていたのに何ら異議を述べていないことが認められ、このことは被告人が自分に帰属する裏金が四億二二二八万円でそのうちダミーに対する脱税協力金として七〇〇〇万円を拠出するということを納得していたことを示す事情とみられないではない。しかし、高橋の原審公判廷における供述並びに被告人の原審及び当審公判廷における供述など関係証拠を検討しても、被告人が二二八万円という端数の意味を理解して受け取ったものとまでは断定できず、原判決の認定に至る決定的な理由になるとはいえない。

更に、原判決は、「確かに、本件契約締結時までに、被告人が裏金のうち七〇〇〇万円がダミーの業者に交付されることまで知らされていたとは認められないが、被告人は、……本件売買にダミーの業者が介在することは、契約締結の時点で少なくとも暗黙のうちに知っていたと認められる。そして、このような裏金のからむ取引に手を染めた以上、ダミーの業者に裏金が支払われることは予想しうることであるから、被告人の前記のような内心の状態が意思表示の効力に影響を及ぼすことはないというべきである」としている。たしかに、「ダミーの業者に裏金が支払われることは予想しうる」ところである。そして、本来、いわゆるダミーは利益の出る売主側すなわち、被告人側に入り、したがって、脱税協力金の支払等裏金操作のリスクは原則として売主側が負うのが通常であるともいえる。しかし、本件においては、前記「念書」の文言から明らかなようにまったく逆の様相を呈し、一切買主側が責任を負うことになっているのである。このことは、一見被告人側がむしが良過ぎるように見えるけれども、前記2の(1)、(2)のような本件取引のそもそもの経緯(岩﨑が多額の転売利益を得たいがため契約成立を強く望み、また、仲介に入っていた小元及び高橋もそれぞれ仲介手数料を得たいがため契約成立を強く望んでいた。)や、同(3)のように、本件においてダミーを介在させることとなったのは、自らは契約当事者として表面にまったく出ないで転売利益の秘匿を目論んだ岩﨑の意向によるのであり、また、ダミー利用のメリットも被告人よりもむしろ岩﨑の方が大きかったことからすれば特段に不自然ともいえないのである。したがって、被告人において、ダミーの介在を知り、これに裏金が支払われることを予想し得たにしても、もっぱら買主である岩﨑の責任と負担において処理されるものと理解していたとの趣旨の被告人の弁解を排斥し切ることはできないし、原判決の指摘する右事情をもって前記書面の取り交わしにより被告人において岩﨑の申込を承諾する旨の意思表示をしたとの積極的認定をする根拠とすることは疑問であるといわざるを得ない。

以上のとおり、本件土地の売買に関し裏金として客観的に被告人に帰属したのは三億五二二八万円ではなく、四億二二二八万円であると積極的に認定することには疑問が残るといわざるを得ず、原判決の事実認定にはこの点において誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというべきである。

そこで、その余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄することとし、同法四〇〇条但書に従い、被告事件につき更に次のとおり判決する。

二  自判

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都文京区千駄木一丁目一一番一七号に居住し、貸金業や不動産賃貸業等を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、不動産の売却収入の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和六二年分の実際総所得金額が一三〇三万六一五八円、分離課税による土地等に関する雑所得金額が四億二三四六万四七六六円であった(別紙1修正損益計算書参照)のに、昭和六三年三月一五日、同区本郷四丁目一五番一一号所在の所轄本郷税務署において、同税務署長に対し、昭和六二年分の総所得金額が八四八二万九二三〇円の損失、分離課税による土地等に関する短期譲渡所得金額が一億七八五二万一一〇九円で、これに対する所得税額が一億〇八八九万四六〇〇円である旨の虚偽の内容の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億七六八三万四二〇〇円と右申告税額との差額一億六七九三万九六〇〇円(別紙2脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一 被告人の当審公判廷における供述

一 証人岩﨑正の当審公判廷における供述

を付加するほかは、原判決の(証拠)の項に挙示された各証拠と同一であるから、これらを引用する。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、所得税法二三八条一項に該当するところ、情状により同条二項を適用し、所定刑中懲役刑と罰金刑を選択し、その刑期及び罰金額の範囲内で被告人を懲役一年四月及び罰金三五〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金三〇万円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する。)被告人を労役場に留置し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、一億六七〇〇万円余りの所得税を逋脱した事案である。単年度の逋脱事犯としては逋脱額が決して少額とはいえず、また、逋脱率も六〇パーセントを超えている。犯行の動機は不動産取引によって得られる利益の多くの部分を税金として徴収されてしまうのは惜しいと考えたことと、右利益を自己の経営する会社の資金に回したいと考えたというものであって、納税意識の欠如は著しく、また、私益を公益に優先させようとしたものであって、弁解の余地のないところである。所得秘匿の手段方法の中心は、右のとおり不動産売却収入の一部除外であるところ、被告人は、利益の多くの部分を裏金として受領し、公表用としてダミー会社との間で低額で売買が成立したかのように装った売買契約書等を利用しており、取引そのものの段階から脱税を意図していた計画的なものといわざるを得ず、この面でも犯情は良くなく、被告人の刑事責任は決して軽いものではない。

しかし、そもそも本件逋税の契機となった不動産取引については、被告人自身が積極的に意図して行ったものではなく、本件取引によって同じく多額の利益が見込まれた岩﨑や仲介業者の高橋、小元らに乗ぜられる形で具体化したものであり、これらの者の関与、介入がなければ、本件にまでは至らなかったともいえること、被告人は、本件発覚後、本税及び附帯税を完納していること、被告人には罰金刑の前科が一件ある他は前科もないこと、また、被告人には多くの持病があって健康状態が思わしくなく、今後経済活動を継続できる状態にはないこと、など被告人のために斟酌すべき事情もある。

以上のような諸事情を総合勘案して主文のとおり量刑するのが相当であると判断した。 よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 森眞樹 裁判官 中野久利)

別紙1 修正損益計算書

別紙2 脱税額計算書

控訴趣意書

被告人 関口政行

右の者に対する所得税法違反被告事件についての控訴の理由は左記のとおりである。

平成五年二月二二日

右弁護人 山本忠義

同 河東宗文

同 牧野二郎

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一 原判決には、明かに判決に影響を及ぼす事実の誤認が存するので、その破棄を求める。

一、原判決は、被告人が本件違反行為により受け取った裏金が、被告人が現実に受け取った現金三億五、二二八万円なのか、それとも「支払約定書」に記載された金額である四億二、二二八万円か、の争点、すなわち、ダミーとして介在したアイワ興産株式会社に対し、菱輪建興株式会社から支払われた脱税協力金一億二三〇〇万円の一部である七〇〇〇万円が本件裏金に含まれるか否かという争点につき、以下のとおり事実認定した。

1まず、菱輪建興株式会社がダミーとして介在したアイワ興産株式会社に対し支払う脱税協力金に対する被告人の認識に関し詳細な証拠の検討をしたうえで、以下のとおり認定した。

「 結局、被告人と岩崎(菱輪建興株式会社代表取締役岩崎正)との間で脱税協力金に関する合意が成立したという事実は認められないというほかない。 」(七丁表末尾)

として、被告人は三億五〇〇〇万円を裏金と考えていたこと、差額の七〇〇〇万円について脱税協力金であること、それを被告人が負担することなど一切合意されておらず、そうした事実はまったく知らなかったことが、事実として認定されたのである。

したがって、契約当日右岩崎から交付された「支払約定書」を見た被告人に関し次の事実認定がなされた。「 『支払約定書』に裏金として四億二、二二八万円を支払うという記載があったので『金額が違うではないか。』と言ったという点についても、不自然なところはなく、高橋の証言とも合致しており、信用できるものというべきである。 」(八丁裏)

「 結局、被告人としては、契約締結の前までは約三億五〇〇〇万円の裏金がもらえると聞いていただけで、一坪当たりの売買単価がいくらになるかといった細かいことは、高橋に任せていたと認めるのか相当である。 」(九丁表末尾から同裏初め)

2次に、仲介業者のごまかしを見破れず、仲介業者に乗せられて右「支払約定書」を受け取った事実に関して、まず前提として、次の事実認定をした。

「 この時の状況について、被告人は、公判廷において、高橋が『社長、細かいことは言わないで、数字が少ないんならともかく、多いんだからいいじゃないですか。』と言ったので、裏金の額が三億五、〇〇〇万円より少なくなることはないと一応納得して、『支払約定書』を受け取ったと供述する。この供述は自然なものであって、信用できるものである。これによれば、高橋は、裏金の差額がダミーに入ったアイワに交付されることを知りながら、契約締結の土壇場になって、被告人が裏金をめぐって岩崎とトラブルを起こし契約が不成立になることを恐れ、真実を秘したまま被告人を説得し、その場を収めて、『支払約定書』を受領させたと推認することができる。 」(一一丁表から同丁 裏)

3こうして、被告人は、相手方岩崎はもとより、高橋にも真実、すなわち差額の七〇〇〇万円がアイワに対する脱税協力金であって、被告人の負担となるという事を伝えられず真実を完全に隠されたまま何も知らぬ被告人をして、裏金の金額は確保できたと安心させ、問題の、『支払約定書』を受け取らせたという事実が認定されたのである。

4にもかかわらず、これに続く次の認定は、これまでの前提をまったく無視し、飛躍したものとなってしまっている。

「 被告人は、前記のように、この間の事情を知っていると認められる仲介人の高橋に説得され、一応納得して、四億二、二二八万円という裏金の金額が入った『支払約定書』及び前記『念書』を受領したのであるから、岩崎の申込みを承諾する有効な意思表示を行ったとみるべきであり、ここに裏金の金額を四億二、二二八万円とし、裏金の処理については岩崎に一任するという合意が成立したと解することができる。 」

(一二丁末尾から一三丁表まで)

と事実認定したのであった。

5右の、原判決の最終の事実認定は、それまでの事実認定を根底から覆すものであるが、その根拠は余りに薄弱である。

それまでの事実認定によれば、被告人は裏金が三億五〇〇〇万円であると考えていたというのである。

これに対し、岩崎は、被告人に内緒で単独で、かつ誰の承諾もなく七〇〇〇万円を操作した事実があること、そして岩崎本人はもとより、後刻その事実を知った高橋も、右の上乗せした七〇〇〇万円の脱税協力金については被告人に話すと被告人が納得しないことから右取引自体が壊れる危険があるので、敢えて被告人には「事実を秘したまま」被告人を説得し、その場を納めて『支払い約定書』を受領させた(一一丁裏)ことが明かにされたのである。

以上の認定事実と、先の原判決の認定がかみ合うのであろうか。

二、原判決の根拠とするところと、その問題点

原判決は右認定の根拠として、以下の理由を挙げる。

<1>その後、被告人は現金を受け取った際、受け取った現金に端数がついていたがなんら異議を述べなかったが、この事は岩崎との合意を裏付ける。

<2>被告人は岩崎がダミーを介在させること、菱輪を当事者からはずす事を知っていた。

通称ダミーが介在すると、その者に、脱税協力金を支払われることが予想されるから、被告人の内心の状態がたとえこれに反していても、一般論からして、脱税協力金を支払う認識があったと見て良い。

<3>一般に、裏金を作る場合、「裏金分配の恩恵を受ける売り主が、その額はともかくとして、ダミーの業者に対する脱税協力金を負担する事は、裏金の絡む取り引きに関与する者の常識もしくは暗黙の了解事項であると考えることができる。」(一〇丁おもて)

この理由を見るかぎり、最後の事実認定が、それまで積み上げてきた認定事実をまったく無視して、無前提的に、突然に、「裏金作りの常識」「裏金取り引きの暗黙の了解」「通常予想される事であるから」と言う事を理由に、被告人が脱税協力金の支払いに同意したと言う認定を行った事が明かである。

原判決の構造は、

脱税事件では売り主が脱税協力金を支払うのが常識

本件でもダミーへの脱税協力金の支払いが予想された

脱税協力金の合意があった

岩崎への一任があった

という単純なものである。すなわち、脱税協力金の支払いが常識であり、予想されることであるから、事実認定の必要なく、脱税協力金の支払い合意があったと認定して良いというのである。

驚くことに、この論法に加えて、右論法に反する前提事実の事実認定はこの際無視してもよいという暴論に至っていることである。

すなわち、

「 ダミー業者に裏金が支払われることは予想しうることであるから、被告人の前記のような内心の状態が意思表示の効力に影響を及ぼすことはないというべきである。」(一三丁裏)

として、「被告人の前記のような内心の状態」すなわち、原判決が先に認定した事実として被告人の認識、すなわち裏金は三億五〇〇〇万円であり、『支払約定書』は右裏金の支払い保証書であるという認識は、裏金は脱税協力金七〇〇〇万円を含めた四億二、二二八万円であるとの合意を認定するうえで、無視して良いものであるとしたのである。

そもそも本件では、はっきりとした意思表示や、合意があったわけではない。それが認定できるだけの明白な証拠はないのである。

加えて、相手方の岩崎が、事実を秘して、被告人を丸めこむことをしているのであり、これに仲介人の高橋までが加勢し、被告人を陥れたという構造なのである。ここでは、原判決の言うような意思表示理論など成立するはずはなく、そもそも意思の合致のない場面なのである。

したがって、関係当事者の間に、いかなる共通の認識(故意)があったのか、いかなる認識のずれがあったのか(錯誤)を、事実に基づき、整理して認定しなければならないのである。

とすれば、四億二、二二八万円の合意の認定の前に、三億五〇〇〇万円の認識をいかに評価するのか、両者の間に矛盾はないのかを、慎重に検討しなければならないのである。

原判決は右の点につき明かな飛躍があり、かつ矛盾があるのであって、また認定事実と証拠との間に齟齬があり、とうてい承服できるものではない。

原判決には、判決の「理由に食い違いがある」(法第三七八条4号)の違法がある。

三、本件事件の全体構造の理解について

1原判決も量刑理由の中で触れているように(一四丁裏)、本件違反事件の中心人物は菱輪の岩崎であることは争いなき事実である。

右岩崎は、被告人が本件土地を売却する可能性があると思うやいなや、勝手に転売先を見つけ、土地転がしに入ったのである。岩崎は、被告人から本件土地を七億七、五二八万円余りで購入し、転売先には一六億四、二一八円で転売し、その差額八億六、六九〇万円が裏金として設ける企てを練っていったのである。この時点ですでにアイワの事が浮かんでいたのである。

ところが、「被告人は、当初本件土地には自宅兼分譲マンションを建築する計画を有していたため、岩崎の申し込みをいったん断ったが、岩崎が多額の裏金を提供すると申し出たので」「当初の予定を変更して、これに応ずることにした。」(四丁裏)といういきさつがある。

被告人としては、岩崎が三億五〇〇〇万円の裏金を無条件で出すという申し出であったため自分がプランを立て、長い間暖めていた建築計画をあきらめる決心をしたのである。 こうして、岩崎は差額(転売差益)八億六、六九〇万円のうち、三億五〇〇〇万円を被告人に本件土地を売らせる工作資金として使うことにしたのである。これでもまだ転売利益は五億以上あった計算になる。

2こうした巨額の裏金を作ることは極めて困難のはずであるが岩崎は自己の関係者で、これまでも何回も脱税を共に行ってきたアイワに協力を求め、これに対し、アイワの守島は、八億六、六九〇万円という巨額の裏金作りを承諾し、その裏金作りの報酬(脱税協力金)としてその一五パーセントである一億三〇〇〇万円を岩崎に要求したのである。岩崎は、この費用を支払ってもまだ自分の手もとに巨額の裏金が残るので、右守島の要求をほぼ満額に近い金額でのんだのである。

このとき右守島との間で出た金額は、七〇〇〇万円でもなく、五三〇〇万円でもなく、単に減額前の一億三〇〇〇万円と、決着した金額の一億二三〇〇万円という数字だけであったことは岩崎自身の公判廷での供述から明かである。

右の脱税協力金の性格は、特に注意する必要がある。

右金額が、脱税金額総額(八億六、六九〇万円)に対して決められ、その総額の一五パーセントという基準で決まったこと、と岩崎がこれを全額自ら払うものと考えていたこと、被告人に対し何の承諾も相談もなかったことは、いずれも、単なる偶然ではないのである。

また、守島は、本件脱税の依頼主は岩崎であり、支払義務者も岩崎であると考えていたことも記録上明かである。

こうした事実を総合してみると以下の事実がはっきりと浮かび上がるのである。

3基本的構造の違い

本件の構造は、一般ともいうべきケースにおいては、売主と買主との間で決まった売買金額を買主の承諾のもとで、中間に売主のダミーを入れ、そのダミーのところに利益が落ちたように装い、売主の真の利益を、売主自身と売り主のダミーとに分散させ、税の軽減をねらう方法が採られるようであるが、本件はそれとは大きく異なっている。

すなわち、まず第一に、買主である岩崎が本件取り引きの背後に隠れ、形式上まったく登場せず、形のうえでは買主ではなくなり、あたかも、中間介在者アイワがあたかも買主であるかのように位置し、かつ転売人となり第三者へ転売されたことである。

第二の違いは、通常は、中間介在者(ダミー)は売主の売却利益隠しのために、売主の支配下にあるか、売主のために行動することを同意したものであるはずであるところ、本件では、本来の売主の被告人とはまったく関係がなく、支配も指示も受けないものが中間に入っていることである。すなわち、通常は売主が管理するダミー(売主の替え玉)であるのに、本件では買主が管理するダミーになっていることである。

結局のところ、中間介在者であるアイワは、岩崎の共犯者であり、岩崎の依頼で中間介在をしたのであり、終始岩崎の指示に完全に従ったのであり、岩崎が背後に隠れてアイワをあやつったのであって、とりもなおさず岩崎のダミーであり、それ以外の何者でもなかったのである。

4 岩崎のダミーの意味するところ

では、一応買主であるはずの岩崎が、何故に、自己のダミーを使ったのであろうか。

一般に、「買主のダミー」という話は聞かない。これは、通常は買主は売主との間で決まった金額を支払うことしかなく、裏金を受け取る立場になく、逆に裏金を支払う立場にあるから、隠すべき裏金というものがないことから当然のことである。

にもかかわらず、ダミーを使ったということは、岩崎にはダミーを使う必要があったということであり、ダミーを使う立場にあったということである。というのは、本件の全体構造を見るかぎり、岩崎は、買主という立場を持つと同時に、買った土地を買うと同時に転売するという立場、すなわち転売人という立場にあったのである。結局岩崎は、自らのダミーを、転売人の立場で有効に使用したということなのである。

以上を図示すると以下のとおりとなる。

結局、岩崎に裏金<1>七、〇四八万円及び裏金<2>七億九、六四二万円の合計額である裏金総額八億六、六九〇万円がいったん入り、これを、後に各自に分配したのである。

こして、岩崎は、本件犯罪の企画者として、主犯として、裏金作りを企画し、各共犯者に対し、計画通りの行為を行わしめ、一方被告人に対して三億五〇〇〇万円の裏金を支払うことを条件に本件土地の売却を決意させて、その後、一連の売買がなされると同時に、各共犯者及び被告人に対し、それぞれ約束の裏金の分配を行ったのである。

四、被告人の認識について

被告人は、本件犯行において、岩崎、高橋らに「乗せられる形で本件犯行を行ったのでありこれらのものの存在なくしては本件犯行も考えられなかったのであ」り(一五丁表)、本件の動機は極めて消極的なものであった。

1 被告人は、本件土地を売りたくなった。

被告人はもともと「本件土地には自宅兼分譲マンションを建築する計画を有していた」のであって、売る意思はまったくなかったのである。本件土地は取得したばかりであってたとえ高値で売ったとしても、利益のほとんどが税金となるため、この売却は何の意味もなく、自己の老後のことを考えても、マンション建設がもっとも良いものであった。

そのため、「岩崎の申し込みをいったん断ったが、岩崎が多額の裏金を提供すると申し出たので」税金のかからない三億五〇〇〇万円が手に入るのならばと、「当初の予定を変更して、これに応ずることにした。」(四丁裏)のであった。

ここで重要なのは、岩崎の本心である。岩崎は、被告人が本件土地の売却を断ってしまったら、企てが実現しない事が分かっていた。逆に、どんな犠牲を払っても本件土地を被告人に売らせさえすれば間違いなく膨大な利益が出ることも分かっていた。

したがって、岩崎としては、どんな条件が出ようとも、全ての条件をのんで、被告人に土地を売らせることが企ての大前提であった。

岩崎にしてみれば被告人に裏金を支払えば良いということで、転売差益の八億六、六九〇万円の範囲内であれば、裏金はいくらでも良かったのである。

この後被告人は納得する数字として、三億五〇〇〇万円という数字が出たので、売買が行われることとなったのである。

2 売るという意思決定は、岩崎と一緒に裏金を作ることを意味しない。

こうして、原判決の摘示したように、三億五〇〇〇万円の裏金の支払いという条件で話がまとまったのである。そして、この裏金は、一切の条件はなく、税金のかからない現金で支払われるというだけであって、被告人のリスクも、負担もないというのが前提であった。

この関係を雄弁に物語るものが、『支払い約定書』と『念書』の要求という事実である。

被告人は、この裏金の支払いが保証されること、右裏金の授受に関し後日、一切の負担や迷惑を受けないことの保証を要求したのであり、この異様な、被告人の言いなりの文書要求に答えるという事は、当時の岩崎と被告人の関係を如実に示すものと考えられる。

もし仮に、被告人において裏金を要求し、被告人のサイドのダミー会社があったならば裏金交付に伴うリスク(ダミーから秘密が漏れるなど)も、被告人の負担となる部分があり、被告人が一切の負担も迷惑も受けないという『念書』など要求できるはずがない。むしろ、反対にそうしたリスクは売主であり、裏金を受領するものが負担するものである。

被告人は、ただ単に、本件土地の売却の条件として三億五〇〇〇万円を要求しただけであって、岩崎の策略と岩崎のダミーとが繰り広げる裏金工作の責任、リスクに関してはすべて岩崎が負担すべきであると考えていた。何故なら、被告人として裏金作りの方法もまったく知らず、何の権限も何の裁量もないのであって、口の出しようもなく、責任の取りようもない事がらであったからである。

岩崎が誰をダミーに使用しようが、どんな費用を支払らおうが、被告人の預かり知らないことだったのである。

だからこそ、被告人は、自分は裏金作りには関係がないこと、後で問題になっても一切責任がないことを岩崎に確認したのである。

これに対し岩崎は、すべて岩崎が仕組んだものであったので、全責任を岩崎が負い、被告人には一切リスクを負担させないという念入りな『念書』を作成交付したのである。

五、『支払約定書』の交付によって何が合意されたのか

本件事件において、『支払約定書』の交付とそれに伴う合意の成否とその合意の内容は、本件犯罪の隠匿所得額が四億二、二二八万円か、あるいは三億五、二二八万円かという客観的な犯罪成立範囲を画するものであると同時に、被告人の本件犯行についての主観的な意図、すなわち故意の成立範囲を画するものであり、もっとも重要な判断対象である。

したがって、右交付によって、一体何が合意されたのかをはっきり認定しなければならない。

1 被告人は『支払約定書』を見せられて、直ちに抗議している。

原判決も認定したとおり、被告人は、右『支払約定書』を漫然と受け取ったものでもなくましてや、数字の違いを承認して受け取ったものでもない。

被告人は、約束の金額とは違うので、はっきりと大きな声で

「金額が違うではないか」

と問いただしたのである。

このことから、被告人はこの時点で裏金を三億五〇〇〇万円と認識しており、それ以外のことは何一つ考えていなかったことが明らかである。

2 被告人の抗議に対し、岩崎、小元は黙し、高橋は真実を隠し、偽りの説明をした。

ーー岩崎、小元、高橋は被告人に脱税協力金の真実を話せないーーーー

岩崎、小元は、このときどのように反応したかは定かでない。同人らの証言はあいまいで、とても信用できるものではない。

これに対し、高橋の反応は、原判決の認定したとおり、次のものであった。

「 高橋は、裏金の差額がダミーに入ったアイワに交付されることを知りながら、契約締結の土壇場になって、被告人が裏金をめぐって岩崎とトラブルを起こし契約が不成立になることを恐れ、真実を秘したまま被告人を・・・  」(一一丁表末尾から同丁裏)

「 高橋が『社長、細かいことは言わないで、数字が少ないんならともかく、多いんだからいいじゃないですか。』といっ」(一一丁表)て説得したのである。これに対し、被告人は、

「 裏金の額が三億五〇〇〇万円より少なくなることはないと一応納得して、『支払約定書』を受け取った・・」(同)

というのである。

ここで高橋は、右契約が成立しないと自己の利益が手に入らないので、これまた自己の利益獲得のため、必死で本件契約を成立させようと図ったことが理解できる。

このとき、高橋は、とっさに、真実を被告人に話したときには本件契約が壊れる危険を感じたのである。この危険ゆえに、「真実を秘したまま」被告人の「説得(?)」に入ったのである。このとき高橋が感じた危険とは一体なんであったのか。

この段階で裏金が四億二、二二八万円に増加されたという事は、その分被告人の負うリスクも増えたという事である。売主である被告人としては、リスクの増えた分、現金をもらう権利があり、この増加分の当然取り分がある金員となる。利益とリスクは背中合わせなのである。従って被告人は最後まで増額した金額を要求することになる訳である。

ところが、右の被告人の取り分のうち、七〇〇〇万円はダミーに支払ってくれといわれても、被告人にとってはまったく知らない岩崎側のダミー会社に対する支払いであるので被告人から支払う理由はなく、被告人のために働いたのか否かを(岩崎の利益のために働いたかもしれない)まったく解らず、ただむやみやたらと、支払ってほしいと頼んでもああそうですか、と聞き入れられる話ではないこと明らかである。

被告人にとっては、この話は突然の話であり、かつ、支払う必然性のない金を支払えというに等しいものであり、とうてい合意に至るものではなかったのである。

高橋は、本来この話は、かねてから知っているはずであり、契約段階に至るまで被告人に話さなかったのは、事前に被告人の脱税協力金の支払い合意、及び裏金の金額変更について合意を取りつけることは無理と判断していたからであり、当日まで被告人には真実を告げず、当日には一気に「ごまかす」作戦に出るつもりでいたのである。

高橋は、すでに二〇年以上被告人と共に仕事をしてきた仲であり、かつ被告人の信頼を得た立場でもあり、被告人の性格を知り尽くしており、どのように言えば被告人が引き下がるか心得ていたのである。被告人にとっては、これまで被告人が高橋を信頼し細かなことは任せてきた経緯から、重要なポイントだけ判断すれば良いし、細かいことまで口を出すのは小者のする事であり、自分は大物なので細かい事には口出ししないといった見栄もあり、肝心な部分だけ判断すれば良いと思っていたのである。

こうした被告人の心理関係を巧みに利用して高橋が言った言葉

『社長、細かいことは言わないで、数字が少ないんならともかく、多いんだからいいじゃないですか。』

は、被告人には、裏金三億五〇〇〇万円はしっかりと確保したから心配ないという意味であり、それ以外の意味はなかったのであるが、この言葉は、高橋の思惑通りに、被告人の損得勘定と、見栄とを見事に突き、被告人を、煙に巻いてしまったのである。

3 被告人の受領意思

高橋の一言で、被告人は、裏金三億五〇〇〇万円はしっかりと確保したと得心し、

「一応納得して、」

はっきりしないままに、『支払約定書』を受け取ってしまったのである。

被告人の「一応納得」の内容は、「裏金の金額が少なくない」「良く解らないが、まあ いいや」といったレベルのものであり、それ以上でも、それ以下でもないのである。

この時の被告人の感情を、あえて言葉で言えば

「自分は、この金額の違いについてはっきりとその理由が解ったわけでもないが自分にとって、前からの約定である三億五〇〇〇万円の裏金の支払いは、確保されたのであって、金額の差は、自分にとっては何の不利な意味もなく、危険もないことであろう、何の危険もないことは、高橋も言うし、このとき同時に交付された『念書』にも明記してあるので大丈夫」

「良く解らんが、不利ではない」

というものであった。

結局、右『支払約定書』は端的に言えば「三億五〇〇〇万円の支払い保証書」の意味で被告人に受け取られたものに他ならず、脱税協力金七〇〇〇万円支払いの合意などではまったくないこと明かである。

これは、原判決の一一丁表記載の事実認定と一致しているはずである。

まとめ

以上により、右『支払約定書』の交付を受けて成立した岩崎と被告人の合意とは、岩崎が「三億五〇〇〇万円の裏金の支払い保証」をなしたという合意なのである。

第二、原判決には、判決の「理由がなく」また「理由に食い違いがある」(法第三七八条4号)の違法がある。

一、原判決の飛躍部分

原判決は、これまでは、右の事実に総事実認定をしていながら、突如、方向を一八〇度変換し、「四億二、二二八万円の支払い合意、脱税協力金支払い合意」を認定した。

右の論理は、

<1> 岩崎は四億二、二二八万円を提供する意思表示をした。(『支払約定書』の発行)

<2> 被告人は、右意思表示を承諾した。(『支払い約定書』を受け取った。)

<3> 裏金処理の一任取りつけの申し込みの意思表示をした。(『念書』の交付)

<4> 被告人は裏金の処理を岩崎に一任した。(『念書』の受け取り)

というものである。

しかし、右のいずれの項目も、すべて事実に反する、机上の空論であることは、これまでの事実認定、事実分析で明らかなはずである。

1、「<1>岩崎は四億二、二二八万円を提供する意思表示をした。(『支払約定書』の発行)かを検証する。

(1) 果たして、岩崎は、右に言うように、四億二、二二八万円を提供するという申し入れをしたのか。

原判決は、『支払約定書』は、アイワ名義の部分が偽造であるが、岩崎名義は無効にならないとし、右書面の「主眼は、真実の買主である菱輪の代表者岩崎が裏金を問題いなく支払うという意思を表示した点にあると見るべきである。」(一二丁表末尾から同裏)と的確に認定したとおりである。岩崎は、間違いなく裏金を支払いますといったまでで、当初から四億二、二二八万円を支払う気などまったくなかったのである。

(2) 増えた七〇〇〇万円は被告のものか。

岩崎は、公判供述において、アイワに支払った一億二三〇〇万円をどのように振り分けるかは、岩崎が一人で勝手にやったと述べており、七〇〇〇万円という数字も、四億二、二二八万円という数字も実態のないまったくの机のうえの数字に過ぎなかった。

従って、『支払約定書』の数字は、岩崎が適当に決めた数字で良かったのであって、実体のある三億五〇〇〇万円に、〇円から一億二三〇〇万円までであれば、どんな数字でも良かった。この数字によって岩崎の取り分は一切変化しないからである。

一億二三〇〇万円は行き先が決まっており、負担の割り振りをしただけなのである。

だた岩崎としては、書いた数字を被告人に、まともに裏金の金額として受け取ってもらっては困る状況にあったのである。なぜなら、岩崎は自分の勝手な数字を三億五〇〇〇万円に乗せたのであって、この乗せた数字は、被告人には関係のない数字だったからである。この乗せた金額は、被告人には無関係に岩崎から直接アイワに支払われるものと、すでに決まっていたため、被告人にとやかく言われても困るものであった。

(3) 岩崎は、結局、自分がアイワに支払う脱税協力金の一部を、被告人が負担した形を作り、かつ、岩崎の負担よりも被告人の負担が多いという事実を作ることで、被告人を、本件犯罪の主犯に仕立て上げ、自分は共犯者に過ぎないことを印象付け様としたのであろう。すなわち裏金協力金の総額の半分より少し多い金額で、三億五〇〇〇万円にとってきりの良い数字(二〇パーセント)で、ということから、七〇〇〇万円にしたのであろう。更に岩崎は、つじつま合わせに、一応本件土地面積の一四〇・九六坪の計算が立つように微調整した。しかし、右の計算は実体がなく、単なるつじつま合わせであったため軽率にに計算違いをしたが、そもそも重要なことではなかったので、最後まで岩崎自身気づかずに終わってしまったのである。

また、関係者も誰一人として気づかないという状況は、岩崎のでっちあげという上記事情を如実に物語るものである。

(4) 結局、岩崎は、被告人に対して、実質的には、三億五〇〇〇万円を支払うという申し出をしたのであり、決して四億二、二二八万円を支払うという申し出をしたわけではないのである。『支払約定書』には、岩崎が被告人に支払う気もない金額が記入されているから、被告人に本気にされては困るので、無理やり、被告人を、ごまかさなければならなかったのである。

こうして、『支払約定書』の交付は、裏金を支払うという意思表示であったが、四億二、二二八万円を支払うという意思表示ではなかったのである。

二、「<2>被告人は、右意思表示を承諾した」のか。

確かに、被告人は、『支払い約定書』を受け取っている。しかしその理由は、判決文にもあるように、

「 裏金の額が三億五〇〇〇万円より少なくなることはないと一応納得して、『支払約定書』を受け取った・・」(同)

ということであり、その心理は、先に述べたように「良く解らんが、不利ではない」といったものである。

したがって、「一応納得」ということの内容は、「真実のほどは良く分からないが、少なくとも三億五〇〇〇万円は支払いを保証された」という程度のものであり、それ以上のものではないこと明らかである。

いわんや、四億二、二二八万円をもらえると思ったことはなく、したがって要求したこともないのである。

結局被告人は、四億二、二二八万円を受け取ることを承諾したのではなく、三億五〇〇〇万円を裏金として支払うこと、岩崎のその支払い保証を了解したにすぎないのである。

三、「<3>裏金処理の一任取りつけの申し込みの意思表示をした」のか

原判決は、『念書』の交付を持って、被告人の岩崎に対する裏金処理の一任取りつけの申し込みの意思表示と、評価しているが、いったいそうした評価はどこから出てくるのであろうか。

『念書』の理解は、まずその文言を基本にすべきであるが、原判決が『念書』の作成意図につき、「脱税工作の一任」といった評価をするので、まず作成意図につき検討する。 本件訴訟において、関係当事者の証拠調べがおこなわれたが、その中で、『念書』に関して、それが、脱税工作の一任という趣旨で作られたという証言はひとつも存在せずむしろそれとはまったく異なる証言しかないのである。すなわち、

(一) 証人岩崎の証言(第三回公判調書の証言部分)

・検察官質問部分に『念書』の質問一切なし、供述もなし

・弁護人質問部分にも『念書』の質問一切なし、供述もなし

・裁判官質問部分にも一切『念書』関連の質問はなく、供述もない。

結局、念書を書いた本人である岩崎に対し、書面の意味について質問したことはなく作成意図は明らかにされていない。作成人本人に聞かない限り、その作成意図は明らかにならないはずである。

にもかかわらず、どうして、「脱税工作の一任」といった評価ができるのであろうか。その事実認定の理由は、まったく存在せず、明らかにされていない。

(二) 被告人の供述部分(第五回公判調書の被告人供述調書)

裁判官

支払約定書が渡されたときに、同時に念書というものがあなたに差し入れられているんですけれども、これがどういういきさつで差し入れられたのかは、あなたは御存じですか。

ええ、払えないときは責任持って後でも払ってもらうということだと思います。

・・・・・・・・・・・・

この念書というのは、具体的には誰が要求したんですか

・・・・・・・・・・・・

それは、あなたが要求したものですか、それとも高橋さんが要求したものですか。

これは、私どもで、万が一、三億五〇〇〇万円を取れないときにはどうなるんだということを高橋のほうに、東建のほうに言いましたら、東建がこれを、じゃあ念書でそういうことも取りましょうということで取ったものです。文章は、うちのほうでこういうことを書いてくれとか、そういうことは一切言いません。

こうして、当該『念書』を要求した本人である被告人から、右『念書』の意図は、岩崎らが裏金を支払わないときがあったとしても、事後にこれをきちんと岩崎らから回収できるように、確約を取るということであった事がはっきり述べられているのである。

被告人としては、裏金をもらうという約束が守られないときでも、後になっても、書面さえ取っておけば回収できると思ったのであろう。

以上の事実は、更に以下の供述で裏付けられる。

(三) 証人小元廣吾の証言部分(第四回公判調書の証人調査部分)

裁判官

前同の資料、<2>の支払約定書及び資料<3>の念書を示す。

・・・・・・・・・・・・

それを一枚めくっていただくと資料<3>として念書というのがありますね。

はい

これがどういう経緯で取り交わされたのか、ご存じですか。

要するに裏の金額が、当然このような事件になった場合、責任もってアイワ興産なり菱輪建興で支払う、というような事だと思います。

以上の証言、供述からも明かなように、『念書』は、裏金が支払われなかったときの事を考えて、その請求権の保証という意味で、取り交わされたものなのである。

右の文書の作成意図は、『念書』の文言にはっきりと表示されている。すなわち

「 将来、貴殿にご迷惑または損害等が在りたる場合は当方の責任と費用にて解決し、貴殿に対し損害等を及ぼすことは致しません事を確約し本念書を貴社に差し入れます。」

と表示されており、文面からも、将来のトラブルに関するものである事ははっきりと記載されているとおりである。

四、以上検討したように、右『念書』は、判決の言うような、裏金に関する一任などではなく、将来のトラブルに対しても、責任を負う事と被告人に損をさせないという保証とでありしたがって、裏金工作に一任、裏金費用に関する包括的委任などではない事明らかである。

原判決の『念書』の認定は、明らかな誤りであり、重要な事実誤認の違法を侵している。

五、<4>念書の受領は裏金工作の一任か。

もはや論ずるまでもなく、被告人は、『念書』の受領時に裏金工作の一任などまったく念頭になく、ただ、裏金の支払いがなされないときにも、本件土地所有権は、契約と同時に所有権移転してしまい、買主が正規代金を支払った後には、もはや裏金を要求する事が正式にはできなくなるので、その心配から、確実に、裏金が支払われるように確実な約束を採るという事以外何もなかったのである。すなわち、事後における保証、契約時から見れば、将来、裏金が支払われるべきときに、支払われない事がないように、確約を取るという事だけであったのである。この事実は、これまでの検討で明らかである。

念書の受領が、「脱税工作の一任」などという事実認定は、関係証拠からはまったく出てこないのであって、証拠の認定には、まったく理由がなく、明らかな違法が存在する。

第三、量刑不当

一、事実誤認が正されたときには、犯罪の範囲が縮小し、違法性、責任共に減少するのであり主刑、罰金刑共に、減じられなければならない。

二、原判決は、懲役一年六か月及び罰金四五〇〇万円を言い渡した。右判決は、三年間執行を猶予されるが、右罰金に対しては、三〇万円を一日と換算するとされている。

しかし、被告人の以下の情状を勘案したとき、いまだ過酷な刑であり、減少されるべきである。

1、被告人は本件犯行が発覚した後、当局の指導に従い、ただちに脱税によって逃れた税金を申告した上で、所定の支払うべき一切の税金を全て完納した。これは、被告人が、当局の指導を一貫して素直に受け入れ、その指導のとおりに、ただちに納税したものであり、被告人は不当な利益を留保せず、正規の税金、罰金の性格の重加算税をも支払済である。

2、被告人は、高齢、病弱であり、再犯の危険性はまったくない。

3、被告人は、現在もなお、不治の病に犯されており、これからもなお長い闘病生活が続くのである。今後も、毎日病院通いを続けなければならず、体力も衰えるばかりである。

こうした事から、余りに過酷な罰金刑は、被告人には納付不可能であり、労役場留置が待っており、被告人の体力では、とうてい耐えられるものではない。被告人にとって、この労役場留置は、まさに死を意味するものである。

被告人に採って支払い可能な適正な罰金こそ望まれるものである。

三、罰金に対する換刑処分につき、三〇万円を一日と換算するとするが、今日多く罰金の関係は、一〇〇万円以上を一日と換算する事案も多く、本件事案において三〇万を一日としたのは、余りに過酷であり、量刑不当である。

以上の諸点を十分ご配慮をいただき、寛大なる判決を下されるように、心からお願いする次第であります。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例