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東京高等裁判所 平成4年(行コ)55号 判決 1993年4月27日

控訴人

林桂珍

右訴訟代理人弁護士

柳川昭二

吉野正

矢野正剛

稲村鈴代

熊谷悟郎

被控訴人

法務大臣

後藤田正晴

右指定代理人

開山憲一

外八名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  本件を東京地方裁判所に差し戻す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文第一、二項と同旨

第二  当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実摘示(二枚目裏五行目から一二枚目表六行目まで)と同一であるから、これを引用する。

一  原判決六枚目表二行目から同五行目までを次のとおり改める。

「条約は、難民の認定については規定を設けておらず、また、難民の入国又は滞在を認めるべきことも義務づけていない。従って、締約国の国内にいる者のみを難民として認定できる法制度をとるか、あるいは国外にいる者をも難民と認定できる法制度をとるかは、締約国の立法政策に委ねられている。わが国は、国内にいる外国人のみを難民として認定できる法制度を採用したものである。条約が締約国に対し条約に定める保護措置を与えるべきことを義務づけているのは、各締約国の国内にいる難民についてであり、締約国の国外にいる難民に対してではないのであるから、法が国外にいるものを難民として認定しないこととしているからといって、条約に違反するものではない。」

二  原判決九枚目表七行目冒頭から同末行の「根拠とすることはできない。」までを次のとおり改める。

「しかし、法六一条の二の規定は、難民認定申請の受理要件を定める点に主眼があり、右規定から直ちに難民認定の申請後に当該申請者が本邦に引き続いていることまで要求されているものではないと解するのが、条約の精神にそう解釈であるというべきである。

また、法六一条の二の七は、本邦に在留する外国人で難民の認定を受けているものが、退去強制令書の発付を受けたときには、当該外国人は速やかに法務大臣にその所持する難民認定証明書及び難民旅行証明書を返納しなければならないと規定しているが、難民認定を受けた外国人は、退去強制令書の発付を受けたとしても、直ちに本邦に在留しないことになるわけではない。このことは、(1)法五二条五、六項の規定、(2)法五四条の規定、(3)法務大臣が退去強制令書の発付を受けた外国人からの再審査の嘆願を審査するいわゆる再嘆願制度が慣習法として認められていること、(4)法五三条三項によると、難民と認定された外国人をその本国に送還できるはずがなく、また、難民と認定された者は本国の旅券を有していない場合が殆どであり、簡単に送還できないこと、(5)条約三二条が合法的にその領域内にいる難民の追放を制限していること等に照らしても明らかである。したがって、難民認定を受けた外国人が退去強制令書の発付を受けたとしても、直ちに、当該外国人が本邦に在留しないこととなるものではなく、難民認定の効力が消滅することとなるものではないから、右六一条の二の七は、わが国において外国人を難民と認定するにはその外国人が本邦にあることを要件とすべきであるとする根拠となるものではない。」

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1及び2の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二本件訴えの適法性について

1  本件不認定処分を取り消す判決が確定した場合には、被控訴人は、改めて本件申請についての処分をしなければならないことになるから(行政事件訴訟法三三条二項)、控訴人は、法律上、本件申請を認容され、難民であるとの認定を受けることができる可能性を得ることとなる。控訴人のこのような法律上の可能性を得るという利益が、本件不認定処分の取消を求める訴えの利益であると解される。したがって、控訴人において難民認定を受けうる余地が全くなくなったことが明らかであるときには、本件訴えは、その利益を欠くものとして、不適法なものとなるというべきである。

2  ところで、条約は、難民の認定についての規定も、難民の入国もしくは滞在を認めるべきことを義務づける規定も設けておらず、締約国の国内にいる外国人のみを難民として認定する法制度をとるか、あるいは締約国の国外にいる外国人をも難民と認定できる法制度をとるかは、締約国の立法政策に委ねているものと解されるところ、わが国において、難民の認定等について規定している法第七章の二には、本邦にない外国人を難民として認定することができる旨を定めた規定は存在しない。

わが国において、難民と認定された外国人は、永住許可を受けるにつき他の外国人より有利に扱われ(法六一条の二の五)、原則として難民旅行証明書の交付を受けることができ(法六一条の二の六)、また、退去強制手続において他の外国人より有利に扱われる(法六一条の二の八)ほか、条約に基づきわが国からさまざまな庇護を受けることができることになるところ(条約三条ないし三四条)(以下、法及び条約が難民認定を受けた外国人に与える右のような立場を「難民庇護」という。)、難民庇護はわが国の領土主権に基づくものであるから、外国人がわが国から難民庇護を受けるためには、本邦にあることを要することはいうまでもないところであり、難民認定手続は、当該外国人が難民に該当するかどうかを審理判断するものであるが、難民に該当すると認定することは難民庇護を受けうる資格のある者に該当すると認定することにほかならないのであり、難民庇護を受けうる資格のある者に該当するとすることにこそ、法的意味があるのであるから、わが国において難民庇護を受けうる状況にない外国人を難民として認定することは、法的には無意味、不必要なことになることを考えると、法が本邦にいない外国人を難民として認定できる旨を定めた規定を設けなかったことは、本邦にない外国人を難民として認定しない、すなわち難民認定を受けうるものを本邦にある外国人に限定する旨の政策を採用した結果を示すものにほかならないものと解すべきである。そして、このことは、法六一条の二第一項が、難民認定の申請者を本邦にある外国人に限定し、また、法六一条の二の七が、本邦に在留する外国人で難民の認定を受けているものであっても、所定の退去強制手続において退去強制令書の発付を受けたときには、当該外国人は法務大臣にその所持する難民認定書を返納しなければならないとしていることに照しても、明らかであるというべきである。

したがって、難民認定の申請時に本邦にあった外国人が、その後本邦外にいて本邦に戻る法的可能性がなくなったときには、右外国人を難民と認定することができないというべきである。

3(一)  控訴人は、法六一条の二第一項の規定は、難民認定申請の受理要件を定める点に主眼があり、難民認定の申請後に当該申請者が本邦に引き続いていることまで要求するものではないと解するのが、条約の精神にそう解釈である旨主張するが、条約は、締約国の領域内に合法的にいる難民について庇護を与えるべきものとしているのであるから、前記のように解することは、条約又はその精神に反するものとはいえない。控訴人の右主張は採用することができない。

(二)  また、控訴人は、難民認定の申請をした後に再入国の許可を受けて出国した外国人は、本邦にないにもかかわらず難民の認定を受けることができると解されるから、難民の認定を受けるにはその外国人が本邦にあることを要するものと解することはできない旨主張する。

しかしながら、法二六条所定の再入国の許可を受けて出国した外国人は、本邦に再度上陸しようとするに際しその旅券に日本領事官等の査証を要しないものとされ(法六条一項但し書)、上陸の許可を受ける場合に改めて在留資格及び在留期間の決定を受けることを要しないものとされているが(法九条三項但し書)、これらは本邦に在留する外国人が一時出国した後に再び本邦に入国した場合に、上陸及び在留に関する手続を簡略化するとともに、再入国後の在留を出国前の在留の継続したものとみなすこととした規定であり、したがって、本邦在留中に難民認定の申請をした外国人が、再入国許可を受けて出国した場合、再入国許可有効期間中に再入国したときは、在留継続とみなされ、右申請の効力も消滅するものではないが、再入国許可有効期間中に再入国しないときには、先の在留条件存続の効果も消滅し、当該外国人は本邦に在留するものではないことになり、難民の認定を受けられないこととなるものと解すべきであるから、再入国の許可を受けて出国した外国人といえども、出国後再入国して本邦に在留することとならない限り、難民の認定を受けることはできないものというべきである。したがって、控訴人の右主張は失当というべきであり、採用することができない。

4(一)  その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき<書証番号略>によれば、控訴人は、法務省福岡入国管理局主任審査官が平成元年一二月一一日に発付した退去強制令書の執行として、平成三年八月一四日に控訴人の国籍国である中国へ送還されたことが認められる。

右事実によれば、控訴人は、現に本邦にあるものでなく、かつ、本邦に戻る法的可能性がなくなったものと認められるから、難民の認定を受けることができないことになったものというべきである。

したがって、判決によって本件不認定処分を取り消し、再度本件申請に対する処分をさせることとしても、その結果難民の認定がされることは法律上ありえないから、本件訴えは、その利益を欠くに至ったものというべきである。

(二)(1)  控訴人は、控訴人を中国に送還したのは違法であるから、これによって本件訴えの利益がなくなったとすることはできない旨主張する。

法第七章の二の新設についての国会の審議において、難民認定手続中の外国人については、本邦に在留することができるような措置を講じる旨の考えが政府委員から示されており(第九十四回国会参議院法務委員会会議録第十一号一一頁参照)、このような措置を講じることが望ましいともいえるが、右のような考えは規定されるに至らなかったうえ、本邦にない外国人が難民の認定を受けることができないとされた前示のような理由に照らすと、本邦にない外国人が難民の認定を受けることのできないことは、当該外国人が本邦にない理由の如何にかかわらないものというべきであり、したがって、控訴人が本邦にいなくなるに至った経緯や、その適法かどうかといった事柄によって左右されるものではないというべきであるから、控訴人の右主張は採用することができない。

(2) また、控訴人は、本件不認定処分の効果は、控訴人が中国に送還され本邦に在留しなくなった結果、国内法の効力のうち「所に関する法の効力」及び「人に関する法の効力」についての属地主義から、当然に消滅するから、行政事件訴訟法九条括弧書の適用により、本件訴えの利益があるものと解すべきである旨主張する。

しかしながら、右括弧書は、処分等の効果が期間の経過その他の理由によりなくなった後においてもなお処分等の取消によって回復すべき法律上の利益を有する者は、処分等の取消の訴えを提起することができる旨を規定したものであるところ、本件不認定処分は、控訴人が本邦にない事実によって、その効果が消滅するものではなく、控訴人にその効力が及ばない状態となるものにすぎないから、本件訴えの利益について、右括弧書の適用される余地はなく、控訴人の右主張も理由がないものというべきである。のみならず、右主張は、本邦にない外国人も難民の認定を受けることができるとの見解を前提とするものと解されるところ、そのような見解の採用できないことは前記2に説示したとおりであるから、右主張はこの点においても理由がないものというべきである。

三以上のとおり、本件訴えは、その利益を欠く不適法なものであるから、却下を免れないものというべきである。したがって、これと同旨の原判決は相当であるから本件控訴は理由がなく、これを棄却すべきものである。

よって、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柴田保幸 裁判官白石悦穂 裁判官犬飼眞二は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官柴田保幸)

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