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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)105号 判決 1993年9月28日

山梨県南都留郡忍野村忍草字古馬場3580番地

原告

ファナック株式会社

代表者代表取締役

稲葉清右衛門

訴訟代理人弁理士

竹本松司

杉山秀雄

湯田浩一

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

指定代理人

山田幸之

杉野裕幸

堀泰雄

中村友之

田辺秀三

主文

特許庁が平成1年審判第13483号事件について平成4年3月19日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年6月6日、名称を「ノズルタッチ機構」とする発明につき特許出願したところ、平成1年5月12日に拒絶査定を受けたので、同年8月17日に審判を請求した。特許庁は、この請求を平成1年審判第13483号事件として審理した結果、平成4年3月19日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をした。

2  特許請求の範囲第1項記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨

射出成形機におけるノズルタッチ機構において、ブレーキ付モータと、該ブレーキ付モータの回転力をスプリングを介してノズルに伝動する伝動機構とを設け、前記スプリングが伸縮可能な状態で、該スプリングに蓄積されたエネルギーによってノズルを金型に所定圧力で押圧するようにしたノズルタッチ機構。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、本出願前頒布された刊行物である実公昭52-52944号公報(以下「引用例1」という。)には、シフトシリンダの作動によって射出ノズルを金型注入口に押し付ける射出成形機において、シフトシリンダのピストン棒の先端を射出装置に設けられた接続部材に摺動自在に貫通させ、また、ピストン棒の先端部近く設けられた受板と接続部材との間に緩衝部材を介在させた射出装置の緩衝押し付け装置が記載され(別紙図面2参照)、その第1頁右欄27、28行には、緩衝部材は「ばね又は弾性部品」であることが、第2頁右欄6行ないし8行には、「シフトシリンダ内部に流入する液圧が、他装置の作動などによる油圧力の低下による接触面のゆるみを補うことができる」ことが記載されている。

また、同じく特開昭59-2827号公報(以下「引用例2」という。)には、電動機及び所要のクラッチ機構と回転手段とを備え、電動機による回転力を上記クラッチ機構及び回転手段を介してねじ軸に伝達し、そのねじ軸の推力をもって型締めやノズルタッチ等を行う電動式射出成形機において、上記型締めやノズルタッチ等における力の保持を電磁力によりねじ軸を固定して行い、しかるのち回転力の伝達を断つことを特徴とする電動式射出成形機における力の保持方法が記載されている(別紙図面3参照)。

(3)  本願発明と引用例2に記載された発明とを対比すると、引用例2における「電磁力によりねじ軸を固定して」とは、その明細書の記載からみて、「電磁力によるブレーキによってねじ軸を固定して」というものであるから、両者は射出成形機におけるノズルタッチ機構において、ブレーキ付モータを用い、該ブレーキ付モータの回転力をノズルに伝動する伝動機構を設け、ノズルを金型に所定圧力で押圧するようにした点では一致しており、本願発明が、<1>ブレーキ付モータの回転力をノズルに伝動する伝動機構においてスプリングを介在させた点(以下「相違点<1>」という。)、及び<2>スプリングが伸縮可能な状態で、該スプリングに蓄積されたエネルギーによってノズルを金型に所定圧力で押圧するようにした点(以下「相違点<2>」という。)を構成としているのに対して、引用例2にはこれらの点については記載されていない点で相違しているものと認められる。

(4)  上記相違点について検討すると、相違点<1>については、引用例1に記載されているように、射出成形装置において、ばねを介してノズルを金型に押圧することは知られていたのであるから、引用例2記載の電動式射出成形機においても、ばねを介してノズルを金型に押圧するための伝動機構を設けることは、当業者であれば容易に想到し得ることであると認められる。また、相違点<2>については、引用例1に直接開示されてはいないが、ばねの弾性力が「油圧力の低下による接触面のゆるみを補う」ためには、実質的にばねを介して押圧する必要があることは技術的に当然予測されることであるから(仮にピストンのストロークエンドの時におけるすきまがゼロとなった後で、更にスプリング力以上の力が押し込むものであると解するとすると、油圧力が低下しても、油圧力による力がばねの押圧力以下になるまでは接触面のゆるみを補うことはできないことになる。)、この点は、引用例1に示唆された技術であり、ばねを介してノズルを金型に押圧するための伝動機構を設けるにつき、当業者が容易になし得ることであると認められる。そして、本願発明はこれらの構成を採ることにより、特に予測し難い効果を奏し得たものとも認められない。

請求人(原告)は、引用例1記載の発明は金型とノズル部の接触時の衝撃を緩衝することを目的とするものであり、金型とノズル部の圧接面に振動が生じた場合の金型とノズル部の圧接力の低下をスプリングによって防止するという技術的思想は引用例1には何ら記載されていないと主張するが、引用例1記載の発明の主たる目的はそのとおりであるとしても、前記認定のとおり、「シフトシリンダ内部に流入する液圧が、他装置の作動などによる油圧力の低下による接触面のゆるみを補うことができる」という記載は、金型とノズル部の圧接力の低下の原因が振動によるものか、その他の原因によるものかの違いはあっても、金型とノズル部の圧接力の低下をスプリングによって防止するという技術的思想は示されているものと認められる。

(5)  したがって、本願発明は引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)、(3)は認めるが、同(4)、(5)は争う。

審決は、本願発明と引用例2記載の発明との相違点に対する判断を誤り、かつ、本願発明の顕著な作用効果を看過して、本願発明の進歩性についての判断を誤ったものであるから違法である。

(1)  相違点<2>に対する判断の誤り(取消事由1)

審決は、引用例1に記載された技術内容を誤認し、相違点<2>に対する判断を誤ったものである。

<1> 審決は、引用例1の「シフトシリンダ内部に流入する液圧が、他装置の作動などによる油圧力の低下による接触面のゆるみを補うことができる」との記載には、金型とノズル部の圧接力の低下をスプリングによって防止するという技術的思想が示されているものと認められるとしているが、誤りである。

まず、他装置の作動等による油圧力の低下によって低下するものは液圧であって、液圧が低下すれば金型とノズルの接触面にゆるみが生じるのであるから、引用例1の上記記載は、その意味内容が明確ではなく、接触面のゆるみを補うものが何であるのか、この記載だけでは不明である。したがって、この記載を根拠として、金型とノズル部の圧接力の低下をスプリングによって防止するという技術的思想が示されているということはできない。

上記「油圧力の低下による接触面のゆるみを補うことができる」は、他装置の作動等による油圧力の瞬間的な低下に伴って慣性により射出機構が後退して、金型とノズルの圧接点に過度のゆるみが生じることを、緩衝部材を用いることによって防止することができるということを述べたものと推定できるにすぎない。

ところで、引用例1に記載された射出成形機において、射出ノズル8が金型注入口10に押し付けられた状態では、液圧によって緩衝部材4がたわまされ、その時緩衝部材4に発生する液圧に対応する反力で射出ノズル8が金型注入口10に押圧されているか、もしくは、緩衝部材4がたわみ、受板5と接続部材6’間のすきまδが「0」となり、液圧で直接射出ノズル8が金型注入口10に押圧されているかの2つの状態がある。しかし、この2つの状態とも、金型とノズルの圧接力はシフトシリンダに作用する液圧に等しい。なぜならば、すきまδが「0」の場合には、液圧が直接射出装置6に作用するから金型とノズルの圧接力は液圧に等しいものとなる。また、すきまδが「0」でない場合には、緩衝部材4が液圧でたわみ反力を発生し、この反力は液圧と等しくバランスしている。そして、この反力が射出装置6を押圧することになるから、金型とノズルの圧接力は上記反力と等しく反力は液圧と等しいから、圧接力は液圧と等しい。

このように、引用例1に記載された発明において、射出ノズル8が金型注入口10に押し付けられた状態では、受板5と接続部材6’間のすきまδが「0」であるときも、また「0」でないときも、金型とノズルの圧接力はシフトシリンダ内部に流入する液圧に等しく、したがって、他装置の作動等によって液圧が低下すれば上記圧接力も低下することになるのであって、緩衝部材によってこの圧接力の低下が補われるものではない。

なお、被告が主張するように、油圧力が瞬間的に低下する現象を動的現象として捉えても、油圧力の低下は緩衝部材のたわみ量の変化をもたらし、ひいては緩衝部材が発生する反力の低下をもたらすのであって、この反力の低下が金型とノズルの接触面の圧接力の低下となるのであり、緩衝部材がゆるみを防止するということは圧接力の低下を防止するということを意味しないのである。

したがって、引用例1には、金型とノズル部の圧接力の低下をスプリングによって防止するという技術的思想が示されているとはいえない。

<2> 上述したように、引用例1記載の発明において、油圧力(液圧)の低下による金型とノズルの接触面の圧接力の低下は、緩衝部材によっては補うことができないものである。

ところで、本願発明は、衝撃等を原因とする駆動源の移動を防止し、ノズルタッチ力を保持することを目的としてスプリングを設け、かつ該スプリングが伸縮自在の状態でノズルタッチ力を与え、衝撃等による振動が発生したときには、この振動をスプリングで吸収し、ブレーキが滑らないようにしたものである。これに対し、引用例1に記載された緩衝部材は、ノズルを金型に接触させるときの衝撃の緩和を目的とするものであり、ノズルを金型に設定圧接力で圧接させている状態で、衝撃等が生じてもこの衝撃を駆動源に伝達させないという技術思想は引用例1には何ら記載されていない。引用例1記載の発明は、駆動源が油圧またはガス圧で駆動されるシフトシリンダであるため、衝撃がシフトシリンダに伝達されても、シフトシリンダに作用する油もしくはガスに作用し、ピストン自体は移動しても、衝撃がなくなると再びピストンは元の位置に復帰し、設定圧接力が保持されるものであるから、本願発明におけるスプリングのような、衝撃を駆動源に伝達しないようにするための手段は何ら必要とされないのである。

また、引用例1には「急激な面接触による衝撃を緩衝し、ピストン2のストロークエンドのときにおけるδのすきまも、ゼロとなり強力な押し込み状態となる」(第3欄15行ないし第4欄1行)と記載されているように、引用例1記載の発明においては、金型とノズルの所定圧接力で保持した状態、すなわち射出を開始させる設定ノズルタッチ力を保持した状態では、受板5と接続部材6’間のすきまδを「0」にして設定ノズルタッチ力を保持するものである。引用例1に記載された発明においては、シフトシリンダにかかる液圧(油圧力)が変化すると、すきまδが「0」か否かに関係なく、金型とノズルの圧接力は変化するものであり、また、金型とノズルの圧接面に振動等が生じても、この振動はシフトシリンダによって吸収され、振動が治まればまた初めの金型とノズルの圧接力を発生させるものであるから、すきまδを「0」でない状態で所定圧接力を保持させる必要性はないのである。特に、引用例1に記載されているものは、ノズルを金型に接触させるときの衝撃を緩和させることを目的とするもので、そのためには緩衝部材のばね定数を小さなものにするほど衝撃を緩和させることができるものであるから、大きな圧接力で保持しようとする場合に、すきまδを「0」として大きな液圧を加えなければ大きな圧接力を発生させることができず、すきまδが「0」でない状態で大きな圧接力を保持させることは想定できないし、また、その必要性もないのである。

以上のとおりであるから、ばねの弾性力が「油圧力の低下による接触面のゆるみを補う」ためには、実質的にばねを介して押圧する必要があることは技術的に当然予測されることであるとして、引用例1には、相違点<2>、すなわちスプリングが伸縮自在な状態で、該スプリングに蓄積されたエネルギーによってノズルを金型に所定圧力で押圧するようにした点が示唆されているとした審決の認定判断は誤りである。

なお、引用例1記載の発明は、すきまδが「0」であるか否かに関係なく、ノズル部の金型への圧接力は上述したように液圧(油圧力)と等しいものであり、「油圧力による力がばねの押圧力以下」になってもならなくても、接触面のゆるみ(圧接力)はスプリングによっては補うことができないものである。したがって、引用例1記載の発明について、「仮にピストンのストロークエンドの時におけるすきまがゼロとなった後で、更にスプリング力以上の力が押し込むものであると解するとすると、油圧力が低下しても、油圧力による力がばねの押圧力以下になるまでは接触面のゆるみを補うことはできないことになる」との審決の説示も誤りである。

<3> 以上のとおり、審決は、引用例1記載の技術内容を誤認して、相違点<2>に対する判断を誤ったものである。

(2)  相違点<1>に対する判断の誤り(取消事由2)

引用例1には、所定押圧力を保持する際にばねを介してノズルを金型に押圧することは記載されておらず、また、引用例2に記載された射出成形機は、固定盤11に設けたねじ受部材11aと螺合するねじ軸43bによってノズルタッチさせ、その螺合位置によってノズルタッチ力を保持するものであり、ばねをどのように介在させるのか不明である。

したがって、相違点<1>に対する審決の判断は誤りである。

(3)  作用効果の看過(取消事由3)

本願発明は、ノズルタッチ機構の駆動源をブレーキ付モータとし、ノズルを金型に所定圧力で圧接し、ブレーキを作動させてその位置を保持させるときに、型閉じや射出の衝撃による振動によってブレーキが滑り、ノズルと金型の圧接力が所定圧力に保持されなくなることを防止するために、上記振動をスプリングで吸収し、ブレーキ装置まで振動が伝達されることを防止してブレーキの滑りを防止し、確実に設定した所定圧力でノズルを金型に圧接保持できるようにしたものであって、このような作用効果は引用例1、2記載の発明からは予測できないものである。

したがって、本願発明が特に予測し難い効果を奏し得たものとは認められないとした審決の判断は、本願発明の顕著な作用効果を看過したものであって誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定判断は正当であって、原告主張の違法はない。

2  反論

(1)  取消事由1について

<1> 引用例1の「射出装置あるいは他の装置の動作の切換え、圧力の切換えなどの際に、きわめて短時間ではあるが切換え時に起こる圧力降下によって、シフトシリンダ内の圧力の低下を招き、その結果、射出ノズルと金型注入口との間にゆるみが生じ」(第2欄9行ないし14行)との記載からみて、圧力の低下により金型とノズルの接触面のゆるみが生じるのはきわめて短時間の現象、すなわち、動的な現象をさしているのに対して、力のつり合いから金型とノズルの圧接力は液圧に等しいとした原告の主張は、静的な現象としてとらえた場合の考え方であって、引用例1記載の発明には当てはまらず、失当である。すなわち、動的な現象としてとらえると、油圧力が低下したからといってピストン2は瞬間的に移動するのではなく、初速度零から加速しながら徐々に移動し始めるのである。そして、きわめて短時間で油圧力が回復すれば、ピストン2はわずかに移動しただけで原位置に復帰する。このときピストン2に射出装置6が一体的に連結固定されていると(すなわち、緩衝部材4がなく、ピストン棒3と接続部材6’が固着されていると仮定すると)、ピストン2の移動がそのまま射出ノズル8の移動となるから、射出ノズル8と金型注入口10との接触面にゆるみが生じることになる。しかし、引用例1記載の発明の場合、緩衝部材4を介してピストン2に射出装置6が摺動自在に連結されているから、ピストン2の移動は緩衝部材4のたわみ量の変化として現れるだけである。そして、射出装置6には、たわみ量の変化分に相当する分だけたわみ反力(すなわち、ノズルへの押付け力)が減少しているものの、依然として緩衝部材4のたわみ反力が作用しているから、射出ノズル8と金型注入口10との接触面にゆるみを生じない。これは、油圧力がたとえ零付近に低下するような極端な場合であっても、油圧力の低下がきわめて短時間であれば成り立つから、引用例1の第4欄7行、8行に記載のとおり、油圧力の低下による上記接触面のゆるみを補うことができるのである。このことは、油圧力の低下によりピストン2がわずかに移動している場合でもいえることであって、ピストン2がわずかに移動すれば、緩衝部材に蓄積されたエネルギーは、該緩衝部材の伸縮量とばね定数に従ってわずかに変化して(ノズルに作用する押圧力もわずかに変化するが)、ノズルに作用する押圧力は略一定に保持される。

したがって、引用例1には、金型とノズル部の圧接力の低下をスプリングによって防止するという技術的思想が示されているとした審決の認定判断に誤りはない。

なお、上記のとおり、引用例1記載の発明は、きわめて短時間に起こる油圧力の低下(油圧力の衝撃的な低下)によるピストン2の移動を緩衝部材4のたわみ量の変化として吸収し、金型とノズルとの接触面にゆるみを生じないようにしたものである。これに対し、本願発明においては、金型の開閉や射出の衝撃等によって金型とノズルとを接近もしくは離反させようと作用する過大な力は伝動機構のスプリングの伸縮によって吸収されるから、ブレーキ付モータのブレーキに衝撃的な力が作用してブレーキに滑りが生じることはなく、それによって、駆動源の変位を防止するものである。そうすると、衝撃の原因が、油圧力の衝撃的な低下という駆動源側の原因によるものか、金型の開閉や射出の衝撃という金型及びノズル側の原因によるものか、あるいは、その衝撃によってノズルがゆるむのを防止するのか、ブレーキがゆるむのを防止するのかの違いはあっても、いずれもスプリングの伸縮によって衝撃を緩衝しようという技術課題は共通しているのである。

<2> 上記<1>で述べたように、引用例1記載の発明において、油圧力の低下による金型とノズルの接触面のゆるみを補うことができるのは、緩衝部材4のたわみ反力が射出装置6に作用しているからであり、緩衝部材4のたわみ反力を越えて補うことはできない。したがって、接触面のゆるみを生じさせないために必要なたわみ反力の大きさは、溶融樹脂を射出ノズルから高圧で射出する際の反作用として受ける力より大きなことが要求され、また、この大きさは射出時に要求される射出ノズルの金型注入口への押付け力の大きさとも一致している。してみれば、接触面のゆるみを生じさせないだけのたわみ反力を緩衝部材4によって付与すれば、それ以上の受板5による押圧力は必要ないこと、すなわち、実質的にばねを介して(つまり本願発明の「スプリングが伸縮可能な状態で」に相当する)押圧することは、当業者であれば技術的に当然予測し得る範囲内の事項である。それ故、引用例1には、緩衝部材4としてばね定数の大きな(たわみにくい)ばねを採用してばねが伸縮可能な状態で押圧することが示唆されているというべきである。

したがって、実質的にばねを介して押圧する必要があることは技術的に当然予測されることであるから、相違点<2>は引用例1に示唆された技術であるとした審決の認定判断に誤りはない。

なお、原告は、引用例1記載の発明においては、受板5と接続部材6’間のすきまが「0」でない状態で大きな圧接力を保持させることは想定できないし、その必要性もないものである旨主張している。

しかし、引用例1には、「ピストン棒3の先端部近くに設けられた受板5と接続部材6’との間に緩衝部材4を介在させた射出装置の緩衝押付け装置」(実用新案登録請求の範囲)、「射出時の圧力が高圧であるため、射出ノズルの金型注入口への押付力は強力なこと」(第1欄30行ないし32行)、「ノズル部の接触時の衝撃の緩衝と、ノズル部の強固な接触とを図ることのできる緩衝押付け装置を得ること」(第2欄18行ないし20行)、「シフトシリンダ内部に流入する液圧が、他装置の作動などによる油圧力の低下による接触面のゆるみを補うことができる」(第4欄6行ないし8行)と記載されており、これらの記載と図面によれば、引用例1記載の発明においては、受板5と接続部材6’とが最終的に接触しなければ押圧力の保持ができないというものでは必ずしもないのであって、原告の上記主張は理由がない。

また、引用例1記載の発明では、ノズル部の接触時の衝撃の緩衝が図れるものであるから、緩衝部材4のばね定数は小さなものを使用しなければならない旨の原告の主張も失当である。

<3> 以上のとおりであるから、相違点<2>に対する審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

上記(1)<2>で述べたように、引用例1には、実質的にばねを介して、つまりスプリングが伸縮自在な状態で、ノズルが金型に所定圧力で押圧されていることが示唆されているのであるから、この技術を引用例2記載の電動式射出成形機に適用するに際しても、ばねを介在させるのは、ブレーキ付モータの回転力をノズルに伝動する伝動機構中のいずれかの部分に介在させればこと足りるのであって、当業者にとって格別の困難性はない。

したがって、相違点<1>に対する審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3について

上記(1)<1>で述べたように、引用例1に記載された発明と本願発明とは、いずれもスプリングの伸縮によって衝撃を緩衝しようという技術課題は共通しているから、本願発明におけるスプリングで型閉じや射出の衝撃によるブレーキのすべりを防止するという効果は、当業者にとって特に予測し難い効果であるとはいえない。

したがって、本願発明につき予測し難い効果を奏し得たものとは認められないした審決の判断に誤りはなく、取消事由3は理由がない。

第4  証拠

証拠関係は、書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

成立に争いのない甲第2号証(本願特許願書添付の明細書及び図面)、第3号証(平成元年3月31日付け手続補正書)及び第4号証(同年9月16日付け手続補正書)によれば、次の事実が認められる。

従来公知の電動式射出成形機は、サーボモータで駆動されるねじ軸の推力によって所定の力でノズルを金型に押圧した後、サーボモータの駆動を停止する一方、ブレーキ装置を作動させてねじ軸を回動不能として金型に対するノズルの位置を固定することにより、ノズルに作用する押圧力を保持しようとするものであった。ところが、この従来技術では、金型の開閉や射出の衝撃等によって金型とノズルとの間に過大な力が作用したような場合には、ノズルの位置を固定するねじ軸を回動不能とすべきブレーキ装置に滑りが生じる可能性があり、ブレーキ装置に滑りが生じた場合にはノズルの押圧力を一定に保持することができないという欠点があった。本願発明は、駆動源としてモータを使用し、しかも、金型とノズルとの間に過大な力が作用するのを防止し、また、もしブレーキ装置に多少の滑りを生じた場合であっても略一定の押圧力を保持することができ、かつ、モータの耐久性を実質的に向上させ、エネルギーを浪費することのないノズルタッチ機構を提供することを目的として、前示要旨のとおりの構成を採用したものである。

3  取消事由に対する判断

(1)  引用例1及び2に審決摘示の技術事項が記載されていること、本願発明と引用例2記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(2)  そこでまず、取消事由1について検討する。

<1>  引用例1に記載された技術内容が争点となっているので、まず、引用例1記載の発明の概要についてみておくこととする。

当事者間に争いのない上記(1)の事実及び成立に争いのない甲第5号証(引用例1)によれば、次の事実が認められる。

従来の射出装置においては、シフトシリンダを作動させることにより射出装置の先端に位置する射出ノズルと、型締め装置に締付けられた金型注入口(スプールブッシュ入口)とを接触させ、溶融樹脂の射出を行って成形品の製造が行われているが、射出時の圧力が高圧であるため、射出ノズルの金型注入口への押付力は強力なことが要求されており、また、射出装置とシフトシリンダとが強固に連結固定されているため、ノズル先端が金型と接触する場合に急激な衝撃を伴うという欠点があった。

引用例1記載の発明は、ノズル部の接触時の衝撃の緩衝と、ノズル部の強固な接触を図ることのできる緩衝押付け装置を得ることを目的として、「シフトシリンダ1の作動によって射出ノズル8を金型注入口10に押し付ける射出成形機において、シフトシリンダ1のピストン棒3の先端を射出装置6に設けられた接続部材6’に摺動自在に貫通させ、また、ピストン棒3の先端部近くに設けられた受板5と接続部材6’との間に緩衝部材4を介在させた射出装置の緩衝押付け装置」(別紙図面2参照)という構成を採用したものである。

<2>  ところで、審決の理由の要点によれば、審決は、引用例1に「シフトシリンダ内部に流入する液圧が、他装置の作動などによる油圧力の低下による接触面のゆるみを補うことができる」(第4欄6行ないし8行)と記載されていること(このことは当事者間に争いがない。)を根拠として、引用例1記載の発明は、ばねの弾性力が「油圧力の低下による接触面のゆるみを補う」ものであると解していることは明らかである。そして、「ばねの弾性力が『油圧力の低下による接触面のゆるみを補う』ためには、実質的にばねを介して押圧する必要があることは技術的に当然予測される」との判断を示す根拠として、「仮にピストンのストロークエンドの時におけるすきまがゼロとなった後で、更にスプリング力以上の力が押し込むものであると解するとすると、油圧力が低下しても、油圧力による力がばねの押圧力以下になるまでは接触面のゆるみを補うことができないことになる。」旨説示していることに照らすと、審決は、引用例1記載の発明において、ばねの弾性力によって油圧力の低下による接触面のゆるみを補うものである以上、ピストンがストロークエンドの状態になっても、ばねは伸縮できる状態にあると解しているものと認められる。

<3>  そこでまず、引用例1の上記記載の意味内容について考えてみると、この記載によれば、油圧力の低下による金型とノズルの接触面のゆるみを補うのは、緩衝部材(ばね又は弾性部品)の弾性力ではなく、シフトシリンダ内部に流入する液圧であるということになる。しかし、油圧力が低下すればシフトシリンダ内部の液圧が低下することは明らかであるから、シフトシリンダ内部に流入する液圧が、油圧力の低下による接触面のゆるみを補うことはできないものというべきであって、上記記載は矛盾していて、その意味内容は明確であるとはいい難い。

したがって、上記記載をもって、引用例1には、金型とノズル部の圧接力の低下をスプリングによって防止するという技術的思想が示されているということはできず、これが示されているとする審決の認定判断は誤っているといわざるを得ない。

この点について被告は、引用例1記載の発明は、きわめて短時間に起こる油圧力の低下(油圧力の衝撃的低下)によるピストン2の移動を、緩衝部材4のたわみ量の変化として吸収し、金型とノズルとの接触面にゆるみを生じないようにしたものであるから、引用例1には、金型とノズル部の圧接力の低下をスプリングによって防止するという技術的思想が示されているとした審決の認定判断に誤りはない旨主張する。

確かに、緩衝部材4が設けられておらず、ピストン棒3と接続部材6’が固着されているとすると、他装置の作動等による油圧力の低下によってピストン2が移動した時には、ピストン2の移動がそのまま射出ノズル8の移動となるから、金型とノズルの接触面にゆるみが生じることになるが、引用例1記載の発明の場合は、緩衝部材4を介してピストン棒3が射出装置6を駆動するものであるから、油圧力の低下によるピストン2の移動はまず緩衝部材4のたわみ量の変化として現れ、ピストン2の移動がそのまま射出ノズル8の移動にならないため、金型とノズルの接触面にゆるみが生じにくいということはできる。しかし、引用例1記載の発明においては、後記<4>に述べるように、スプリング(緩衝部材)が伸長だけでなく収縮可能な状態で、スプリングに蓄積されたエネルギーによってノズルを金型に所定圧力で押圧するようにしたものではなく、収縮できる状態にないものであるから、金型とノズル部の圧接力の低下をスプリングの収縮によって実現することができないものである。

<4>  ところで、引用例1には「シフトシリンダ1の内部1’に発生する推力は、ピストン2を介して緩衝部材4に直接力を伝達するが、緩衝部材4が弾性体であるので、伝達される力を吸収することができ、しかも、急激な面接触による衝撃を緩衝し、ピストン2のストロークエンドの時におけるδのすきまも、ゼロとなり強力な押込み状態となる。」(甲第5号証の第3欄12行ないし第4欄1行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、引用例1記載の発明においては、ピストン2のストロークエンドのときに、シフトシリンダ1のピストン棒3の先端部近くに設けられた受板5と、射出装置に設けられた接続部材6’との間隔δをゼロにして強力な押込み状態、すなわちその目的とするノズル部の強固な接触を得ているものであることが認められる。すなわち、引用例1記載の発明において、設定されたノズルタッチ力(押圧力)が保持されるのはピストン2のストロークエンドのときで、このときには射出ノズル8と金型注入口10を強固に接触させるため、受板5と接続部材6’との間隔をゼロにしているのである。そして、この場合、シフトシリンダ1の内部1’の油圧による推力は受板5を介して接続部材6’に伝達しているものと解するのが相当である。

このように、引用例1記載の発明は、ピストン2のストロークエンドのときにおいて、受板5と接続部材6’との間隔をゼロにして、設定されたノズルタッチ力を保持するものであり、金型側から射出装置6を押し戻すような力が作用した場合には、その力は接続部材6’から受板5へと直接伝達されるから、ピストン2のストロークエンド時に、緩衝部材は、シフトシリンダ内の油圧力の低下があった場合において伸長する状態にはあっても、収縮できる状態にはないものと解するのが相当である。すなわち、引用例1記載の緩衝部材は、油圧力の低下により金型とノズル部の圧接力が低下した場合に、その蓄積されたエネルギーによってノズルを金型に所定圧力で押圧するに必要な伸縮可能な状態のものではないのである。

以上のとおりであるから、相違点<2>、すなわちスプリングが伸縮可能な状態で、該スプリングに蓄積されたエネルギーによってノズルを金型に所定圧力で押圧するようにした点は引用例1に示唆された技術であるとした審決の認定判断は誤りであるといわざるを得ない。

この点について被告は、引用例1の「ピストン棒3の先端部近くに設けられた受板5と接続部材6’との間に緩衝部材4を介在させた射出装置の緩衝押付け装置」(実用新案登録請求の範囲)、「射出時の圧力が高圧であるため、射出ノズルの金型注入口への押付力は強力なこと」(第1欄30行ないし32行)、「ノズル部の接触時の衝撃の緩衝と、ノズル部の強固な接触とを図ることのできる緩衝押付け装置を得ること」(第2欄18行ないし20行)、「シフトシリンダ内部に流入する液圧が、他装置の作動などによる油圧力の低下による接触面のゆるみを補うことができる」(第4欄6行ないし8行)との記載及び図面を引用して、引用例1記載の発明においては、受板5と接続部材6’とが最終的に接触しなければ押圧力を保持できないものでは必ずしもない旨主張する。

しかしながら、これらの記載及び図面から被告の上記主張を肯認することはできないし、上記のとおり、引用例1記載の発明は、ピストン2のストロークエンドのときにおいて、受板5と接続部材6’との間隔をゼロにして設定ノズルタッチ力(押圧力)を保持するものであるから、被告の上記主張は採用できない。

また、被告は、引用例1記載の発明において、油圧力の低下による金型とノズルの接触面のゆるみは緩衝部材4のたわみ反力を越えて補うことができないのであるから、接触面のゆるみを生じさせないだけのたわみ反力を緩衝部材4によって付与すれば、それ以上の受板5による押圧力は必要ないこと、すなわち、実質的にばねを介して(つまり本願発明の「スプリングが伸縮可能な状態で」に相当する)押圧することは、当業者であれば技術的に当然予測し得る範囲内の事項であって、引用例1には、緩衝部材4としてばね定数の大きな(たわみにくい)ばねを採用してばねが伸縮可能な状態で押圧することが示唆されている旨主張する。

しかし、引用例1記載の発明は、油圧力が低下した場合に、緩衝部材4のたわみ反力が金型とノズルの接触面のゆるみを生じにくくさせることは教示しているといえるが、ノズルを金型に所定圧力で押圧することができるか否かは、単にたわみ反力あるいはばね定数の大きさによるものではないし、引用例1には、スプリング(緩衝部材)が伸縮可能な状態で、スプリングに蓄積されたエネルギーによってノズルを金型に所定圧力で押圧することは示唆されていないのであるから、被告の上記主張は理由がない。

<5>  以上のとおり、引用例1には相違点<2>の構成が示唆されていると認めることはできないから、相違点<2>に対する審決の判断は誤りであり、取消事由1は理由がある。

(3)  次に、取消事由3について検討する。

本願明細書(甲第2号証ないし第4号証)によれば、本願発明においては、金型の開閉や射出の衝撃等によって金型とノズルとを接近もしくは離反させようと作用する過大な力が伝動機構のスプリングの伸縮によって吸収されるから、ブレーキ付モータのプレーキに衝撃的な力が作用してブレーキに滑りが生じることはなく、スプリングに蓄積されたエネルギーが常に一定に保たれるので、ノズルと金型との間に作用する押圧力は常に実質上一定に保持され、何らかの理由でブレーキ付モータのブレーキに多少の滑りが生じた場合であっても、スプリングに蓄積されたエネルギーがスプリングの伸縮によって僅かに変化するのみで、ノズルに作用する押圧力は実質上一定に保持されるものであることが認められる。そして、このような作用効果は引用例1、2記載の発明からは予測できないものというべきである。

したがって、本願発明が特に予測し難い効果を奏し得たものとは認められないとした審決の判断は、本願発明の顕著な作用効果を看過したものというべく、取消事由3は理由がある。

(4)  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

4  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

別紙図面3

<省略>

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