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東京高等裁判所 平成4年(ラ)148号 決定 1992年5月11日

抗告人 本間静華こと本間靜華

主文

本件抗告を棄却する。

理由

1  抗告人は「原審判を取り消す。本件を東京家庭裁判所に差し戻す。」との裁判を求めた。抗告理由の要旨は、抗告人は出生以来27年間にわたり戸籍上も日常生活上も「静華」の名を使用してきたところ、いったん受理された以上は名として有効であると考えられるのであり、また、名は個人を表すもので、名の使用は基本的人権の一つであるから、「静」が正字でないとしても抗告人の承諾なくして一方的にこれを変更することは許されないので、東京都○○区長がした抗告人の戸籍上の名を「静華」から「靜華」への訂正につきこれを元に戻すよう求める旨の本件申立てを却下した原審判は不当であるというにある。

2  当裁判所も、抗告人の本件申立ては理由がないと判断する。その理由は、原審判3枚目裏5行目の冒頭から同4枚目裏5行目の末尾までを次のとおり改めるほかは、原審判「理由 3 当裁判所の判断」記載のとおりであるから、これをここに引用する。

「ところで、抗告人にかかる出生届書に抗告人の名がどのように記載されていたかを明らかにする資料はないが、本件全証拠によれば、抗告人の名を「静華」と記載した出生届書が提出されたこと、このような記載をした届出書は、上記法令によれば受理すべきではなく、これを「靜華」又は「静華」と訂正した後に受理すべきであったのに誤って受理され、そのまま抗告人の父母の戸籍に転記されたものであることを、それぞれ推認することができる。そして、その後に上記の戸籍実務が改められたことはない。

本件記録によれば、抗告人が27年間にわたり、小中学校教員免許を取得し、教員として採用されるに際して、また納税や私法上の契約締結等に際して「静華」と自称し、また抗告人の名がそのように表記されるものとして社会的に通用してきたことが認められるけれども、上記のとおり公簿である戸籍上の名は正字を用いて表記すべきものである以上、長年の使用によっても誤字又は俗字が正字となるということはできない。

確かに、抗告人主張のとおり、個人の名は、氏とともにかけがえのない各個人の人格を表象し、個人として尊重される基礎となるものであり、名の使用に関する個人の利益は人格権の一部として法律上保護されるべきものであるから、その意味では自己の名を正確に表記してもらうことも、名の使用に関する個人の利益の一部をなすということができる。しかしまた、個人の名は、氏とともに、社会生活においてその個人を他人から識別し特定する機能を営むものであるから、名の使用についての個人の利益が一定の限度で社会公共の利益の保護に伴う制約を受けることもありうるとしなければならない。上記の法令が人名として使用することのできる漢字の範囲を定めているのは、現行戸籍法施行前においては子の名付けに用いられた漢字に難解なものが多く、社会生活上の不便が大であったためとされているが、公簿である戸籍の名を正字により記載すべきものとすることも、同一の要請に出るものと解することができる。従来の戸籍においては、名を構成する漢字を誤字・俗字によって記載した例が多数あり、難解な漢字の使用と同様、社会生活上の不便が大であった。そこで、実務上本人の申出があれば誤字・俗字を正字に訂正する取扱いがされていたが、なお十分ではなく、そのため、現代社会における情報処理方法の高度化、複雑化の要請に対処し、社会公共の利便を図るべく、平成2年10月20日付けで「氏又は名の記載に用いる文字の取扱いに関する通達等の整理について」と題する法務省民事局長通達が発せられ、婚姻・養子縁組等による新戸籍の編製、他の戸籍への入籍等により従前の戸籍に記載されている氏又は名を移記するに際して、もとの戸籍に記載されている誤字又は俗字は、特に定める文字を除き、これに対応する字種及び字体による正字で記載すべきものとされ(民二第5200号通達)、平成3年1月1日施行されたのであるが、「静」の文字については特別の定めがない。そこで、東京都○○区長は、この通達に従い、抗告人の婚姻届出に伴い新戸籍を編製するに際して抗告人の名の記載を「静華」から「靜華」に訂正したのであって、右訂正には合理的理由があるから、何ら違法でないというべきである。

そうすると、東京都○○区長の上記訂正を不服とし、抗告人の戸籍の名の記載をもとの「静華」に復するよう求める本件申立ては理由がなく、他に戸籍法113条所定の事由があることは認められない。」

3  よって、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 伊東すみ子 裁判官 宗方武 水谷正俊)

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