大判例

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東京高等裁判所 平成4年(ネ)4611号 判決 1994年6月17日

控訴人

大野隆雄

右訴訟代理人弁護士

田崎信幸

小薗江博之

松井繁明

菊池紘

被控訴人

西武バス株式会社

右代表者代表取締役

戸田博之

右訴訟代理人弁護士

辻本年男

遠藤和夫

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人が被控訴人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

三  被控訴人は控訴人に対し、金一六万九二二〇円及び平成元年九月二五日から毎月二五日限り金四九万〇四九三円を支払え。

四  控訴人のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

六  この判決第三項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

原判決を取り消す。

控訴人が被控訴人に対し雇用契約上の権利を有することを確認する。

被控訴人は控訴人に対し、平成元年八月二五日から毎月二五日限り金四九万〇四九三円を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

事案の概要は、次のとおり改めるほかは、原判決「事実及び理由」欄第二「事案の概要」に摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決三頁一〇行目の「受賞していた。」を「受賞しており、平成元年七月当時の賃金は月給制(前月一六日から当月一五日までの分を毎月二五日払い)であり、控訴人はその当時月額四九万〇四九三円の賃金を得ていた。」と改める。

二  同七頁四行目の「甲一、二号証により」を「甲三号証により」と改める。

三  同八頁五行目の「同年七月二八日」を「同年八月一日付けで」と改める。

第三  証拠<省略>

第四  解雇の有効性についての当裁判所の判断

当裁判所は、被控訴人が控訴人に対してした解雇(以下「本件解雇」という。)は、その原因とされた控訴人の行為と比較して著しく均衡を失し、解雇権の濫用であって無効であると判断する。その理由は以下のとおりである。

一  本件解雇の性質とその要件

1  被控訴人は、本件雇用関係終了の抗弁として、就業規則五三条一、二、四、五、八、一二、一三号該当の事由に基づく普通解雇を主張しており、前記引用にかかる原判決五頁、「二解雇に至るまでの経緯」5に記載のとおり、被控訴人が控訴人に対し、右事由を解雇事由として記載した解雇通知書(甲一号証)を示し、かつ、解雇予告手当及び退職金の支払を提供して解雇を告知した事実が認められるところである(乙一七号証)。

これに対し、控訴人は、本件解雇は懲戒解雇そのものであり、仮に普通解雇であるとしても、就業規則五六条一項四号の規定に基づく解雇であるところ、この解雇は、有効な懲戒解雇処分の存在を前提としてのみ許されるものであると主張するので、まずこの主張の当否について判断する。

2  被控訴人と控訴人が加入している西武バス労働組合との間で締結された労働協約中の解雇に関する規定は、次のとおりである(甲四号証、乙二二号証)。

第七〇条 会社は組合員が次の各号の一に該当するときは解雇する。

(1) 懲戒の基準により懲戒解雇処分の決定したとき。

(2) 精神又は身体の障害により業務に堪えないとき。

(3) 休職期間が満了したとき。但し第一三条二項三号を除く。

(4) 試雇傭期間が満了し成績、技術が特に不良と認められたとき。

前各号に該当したときは三〇日前に予告するか又は平均賃金の三〇日分の解雇手当を支給する。

(2)、(3)に該当したときは規定による退職手当金を支給する。

また、被控訴人の就業規則には、解雇の規定として、次の定めがある(甲三号証、乙二一号証)。

第五六条 従業員が次の各号の一に該当するときは退職ならびに解雇の措置をとる。

1 死亡のとき。

2 本人の退職希望を承認したとき。

3  定年に達したとき、但し必要ある者を除く。

4  懲戒の基準により懲戒解雇処分の決定したとき。

5  精神又は身体の障害により業務に堪えないとき。

6  休職期間が満了したとき、但し組合専従休職を除く。

7  試雇傭期間が満了し成績、技術が特に不良と認められたとき。

4、5、7に該当したときは三〇日前に予告するか又は平均賃金の三〇日分の解雇手当を支給する。

なお、懲戒の規定としては、労働協約及び就業規則にほぼ同文の規定があり、後者の規定は次のとおりである(甲三号証、乙二一号証)。

第五三条 従業員が次の各号の一に該当したときは懲戒処分する。但しその懲戒処分が不服な時は苦情処理機関を通じ会社に提訴することができる。

1 この規則又は遵守すべき事項に違背したとき。

2 故意又は過失によって業務上不利益を生ぜしめたとき。

3 正当な理由なく上長に反抗したり又はその命令を守らなかったとき。

4 業務の遂行を阻止する行為をし又は業務上の秘密を洩らし、或は洩らそうとしたことが明らかなとき。

5 素行不良で同僚に悪影響を及ぼすおそれがあると認められたとき。

6 自己の不注意から火災その他の事故を起したり他の者に傷害を与えたとき。

7 社品又は他人の私有物を盗んだりその他犯罪行為をしたとき。

8 地位を利用して不都合な行為をしたとき。

9 一四日以上無断欠勤したとき。

10 重要な経歴又は住所氏名を偽り或は詐術を以て雇傭されたとき。

11 会社の承認を得ず在籍の儘就職運動をしたり又は他に雇用されたとき。

12 風紀秩序を乱したとき。

13 前各号の外不都合な行為をしたとき。

第五四条 懲戒はその程度に依り譴責、減給、格下、出勤停止、昇格停止、解雇に分ける。但し情状酌量の余地あるとき又は改悛の情が著しく認められた時は懲戒を減免することがある。

(1ないし5 略)

6 懲戒解雇は三〇日前に予告するか又は予告しないで所轄監督署長の認定を経て即日解雇する。会社は必要と認めたときは前項の懲戒処分の決定がなされるまでの間従業員を就業させないことがある。

7 前各号の懲戒処分を受けた者が六ケ月以内に更に悪質な懲戒に該当する行為をしたときは重く懲戒することができる。

3 以上の規定から明らかなように、懲戒解雇については具体的な定めがされているものの、普通解雇については明確な規定があるとはいえず、控訴人主張のように普通解雇を限定する根拠は見い出すことができない。労働協約七〇条は、一項一号に「懲戒の基準により懲戒解雇処分の決定したとき」の解雇を掲げるが、この解雇には退職手当金支給の規定(同条三項)は適用されないから、ここでいう解雇は懲戒解雇のみをいうと解する余地があり、仮に普通解雇を含む趣旨としても、懲戒解雇処分があったときには、「退職手当金を支給しない」普通解雇をすることができることを規定するに留まり、この条項が「退職手当金を支給する」普通解雇を認めない制限的規定であると解すべき合理的理由はない。更に、この条項を引き写した規定と推認される就業規則五六条は、退職手当金の支給に関する規定を欠いており(五九条により別途退職金支給規程で定めることとされている。)、同条一項四号の「懲戒の基準により懲戒解雇処分の決定したとき」には、退職手当金を支給するか否かにかかわらず、三〇日前の予告又は平均賃金三〇日分の予告手当金の支給をすることによって、普通解雇をすることが可能であるように解釈される規定となっている。およそこれら各条項は、その各号に列記する解雇事由からみても、解雇が可能な場合を網羅的限定的に規定する体裁を採っていないことが明らかであって、非違行為があったことを事由として解雇をする場合に、有効な懲戒解雇処分がされていることを前提とせずに、「退職手当金を支給して」普通解雇をすることを許さないと解釈すべき根拠とはならない。

本件解雇に当たっては、解雇通知書に就業規則五三条所定の懲戒事由に抵触したことが解雇事由として記載されているに過ぎず、「懲戒解雇処分の決定した」ことを摘示しておらず、また、労働協約七〇条三項の規定にもかかわらず、退職金の支給の提供がされているのであって、就業規則五六条一項四号によらない普通解雇がされたことは明らかであるから、本件解雇に先立ってされた懲戒解雇処分が本件解雇の有効前提要件となるものではない。もっとも、懲戒解雇処分があったことは、当時、被控訴人が控訴人に懲戒解雇に値する非違行為があったと認識しており、したがってこのことを本件解雇の意思決定に当たって大きくしん酌していたものと推認させる根拠となるものであるから、本件普通解雇の当否を判断するに当たって、その限度でしん酌すべきものと考える。

二  本件解雇事由の事実関係

本件解雇通知書(甲一号証)には、解雇事由として就業規則五三条一、二、四、五、八、一二、一三号に抵触との記載があるのみで、具体的事実関係は明らかにされていないが、同時に示された懲戒処分決定書(甲二号証)には右と同一の条号を摘示した上で、酒気を帯びて、遅れてきた同僚運転のバスを停め二分程待たせて乗車し、乗客から苦情を申し込まれるという不祥事を起こした上、酒気帯びのまま営業所に宿泊したこと及び過去に再三にわたり業務上の不祥事を起こしその都度指導されながら再度不祥事を繰り返すなど会社の信用を失墜させたことが事由として記載されているので、本件解雇も同一の事実関係を解雇の事由とするものと推認される。そこで、その具体的な事実関係について検討する。

1  被控訴人のバス運行を阻害した行為

前記引用にかかる原判決四頁「二解雇に至るまでの経緯」3及び4に記載された事実並びに甲第八号証、第九号証の一、二、第一〇号証、第四八号証、乙第一一号証、第二四ないし第二六号証、証人谷上光弘、同吉野良平、同池田栄二、同冨山正隆の各証言、控訴人本人尋問の結果を総合して認められる事実の概要は次のとおりである。

(1) 控訴人は、平成元年六月三〇日午後九時過ぎころから、石神井公園駅南口付近の飲食店でビール大ジョッキ一杯を飲んだ後、原判決添付の別紙図面②の「新鮮組」で清酒約一二〇ミリリットルを飲み、翌七月一日早朝勤務に備えて上石神井営業所(西武車庫)に宿泊するつもりで同僚と歓談したが、午後一一時過ぎに石神井公園駅前の手洗所を利用した際、最近入社した同僚の運転士である吉野良平の運転する石神井公園駅発西武車庫行きの西武バス(以下「本件バス」という。)が石神井公園駅南口広場(別紙図面③の地点)に停車しているのを見付けた。そのバスは最終バスで、定刻の午後一一時一四分より約一〇分遅れて一〇人位の乗客を乗せて出発したが、一、二メートル動いたところで停車し、駅方面から走ってきた乗客を一人乗せたところであった。

(2) 控訴人は、本件バスに乗って上石神井営業所に行くことを思い立ち、ドアの閉まりかけたバスに駆け寄り、入口の二段になったステップの一段目に上がって、吉野に対し、「二分待ってくれ、連れがいるから。」と頼んだ。吉野は「遅れているからまずいんじゃないですか。」と答えたが、控訴人が「すぐ来るから」というので、「じゃ、ロータリーを回っている間に来てください。」といったところ、控訴人はすぐにバスの後方に走り去った。吉野は、最終バスであり、先輩の控訴人のいうことでもあるので、通常の速度よりもゆっくりロータリーを回り、その間に控訴人が現れなかったらそのまま進行するつもりで、控訴人が走り去った方向から現れるのを注視しながらバスを運行した。控訴人は「新鮮組」に戻って同僚に先に帰る旨を伝え、ロータリーを回ってきたバスに別紙図面⑤の地点で乗車し、最前列の席に座った。

(3) 控訴人は、当時制服姿のままであったところ、後部座席にいて控訴人と吉野のやり取りを聞いていた乗客の一人である山田昭捷が前方に来て、控訴人に対し、「君は社員のくせにバスを私物化するのか。」といい、更に、控訴人が胸ポケットの裏側に付けていた名札を取り上げて後部座席に戻った。控訴人は間もなく山田を追って後部座席に移動し、そこで山田に釈明をしたり、名札の返還を求めたりしたが、山田は了解せず、上石神井営業所まで乗車したままついてきた。山田は、同営業所において、当直の運行管理責任者池田栄二及び控訴人に対し、「西武の社員はバスを私物化している。」、「明日の勤務も考えないでこんな夜中まで酒を飲んでいるのか。」等といい、同営業所で約一時間にわたり苦情を申し入れた。控訴人は、翌日が早朝勤務であったため、その途中の午前零時過ぎに退席した。

(4) 後日の測定によると、別紙図面③の地点から「新鮮組」の階下(別紙図面⑥の地点)までは44.3メートル、⑥の地点と「新鮮組」との間は階段一六段で往復15.8メートル、⑥の地点から⑤の地点までは一七メートルの距離であった。控訴人は③の地点から⑤の地点まで三五秒ないし四〇秒程度を要しており、③の地点で控訴人が吉野と話していた時間は約一〇秒、②の地点の「新鮮組」で控訴人が同僚に別れを告げた時間が約五秒、⑤の地点でバスが停車してドアを開けて控訴人を乗せて発車する時間は約二、三秒であった。バスが③の地点から⑤の地点までロータリーを回る時間は通常二〇秒ないし二五秒程度であったから、これを差し引くと、控訴人が本件バスの運行を遅れさせた時間は、二七秒から三八秒までで、四〇秒を超えない程度であったと認められる。

2  酒気帯びのまま上石神井営業所に宿泊した行為

甲第一九号証、第六七号証、乙第一二ないし第一四号証、証人金内文男、同柿崎隆宣、同谷上光弘、同池田栄二、同冨山正隆の各証言、控訴人本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

控訴人は、前項認定のとおりの経緯で最終バスの乗客から苦情を受けた後、上石神井営業所で宿泊した。被控訴人は、営業所においては早朝五時一五分から深夜一時四四分まで従業員多数が出入りするため、従業員が酒気を帯びて営業所に宿泊することを許可していなかったが、これを禁ずる措置を徹底していたわけではなく、実際には寝酒の程度は格別問題視されたこともなく、酒気を帯びたまま宿泊した従業員に対してこれを理由に懲戒処分をしたこともなかった。控訴人の本件宿泊についても、運行管理責任者が、控訴人の飲酒を承知の上で、しかも苦情を申し出ている乗客の前で宿泊を許可した(もっとも、この点については、被控訴人は、平成元年七月二八日、飲酒の上で不祥事を起こした控訴人を酒気帯びのまま営業所に宿泊させたとして、上石神井営業所長及び運行管理責任者を譴責の懲戒処分にした。)。

控訴人は、本件宿泊に当たって他の宿泊者に迷惑をかけたことはなく、翌日午前五時四七分までに出勤し、六時一七分前に出庫するため乗務前に運行管理責任者から始業点呼を受けた際、全く正常であり、前夜の飲酒の影響は認められなかった。

3  過去における業務上の不祥事

控訴人の過去における業務上の不祥事としては、次のとおり、懲戒処分の前歴が二つと厳重注意の指導を受けたものが一つ認められる。

(1) 昭和六〇年八月一二日、八分間の休憩を食事休憩時間と思い込み、担当したダイヤを五〇分遅れで運行する事態を生じさせたため、同年一〇月一六日付けで譴責の懲戒処分を受け、始末書を提出した(乙二ないし四号証)。

(2) 昭和六一年六月一六日、食事休憩時間を勘違いし、担当したダイヤの運行を欠行したため、同年八月一日付けで、譴責の上、出勤停止五日間の懲戒処分を受け、始末書を提出した(乙六ないし八号証)。

(3) 昭和六三年八月初旬ごろ、車両渋滞のため停車中、新聞を読み始め、前方車両が発車しても気付かずに新聞を読み続けていて、乗客から被控訴人に苦情があったため、同月六日、厳重注意の指導を受けた(乙一〇号証)。

三  本件解雇の有効性

1  懲戒解雇処分の評価

(1) 控訴人は、翌日早朝勤務のために上石神井営業所に宿泊する必要があったとはいえ、控訴人が上石神井営業所に行く方法としては、タクシーなどもあり、徒歩でも三〇分程度の距離であって、本件バスが唯一頼るべき交通手段というわけではなかった(甲八三号証、控訴人本人尋問の結果)。

控訴人は、翌日の早朝出勤を意識しながら深夜まで友人と飲酒し、たまたま出会った本件バスの同僚運転士に対し、酔余の気安さからとは思われるものの、飲み仲間に別れを告げに行くため「二分間」の待機を求めるという、一般の乗客でさえはばかられる行為に及んだのであって、結果的にもバスの運行を遅らせたものであり、一般乗客への迷惑を顧慮しない不謹慎な行為であった。

しかも控訴人は当時制服姿のままであり、その行為は、外見上も、公共交通機関を私物化したと見られてもやむを得ないものであって、乗客の苦情を惹起したのはもっともなことであり、十分問責されるべき非違行為であったといわざるを得ない。

(2) しかしながら、控訴人は、酔余とはいえ、翌日の早朝勤務に備えて上石神井営業所に宿泊するために最終バスに飛び乗ったというものであって、その動機においては同情すべきところがあり、同僚運転士が控訴人の求めに応じてロータリーをゆっくり巡行してくれた間に乗車が可能となったものであって、乗車地点も、最終バスであれば一般乗客でも運転士の裁量で乗車させることがありうる範囲内であったということができる。

控訴人の行為により本件バスが遅延した時間は、前項認定のとおり、四〇秒を超えない程度であり、懲戒処分決定書(甲二号証)記載の「二分程」には至っていなかった。しかも、ロータリー内で本件バスが緩慢な走行をしたこと及び停車して控訴人を乗車させたことによって付近の交通に危険を生じさせたとの事情もうかがわれず、また本件行為による遅延のために乗客が他の交通機関への乗り換えなどに支障を生じたというような影響もみられなかった。

また、酒気帯びのまま上石神井営業所の宿泊施設に宿泊した行為については、従業員が制服姿で飲酒した後、乗客とトラブルを起こしたまま会社の施設に宿泊したもので、被控訴人にとってみれば、会社の秩序維持の上で好ましくない事態であったことは理解されるが、控訴人が宿泊したことによって他の施設利用者に現実に迷惑をかけるなど具体的に不都合な事態を生じたことは認められず、この種の行為に対する被控訴人の従来の対応に照らすと、控訴人の行為を取り立てて問題にするのはいいささか妥当性を欠くものといわざるを得ない。

更に、控訴人が過去に懲戒処分を受けた二回の行為は、いずれも過失によるバスの欠行やダイヤ遅れで、本件と類型を異にするものであり、その余の不祥事は一件にとどまり、いずれも会社の信用にかかわるものではあるが、控訴人の二四年に及ぶ勤務年数に照らすと、その回数は多いとはいえない。その上、就業規則五四条七号によれば、懲戒処分の前歴は、六か月以内のものに限ってその後の懲戒において加重事由としてしん酌することができるとされているところ、控訴人に対する最後の懲戒処分は本件行為の約三年前のことであった。

控訴人は、定期バスの運転士として二四年間勤務し、運転士の格付けの上では一番高い技手の地位を得ており、その間に石神井警察署長賞を受賞したほか、社内の年間無事故賞を一七回受賞している実績(甲二三号証、四四号証)に鑑みると、勤務成績が劣悪であるとか、運転士としての適格性を欠くということはできない。

就業規則五四条によると、懲戒処分としては、解雇のほか、その程度により譴責、減給、格下、出勤停止、昇給停止の措置があり、被控訴人としては、解雇より軽い類型の処分を選択することが十分可能であったし、被控訴人及び同業他社における処分例としても、本件と同程度の行為で解雇された例は見当たらない(甲一七、一八号証、六九号証、八一号証、八四、八五号証、九一号証、乙三六号証)。

(3) 以上のとおりであって、被控訴人のした懲戒処分は、六か月を超える過去の懲戒処分の前歴は懲戒を加重する要素としてしん酌されるべきでないことに留意しつつ総合考慮すると、控訴人の行為をもって懲戒解雇処分の事由とすることは社会通念上著しく均衡を失しており、解雇処分は重きに過ぎるものと評価せざるを得ない。

2  本件解雇の相当性

本件解雇の決定に大きく影響したと推認される懲戒解雇処分がその事由とされた控訴人の行為に比して過重なものであったと評価されることは前項で述べたとおりであるが、本件解雇は、普通解雇と解されるから、懲戒解雇処分においてはしん酌されなかったその余の解雇事由について更に検討する。

控訴人の過去の非違行為をみると、いずれも昭和六〇年以降のものであって、本件処分までのほぼ五年の間に厳重注意の指導を含めて三回の措置を受けていることが注目される。しかも、その事由とされる控訴人の行為はダイヤの読み取りミスというような単純な過失行為によるものから、担当バスの運行中に新聞を読み出すとか、本件のように酔余やや自制心を欠いているとはいえ同僚運転士のバス運行を阻害するという故意的意識的な行為へと推移してきていることが認められるのであって、公共交通機関の従業員としての基本的な姿勢に疑問を感じさせるものではある。

しかし、控訴人は、本件行為後、被控訴人による事情聴取や始末書の提出要求に応じ、自己の不謹慎な行為によって定期バスの運行を阻害し、一般乗客に迷惑をかけ、被控訴人の信用を傷つけたことについて自己の非を認めている。控訴人は、昭和一五年四月生まれで本件解雇当時すでに四九歳となる中高年労働者であって、他に就職することは必ずしも容易ではなく、そのことは本人も十分認識しているところであって、今回の自己の非を反省し、被控訴人のバス運転士として誠実に勤務する意向であることが認められる。

以上前項及び本項で認定した控訴人の行為の動機、態様、結果、従前の勤務成績、他の懲戒処分選択の可能性、過去の処分例との均衡、解雇という重い措置が控訴人に与える影響等を総合考慮すると、被控訴人が控訴人に対してした本件解雇は、退職手当金の支給を伴う普通解雇としてされていること及び労働協約に基づく苦情処理の手続において控訴人の苦情処理の申立てが容認されなかったことをしん酌してもなお、その原因となった行為と比較して、社会通念上の相当性を欠き、合理的な理由がないと判断せざるを得ないものであって、解雇権の濫用として無効である。

第五  賃金

控訴人の本件解雇時である平成元年七月当時の賃金は、月給制(前月一六日から当月一五日までの分を毎月二五日払い)であり、控訴人がその当時月額四九万〇四九三円の賃金を得ていたことは、いずれも当事者間に争いがなく、乙第一八号証によれば、これは控訴人の平均賃金三〇日分の範囲内の額であることが認められ、また、控訴人の請求している賃金は同年八月分からであることは主張自体から明らかである。

しかしながら、同月分の賃金の内三二万一二七三円については、被控訴人において本件解雇の告知の際控訴人に支払の提供をしたところ、控訴人がその受領を拒否したため、翌日適法に弁済供託されたことが認められる(乙一七、一八号証)から、右部分については右弁済により消滅したことが明らかであり、控訴人の右部分の請求は理由がない。

第六  結論

よって、控訴人の請求は、一部を除き認められるべきであり、本件控訴は一部を除き理由があるから、これと異なる原判決を変更し、訴訟費用の負担について民訴法九六条及び八九条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三宅弘人 裁判官谷澤忠弘 裁判官松田清)

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