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東京高等裁判所 平成4年(ネ)1233号 判決 1993年4月26日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

理由

第一  被控訴人柴岡、同森、同舟木、同野口の責任について

この点に関する当裁判所の判断は、原判決書三二枚目表一〇行目から同裏六行目までと同じであるから、これを引用する。

第二  被控訴人神奈川県の責任について

一  控訴人花子が昭和六一年六月一日午後一一時三〇分ころ、自動車を運転して、同自動車の走行方向からの右折が道路標識により終日禁止されている早川交差点を右折したこと、翌六月二日被控訴人森及び被控訴人舟木が控訴人花子に手錠をかけて同控訴人を逮捕したことは、当事者間に争いがない。《証拠略》によると、右逮捕の時刻は午前二時二五分ころであつたと認められる。

後記認定の事実関係に照らすと、右逮捕は現行犯ないし準現行犯としてされたものと認められる。そのいずれであつても、逮捕の必要性がなければならないと解される。

二  本件の事実関係についての当裁判所の認定判断は、次に付け加えるほか、原判決の記載(原判決書三二枚目裏八行目から四八枚目表七行目まで)と同じであるから、これをここに引用する。

1  原判決書三二枚目裏八行目中「証拠(」の次に「甲六二、」を加え、「原告花子」を「控訴人花子(原審並びに当審)」に改め、同一一行目中「られる」の次に「(各証拠のうち、この認定に反する部分は採用しない。)」を加える。

2  原判決書三四枚目表二行目中「合図した」を「合図するとともにスピーカーを通して停止するよう命じた」に改め、六行目中「(乙八)」の次に(甲第三九号証中の関係部分は乙第一三号証の記載に照らし直ちに採用することができない。)を加える。

3  原判決書三五枚目表二行目中「出して」を「出し、控訴人太郎を介して」に、三六枚目裏一〇行目中「張つて」から同一一行目中「被告舟木は」までを「引つ張られたので、被控訴人舟木は紐が切れてしまうと言つて」に、それぞれ改める。

4  原判決書三八枚目表七行目中「被告舟木」から同九行目中「停止しなかつた。」までを削り、同裏五行目中「乙二、」の次に「一四、」を加える。

5  原判決書四四枚目表一行目中「対し」から同四行目中「電話した」までを「電話をした」に改める。

6  原判決書四七枚目表八行目中「降車した(」を、「降車した。その際、同女は手首にかすり傷(医師の診断は、右上肢打撲、皮下出血で全治約二週間の見込み)を負つた(甲一、」に、同一〇行目から一一行目にかけて「はがい締めにして」を「はがい締めのようにして」に、それぞれ改め、同裏九行目中「同柴岡)」の次に「(甲第五三号証中の織田啓靖の供述記載及び甲第五四号証中の加藤貴恵子の供述記載は採用しない。)」を加える。

三  右認定の逮捕に至るまでの事実関係を通覧してきわめて特徴的なことは、織田及び控訴人両名の警察官らに対する対応が善きにつけ悪しきにつけ一通りでなかつたことである。

まず、織田は、控訴人花子が最初に免許証の提示を求められた際、警察官に対し、運転手には関係ない、俺の免許証でやつてくれなどと言い、また被控訴人舟木が花子から免許証を受取つて記載事項を確認しようとしていた際、二人の間に割り込んで免許証を取上げ控訴人花子に渡してしまい、しかもその際酒気を帯びていて道路の中央まで出て行つたりしたという事実がある。

次に、控訴人花子は、織田から右のように免許証を渡されると、これを受取つて窓ガラスを閉めてしまい、その後控訴人舟木から再度提示を求められても、違反はしていない、免許証を見せる必要はないなどと言つて終始提示を拒否したという事実がある。

また控訴人太郎は、控訴人花子が被控訴人舟木と右のようなやり取りをしている際、被控訴人舟木に対し、なぜこんな違反を取締まるんだ、こんな違反いいだろう、勘弁しろ、道路交通法の目的並びに通達を知らないのか、通達も知らない奴は偽警察官だなどと言つて警察手帳の提示を求め、その後も偽警察官だとの発言を繰り返したという事実がある。

そのほかにも、控訴人らは被控訴人ら警察官とのやり取りを録音したり新聞社に電話して新聞記者を呼んだりして、ことさら大仰な対応をしていること、また甲第四号証により認められる控訴人らの応答特に控訴人太郎の発言、態度は、知識をひけらかし、相手を見下し、あるいは揶揄するといつた調子で一貫していることを指摘することができる。

織田及び控訴人らの右のような言動は、少なくとも、捜査に抵抗し、容易に違反事実を認めず、氏名住所の明示をあくまでも拒もうとする態度をうかがわせるものであり、警察官に対する挑戦の姿勢をことさら示すものとさえいうことができる。

交通違反の嫌疑により警察官からいわゆる職務質問ないし取調べを受ける者は、常に率直に違反事実を認めて協力的な態度を示すわけではなく、違反の事実は認めながら言い分がある者、軽微な違反であるのに警察官から高圧的な態度に出られ、乱暴にあしらわれたため反発する者、常々警察権力に対し反感をもつている者等が、言い分を申し立て、抗議し、あるいは議論を吹き掛けるというように、何らかの事情により素直に対応することなく、反抗的な態度に出ることもない訳ではない。このような者と対応する警察官が、不快感を覚え、自尊心を傷つけられ、反感を持つ等して、態度を硬化させ、柔順で協力的な者に対するのとはおのずから異なつた対応に出ることはあり得ることである。また、警察官の職務の遂行には、それにふさわしい厳正さが要求されるから、その言動がある程度権威的な態度となつて現れることは避けられない。しかし、警察官としては、右のような自然な感情に任せて反発し権力をかさにきて高圧的、威圧的な態度を取ることは厳に慎まなければならない。強大な権力を背景にして職務を行う警察官としては、その言動に気を付け、過剰な権力の行使の形を取らないように常に心がける必要がある。このような観点から本件の警察官らの言動、態度をみると、甲第四号証に記載された控訴人らとのやり取りからも、警察官としてふさわしくない言動があつたことは否定できない。そして、相手が妊娠中の女性であり、しかも被疑事実が道路交通法違反である本件の場合、逮捕が相当であつたかどうかについては、全く疑問がないわけではない。

しかしながら、逮捕に至るまでの経緯における前記のような控訴人らの側の対応に照らしてみると、本件において、被控訴人ら警察官が、控訴人花子が住所、氏名を明らかにすることに協力的でなく、ひいては逃亡する虞れがあると判断して逮捕の挙に出たことは、やむを得ないことというべきであり、これを違法ということはできない。この点についての当裁判所の判断は、原判決書四八枚目裏四行目中「前認定の」から五〇枚目裏三行目中「である。」までと同じであるから、これを引用する。

右逮捕に際して控訴人花子が手首にかすり傷を負つたことはさきに認定したとおりであるが、手錠をかけられ引つ張られたときのはずみで生じたものと推認され、その程度からしても、これのみをとらえて逮捕を違法ということはできない。

四  控訴人らの主張は多岐にわたつているが、事実経過に関する点については既に二において認定判断したので、この事実関係を前提として、逮捕の必要性の有無という本件の主要な争点に直接関係する論点について以下に判断することとする。

1  控訴人らは、本件右折禁止違反行為については警察官が現認しているから罪証隠滅の虞れはなかつたと主張する。

警察官らが右折違反の事実を現認したことは前記二の認定から明らかではあるが、控訴人花子において違反の事実を否認し免許証の提示を拒み続けたため被疑者の特定ができない以上、なお罪証隠滅の虞れがなかつたとはいい切れない。控訴人らは、控訴人花子が被控訴人舟木から違反の事実を告げられて同被控訴人に免許証を手渡した行為は違反を認めたことにほかならないとも主張するが、織田がこれを取り上げた後は再度の提示の要請に一切応じようとせず、また違反はしていない旨終始言い張つていたことは前記のとおりであつて、右主張は採用できない。

2  控訴人らは、控訴人花子が最初に免許証を提示した際に被控訴人舟木は身元を確認することができたのであるから、その後に免許証を提示する必要はなく、したがつて控訴人花子がその後に免許証の提示を拒んだことは何ら逮捕の必要性を根拠付けることにはならないと主張する。

しかし、被控訴人舟木は、控訴人花子の氏名、住所の全部を確認しないうちに織田から免許証を取上げられたと認められることは前記二のとおりであるから、その後においても控訴人花子に対し免許証の提示を求める理由があつたというべきである。なお、控訴人花子の供述によれば、被控訴人舟木は免許証を見ながら控訴人花子の氏名を読み上げ写真と対照して確認したというのであるが、被控訴人舟木の供述と対比してにわかに信じ難いし、仮に被控訴人舟木が免許証に記載された控訴人花子の氏名を見ながらそれを読み上げることがあつたとしても、直ちに織田に取り上げられて中断されたことからすれば、確認に必要な作業は完了したということはできない。

ところで、甲第四号証(録音テープの反訳書)によると、警察官が控訴人花子に対し繰り返し身元確認の必要があるとして免許証の提示を求めているのに、同控訴人は一度見せて確認できたはずだから再度提示する必要がないとしてこれに応じようとせず、警察官が、(免許証を織田に)取り上げられてしまつたのだから確認することはできなかつたと言つているのに、同控訴人において確認できたはずだと言い張つて提示を拒否し、押し問答を重ねている状況をうかがうことができる。織田が被控訴人舟木の手から免許証を取り上げてしまつたことは同控訴人においても承知していたと認められるのであつて、警察官が確認できなかつたと言つている以上、もう一度免許証を提示することくらい、一挙手一投足の労で済むことであるから、これを惜しむことなく応ずればよかつたと考えられる(なお、織田が警察官から免許証を戻されるのを待たずにこれを取り上げるなどということをしなければ、この時点で免許証による控訴人花子の身元確認が終了し、爾後延々二時間以上にも及ぶ本件逮捕に至る事態は生じなかつた筈である。織田の軽はずみな行為により無益な紛争を引き起こされ、多くの者が迷惑を被つたことになる。)。

3  控訴人らは、照会センターへの免許照会を行うことによつて身元確認は可能であつたと主張する。

しかし、控訴人花子が免許証の提示を拒み住所、氏名が明らかにされていなかつた以上、照会は不可能であるし、同控訴人は、免許証を一度提示したことにより身元確認の目的は達しているという言い分を強く主張していたことは右にみたとおりであるから、口頭で住所氏名を明らかにする意向があつたとは考えられない。なお、自動車登録番号標(ナンバープレート)に記載された登録番号を手掛かりに調査すれば(《証拠略》によれば自動車の登録番号により照会センターに照会することができることが認められる。)自動車の所有者がだれであるかを確認することはできても、実際に運転していた者が誰かまでは確認できないから、その者について免許証の提示等の方法により身元確認をする必要はある。控訴人花子が控訴人太郎の妻であることから、右のような照会の方法で控訴人太郎の身元が明らかになれば控訴人花子の身元も確認できるというのは、控訴人らの側からすれば当然のことかもしれないが、警察官の側からすれば自明のこととはいえないから、免許証による身元確認を不可とする根拠とはいえない。

4  控訴人らは、本件の場合免許証の提示は法律上の義務ではないから、身元確認のために提示する必要はなかつたと主張する。

道路交通法九五条二項によると、免許を受けた者は、自動車等を運転している場合において、警察官から六七条一項の規定により、すなわち無免許運転、酒気帯び運転、過労運転、無資格運転をしたとの認定の下に免許証の提示を求められたときは、これを提示しなければならないものとされている。法律上免許証の提示義務を負うとされているのは、この場合だけであり、本件はこれに該当しない。

しかしながら、交通違反事案の処理に当たつて違反者の身元を確認するためには、免許証によるのが最も簡便で確実であり、間違いがないのであつて、右のように免許証の提示が法律上の義務とされている場合以外に、警察官において違反者の身元確認のため免許証の提示を求めることが許されないと解すべき根拠はなく、普通に行われているところでもある。この求めに応じないため身元が確認できないとして逮捕された場合に、逮捕が適法かどうかは、専ら逮捕の必要性の有無によつて判断されるべきものであり、法律上免許証の提示義務を負う場合であつたか否かは直接には関係のないことである。したがつて、右主張は採用できない。

5  控訴人らは、仮に被控訴人舟木が控訴人花子の身元を確認することができなかつたとしても、本件警察官らは警察手帳の提示が義務であるにもかかわらずこれに応じなかつたのであるから、控訴人花子において身元確認その他の取調べに応ずる義務はなかつたと主張する。

しかし、警察官が求められて警察手帳を提示しなかつたからといつて、直ちに、逃亡の虞れがある者に対する逮捕が違法となるものではない。

また、警察官が警察手帳の提示を求められたにもかかわらず提示しないことが、被疑者において免許証の提示を拒む理由になるわけではない。《証拠略》によると、警察手帳規則(昭和二九年国家公安委員会規則第四号)五条は、職務の執行に当たり、警察官であることを示す必要があるときは、恒久用紙第一葉の表面を呈示しなければならない、と規定しており、恒久用紙の第一葉の表面には写真が貼付されているほか、階級名、氏名等が記載され、所轄庁の刻印が押されていることが認められる。したがつて、警察手帳を提示しなければならないのは、職務の執行に当たり、警察官であることを示す必要があるときである。そして、警察官が職務質問を行うに当たつて相手から警察手帳の提示を求められた場合、常に右にいう警察官であることを示す必要があるときに当たるとは解されない。そこで、例えば、一般人と変わらない服装をしていて一見警察官であることが明らかであるとはいえない場合、警察官の服装をしていても挙動に不審な点がある等警察官であることを疑わせるような具体的な徴憑がある場合、警察官であることを疑わせる事情はなくても正当な職務の執行であるか疑わしい行動に出たため、責任の所在を明らかにし、かつ後日責任を追及するために必要と考えられる場合等には、警察手帳の提示を求める実質的な理由があり、それとの関係で、警察手帳が提示されない限り免許証の提示を拒むことが正当視されるといえよう。しかし、前記二の事実関係の下では、本件の場合警察官であることを疑わせる具体的な事情はなかつたことが明らかであり、また本件の警察官らが正当な職務の執行であることを疑わせる行動に出たとも認められない。

しかも、本件では被控訴人舟木及び被控訴人柴岡が警察手帳を提示しているのであつて、警察官全員が提示するまでの必要はないと解されるから、以後においては控訴人花子が警察手帳の不提示を理由に免許証の提示を拒む理由はなかつたというべきである。したがつて、右主張は採用できない。

6  控訴人らは、本件右折禁止違反は軽微な違反であり危険性はなかつたのであるから警告による指導に止めるのが相当であつたにもかかわらず、被控訴人ら警察官は検挙の実績を上げるため、ことさら身を隠して取締を行つたものであり、この点からしても逮捕の必要性はなかつたと主張する。

本件右折禁止違反は、一応軽微な違反といえなくはない。また一般論として、道路交通法の目的に照らし、交通違反の取締に当たつては杓子定規に法規を適用することなく指導に重点をおいた対応が望ましいということができ、警察庁次長通達においても、交通指導取締りにあたつては、いわゆる点数主義に堕した検挙のための検挙あるいは取締りやすいものだけを取締る安易な取締りに陥ることを避けること、危険性の少い軽微な違反に対しては、警告による指導を積極的に行うこととし、ことさらに身を隠して取締りを行うことのないよう留意すること、交通事故に直結する危険性の高い違反、繰り返し違反を犯す悪質な運転者の違反、交通の円滑な流れを阻害し、他の運転者に著しい迷惑を及ぼし、ひいては善良な運転者の遵法意識をも低下させることとなるような違反等を重点とした取締りを実施すること等の指針が示されている(《証拠略》により認める。)。しかし、被控訴人ら警察官が検挙の実績を上げるためにことさらに隠れて取締を行つたと認めるに足りる証拠はなく(その趣旨を述べる控訴人太郎及び同花子の供述は憶測に基づくものであり、これを裏付ける証拠はない。)、また軽微な違反だからといつて逮捕が許されないものではなく、逮捕の適否は逮捕の必要性の有無によつて決せられるべきものである。そして、本件において右必要性が肯定されることは既にみたところから明らかである。したがつて、右主張は採用できない。

五  前記二に認定の事実によれば、控訴人太郎は、控訴人花子を逮捕しようとしていた被控訴人森を後方からはがい絞めのようにして引つ張つたことが明らかであり、これに対して被控訴人森が控訴人太郎に大外刈りをかけたことは、公務の執行に対する妨害を排除する目的に出たものということができ、錯綜した動きの中の咄嗟の反応であること、その態様が右手で控訴人太郎の頭をかばうようにしていたものであること、同控訴人の被つた傷害が腰部打撲で通院日数二日程度のものであつたこと等を考慮すると、社会通念上逮捕行為に対する妨害を排除するために必要かつ相当な範囲を超えるものではなかつたというべきである。したがつて、被控訴人森の右行為を違法ということはできない。

六  前記二に認定の事実によれば、控訴人花子は午前二時二五分ころ逮捕され、午前二時四五分小田原警察署外勤課の土屋警部補に引致され、午前四時三〇分ころ釈放されたことが明らかである。そして前認定のように、同控訴人が土屋警部補に対し交通違反の事実を否定し、弁解録取書への署名押印を拒否し、控訴人太郎が控訴人花子の運転免許証を提出して初めて身元が判明した等の経緯を考えると、控訴人花子に対する約二時間にわたる身柄の拘束は、適法な現行犯逮捕に基づく必要最少限度のものということができ、違法ということはできない。

七  右のとおりであるから、控訴人らの被控訴人神奈川県に対する請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三  結論

以上の次第で、控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 新村正人)

裁判官原敏雄は転補のため署名捺印することができない。

(裁判長裁判官 丹宗朝子)

《当事者》

控訴人 甲野花子 <ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 瑞慶山 茂 蒲田孝代 高橋修一

被控訴人 神奈川県

右代表者知事 長洲一二 <ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 福田恆二

被控訴人神奈川県指定代理人 那知上 仁 <ほか八名>

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