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東京高等裁判所 平成4年(う)302号 判決 1993年3月31日

本籍

東京都世田谷区成城四丁目一二番

住居

同区成城四丁目一二番六号

会社役員

小林政雄

昭和一〇年八月六日生

本籍

東京都中野区江原町二丁目八八番地

住居

同区江原町二丁目二九番一四号 江古田ハイツ一〇一号

会社役員

室伏博

昭和一九年五月三日生

右の者らに対する各法人税違反被告事件について、平成四年一月一〇日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官町田幸雄出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告人小林政雄の控訴の趣意は、弁護人宮原守男、同宮川光治、同山田宰、同並木政一及び同古谷和久連名の控訴趣意書及び控訴趣意書訂正書に、被告人室伏博の控訴の趣意は、弁護人赤松幸夫名義の控訴趣意書に、これらに対する答弁は、検察官町田幸夫名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、右の各書面を引用する。

第一被告人小林政雄関係

所論は、要するに、被告人小林政雄を実刑に処した原判決の量刑は、本件事案の内容や同被告人の諸情状に照らし、合理的限界を超えた不当なものであって、到底破棄を免れず、本件においては、同被告人に対し、刑の執行を猶予すべきであるというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、不動産の売買及び仲介等を目的とする東洋産商株式会社(以下「東洋産商」という。)の代表取締役として、その業務全般を統括していた被告人小林政雄(以下「被告人小林」という。)及び東洋産商のため不動産の買収等を行っていた株式会社トム・コンサルタント(以下「トム・コンサルタント」という。)の代表取締役である被告人室伏博(以下「被告人室伏」という。)の両名が、日建工業株式会社(以下「日建工業」という。)の代表取締役福田葵(以下「福田」という。)と共謀して、東洋産商の業務に関し、その法人税を免れようと企て、土地建物の買入代金を水増しし、あるいは架空の買収協力費を計上するなどの方法により、その所得を秘匿した上、昭和六一年三月期から同六三年三月期までの三事業年度における東洋産商の実際所得金額が合計五三億一五七四万五五九八円、課税土地譲渡利益金額が合計八〇億五二三五万円であったにもかかわらず、所轄税務署長に対し、その所得金額が合計二九億〇八三〇万六二一七円、課税土地譲渡利益金額が合計五六億〇七一〇万三〇〇〇円であって、これに対する法人税額が合計二二億九八八二万三五〇〇円である旨をそれぞれ記載した虚偽過少の各法人税確定申告書を提出し、いずれもそのまま法定の納期限を徒過させ、もって不正の行為により、東洋産商の法人税合計一五億三二五八万〇六〇〇円を免れたという事案である。

所論は、原判決が、その(量刑の理由)の末段において「脱税事犯においては、やはり脱税額の大きさに比例して責任を量らざるを得ず、また、申告納税制度をとる税制度の下では、脱税についての一般予防ということを重視せねばならない」と説示している点につき、責任主義の立場に一応の理解を示しつつも、それは結局脱税額の多寡で刑の量定を決することになるとの謗りを免れないと非難する(控訴趣意第九の一)。

しかし、租税逋脱犯が国家の徴税権に対する侵害である以上、その責任の程度が、侵害の程度、換言すれば逋脱額の多寡に応じて量られるべきことは当然の事理である。

のみならず、納税は「法律の定めるところにより」国民に課される憲法上の義務であり(憲法三〇条)、かつ、「すべて国民は法の下に平等」である(同一四条)。それ故、租税法律主義と租税公平主義は、租税法全体を支配する基本原則とされているのである。租税負担は国民の間に、各人の担税力に即して公平、平等に配分されなければならない。そして、いかに租税負担が公平に配分されようと、これに従わず、租税を逋脱する者があった場合、その制裁がある者には重く、ある者には軽く、まちまちに科されたのでは納税者の間に不公平感が高まり、納税意欲を阻害することは明らかである。租税負担の公平は、これを侵害した者に対する制裁の公平、平等によって裏打ちされるのでなければその実効を保ち得ない。租税逋脱犯に対する量刑を考慮するに当たっては、犯罪一般における責任主義の原則のほか、租税公平主義の原則にも十分な配慮をすることが肝要であり、同種事犯に対する科刑の実情に鑑み、これとの均衡を失することのないよう留意すべきである。もとより、刑の量定に当たり、犯行前後における行為者の個別的情状を斟酌する必要のあることはいうまでもないところであるが、これを過度に重視する余り、犯行そのものにおける法益侵害の大小、動機、態様その他の犯情から妥当と認められる量刑の範囲を大幅に逸脱することは、殊に租税逋脱犯の場合、同種、同等の犯罪を犯した者に対する科刑との不均衡を招く虞なしとしない。

これを本件についてみるに、原判決も指摘するように、本件の逋脱率は三事業年度を通じても約四〇パーセントであって(昭和六一年三月期は約五七・四一パーセント、同六二年三月期は約二六・九四パーセント、同六三年三月期は約四一・〇八パーセント)さして高率とはいい得ない。しかし、その逋脱額は三期合計で実に一五億三二五八万円余の巨額に及んでいるのである。これが近時とみに高額化する逋脱事例の中でも数少ない上位に位置付けられることは明らかである。

そして、かかる巨額脱税に及んだ動機の点においても、酌むべき事情は認め難い。なるほど、被告人は、かつて順調に運営していた企業が予期せぬ事情から倒産するに至り、被告人のみならず多数の従業員、その家族に辛酸を嘗めさせたという苦い経験から、不測の経営危機に備えるとの意識が強かったことは窺われるが、その手段として、脱税による簿外資金を蓄積することが正当化されるべきいわれはない。また、不動産の買収に当たっては地権者から裏金を要求されることが多く、その支払に充てるために簿外資金を必要としたという事情も、脱税の理由としては到底容認出来ないところである。地権者に裏金を支払うということ自体、地権者の脱税を幇助、助長するものであって違法というべきであるが、これが不動産取引においてある程度避けられないという実情を考慮し、敢えて不問にするとしても、地権者のために支出した裏金についてその実体を公表出来ない事情があるときは、公表帳簿上これを使途不明金として自己否認し、損金不算入の処理をする方法によることも可能であって、その支払のために簿外資金を蓄積すべき必然性はないのである。更に、本件の直接の動機としては、被告人室伏を通じて前記福田の窮状を訴えられ、同人に脱税協力金を供与する目的で東洋産商の脱税に協力させたというのであって、強い社会的非難を免れない。すなわち、被告人は、昭和五九年二月ころ、被告人室伏から、福田の経営する日建工業が多額の負債を抱え、返済に窮しているので同人を援助してやって欲しい旨依頼され、一旦は断ったものの、再三に亙って懇請を受け、かつ、被告人室伏が責任を持つことを誓約したことなどもあって、結局、同被告人や福田に東洋産商のための土地買収に当たらせると共に、後記のとおり、土地代金の水増しや架空領収書の発行などを行わせ、東洋産商の裏金作りに協力させることとしたものである。日建工業の経済的苦境を救済するのが目的なら、同社に融資するなり、仕事を与えて正当な報酬を支払うなり、法に触れない援助の方法がないわけではないのに、こともあろうに同人らに脱税の片棒を担がせ、不正な利益を与えると共に、自らはこれに数倍する不正な利益を蓄積した行為は全く正当化の余地がないものというべきである。

次に、犯行の態様、ことに所得秘匿の方法についてみるに、(1)東洋産商が土地を買収するに当たり、日建工業やトム・コンサルタントの名義を用い、あたかも土地所有者から同社等が買い受けたかのように装った上、同社等から東洋産商がその転売を受けるに際し、買入価格を水増しして支払い、右水増し分の二〇パーセントをいわゆるB勘手数料として、被告人室伏や福田に取得させ、残りの八〇パーセントを被告人小林に還元させ、(2)土地買収に何ら関与していない日建工業やトム・コンサルタントに対し、架空の買収協力費や仲介手数料を支払い、その二〇パーセントを被告人室伏や福田に取得させ、残りの八〇パーセントを被告人小林に還元させるという方法が用いられている。しかも、被告人小林は、税務当局から不審を抱かれることを避けるため、適当な物件を選定し、買入価格の水増しや架空経費を計上するに際し、計上すべき金額が不自然にならないよう十分注意し、その具体的金額を自ら決定して被告人室伏らに指示し、これに見合う虚偽の契約書を作成させるなどしているのみならず、水増し、架空分の資金を自己に還元させるに当たっても、これを何回かに分割するなどの工作を行っているのである。更に、被告人は、日建工業が京橋税務署の税務調査を受けた際には、福田らの勤めにより、東洋産商に累が及ばないよう関係書類をシュレッダーに掛けて処分するなど証拠隠滅工作にまで及んでいる。

以上のとおり、逋脱額、犯行の動機、態様、いずれの点からみても被告人小林の犯情は頗る悪質であって、その刑責は重大というべきである。

所論は、本来自社ビル用地として土地を取得し、固定資産として保有する場合に、簿外資産作りのために土地代金額を水増しし、手数料、協力費の架空計上をしても、土地勘定に計上されるだけで、損益勘定に影響しないから、それ自体としては何ら法人税法違反を構成しないと主張するが(控訴趣意第二の二)、それはあくまで東洋産商がその土地を自社の内部で保有し続けた場合にいえることであって、東洋産商から外部に転売された場合には、たとえそれがコリンズグループの内部の取引であっても、水増し、架空計上に相当する分の逋脱所得が生ずることはいうまでもない。本件で問題となっている土地は総て東洋産商から外部に流出しているのであるから、所論は事実に基づかない仮定論に過ぎないというべきである。

また、所論は、本件逋脱所得金額は合計二四億〇七四三万九三八一円(債券償還益を除くと、二二億八七〇五万五四九〇円)とされているけれども、その所得を生ずるに至った不動産取引の実態をみると、右のうち、東洋産商がその所有する土地をコリンズグループ以外の企業に譲渡して得た利益は九億九〇八二万一二〇〇円に過ぎず、残りの一四億四二五三万九五〇〇円は総てコリンズグループ内部における売買によって生じたものであり、東洋産商を含むコリンズグループ全体としてみれば、逋脱所得とされた金額の約六割に当たる部分は仮象ともいえる利益に過ぎない点において他の逋脱犯とは本質的に異なっており、違法性の程度は低い旨主張する(控訴趣意第二の一、三、四及び八)。

しかし、ここでも所論は東洋産商とコリンズグループとを混同している。たとえ被告人小林が東洋産商を含むコリンズグループ全体のオーナーであるとしても、課税所得の発生の有無は、独立の法人格を有するグループ内の各社毎に、それぞれ別個に問題とされることはいうまでもない。本件は、東洋産商が、不正の方法により所得を秘匿し法人税を逋脱したことにつき、東洋産商及び行為者である被告人小林の刑責を問うものであって、コリンズグループ全体のそれを論ずるものではない。そして、東洋産商に土地の譲渡による利益が生じ、これにつき所得秘匿がなされている以上、行為者である被告人小林の責任が問われるのは当然であって、たまたま東洋産商にその利益を齎したのが同被告人がオーナーであるコリンズグループ内の別会社であるとしても、そのことによって当該利益が仮象となり、あるいは逋脱犯の違法性に消長を来すべきいわれはない。所論は、グループ内の各社の法人格を否認し、グループ全体の利益を被告人小林の個人所得と同視するに帰し、到底採用の限りでない。

所論は、東洋産商からコリンズグループへの土地の譲渡価格は、税理士指導の計算式に従い、取得原価(売買代金及び測量費、仲介手数料、協力費その他の費用の合計)に保有期間の金利をプラスし、保有経費として取得原価の二ないし三パーセントを乗せて算出されていたので、コリンズグループとしてみた場合はもとより、東洋産商においても隠すべき利益は発生しない構造となっていたと主張する(控訴趣意第二の五)。しかし、既にみたように、右取得原価を構成する売買代金に水増しがあり、仲介手数料、協力費に架空計上がなされているのであるから、東洋産商の譲渡価格の中に逋脱所得が含まれていることは明らかである。所論は、また、東洋産商からコリンズグループへの土地の譲渡価格は本来自由に決し得ることであり、譲渡において損失を発生させ、赤字決算にすることも可能であったと主張するが(控訴趣意第二の六)、実際にはそのような価格決定はなされなかったのであるから、これまた事実関係に基づかない仮定論に過ぎない。

次に、所論は、法人に対する土地譲渡重課制度は、異常な土地高騰に鑑み、投機的土地取引(いわゆる土地転がし)の抑制に資することを目的として創設されたものであるところ、本件逋脱にかかる東洋産商の不動産取引のうち、約五九・二八パーセントはコリンズグループ内部の取引であって、いわゆる土地転がしではなく、しかも、東洋産商の決算に際し、赤字を出さないようにすべく、その譲渡価格が設定されたものであって、投機的土地取引ではないにもかかわらず、投機的取引を前提とした原判決の量刑は、土地譲渡益課税制度本来の目的を逸脱した疑いがあり、憲法三一条違反の誇りを免れない旨主張する(控訴趣意第三の一の2)。

しかしながら、法人の短期所有土地又は超短期所有土地の譲渡益に対する重課制度の目的が投機的土地売買による地価高騰を抑制することにあるとしても、租税特別措置法六三条、六三条の二は、詳細な規定を設けてそのような立法目的に合致しない土地取引を重課制度の対象から除外しているのであって、右除外事由に該当せず、右各条の課税要件を充足する取引について重課制度の適用があるのは当然である。所論事情の如きは、右各条の適用を免れる事由とするに由ないところであって、本件土地譲渡益が右各条の課税要件を充足するものであることは明らかであり、これに課税することが、制度本来の目的を逸脱したとか、いわんや憲法三一条に違反するものというべき筋合ではない。所論は、弁護人独自の見解に立脚するものであって到底採るを得ない。

更に、所論は、重加算税制度と刑罰とは、法形式的には、憲法三九条後段の二重処罰禁止に該当しないとしても、実質的には同一行為に制裁を加えるものであるから、本件において東洋産商に対し三億九六七四万一五〇〇円もの重加算税が課せられ、納付されている事実を考慮して刑罰を科すのでなければ、実質上、憲法三九条後段に違反する不合理な二重制裁となってしまうであろうと主張する(控訴趣意第三の2)。

しかしながら、重加算税と刑罰とが制度として二重処罰の禁止に触れない以上、それぞれの制度の範囲内で行われる処分についても所論違憲の問題を生ずる余地はない。のみならず、法人税法違反事件の裁判においては、重加算税の納付がなされている場合にはそのことを十分考慮した上で法人に対する罰金刑が定められているのが実情であり、本件もその例外ではない。更に、原判決は、法人の代表者である被告人小林に対する量刑においても、重加算税納付の事実を有利に斟酌していることは、その量刑の理由についての説示からも明らかである。所論は採るを得ない。

また、所論は、原判決は、被告人小林及びコリンズグループにおいて過去に負担し、将来負担し続ける税金は巨額であり、同被告人のすさまじい納税努力によって納付されている事実を看過し又は過少評価していると主張するが(控訴趣意第三の一)、担税力に応じた税金を納付することは国民の義務である。コリンズグループに対する税金が巨額なものとなり、税金を納付した後に膨大な欠損を生じている原因は、同被告人が新宿区、荒川区の大規模な開発を企図し、五〇〇〇億円を超える借入れを行い、その金利支払いのために手持ちのビルを次々に売却するという道を選んだ結果、短期、超短期の土地重課を招いたためであり、同被告人自身の意思に基づくものである。

所論は、更に、同被告人が企図している新宿区、荒川区の巨大都市開発事業は公共的性格を有するものであり、同被告人に対する実刑判決により右計画を頓挫させることは大きな社会的損失を招くと主張する(控訴趣意第四、第五)。右事業は、もともと営利を目的とする私企業によるプロジェクトであるが、その規模の巨大なことからある程度の公共的性格を帯びること、また、これが頓挫した場合に及ぼす影響が広範囲に亙ることは否定出来ない。原判決は、いささか過大とも思えるほどにこの点を評価し、量刑に当たって斟酌せざるを得ないと繰り返し説示している。そして、検察官の懲役三年六月の求刑に対し、大幅に刑期を軽減した寛刑を科していることにその結果が示されている。所論は、原判決がこの点に理解を示しながらなお実刑を相当としたのは、理由と主文とのくいちがいないし大きな価値の見落としがあると主張する。しかし、これらの事情が原判決が斟酌した程度を超えて、被告人に対する懲役刑の執行猶予を正当化する事由になり得るものとは到底認められないから、所論は独自の見解というほかない(ちなみに、本来、法人格を備えた企業であれば、その運営を担当する企業経営者の個人的能力や人格を超えた別個の存在であるべきであり、当該企業の規模が大きくなり、取り扱う事業が巨大化するほど、その要請は高まるものというべきである。万一、経営者の一身に不測の事態を生じた場合にたちまち経営が破綻するようでは、独立の法人格を有する企業というよりは経営者の個人営業に類するものであって、そのような企業が公共性を帯びた巨大事業を遂行しようとすること自体に問題なしとしない。少なくとも、そのようなことを理由に、本来実刑を相当とする事案につき、経営者に執行猶予を付することが正当化されるものとは考えられない。)。

その他、被告人小林に有利な情状としては、同被告人が本件を深く反省し、当初から事実を素直に認めて捜査に協力したことはもとより、国税当局の査察着手以前から福田らに依頼したB勘作りを中止していること、反省の証として社会奉仕に貢献すべく社会福祉法人日本肢体不自由児協会に一億円の贖罪寄附を申し出てその支払を約束し、原審当時、その一部として二五〇〇万円を、当審に至ってから更に五〇〇〇万円をそれぞれ出損したこと、同被告人は、コリンズグループのオーナーとして多年地域開発に貢献して来たため、その関係者らに高く評価されており、また、前示のとおり、同被告人が今後も同グループの開発事業として企画、推進している大規模なプロジェクトに賛同し、期待する向きも多いところ、同被告人が刑に服すると、右開発事業に及ぼす影響が多大であること、東洋産商において、本件逋脱にかかる法人税につき、速やかに修正申告をして、その本税及び附帯税を含めた合計一二億二七四三万〇五〇〇円のみならず、地方税五億〇三二四万二三〇〇円をも納付し、再び過ちを犯さないよう監視体制を整えたこと、更に、原審で東洋産商に科された罰金四億円も完納していること、その他所論が指摘する首肯するに足りる諸事情を挙げることが出来る。しかし、原判決が、被告人小林を懲役二年及び罰金六〇〇〇万円に処したのは、上記諸事情のうち原判決の時点で斟酌することの出来た総ての事情を最大限同被告人に有利に斟酌した結果にほかならないものと認められ、これが重過ぎて不当であるということは出来ない。更に、当審における事実取調べの結果に現れた事情を加えて再考してみても、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反するものと認めるに由ないところである。

それ故、論旨は理由がない。

第二被告人室伏博関係

所論は、要するに、原判決の量刑は、刑の執行を猶予しなかった点で著しく重過ぎて不当であるから、破棄を免れないというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件事案の概要は、被告人小林の関係で説示したとおりであって、被告人室伏が被告人小林及び福田と共謀の上、東洋産商の三事業年度にわたる法人税につき、土地建物の買入代金を水増しし、あるいは架空の買収協力費を計上するなどして、その所得を秘匿する方法により、合計一五億三二五八万円余の法人税を免れたという大型脱税事犯であること、被告人室伏は、日建工業の経営に行き詰まって、その資金繰りに窮したため、被告人小林の裏金作りに協力して報酬を得ようと考えた福田から、その取り次ぎ方を依頼されるや、同人を援助したい一心から、被告人小林に対し、その当時東洋産商の行っていた土地買収の手伝いをさせて欲しい旨申し出たところ、一旦は断られたにもかかわらず、なおも被告人室伏において全責任を負い被告人小林には迷惑を掛けない旨懇願して、その承諾を取り付けた上、福田と共に東洋産商の土地買収に従事するようになったこと、そして、多数の物件を買収するに際し、その買収代金に予め簿外資金に充てる分をも含めて計上するなど、長期間にわたり、東洋産商の所得秘匿工作に深く関与し、その報酬として約二億八〇〇〇万円を取得していること(所論は、被告人室伏の取得した報酬額を争うが、同被告人は、捜査段階において、約三億四〇〇〇万円の報酬を受け取った旨供述していたところ、原審に至り、三億四〇〇〇万円は昭和五九年以降の五年分の報酬であって、同六〇年四月から六三年三月までの本件事業年度中に取得した報酬は約二億八〇〇〇万円である旨供述していることに鑑み、本件事業年度中に少なくとも同額の報酬を得たものと認めるのが相当である。)、証拠隠滅工作も行っているのであって、被告人室伏の果たした役割は決して軽いものではないこと、以上の諸点に徴すると、同被告人の刑責は重いといわざるを得ない。

してみると、被告人室伏は、査察段階から本件犯行を素直に認めて、その捜査に協力するなど、本件について深く反省改悟しており、前科前歴もないこと、本件による報酬相当分につき、トム・コンサルタントや同被告人が法人税や所得税の修正申告をして合計約三億二〇〇〇万円の法人税等を納付したこと、トム・コンサルタントの代表取締役として活躍する傍ら、原判決後、株式会社コリンズの取締役に就任し、その経営にもかかわるようになったこと、したがって、同被告人が刑に服することになると、右各会社の経営に多大の影響を及ぼすこと、更に、トム・コンサルタントは、当審に至り、財団法人日本ユネスコ協会に対し、児童救済基金として合計一七〇〇万円(但し、そのうち一〇〇万円の寄附は原審の結果後にしたものであるが、その立証は当審に至ってからしたものである。)を、社会福祉法人ねむの木学園に対し、一〇〇〇万円をそれぞれ贖罪寄附したこと、被告人小林との刑の権衡、近時の量刑事情、その他所論が指摘する被告人室伏に有利な諸般の情状を十分斟酌しても、同被告人に対し、刑の執行を猶予すべきものとは認められず、本件脱税事犯に対する一般予防の点をも併せ考慮し、同被告人を懲役一年に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

第三結語

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 新田誠志 裁判官 浜井一夫)

○ 控訴趣意書

被告人 小林政雄

右の者に対する法人税法違反被告事件について、控訴の趣意は、左記のとおりである。

平成四年六月二九日

弁護人 宮原守男

弁護人 宮川光治

弁護人 山田宰

弁護人 並木政一

弁護人 古谷和久

東京高等裁判所第一刑事部 御中

目次

はじめに・・・・・・二四〇六

第一 原判決の量刑論・・・・・・二四〇七

一 罪体についての量刑理由・・・・・・二四〇七

二 原判決が認定した被告人の人物像とその情状・・・・・・二四〇八

三 原判決が懲役二年の実刑に処した理由・・・・・・二四一一

第二 ほ脱所得について、他の脱税事犯と異なることについての認識の不足・・・・・・二四一一

一 本件は他の脱税事犯と本質的に異なる・・・・・・二四一二

二 簿外資金づくりはそれ自体としては法人税法違反ではない・・・・・・二四一二

三 ほ脱所得に関わる本件不動産取引の実態-コリンズグループ内部の移転・・・・・・二四一三

四 土地譲渡価格の設定方法・・・・・・二四一四

五 隠すべき利益は実質的に発生しない・・・・・・二四一五

六 赤字決算としなかった理由・・・・・・二四一六

五 被告人の意識と本件についての姿勢・・・・・・二四一六

八 本件におけるほ脱所得の約六割は仮象であり、違法性の程度が低い・・・・・・二四一九

第三 納税実績と納税努力に対する過少評価・・・・・・二四二〇

一 過去負担し、現在、将来負担し続ける税金が巨額であること・・・・・・二四二〇

1 想像を絶する過酷な税負担・・・・・・二四二〇

2 本件と土地譲渡益重課制度・・・・・・二四二二

3 過去一一年間の納税と税制の現実・・・・・・二四二二

4 事件後の二年間における一四一億円の納税と平成三年度の状況・・・・・・二四二三

5 納税へのすざまじいばかりの努力・・・・・・二四二六

6 公共的開発の推進に伴う巨額な税負担と被告人の企業家精神・・・・・・二四二六

7 法人税法違反とされた企業体でこれほどまでの納税実績をもつものは稀有である・・・・・・二四三〇

二 損害の回復・・・・・・二四三二

1 本税、延滞税、重加算税の納付で十二分に回復されている・・・・・・二四三二

2 重加算税制度の違憲性・・・・・・二四三三

三 むすび・・・・・・二四三三

第四 被告人公共精神、公共的事業活動、それによりもたらされる巨大な公共的利益の過少評価・・・・・・二四三四

一 実刑により開発計画を頓挫させることは社会的にマイナスである・・・・・・二四三四

1 原判決の記述・・・・・・二四三四

2 巨大な事業規模と公共的利益・・・・・・二四三五

3 控訴審で理解いただきたいこと・・・・・・二四三五

二 被告人は真のデベロッパーである・・・・・・二四三六

1 被告人の成長過程・・・・・・二四三六

2 被告人の土地買収の理念と経営理念・・・・・・二四三八

三 事業を完遂することによって実現される公共的利益・・・・・・二四四一

1 荒川地区再開発の公共的性格・・・・・・二四四一

(一) 当該地域の開発の緊急性と困難性への挑戦・・・・・・二四四一

(二) 事業規模と地域へ還元される利益および計画の進捗状況・・・・・・二四四九

2 新宿地区再開発の公共的性格・・・・・・二四五〇

(一) 計画の概要・・・・・・二四五〇

(二) 用地取得の状況・・・・・・二四五〇

(三) 通産省も関与する国家的プロジェクトへ・・・・・・二四五五

3 実現される公共的利益(公共投資的利益、商業・経済的利益、文化的利益)の大きさ・・・・・・二四五五

四 開発計画への期待・・・・・・二四五六

1 住民の反応・・・・・・二四五六

2 自治体からの熱い期待・・・・・・二四五七

五 これら開発計画の実現性・・・・・・二四五九

六 計画が頓挫することによる事業用地の将来・・・・・・二四五九

1 虫食い状態のいっそうの悪化・・・・・・二四五九

2 金融機関は、被告人と全く違う発想で土地を処分するしかない・・・・・・二四六〇

七 被告人を除いては、計画の実現は不可能である・・・・・・二四六一

八 むすび・・・・・・二四六一

第五 被告人を実刑とすることの影響の重大性についての判断の誤り・・・・・・二四六二

一 原判決における理解不足・・・・・・二四六二

二 これまでの銀行支援とその理由・・・・・・二四六二

三 総量規制下における融資実行率の低下・・・・・・二四六三

四 実刑判決後における融資打ち切り・・・・・・二四六三

五 金融界の危機とコリンズにおける深刻な状況・・・・・・二四六七

六 コリンズ倒産が及ぼす影響・・・・・・二四六八

七 むすび・・・・・・二四六九

第六 本件犯行後の被告人の行動に対する過少評価・・・・・・二四六九

一 簿外資金づくりを中止した理由についての原判決の判断の誤り・・・・・・二四六九

二 本件の自発的中止について・・・・・・二四七〇

三 本件犯行後の国税・捜査当局に対する積極的協力姿勢について・・・・・・二四七二

第七 被告人の人格、生き方、再犯可能性がないこと等についての過少評価・・・・・・二四七四

一 原判決の記述・・・・・・二四七四

二 逆境から、努力、創意、工夫で人生を切り開いたこと・・・・・・二四七四

三 高潔、浮利を求めない、仕事一筋の、思いやり深い性格についての各証言・・・・・・二四七五

四 本件についての深き反省・・・・・・二四七九

五 再犯防止にむけての機構改革・・・・・・二四八〇

六 納税についてのさらに高まる自覚・・・・・・二四八一

第八 原判決後の情状・・・・・・二四八一

一 開発の実現にむけての血の出るような努力の日々・・・・・・二四八一

二 寄附の継続・・・・・・二四八二

三 罰金の納付・・・・・・二四八二

四 さらなる社会貢献への熱意・・・・・・二四八二

第九 本件のあるべき量刑について・・・・・・二四八三

一 原判決は、責任主義の観点からも重きに過ぎる・・・・・・二四八三

二 自然犯との比較においても、原判決は過度の重罰主義である・・・・・・二四八四

三 一般予防と重罰主義について・・・・・・二四八五

四 被告人は、すでに十分に制裁され、一般の犯罪抑止の効果も果たされている・・・・・・二四八六

五 さらに取締役退任という厳しい制裁が科せられる・・・・・・二四八八

六 罰金によっても一般予防の効果は実現しうる・・・・・・二四八九

七 原判決の影響をおそれる・・・・・・二四九〇

八 むすび・・・・・・二四九二

はじめに

原判決は、被告人小林政雄(以下「被告人」という。)に対し、懲役二年および罰金六〇〇〇万円に処する、罰金を完納できないときは、金五〇万円を一日に換算した期間、労役場に留置する旨の判決を言い渡した。これとは別に、原判決は、原審被告人東洋産商株式会社(以下「東洋産商」という。)に対し、罰金四億円に処するとの判決を言い渡している。

被告人を実刑に処した原判決は、本件事案と被告人の諸情状に対するものとしては合理的限界を超えて重きに過ぎて不当であり、破棄を免れない。本件においては、被告人は執行猶予に付せられるべきである。

後述のとおり原判決の量刑論は、結局は、ほ脱税犯の刑責はほ脱税額の大きさに比例するのであり、一般予防が重視されなければならないというにつきるが、この考えを機械的にあてはめて本件を判断することは、本件におけるほ脱行為と被告人をめぐる諸情状に対する量刑、さらには本件事案を踏まえた一般予防の判断の両面において誤りである。

その理由を八点に分けて、以下述べる。

第一 原判決の量刑論

一 罪体についての量刑理由

原判決は、まずその「量刑の理由」において、罪体について、脱税額が大きくなっている最近の事犯の中にあっても、上位にある事犯であること、しかし、脱税率は三年通算で四〇パーセントであり、法人税の脱税事犯の中では、特に同時期ころの不動産取引による所得を中心とした脱税事犯の中にあっては低い方であるといえること、脱税の方法は、土地仕入れ代金の水増し、仕入経費の過大計上であり、計画的かつ周到に不正工作が行われていること、脱税の動機については、被告人が過去順調であった会社が突如倒産に遭い、忘れられない辛い経験をしたことにより経営危機に備えねばならないという意識にとらわれていたことが主であるが、加えて不動産買収に伴う地権者等に対する裏金づくりであり、信頼する被告人室伏から、困窮していた福田を助けるため裏金づくりを手伝わせて謝礼金を与えて欲しい旨懇請され、断ったものの、結局情にほだされる形で大規模に始めたこと、倒産の危機に備えて脱税を図るということは、これまでの被告人の経験とグループ形勢の経緯からするとその心情は理解できるとしても、社会の犠牲において自己の会社の保全を図るということであって、特段に酌むべきものとまでいえないこと、被告人は脱税のための工作を主体的に行っており、簿外資金は無記名債券を購入して自ら秘匿しておいたものであり、主犯者の地位にあり、負うべき責任は一層重いとしている。

要するに、脱税額が大きいこと、不正工作は計画的・周到であること、その動機は特段酌むべきとまではいえないこと、工作を主体的に行っていること、以上が原判決の罪体についての量刑理由である。

二 原判決が認定した被告人の人物像とその情状

原判決は、弁護人の立証活動とその弁護を受けとめて、被告人の人物像とその情状について、以下のとおり述べている。

<1> 東洋産商への査察後、被告人の意向で、本税はもちろん、延滞税、重加算税等の附帯税がすべて支払われ、現実の法益侵害の回復は速やかに行われた。

<2> 被告人は、逆境に育ち、多くの辛酸を嘗め、いく度も挫折に会いながら、通り一遍の言葉では表現できない血の出るような努力と並み外れた才覚、不屈の精神でもって、何事にも最善を尽くさないでおかない真摯な態度を貫き、自らの人生を切り開いてきたものであり、そのこれまでの人生は、まさに聞く者を驚嘆させずにおかず、その生涯の人生は、被告人自身にとってビル建築の傑作にも譬えられるものになるのではないかと推測されるのである。こうした被告人の自ら築いてきた人生は、やはり被告人にとって酌むべき事情として、量刑上考慮されるべきである。

<3> 被告人は、簿外資金作りを行っていたが、東洋産商を含むコリンズグループの事業規模が大きくなり、到底簿外資金をもって倒産の危機を免れることができるような状況でなくなったことを自覚して、査察を受ける以前に自主的に福田らを使った簿外資金作りを止めている。

<4> 査察を受けると、正直に進んで事実関係の解明に協力し、簿外資金として隠匿していた全ての割引債券を自主的に提出し、また、査察後修正申告を速やかに行って、本税、延滞税、重加算税の即時完全納付を実行している。

<5> 被告人は、自己の行った行為の非を素早く悟り、率直にしかも顕著に反省の態度を示しており、それは捜査、公判を通じて一貫して変わりがない。

<6> 本件脱税を行ったことを省みて、コリンズグループに外部から人を招くなどして、ワンマン体制の欠陥を補い、本件ごとき誤りが行われないよう監視を受ける態勢を整えている。

<7> 贖罪の積りも込めて、これから企業人としてあるいは個人として社会に奉仕し貢献することを一層行っていきたいとの考えを述べ、現にその一つとして個人的に心身障害児医療療育施設に一億円の寄付をすることとし、その一部二五〇〇万円を既に出捐している。このように、被告人は、深い反省の態度を示すと共に、その反省の態度を具体的な行動をもって示している。

<8> 本件起訴の対象となっている期間においてもまたその後の期間においても、自らオーナーであり代表者を努める東洋産商以外の会社においては、脱税を行った事跡はない。

<9> 年々合計して多額の納税を行っており、本件脱税が発覚後はコリンズグループとして納めねばならない多額の納税に鋭意努力しており、これらは、被告人の納税についての規範意識が本来特に劣っていたり、本件が全く社会を無視した利己的な考えから出たものではないことを示すと共に、本件後は社会的にも一定の評価と信頼を得ている会社経営者の立場から、納税についての自覚を一層強めていることを証明している。

<10> 被告人及び東洋産商を含む被告人が経営する会社グループが、私企業の営利の枠にとどまらず、ビル建築とそれを発展させた街作りを通して社会に貢献することを考え、それを実践していることを無視することができない。すなわち、被告人は、昭和六〇年ころから、ビル百棟計画と称して、よりよい都市空間をもたらし、美しく周囲の環境にも良い影響を与えるビル建築を目指し、独創的なアイデアを活かしつつ、時には採算性をも無視して数多くのビルを建築し、それらビルは地域に好影響をもたらすものとの社会的な評価を得ているのである。さらに、被告人は、単一のビル建築からビル群の建築によって近未来にふさわしく美しい都市環境・街作りをするという理想を抱き、それを実現するため、コリンズグループにおいて、一定市街地域の再開発により、より高価値のオフィス環境と快適な都市居住環境を提供し併せて地域の活性化も図るとして、新宿区や荒川区の既存の市街地域を再開発する大規模な計画を立て、自治体や地元の住民らの賛同も得、計画実現に協力する大手銀行を始め多くの金融機関から多額の融資を受けて、鋭意土地の買収を進め、本件起訴前から一貫して計画の実現に向けて全力を挙げ精力的に取り組んでいる。この地域再開発計画は、もはや単なる私企業の営利の範囲内にとどまるものではなく、公益のための公共的性格を帯びたものである。このように、いまや被告人及びその経営する会社グループが、公益のための公共性のある事業活動を現に行っていることは、量刑に当たって斟酌されるべきである。

<11> 被告人がオーナー経営者である会社グループのコリンズグループが、右のように公共性のある事業活動を行っていることに加えて、同グループは、事業計画の立案・実行、金融機関等との対外的関係など、事業経営の基幹をなす部分は被告人の人格、才能、才覚に負うところ大きく、被告人が欠けるならば、前記諸計画に影響、障害が生じ、その推進、実現に多大の困難をもたらし、各計画の前途が予断を許さないことにもなり、もし前記新宿区及び荒川区の各計画が頓挫することとなれば、その及ぼす影響は容易ならざるものがあり、コリンズグループの枠を越えて関係各方面に与える直接間接の損害は測り知れず、及ぼす社会的影響、失われる社会的損失は余りにも大きいものと考えられる。このように、被告人に対する刑のいかんにより大きな社会的損失を招く恐れがあることは、やはり量刑に当たって考慮せざるを得ない。

<12> 本件は、同時期ころに行われた不動産譲渡に絡む脱税事犯の多くに見られるように、専ら土地売却による利益を稼ぎそれをより大きくするため脱税までもしたという場合とは異なることは、明らかであり、その点は考慮されることとなる。

三 原判決が懲役二年の実刑に処した理由

結局のところ、原判決は、本件の諸事情を考慮したとしても、脱税事犯においては、やはり脱税額の大きさに比例して責任を量らざるを得ないのであり、申告納税制度をとる税制度の下では、脱税についての一般予防ということを重視せねばならないことから、本件のごとく多額の脱税を行った被告人についてはその刑事責任は重く、懲役刑の実刑を免れることはできないとする。

刑責は、脱税額の大きさに比例するのであり、また、一般予防が重視されなければならないとするこのような原判決の判断は、本件において正しい判断であるといいうるであろうか。

原判決が述べている被告人についての有利な諸情状をみるとき、これ以上の情状が存在する事犯が他にありうるとは到底考えられないのであり、したがって、原判決は、どのような諸事情があろうとも、本件のようなレベルの脱税額の脱税事犯においては、実刑を科すること以外の判断を裁判所はすることはあり得ないと述べているに等しいと感じられる。

原審裁判所が、本件におけるあるべき量刑に苦悩されたことが原判決の内容から窺われないわけではないが、結局のところ、原判決には、以下に述べる諸点について、認識の不足、過少評価がみられ、そのことが量刑判断の誤りを導いているものと考えられる。

第二 ほ脱所得について、他の脱税事犯と異なることについての認識の不足

一 本件は他の脱税事犯と本質的に異なる

近年における脱税額が多額である他の脱税事犯のほとんどは、バブル現象の下で得た巨額の不動産譲渡益(ころがし利益)、株売買益などの利益隠しであり、なかには仕手作戦に便乗して利益を追及した結果を隠匿したという事犯もある。しかし、本件はこれらと本質的に異なる。

この点に関連して、原判決は「弁護人は、本件脱税の原因である土地譲渡は、被告人が全ての会社のオーナーであるコリンズグループ内での被告会社から他の会社への土地譲渡であって、グループ全体として見ればそこには実質的に土地譲渡による収益が存在せず、被告人小林自身もそのように認識していたのであるから、本件は違法性が低いというべきである旨主張する。しかしながら、法人税が個々の法人単位に課税されるものであることはいうまでもなく、被告人自身も当然それを認識しており、本件脱税のための工作もまさに法人単位に課税されることを認識した上で行なわれたものであり、脱税についての認識としてはそれら認識で十分であり、弁護人のいう会社グループという概念は法人税法上取り入れておらず、法人税の脱税の有無・程度を決するのに会社グループに利益が生じているかどうかは関係のないことであるから、グループ内での土地譲渡で実質的には収益を生じていないとか被告人がそう認識していたとかは、法人税の脱税の違法性の有無、程度を決めるに際し特に考慮されることではなく、弁護人の主張は採り得ない。」(全22冊の内1冊二四〇丁裏、二四一丁表)と判断している。そして、原判決は、前述第一、二<12>に記述したとおり、他の脱税事犯とは異なることは明らかであり、「その点は考慮されることとなる」(二四一丁表)と軽く触れるにとどまる。

この判断においては、ほ脱所得について、本件が他の脱税事犯と明白に異なることについての認識が不足しており、到底納得できない。以下、その点についてまず述べる。

二 簿外資金づくりはそれ自体としては法人税法違反ではない

本来、自社ビル用地として土地を取得し、固定資産として持ち続ける場合に、その折に簿外資金づくりのために土地代金額の水増し、手数料、協力費の架空計上をしたとして、それは固定資産である土地勘定に計上されるだけで損益には関係しない。右の行為は、それ自体としては、なんら法人税法違反を構成しない。

三 ほ脱所得に関わる本件不動産取引の実態-コリンズグループ内部の移転

まず、本件ほ脱行為に関わる東洋産商の不動産取引の実態をみてみる。

原審検察官冒頭陳述書(平成二年六月一二日付け)四頁の第2、4に、不動産取引が計一五分に分けて整理されている(検察官請求番号二-協力費調査書、一一頁から二〇頁まで全22冊の内4冊四〇丁から四九丁まで。同三-支払手数料(売上原価)調査書、一〇頁から一三頁まで、同六一丁から六四丁まで)。それによってあきらかなとおり、株式会社コリンズ、株式会社コリンズフォー、株式会社コリンズファイブというコリンズグループの他の会社に譲渡行為を行ったのがほとんどであって、グループ以外の会社に売却したのは11ないし14の新宿区左門町の各物件のみである。それらは、芝興産株式会社とその関連会社である青南エンタープライズに売却されたものである。右冒頭陳述書別紙2のほ脱所得の内訳明細(番号2、3、5)によると、左門町関係は協力金、支払手数料の架空計上がおこなわれたものであるが、それらは次の二期分のみである。

昭和六一年三月期 四億七六〇二万二四〇〇円

同 六二年三月期 五億一四七九万八八〇〇円

合計九億九〇八二万一二〇〇円

本件のほ脱所得金額の合計は、二四億七四三万九三八一円(なお、検察官請求番号八-債券償還益調査書二頁、前同一二八丁によると、これには債券償還益が一億二〇三八万三八九一円もふくまれている。これを除くと、二二億八七〇五万五四九〇円である。)である。しかし、コリンズグループ内部の各社に「売買」という法形式をとり譲渡移転したために所得が発生したとされる部分は一四億円四二五三万九五〇〇円(右冒頭陳述書内訳明細1と2の昭和六三年三月期の一億円の合計)を占め、グループ外へ売却して、実質的にみて真に所得が発生したとみられるのは、右のとおり九億九〇八二万一二〇〇円である。この両者の合計は、二四億三三三六万七〇〇円であるが、うち、前者は、五九・二八%と約六割を占め、後者は、四〇・七二%と約四割にすぎない。

四 土地譲渡価格の設定方法

本件でほ脱所得のうちの過半以上についてそれが法人税法違反に該当することとなったのは、まず、第一に、コリンズグループの中で東洋産商に土地仕入部門を担わせ、取得した土地を後日ビル建築・保有部門である株式会社コリンズやコリンズのいわゆるナンバー会社に譲渡移転するという事業経営システムを採用したことに帰因する。

この点について、高際幸子証人は、原審第六回公判調書(全22冊の内20冊公判調書(供述群)二〇九丁表から二一六丁表まで)において、要旨次のとおり証言している。

被告人は、昭和五八、九年ころから自社ビルの所有とその賃貸を事業の中心としようと考え、ビル百棟計画を立案し、その実現を目指した。その際、「コリンズ」というブランド名でビル建築を行うこととし、ビルの建築、保有は株式会社コリンズで行うこととした。株式会社コリンズは、もともと昭和五五年にリース店舗賃貸業を営業目的の中心として設立されたものであるが(旧商号「東洋エンタープライズ株式会社」)、のちに昭和五九年頃からビル会社に変って行った。東洋産商をコリンズと商号変更してビル会社としてもよかったのであるが、仲介業者として「東洋産商」という名前は業界に浸透していたのでこの名を残し、ビルを建築してこれを保有するのはコリンズ、土地の仕入は東洋産商と分けた。いわば、ひとつの企業内における土地仕入部門とビル建築・保有部門を二つの法人に分けたにすぎない。実態としては、一企業の縦割のセクションと同じである。また、一時期、ビル建築・保有部門である会社の一社あたりの負債総額を二〇〇億円以内に収めて経営をしていくという方針をたて、次々と株式会社コリンズ・ワン、株式会社コリンズ・ツゥーといわゆるナンバー会社を設立したが(二一二丁表)、そのわずらわしさに、後に、株式会社コリンズに統合していくという方向がとられ、その統合は完了している。現在では、土地の取得もビル建築もコリンズに統合されている(二一二丁表)。

右のすべての会社の株式は、被告人が実質一〇〇パーセント保有し(二〇九丁裏)、オフィスは同じであり、社員も出向という形をとり、全員同じである(二一三丁裏)。

このように、本件の特質は、被告人が一〇〇パーセントオーナーであるグループ内の不動産の移転なのであり、そこにおける「譲渡益」に関連しているということである。

五 隠すべき利益は実質的に発生しない

第二に、東洋産商からコリンズあるいはナンバー会社への土地の譲渡価格の本件での設定方法では、隠すべき利益は発生しない構造となっている。

右譲渡価格は、鬼崎城輔税理士指導の計算式に従い、経理担当者により決定されていた。取得原価(売買代金および測量費、仲介手数料、協力費その他の諸費用の合計)にその保有している期間の金利をプラスし、保有経費として取得原価の二ないし三パーセントを乗せて決定されていた。これは被告人の決済を得ることなく、経理の流れの中で計算して数字が出されていたのである。このように、東洋産商からコリンズあるいはナンバー会社に移転した物件の譲渡価格は、右の計算式によって算出されたものであり、コリンズグループとしてみると、そこには、なんらの所得も発生しない(以上について、証人高際の前記第六回公判調書二一三丁裏から二一六丁表まで)。

そればかりか、重要なことは、取得の原価の水増し、協力費、仲介手数料の架空計上がなければ、取得原価はそれだけ低くなり、したがって右計算式により決定される譲渡価格もそれに比例して低くなるという構造なのである。東洋産商においても、ほ脱所得が発生することがない構造となっている。

六 赤字決算としなかった理由

第三に、東洋産商からコリンズあるいはナンバー会社への土地の譲渡価格の決定は、本来は自由になしうることであり、譲渡において損失を発生させ、ひいては、東洋産商の法人所得をマイナスとする操作も可能であった。しかし、東洋産商を赤字決算とすることは金融機関との関係でも好ましいことではないであろう。そのような政策判断から、その土地移転規模にあわせて法人所得を意図的に発生させ、税金も支払ってきたという側面がある。前述の譲渡価格の計算式もそのような意図の下に採用されている(この点については、控訴審において立証する予定である)。

七 被告人の意識と本件についての姿勢

被告人は、この点について、どのような意識でいたのであろうか。原審第六回公判調書において、弁護人の質問に次のように答えている(二七一丁裏以下)。

左門町の物件について、芝興産と青南エンタープライズに何回かに分けて売却処分しましたね。

はい。

先程一回切りではないというふうにおっしゃったのは、その何回かのことを指していると思うんですが、その六一年度と六二年度の法人税の申告については、所得隠しといいますが、利益隠しがあるということは、あなたは分かっていたんでしょう。

ですから芝興産に売却したということについて所得隠しがあったということは分かりますね。第三者に売りますからね。

それは分かっていたわけですね。

はい。そうです。

それ以外の物件について、六一年の三月期から六三年の三月期までの間に、産商からコリンズやコリンズのナンバー会社に譲渡して、その決算書やなんかはあなたはご覧になっているわけだけども、そのときになんか利益をそこでも隠しているんだと、こういうような意識はあったんですか(二七二丁表)。

これは全然ありませんよ、というのはこれ、第三者に販売すれば、これはいわゆる税を逃れたというか、うちの場合は私が全部社長ですから、自分のうちでやっているわけですから、自分の資産というか、自分、全部借入ですから、原価が多くなるだけですよね、簡単に言えば、そうじゃないですか、自分の金が動いているだけでしょう、いわば、そういうふうな私の気持でいますよね。

でいたわけですね。

もちろんそうですね。

六本木、四谷四丁目、太子堂、大京町、これらの物件はコリンズが保有しているし、今後も可能な限り保有し続けるつもりでいるわけですね。

もちろんそうです。

しかし、コリンズから他に売ったときには問題は生じますね(二七二丁裏)。

そうですね、土地の高騰にも関係するでしょうし、いろんなことに波及しますね。

もしそこで譲渡益が出たりすれば、そこで利益が圧縮されているとか、こういうようなことで問題が出て来ますね。

一般的にはそういうことじゃないですか。一般的な脱税というのはそうだと思いますよ。

そのような気持ちではあったんですか。

ですから私はあまりこう、なんていいますかね、人のことはあまり言えませんけども、一般的な脱税というのは、要するに自分のものを他様に売ると、利益を確かによこにすると、これはそうですけど、うちの場合は同じ小林社長の東洋産商から、同じ社長のコリンズに行き、しかも同じコリンズの小林社長のコリンズナンバー3に行ってると、それだけのことですよね(二七二丁裏)。

というような気持が当時あったわけですか。

もちろんあります。今でもあります。それは。

ただそれは今では税理士、公認会計士、それから我々の説明では問題点があるんだということは分かっているんですね。

もちろん今は分かりますけど、実際に私の気持ちの中では、

当時の気持ちの中では。

そうですね(二七三丁表)。

被告人は、本件の多くは、彼が一〇〇パーセントオーナーであるコリンズグループ内における不動産の移転であり、そこにおいては、いわゆる脱税といわれる事態は発生しないのではないかという認識でいたと思われる。

本件において犯罪が成立するためには、いうまでもなく法人税法第一五九条の構成要件に該当する客観的事実の認識が必要であり、そのためには、納税義務、すなわちその内容をなす所得の存在についての認識が必要である。さらに、偽りその他不正の行為に該当する事実の認識及びほ脱結果の発生についての認識が必要である。

弁護人は、本件公訴事実中の過半については、被告人に故意がかけていたとも考えられると思い、同人にその点について争う意思がないかと問うたことがある。告発直後のことである。この点について、被告人は、簿外資金づくりをしたが、それが法人税法違反となるという認識が欠けていたと述べ、左門町の物件ですら当初は自社ビル用地としての取得であったが、資金不足のため急拠二年度にまたがって売却処分したのであり、簿外資金づくりをしたその時点では税を逃れるという意識がなかったと述べた。しかし、それらは、自らの無知によるものであり、争うということは自分の行き方に反する。国税当局に積極的に協力してきたというこれまでの姿勢とも一貫しない。認めるという方向で、捜査にも対応したいという返答であった。すがすがしくも、潔いと弁護人は感じたのである。

この原審における弁護人の弁護活動はそうした被告人の意思に従っている。

八 本件におけるほ脱所得の約六割は仮象であり、違法性の程度が低い

原判決は本件を多額の脱税事犯ではあるが他の脱税事犯とは異なるということは考慮されることとなるとしている。しかし、他の脱税事犯とは異なるということは、単に、本件が私的利益追求のためではなく倒産の危機に備えねばならないという意識にとらわれていたことや、情にほだされる形で始めたことのみではない。

不動産購入の際における簿外資金づくりが、法人税法違反となるためには、まず第一に、当該不動産が譲渡されること、第二に、その年度の法人税申告において適正に取得価格や取得経費が計算されていれば課税の対象となる利益が発生することが必要である。

第一の点については、前記四で述べたとおり、本件の過半については、東洋産商として土地を保有し続けていればよかったのであり、たまたまビル事業部門であるグループの他の会社に土地をシフトした結果、該当することとなったのである。不動産譲渡に関わるほ脱犯のほとんどは、他へ売却処分して得た莫大な譲渡益の利益隠しである。これらとは、本件は、まず、右の点で決定的な差異がある。

第二の点については、前記五、六で述べたとおり、過半については、課税の対象となる利益は実質的にはなんら発生していない。あたかも存在しているように見えるが本当は存在していないという意味では、それは、仮象である。

原判決は、本件での脱税額が、「三年度の合計では一五億三二〇〇万円余りに達し」(二三一丁表)ているということを、最も重視しているようにみえる。しかし、本件のほ脱所得なるものの実相を深く掘り下げてみると、その約六割に該当する部分(前記三参照)は、仮象ともいえる所得であり、実質的にみるとほ脱所得はその約四割相当部分であるとみうるのである。

公訴事実について無罪であるとまではいえないとしても、本件は通常のほ脱税犯に比し、犯罪行為の情状として、違法性の程度が低いというべきである。

原判決については、この点についての認識が欠けている、あるいは著しく不足しているといわざるをえない。

第三 納税実績と納税努力に対する過少評価

一 過去負担し、現在、将来負担し続ける税金が巨額であること

被告人およびコリンズが過去負担しさらに現在、将来負担し続ける税金が巨額であることについて

1 想像を絶する過酷な税負担

弁護人請求証拠番号一六〇-(株)コリンズ損益計算書(全22冊の内19冊証拠書類群、三五二九丁)ならびに被告人の第一三回公判調書(全22冊の内22冊公判調書(供述)群、七七一丁表以下)により明らかなとおり、平成元年一二月一日から平成二年一一月三〇日までの平成二年度第一一期(株)コリンズの決算では、売上高六七一億三七四七万円、税引前利益は八一億七七七八万円に達する。しかし、この年度の法人税と都民税の合計額は八〇億三六七五万円で、実に右利益の九八・二八パーセントが税金であり、税引後の利益は、わずか一・七二パーセントの一億四一〇三万円である。ところで、右年度の申告は後に修正されているが、それによると、税引前利益は八一億七七七八万円であり、法人税と都民税の合計額は、七七億七一一〇万円で、実に右利益の九五・〇三パーセントが税金であり、税引後の利益は、わずか四・九七パーセントの四億〇六四四万円にすぎない。また弁護人請求証拠番号一六一-納税額一覧表(全22冊の内19冊三五三〇丁、三五三一丁)によると、平成二年度の事業税は一二億五〇四三万円(修正申告後一三億一七五〇万円)である。これは、想像を絶する過酷な状況であるといわなければならない。

なぜ、このような結果を生ずるかについて、被告人は、原審第一三回公判調書で、要旨、次のとおり述べている(七七一丁裏から七七三丁裏まで)。

ビル一〇〇棟計画は完遂間近であるが、次の大規模な都市再開発事業の遂行のために、多額の借入が必要であり、そのための金利負担が膨大である(七七三丁表)。

それを賄うために、これまでは保持し続けるつもりであったビルを売却処分するということをせざるをえない。ところが、コリンズは新興不動産開発業者であり保有している土地(ビル敷地)は、いずれもこの数年間に取得したものばかりである。いまの土地税制の下では、土地譲渡については、保有期間二年以下の土地譲渡益については、いわゆる超重課として三〇パーセント、二年をこえ五年以下のものについては、重課として二〇パーセントの税金を加算して支払わなければならない。このような税制の下では、大規模開発を行うために借り入れをふやせば、必然的に巨率の税金を払わざるをえないこととなる(七七二丁表から七七三丁裏まで)。

2 本件と土地譲渡益重課制度

ところで、法人の土地譲渡益重課制度は、異常な土地高騰に鑑み、投機的土地取引(いわゆる土地ころがし)の抑制に資するための措置を講ずることを目的として創設されたものである(高田静治編著「不動産の税務平成3年度版」一〇五頁、土地税制研究会編著「詳解土地税制Q&A」九六頁、土地税制研究会編「土地税制はこう変わる」四頁、五頁)。

前述のとおり、本件ほ脱にかかわる東洋産商の不動産取引のうち、コリンズグループ外への売却は、四〇・七二パーセントであり、その過半の五九・二八パーセントは、コリンズグループ内部の他の各社に対して、売買という法形式をとり譲渡移転をしたもので、いわゆる土地ころがしではなく、また、東洋産商の決算上、赤字を出さないよう譲渡価格が設定されたもので、重課・超重課制度の本来の目的である投機的土地取引ではないのである。本件の過半についての重課・超重課制度の適用を前提としたほ脱率をもってなされた原判決の量刑は、その法本来の目的を逸脱した疑いがあるものというべきで憲法三一条違反の誹りを免れない。

3 過去一一年間の納税と税制の現実

さらに、コリンズグループが全体として、過去一一年間、どのように納税してきたかをみてみよう。

弁護人請求証拠番号一六一-納税額一覧表(全22冊の内19冊三五三〇丁、三五三一丁)は、コリンズグループ全体の納税状況を昭和五五年度から平成二年度にわたり集計したものである(この表は、申告所得の発生年度ではなく、各期末の年度毎の集計である。そして、本件ほ脱に関わる修正申告後の本税、延滞税、重加算税の支払額については記載されていない)。

これによると、コリンズグループ全体としては、一一年間の合計で二三六億一五四一万円の税金(消費税五億八八八八万円を含む)を支払うという結果である(被告人個人の納税額を加えると二五〇億円を超える)。しかし、税引後利益は、一一年間でマイナス三六億一五八五万円に達する。なんという税制であろうか。

右結果でみる限り、被告人とコリンズグループは一一年間、二五〇億円という巨額の税金を支払うために、まさに骨身を削って働き事業活動をおこなってきた(被告人の原審第一三回公判調書、七七三丁裏から七七六丁表まで)。にもかかわらず、三六億円をこえる損失を結果として抱えるという事態なのである(なお、修正申告後支払った本税、延滞税、加算税の額を加えると、損失の額は約六〇億円である)。これがわが国の税制の現実である。

「利益隠し」といわれるが、「隠すべき利益」はなんら存在しないというのが実相である。この現実の前には、納税義務をはたすという意識が被告人には希薄なのではないかという検察官の糾問も、弁護人には、事柄の表面だけしかみない、浅薄な非難であるように思える。

4 事件後の二年間における一四一億円の納税と平成三年度の状況

昭和六三年から東洋産商とコリンズとの納税額が逆転し、後者の方がはるかに大きくなり、平成元年では、東洋産商とコリンズのナンバー会社コリンズへの統合がほぼ終了する。本件ほ脱事件の翌年以降の平成元年と平成二年のグループの納税額(修正申告後の納税額-別紙コリンズグループ納税一覧表参照、本件控訴審で立証する予定)は次のとおりである。

<省略>

右の税額について、平成元年分合計五二億七七〇七万円は完納しており、平成二年分の合計八八億四九五七万円についても、法人税の六四億五三五九万円は平成三年六月二四日までに完納し、都民税、事業税についても平成三年一一月二一日までに完納している(弁護人証拠番号一七七-税金支払表、全22冊の19冊三五七三丁)。本件ほ脱事件のあと、被告人小林が率いるコリンズグループは、三年間のほ脱税額の約一〇倍近い税金を二年間で納めたこととなるのである。

なお、平成三年度においては、決算が赤字であるにもかかわらず、重課・超重課制度のため、法人税七億六二三五万円、都民税一億四五二八万円、合計九億〇七六三万円を納付するに至っている。消費税を加えた税引き後の欠損は、なんと、一〇五億七三四二万円にも達するのである(本件控訴審で立証予定)。

コリンズグループ納税一覧表

<省略>

5 納税へのすざまじいばかりの努力

今日、このように巨額の税金を払い切るということは、尋常なことではない。不動産関連融資についての厳しい総量規制の下で滞納したり、金利の支払いをストップしたり、さらには倒産する不動産開発業者が続出している。金融界の信頼が厚いコリンズグループにおいても、平成二年一二月から平成三年三月までの四カ月間において、借入れ予定額八九〇億円と実際の実行額三八六億円との差が五〇四億円もある(弁護人請求証拠番号一五八-借入金予定額と実行額の推移表、全22冊の内19冊三五一九丁から三五二三丁まで。原判決以降の同推移表は、本件控訴審で立証予定)。資金不足は深刻である。契約代金の支払いは手元にある金で対応していくいことにならざるをえない。税金引当金も事業資金にまわさなければ、事業活動も停止してしまうというのが実態である。手持ちのビルを売るにしても、今は売却の話もまとまらない。売るにしても買うにしても融資がつかないという状況である。

こうした状況下にあるにもかかわらず、右の巨額な税金を納めているということに、弁護人は、被告人の納税についての努力にすさまじいばかりの決意をみる。

6 公共的開発の推進に伴う巨額な税負担と被告人の企業家精神

被告人がもしビル一〇〇棟計画の実現(それ自体、期間を考えると、驚異的ともいうべき事業であるが)に満足し、これからの人生をビル賃料収入に依存し、悠々自適の人生を送るという道を選択しておれば、このような酷税に遭遇することはなかった。大京町、内藤町、四谷四丁目、富久町、北新宿等の新宿区内の開発が遅れた地域の大規模開発を構想し、街づくりの夢を抱き、荒川区を変貌させようというロマンを抱いてその実現を目指して事業活動を開始するということがなければ、今日のような四三〇〇億円(原判決後、平成四年五月末現在で、銀行からの借入金一一五四億円、ノンバンクからの借入金四〇六六億円、その借入金合計五二二〇億円-本件控訴審で立証予定)をこえる膨大な借り入れの必要はなく、その金利を支払うために、手持ちのビルを次々と売却していくという必要もなかった。いわば、被告人が、街づくりへの情熱を抱き、公共の精神をもち、社会性をもった企画を立案し、これを実現するということに踏み出したことにより、国家財政も巨額な納税によって潤うこととなったというべきであろう。

この道は戻れない。事業活動と過酷な納税を完遂するほかなく、被告人にも戻る気持ちはまったくない。今後の陣頭指揮によって各プロジェクトが進展していく限り、毎年、被告人が率いるコリンズグループは、巨額な納税をし続けることとなるであろう。

この点について、弁護人の質問に対して、被告人は、原審第一三回公判調書全22冊の内22冊七七五丁裏から七七八丁表までで、次のとおり答えている。

税金を一〇一億円も払いながら、税引後利益はマイナス一六億円に達してしまうと、あなたは毎日朝七時から夜遅くまで一生懸命仕事をされているわけですね。

はい(七七五丁裏)。

一生懸命働いてもその利益のすべてが税金として払われるということになると、これが現実ですね。

そうです。

あなたの仕事のやり方やエネルギーをもっと工夫したり、もっと節税の努力をしたり、あるいは他の仕事に振り向けたりすれば、手元に残る利益というものももっと多い、別の世界も開けるんじゃないですか。

開けると思います(七七六丁表)。

しかし、にもかかわらずあなたは今のような仕事のスタイルを続けていかれる、なぜですか。

これは目的があるからです。

どういう目的ですか。

たとえば私としての目標、ビル一〇〇棟計画というのは新聞に発表しました。そしてその結果を皆さん方に見てもらおうということで実は新聞に発表いたしまして、現実にそれもほぼ完全にできるということが今から二、三年前に土地も確保できて終ってるわけですね。ですから私これ以上の目標というとまちをつくることしかありませんし、不動産業として最高の夢としてはまちをつくることしかないと思うんですね。この夢を目標として賭けているということがあるからあまり税金払うとか払わないとか考えてません。

そういうまちを開発する。まちづくりをするためにこの事業を続けていく、そのことの結果としては、その過程では税金は払い続けなければならない。税金を払うためではなくて、まちをつくるために税金を払うということですか。

そういうことです(七七七丁表)。

諸外国ではこういう都市の整備や再開発を行うデベロッパーに対しては、特別な税制などあって税制上配慮されているということがあるわけですが、日本では現在厳しいわけですね。

そうですね。

特にあなたのようなこの数年急成長してきた会社にとっては大変に厳しいわけですね。

そうです。

そういったことがあなたの開発意欲を、情熱をそぐということはないんですか。

まあ私はむしろ逆にこれがデベロッパーとしてアメリカ諸外国のようにまちを開発することが一つの勲章として評価を得るとすれば、私以外の人がだんだん出てくると思うんですが、残念ながら我々みたいな会社がやろうとすればつぶされるという状況ですね。ですから誰もできない中に僕だけやっている。そういう一つのやりがいと言いますかね。私はむしろそんなふうに考えております。

厳しい条件だからこそ一段と情熱も湧くと、私でなければやれないのではないか思う。そういうことですか。

はい。そういうことです(七七八丁表)。

弁護人は、この控訴趣意のなかで、あえて「酷税」と表現した。しかし、裁判所に注目していただきたいのは、被告人にはそのような非難めいた意識はなく、街を創造するためには税金を払い続けるということは当然のことで、そのことをあまり負担に考えず、厳しい状況にかえって情熱をかきたてているということである。このような被告人の意識に、弁護人は、そのさわやかな人柄と真の企業家精神をみるのである。

次に、今後も巨額の納税が続くであろうという点について、被告人は、同公判調書(七八一丁裏、七八二丁表から同丁裏まで)で以下のとおり述べている。

ところであなたのこの再開発計画は完成するまでは、フィニッシュになるまでは、このような税金というのは毎年払い続けなければいけないものなんですかね(七八一丁裏)。

はい、もちろんそういうことになります。相当な膨大な資金が必要ですから、その金利を払うためには売らざるを得ないと、そのために税金を払うということは、ほんとに繰り返し税金になります。むしろ多くなると思います。

今まで作りあげてきたビルは、あなたの今の構想ですとほとんど全部売り払って、この再開発の資金にあてると、こういうことなんでしょう。

そういうことになります。

そうするとまだ売っているビルというのはそんなになくて、ほとんど残っていますよね。

はい(七八二丁表)。

それらが今後何年間かの間にどんどん売られていく、とういうことになるんですか。

そういうことです。今の考えている目標が達成されるときにはほとんどないと思います。

そうすると毎年納税として一〇〇億円あるいはそれ以上年によっては払う、という事態が出てくるわけですか。

当然でますね。

何年くらいそういう状況が続くんですか。

これは今、私が考えている計画だけでも約ざっと五年はかかる見通しですね(七八二丁裏)。

(中略)

そうすると今の再開発計画、これが完成した後も、許されるならば更に新しい仕事、新しい開発にあなたとしては挑戦し続けて行きたいと、こいう考えでおられるわけですか。

そういうことです。

そうする場合によっては、あなたが仕事をし続ける限り税金を納め続けると、高額のですね、いうことになって行くわけですかね。

そういうことになると思います(七八三丁表)。

7 法人税法違反とされた企業体でこれほどまでの納税実績をもつものは稀有である

原判決は、「本件脱税率は、三年通算で四〇パーセント」(二三一丁表)であると判示し、また、「法人税の脱税事犯の中では、特に本件と同時期ころに行われた不動産取引による所得を中心とした脱税事犯の中にあっては、低い方であるといえる。」(二三二一表)とも判示している。

しかしながら、本件のほ脱税額とコリンズグループの過去一一年間の法人税の申告税額の総額とを比較すると、近時の法人税法違反事件になかでは、その低さにおいて稀有の事例であるというべきであろう。その比率は、約六パーセントにすぎない。さらに、コリンズグループの一一年間の二三六億円に本件のほ脱税額一五億円を加え総体のなかでの比率をみると、六パーセントを下回わる。

法人税法違反を犯して罪を問われた企業体で、これほどまでに納税実績をもつ企業体が存在したであろうか。あるいは、今後、存在しうるであろうか。さらに、また、ほ脱行為後の続く二年間(平成元年と平成二年)にほ脱税額の約一〇倍に相当する約一五〇億円(修正申告後は一四一億円)もの納税をおこなうという企業がこれまで存在し、あるいは、今後存在しうるであろうか。

原審公判において、被告人は、検察官より厳しく糾弾され、あるいは、裁判官からも税金を払うという社会的責任を果たすといった単純なことについて自覚が不足していたのではないかとも質されている(原審第六回公判調書、高際証人に対する山田裁判官の尋問、二二九丁)。

しかし、今日の日本社会においては、巨大企業と目されている多くの企業体が微々たる税金しか納めていないこと、あるいは国税当局との見解の相違という弁解を後に伴ってなされるところ巨額の利益隠くしや「申告漏れ」がなんら刑事訴追されることなく放置されている事態があることはまぎれもない事実であって、そうした事象に比すると、弁護人は、被告人のこれまでの納税実績と、本件後から将来にわたる納税と、そのことについての同人の決意と努力とについては、深く斟酌してしかるべき極めて有利な情状があると確信する。

二 損害の回復

修正申告による本税、延滞税、重加算税等の納付によって本件はほ脱による損害はすでに十二分に回復されている。

1 本税、延滞税、重加算税の納付で十二分に回復されている

本件刑事責任を問われたほ脱税額の三年分合計は、一五億三二四七万三四〇〇円である。しかし、これはいうまでもなく室伏、福田に対する出捐分を含んでおり、東洋産商の手元に残った所得額に基づいて納付すべき額は、室伏らに対する支払報酬が経費控除されるため、追加納税額は、修正申告書(弁護人請求証拠番号七七-全22冊の内の17冊三〇七六丁、七八-三〇七七丁から三〇八一丁まで、七九-三〇八二丁から三〇八八丁まで)記載のとおり、合計一二億二七四三万〇五〇〇円である。

以上の納税については、東洋産商と被告人は、その根拠、計算の内容について疑義を全く差し挟むことなく、国税当局の指示どおり直ちに修正申告をして即完納している。すなわち、右本税と延滞税二億二〇二二万一二〇〇円、重加算税三億九六七四万一五〇〇円は、国税当局が指示したその日に(本税については、平成元年一二月二六日、延滞税については平成二年三月六日、重加算税については平成二年三月二三日に)納付されており(弁護人請求証拠番号八一ないし九二-三〇九六丁から三一〇七丁まで)、その合計は、一八億四四三九万三二〇〇円である。これら三年度の法人都民税、事業税(すべて平成元年一二月二六日納付)の追加納付分の合計は、五億〇三二四万二三〇〇円であり(同九五ないし九八-三一一〇丁から三一一三丁まで)、以上合計は二三億四七六三万五五〇〇円に達する。

起訴されているほ脱所得額の合計は二四億〇七四三万九三八一円であるが、その約八〇%(二〇パーセントは、室伏、福田に対する支払報酬であるため)に相当する一九億円余が東洋産商の実質所得であるところ、右税額はこれを四億数千万円上わ回る。東洋産商としては、本件犯行によって得たもののすべてを超えて、さらに多くを納税したこととなる。

本件犯行によって被告人らが国の課税権を侵害したことによる損害は、完全に回復されているばかりか、それを超えた厳しい制裁をすでに受けている。

2 重加算税制度の違憲性

なお、重加算税制度は、実質的にみるともともと刑事制裁的機能をも有する。法形式的には、これと刑罰は憲法三九条後段の二重刑罰の禁止には該当しないとしても、実質的には同じ行為を二重に制裁するものである。本件では三億九六七四万一五〇〇円もの重加算税が課せられ納付されている事実を実質的に考慮して刑罰を課するのでなければ、実質上、憲法三九条に違反する不合理な二重制裁となってしまうであろう。田宮裕教授は、「脱税額のいかんによっては、……相当な巨額に上ることもあるので、脱税者に罰金と同じ苦痛を与えることになり、または罰金と重ねて徴収すると苛酷な結果にもなる。ここから、憲法三九条の二重の問責の禁止に触れるのではないかという問題が生ずる」といわれる(ジュリスト一九六三年六月号憲法判例百選一二九頁)。

三 むすび

以上、原判決は、被告人およびコリンズグループが過去負担し、現在、将来負担し続ける税金が巨額であり、それが苛酷ともいうべき税額であること、にもかかわらず、被告人のすざましいばかりの納税努力によって納税されていること、本件修正申告による本税、延滞税、重加算税等を既に完納し、本件後も、巨額な税金を納付し続けている重要な事実に対し、これらを看過ないし過少評価して量刑を判断する誤りを犯しているものといわなければならない。

第四 被告人の公共精神、公共的事業活動、それによりもたらされる巨大な公共的利益の過小評価

一 実刑により開発計画を頓挫させることは社会的にマイナスである

被告人は、その都市開発の中に公共的利益を具現化する唯一の民間デベロッパー(不動産開発業者)であり、他の模範となるべき先駆的な存在である。実刑により現在進行している開発計画を頓挫させることは、社会的にみて大きなマイナスである。

1 原判決の記述

この点、原判決も量刑の理由で次のように評価する。

「被告人が経営する会社グループが、私企業の営利の枠にとどまらず、ビル建築とそれを発展させた街作りを通して社会に貢献することを考え、それを実践している」(二三八丁表)

「コリンズグループにおいて、一定市街地域の再開発により、より高価値のオフィス環境と快適な都市居住環境を提供し併せて地域の活性化も図るとして、新宿区や荒川区の既存の市街地域を再開発する大規模な計画を立て、自治体や地元の住民らの賛同も得、計画実現に協力する大手銀行を始め多くの金融機関から多額の融資を受けて、鋭意土地の買収を進め、本件起訴前から一貫して計画の実現に向けて全力を挙げて精力的に取り組んでいる。この地域再開発計画は、もはや単なる私企業の営利の範囲内にとどまるものではなく、公益のための公共的性格を帯びたものである。」(二三八丁裏、二三九丁表)

そして、「事業計画の立案・実行、金融機関等との対外的関係など、事業経営の基幹をなす部分は被告人小林の人格、才能、才覚に負うところ大きく、同被告人が欠けるならば、前記諸計画に影響、障害が生じ、その推進、実現に多大の困難をもたらし、各計画の前途が予断を許さないことにもなり、もし前記新宿区、荒川区の各計画が頓挫することとなれば、その及ぼす影響は容易ならざるものがあり、コリンズグループの枠を越えて関係各方面に与える直接間接の損害は余りにも大きいものと考えられる。」(二三九丁表、裏)として、コリンズの開発計画が頓挫することによる影響を、「予想も困難なほどの社会的損失を招く恐れがある」(二三九丁裏)とまで述べる。

2 巨大な事業規模と公共的利益

しかし、原判決の右のような評価は決して誇張ではない。被告人の事業の成否には、もはや被告人の会社である株式会社コリンズおよびそのグループ、これらと契約関係を結んでいる多数の地権者、建設業者、金融機関ら直接の利害の範囲にとどまらない巨大な公共的利益が関わっているのである。原判決は、このことを正しく指摘しながらもなお、実刑を相当としている、ここには、理由と主文との間に齟齬ないし大きな価値の見落としがあるというべきである。

被告人も弁護人も、公益に資する事業をしているという、それだけの理由で執行猶予を求めるものではない。事業の頓挫による、まさに「予想も困難なほどの」大きな損害の発生と、みすみす失われる公共的利益の大きさを思うからである。本件における刑責の重さは被告人が深く自覚するところである。だからこそ、被告人は、あえてその事業を完成させることによって、社会に報いようとしているのである。

コリンズの事業規模は、平成四年五月末段階の融資残高で五二二〇億円に達し、最終的な計画では一兆円規模にも及ぶものである。新宿区の年間予想一二九七億円、荒川区の年間予算八二七億円(いずれも、平成四年度一般会計予算)と比較しても、その事業規模の大きさが理解されると思う。しかも、被告人は他の不動産開発業者のように、株取引、海外投資などの投機的取引にこれら莫大な資金を使っているのではない。すべてが、純粋に開発計画の事業資金である。

3 控訴審で理解いただきたいこと

控訴審においては、原判決後のこれら事業計画の進捗状況、とりわけ、現下の厳しい経済情勢にもかかわらず、全事業が前進していること、そして近い将来において完成することの現実性、これによってもたらされる大きな公共利益を具体的に理解いただきたいと考えている。事業の頓挫により生じる損失、失われる利益は脱税額をはるかに凌ぐ。そして事業の完成の暁には、必ずや侵害された社会的法益を償って余りある大きな公共的利益が生みだされるのである。

これらの事情は、判決の結論に影響を及ぼす重大な情状であると考える。残念ながら、判決の表現は別として、原審裁判所は、この点について真に理解されたとは思えない。結局のところ、他の脱税事件とのバランス等を配慮して実刑判決を宣告されたと思われる。

二 被告人は真のデベロッパーである

1 被告人の成長過程

原判決も指摘するように、被告人の今日までの成長過程はまさに驚異的である。

「被告人小林は、逆境に育ち、多くの辛酸を嘗め、いく度も挫折に会いながら、通り一遍の言葉では表現できないような血の出るような努力と並みはずれた才覚、不屈の精神でもって、何事にも最善を尽くさないでおかない真摯な態度を貫き、自らの人生を切り開いてきたものであり、そのこれまでの人生は、まさに聞くものを驚嘆させずにおかず、その生涯の人生は、被告人自身にとってビル建築の傑作にも譬えられるのではないかと推測されるのである」(二三六丁表、裏)

一介の不動産仲介業者から会社を興し、人一倍の努力で短期間に力をつけ、マンションやオフィスビルの建築に次々に着手し、わずか五年間でビル一〇〇棟計画をほぼ完成させたのである。そして、点としての単一ビルの建設から面として複合的な開発へ発展し、そして、いまや器としての建物だけでなく、地域のみならずより大きな社会的利益を意識した開発の思想をもつデベロッパーへと変身している。

被告人における都市再開発の理念は、地域の活性化をも意識した斬新なビルを多数建築してきた実践から、また家族へのサービスを兼ねた外国への視察旅行、あるいは望月照彦教授からの影響、外国の模範的な都市開発のケースの勉強会などを通じて、形成されてきた。

例えば、証人望月照彦の原審第五回後半調書全22冊の内20冊一一七丁表から一二二丁まで、弁護人請求証拠番号一三〇-コリンズセミナーレジュメ集全22冊の内17冊三一六七丁ないし三一七九丁)、被告人小林の原審第七回公判調書全22冊の内21冊三四七丁表から三四九丁裏までの供述部分などを読んで頂きたい。

ここで、望月証人の証言を少し引用する。

望月証人は多摩大学の教授で、都市経営学を専攻し、日本建築学会および日本都市計画学会の会員であり、さらに通産省をはじめとする政府、地方自治体関係の委員をも兼任している。一九八八年四月にコリンズの顧問に就任したが、このいきさつを次のように証言する。

「顧問の要請があった時には、それだけではなくて、コリンズグループ全体がどういう社会的な役割を果たすかそういう意向が非常に強くありました。」(一七七丁表)「小林社長のかなり強い社会的な貢献というものに対する意思がありましたので、これは是非力添えしたいものだというふうな印象でお受けしたわけであります」(一一七丁裏)

同証人を中心とした勉強会の内容は、「勉強会の動機が営利活動だけでなくて社会的な存在としてどういう意味を持つのか、こういう強い意向がありましたので、その考え方を反映しまして、特に外国の企業が一体社会活動でどんなものをやっているのかというようなことを足掛かりにしたり、そこにおける企業者がどういう哲学で企業活動をやっているのか、あるいはそれに対するさまざまな実例というものを私の方が資料を用意したり、スライドをご提示したりして勉強を行いました。」(一一八丁裏、一一九丁表)、具体的にはカーネギーやロックフェラーなどのアメリカの実業家の実例から「こういう方々の生き方、思想、社会的な還元というふうなことをかなり突っ込んで勉強したわけです。」(一一九丁表、一二〇丁表)というようなものである。

世がバブル経済で目先の利益を追求し浮かれていた時に、企業の社会的活動、利益の還元を真剣に勉強していた者がいたのである。

別のところで具体的に述べるが、新宿区富久町や大京町で構想されている開発計画は、単にビルを作るということだけではない。その開発計画のなかに社会的使命を織り込む、そのような性格付けを与えてビルを作るということである。これまで、たとえば三菱地所クラスでも、単に入れ物としての効率・機能だけを考えてオフィスビルを作ってきた。ビル自体にどのような使命を持たせるかという観点は全くない。丸の内にある数々のビルはいわば雑居ビルである。しかしながら、これからの大規模なビル建築は、単に投資効率だけを考えて計画されてはならない。被告人はいま、この点を明確に意識した我が国でも類をみない先駆的なデベロッパーとして成長している。

2 被告人の土地買収の理念と経営理念

人が住んでいる都市にビルを建てることは、すなわち街を再構築することである。したがって住民に喜ばれるものでなければならない。被告人は、用地買収を担当する者に対して、日頃、都市開発業者は単に土地を買収することに長けていることだけではだめで、住民に開発の意義を理解してもらい、さらに共鳴してもらうまで説得できる能力が必要であると説いている。もちろん、住民のなかには手放しで歓迎しない人もいる。古くからの人情、風情を大切にしたいとして大規模なビル建設に反対する人もいる。しかし、そのような人達も、消防車や救急車の進入もままならないほど密集した住居環境を積極的に評価してはいない。地域の商業等を活性化させ、同時に都市の生活基盤の整備に直結する開発計画であれば、必ず住民の理解と賛同を得ることができる。これが被告人の確信である。このような目的をもった土地の買収が、目先の利益がでればよいとして住民を追い出す「地上げ」と根本的に相違することは容易に理解いただけると思う。

地域の発展に役立ち住民の理解を得る土地の買収および開発、そこに都市再開発業者の本来の目的がある。だからこそ、被告人は、普通の業者が手をつけない、つけられない地域の開発にあえてチャレンジしているのである。ここに被告人の真骨頂がある。この端的な例が荒川地区の再開発計画である。コリンズの荒川地区計画は、常識的には採算の合う事業ではない。

この点に関して、望月証人は、「(荒川の計画)これは、多分投資に対する利益率というのは大変少ないわけで、むしろこれは赤字を覚悟して開発を考えるというような姿勢でなければ専門的に見てとり組めないプロジェクトではないかというふうに考えております」(一四七丁裏)とみている。

被告人は、この開発のモデルをアメリカのヒューストンの成功例におき、数年間の資料をゼロにしてまで、優良企業等を誘致することを計画している(被告人の原審第七回公判調書全22冊の内21冊三四五丁裏、三四七丁表)が、目先の採算を考えては到底できない事業である。

しかし、荒唐無稽な事業計画ではない。被告人の事業家としての確かな成算も、長期的な事業上のメリットもある。望月証人はこう言う。

「例えば、地域の人に喜んで生活をしてもらえる、そういう開発の先進事例が他の開発に大変いい影響を与えておる、そのために他の下町でもやはり競ってコリンズグループに共同開発を申し入れるというふうな結果が、もしこのプロジェクトの成功によって生み出されるとしたら、それは大変大きな利益としてコリンズグループにかえってくるというふうに思います。」「非常にロングレンジに、長期にわたっての見通しにおいて、いわゆる企業的な利益というふうなものを小林社長は考えているというふうに思います。」(全22冊の内20冊一五二丁表、裏)

また、被告人は、決して他の業者のように目先の利益を目的として土地を購入しない。まして、働かずして利益を求める株式など投機的取引にはいっさい手をださない。バブル経済という異常事態の中で、その経営に明確な理念を持たない経営者がいかに多くいたことであろうか。日本中が経営理念を忘れて投機的な儲け話しに狂奔した。被告人は、その事業に明確な理念・思想を持っていたからこそ、この風潮に染まらず本来の事業活動に専心してこれたのである。株式会社コリンズの専務の高際幸子証人は原審第五回公判調書全22冊の内20冊一七六丁裏、一七七丁表で、次のように証言する。

会社では海外の不動産の購入はまったくないんですね。

はい、ございません(一七六丁裏)。

株や有価証券、そういったいわゆる今時流に乗ったような投機的取り引きというのはどうなんですか。

ありません。

そうしますと会社の利益の中で営業外の収入、そういった利息収入だとか、それ以外の営業の収入というのはないんですか。

はい、ございません。

今どういう会社でも営業外のことで儲けている会社が多いわけですけれども、何故やらないんですか。

社長自身が昔から申しておりますけれども、私には株は絶対やるんじゃないというふうな話は昔から私は聞いた記憶がございまして、何故かというと、やはり努力をしてお金を得ることが人生楽しいんであるというふうな、社長自身のそういう考え方があるんじゃないんでしょうか(一七七丁表)。

いまやバブル経済がはじけ、なかでも不動産業界はもっとも大きなしっぺ返しを受けている。これを業界の「構造」不況と表現する者がいるが、誤っている。本来的に業界は都市の再開発という社会経済的に重要な役割を担っている筈であり、そのような業界の使命と需要は決して無くなりはしない。いや、ますます高まっているというべきであろう。不足しているのは経営者の開発の理念である。その意味で、いわば「構想」不況ともいうべきであると、被告人は考えている。

また、被告人は、銀行とも建設会社とも特定のつきあい、いわゆるメインバンクというような特別な関係を持たないことを経営の基本的理念としている。馴合い、癒着は成長を妨げるから、これらをいっさい排して、どこの銀行とも建設会社ともその事業内容だけで交渉する。不動産に対する融資の総量規制のさなか、しかも被告人が本件脱税事件で逮捕され公判中であるにもかかわらず、起訴後から原審判決までの間、コリンズに対して二〇〇〇億円を超える追加融資があった事実は、いかにコリンズの事業が、銀行や日銀その背景にある世論を堂々と説得できる内容であったかということを物語っている。

右は被告人の経営理念であり、他に先駆ける都市再開発業者として自負するところである。

三 事業を完遂することによって実現される公共的利益

1 荒川地区再開発の公共的性格

(一) 当該地域の開発の緊急性と困難性への挑戦

荒川区は東京二三区でも、もっとも都市開発が遅れた地域である。戦後の復興計画とも無縁のまま、細く曲がりくねった農道がそのまま現在の道路となり、そこに小規模の木造住宅が密集して形成された地区が広く多数残っている。コリンズが開発している地区は、荒川区役所に近接したいわば区の中心地であるが、典型的に右のような地域である。戦前の建物も散在し、相当の築年数を経た木造住宅・アパートが軒を並べている。そして、狭いにもかかわらず人口密度は高い。街は沈滞している。

当該地区の住民であり、荒川区役所の職員でもある伊藤武雄証人は、原審第一三回公判調書全22冊の内22冊七二六丁表から七三〇丁表までで次のように荒川の現状を述べている。

東京の開発が進んでますけれども、荒川区はそういった開発から取り残されている。そういう地域ですか。

はい(七二六丁表)。

……荒川の地域が一番にぎやかだったというのはいつごろのことですか。

戦前ですね。支那事変というかな、昔、その時代です。

そういった時代には、地元にはどういう産業だとか、商業だとかあったんですか。

家具屋とか、機械屋とか、職人、皮屋、それに付随して商店街も繁盛していました。

……いわゆる昔ながらの職人の町だったんですね。

そのとおりです(七二六丁裏)。

人口で聞きますと、最盛期でどのくらいの人口があったんですか。

三〇万以上です。

戦後三〇万の人口を数えたんですか。

そうです。

今の人口はどのくらいあるんですか。

一八万人です。

そうしますと、戦後人口は減少している地域なんですね。

そのとおりです。

ということは、当然地元での商売だとか産業だとかいったものも衰退しているわけですね(七二七丁表)。

そのとおりです。やめる業者もたくさんいます。

今は地元にはどういった仕事があるんですか。

ほとんど考えられる職業はないんですね。やめていきますから。

どういう職場があります。

まあ公共施設と銀行と。そういった公共施設が目立つというような町です。

民間の普通の会社の事業所というのはないんですか。

それも一〇人くらいの中小の会社です(七二七丁裏)。

商店街は繁盛していますか。

してないのです。

若い人は地元の商店街で買物しないんですか。

食べ物くらいは買いますけれども、衣料品関係は全部都心へ行きます。

仕事でも都心へ出られるということですか。

そのとおりです。

伊藤さん、さきほど言ってましたけれども三人お子さんいらっしゃいますけれども、みなさん仕事はどちらですか。

都心です。

具体的には。

文京区、中央区(七二八丁表)。

地元には若い人は残っていないんですか。

みんなそのような年寄りばかりです。

人口の年代別構成比というのがありますよね。

はい。

それで言うと圧倒的にお年寄りの方が多い町になっているんですか。

そのとおりです。

日中は人通りなんかも少ないですか。

少ないです。明治通り。自動車が多いだけです。通りすがりの自動車です。歩いている(人)よりも自動車の方が多いです。それが現実です(七二八丁裏)。

荒川の道路の状況というのはどういう状況なんですか。

昔のままの農道の古い道ばかりです。

整備された道路というのは、明治通りはそうですけれども、他にはあまりないんですか。

一部は戦災で焼けたところがいくらか碁盤の目になっている。それは一部ですから。

戦災で焼けなかったですが。

私の一帯は焼けてません。

古い狭い道が残っている。

そのとおりです。

そういうところは住宅は密集しているんですか(七二九丁表)。

もちろん密集しています。

そういう住宅の木造の古い建物ですか。

そのとおりです。

今は建築ブームで自宅を建て替えると、防災建築などそういうものもはやっていますけれども、それはどうですか。

住民は資力がないからできません。

経済力がない。

経済力がないです。

そうしますと消防自動車がはいれないような地域があるんですか。

ほとんど入れません。はしご車は全然動くことができないですから、一旦火事になったら大変なことになると思います(七二九丁裏、七三〇丁表)。

伊藤証人の証言にあるように、網の目のように細かく入り組んだ住宅地には消防自動車の進入すらままならない地区が多く、防災の観点からは大きな問題を残している。安全な避難経路や避難場所となるべき空地や公園も少なく、いったん大地震、大規模火災が発生した時には大きな人的物的損害が生じることが懸念されている。

しかしながら、荒川区による都市計画は遅れた劣悪な条件下で思うように進まず、危険な地区が多数放置されたままである。また、荒川は東京の商工業の発展からも取り残された地域であるため、民間の投資による再開発も期待できず、この地域では数年前に明治通り沿いに数棟のマンションが建築されたのみである。しかし、開発に一定の広がりのない単体のマンション建築は、将来の広範な開発を阻害する可能性がある。また、地域の商業等の活性化の観点からみても、住宅のみ増えることは決して好ましくない。マンションの建築は地域へ還元するものがなく、かえって負担だけを増大させるのである。特に、この地域は荒川区にとって唯一といってよいメインストリートであるから、これに面した場所にマンションが立ち並ぶことは、将来的にみれば、荒川区全体の都市開発計画に大きな影響を残すことになる。したがって、このような開発は行政も住民も歓迎していない。

右のことに関して伊藤証人は、原審第一三回公判調書七三二丁裏から七三三丁裏までで次のように述べる。

……マンションの計画については地元の反応はどうなんですか。

要するに明治通りは地元はあんまり歓迎していないと思うんです。

どうしてですか。

荒川を駄目にする。活性化ならないと思います。

マンションができると活性化ならない、どういうことですか。

要するに町並みが汚くなるということです。……要するにぽつぽつと立って、虫食いですね。

(中略)

行政はどうなんですか、そういう等価交換のマンションができることについて。

行政も明治通りに建つと荒川のイメージを失うので、好ましくないと思います。

また、望月証人は、原審第五回公判調書一三三丁表から一三四丁表までで、荒川の問題状況を次のように証言する。

ここも、戦後非常に細密化された居住地域になっておりまして、たとえば、一〇坪や二〇坪という非常に小さい敷地面積住宅がたくさん立ち並んでおります。(一三三丁表)

たとえば奥まったところで火災が発生したというときに消防車が入るわけにいきません。衛生的な環境も非常に劣悪であります。これは両サイドがアパートメントになっておりまして、六畳一間に一世帯家族が四人で暮らしているというような現況がいまだにこの地域には続いているということが言えると思います。(一三四丁表)

(産業的な問題は)日本の高度成長は東京における下町の革新的な企業活動によるものだということでありますが、環境が非常に悪くなりました。あるいは後継者が環境が悪いために居つかないということで、実は中小企業の窮乏化が進み、それが荒川区全体の産業の沈滞化を招いているわけで、産業の沈滞化は同時に文化や生活レベルの低下を招いている。こういう悪循環を呼び起こしているわけであります。(一三四丁表、裏)

ところが、被告人は、この荒川地区を第二の故郷とも考え、あえてこの地域の開発に挑戦している。その開発計画の全体像は、原審でも立証したように当該地域の様相を一変するものである。

荒川地区再開発計画は、明治通り沿いに町並みを一変するオフィスビルが作られ、内側には集合住宅施設が配置される。そして、この中には老人施設、集会場、病院、文化施設などの公共的施設が整然とひとつの区画に建てられる。計画全部が完成した暁には、他の開発計画も誘発することによって、当該地域を急速に発展させることは間違いがない。コリンズは、このような開発計画を荒川区と協議し進めているが、これには地元住民のまた区役所当局の熱い期待が寄せられている。

具体的なイメージは、末尾に添付した「荒川再開発計画」の位置図、現況図および完成予定図などによって理解していただきたい。そして、この開発計画の意義については、望月証人が原審第五回公判調書一三四丁裏から一三六丁までで次のように述べている。

大京町でも挑戦したことでありますが、広域にわたって行うことによって、より次元の高い居住環境をお住いの方々に提供するという非常に重大な意義があります。それと同時に都市型ファクトリーというような言葉で呼ばれておりますが、日本の高度成長を支えてきた企業群を入れるようなそういう器も用意するということもありますし、もうひとつ重要な点は、地域の老人や子供たちの福祉的な施設、これが今荒川区では独自の力ではなかなかできないという状況にありまして、再開発することによって建物の床面積をそういう社会的な機能のために供与するということができるわけで、大変多面的なメリットがコリンズの開発計画によって生まれるんではないかというふうに見ております。(一三四丁裏、一三五丁裏)

行政独自では公共施設を拡張したり充実できないけれども、民間と協力しながらそういうことが可能になる。

はい。もう既にコリンズではビルを一棟造りました。その中に荒川区の経済局が入っておるわけでありますが、これは経済局独自のビルを造るということになると莫大な投資が必要でありまして、今の財政では大変無理なわけであります。そういう協調関係で社会の福祉、社会の生活のインフラストラクチャーをつくっていくということは大変これからの東京の開発の重要な指針になるというふうに考えております。

今まで東京の下町でこういう形の再開発というのはあったんでしょうか。

試み、ペーパープランはいくつかあったと思います。具体的にはコリンズグループが今やっているような形のものは非常に前例が少ないというふうに私は考えております。(一三五丁裏、一三六丁裏)

(二) 事業規模と地域へ還元される利益および計画の進捗状況

コリンズの荒川地区再開発計画は、本控訴趣意書末尾添付の「荒川再開発計画」のとおり第一期および第二期計画に分かれているが、その事業規模は全体で、敷地面積二九、三九一・三四m2、建築棟数一三棟、延床面積一四三、八二八・二七m2、総事業費一、六二〇億円である。右のうち、第一期計画のうち二棟が完成し、二棟が建築中である。

右事業規模およびその影響の大きさは、先の荒川区の年間予算八二七億円、さらにそのうち公共事業投資額二一四億円と比較すると具体的に理解されると思う。そして、荒川区では他にこれだけの民間事業投資は全く期待できない。

区役所自身すでに完成ビルに入居しているが、さらに今後建築されるビルも公共施設として利用したいとの意向を表明している。さらに、すでに具体的検討に入っている同地区のコリンズ九九の計画に対して、荒川区は都市計画道路にない部分であるが、その延長が交差点に面することから、相当な面積を道路用地として提供することを求めている。被告人はこれに従うつもりである。別紙「荒川再開発 道路完成図」を参照されたい。入り組んだ狭い道路が、コリンズの開発と用地の提供により広い整備された道路になることを完成図から理解していただきたい。

これら事業が完成すると、就業人口はいっきに増大し、この波及効果により商業を中心とした産業に活力を与えることになる。完成を予想した図面だけからも、荒川において快適な都市空間が創造されることが理解されると思う。

2 新宿地区再開発の公共的性格

(一) 計画の概要

新宿区の再開発計画は、四ツ谷四丁目のコリンズ一〇五、富久町のジャパンコリドール計画、大京町のアーバンエコル大京町計画、および内藤町計画の四つのプロジェクトからなる。これらは総計、敷地面積一〇九、〇八八・四一m2、延床面積六〇〇、八一五m2という壮大な計画である。これら計画の概要は、本控訴趣意書末尾添付の「新宿再開発計画(第一期)および(第二期)」を参照していただきたい。これらの計画における土地買収費のみで五、〇四四億円に達する。現在はそのうち約四〇%の一九九一億円が実行されている。この点については、別紙「新宿再開発計画借入状況表」を参照されたい。

(二) 用地取得の状況

右プロジェクトのうち、四ツ谷は計画敷地面積の全部(七、八九一m2)が確保されており(この具体的な状況は、「新宿再開発計画」中、買収状況表、「一〇五 四ツ谷」を参照)、いつでも着工できる状況にある。これまでの開発事前協議において、新宿区はコリンズが用地内に分散する二つの小公園を一つに統一することを都市計画上高く評価し、かつ実現を期待している。

富久町についても、基本的には用地の確保ができたといってよい。この計画敷地面積は二四、五四六m2に達する。問題は買収資金が現在の経済状況を反映して順調に融資されないため、地権者に対し契約金が支払えないことである。しかし、ほとんどの地権者は開発に賛成し、売渡同意書あるいは協定書を締結している(この具体的な状況は、同じく買収状況表、「一〇六、一〇七、一〇八 富久町」を参照)。

この富久町の開発においても、道路の拡幅など公共的な利益を対象とした協議が進められている。当該地域は細分化された狭い住居が網の目のような通路とともに入り組んでおり、荒川地区と同様に防災の観点からも早急な再開発が必要とされる地域である。この関係では、別紙「ジャパンコリドール富久町 道路完成図」を参照されたい。現況図から完成図への大きな変化を理解され評価して頂きたい。

本来であれば公園計画や道路整備などは行政の負担である。開発業者は、基本的に応じなくてもよい事項であるが、コリンズはこれらの行政の期待にも応じていく姿勢を示し協議を続けている。

また、大京町および内藤町については、金融機関から融資が当初予定から後退しているため用地買収が進んでいない。このような状況を受けて新宿区との協議のなかでは、組合方式による再開発を示唆されている。組合方式により、コリンズのカラーは表面上は後退するが、多くの地権者との共同開発という性格を鮮明にすることによって、より公共性を高めた事業となる。コリンズとしても、地権者・住民参加の共同の街作りを目指してじっくり取り組む方針である。時間的には、四ツ谷と富久町に遅れるが、これこそ本当に理想的な街作りとなる予定である。

なお、大京町、内藤町の原判決後の計画の変化および進捗状況は控訴審で立証する。

<省略>

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(三) 通産省も関与する国家的プロジェクトへ

富久町の再開発計画は、その愛称を「ジャパンコリドール」という。コリドールは「回廊」を意味する。日本の発達した技術、産業を中心として、その背景にある日本の文化をも海外に紹介するセンターという構想である。このように明確なコンセプトをもって開発を計画している。テナントについても、日本の先端産業や文化を紹介するという使命を理解した企業に限定して入居してもらうことになる。いわば、ここでは常設的な総合博覧会が行われることになる。そのため、コンベンションやホテル機能を中心として、その周辺に商業ゾーンや研究開発ゾーンを配し、さらに文化施設をも備えたものとなる。ひとつのコンセプトのもとに複合的な都市空間を実現するものである。新宿はいまや新都心として日本を代表する地域であるから、ここでの開発計画は、いわば世界に対する日本の新しい顔を創造するものでなくてはならない。その意味で、ジャパンコリドール計画は、国家的使命をもった開発計画である。ここに高級マンションなどを建設してはならないのである。

コリンズのこの構想は、産業分野での世界に対する日本の役割という意味から、通産省からも注目を受けており、構想検討委員会に参画する意向が示されている。望月照彦教授を中心に「ジャパンコリドール研究会」が発足し、本年六月一六日には第一回の委員会が開かれている。そして、今後コリンズのマスタープランを中心に具体的な構想が煮詰められる予定である。

以上のように、富久町におけるコリンズの開発計画は、いまや地域の再開発の要請を大きく越えた国家的レベルでの要請である。

右のような事実は、主に原判決後に進展したものであるので、控訴審において具体的に立証する。

3 実現される公共的利益(公共投資的利益、商業・経済的利益、文化的利益)の大きさ

控訴審においては、右に述べた荒川地区、新宿地区の各都市再開発事業がもたらす公共的な利益がいかに大きいものとなるか、可能な限り具体的に立証する予定である。本趣意書の段階では、まだ具体的な数値を示すことはできないが、学者等の意見を聞いたところ、開発の利益を数値に表現することは可能であった。すなわち、コリンズの事業計画が完成された状態をシュミレーションすることによって、地域に還元される利益を公共投資額に換算して数値化することである。これが直接的な開発利益である。さらに、開発がもたらす商業を中心とする地域経済、文化的利益など副次的な利益の大きさも示したいと考えている。

控訴審においては、これら調査報告書を証拠として提出したいと考えている。いかに大きな公共的利益がコリンズの都市再開発計画の完成にかかっているか、具体的に理解していただきたいからである。

四 開発計画への期待

右のような開発計画は、地元の利益にかなうため住民多数の賛同を受け、行政からも期待されている

1 住民の反応

大規模なマンション等の建築計画に対しては、住民の反対運動が起こることがしばしばである。反対の陳情・請願等が自治体に寄せられることも多い。しかし、コリンズの開発計画に対しては、これまで地域の住民からこのような運動が起こったことは一度もない。特に原審で提出したが、荒川区では住民がコリンズの開発計画が頓挫することを懸念して被告人への多数の嘆願署名が寄せられた。

証人伊藤武雄の証言(原審第一三回公判調書)を借りれば、嘆願書に賛同してくれたのは、地主ばかりでなく「借地人も商店主の方もいる。」、みんなの反応は「好意的だった。」(七二五丁表裏)ということである。そして、地域の人はコリンズの計画に「協力的」であり(七二五丁裏、七二六丁表)、「反対の声は聞いていない」(七三三丁裏)とのことである。

また、原審の終結後であるが、新宿区富久町の開発関係地域の住民が地元の区議会議員とともにコリンズを訪問し、金融情勢のため遅れている開発計画について、これを促進するよう要望していったこともある。同地域の住民も、コリンズが被告人の実刑により牽引車を失い、事業が頓挫する可能性があることを知れば、荒川地区と同様の多数の嘆願署名が集まると思われる。大京町では地権者との共同事業として再開発が進められようとしているのであるから、コリンズが倒産すれば、この事業計画はまったく日の目をみることはなく、住民の失望感は大きなものとなろう。

このように、コリンズの土地買収は「地上げ」として地元住民の非難を浴びることもなく進められており、その開発計画は極めて好意的に受け入れられている。

2 自治体からの熱い期待

コリンズの計画は、すでに区役所や東京都と事前の相談、協議が行われているが、これまで述べてきたように、行政側の反応は、一言でいえば、大きな驚きと熱い期待である。行政も単に希望や指導を伝えるだけでなく、組合方式での再開発を示唆するなど積極的にコリンズの計画に参画し、そのなかで一定の都市計画を実現する姿勢を示している。

特に荒川区では、地域の発展と都市基盤の整備の要請から、コリンズへの期待は切実なほど大きい。伊藤証人は原審第一三回公判調書七三三丁裏から七三五丁表までで次のように述べる。

行政の内部にいらして、どうですか。

住民が好意的なので、荒川区役所もコリンズさんの建物を使っております。

行政のある部分がコリンズのビルを使っているのですか。

はい。反対があったらコリンズさんのビルに入ることはできません(七三三丁裏、七三四丁表)。

荒川区の行政は特にコリンズの計画に対してはどういう効果を期待しているんですかね。

要するに町を活性化、要するに綺麗になって人口が増えて、町が栄えると思うんです(七三五丁表)。

また、荒川区の町づくり委員でもある望月証人は、原審第五回公判調書一三六丁裏から一五一丁表までで、荒川区長にコリンズの計画を説明しているが、行政からの期待を次のように証言する。

荒川区サイドの、このプロジェクトへの期待とか評価というのはどうなんでしょうか。

これは大変高いものがあると思います。一度現荒川区長にお会いすることがありましたが、区長の口からも実は区役所周辺の再開発ということがいかに重要かということを聞き及んでおりまして、私はますます区役所行政とコリンズグループとが手を結んで理想的な地域開発をしていくべきだと思っておりますし、そういう進言を区長にしたことを覚えております(一三六丁裏、一三七丁表)。

荒川区では地場産業が沈滞をして、区内の若者達が区外へ出ていってしまったという現象が起きていますね。

はい。

そういったことに対する危惧感というものがあって、それがコリンズに対する期待にも繋がっておるということなんでしょうかね。

それは多大な期待としてあると思います。ひとつは地場産業の再生化ということがあります。二つ目、コリンズグループがやったのは新しい産業形態を荒川区に導入するということでありまして、公害を垂れ流す工場群ではなくて、情報やサービスを提供するような、そういう環境の企業を荒川区に連れ込むというふうなことで、業務ビルを提唱しておるわけですが、これに対しては荒川区行政サイドでも大変歓迎をしているということであります(一五一丁表)。

五 これらの開発計画の実現性

これらの事業計画は着々と実現に向けて進行している。これまで述べてきたように、地域・行政の期待と応援を受けて、金融機関、大手建設会社の協力を得て、その実現性はますます高まってきている。唯一の問題は、現下の厳しい金融情勢から融資が予定どおり実行されないことである。被告人は、原判決も評価するようにまさに驚嘆に値する努力家であり、これまでの人生では常に逆境を跳ね返してきた。いやむしろ、それを成長のバネとすらしてきたのである。刑事事件の被告人の身であるにも拘らず、いやそうであるからこそ、いっそうエネルギーを集中して事業に邁進していることがまさにそうである。それ以上に被告人は、現在の厳しい経済情勢こそ、逆に再開発には格好のチャンスとみている。バブルの時代にはおよそ常識をこえた土地価格の上昇があり、買収には大きな負担がかかった。時には、地権者らに裏金を提供しなければならないこともあった。しかし、バブルが去り、開発にとってはかえって条件が良くなっていると理解している。

事業資金の融資を得ることについても、これまでは銀行からの融資上の要請もあり黒字決算のためにグループ会社に土地を売却したことにして利益を計上し、多額の税金を納付してきたが、今後はあえてそのようにする必要がなく、実態を反映した決算をすることが可能になったと理解している。

唯一の資金問題も、実刑に処せられることがなければ、このようにして必ず突破することは間違いがない。

六 コリンズの再開発計画が頓挫することによるこれらの事業用地の未来

1 虫食い状態のいっそうの悪化

現在までに手当できた再開発用地は、厳密に言えばコリンズないしそのグループ会社に対象の土地全部の所有権が移転している訳ではない。売買契約が締結され手付金まで払われているが、残金と所有権移転登記手続が残っているもの、売買契約を前提とした協定書を締結した段階のものなどである。これらの最新の状態は前記のとおり添付した各地域の買収表のとおりである。事業資金が当初の予定どおり融資されないため、資金手当が遅れて地権者に対する支払が順調に進まず、所有権移転登記ができないのである。しかし、地権者の大部分は売り渡すことには同意しているし、その条件も約定されている。

もし今後一切の資金が途絶すれば、これら契約関係はすべて解除されるおそれがある。仮にそのような事態になれば、当該地域はすべて虫食い状態のまま旧に復する他ない。すでに契約の履行が完了し所有権が移転した土地も散在するから、以前の状況よりも虫食い状態は悪化せざるを得ないのである。

2 金融機関は、被告人と全く違う発想で土地を処分するしかない

コリンズが倒産した場合、あるいは秀和、第一コーポレーション、麻布建物などのように銀行管理下になった場合、コリンズがまとめあげた貴重な事業用地は、どのように処分されるのであろうか。

金融機関は、担保価値を把握することが目的であるから、土地をありのままの状態で売却した場合の評価しかできず、再開発によって融資した資金が生き、合わせて担保価値がますというような長期的発想はしない。現在、どこの金融機関でもバブル経済のつけによって多数の不良担保物件を抱え、これらが思うように処分できず、貸金の回収ができないでいる。このような状況の中で、金融機関はいやでも土地の有効的な利用方法、付加価値を付けた処分の方法などを検討せざるをえなくなっているが、知識も経験も全くない。そこで、被告人の能力を当てにして、コリンズに対し共同事業を申し込んでいる。

このように被告人の存在を抜きにして、これら事業用地を生かす方法はなく、まして、銀行の管理下において、被告人が構想する都市再開発が実現する可能性はまったくない。その結果、コリンズが取得した土地は何ら開発されることなく、競売の申し立てを受けるか、そのまま売却される以外にない。すなわち、虫食い状況をより劣悪な状況で固定し、前記のような再開発による大きなメリットをみすみす失う結果となる。

七 被告人を除いては、計画の実現は不可能である

コリンズから建築工事を請負っているゼネコンと呼ばれる大手建設会社はどうであろうか。これら大手は三菱地所など不動産業者も含めて、買いやすい安全な土地を買い、他に売却して利益を出す、あるいはビルを建築して売却または賃貸する、いずれが投資効率がいいかという観点でしか検討できない、しないからである。これは、当面の利益を追求する資本の宿命でもある。いわば既成の概念を越えたこれら事業は類いまれな被告人の個性に依存していること、そして何よりも被告人のように全事業の死命を賭けた程の大きなリスクを覚悟しなければ達成することはできない。リスクを負担する、これが他の企業には決定的にできないのである。

これら公共性のある都市再開発事業を完遂させることができるのは、被告人以外にない。コリンズの事業継続の可能性は、まさに「被告人の能力、才能、才覚」にかかっていることは原判決の認定するとおりである。コリンズのように基本的に女性社員で構成されている会社では、被告人が常に陣頭指揮する必要がある。被告人に代わって今後の事業を推進できる者はいない。高際幸子専務がいかに優秀でも、もっぱら会社の管理業務いわば内政を司るものに過ぎないのである。コリンズの事業の特異性の一つは、まさに被告人個人の事業への着想、思想がすべてであり、その実現に向けたリーダーシップが被告人の個人的力量によっていることである。被告人なくしては、文字どおりコリンズもそのグループもありえないのである。

八 むすび

控訴審では、脱税の額だけでなく、現下の厳しい経済情勢において、とりわけ刑事被告人としての厳しい状況化において、なお、理想的な都市再開発の夢を追いかけて仕事を続けている者がいるということ、逮捕はもとより実刑判決後も大手金融機関を説得し、大手建設会社の協力を取り付けて仕事を続けている人物がいるということ、そして、何よりもその事業には、単に一個人、一会社、一グループ、その関係者という範囲の利害だけでなく、一定の地域の、新宿区の、荒川区の、東京都の、そして国家的プロジェクトの、という範囲での広い公共的利益の運命が掛かっていることを視野に入れて被告人の処遇について判断していただきたいと切望する。

第五 被告人を実刑とすることの影響の重大性についての判断の誤り

一 原判決における理解不足

原判決は、コリンズグループの「事業計画の立案・実行、金融機関等との対外的関係など、事業経営の基幹をなす部分は被告人小林の人格、才能、才覚に負うところ大きく、同被告人が欠けるならば、」「各計画の前途が予断を許さないことにもなり」、もし、「新宿区及び荒川区の各計画が頓挫することになれば、」その「及ぼす社会的影響、失われる社会的損失は余りに大きいものと考えられる。」とは述べる(二三九丁表、裏)。

右判示は、それ自体には誤りはないものの、昨今の、とりわけ金融情勢の想像を絶する厳しさについての認識を欠き、したがって、被告人小林を実刑にすれば、コリンズグループ倒産という破滅的事態が不可避的に到来することについての理解を欠いている。

二 これまでの銀行支援とその理由

コリンズグループは、平成二年四月から始まったいわゆる「不動産融資の総量規制」の下でも、平成二年四月一三日現在から同三年三月二〇日現在までの間に、実に約一一〇〇億円もの(追加)融資を三菱銀行、日本興業銀行、日本長期信用銀行などの超一流銀行から受けてきた(弁護人請求証拠番号一五七-借入一覧表、全22冊のうち19冊三五一九丁および三五二一丁)。

これ自体、当時の金融情勢の下では奇跡的なことであった。

かかる融資が可能となったのは、<1>コリンズの事業計画が地域の再開発という社会的、公共的意義を有していることとともに、融資した資金がどのように活用され、また返済されていくのかが明瞭であったからであった。<2>さらに、銀行が、被告人の人格、事業遂行能力(事業の立案・実行能力)を深く信頼していることによる。<3>銀行が他企業への融資の担保として取得した不動産の活用等について、銀行の求めに応じて被告人が適切なアドバイスをする等の協力をしてきたことにもよる(被告人の原審第一三回公判調書全22冊の内22冊七四五丁裏から七四七丁裏まで)。

三 総量規制下における融資実行率の低下

しかし、株式会社コリンズに対する右融資状況を詳細にみてみると、近年、融資実行率(銀行等の当初の融資約束額に対する現実の融資実行額の比率)は低下の一途をたどり、平成二年九月以降平成三年三月までの七か月間は約六五パーセントである。右期間のうち、平成二年一二月以降平成三年三月までの四か月をとると、融資実行率は約四三パーセントと大きく落ち込んできている(弁護人請求証拠番号一五八-借入予定額と実行額の推移、三五一九丁から三五二三丁まで。被告人の原審第一三回公判調書七四九丁表、裏)。

これは、平成二年一一月以降の総量規制の影響が急激に強まったことを示している。

したがって、このような状況下で、被告人を実刑にすれば、銀行融資が打ち切られ、倒産へとつながることは火を見るよりも明らかなはずであった。

四 実刑判決後における融資打ち切り

はたして、本件実刑判決の言い渡された平成四年一月から同年五月までの五か月間における融資実行率は、わずか約一四パーセントにすぎない(次丁の図表参照)。

ことに平成四年二月、三月は、あらかじめ借入申込をしていたにもかかわらず、その実行額は何とゼロであった。

これは、明らかに本件実刑判決の影響であって、不動産業界への金融規制とあいまって、金融機関も、コリンズグループに対する融資を打ち切りつつあることをはっきり示している(以上については、本控訴審において立証する予定である)。

<省略>

<省略>

五 金融界の危機とコリンズにおける深刻な状況

1 現在の金融情勢は想像を絶する厳しさであって、いわゆるノンバンク、信託銀行はいうまでもなく、都市銀行にあっても、多大な不良債権、株式評価損を抱え込んでおり、金融機関自身の倒産も現実のものとなりうるといわれるくらいなのである。

すなわち、バブル経済崩壊と景気後退の中で多くの不動産会社が、借入金の金利すら支払えず、いわば事業も「開店休業」の状態にあることは周知のとおりであるが、平成四年三月期の上場各企業の決算によれば、これまで長期にわたって大型景気のけん引車であった自動車、電機、素材などの製造業においても多くの会社が減益を余儀なくされている(例えば、朝日新聞平成四年六月八日朝刊七頁の報道によると、日産自動車は経常利益が前年比四六・七パーセントの大幅減益となり、ソニーも上場以来初の営業赤字を記録した)。

そしてバブル経済の影の主役であった金融機関も未だかつてない苦境に立たされている(以下の金融情勢の記載は、朝日新聞平成四年六月一日朝刊七頁の報道による)。

現在、大手金融機関は、その決算発表の記者会見において、不良債権額の開示を求める質問への回答をかたくなに拒否している。平成四年五月、大蔵省は、都市銀行、長期信用銀行、信託銀行の不良債権額は合計七、八兆円に上ると発表したが、多くの職者は、それは氷山の一角と見ており、実態はその数倍に上るといわれている。

他方、銀行が保有する株式含み益は、株価の急落で大幅に低下し、都市銀行、長期信用銀行、信託銀行計二一行で、平成元年三月末には合計五五兆円もあった含み益が平成四年三月末現在では約一七兆円にも低下してしまった。

加えて、国際決済銀行(BIS)が国際業務に携わる銀行経営の健全性保持を目的として定めた、いわゆるBIS(ビス)規制(国際業務に携わる銀行の自己資本充実に関する監督規制であり、自己資本比率、すなわち自己資本と他人資本を合わせた使用総資本に対する自己資本の割合を規制するもの)で、日本の銀行は平成五年三月末までに、自己資本率を八パーセント以上にすることが厳しく求められているが、株式含み益の大幅低下により、一部では八パーセントを割り込み、他の各行も八パーセントぎりぎりの状況である。

このような状況下で、いわゆるノンバンクはもちろんのこと、信託銀行、都市銀行においても、その経営状態は厳しく、現に、東洋信用金庫、太平洋銀行などのように危機的な経営状態に陥るところまで出てきた。金融界ではいま、その業績が回復するまでにノンバンクで七年、銀行で五年、証券会社で三年かかるなどと自嘲的にいわれるくらいの状況なのである。

2 このように、銀行自身が経営上の重大問題を抱えており、とても不動産会社が支援を頼める状況にない。

コリンズも、ついに、平成三年度の決算において、税引前当期損失六四億四〇三九万円、当期損失一〇五億七三四二万円という赤字決算を出した。

しかし、このような状況下においても、重課・超重課の税制のもとでコリンズは法人税等合計金一三億九〇九〇万円もの税金を納付しなければならない。

金融機関からの支援は、前述のとおり、きわめて厳しく、自社所有のビルを売却しようとしてもこの状況下においては、買手に融資もつかず、それも不可能である。

したがって、事業推進のための資金の獲得はきわめて困難である一方、金融機関への金利の支払、税金の支払に追われる最悪の状態になっている。

六 コリンズ倒産が及ぼす影響

事態は、刻々と原判決が懸念したコリンズグループの事業計画の崩壊、コリンズの倒産にむけて動き出している。

コリンズが倒産すれば、平成三年三月二〇日現在総額約四三二六億円(弁護人請求証拠番号一五七-借入一覧表、三五一八丁)、平成四年五月末段階では総額約五二二〇億円もの融資をしている金融機関(この点については、本控訴審で立証する)、コリンズビルの工事を請負っている大手建設会社、新宿、荒川をはじめとした地域住民に測り知れない損害と混乱を与えてしまう。

そして、コリンズの土地は、その目指した快適なオフィス、住居空間の創造、地域の活性化の実現とは、ほど遠い形で切り売りされてしまうだろう。

七 むすび

被告人は、現在、持ち前の才覚と不屈の精神で、社員の先頭に立って懸命に各銀行、ゼネコンと折衝し、事業説明会を繰り返しおこなったりして理解を求めるとともに、相互協力関係をつくり上げるべく努力している。

そのおかげで、最近になって、やっと、日本債券信用銀行などから、かなりまとまった融資も受けられる可能性もでてきた。

しかし、このような努力も、被告人が社会内にあって活動できるからこそ可能なのであって、一旦収監されてしまえば、コリンズグループはたちどころに崩壊するであろう。

原判決は、以上の点で、被告人を実刑にすることが倒産に直結するという事態の深刻さについての認識を誤っているといわざるをえない。

第六 本件行為後の被告人の行動に対する過少評価

一 簿外資金づくりを中止した理由についての原判決の判断の誤り

原判決は、本件犯行後の被告人の行動に関する情状評価について、要旨「被告人は、コリンズグループの事業規模が大きくなり、到底簿外資金をもって倒産の危機を免れることができるような状況でなくなったことを自覚して査察以前に自主的に簿外資金作りを止めたこと、査察後正直に進んで事実関係の解明に協力し、隠匿していた全ての割引債務を自主的に提出したこと、査察後修正申告を速やかに行って本税、延滞税、重加算税の即時完全納付実行したこと。」(二四〇丁裏、二四一丁表)などとして被告人に汲むべき情状があった旨判示するが、右各情状が、被告人にとって有利な情状であったと認定した点は、その限りにおいて妥当ではあるものの、右判示にある如く、本件を自主的に中止したのは到底簿外資金をもって倒産の危機を免れることができるような状況ではなくなったことを自覚したからである、とするのは、右中止の真の理由とは遠く、また正直に進んで事実関係の解明に協力し、簿外資金として隠匿していた全ての割引債券を自主的に提出した、と認定して被告人の反省の態度を具体的な行動をもって示している旨判示するが、右有利な情状も結局は、被告人の量刑に積極的に影響しているとは思えず、この点からも原判決の量刑は重きに過ぎ不当と言わざるを得ない。

二 本件の自発的中止について

被告人は、本件脱税行為を少なくとも昭和六三年一月ころまでに中止しているが、右中止の理由は、本件脱税行為のきっかけが原判決で認めるとおり、信頼する被告人室伏から、当時経済的に困窮していた福田を助ける意味で懇請されたことに起因するものであったところ、被告人が、原審第六回公判調書全22冊の内20冊二六一丁表で「……あまり仕事が長引くんで確認すると、福田さんのあんまり信用あるような話がなかったり、いろんなことがあったわけです。そのあとまた全て手数料も払って終わったと思った仕事がまだ残っていたり、そんなことがあったものですから、これはとてもじゃないけどだめだということで、室伏さんを通じてうちの出入りは禁止を命じました。」と供述していることからも明らかなとおり、土地買収事業に関して福田が約束していた仕事を中途で放棄したり、同人に連絡がとれず作業内容が把握できなくなるなど、福田に多くの背信行為が存したことで、同人の出入りを禁止すると同時に、本件の脱税行為全てを中止したものである。

すなわち、福田との関係、接触を自ら絶つと同時に以後多数の取引を行い、より多額な売上を上げていたにもかかわらず、不正な行為は一切していないのであり、このことは福田の出入禁止が本件を中止するに至ったきっかけとはなっているものの、その以前から被告人の胸中には、本件を継続することについて深い良心の呵責に苛まされていたものである。

被告人は、同公判調書で、被告人質問の際弁護人の「この脱税を継続中に、あなたの方で脱税を中止しようと考えたことはなかったんですか。」との問いに「もちろんありました。」と答え(二六〇丁表)、更に「段々金額も大きくなりますし、それにちょっとそういう取引がなくなるとまた室伏さんを通じて調整の話がきますから、それもすぐ処理できるというような状況で話がきますしね、それは困ったもんだと、止めるチャンスをいつにしたらいいのか、私もそう思っていました。」と供述して(二六〇丁表)、本件脱税の収入に頼る福田の立場や、中止した場合の同人の反応に不安があって唐突な形では中止を言い出せない逡巡苦悩の日々を送っていたことが十分窺えるものである。

すなわち本件脱税中止の基本的理由は、被告人の深い悔悟と良心に基づくものであって、決して判示の如く簿外資金をもって倒産の危機を妨げぬ程コリンズグループの事業規模が拡大したことのみが理由となっている訳ではない。

もしも事業規模が拡大したことのみが理由となっているのであれば、福田を除外した後でも、コリンズグループ会社で取引の規模に応じ第三者を利用して脱税を継続することも可能であったといえるが、原判決は「被告人小林は、本件起訴の対象となっている期間においてもまたその後の期間においても、自らオーナーであり代表者を務める被告会社以外の会社においては、脱税を行った事跡はないばかりか、年々合計して多額の納税を行っており……」と判示して(二二八丁裏)、むしろ、被告人は多額の納税に鋭意努力していたことを認め、真摯な反省に基づく中止であったことを判示しており、被告人の深い悔悟と良心に基づく中止であることは、最早疑う余地がない。

以上のとおりであるから、被告人の本件犯行の中止についての動機理由は到底首肯し難く、真の中止理由を積極的に本件量刑に反映させるべきである。

三 本件犯行後の国税・捜査当局に対する積極的協力姿勢について

被告人は、原審第六回公判調書(全22冊の内20冊)で「……そこで福田さんのほうでは国税局には特別のコネがあると、もちろん大物政治家がおるのも分かっていると、いわゆる消せると、極端に言えばそういうような情報が入ってきたわけです。ですからこれは福田さんのでっちあげと私は思ったわけです。」と供述し(被告人の原審第六回公判調書二六二丁表)、更に「(査察の)取調べ中だったと思いますが、査察官の、その期間に室伏さんを通じまして、今回東洋産商が脱税事件になったことについては密告者がいると、こういうことなんですね、密告者はなんかファックスで国税局にうちの情報を流したと、こういうことらしいんですね、そのファックスをお金で買うことができると、こういうことです。三、〇〇〇万円だそうです。」と供述(被告人の同公判調書二六一丁裏から二六三丁表まで)した上で、弁護人の「そこでそういう話にあなたは一々乗ったの。」という質問に対して「乗りません、これは。」と供述して(二六三丁表)、福田の本件脱税の揉み消し慫慂工作には一切乗らず、国税局の査察捜査には当初から正直に積極的に事実を打ち明けていたばかりか、原判決でも判示している被告人が割引債券を自主的に提出した状況は、被告人の原審第七回公判調書全22冊の内21冊三五三丁裏から三五四丁裏までのやりとりからその状況が彷彿としている。

以下そのやりとりの要旨を摘記すると

二月二日の日にあなたは阪本という人の自宅に預けてあったトランク、そこには一一億円の債券が入っていたようですが、その所在を自分から進んで明らかにしたわけですね(三五三丁裏)。

はい。

査察では発見されたのが自宅にあった一、〇〇〇万円の割債一枚だけでしたね。

はい、そうです。

それ以外の所在は一切分からなかったわけですね。

そうです。

その二月二日から三日にかけての深夜、私と話をしたときに、実は言いそびれてしまったんだけれども、もう一つあるんだと、これ届けてくれないかという依頼をされたんですね。

そうです。

翌日私が大森さんからそのトランクを預かって、そのまま国税局に届けたということですね(三五四丁表)。

はい、そうです。それも宮川先生のいる前で、朝、会社行きまして、いる前でその場で大森さんに電話をして、封も開けないでそのまま鞄を、確か宮川先生が中を開けたかどうか分かりませんが、私は見ないで、いくら入っているか分かりませんと。

私が開けて割債の額面を確認して持って行ったんですね。

簡単に言いますと、先生も私を疑っているんじゃないかという気持ちもありましたから、だからそうじゃないんだということで、わざわざ私が大森さんのところにその場で電話して、持って来た物をそのまま見ないで先生に封を開けてもらって、先生がそれをお届けしたと、そういうことです(三五四丁裏)。

とういうものであって、被告人がいかに本件を悔い、積極的に事実を明らかにしていたかが如実に物語られている上、更に被告人が国税局の査察取調べを受けていた平成元年五月二六日に、実父を病気で亡くしているが、実父の危篤の事実を査察官に告げずに指定された日時には、きちんと時間を守り、国税局の取調べに応じていたもので、こうした被告人の取調べに対する協力姿勢には際立ったものがある。

被告人は、本件について右のとおり、証拠隠滅工作を行った事実は皆無である上、福田の証拠隠滅の誘いを断り、ひたすら査察・捜査に協力し、国税局の指定どおり本税、延滞税、重加算税を即時完納しているのであって、本件のいわば被害回復に能う限りの努力を重ねてきている。

右事情は、被告人の量刑に大きく反映されるべきは当然のところ、原審は、右事情を酌むべき事情としながら結局被告人を実刑に処しているものであって、その結果は到底承服できない。

第七 被告人の人格、生き方、再犯可能性がないこと等についての過少評価

一 原判決の記述

原判決は、「被告人小林は、逆境に育ち、多くの辛酸を嘗め、いく度も挫折に会いながら、通り一遍の言葉では表現できない血の出るような努力と並み外れた才覚、不屈の精神でもって、何事にも最善を尽くさないでおかない真摯な態度を貫き、自らの人生を切り開いてきたものであり、そのこれまでの人生は、まさに聞く者を驚嘆させずにおかず、その生涯の人生は、被告人自身にとってビル建築の傑作にも譬えられるものになるのではないかと推測されるのである。」と述べる(二三六丁表、裏)。

二 逆境から努力、創意、工夫で人生を切り開いたこと

しかし、まさに、被告人のこれまでの人生、生き方はそれこそ「通り一遍の言葉では表現できない」。

被告人は、幼少以来逆境をバネにして、自己の創意、工夫で、人生を切り開いてきた不屈の精神と才覚の持主である。

遊び好きな父の放蕩と借金苦の中で、中学校では修学旅行にも行けず、高校も半年足らずで中退をせざるをえなかった。

そして、パン屋の住み込み店員として社会人としての第一歩を踏み出さざるをえなかった被告人は、その後転々と職を変えざるをえなかったが、それぞれの職場で全力投球し、人の二倍、三倍の努力と才覚により頭角をあらわし、その都度の経営者からも認められた。

そしてその努力と才覚により、旭電気工業株式会社の設立、倒産、東洋観光株式会社における活躍を経て、東洋産商株式会社の設立、今日のコリンズグループの形成へとその事業を発展させてきたのである(被告人の平成二年五月三日付検察官面前調書一項ないし一七項、全22冊の内5冊三六三丁表から三九〇丁裏まで)。

三 高潔、浮利を求めない、仕事一筋の、思いやり深い性格についての各証言

1 その生き方は、高潔であり、「浮利を求めず」、地に足をつけた仕事一筋の生活で貫かれている。

被告人が午前七時から午後一一時まで働きつづけること。金もうけだけならば、他にいくらも方法があるのに、いわゆるバブル経済の中で株や海外投資に走らず、「まちづくり」一筋に邁進してきたこと(証人望月照彦の原審第五回公判調書全22冊の内20冊一四四丁裏から一四八丁裏まで)。政治家、暴力団らとのゆ着を疑われるような関わりや付き合いは一切ないこと(また、本件簿外資産の形成にしても、これを個人や会社の奢侈に費消していないこと)。

これらは、被告人の仕事一筋の高潔な人生、人格を具体的に示している。

2 被告人は、人一倍他人に対する思いやりが深く、優しい性格の持ち主である。その人々のためにという思いが、被告人の個々のビル建設の理念に、又まちづくり(再開発)の理念にあらわれている。

3 被告人は、人一倍向上心が強く、勉強家である。この被告人のたゆまぬ向上心が、事業への先見性、アイデア、事業遂行能力を生みだし、有効利用できない不動産に、様々なアイデアを加え、付加価値を生み出していく。

このような被告人の高潔な人格、他人への思いやり、持ち前の創意工夫、事業遂行能力が被告人に対する銀行、建設会社、地権者等の強い信頼につながっている。

そして、今や被告人の現在の関心は、企業が社会の人々の幸せにどのように貢献できるかという方向に向いている。

それが、新宿、荒川再開発、コリンズ都市博物館構想、熱海のシルバータウン(老人福祉)構想、心身障害児施設建設の充実のための寄附行為などとなってあらわれている。

4 以下、原審証人和泉定範(株式会社住総本店第二営業部営業第一課長)、同葛谷亘保(大成建設株式会社本社営業部副部長)、同伊藤武雄(荒川区住民。荒川区役所税務課整理係勤務)、同望月照彦(多摩大学教授)が、被告人についてどのように述べているかを若干摘示する。

<1> (中略)初めて小林社長に会った時、どういう印象を受けましたか。

随分大きな人だなという印象がありました。最初お会いしたとき。

大きなという意味は。

(中略)非常に誠実で真面目でなおかつ非常に高い理想を掲げている、その意味じゃ私、最初に会った時に非常に驚きました(証人和泉定範の原審第四回公判調書、全22冊の内20冊九八丁裏)。

このコリンズの計画について私は融資先、銀行なんかにあなた方に出す書類の中で事業計画書が非常にしっかりしているということを伺ったんですけれども、この印象はどうなんですか。

これは素晴らしいものがあると思います。事業計画というのはそのプロジェクトに関する一番重要なもんだと思うんですね。非常にそれをなおざりにしてここの土地がいいからやりたいというお客さんの多い中で、これだけ事業計画しっかりしている会社というのはそういくつもあるわけじゃございません(九七丁表)。

<2> こうしたすばらしいビルを造る小林社長のビル建築に対する姿勢ですけれども、端的に言うとどういう特徴があるんでしょうか。

私ども施工業者から言わせていただくと本物指向と言いますか、とにかく手を抜かない。普通ですとビルというのは大体道路に一面なり二面なり面しているんですけれども、普通の一般のビルは道路に面しているところだけお化粧して、裏側というか側面なんかビルに面しているところはお金をかけずに逃げちゃうわけなんですけれども、とにかくそういう隠れたところでも道路に面した外装と同じ仕様と言いますか手を抜かない。それからまたビルの内部も居住者というか、使い勝手のことを考えた優先ビルですね(証人葛谷亘保の原審第四回公判調書七〇丁裏、七一丁表)。

小林社長の、営業されている方というよりも建築現場で働かれている人たちに対する姿勢、態度といったものはどういうものでしょうか。

これは絶大でございまして、とにかく現場員優先と言いますか、現場の一般的に言う監督、我々大成建設の社員でございますけれども、職人一人ひとりまでに気配りをされる。まあ端的な例で言えば、その工事の工程工程の節目、節目で職人一人ひとりにいきわたるような、たとえばジュース缶、ビールだとかそういうのまで差入れがある。それから普通我々は仕事やる時には実際竣工式というのがございまして我々のゼネコンは役員だとか、内部のお偉方が中心になるような式典になっちゃうわけでございますけれども、コリンズさんの小林社長のところは現場優先だよ、そういうお偉いさんは出てこなくてもいい、営業も私以上に偉い人は出てこなくていいよ、現場中心でやろうじゃないかというような形で現場の方を見られていますね(七三丁表から七四丁表まで)。

<3> コリンズはここ数年荒川の開発を手掛けていますよね。オフィスビルを作るということで既に二棟のビルが出来ていますね。これに対する地元の反応というのは、それまでのマンションに比べてどうですか。

好意的です。反対の声は聞いておりません。

そういう声は地元にないですか。

ないです。

行政の内部にいらして、内部ではどうですか。

住民が好意的なので、荒川区役所もコリンズさんの建物を使っております。

行政のある部門がコリンズのビルを使っているんですか(証人伊藤武雄の原審第一三回公判調書全22冊の内22冊七三三丁裏)。

はい、反対があったらコリンズさんのビルに入ることは出来ません。

お役所の内部におられてそういうことは感じておられますか。

その通りです。

伊藤さんはコリンズの開発には積極的に協力されていると聞きましたけど、他の地主さん達はどうなんですか。

他と同じです。地主の立場は同じです。

土地を借りてる借地人の人の立場なんかはどうなんでしょう。

借地人も好意的です(七三四丁表)。

荒川区の行政は特にコリンズの計画に対してはどういう効果を期待しているんですかね。

要するに町を活性化、要するに綺麗になって人口が増えて、町が栄えると思うんです(七三五丁表)。

<4> 私の印象でありますが、まず第一に直載に言えば営利第一主義ということを決してとらなかった人ではないかというふうに感じている(証人望月照彦の第五回公判調書全22冊の内20冊一三八丁表、裏)。

やはり私は大変感動しておりますのは、これはビジネスでありますから利益を得るということは当然でありますが、それを多くの社会の人々に戻していくという発想が心のどこかにずっとお持ちになっていたような気がします(一四三丁裏)。

5 被告人は、家庭内にあっても、幼少時以来、幾多の迷惑を被った父親に、その晩年には、安住の地と時を与え、孝行を尽くした。

妻とは苦楽を共にし、二人の子供とともに仲の良い円満な家庭を築いており、家族の信頼はゆるぎないものがある(証人小林照子の原審第一二回公判調書全22冊の内22冊六六九丁表から六七二丁裏まで、六八一丁裏から六八五丁表まで)。

このような人物である被告人については、以下の事情と合わせ、実刑を科してまで改善すべき何ものもなく、再犯の可能性は全くない。

四 本件についての深き反省

すなわち、被告人は、本件を心底反省しており、その反省の態度を速やかに具体的行動で示した。

<1> 国税庁が指示した日のうちに、本税、延滞税、重加算税を完納した(弁護人請求証拠番号七七ないし七九-修正申告書、全22冊の内17冊三〇七二丁ないし三〇八八丁まで、同八四ないし九二-納付書・領収証書、同三〇九九丁ないし三一〇七丁)。

<2> 査察、捜査、公判を通し一貫して、関係機関に対し積極的に事件の解明に協力した。

<3> 心身障害児の施設に個人として四回に分け合計一億円の寄附を約束し、既に平成三年三月一八日、二五〇〇万円を寄附した(弁護人請求証拠番号一五四-寄附契約書、ないし同一五六-心身障害児総合医療療育センター案内パンフレット、全22冊の内19冊三五一一丁ないし三五一七丁)。

五 再犯防止にむけての機構改革

さらに、被告人は、本件が、被告人個人のワンマン体制を土壌として発生したことを反省し、会社の機構等の改革により再び本件のような事件が生じないよう、その防止措置を講じた。

<1> 平成二年七月、高際幸子を株式会社コリンズの専務取締役に昇格させ、名実ともにナンバー2として、小林自身を監督する立場に置いた(弁護人請求証拠番号一二三-就任あいさつ状、全22冊の内17冊三一二五丁)。

<2> 同時に株式会社豊栄土地開発において二五年間、主として管理部門を担当する専務取締役の要職にあった鈴木哲夫を総務部秘書室長にし、会社の管理体制を強化した(同右)。

<3> 平成二年四月二五日、公認会計士池田政治事務所と監査契約を締結し、今後は公認会計士による常時監査の体制が整った(同一二六-監査契約書、三一三五丁ないし三一四〇丁)。

このように、被告人のこれまでの人生、生き方、本件についての反省、会社システムの改革により、被告人については同種事犯の再犯の可能性は皆無なのである。

六 納税についてのさらに高まる自覚

原判決も、本件起訴の対象となっている期間においても、またその後においても、コリンズ(グループ)が年々多額の納税実績を有しており、本件発生後もコリンズグループとして納めねばならない多額の納税に鋭意努力しており、「これらは、被告人小林の納税についての規範意識が本来特に劣っていたり」するものではなく、むしろ「本件後は社会的にも一定の評価と信頼を得ている会社経営者の立場から納税についての自覚を一層強めていることを証明するものといえる」とさえ述べている(二三七丁裏、二三八丁表)。

ここにおいては、特別予防、再犯防止の観点からは、被告人に実刑を科す理由は何一つないものといわなければならない。

第八 原判決後の被告人の情状

一 開発の実現にむけての血の出るような努力の日々

被告人は、原判決を厳粛に受けとめている。そして、被告人の反省は、なお一層深まっている。

被告人は、原審において、裁判所が、自分の言いたいことを言える環境を作ってくれたことに対して、本当に深く感謝している旨供述した(被告人の原審第一三回公判調書全22冊の内22冊七八六丁裏、七八七丁表)。

被告人のこの気持は、今でも変わらない。

しかし、被告人には、コリンズの各プロジェクトの実現という使命がある。これまでコリンズを支援してくれた金融機関、建設会社、地域住民、公共団体等に対する、そして、八〇名の社員に対する責任がある。

被告人は、今、死にもの狂いで、各金融機関をまわり、各プロジェクトの一日も早い進捗をめざして血の出るような努力の日々を送っている。

二 寄附の継続

被告人は、平成四年三月一八日、日本肢体不自由児協会(心身障害児総合医療療育センター)への二回目の寄附(金二五〇〇万円)をおこなった(本控訴審で立証予定)。

被告人は、同協会との契約(弁護人請求証拠番号一五四-寄附契約書、全22冊の内19冊三五一一丁ないし三五一五丁)にもとづき、今後も、必ず寄附を続けていく決意である。

三 罰金の納付

東洋産商は、直ちに原判決に服した。そして、困難な状況下にあっても罰金(四億円)の納付を現におこなっている。

同社は、本件当時とは異なり、現在では、その会社としての実態は皆無に等しい。

他方、コリンズグループ全体としても、前記のとおり決算は赤字であり、きわめて厳しい経営状態になっている。

しかし、被告人は、そのような中でも、検察当局に対し、右罰金四億円を平成四年四月末日から、毎月末日限り五〇〇〇万円宛分割して納付することを約束し、正確に履行している(本控訴審で立証予定)。

昨今、急増した不動産会社の脱税事犯においては、会社自体が罰金刑に処せられても、現在の不況下ではこれをきちんと納付する会社はきわめて少ないと本件を担当した検察庁の徴収担当事務官も述べ、五〇〇〇万円ずつ分割して必ず納付するとの被告人の約束に対し、右事務官も、現在では珍しいことであると驚いた様子で述懐していた。

四 さらなる社会貢献への熱意

被告人は、本事件を契機として、従前にも増して、社会への貢献を考えるようになった。

心身障害児の問題、その施設とそこで働く人々への支援の問題、老人が安心してかつ活力をもって生活できるシルバータウン構想など、地域再開発以外にも、被告人の熱意は、この逆境の中でも大きく広がっている。

以上については、本控訴審において立証するが、このような被告人に実刑を科する意味はなく、むしろ刑の執行を猶予すべき相当な情状がある。

第九 本件のあるべき量刑について

一 原判決は、責任主義の観点からも重きに過ぎる

原判決は、被告人に酌むべき情状が存することを認めた上で「脱税事犯においては、やはり脱税額の大きさに比例して責任を量らざるを得ず、また、申告納税制度をとる税制下では、脱税についての一般予防ということを重視せねばならないことから、本件のごとく多額の脱税を行った被告人についてはその刑事責任は重く、懲役刑の実刑を免れることはできない。」(二四一丁表、裏)と判示するが、これまで七点にわけて述べてきた被告人に有利な酌むべき情状を考慮すると、原判決は著しく重きに過ぎ、到底承服することができない。

国の財政需要の増大は、国民の租税負担率を上昇させ、その結果、税を不法に免れる者に対して厳しい処罰を求める声があることは、弁護人も決して否定するものではない。確かに、国の徴税権の保護を重視するという観点から、倫理的、道義的非難を根拠とする責任主義の観点に立って租税事犯の量刑を考慮していこうとする趨勢は、その限りにおいて是認できるものである。しかし、こうした責任主義刑法の立場に立って考慮した場合でも、本件の被告人に対する量刑は決して妥当なものではなく重きに過ぎる。

すなわち責任主義の基本は、その行為及び結果について道義的に非難されうるか否かであるが、同時に、それは個別的な行為責任であるから、具体的事犯にそって、法を犯した者の個別事情や人格態度をつぶさに吟味した上で適正な刑の量定をなさなけれなならないことはいうまでもないところである。

原判決は、つまるところ高額のほ脱税犯については一般予防の見地から実刑は免れることができない、というものであって、まさしく脱税額の多寡で結局は刑の量定を決定しているとの謗りを免れない。

二 自然犯との比較においても、原判決は、過度の重罰主義である

近時、租税ほ脱税犯の自然犯化がいわれ、社会的非難の強度なものに対しては、一般刑事犯と同様な刑事責任を負わすことを考慮する必要があるとされてきた(松沢智「租税に関する犯罪-ほ脱事犯を中心として」現代刑罰法大系2経済活動と刑罰九九頁)。ほ脱税犯は、租税法が本来きわめて技術的・政策的性格を有していることからいって、これを自然犯と同様に考えることには疑問があるが、前述のとおり、非難の強いものに対しては、一般刑事犯に接近した刑事責任を負わすことには異議はない。

ところで、法人税法第一五九条と懲役刑の法定刑(五年以下)の点で近似している刑法犯は、背任罪、単純横領罪である。これらは、社会経済活動を通じてふつうの市民によって行われる犯罪であるという点で共通している。一方、詐欺罪、業務上横領罪の法定刑は、懲役一〇年以下であり、右背任・単純横領罪よりも重い罪として位置づけられている。

法人税法第一五九条違反についても、背任罪、単純横領罪などと同じく、その行為者の個性に着目して、具体的に非難可能性を考え、真に必要な処遇はなにかを考えるものでなければならない。もし、被告人が背任罪、単純横領罪を犯し、その被害額が仮りに多額であったという場合を想定すると、初犯であり、前科前歴がなく、発覚後ただちに被害者に全額を返還し、さらに利息金や多額の詫び料を支払うばかりか、その後被害金額をはるかに凌駕する利益を被害者に事業上与え、そのような事態が今後も続くことが予想され、被告人と被害者の関係が良好な関係として復活している場合、さらに、動機の点において悪質とはいえず、深い悔悟と真摯な反省がみられ、再犯の可能性は皆無であり、その事業活動や慈善活動を通じて社会に多大の貢献をしているという情状が存在すれば、疑いなく執行猶予が付される量刑となろう。起訴さえ猶予されるという事態も十分に考えられるところである。そして、この点は、詐欺罪、業務上横領罪の事案でも同様であろう。

こうしたことと比較すると、原判決は、自然犯よりもはるかに重い刑をほ脱税犯に科しているものというべきである。そして、その判断はほ脱税額が多額であるということのみによって行われているのであり、真に必要な処遇はなにかを問うことのない、これは一般予防の名の下の過度の重罰主義であるといわなければならない。

三 一般予防と重罰主義について

刑罰による一般予防とは、その中核は、苦痛や非難によって一般人に犯罪行為に出ないという動機づけを行うことにあるのであろう。しかし、刑罰は、ほんらいそれ自体重大な害悪であり、科さないですむのであれば科さないほうがよいであろうし(謙抑主義)、科すとしてもなるべく害悪の少ない刑罰が望ましいであろう(補充の原則)。人を犯罪抑止のための手段や道具として用いることは、人間の尊厳に反するのではないかという考えもある。そもそも、苦痛による威嚇の効果については古くから疑問があるところでもある。すくなくとも、重い刑罰が常に強い抑止効果を持つわけではない。一般予防を強調することは、重い刑罰を予告しなければならないということになりがちであり、重罰主義に流れる危険をつねに胚胎している。

人の行動を決定するものは、単なる快楽苦痛の法則だけではない。犯罪を抑制するという点では、刑罰よりも、家庭、学校、近隣、職場などの社会化のプロセスの中での社会規範の学習・内面化が大きな影響を持っている。納税意識の高揚についても同様であろう。税については、とりわけ、公平な立法と税務行政の公平・適正な運用こそ、ほ脱税事犯の多発を抑制する機能を果たすものというべきである。

制裁が抑制効果をもつということであれば、その制裁はひとり刑罰のみではない。犯罪に対する制裁は、この社会に多岐多様に存在する。現代においては、マスメディアによる報道は、最も過激な制裁機能を有している。周りの人々の評価、地位と信用が失墜する結果などもサンクションとして決定的に働く。犯罪者に対しては、法令上資格制限や権利の剥奮があり、ときには刑罰より苛酷な結果を生む。ほ脱税犯では、国税当局による査察調査があり、さらに逮捕・勾留から判決に至る刑事手続がある。これらは、それ自体、直接的に犯罪抑止の機能をいとなんである。

こうした点について、平野龍一教授は、次のように指摘されている(刑法総論Ⅰ二四頁)。

「刑事司法の内部においても、刑罰だけが孤立して機能をいとなむわけではない。逮捕・勾留・公判への出頭強制、裁判の言渡などは、理論的には刑罰を加えるための手段にすぎないが、現実には、それ自体が社会からの一時的な隔離や社会的非難の表明といった刑罰的機能をいとなんでいる。とくに現在のようにマス・メディアが発達している場合には、逮捕や有罪判決の報道が、そのような行為に対する社会の否定的判断を人々に伝達し、それが犯罪抑止のためにも大きな効果を持つ。現実の刑罰の執行そのものによる抑止的効果も、もちろん否定はできないが、欠くべからざるものでもないこともある。ここに、刑を猶予し、あるいは刑務所内の処遇を犯人の社会復帰のために用いる余地が生じてくる。」

したがって、刑罰による一般予防効果を重視し、ほ脱税犯においても、高いほ脱税額の事犯は一律に実刑として罰するということは、その基本において、重罰主義のあやまちを犯しているというべきである。以下、さらに、その点を本件について記述する。

四 被告人は、すでに十分に制裁され、一般の犯罪抑止の効果も果たされている

本件については、平成元年二月二日、国税当局の査察があった。被告人はこれ以上はありえないという誠実・真摯な態度で臨み、調査は誠に円滑に進んだ。指示どおりの修正申告を行ったが、平成二年一月、告発された。そして、国税局認定の脱税額がマスコミに流され、三大紙の見出しに「土地仲介料大幅水増 ワンマン徹底 社員は女性だけ フェミニズ顔の話題性手伝い成長」などと記載され、マスコミ関係者の自宅等の張り込み取材が続いた。平成二年四月中旬からは、東京地検の捜査が始まった。すべて事実は被告人によりあきらかにされており、罪証隠滅のおそれは皆無であるのに、突然、五月一日逮捕された。ここにおいても、マスコミ報道の大追撃があった。五月二二日付けの保釈請求は即日却下され、準抗告も裁判所に面接することもかなわず即日棄却となり、六月一二日保釈されるまでの間、四三日間にわたって勾留が続いた。この逮捕・勾留が刑事訴訟法の精神からいかに乖離したものであったかは、竹村照雄弁護人が原審最終弁論で述べたところである。自尊心をはぎとられ後悔と無念の想いで、被告人は、一時は、死を考えたことすらあった。長年にわたって築き上げた信用も崩れた。マスコミ報道の追撃はさらに続いた。そして一年半にわたる原審での裁判、実刑判決の言渡、控訴と今日にいたる三年数か月の月日は、被告人にとって、苦しみと悔悟の日々であった。会社の従業員も大きな打撃と苦痛を受けた。

以上は、それ自体、被告人の行為に対する大きな非難であり、十分制裁機能を果たしている。そして、一般に対しても、犯罪抑止の効果もまた十分に果たしているというべきである。

被告人は、このように深刻な社会的制裁を受け、さらに既述した如く、多額な本税、延滞税、重加算税を支払い、東洋産商についての金四億円の罰金も納付中である。その上さらに実刑に処することが、果して被告人の人格、これまでの被告人の人格形成過程と納税実績、そして犯行後の被告人の人格態度、さらには事業による社会への大きな貢献などに相応した適正な量刑といえるであろうか。

被告人の社会における贖罪を一方的に遮断して、ただ獄舎に呻吟させ、無為のまま心身をさいなまさせることをもって一般予防とすれば、それは不必要な苦痛を被告人に強い、被告人の人間としての尊厳を回復しがたく犯すものといわなければならない。

五 さらに取締役退任という厳しい制裁が科せられている

被告人は、コリンズグループの名実ともに総師であり、コリンズは被告人そのものである。しかし、代表取締役であることはもちろん、平取締役であることも許されないという厳しい事態にこれから遭遇することとなる。

商法第二五四条ノ二は、禁錮以上の刑で実刑に処せられた場合は、その執行を終わるまでは、取締役たることを得ず(第四号)と定めている。さらに、宅地建物取引業法第六六条は、宅地建物取引業者が法人である場合において、その役員のうちに禁錮以上の刑に処せられ、その刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から五年を経過しない者に該当する者があるに至った時は、当該免許を取り消さなければならない(第三号)と定めている。

これらによると、被告人に執行猶予が付せられた場合においてすらも、商法上は取締役たりうるが、宅建業法上は、執行猶予期間が満了しない限り、刑に処せられた者には違いないので、被告人は取締役たることを得ないこととなる。宅地建物取引業者としての免許を取り消されれば、コリンズの事業活動はできなくなる。したがって、仮りに本件において、被告人に対する懲役刑に執行猶予が付せられたとしても、執行猶予期間中は、被告人は取締役としての地位に基づく活動はできないのであり、このこと自体、事業活動上きわめて重大な支障であり、実に厳しい制裁であるといわなければならない。その制裁は、執行猶予期間が長ければ、それだけ重いものとなる。

実刑に処せられる場合は、その刑の執行を終わった日からさらに五年間は取締役たるを得ない。二年間という実刑判決がもたらす影響は、前述のとおり倒産必至という深刻なものであるが、刑の執行を終わった日からさらに五年間取締役としての地位に基づく活動ができないという事態は、事業家としての被告人に死を宣告するに等しい悲惨な結果をもたらすといわなければならない。

六 罰金によっても一般予防の効果は実現しうる

本件における量刑としては、もし制度として、アメリカ合衆国の連邦刑法にみられるようなコミュニティ・サービスなど公共的利益の実現を命ずる代替量刑(林幹人・刑法の現代的課題二二一頁)、あるいはイギリスにおける社会奉仕命令(瀬川晃・犯罪者の社会内処遇三五九頁)などのようなものが存在すれば、それが最も適切であると信ずる。これまで述べたように、被告人の日々の活動は、巨大な公共的利益の実現を生み出しているものであるが、それを超えてどのような命令を下されようと、被告人はそれを見事に達成し、社会にさらに貢献するであろう。

そのような制度がないことを誠に残念に思うのであるが、しかし、現行法下でも、罰金刑の内容によっては、同様のことを実現しうる。原判決は、求刑にない罰金六〇〇〇万円を併科した。本件では、その免れた法人税の額に相当する額までは罰金に処し、又はこれを併科することができる(法人税法第一五九条第二項)。被告人は個人資産の形成に関心がなく、ただただ事業のために邁進してきたので、今日みるべき資産をもたない(自宅も被告人の所有ではない)。したがって巨額の罰金は、大きな負担となるが、しかし、被告人は、それを払い切るための努力を尽くし、なし遂げるであろう。

被告人を実刑に処することが、社会貢献という意味ではなんの意味ももたないのに比し、罰金は、それが支払われるならば国庫に入るのであり、社会にとって利益である。支払われない場合は、二年以下という期間ではあるが、労役場に留置されるのであり(刑法第一八条第一項)、実刑に処することと同様の結果を達成できる。

一般予防という点においても、刑罰に抑止力があるというのであれば、罰金は十分に高額にすれば強い抑止力をもちうるであろう。とくに本件は、両罰規定(法人税法第一六四条第一項)により、東洋産商に対し罰金刑四億円が科せられているのであり、あわせるといっそう強い抑止力がある。そして、十分に高額の罰金であれば、他の犯罪者が実刑に処せられることとの間に不平等があるとはいえない。

本件において、被告人に科せられる量刑として、実刑ではなく執行猶予とし、その代わりに、原判決が併科した罰金額より以上に、十分に高額の罰金を科するという判断を控訴審裁判所がされるのであれば、被告人としても、その裁判所の判決を深い感銘をもって受けとめ、力を尽くす覚悟である。

七 原判決の影響をおそれる

長年国税庁に勤務し、大蔵事務官をへて、現在中央大学商学部教授である富岡幸雄氏は、近著「背信の税制」(講談社 平成四年三月刊)で、今日もっとも問題なのは、特定の大企業や資産家達が税金を納めていないことであるとし、所得課税制度に数多くのタックス・エロージョン(虫食い現象)とタックス・シェルター(抜け穴くぐり)があるという、税金逃れのシステムの巧妙極まりない実態を詳細にあきらかにしている。さらに、こうしたこととは別に、違法な所得隠くしが広汎に存在するという。国税庁が平成二年の法人事務年度に実施した資本金一億円以上の法人中四九八三社(一四・九%)に対する実地調査結果では、申告漏れ所得は五四三七億円であった(同書一二七頁)。そして、富岡教授は、大企業や大資産家の仮装・隠蔽などあきらかに脱税というべき事実のいくつかを列挙している(一二九頁以下)。例えば、三和銀行の海外金融取引にからむ一九億円をはじめとして、東京、第一勧銀、富士、三井などの銀行、フジタ、飛島建設、佐川急便グループなどの巨額の所得隠くしがあり、個人所得では第一不動産グループの佐藤会長の二〇〇億円、YKK吉田社長の一五〇億円などである。これらは法人税法違反、所得税法違反として起訴されていない。

前述のとおり、今日の日本社会においては、巨大企業と目されている多くの企業体が微々たる税金しか納めていないこと、あるいは国税当局との見解の相違という弁解を後に伴ってなされるところの巨額の利益隠しや「申告漏れ」がなんら刑事訴追されることなく放置されている事態があることは、まぎれもない事実である。

本件のような事案ですら被告人が実刑に処せられるというのであれば、調査時に進んですべてをあきらかにし協力すること、さらには捜査にも全面的に協力するということはおろかなことであるという考えが生まれないか、あるいは、そうした風潮が促進されないか、弁護人はそのことを心からおそれる。本件においても、全面的に否認し、必死に隠せば国税当局の調査は頓挫する可能性があったであろう。抵抗すればもっと長い年月と膨大なコストが費やされ、その結果として、立件できない事態も十分ありえたであろう。しかし、そのような選択を被告人は潔しとはしなかったのである。そのような選択をする者が、今後陸続とあらわれる事態となることを、おそれるのである。

本件では、前述(第二)したとおり、各年度の東洋産商の決算内容は自由にできたのであるから、適正に取得価格や取得経費を計算しても課税の対象となる利益が発生しないように、コリンズグループへの譲渡価格を決定し操作すれば、なんら法人税法違反とならないようにすることも可能であったであろう。本件のような事案ですら被告人が実刑に処せられるというのであれば、所得隠しのための経理操作、脱税の手口がいっそう巧妙になっていきはしないか、弁護人はそのことも心からおそれる。

多額の本税、延滞税、重加算税を即完納することも、社会に貢献すべく事業活動に日夜砕身の努力をすることも、巨額の損失を抱えながら続く二年間に一四一億円もの納税をするという想像を絶する努力をすることも、いずれもほとんど評価されず実刑となるというのであれば、人々は無為に過ごすことを選択するであろう。そのことをさらに弁護人は深くおそれるのである。

八 むすび

以上により、原判決は破棄されるべきである。

被告人は、今日では稀有な、資本主義勃興期における優れた事業家達のエートスを持った人間である。自らを厳しく律し、努力して能力を高め、その感性を磨き、いま真に社会貢献のできる事業家としてさらに成長しようとしている。

本件において、被告人が、たとえ短い期間であっても社会から隔離され、刑務所施設内で刑務作業の日々を過ごさなければならないということは、本人にとっては過酷にすぎる制裁であるばかりか、社会にとっても量りがたく大きな損失である。

貴裁判所が、英知ある判断をされて、被告人に執行猶予を付されるよう、心からお願いする次第である。

以上

<省略>

○ 控訴趣意書訂正書

被告人 小林政雄

右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成四年六月二九日付け控訴趣意書を左記のとおり訂正いたします。

平成五年一月二六日

主任弁護人 宮原守男

弁護人 宮川光治

弁護人 山田宰

弁護人 並木政一

弁護人 古谷和久

東京高等裁判所第一刑事部 御中

一、控訴趣意書三五頁七行目から一〇行目までの表を次のとおり訂正する。

<省略>

二、同三五頁一一行目の「右の税額について、」を「右の税額について、コリンズについてみると、」と訂正する。

三、同三六頁六行目の「なお、平成三年度においては、」を「なお、コリンズについてみると、平成三年度においては、」と訂正する。

平成四年(う)第三〇二号

○控訴趣意書

被告人 室伏博

右の者に対する法人税法違反被告事件について、弁護人は、次のとおり控訴理由をのべる。

平成四年四月一三日

右弁護人 赤松常夫

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決は、罪となるべき事実として公訴事実と同旨の事実を認定し、検察官の「懲役二年」の求刑に対し、「被告人室伏博を懲役一年に処する。」旨の判決を言い渡したが、同被告人(以下「室伏」という)を実刑に処した同判決の量刑は以下に述べるとおり、著しく重きに過ぎて不当であり、到底破棄を免れないものと思料する。

第一 原判決の量刑理由について

原判決の量刑理由を見ると、全般的かつ罪体に関連する情状については、要旨

<1> 三期合計一五億三二〇〇万円余りの脱税額は、脱税額が大きくなっている最近の脱税事犯の中にあっても、その脱税額の大きさにおいて上位にある。

<2> 三年通算四〇パーセントという脱税率は、法人税の脱税事犯、特に本件と同時期に行われた不動産取引による所得を中心とした脱税事犯の中にあっては低い方である。

<3> 脱税方法については、土地等買い取り代金の水増しや架空買収協力費等の計上に当たって、適切な物件を選定し、虚偽内容の契約書等の関係書類を整え、さらに裏金を戻させる際に税務調査等に備えてそれを何回かに分けるなど計画的かつ周到に不正工作をしている。

<4> 脱税の経過、動機は、被告人小林政雄(以下「小林」という)が、過去の倒産経験や不動産買収に伴う地権者等に対する裏金の必要性等により、昭和五四、五年ころから架空経費計上による脱税をして簿外資金を作っていたところ、同五九年二月ころ、室伏から「困窮している元被告人福田葵(以下「福田」という)の救済のため、同元被告人を自己とともに被告会社の土地買収に携わらせるとともに、裏金作りを手伝わせることによって謝礼金を与えて欲しい」旨懇請され、当初は断ったものの、結局、情にほだされ、室伏を立て福田救済の趣旨も込めて本件脱税につながる簿外資金作りを大規模に始めたもので、本件脱税も、それに先立つ簿外資金作りと同じく、経営危機に備えるのが主たる理由であったが、その心情は理解できても、それは社会の犠牲において自己の会社の保全を図るもので特段に酌むべきものとまではいえない。

<5> 小林の役割は、被告会社代表者の立場で自ら決断し、不正行為の実行に際しては、不正物件の決定、方法の選択、不自然と見られないよう配慮しての金額決定等を自ら行い、それらについてのメモを作成した上、同メモによって室伏や福田に必要な指示をし、さらに社内の者に虚偽内容の契約書等を作らせるなど、脱税工作を主体的に行っており、また、簿外資金で無記名債券を購入して自ら秘匿したもので、主犯者の地位にあり、負うべき責任は一層重い。

<6> 室伏の役割は、経済的苦境にある福田から脱税協力による謝礼金を得たい旨を持ち掛けられ、同情心から何とか助けてやりたいという気持ちと、尊敬する小林のためになり、自らもなにがしかの利益にあずかれるのではという思いから、当初難色を示した小林を積極的に説得して、本件脱税につながる裏金作りを始めさせるに至り、また、福田とともに報酬を得ながら継続して不正工作に加担し、その報酬として二億円を超える不正な利益を得た。

<7> 福田の役割は、自ら積極的に裏金作りへの協力の話を持ち出したもので、時には報酬欲しさに具体的な裏金作り工作を促したり、被告会社への裏金や株式会社トム・コンサルタント(以下「トム」という)への報酬について架空領収書を使って架空外注費を計上するなどし、あるいは架空買収費等の支払について自己の会社による買収協力を仮装するなどしたもので、小林が被告会社の本件脱税を継続するについて、その影響、役割は大きく、しかもその報酬として数億円にのぼる不正な利益を得ている上、本件後、自己の会社に脱税調査が入るや小林や室伏に証拠のメモ類の処分を働き掛け、また、被告会社査察後に犯罪隠蔽工作を持ち出して自己の利益を図ろうとするなど、その責任は決して軽くなく、室伏のそれより重い。

と判示し、また、室伏にとって酌量すべき情状並びに小林のそれのうち室伏と関連するものについては、要旨

<8> 本件において現実に害された租税収入の額は多額であるが、査察後、小林の意向により、裏金によって購入された割引債券が自主的に提出され、早急に修正申告も行われた上、脱税にかかる本税、延滞税、重加算税等(以下、以上の諸税を総称して「本税等」という)がすべて納付され、脱税額は多額であるにもかかわらず、本件の現実の法益侵害の回復は速やかに行われている。

<9> 本件脱税は、査察開始以前に中止され、また、現在、被告会社を含むグループ会社について本件のごとき誤りを防ぐ態勢が整えられている。

<10> 被告会社等の事業自体は、私企業の営利の範囲を越え公益性のある事業である。

<11> 「本件はグループ内取引にかかるものであるから違法性が低い」旨の主張は採用できないが、本件が、同時期ころに行われた不動産譲渡に絡む脱税事犯の多くに見られるように、専ら土地売却による利益を稼ぎそれを大きくするために脱税までもしたという場合とは異なることは考慮される。

<12> 室伏は、査察調査に協力して一貫して事実を認め、捜査、公判を通じて深い反省の態度を示している。

<13> 室伏は、不正行為の実行そのものには余り手を貸しておらず、脱税額が大きくなるについて小林に積極的に働き掛けたこともない。

<14> 室伏は、報酬の不正利益についても法人税の修正申告をして新たに約三億二〇〇〇万円を納税し、すべてを供出している。

<15> 室伏は、その経営するトム等の会社にとって欠くべからざる存在である。

<16> 恵まれぬ成育環境を克服した来歴、家庭状況等の酌むべき事情がある。

と判示し、その上で、小林のみならず室伏をも実刑に処する理由について、「脱税事犯においては、やはり脱税額の大きさに比例して責任を量らざるを得ず、また、申告納税制度をとる税制の下では、脱税についての一般予防ということを重視せねばならないことから、本件のごとく多額の脱税を行った被告人両名についてはその刑事責任は重く、いずれも懲役刑の実刑を免れることはできない」と判示している。

第二 原判決の情状に関する事実の認定について

原判決の認定した本件情状に関する前記諸事実については、概ね妥当であると認められる。

しかし、室伏の本件動機に関し、「福田への同情心」と「小林への貢献を望む気持ち」のほかに、「自らもなにがしかの利益にあずかれるのではないかという思い」を認定し、かつ、室伏が本件において得た不正の利益の額を「二億円を超える」と認定したことについては、にわかに承服し難いものがある。

すなわち、原審におてい検察官は、それらの関係について「動機が福田への同情というのは弁解であって、むしろ脱税協力による報酬目的であった」「簿外資金全体の二割が当てられていた本件B勘手数料は、福田と室伏の間で等分され、結局、本件脱税において室伏の得た報酬額は約二億六〇〇〇万円である」と主張していたものである。

それに対し、原審弁護人は、福田の捜査・公判双方の供述を弾劾し、さらに室伏の捜査段階における供述の関連部分には信用性が乏しいことを明らかにすることによって、「室伏の動機は、福田への同情と小林への貢献を望む気持ちのみだったのであり、自己の利得は念頭になかった」旨を主張立証し、また、本件B勘手数料が簿外資金全体の二割であったことを認めた上で、そのB勘手数料が福田と室伏の間で等分されたことを争い、結論として「室伏の本件における利得額は、検察官の主張にかかる程には明確なものではなく、むしろ同主張の額を下回っていた可能性が濃厚であるなど、その点には大いに問題がある」旨を主張立証した。

その結果として、原審は、ある程度は原審弁護人の主張を入れ、前記のとおり、動機については、むしろ「福田への同情」と「小林への貢献を望む気持ち」を主とし、自己の利得については「自らもなにがしかの利益にあずかれるのではないかという思い」という程度の認定にとどめ、また、室伏の利得額についても検察官の約二億六〇〇〇万円という主張に対し、「二億円を超える」という程度の認定にとどめ、これとの関連で、福田の利得についても「数億円」と認定したものと認められる。

従って、当弁護人としても、以上の原審の認定を一方的に非難するものではない。

しかし、原審が、右の関係では、検察官の主張を容れず、全面的とまでは言えないもののある程度は原審弁護人の主張に沿って右のとおり認定し、一方、福田の本件における役割について敢えて前記のとおりの悪情状まで認定したということは、検察官の主張に沿った福田の一連の供述並びに室伏の捜査段階における一部供述に関し、前者についてはその信用性を否定し、後者についてもその合理性に問題があることを肯定したことにほかならないところ、そうである以上、原審が、一部かつ副次的とはいえ室伏の動機の一部に利己的な面があったことを認定したことは、不合理であり、また、認定を誤っているという意味でも、承服することはできない。

また、室伏の本件における利得についても、原審が検察官の主張の根拠となった福田等の関係供述の信用性等を否定した結果として、福田の利得額を特定せず、敢えて漠とした「数億円」という認定をしながら、その一方で室伏の利得を「二億円を超える」とまで認定したのは不合理であって、その意味で、本件の証拠関係からすると、「室伏の利得が高額であった」として、これを室伏の悪情状とすること自体に問題があると言わなければならない。

第三 原判決の量刑理由と室伏を実刑に処したことの妥当性について

一 原判決は、前記のとおり、被告人両名について種々の情状を認定した上、最終的には、要するに本件脱税額が多額であることをもって、小林のみならず室伏をも実刑に処す最大の理由としたものである。

そこで、まず脱税額との関連で、脱税事犯の量刑について論じると、近時、脱税事犯の量刑の重罰傾向には著しいものがあり、その原因としては、一時の土地価格や株価の高騰により脱税額が一気に高額化したという事情もさることながら、近時一般的に検察側が、それを明示すると否とにかかわらず、脱税事犯について重罰の求刑を要する理由として「脱税事犯は、今日においては単なる法定犯にとどまらず、自然犯的な性格を有するに至った」あるいは「脱税事犯はいわば国家に対する詐欺罪ともみなし得る」旨の見解を有しが主張され、裁判所においてもそのような見解をもとにした求刑を前提として量刑を決しているという実情が存することは否定し難い事実である。

本件原判決が、室伏について、同人がその刑責の程度において小林はもとより福田より下位にあったことを肯定し、かつ、個別的にも「不正行為の実行そのものには余り手を貸しておらず、脱税額が大きくなるについて小林に積極的に働き掛けたこともない」とまで認定した上、そのほかにも種々の酌量すべき情状を認定しながら、脱税額の多額を理由として主犯たる小林のみならず室伏までも実刑に処したのも、右のとおりの実情の一端と見るほかはない。

これに対し当弁護人としても国家の課税権の重要性を決して軽視するものではないが、それにしても右のとおりの実情には到底首肯し難いものがある。

すなわち、租税法が刑法はもとより他の行政法規と比較しても政策的・技術的な面が多くあることは動かし難い事実であって、このことは、所得税法第一条において、同法の趣旨が「この法律は、所得税について、納税義務者、課税所得の範囲、税額の計算の方法、申告、納付及び還付の手続、源泉徴収に関する事項並びにその納付義務の適正な履行を確保するため必要な事項を定めるものとする」と定められ、また、現に右各事項の内の「課税所得の範囲」「税額の計算方法」等が、その時々の財政政策により変更を重ねている事実からも明らかである。

従って、近時、脱税事犯が自然犯的な性格を有するに至っているか否かの議論を置くとしても、脱税事犯が容易に変更されることのない刑法上の自然犯そのものとは明らかに異なる犯罪類型であって、むしろ今もなお行政犯すなわち法定犯としての特質を多く有している事実を否定することはできない。

また、脱税事犯をもって「いわば国家に対する詐欺罪ともみなし得る」との見解も、余りにも安易かつ粗雑に過ぎると言わなければならない。

言うまでもなく、詐欺罪は従来他者に帰属していた財物あるいは経済的利益を欺罔を手段として自己の支配下に移し変える犯罪であるのに対し、脱税事犯は元来自己に帰属している財産を国家に供出することを免れるもので、その手段にしても「偽りその他不正の行為」とされ、構成要件として詐欺罪の場合とは異なるものであり、要するに両者が犯罪類型として全く異なるものであることは明らかである。

また、例えば、刑法上詐欺罪については法定刑「懲役一〇年以下」と定められているのに対し、所得税法違反の罪については法定刑が「五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」「免れた所得税の額……が五百万円をこえるときは、情状により、……罰金は、五百万円をこえその免れた所得税の額……に相当する金額以下とすることができる」などと定められ、両者の間には法定刑の上でも明確な差異が存するものであって、その意味でも、脱税事犯が、自然犯たる詐欺事犯とは全く異なり、あくまで行政犯すなわち法定犯として取り扱われるべきものであることは明らかである。

従って、近時の検察官の求刑意見並びに脱税事犯の量刑の実情については、いわば法の趣旨を越えているのではないかとの感すら禁じ得ないものである。

二 以上のとおり、脱税事犯は、あくまで国の行政目的に資するためにいわば政策的に規定された犯罪類型であるところ、さらに言えば、当弁護人としては、近時の脱税事犯に対する科刑の実情は、徴税の実を上げるという政策目的の下に、厳正の域を越えて過酷ともいうべき域に及んでいるとの感を免れることができない。

すなわち、近時、脱税事犯については、脱税額が一定の額を越えると、修正申告あるいは本税等の納付の有無、さらには反省の程度、同種前科の有無、再犯の可能性、被告人の社会的貢献といった点が考慮されることなく懲役刑の実刑と多額の罰金が併科れており、その意味では、破廉恥な財産犯すなわち自然犯たる詐欺犯よりも重い科刑が行われているのが実情であろう。

具体的に述べれば、例えば詐欺事犯において、多少詐欺金額が多額に及んだとしても、被害者にその金額を返還し、さらに返還までの利息や慰謝の趣旨で多額の金員を支払うといった情状が存し、また、動機に特段の悪性が認められない上、初犯にして、真摯な反省の情を示し、さらに相当な社会的地位を有するため再犯の可能性がないのみならず、社会内で処遇すれば多大の社会的貢献をも期待できる場合には、起訴前であれば起訴猶予さえ期待でき、例え起訴されても、科刑上、当然に執行猶予が考慮される筈である。

しかるに、脱税事犯の場合は、本件のごとく、本税のみならず、延滞税や重加算税を完納することによって、右に例示した詐欺事犯における詐欺金員の全額返還・利息や慰謝の趣旨での多額の金員の支払に相当する情状が存し、その余の情状についても、同詐欺事犯と全く同様の諸点が認められても、脱税額が一定の額を越えると、必然的に実刑に処せられ、その上さらに多額の罰金が科せられている。

従って、脱税事犯をもって「自然犯的」であるとし、国家に対する関係で「詐欺罪」ともみなすという見解の当否を別としても、現実には、むしろ脱税事犯の科刑が自然犯そのものである詐欺事犯の場合よりも重いと言うべき極めて不合理な逆転現象を生じているところ、本件の場合は、室伏までも実刑に処したという意味で、正しくそのような不合理な逆転現象の典型と言うべく、到底承服することはできない。

三 ちなみに、原判決は、室伏までも実刑に処した理由として、脱税額との関連で、申告納税制度下における一般予防の重視を上げているのであるが、当弁護人としては、いくら脱税額が多額であったとしても、本件のごとく脱税発覚後速やかに全面的な修正申告が行われ、本税等も完納された上、主犯と従たる共犯者がともに一貫して捜査に協力し、その後の公判を通じて深い反省を示したにもかかわらず、その従たる共犯者までも実刑に処することが、脱税事犯の一般予防に資するとは到底思われない。

むしろ、一定の額を超える脱税事犯については、一旦発覚した以上、どのように現実の法益侵害を回復し、また、捜査・公判において自ら事実の解明に努力するなどして深い反省を示そうとも実刑を免れないという実情は、過酷に過ぎて、かえって脱税の巧妙化を促しかねず、さらに脱税事犯を検挙した場合、それが多額な事犯である程、必死の抵抗を招いて捜査経済上の多大の障害となることが大いに危惧されるのである。

従って、その意味でも、室伏を実刑に処した原判決は承服し難いものである。

第四 現在、被告会社の事業遂行等の上で、室伏の存在が不可欠であることについて

一 原判決の認定のとおり、小林及び同人が経営する被告会社を含む会社グループすなわち現在のコリンズグループは「新宿区や荒川区の既存の市街地域を再開発する大規模な計画を立て、自治体や地元の住民らの賛同も得、計画実現に協力する大手銀行を始め多くの金融機関から多額の融資を受けて、鋭意土地の買収を進め、本件起訴前から一貫して計画の実現に向けて全力を挙げ精力的に取り組んでいる。この地域再開発計画は、もはや単なる私企業の営利の範囲内にとどまるものではなく、公益のための公共的性格を帯びたもので」「もし……各計画が頓挫することとなれば、その及ぼす影響は容易ならざるものがあり、コリンズグループの枠を越えて関係各方面に与える直接間接の損害は測り知れず、及ぼす社会的影響、失われる社会的損失は余りにも大きい」という実情にあるところ、本件当時の室伏は、被告会社の事業の内の買収部門の一端に関与していたに過ぎなかったが、現在では、原判決認定の右各地域再開発計画の実現の上で当面最も重要な用地の買収について、小林に次ぐ責任者となり、同買収の全体に関与し、同計画の実現に欠くべからざる存在となっている。

従って、今後、仮に小林が服役のやむなきに至り、さらに室伏までも本件によって実刑に処せられ右買収に関与することができなくなった場合には、右各計画の頓挫は必至であり、原判決も認定したとおり、その損害は測りしれず、及ぼす社会的影響、失われる社会的損失は余りにも大きいものとならざるを得ない。(以上の事実は、控訴審において立証の予定である)

二 また、室伏は、自身がコリンズグループに属するトム等の会社の経営者として、それら会社の一〇数名の従業員並びにその家族の生活に責任を有しているものであるが、現在の金融逼迫等の経済情勢により、コリンズグループ全体の資金繰りに困難が生じている中、必然的にトム等も極めて厳しい経営状態になっており、従業員等の生活を維持する上で、経営者たる室伏の存在は、第一審当時に比べてさらに重要となり、必要不可欠である。(以上の事実は、控訴審において立証の予定である)

第五 室伏の反省の現れとしての寄付の実行について

一 室伏は、本件に対する反省の現れとして、原判決が下される前の昨年一二月からそのための経済的力が存する限り終生毎月一〇〇万円を世界の困窮している児童を対象にした日本ユニセフ協会に寄付をすることに決め、現在まで、継続的に同寄付を実行している。

ちなみに、同寄付は、室伏が控訴審において執行猶予を得るために始めたものではない。

すなわち、率直なところ、室伏は、原判決について、自己までが実刑に処せられることは予測しておらず、むしろ自己が執行猶予となることを前提として、原判決に先立つ昨年一二月に本件に対する反省と自己が幼時経済的に苦労した経験に鑑み右寄付の継続を決意したものである。(以上の事実は、控訴審において立証の予定である)

二 右のとおり、室伏による毎月一〇〇万円の寄付の実行は、原審による実刑判決と関係なく始められたものであるが、ちなみに、室伏は、小林が本件によって六〇〇〇万円の罰金を併科されたことに対応し、これも本件に対する反省として、右の毎月の寄付とは別に、自らに科す罰という発想に基づき、右六〇〇〇万円に対応したそれなりの金額を、その都合がつき次第、養護施設等に寄付する予定である。(以上の事実は、控訴審において立証の予定である)

第六 結論

以上のとおりであるから、室伏を実刑に処した原判決は、著しく重きに過ぎて本当であるのみならず、その後の新たな諸情状に鑑みても、室伏については、原判決の破棄は免れず、執行猶予を付せられて然るべきである。

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