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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)61号 判決 1993年6月10日

神奈川県厚木市長谷三九八番地

原告

株式会社半導体エネルギー研究所

右代表者

山崎舜平

右訴訟代理人弁理士

鴨田朝雄

西森浩司

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

麻生渡

右指定代理人

内野春喜

奥村寿一

飛鳥井春雄

田辺秀三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和五九年審判第一三八五二号事件について平成二年一二月一八日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

山崎舜平は、層名称を「光電変換装置およびその作製方法」とする発明(後に、名称を「光電変換装置作製方法」と訂正、以下「本願発明」という。)について、昭和五四年七月一六日、特許出願をしたが、同五九年五月一〇日、拒絶査定を受けたため、同年七月一九日、審判を請求した。特許庁は、前記請求を昭和五九年審判第一三八五二号事件として審理した結果、平成二年一二月一八日、右請求は成り立たない、とする審決をした。なお、原告は、本願発明の特許を受ける権利を平成二年四月二五日付けで前記山崎から譲り受け、同日、その旨の出願人名義変更届出を特許庁長官に対して行った。

二  本願発明の要旨

「絶縁基板上に密接して第1の電極を形成する工程と、光起電力を発生させる水素またはハロゲン元素が添加された非単結晶半導体を形成する工程と、該半導体上に第2の電極を形成させる工程とを有する複数の光電変換装置を直列または並列に連接して設ける半導体装置の作製方法において、第2の電極をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体を選択的に除去することにより、前記半導体の端部と第2の電極の端部とを概略一致せしめるとともに、半導体の下側に設けられた第1の電極がエッチングされないように前記第1および第2の電極を残存せしめて、それぞれの光電変換装置とすることを特徴とする光電変換装置作製方法。」(別紙図面(一)参照)

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨

前項記載のとおりである。

2  引用例

(一) 引用例一(「電子材料」一九七九年五月号、八三、八四頁)には、「絶縁基板上に密接して第1の電極を形成する工程と、光起電力を発生させる非単結晶半導体を形成する工程と、該半導体上に第2の電極を形成する工程とを有する複数の光電変換装置を直列または並列に連接して設ける半導体装置の作製方法」が記載されている(別紙図面(二)参照)。

(二) 引用例二(特開昭五三-四二六九三号公報)には、光起電力を発生させる非単結晶半導体として水素又はハロゲン元素が添加された非単結晶半導体が開示されている。

(三) 引用例三(特開昭五〇-一二五六八三号公報)には、電極をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体を選択的に除去することにより、前記半導体の端部と電極の端部とを概略一致せしめるとともに、電極及び半導体の下側に設けられた層をエッチングすることなく、半導体層のみをエッチングする技術が示されている(別紙図面(三)参照)。

3  本願発明と引用発明一との対比

(一) 共通点

両者は、絶縁基板上に密接して第1の電極を形成する工程と、光起電力を発生させる非単結晶半導体を形成する工程と、該半導体上に第2の電極を形成する工程とを有する複数の光電変換装置を直列又は並列に連接して設ける半導体装置の作製方法である点

(二) 相違点

本願発明においては、光起電力を発生させる非単結晶半導体として水素又はハロゲン元素が添加された非単結晶半導体を採用した点(相違点<1>)

第2の電極をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体を選択的に除去することにより、前記半導体の端部と第2の電極の端部とを概略一致せしめるとともに、半導体の下側に設けられた第1の電極がエッチングされないように前記第1及び第2の電極を残存せしめる作製方法を採用しているのに対し、引用発明一ではこのような作製方法を採用していない点(相違点<2>)

4  相違点についての判断

(一) 相違点<1>について

引用例二には、光起電力を発生させる非単結晶半導体として水素又はハロゲン元素が添加された非単結晶半導体が開示されているから、光電変換装置において光起電力を発生させる非単結晶半導体として水素又はハロゲン元素が添加された非単結晶半導体とすることは、当業者にとって単なる設計事項にすぎない。

(二) 相違点<2>について

本願発明において、「半導体の下側に設けられた第1の電極がエッチングされないように前記第1および第2の電極を残存せしめ(る)」とは、要するに、第2の電極及び半導体の下側に設けられた第1の電極をエッチングすることなく、半導体層のみをエッチングすることを意味するのであるから、相違点<2>は、結局、「電極をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体を選択的に除去することにより、前記半導体の端部と第2の電極の端部とを概略一致せしめるとともに、(第2の電極および半導体の下側に設けられた層である第1の電極をエッチングすることなく)半導体層のみをエッチングする」点となる。

引用例三には、電極をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体を選択的に除去することにより、前記半導体の端部と電極の端部とを概略一致せしめるとともに、(電極及び半導体の下側に設けられた層をエッチングすることなく)半導体層のみをエッチングする技術が示されているから、相違点<2>の「第2の電極をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体を選択的に除去することにより、前記半導体の端部と第2の電極の端部とを概略一致せしめるとともに、半導体の下側に設けられた第1の電極がエッチングされないように前記第1および第2の電極を残存せしめる」点は、当業者であれば格別の困難性なく実施し得る事項である。

5  したがって、本願発明は引用発明一ないし三に基づき、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法二九条二項により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の理由の要点1及び2(一)、(二)は認める。同2(三)のうち、「電極」及び「半導体」の認定は争い、その余は認める。審決認定の「電極」は、「配線メタル」であり、「半導体」は、「導電性多結晶シリコン」である。同3、4(一)及び同4(二)の第一段は認めるが、同4(二)の第二段及び同5は争う。審決は、前記のとおり引用例三の技術的事項の認定を誤った結果、相違点<2>についての判断を誤り、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

審決の引用発明三に関する前記の認定が誤りであることは、以下のとおりである。すなわち、審決は、右引用例には、「電極をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体を選択的に除去することにより、前記半導体の端部と電極の端部とを概略一致せしめるとともに、電極および半導体の下側に設けられた層をエッチングすることなく、半導体層のみをエッチングする技術」が記載されていると認定しているが、引用例三によれば、右認定における「電極」は、「配線メタル」であり、「半導体」は「導電性多結晶シリコン」である。また、同引用例には「半導体の端部と電極の端部とを概略一致せしめる」ことは記載されていないのであるから、結局、審決の引用例三に関する前記認定は誤りである。

そして、以下に述べるような点からすると、引用発明三から本願発明の相違点<2>に関する構成を想到することが容易でないことは明らかというべきである。すなわち、引用発明三は、半導体集積回路の配線構造に関するものであり、とりわけ集積回路の配線の段部での段切れを防止するという技術課題に基づくものであり、本願発明とは技術課題を異にするものである上、同発明では、アルミメタルの上にフォトレジストを使用したマスク技術を開示しているのであるから、フォトレジストのような有害なマスクの使用を避けるという本願発明の技術思想もない。また、引用発明三は、もともとマスクによるエッチング工程のなかったところに、多結晶シリコン層の形成のためにマスクによるエッチング工程を付加するものであるから、工程数を削減するという本願発明の技術思想はない。さらに、引用発明三でエッチングを行っているところは、配線のアルミメタル1及び多結晶シリコン9であるから、エッチングの対象は非動作領域のみであり、また、多結晶シリコン9の下に絶縁物2が設けられているから、その絶縁物2の下の拡散層4、すなわち動作領域はエッチング技術の適用がないところである。したがって、本願発明が技術課題とする光電変換の動作領域とは全く異なる電気的物理的状態にある箇所を対象としたエッチング技術である。また、拡散層4と配線の形状は全く異なるものであるから、動作領域(拡散層4)とその上の非動作領域(電極)を同一形状にすることが引用発明三から示唆されないことは明らかである。なお、引用発明三がフォトレジストを使用していることは前記のとおりであるが、仮に、同引用発明においてアルミニウム配線メタルをマスクとしてその下の導電性多結晶シリコンのみをエッチングしたとしても、端部を揃える制御(同引用例には、この点の明記も示唆もない。)がない限り、端部は不揃いになる。

そして、本願発明においては、相違点<2>に係る前記の構成を採用することにより、製造のしやすさ、製造工程の削減、高効率化等を図るとともに、フォトレジストを使用しないことにより、半導体層を何ら機械的に傷つけないという効果を奏するものである。

以上のように、審決は、相違点<2>の判断において、引用例三の技術内容の認定を誤るとともに、引用例三に相違点<2>に係る構成を明記した記載はもとより示唆する記載もないのであるから、相違点<2>に関する判断は誤っている。

第三  請求の原因に対する認否及び反論

一  請求の原因に対する認否

請求の原因一ないし三は認め、同四は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

二  反論

本願発明が、光電変換半導体装置の電極に関する発明であるのに対し、引用発明三が、半導体集積回路の電極配線に関する発明であり、両者の技術課題に原告主張のような差異があることは事実であるとしても、かかる差異があるからといって、同発明が相違点<2>に係る本願発明の構成を示唆し得ないものではないことは、以下に述べるとおりであるから、原告の主張は失当である。

原告は、引用例三に記載の「配線メタル」、「導電性多結晶シリコン」を審決がそれぞれ「電極」、「半導体」と認定したのは誤りであると主張するが、失当である。まず、「電極」とは、「ある系の中に電流を流し、または電場をつくり、あるいは系から電流を取り出すなどの目的で設けられた電子伝導体または半導体をいう」(理化学辞典)ものであるところ、引用例三記載の配線メタルは、ある系の中に電流を流し、あるいは系から電流を取り出す目的で設けられた電子伝導体に該当するから「電極」に該当することは明らかであるし、また、前記「導電性多結晶シリコン」はシリコンが半導体材料であることから、「半導体」といえることは明らかである。のみならず、審決の前記認定は単に文言のみによるものではないことは、以下に述べるとおりである。すなわち、エッチングは、被加工材料とそれに対するマスクという関係で行われるものである。本願発明では、「半導体」が被加工材料であり、「電極」がそれに対するマスクとなっている。一方、引用発明三では、「導電性多結晶シリコン」が被加工材料であり、「配線メタル」がそれに対するマスクとなっている。したがって、エッチング工程において「半導体」と「導電性多結晶シリコン」及び「電極」と「配線メタル」がそれぞれ同様の役割を果たしているのであり、審決では、エッチング工程における「配線メタル」及び「導電性多結晶シリコン」の果たす役割をも加味して、原告のいう電極配線用アルミメタルは「電極」に相当し、また、原告のいう導電性多結晶シリコンは「半導体」に相当すると認定したものであるから、原告の前記主張は根拠のないものである。

また、第2の電極に対応する「配線メタル」と半導体に相当する「導電性多結晶シリコン」は、エッチング後の端部の形状が引用例三の第2図からも明らかなように、半導体の端部と第2の電極の端部とが概略一致しているから、引用例三におけるエッチングは「前記半導体の端部と第2の電極の端部とを概略一致せしめる」ものといえる。したがって、「前記半導体の端部と第2の電極の端部とを概略一致せしめる」ことが引用例三に記載されていないと主張する点は根拠がない。

原告は、引用発明三にはフォトレジストのような有害なマスクの使用を避けるという技術思想がないと主張するが、失当である。まず、原告は、「本願発明では、電極をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体を選択的に除去する構成を採用している」として、その構成があたかも新規であるかのように主張しているが、引用例三には、「前記配線メタルによるパターン(電極に相当する。)をマスクとして前記多結晶シリコン(その下側に密接その前工程で形成された半導体に相当する。)をエッチングする(選択的に除去する。)」とある(一頁左下欄七、八行目)ように、本願発明の前記構成は、技術思想的には何ら新規なものではない。次に、原告は、本願発明ではフォトレジストを用いないかのごとく主張するが、本願明細書においては、「本発明にフォトエッチング工程を用いる」(甲第二号証の二、七頁一四行ないし一七行)、「フォトエッチング工程を用いるならば<1>枚目のフォトマスクを使用する」(同号証の二、八頁七行ないし九行)、「二回目のエッチング工程<2>により不要部の半導体層(12)および透明導電性電極(11)を同じマスクを用いて除去した」(同号証の二、一〇頁三行ないし六行)等の各記載からみて、本願発明でもフォトエッチング工程が採用されているものである。なお、本願発明で「半導体を選択的に除去するに際しフォトレジストを用いない」の意味が、「(電極を加工するために使用されたフォトレジストを再利用するのは別として)半導体を選択的に除去するに際し、該半導体をエッチングするために新たにフォトレジスト等を形成してこれを用いない」との意味であるならば、引用例三においても、「ホトレジストをマスクとしてアルミメタルを配線パターンにエッチングし、更にホトレジストおよびアルミメタルをマスクとして導電性多結晶シリコンをエッチングする。」(二頁右上欄六行ないし一〇行)との記載から、「半導体を選択的に除去するに際し(新たに)フォトレジスト等を用いない」ことになるのである。

原告は、引用発明三には、本願発明の工程削減の思想がないと主張するが、原告主張の工程削減の主張の根拠が不明であるのみならず、原告は、審決が引用例三については、エッチング技術について引用した趣旨を誤解しているものであって、原告主張は根拠のないものである。

原告は、引用例三には、「半導体の下側に設けられた第1の電極がエッチングされない」との構成が示されていないと主張するが、失当である。すなわち、確かに、引用例三においては、半導体の下側にあるのは絶縁体であって本願発明のような第1の電極ではないが、絶縁体も本願発明の第1の電極もエッチング工程において残存させる必要のある材料であるという点では、何ら相違するところはない。しかも、半導体装置のエッチング技術において第2の電極及び半導体に相当する上層のエッチング処理に当たって下層を残存させようとする場合に上層の処理に用いられるエッチング液、エッチング材料等を選択調整してエッチングを行うこと、すなわち、上層に相当する半導体の下側に設けられた絶縁体や第1の電極がエッチングされないようにすることは、乙第二ないし第五号証にもあるとおり、周知の技術である。したがって、引用例三に示されたエッチング技術に注目すれば、第1の電極が、エッチング工程において残存させる必要のある材料程度の意味しか有しないのであり、電極であるからといってエッチング工程上、格別の意味はないのであって、電極-半導体-電極とした相違点は技術的には大きな意味はないのである。

最後に、確かに審決で引用した引用例三は、原告主張のとおり、集積回路の電極配線に関するものであり、とりわけ集積回路の配線の段部での段切れを防止するという本願発明とは異なる技術課題に基づいて引用例三に開示された製造工程を採用するものである。

しかし、本願発明の出願当時、エッチング技術が既に太陽電池を含む半導体装置に共通の処理技術として技術的に位置づけられていたこと、及び乙第二ないし第五号証により、電極をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体を選択的に除去することにより半導体層のみをエッチングする技術を、半導体装置の心臓部の半導体層にも適宜適用し得ることが、本願出願前に周知であったという技術的背景を斟酌し、かつ、本願発明が採用するエッチング技術が光電変換装置の製造に際し、エッチング技術一般に期待される作用効果の域を出るものではないことを考慮しつつ、引用例三に開示の製造工程のうちのエッチング技術に着目すると、本願発明と引用発明三の両者に共通のエッチング工程として、「電極をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体を選択的に除去することにより、前記半導体の端部と電極の端部とを概略一致せしめるとともに、(電極および半導体の下側に設けられた層をエッチングすることなく)半導体層のみをエッチングする技術が示されている。」とみることができるのである。

したがって、本願発明について、引用例一に記載の光電変換装置の作成方法において、引用例三にあるようなエッチング技術を採用することは、当業者であれば格別の困難性なく実施し得る事項であるといわざるを得ないと認定した審決の認定判断に原告主張の違法はない。

第四  証拠

証拠関係は、書証目録記載のとおりである。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがなく、審決が摘示する一致点及び相違点<1>、<2>が存在すること並びに相違点<1>の判断については、当事者間に争いがないから、以下、相違点<2>の判断の適否について検討する。

二1  まず、原告は、引用例三についての審決の認定事項のうち、「電極」及び「半導体」と認定した部分は誤りであると主張するので、この点から検討するに、審決の引用例三に関する認定部分のうち、「電極」の認定に対応する引用例三における記載が「配線メタル」であり、また、「半導体」の認定に対応する同引用例における記載が「導電性多結晶シリコン」であることは被告においても争わないところである。

ところで、引用例三に関する原告の前記主張の当否を判断するためには、審決が引用例三から抽出した技術的事項がいかなる点にあるかを確定しておくことが前提となるので、まず、この点から検討するに、前記の当事者間に争いのない審決の理由の要点によれば、審決は、本願発明が、第2の電極をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体のみを選択的に除去するエッチング方法を採用することにより、半導体の端部と第2の電極の端部とを概略一致せしめるとともに、第1及び第2の電極を残存せしめているのに対し、引用例一ではこのような方法が採用されていない点を相違点<2>として摘出した上で、右相違点に対する判断を示すに先立ち、相違点<2>の持つ技術的意義を、「結局、『電極をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体を選択的に除去することにより、前記半導体の端部と第2電極の端部とを概略一致せしめるとともに、(第2の電極および半導体の下側に設けられた層である第1の電極をエッチングすることなく)半導体層のみをエッチングする』点となる」と要約した上で、引用例三を援用し、同引用例には、「電極をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体を選択的に除去することにより、前記半導体の端部と電極の端部とを概略一致せしめるとともに、(電極及び半導体の下側に設けられた層をエッチングすることなく)半導体層のみをエッチングする技術が示されている」ことからすると、相違点<2>は、「当業者であれば格別の困難性なく実施し得る事項である」としたものであると認められる。

以上の審決の摘示からすると、相違点<2>は、電極をマスクとして利用することによって、その下側に密接してその前工程で形成された半導体のみを選択的に除去し、電極と半導体の端部とを概略一致せしめるところのエッチング技術、すなわち、電極をマスクとすること、電極の下側に密接してその前工程で形成された半導体のみを選択的にエッチングすること、及び、右エッチング処理により電極と半導体の端部は概略一致するところのエッチング技術の存否であると解することができるから、審決は引用例三から前記のような内容のエッチングに関する技術的事項を抽出したものと解するのが相当である。

そこで、引用発明三についてみるに、成立に争いのない甲第五号証(同引用例の公開特許公報)によれば、同発明は、電気的に良好な電極接触及び配線を得ることができる半導体集積回路の製造方法に関する発明であり、アルミニウム配線メタルと拡散層との接触箇所での直接接触による接合劣化及び絶縁膜の段差肩部での配線の段切れの防止を技術課題とするものであり、右課題を解決するために、配線メタルと基体との間に導電性を有する多結晶シリコンを挟み、右配線メタルによるパターンをマスクとして前記の多結晶シリコンをエッチングすることにより配線構造を形成することを特徴とする半導体集積回路の製造方法(特許請求の範囲の記載参照)であると認められる。そして、同引用例には、引用発明三の実施例に関して、「全面に導電性の多結晶シリコンおよびアルミメタルを重ねて付ける。しかる後、ホトレジストをマスクとしてアルミメタルを配線パターンにエッチングし、更にホトレジストおよびアルミメタルをマスクとして導電性多結晶シリコンをエッチングする。」との記載((6)頁五行ないし一〇行)並びにアルミメタルの端部と導電性多結晶シリコンの端部とは概略一致しており、また、導電性多結晶シリコンの下側にある拡散層4は右のエッチングでは残存せしめられていることを示す第2図が開示されていることが認められ、他にこれを左右する証拠はない。

以上に認定の引用例三に開示された技術的事項を前記認定の相違点<2>の技術的意義に即してみてみると、引用例三に示されたエッチング処理技術においては、アルミニウム配線メタルをマスクとして、その前工程で形成された導電性多結晶シリコンのみをエッチングし、その下側にある拡散層4は残存せしめられるとともに、アルミニウム配線メタルの端部と多結晶シリコンの端部とは概略一致せしめられているものであるということができる。そうすると、引用発明三の半導体集積回路の製造方法における中心的な工程である導電性多結晶シリコンのエッチング処理工程をみると、そこにはエッチング処理の方法として、相違点<2>のエッチング処理工程に関して本願発明が採用したのと同様の方法が開示されているものということができる。してみると、引用例三のアルミニウム配線メタル及び導電性多結晶シリコンをそれぞれ電極及び半導体であるとした審決の表現には若干説明不足のきらいがないとはいえないが、前記の審決が摘示した相違点<2>の技術的意義に照らしてみる限り、引用例三をエッチング処理技術としてみた場合に、同引用例のアルミニウム配線メタル及び導電性多結晶シリコンがそれぞれ本願発明の電極及び半導体に相当するとの観点から、電極及び半導体であると認定した審決の認定判断を誤りとすることはできないというべきである。

したがって、審決の前記の認定判断を誤りとする原告の主張は採用できない。

2  原告は、引用発明三は、本願発明とは技術課題を異にするものである上、フォトレジストのような有害なマスクの使用を避けるという本願発明の技術思想もないと主張するので、以下、この点を検討する。

前項に認定説示した引用発明三の技術課題に照らせば、同発明と本願発明が技術課題を異にすることは原告の主張するとおりである。しかしながら、審決が相違点<2>の判断に当たり、引用例三から抽出した技術的事項は、前項に説示したとおり、導電性多結晶シリコンのエッチング処理工程であって、同発明の技術課題そのものではないから、原告の主張は審決が引用していない技術的事項を前提として審決を非難するものであり、採用できない。また、引用発明三には、有害なマスクの使用を避けるという技術思想はないと主張するところ、確かに、引用例三に係る前掲甲第五号証を精査しても、同引用例に半導体製造上の有害性を理由にフォトレジストの使用を避けるとの技術的事項の開示が認められないことは原告が主張するとおりである。しかしながら、前項に説示したように、引用発明三に係る特許請求の範囲には「配線メタルによるパターンをマスクとして多結晶シリコンをエッチングする」との記載があり、ここに開示されたエッチング技術においては、多結晶シリコンをエッチングするに当たっては、配線メタルをマスクとして使用するのであるから、改めてフォトレジストの使用を不要とするところのエッチング技術が開示されていることは明らかというべきであって、かかるエッチング技術が開示されている以上、フォトレジスト使用の有害性を認識する当業者において、引用例三に開示されたエッチング法を採用することに格別の困難性があるとは認められないから、原告のこの点に関する主張も採用できない。なお、本願発明においても、フォトレジストの使用を全面的に排除するものでないことは、成立に争いのない甲第二号証の二(本願発明に係る昭和五九年四月一三日付け手続補正書)に、「さらに本発明はかかる低価格製造用にエッチングまたはフォトエッチングまたは選択性印刷を用い、3~4回のマスク工程で完了するようにした」((7)頁下から七行ないし五行)、「フォトエッチング工程を用いるならば<1>枚目のフォトマスクを使用する。」((8)頁七行ないし九行)等の記載が認められることから明らかなところである。

3  原告は、引用発明三には工程数を削減するという本願発明の技術思想はないと主張するので、検討するに、確かに、引用例三に係る前掲甲第五号証を精査しても、同引用例に工程数を削減するという技術思想の明示的な記載がないことは原告が主張するとおりである。しかし、原告が主張する工程数削減の意味が、電極をマスクとすることによりフォトレジストの使用を不要とすることによる工程数の削減の意味であるならば(前掲甲第二号証の二の(7)頁下から四行ないし二行の「特に半導体層と第1または第2の電極の一方の透明電極とを概略同一形状とすることにより製造工程を簡略化し」とある部分は右の意味における工程数の削減を意味するものと認められる。)、右工程数の削減は引用発明三のエッチング技術自体に内在するものであるから、明示的記載はなくとも、引用発明三においても工程数の削減が図られていることはその工程自体から明らかということができる。また、工程数の削減が右以外の意味であるとするならば、前掲甲第二号証の二を精査しても、かかる意味における工程数の削減がいかなる工程において実現されているのか明らかではないから、いずれにしても、原告のこの点に関する主張は採用できない。

4  原告は、引用発明三におけるエッチングの対象は非動作領域のみであるから、本願発明が技術課題とする光電変換の動作領域とは全く異なる電気的物理的状態にある箇所を対象とするものであり、また、拡散層4と配線の形状は全く異なるものであるから、動作領域(拡散層4)とその上の非動作領域(電極)を同一形状にすることが引用発明三から示唆されないことは明らかであると主張するので、以下、この点について検討する。

引用発明三におけるエッチングの対象が導電性多結晶シリコンであり、その機能が半導体集積回路におけるアルミ配線メタルの段切れの防止等にあることは前記1に説示したとおりである。これに対し、本願発明においては光起電力を発生させる半導体をエッチングの対象とすることは当事者間に争いのない本願発明の要旨自体から明らかなところである。してみると、エッチング技術の適用対象が本願発明においては動作領域であるのに対し、引用発明三においては非動作領域である点において相違があることは原告の主張するとおりである。

そこで、かかる非動作領域におけるエッチング技術を開示する引用例三から相違点<2>に係る本願発明の構成を想到することが当業者において容易であるか否かについて以下、検討する。

まず、本願出願前における半導体装置におけるエッチング技術の適用状況についてみる。成立に争いのない乙第二号証(昭和四八年九月一七日公開の特開昭四八-六八一七一号公報)には、ダイオードの本体となる半導体層(第2a図ないし第2d図の11)の形成に当たって、電極(13)をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体11aを選択的に除去することにより、電極及び半導体の下側に設けられた層(電極14)をエッチングすることなく半導体層のみをエッチングする技術が、同乙第三号証(昭和四六年四月一七日公告の特公昭四六-一四四一〇号公報)には、半導体整流素子の製造方法に関し、ダイオードの本体となる内部にPN接合が形成された半導体層(1)の形成に当たって、電極(2)をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体(1)を選択的に除去することにより、電極及び半導体の下側に設けられた層(電極3)をエッチングすることなく半導体層のみをエッチングする技術が、同乙第四号証(昭和五一年六月九日公開の特開昭五一-六六七七九号公報)には、プレーテッドヒートシンクを有する半導体装置の製造方法に関し、GaAsシヨツトキ接合インパツトダイオードの本体となる半導体層(10)の形成に当たって、電極(51)をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体(1)、(2)を選択的に除去することにより、前記半導体の端部と電極の端部とを概略一致せしめるとともに、電極及び半導体の下側に設けられた層(電極3)をエッチングすることなく半導体層のみをエッチングする技術が、同乙第五号証(昭和五一年五月一三日公開の特開昭五一-五四三八七号公報)には、選択的周波数応答を有するホトダイオード検出器及びその製造方法に関し、ホトダイオードの本体となる半導体層(23)、(24)の形成に当たって、電極(25)をマスクとしてその下側に密接してその前工程で形成された半導体(24)、(23)を選択的に除去することにより、前記半導体の端部と電極の端部とを概略一致せしめるとともに、半導体層(23)、(24)のみをエッチングする技術が、それぞれ開示されていることが認められ、他にこれを左右する証拠はない。

以上の事実からすると、本願発明の出願当時、エッチング技術は半導体装置に広く適用される技術として位置づけられていたこと及び半導体装置における半導体層にもエッチング技術が適用可能であることが、当業者間に周知の事項であったと推認することが可能ということができ、他に右推認を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、本願出願前における半導体装置におけるエッチングに関する前記のような技術水準を踏まえて、当業者が引用発明三をみるならば、右発明に示された前記のエッチング技術を相違点<2>に適用して、本願発明の構成を想到することは容易というべきであり、非動作領域に関するエッチング技術を開示した引用例三を動作領域に関する相違点<2>の構成に適用することはできないとする原告主張は採用できない。

また、原告は、拡散層4と配線の形状は全く異なるものであるから、動作領域(拡散層4)とその上の非動作領域(電極)を同一形状にすることが引用発明三から示唆されないと主張するが、審決が引用例三から抽出した技術的事項は前記のとおり、電極、すなわちアルミ配線メタルと、半導体、すなわち導電性多結晶シリコンであって、原告主張の拡散層4ではないから、原告の右主張は前提を誤るものであって、採用できない。

5  原告は、本願発明の相違点<2>に係る構成のもたらす効果として、フォトレジストの使用中止及び工程数の削減の効果を主張するが、かかる効果は、引用発明三に示されたエッチング処理技術においても奏するものであり、本願発明に特有の効果とはいえないことは既に説示したところから明らかである。また、原告は、マスクの省略は光電変換効率の向上に極めて重要であると主張するが、前掲甲第二号証の二を精査しても、本願発明の製造工程を採用した場合に、従来の製造法に比較してどの程度光電変換効率が改善されているのかを具体的に明らかにする記載は認め難いから、光電変換効率の向上があったとの事実を認めることはできない。そうすると、結局、原告主張の効果は引用発明三のエッチング処理技術から通常予想される効果というべきであって、原告のこの点に関する主張は採用できない。

6  以上の次第であるから、審決の相違点<2>の判断に原告主張の誤りはなく、審決は適法というべきである。

三  よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙図面(一)

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別紙図面(二)

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別紙図面(三)

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