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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)24号 判決 1991年10月31日

原告 株式会社 オージー産業

右代表者代表取締役 今井曻

右訴訟代理人弁護士 小谷悦司

同 川原英昭

被告 特許庁長官 深沢亘

右指定代理人 宮崎勝義

<ほか一名>

主文

特許庁が昭和六三年審判第一七一九五号事件について平成二年一一月一五日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、「ガス燈」なる文字を縦に筆書きしてなる別紙商標目録記載(一)の商標(以下「本願商標」という。)について、第二八類「酒類(但し、薬用酒を除く。)」を指定商品として、昭和六一年二月二一日、商標登録出願をしたところ、同六三年七月二五日拒絶査定を受けたので、同年九月二九日審判の請求をした。特許庁は右請求を同年審判第一七一九五号事件として審理した結果、平成二年一一月一五日、右請求は成り立たない、とする審決をした。

二  審決の理由の要点

本願商標は、第二八類「酒類(但し、薬用酒を除く)」(なお、審決二頁三行目の第一八類とあるは第二八類の誤記と認める。)を指定商品として、「ガス燈」なる文字を縦に筆書きしてなる別紙商標目録記載(一)の構成からなるものであるのに対し、同じく第二八類「酒類」を指定商品とする引用商標(登録第一五一七六八二号)は、別紙商標目録記載(二)のとおり、「ガスト」の片仮名文字と「GAST」の欧文字を上下二段に横書きしてなる。

両商標を対比すると、本願商標は「ガストウ」の引用商標は「ガスト」の各称呼を生ずるところ、両者は称呼における識別上重要な要素を占める語頭音を含めて「ガスト」までをすべて共通にし、本願商標の語尾に「ウ」を有する点のみが相違する。そして、右「ウ」の音は、舌の奥が上がった、口の開きの小さな挟母音であることからそれ自体弱音であり、しかも明確に聴取され難い語尾に位置しているものであるばかりでなく、前音「ト」に続いて称呼するときは、「ト」の長音として称呼される場合が決して少なくないものと認められるから、両者を一連に称呼するときは、全体の語感が近似したものとなり、両者を聞き誤るおそれがある。したがって、本願商標と引用商標とは、外観及び観念の異同について論及するまでもなく、称呼において類似する商標であり、かつ、両者は指定商品を同じくするものであるから、本願商標は商標法四条一項一一号に該当し、商標登録を受けることができない。

三  審決の取消事由

本願商標及び引用商標の各構成及び指定商品が審決認定のとおりであることは認めるが、その余の類否に関する認定判断は争う。審決は、右各商標の称呼上の差異を看過し、本願商標と引用商標との類否の判断を誤ったものであるから、違法であり、取消しを免れない。すなわち、まず、審決は本願商標の称呼を「ガストウ」と認定しているが、右は本願商標の称呼を片仮名表記したものであり、本願商標の実際の称呼は「ガストー」と語尾音が「ト」の長音として称呼されるのがより一般的自然的である。これに対し造語である引用商標の語尾音は、片仮名表記では「ト」であるが、現実の発音では「guest」、「right」などと同様に殆ど聞き取れない子音「t」(上歯の後方に舌をつけて調音される無声音で、英語式の発音においては、サイレントに近くなる。)であって、子音と母音で構成される「to」(子音「t」母音「o」の結合した音で、破裂音として明確に発音・聴取される。)ではない。したがって、本願商標の語尾音の自然的称呼は前述したとおり、「to」であるから「(ガストー)」と称呼されるのに対し、引用商標は「gast(ガストゥ〔ツ〕)と称呼されるものであるから、一連に称呼するときは、両者は十分に聴別し得るものであり、全体の語感が近似したものとする審決の認定判断は誤っている。

次に、本願商標の「ガス燈」は街灯として用いられた燃料用ガスを燃やした灯火を意味する明確な観念を有する語である。これに対し、引用商標は何らの観念も有しない造語である。前者は前記の観念に対応して「ガストウ」若しくは「」(ガストー)と語尾にアクセントを置き余韻を残して発音されるのに対し、後者は「ガ」にアクセントを置き、「gast」(ガストゥ〔ッ〕)と語尾は殆ど聴き取り難く発音されるか、語尾音が「to」(ト)と発音されたとしても、全く余韻のない音であって、語感音調において両者は明らかに差異を有するもので、称呼上混同することなく聴取し得るものである。

以上のとおりであるから、両商標は称呼において類似するとした審決の類否の判断は誤っており、違法であるから、取消しを免れない。

第三請求の原因に対する認否及び反論

一  請求の原因に対する認否

請求の原因一、二は認めるが、同三は争う

二  反論

原告は、引用商標は英語が普及している現在においては欧文字表記の「t」と発音されるのが自然であると主張するが、引用商標の構成中「GAST」の文字は一般に親しまれている語ではないため、引用商標に接する取引者、需要者は日常親しまれている片仮名文字に着目し、それに相応して「ガスト」と正確に称呼するものといわなければならない。そして、仮に欧文字に着目する場合があるとしても「ゲスト」「gest」(客)、「コスト」「cost」(値段)、「ベスト」「best」(最上の、最良)等の例にならい、その表記どおり「ガスト」と明確に発音されるとみるのが相当である。そうすると、本願商標の「ガストウ」と引用商標の「ガスト」は、いずれも語頭音を含む三語において共通し、かつ、段落を生ずることなく平坦に発音される点において異ならないのであるから、両者は称呼において類似しているのであり、したがって、外観及び観念について論及するまでもなく、両商標は類似しているとした審決の認定判断に誤りはない。

第四証拠《省略》

理由

一  請求の原因一及び二の事実は当事者間に争いがない。

二  審決の取消事由について

本願商標及び引用商標の各構成がそれぞれ別紙商標目録記載のとおりであり、両商標に係る指定商品がいずれも第二八類の「酒類(但し、薬用酒は除く。)」の限度において一致することは、当事者間に争いがなく、右両商標を対比すると、両者は、外観において相違することは明らかであり、また、引用商標は特定の意味を有しない「ガスト」「GAST」の文字により構成されている造語であるのに対し、本願商標は街灯として用いられた燃料用ガスを燃やして点火する灯火を想起させるから観念においても相違する。

そこで、両商標の称呼の類否について検討するに、いずれも当事者間に争いのない前記の各構成からすると、本願商標からは、「ガストー」ないしは「ガストウ」の、引用商標からは、その構成中の片仮名表記の「ガスト」が欧文字「GAST」の称呼を表すものとして「ガスト」の、各称呼が生ずるものと認められる。原告は引用商標から生ずる称呼について、英語の普及した現在においては英語式に「ガスツ」の称呼が生ずると主張するが、原告主張の事情の存在を考慮したとしても、前述したように、「ガスト」と片仮名表記をその構成中に明記している引用商標においては、右片仮名表記が引用商標の称呼を表すものとして、その片仮名表記から生ずる称呼、すなわち、前記のように「ガスト」の称呼を生ずるものと解するのが相当というべきである。したがって、原告の前記主張は採用できない。

そこで、進んで両商標の前記認定の各称呼を基にして両者の類否を比較検討するに、両商標の称呼は、いずれも語頭音を含む先頭の三語において共通し、相違するのは本願商標においてその語尾に「ト」の長音ないし「ウ」を伴う点のみであるから、右語尾音の音声学的観点からみた識別力に照らすと、音声学的観点からみる限り、両商標の称呼の類似性は一応高いものというべきである。

しかしながら、両商標を語感、語調の観点から検討してみると、両商標をアクセントないし抑揚の点からみると、造語である引用商標にあっては、同商標に接しても何ら特定の観念を生ずるものではないから、通常、語頭音である「ガ」にアクセントを置いてしり下がりに称呼されるものと認めるのが相当である。これに対し本願商標は、これに接する者に対し、その構成から直ちに、広く国民の間に定着し、親しまれているところの、街灯として用いられた燃料用ガスを燃やして点火する灯火の観念を表しているものとして認識されることは前記の構成自体から明らかというべきであるところ、かかる観念を有するものとして本願商標が称呼される場合には、通常、その構成要素である「ガス」と「燈」の語に対応して、前者の「ガス」は平坦に発音されるのに対し、これに続く「トー」ないし「トウ」の部分は前者より一段と高く発音されるものと認めるのが相当である。このため、両商標はこれを一連に称呼する場合、語感、語調において、相当異なった感じを聴者に与えるものということができる。したがって、かかる相違を看過し、両者共に平坦に発音されるから、語感、語調においても類似するとの被告の主張は相当ではないというべきである。

そして、前記のような特有の語感、語調を有する本願商標の称呼からは、これに応じて直ちに聴者に対して、前記のような灯火の観念を有する「ガス灯」を想起せしめるものと認められるのに対し、造語である引用商標はその称呼から何ら特定の観念を想起させるものではないから、この点において両者は、称呼上も十分に聴別することが可能というべきである。

そうすると、両商標が称呼において類似するとした審決の認定判断は誤っているものというべきであるから、違法として、取消しを免れない。

三  よって、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 杉本正樹)

<以下省略>

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