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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)163号 判決 1994年9月13日

山口県徳山市御影町1番1号

原告

株式会社トクヤマ

同代表者代表取締役

辻薫

同訴訟代理人弁理士

浅村皓

小池恒明

岩井秀生

中馬典嗣

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

多喜鉄雄

渡辺順之

田中靖紘

関口博

主文

特許庁が昭和61年審判第225号事件について平成3年4月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「乾燥剤」とする発明(以下「本願発明」という。)につき昭和55年12月24日に特許出願(特願昭55-182068号)(以下「本願」という。)をしたが、昭和60年11月7日、拒絶査定がなされたので、昭和61年1月10日、審判請求をし、特許庁は、同請求を昭和61年審判225号事件として審理した。本願は、昭和61年7月15日、出願公告(特公昭61-30619号)されたが、特許異議申立の結果、平成3年4月25日「本件審判の請求は成り立たない」との審決があり、その謄本は同年6月19日原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載と同じ)

潮解性脱湿剤としての塩化カルシウムが、1μより大きい孔径の微細孔を多数有し且つ平均孔径が約20μ以下であり、そして塩化カルシウムの潮解液が漏洩せず透湿性を有する微多孔性熱可塑性樹脂シートを用いて包装されていることを特徴とする乾燥剤。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認める。

(2)  引用例の記載

<1> 「ポリオレフイン時報」875号(昭和55年5月17日株式会社ポリオレフイン時報社発行)3面(以下「引用例」という。)には、微多孔性フイルム「セルポア」を紹介する記事が掲載されており、その記載によれば、「セルポア」はポリエチレン樹脂を主材料とし、微細な孔(微孔)が単一膜に多数複雑に分布している構造のフイルムであり、数々の優れた特長、物性を有することから各種の幅広い分野での工業材料、用途に供せられることが期待されるものであること、水も気体も容易に通す「親水性グレード(W)」と気体のみ通す、すなわち水は通さない「疏水グレード(NW)」とがそれぞれ用途に応じて選択できるよう用意されており、

<2> 後者のグレードは、孔径分布0.05~10ミクロン、平均孔径1.0ミクロンの微細な孔を有し、その用途として、通気性包装資材が記載され、具体的には、「乾燥剤袋」も例示されている。

<3> ここにいう「乾燥剤袋」は、吸湿材料をむき出しのままで使用することはその取扱い上において、危険であるとか、他のものと混同する、汚す等の不都合を来すことにより、これを包装して使用に供すること、そして、その包装品に通気性を与えるため通気性ないしは透湿性のある包装材料の選択あるいは孔を穿つ等の手段によって工夫をこらすことは一般に周知慣用のところで、すなわち、該袋は前述周知慣用の包装品を得るためのものを指しているものである。

<4> そして、引用例の包装資材は、通気性以外に水を通すことのない物性をも併せもつところから、被包装物への水の侵入も被包装物からの水漏れも生ずることのない意義をも併せもつものであり、被包装物は、水を含まないものから水を含んだものを広く対象として含んでいるものである。

<5> 以上のことから、引用例には、脱湿材料が、1μより大きい孔径の微細孔を有し且つ平均孔径が20μ以下の1.0μであり、そして水漏れがせず透湿性を有する微多孔性熱可塑性ポリエチレン樹脂フイルムの袋により包装されている乾燥剤が示唆されている。

(3)  対比

<1> 一致点

本願発明と引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)とは、共に、脱湿材料を、1μより大きい孔径の微細孔を有し且つ平均孔径が20μ以下でありそして水漏れがせず透湿性を有する微多孔性熱可塑性樹脂フイルムないしはシートを用いて包装してなる乾燥剤において共通する。

<2> 相違点

本願発明は、脱湿材料として潮解性のある塩化カルシウムを選定しているのに対して、引用例は、脱湿材料の具体的選定までについては記載するところがない(相違点1)、また、本願発明は、包装材料が1μより大きい孔径の微細孔を「多数」有しているものであるのに対して、引用例は「多数」について記載するところがない(相違点2)、以上の点で相違する

(4)  判断

<1> 塩化カルシウムを脱湿材料として用いることは周知であり、一方、引用例は、その「乾燥剤袋」に収容する脱湿材料を具体的に記載するところがないとしても、それは技術常識あるいは従来技術に委ねたものにすぎず、脱湿材料として周知の塩化カルシウムを除外する理由もなく、当然に含み得るものであるから、脱湿材料として潮解性のある塩化カルシウムを選定する点の事項は、引用例に含むところの単なる一態様を例示するにとどまるにすぎない、ないしは格別困難なことではない。

<2> また、1μより大きい孔径の微細孔を「多数」とする点についての事項も、本願発明と引用例の両包装材料は共に、通気性(透湿性)はあるが透水性(液漏れ)はないものである点で共通することから、両者の製品は、共に、透湿性はあるが透水性のない乾燥剤である点で共通するものである以上、格別の意義があるものではない。

<3> そして、本願発明は、塩化カルシウムを使用することによって脱湿速度等に優れ且つ特定の物性の包装材料を使用することによって透湿性があり液漏れが生じないものであるとする作用効果もそれぞれ使用する材料の物性からみて自明のことにすぎず予測しうるところにすぎない。

(5)  以上述べた理由により、本願発明は、その出願前日本国内において頒布された上述引用例に示唆された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたのであるから、特許法第29条第2項に規定する発明に該当し、特許をうけることができない。

4  審決を取り消すべき事由

(1)  審決の理由の要点(1)(本願発明の要旨)は認める。同(2)(引用例の記載)の<1>、<2>後段、<3>、<4>前段、<5>後段は認め、<2>前段、<4>後段、<5>前段は争う。同(3)(対比)の<1>(一致点)は争い、<2>(相違点)は認める。(4)(判断)の<1>前段は認め、その余は争う。(5)は争う。

(2)  一致点の誤認及び相違点の看過(取消事由1)

審決は、引用例に記載された微多孔フィルム(商品名「セルポア」)の「疏水グレード(NW)」(「セルポアNW」。以下「引用フィルム」という。)の構成について、「孔径分布0.05~10ミクロン、平均孔径1.0ミクロンの微細な孔を有し」と認定したが、同フィルムシートがさらに「最大細孔径1.0ミクロン以下」の構成から成ることを認定しなかった結果、一致点の認定を誤り、相違点を看過した。すなわち、

<1> 本願発明の特許請求の範囲に、本願発明の微多孔性熱可塑性樹脂フイルムないしはシート(以下「本願シート」という。)は、「塩化カルシウムの潮解液が漏洩せず透湿性を有する」旨記載され、発明の詳細な説明にも、「このシートは優れた通気性、透湿性を有し」(甲第2号証3欄35行ないし36行)、「孔を通して十分な脱湿作用を発揮する。」(同3欄41行ないし42行)旨記載されているところによれば、本願発明の特許請求の範囲記載の「微細孔」は、貫通孔をいい、「孔径」は単に貫通孔についてでなく、「透湿性」に関与する貫通孔の孔径を意味することが明らかである。そして、通気性、透湿性と関わりがあるのは、貫通孔の最も細い部分であるから、この「孔径」がそれぞれの貫通孔の最も細い部分をいうものであることは、特許請求の範囲の記載から当然に読み取ることができるし、発明の詳細な説明の項の記載からも読み取ることができる。

したがって、本願発明の特許請求の範囲記載の孔径はそれぞれの貫通孔の最も細い部分をいうものであることは明らかである。

一方、引用フィルムにおいて、各貫通孔の径のうちの最も細い部分(入口から出口まで連通する孔の最も狭い部分)の径を細孔径といい、最大細孔径とは、「フィルムに形成される多数の不均一孔径の貫通孔の細孔径のうち、最も大きいもの」をいうところ、引用フィルムの「最大細孔径」は「1.0ミクロン以下」であり、したがって、また、細孔径の平均孔径も1μより大きくなることはないのに対し、本願シートの微細孔の径は「1μより大きい」から平均孔径もまた1μより大きいことになり、この点において、両者は共通するところがないにもかかわらず、審決は、本願発明と引用発明とが「共に脱湿材料を、1μより大きい孔径の微細孔を有し且つ平均孔径が20μ以下」(甲第1号証4頁14行ないし16行)である点で共通すると認定したものであり、誤りである。したがって、本願発明の構成における「孔径」に対応するものは、引用フィルムの構成における「細孔径」というべきところ、本願発明における微細孔の孔径は「1μより大きく且つ平均孔径が約20μ以下」と規定されているのに対し、引用フィルムにおける最大細孔径は「1.0ミクロン以下」であるから、この点において両者の構成が相違することが明らかであるにもかかわらず、審決は、引用フィルムの構成における「最大細孔径」は「1.0ミクロン以下」であることを認定せず、ひいては両者の相違点を看過した。

<2> さらに、本願シートは塩化カルシウムの潮解液を通さない性質(非漏洩性)を有するものであるが、引用フィルムについては、この点についての開示はない。すなわち、引用フィルムは水を通さない性質(非透水性)を有しているところ、本願シートにおいては、非透水性が問題となっているものではなく、塩化カルシウムの潮解液の非漏洩性が問題となっているものである。シートあるいはフィルムの水及び塩類水溶液に対する非漏洩性は一次的には孔径の大小に左右され、二次的に液の表面張力、シートあるいはフィルムの撥水性等が影響するが、非透水性を示すシートあるいはフィルムが必ずしも塩化カルシウムの潮解液の非漏洩性を示すかどうかは実験によって初めて知ることができる事項であるから(甲第5号証)、引用フィルムが非透水性を示すからといって、塩化カルシウムの潮解液の非漏洩性を有するかは自明ではない。

したがって、引用フィルムは疎水性(水を通さない)であるのに対し、本願発明は「塩化カルシウムの潮解液が漏洩」しないことをその構成要件とする点において、両者は相違するにもかかわらず、審決は、本願発明と引用発明とが「水漏れがせず」との点で一致すると認定したのみで、両者の相違点を看過した。

(3)  判断の誤り(取消事由2)

<1> 本願発明の構成は、(イ)塩化カルシウム(潮解性脱湿剤)を(ロ)微多孔性熱可塑性樹脂シート(1μより大きい孔径の微細孔を多数有し、平均孔径が約20μ以下で透湿性であるが塩化カルシウムの潮解液は漏洩させない。)で包装してなる乾燥剤である。

<2> 塩化カルシウムは、脱湿速度が大きく、且つ単位当たりの脱湿能力が非常に大きいうえに、安価なので、単価当たりの脱湿能力が最も優れている。さらに、塩化カルシウムは毒性も公害性もないという利点があるが、潮解性物質であるため一定量以上吸湿すると溶液状になるために、乾燥剤として食品など汎用の分野に使用できない欠点があった。

<3> 本願発明は、潮解性脱湿剤である塩化カルシウムを特異な性質を有するシート、すなわち、微多孔性熱可塑性樹脂シート(1μより大きい孔径の微細孔を多数有し、平均孔径が約20μ以下で透湿性であるが塩化カルシウムの潮解液は漏洩させない。)と組み合わせたものであって、高脱湿能力を発揮すると共に、塩化カルシウムの潮解液の外部への漏洩のない食品等の汎用性乾燥剤として広く使用することを可能としたものである。

<4> 本願シートは、微細孔の径が「1μより大きい孔径の微細孔を多数有し、平均孔径が約20μ以下」であるため、微細孔の径が「最大細孔径1.0ミクロン以下」の引用フィルムに比し通気性に優れており、また、塩化カルシウムの潮解液が外部へ漏洩しない構成となっている。これに対して、引用フィルムは水漏れがないが、塩化カルシウムの潮解液の外部への漏洩の有無については、明らかでない。

<5> したがって、引用発明の構成から本願発明の構成に想到することは、当業者にとって、容易ではないにもかかわらず、審決は、本願発明は、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであると誤って判断した。

(4)  よって、審決は違法として取消しを免れない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

2(1)  取消事由1について

<1> 引用フィルムの細孔径及び最大細孔径の意味が原告主張のとおりであることは認める。

<2> 審決の「1μより大きく、平均孔径が約20μ以下」との一致点の摘示について

(a) 本願シートにおける孔径の意味

本願発明の願書に添付された明細書(以下「本願明細書」という。)では、本願シートの微細孔について、その孔がどのような形状、構造を有する貫通孔か記載されておらず、その孔径を貫通孔の最も細い部分を指すとも記載されていないし、かかる部分の孔径を測定する方法についても記載されていない。そして、本願シートの通気性及び透湿性に関わりのある孔の数、及び漏洩防止性に関わりのある最大孔径(孔径分布の中の最大のもの)自体記載されていない。

したがって、特許請求の範囲記載の「微細孔」は、径が均一な孔径の貫通孔及び不均一な孔径の貫通孔のいずれも含み、本願シートの「孔径」はその貫通孔の任意の位置の径を含むものである。

以上のとおり、特許請求の範囲記載の孔径が貫通孔の任意の位置の径を含むものであるため、孔径だけでは本願シートを特定できないので、特許請求の範囲の記載において、その孔径の限定と、「塩化カルシウムの潮解液が漏洩せず透湿性を有する」という性能の限定をして本願シートを特定しているものである。

そして、潮解液の漏洩防止の性能については、孔径だけでなく、そのシートの撥水性とも関連する。本願シートは、そこに存在する孔が適当な微細孔であればそれだけで漏洩防止性を示すものではなく、素材に撥水性のものを用いたことによって、初めて漏洩防止性を示すというものである(本願明細書3欄42行ないし4欄4行)。引用例には、疎水性の引用フィルム(セルポアNW)のみならず、水を通すセルポアWが記載され、両者は、平均孔径及び最大細孔径とが一致し、また孔径分布についてもほぼ一致しているから、その孔径について実質上同一であるにもかかわらず、セルポアWが水を通し、引用フィルムが水を通さないことは、引用フィルムの素材が疎水性(撥水性)材料であることを意味しているものである。

また、シートが通気性及び透湿性を示すためには、空気及び水蒸気を構成する分子がそのシートの孔を通り抜ける必要があるが、その空気及び水蒸気を構成する水分子、窒素分子、酸素分子等は約3オングトローム(換算すると約0.0003μ)程度の大きさからなり、それらは極く微細なものにすぎないものである。

そうすると、不均一な孔径の貫通孔の最も細い部分が1μ以下の孔径である場合でも、上記分子よりもはるかに大きいから、かかる孔径を備えたシートでも通気性及び透湿性を示すものである。

これに対して、本願シートは、1μより大きい孔径(平均孔径20μ以下)の孔を有し、上記分子の約3000倍以上の孔径を備えているものであるから、最も細い部分がネックとなることなく、上記分子はシートの一面から他面に通り抜けることができるものである。

したがって、本願シートの微細孔が不均一な孔径の貫通孔である場合、貫通孔の最も細い部分と通気性及び透湿性との間には関連性はない。

よって、本願シートの孔径は、特許請求の範囲の「塩化カルシウムの潮解液が漏洩せず透湿性を有する」との記載から、貫通孔の最も細い部分を指すとの原告の主張は失当である。

(b) 引用フィルムにおける「平均孔径」及び「孔径分布」の意味

引用フィルムには、三層のフィルムの一面から他面までに至る多数の貫通孔すなわち連通路が不均一に形成されているものであり、その各貫通孔は、審決認定のとおり、「孔径分布0.05~10ミクロン、平均孔径1.0ミクロン」の孔が連なって形成されているものである。

細い孔径の部分すなわち細孔径の部分と太い孔径の部分すなわち孔径分布0.05~10ミクロン、のうち1.0ミクロンより大きい孔径の部分までをも含むものとが連なって一つの貫通孔を形成しているものであるので、引用フィルムが多数有する貫通孔のなかには、貫通孔中に1.0ミクロンより大きい孔径部分が存在しているものである。

そして、太い孔径の部分も微細孔であるから、「引用例には、脱湿材料が、1μより大きい孔径の微細孔を有し且つ平均孔径が20以下の1.0μであり」との認定に誤りはない。

(c) 本願発明における「平均孔径」の値について

特許請求の範囲には、「平均孔径が1μより大きい」と明示的には記載されていないところ、本願明細書全体の記載によっても、孔径の分布範囲及び各孔径における微細孔自体の存在比率が明らかでなく、かつ特許請求の範囲の記載では「孔径が1μより大きい微細孔が多数」と規定されているが、1μ以下の微細孔がどの程度存在するか明らかでない。したがって、平均孔径が1μより大きいとすることに合理性はない。

(d) 以上のとおり、本願シートの孔径は、貫通孔中の任意の位置の径を含むものであり、引用フィルムの「孔径分布0.05~10ミクロン、平均孔径1.0ミクロン」なる構成は、貫通孔の径を示すものであることにかわりはないものであるから、両者の対比にあたって、引用フィルムの「最大細孔径」の値如何にかかわらず、本願発明を引用フィルムの「平均孔径」及び「孔径分布」の孔径の値をもって対比すれば足りるものである。

したがって、審決が、孔径について引用フィルムの「最大細孔径1.0ミクロン以下」なる構成を摘示しなかった点に誤りはなく、一致点の認定に誤りはない。

<2> 仮に、本願シートの微細孔の孔径が引用フィルムの細孔径に相当するとした場合には、両者の微細孔の径が一致しないことになるが、微細孔の径の相違は、本願発明の作用効果には、関連がなく、本願発明と引用発明とにおける微細孔の孔径の相違は、実質的な相違点とはいえず、かかる相違点について判断しなかった審決に違法はない。すなわち、

本願シートの「1μより大きく、平均孔径が約20μ以下」の構成は、孔径として300μ、50μ等の大きい孔径の存在を否定しないものであるから、漏洩防止性及び透湿性と孔の孔径の大きさとの関係を厳密に把握しておらず、ただ漫然と孔径が記載されているにすぎず、かかる構成は無意味である。

さらに、本願の願書に最初に添付した明細書には、本願シートが「1μより大きい孔径」の微細孔を有するという構成が記載されていなかったところ、補正により新たに追加されたものであり、本願シートが通気性、透湿性、漏洩防止性を有する点について「1μより大きい孔径」の微細孔を有する構成と1μ以下の構成とは格別の差はない。

しかも、本願シートの構成において、1μに近接する小さい数値の孔径の孔のみ有する場合には、引用フィルムの「最大細孔径1.0ミクロン以下」なる構成にきわめて近接し、両者の孔径は実質上同一とさえいえる。

したがって、本願シートが通気性、透湿性、漏洩防止性を有する点について「1μより大きい孔径」の微細孔を有する構成と1μ以下の構成とは格別の差はない。

また、シート又はフィルムの微細孔の孔径を本願発明のように「1μより大きく平均孔径が約20μ以下」とすることに格別の発明力を要するものではない。

すなわち、ゴム布について、ゴム層の透湿性は、孔の数が一定以上存在すれば孔の大小にかかわらず得られるものであること、その漏洩防止性は、孔の大きさが10μ以下であれば良好であること、漏洩の恐れがあるのは10~30μの辺りに存すること(乙第2号証)から、当業者であれば、引用フィルムの孔径を1μより大きく平均孔径が約20μ以下としても、透湿性及び漏洩防止性を示すことは予測できるものである。

仮に、上記相違点が実質的なものであるとしても、本願発明のかかる相違点をなす構成は、上記のとおり、当業者であれば、引用発明から容易に想到できる構成である。

審決は、上記を前提として、「本願発明と引用例の両包装材料は共に、通気性(透湿性)はあるが透水性(液漏れ)はないものである点で共通することから、両者の製品は、共に、透湿性はあるが透水性のない乾燥剤である点で共通するものである以上格別の意義があるものではない。」旨認定判断したものであるから、上記相違点の看過は結論に影響を及ぼさない。

<3> 審決の「水漏れがせず」との一致点の摘示について

審決は、本願シートと引用フィルムとは、本願シートが塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性を有する点で相違することを直接摘示していないが、かかる相違点については審決は判断しており、少なくとも「水漏れ」がしない点で一致すると摘示したことは、誤りではない。

引用フィルムは水につき漏洩防止性を示すことが引用例に示唆されているところ、塩化カルシウムの潮解液は水溶液であるから、塩化カルシウムを含有するとしても水を主成分とし且つ水を溶媒とする液体から成るものであり、また塩化カルシウムは固体であるから、単独で漏洩することはなく、その潮解液が漏洩することは水を漏洩することに他ならないのであるから、本願シート及び引用フィルムが、水又は水溶液につき漏洩防止性を示すということは、少なくとも水を通さないことを意味するものであり、両者はこの点で共通するものである。

そして、引用例には、引用発明の他に親水性のフィルムが開示されているが、引用発明と親水性のフィルムはその孔径につき殆ど同一であるにもかかわらず、前者は水を通さず、後者は水を通すという相反する性能を有しているから、引用発明にいう疎水性とは撥水性を意味すると解される。したがって、引用例において、疎水性グレードのものがこのような機能を発揮できる限り、純水だけでなく、水に他の物質が混入していても、引用例にいう水といえるのである。そして、塩類の陽性成分及び陰性成分の両方ともが親水性のものから形成される化合物(塩化カルシウムも含まれる。)であれば、疎水性グレードのものはその水溶液に対し、「はじく」機能を発揮、すなわち水に対し漏洩防止性を示すのである。また、引用例では、親水性のフィルムの用途として電池用セパレーター等が挙げられており、電池の電解質溶液等を水として認識している。したがって、引用フィルムは塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性を有することは明らかである。よって、引用フィルムの疎水性にいう水と本願発明の塩化カルシウムの潮解液とは同じであるといえるものである。

審決は、「水漏れがしない」の意味を上記のような意味に用いて、本願発明と引用発明とは「水漏れがせず、透湿性を有する微多孔性熱可塑性樹脂フィルムないしはシートを用いて包装してなる乾燥剤において、共通する」と認定したものであるから、審決のかかる認定に誤りはない。

仮に、審決摘示の「水」に塩化カルシウムの潮解液が含まれると解されないとしても、「水に対して漏洩防止性を有するシート又はフィルムは、塩化カルシウムの潮解液についても漏洩防止性を示す」と考えることは技術常識である(甲第5号証には、塩類水溶液の塩類の種類によって耐液圧が若干影響されるということができるものの、そこで用いられた微多孔性シートは水だけでなく各種の塩類を含む水溶液に対して漏洩防止性を有することが示されている。)から、審決は、本願シートが塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性を有する点で相違することを間接的に認め、これを前提として、「そして、本願発明は、塩化カルシウムを使用することによって脱湿速度等に優れ且つ特定の物性の包装材料を使用することによって透湿性があり液漏れが生じないものであるとする作用効果もそれぞれ使用する材料の物性からみて自明のことにすぎず予測しうるところにすぎない。」として、塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性を有する点につき「自明のことにすぎず予測しうるところにすぎない。」と判断したものであるから、審決がかかる相違点につき直接摘示しなかった点に結論に影響する誤りはない。

(2)  取消事由2について

<1> 引用フィルムを「乾燥剤袋」に使用することは、引用例に記載された引用フィルムの用途として示唆されている。そして、潮解性脱湿剤を微孔性ポリプロピレンの袋(微多孔性熱可塑性シートに相当する。)に封入する技術的思想は、本願出願前に頒布された刊行物である乙第5号証(特開昭54-117293号公報)に開示されている。さらに、乙第6号証(特開昭52-107042号公報)に、脱湿材料としての塩化カルシウムの脱湿能力が高いこと、安価であること、潮解性で水分を吸うと液状化するため一般に使用されないこと等が開示されており、本願発明の課題が当業者間で普通に知られていたもので、かかる課題の一解決例が同各号証に記載された発明である。したがって、引用フィルムを用いた乾燥剤袋に塩化カルシウムを収容したものがその潮解液を漏洩せず、食品乾燥などの分野の乾燥剤として使用できることは、当業者にとって困難なく予測できることである。

<2> 微多孔性熱可塑性樹脂フィルムないしはシートに存在する孔の平均孔径が大きくなると、気体は通過しやすくなるが、その反面、塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性が低下することとなり、また逆に平均孔径が小さくなると、気体通過性は低下するものの、塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性が向上することは当業者にとって明らかなことであるところ、引用フィルムは脱湿剤の包装のために用いられるのであり、塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性が多少低下してもその性質に支障がない範囲内で、平均孔径が大きいものを選択して、乾燥剤袋の乾燥能力を向上せしめることは当業者の適宜なし得ることであり、本願シートの平均孔径は、以上のことを越えるものではない。

<3> 微多孔性熱可塑性フィルムないしシートに存在する孔径の大きな孔が多数存在すれば、気体の通過量が増加することは当業者にとって自明のことであるから、大きな孔径の孔を多数有するものを選択して、乾燥剤袋として採択する程度のことは当業者の適宜なし得ることである。そして、引用フィルムにおいて、孔を多数設けたものも水漏洩防止性を有し、塩化カルシウムの潮解液漏洩防止性もまた有していることは当業者の容易に予測できることである。

4  証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない。)。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いはない。

2  本願発明の概要

甲第2号証(本願の出願公告公報)によれば、本願発明は潮解性脱湿剤として塩化カルシウムを利用した乾燥剤に関するものであること、従来、食品、工業用など広い分野にわたって乾燥剤が使用されているが、その脱湿剤としては、生石灰、シリカゲルなどが用いられているが、生石灰は、危険性があり、また単位重量当たりの脱湿能力は必ずしも有利とはいえず、シリカゲルは、菓子、食品等の分野で汎用されているが、高価格という欠点があること、これらに対して、塩化カルシウムは、単価あたりの脱湿能力が最も優れており、毒性も公害性もないが、潮解性物質であるために、乾燥剤として食品など汎用の分野に使用できない欠点があったこと(1欄20行ないし2欄19行)、本願発明は、潮解性を有する塩化カルシウムのかかる欠点を改良し、高脱湿能力、低価格という本来の性質を維持した汎用性の乾燥剤を提供することを目的として、特許請求の範囲記載の構成((1)「塩化カルシウム」((潮解性脱湿剤))を、(2)「微多孔性熱可塑性樹脂シート」((1μより大きい孔径の微細孔を多数有し、平均孔径が約20μ以下で、透湿性であるが、その潮解液を漏洩させない))で包装してなる乾燥剤)を採択したものである(3欄6行ないし13行)こと、その結果、「本発明の乾燥剤は潮解性脱湿剤である塩化カルシウムを特異な性質を有するシートと組合せたものであって、高脱湿能力を発揮すると共に、塩化カルシウムの潮解液の外部への漏洩がなく、食品用等の汎用性乾燥剤として広く使用し得る」(5欄19行ないし24行)に至ったことが認められる。

3  原告主張の審決の取消事由について検討する。

(1)  取消事由1について

<1>  引用例に引用フィルムの「最大細孔径が1μ以下」なる構成が記載されているにもかかわらず、審決が、引用例の記載事項の摘示において、かかる構成について摘示しなかったことは当事者間に争いがない。

被告は、本願明細書の特許請求の範囲記載の「孔径」はその貫通孔の任意の位置の径を含むものであるとの解釈を前提として、本願発明と引用発明との対比にあたって、引用フィルムの「最大細孔径が1μ以下」なる構成を摘示する必要はないと主張するので、検討する。

(a) 前記本願明細書の特許請求の範囲における「1μより大きい孔径の微細孔を多数有し且つ平均孔径が約20μ以下であり、そして塩化カルシウムの潮解液が漏洩せず透湿性を有する」との記載、及び、本願明細書(甲第2号証)の発明の詳細な説明の項の「微多孔性シートで塩化カルシウムを包装した、つまり該微多孔性シートを用いて作られた包装体の中に塩化カルシウムを内蔵させた乾燥剤は該シート表面の微細な多くの孔を通して十分な脱湿作用を発揮する。」(3欄38行ないし42行)との記載によれば、本願シートの微細孔は、通気性、透湿性に関与するものであって、貫通したものであると解される。

さらに、本願発明は、本願シートが塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性を有することをその構成要件とするものであるところ、本願明細書の発明の詳細な説明の項における「これは微多孔性シートの孔が適当な微細孔であると共に、微多孔性シートの素材であるポリオレフィンなどの熱可塑性樹脂が撥水性を有するためと考えられる。」(3欄末行ないし4欄4行)、「従来から生石灰やシリカゲル等の脱湿剤を孔のあいた熱可塑性樹脂シートなどを少なくとも一部に用いて包装したものが知られている。しかし、この場合の孔のあいた熱可塑性樹脂シートは、…必然的に孔の径が比較的大きくなり、透水性をも有するものであって、…従来のこのような孔のあいた熱可塑性樹脂シートを用いて、潮解性の脱湿剤である塩化カルシウムを包装した場合は、漏洩のおそれがあり、本発明における漏洩を防止するという効果は期待できない。」(4欄43行ないし5欄11行)との記載によれば、孔のあいた熱可塑性樹脂シートは透湿性を有するが、孔の径が比較的大きくなると、透水性を有し、潮解性の脱湿剤である塩化カルシウムを包装した場合は、潮解液を漏洩するおそれが生じるが、本願シートは、その孔径の大きさ及び素材の撥水性によって、塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性を効果的に備えていることが認められる。そうすると、貫通孔の孔径が不均一なものにおいて、塩化カルシウムの潮解液の漏洩性、透湿性、透水性を左右するのは、貫通孔の最も細い部分の大きさであるから、これらとの関わりで、本願明細書の特許請求の範囲でいう本願シートの微細孔の「孔径」は貫通孔の最も細い部分の直径を意味するものと解すべきであり、特にこれによらないとする本願明細書の記載もないから、本願シートの構成である微細孔の「1μより大きい孔径」は、貫通孔の最も細い部分の直径をもって規定されていると解すべきである。

(b) 甲第4号証(引用例、「ポリオレフイン時報」第875号 第3面 昭和55年5月17日株式会社ポリオレフイン時報社発行)には、引用フィルムについて、「▽平均孔径=1.0ミクロン▽最大細孔径=1.0ミクロン以下▽孔径分布0.05ミクロンないし10ミクロン」と記載されているが、用いられている語句についての定義は記載されていないから、一般的な用法に従うものと解される。しかして、「平均孔径」の「孔径」と「最大細孔径」の「細孔径」とは、区別して用いられているから、両者の意味は異なるものとして用いられていると解される。そして、、前記甲第4号証の「セルポアの微孔は極微細な繊維によって形成され、単一膜でありながら三層の微孔分布を有するという独特の構造となっており、特長として…連通路が微細で複雑に形成されているので液体と固体粒子、大きい分子と小さい分子を容易にしかも効果的に分離する…。」(第1段14行ないし第2段3行)との記載に徴すると、引用フィルムは、三層の微孔分布を有し、フィルムの一面から他面までに至る貫通孔(三層を連通した孔)は複雑に形成されており、その貫通孔の径は不均一なものであることが認められるところ、その各貫通孔の径のうちの最も細い部分(入口から出口まで連通する孔の最も狭い部分)の径を細孔径といい、最大細孔径とは、「フィルムに形成される多数の不均一孔径の貫通孔の細孔径のうち、最も大きいもの」を意味することは、当事者間に争いがない。

以上のとおり、引用例でいう「細孔径」が各貫通孔の径のうちの最も細い部分の径を意味するものであるから、引用例でいう「孔径」とは、不均一な孔径の各貫通孔の複数の孔径の任意の位置の孔径を含むものを意味するものと解される。そして、「平均孔径」及び「孔径分布」とは、各貫通孔毎にその複数の孔径を平均し、その平均値の全ての貫通孔における平均あるいは分布をとるか、各貫通孔の複数の孔径を予め平均することなくそのまま全ての貫通孔について平均あるいは分布をとることであると解される。

そうすると、引用例に記載された「▽平均孔径=1.0ミクロン」は、「細孔径」の平均をいうものではなく、最大細孔径は1.0ミクロン以下と記載されているのであるから、細孔径の平均も1.0ミクロン以下になるものというべきである。

(c) したがって、本願シートの「孔径」は引用フィルムの「細孔径」に相当するものと認められ、被告の本願シートの「孔径」はその貫通孔の任意の位置の径を含むものであるとの主張は採用できない。

また、本願シートにおける「平均孔径」とは、貫通孔の最も細い部分すなわち細孔径の直径の平均と解されるところ、上記のとおり、孔径は常に1μより大きいものであるから、平均細孔径もまた1μより大きいものと認められる。

(d) 以上によれば、本願シートの前記「1μより大きい孔径の微細孔を有し、平均孔径が約20μ以下」との構成は、引用フィルムの「最大細孔径が1μ以下」との構成と対比されるべきであって、引用フィルムにおける「孔径分布」や「平均孔径」はかかる対比においては必要でないと認められる。そして、本願シートの「平均孔径が約20μ以下」の構成は前記のとおり「平均孔径が1μより大きく約20μ以下」と同一であると解されるから、引用フィルムの前記「平均細孔径1μ以下」の構成とは相違し、これが重複一致することはないものというべきである。

もっとも、被告は、本願明細書では、本願シートにおいて、1μ以下の微細孔がどの程度存在するか明らかでないから、平均孔径が1μより大きいとすることに合理性はないと主張するが、本願明細書の発明の詳細な説明の項の「シート状に成形された熱可塑性樹脂は上記のように延伸されることによって、該熱可塑性樹脂と無機充填剤との間に空隙を生じて1μより大きい孔径の多くの微細孔を生じ、これら微細孔の平均孔径が約20μ以下である多くの微細孔を有する熱可塑性樹脂シートが得られる。」(甲第2号証3欄30行ないし35行)との記載によれば、平均孔径の算出において、1μ以下の微細孔は無視されていると認められるから、本願シートに1μ以下の微細孔が存在するとしても、特許請求の範囲記載の「平均孔径」はやはり、1μ以下になることはないと認められるから、被告の上記主張は採用できない。

(e) 以上のとおり、本願シートは、「1μより大きい孔径の微細孔を有す」との構成において、引用フィルムの「最大細孔径=1.0ミクロン以下」との構成と相違すると認められる。しかるに、審決は、引用例における引用フィルムの「最大細孔径が1.0ミクロン以下」なる構成の記載事項の認定を看過し、かかる相違点を看過した結果、「本願発明と引用発明とは、共に、脱湿材料を、1μより大きい孔径の微細孔を有し且つ平均孔径が約20μ以下である」微多孔性熱可塑性樹脂フィルムないしはシートを用いる点で一致すると誤認したものというべきである。

<2>  被告の反論について

(a) 被告は、本願シートの「1μより大きく、平均孔径が約20μ以下」の構成は、孔径として300μ、50μ等の大きい孔径の存在を否定しないものであり、漏洩防止性及び透湿性と孔の孔径の大きさとの関係を厳密に把握しておらず、ただ漫然と孔径が記載されているにすぎず、かかる構成は無意味であるから、本願シートの「1μより大きい孔径」の微細孔を有する構成と引用フィルムの「最大細孔径が1μ以下」の構成とは実質的に相違しないので、審決がかかる相違点を看過しても、結論に影響を及ぼさないと主張するので検討する。

本願シートの「1μより大きい孔径の微細孔を多数有し且つ平均孔径が約20μ以下」との構成によれば、極端には、数百あるいは数千μの孔径の微細孔の存在を否定できず、かかる孔径の微細孔では塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止が出来なくなる可能性が出てくるところ、「塩化力ルシウムの潮解液が漏洩せず透湿性を有する」との構成を加えることにより、孔径の最大を限定したと解される。したがって、「塩化カルシウムの潮解液が漏洩せず透湿性を有する」との構成と「1μより大きい孔径の微細孔を多数有し且つ平均孔径が約20μ以下」との構成で、本願シートの微細孔の孔径が特定されるものと解されるから、かかる構成が無意味とはいえない。

また、被告は、「1μより大きい孔径」の構成は補正により新たに追加されたものであるから、本願シートが通気性、透湿性、漏洩防止性を有する点について「1μより大きい孔径」の微細孔を有する構成と1μ以下の構成とは格別の差はないと主張するが、通気性、透湿性、漏洩防止性の程度は孔径の大きさに全く無関係とは認められず、広い数値の構成をよりよい作用効果を奏する狭い数値の構成に限定した補正が認められることは明らかであるから、補正により追加した構成が全く意味がないという被告の主張は失当である。

次いで、被告は、本願シートの構成において、1μに近接する小さい数値の孔径の孔のみ有する場合には、引用フィルムの「最大細孔径1.0ミクロン以下」なる構成にきわめて近接し、両者の孔径は実質上同一とさえいえると主張するが、引用発明においては、細孔径の最大値を1μに限定しているのであって、かかる上限を越えた場合には、引用フィルムの有する「疎水性」が全く失われることが可能性として一応予想されところ、他に細孔径の最大値が1μを越えても近似しでいれば、作用効果は同じであることが当業者の技術常識であったと認めるに足りる証拠はないから、被告の上記主張は採用できない。

したがって、本願発明と引用発明の孔径についての相違点は実質的な相違点であり、かかる相違点についての判断の遺脱は結論に影響を及ぼすものと認められる。

(b) 被告は、さらに、引用フィルムの微細孔の細孔径を本願シートの微細孔の孔径にすることは当業者にとって容易であり、審決は、「本願発明と引用例の両包装材料は共に、通気性(透湿性)はあるが透水性(液漏れ)はないものである点で共通することから、両者の製品は、共に、透湿性はあるが透水性のない乾燥剤である点で共通するものである以上格別の意義があるものではない。」(甲第1号証5頁18行ないし6頁3行)旨認定判断し、上記相違点について、審決が判断しているから、審決の上記相違点の看過は結論に影響を及ぼさないと主張する。

しかしながら、審決の理由の上記部分で、引用発明の「最大細孔径1.0ミクロン以下」なる構成と本願発明の「1μより大きい孔径の微細孔を多数有し且つ平均孔径が約20μ以下」なる構成との相違についての容易想到性が判断されたものとは解しがたく、被告の上記主張は採用できない。

(c) なお、被告は上記以外に縷々主張するが、それは、いずれも、審決で未だ判断されていない構成の容易想到性についてのものであるから、該構成が相違点となるかの判断の根拠となるものでなく、これらの主張はその前提において誤りであり、失当である。

<3>  次に、本願発明及び引用発明における「疎水性」及び「潮解液の非漏洩性」の相違点看過の主張について検討する。

(a) 審決における「水漏れ」の意味

審決において、両者は、前記のとおり、「水漏れ」がしない微多孔性熱可塑性樹脂フィルムないしシートを用いて包装してなる乾燥剤において共通している旨認定判断しているところ、被告は、塩化カルシウムの潮解液は水溶液であるから、塩化カルシウムを含有するとしても水を主成分とし且つ水を溶媒とする液体から成るものであり、また塩化カルシウムは固体であるから、単独で漏洩することはなく、その潮解液が漏洩することは水を漏洩することに他ならないから、審決でいう「水漏れ」には塩化カルシウムの潮解液の漏洩も含まれると主張するが、潮解液が漏洩することは水を漏洩することに他ならないとしても、水を漏洩することは、塩化カルシウムの潮解液を漏洩することを意味するとは、論理上当然にはいえないから、被告の上記主張は失当である。

次に、被告は、引用例には、引用発明の他に親水性のフィルムが開示されているが、引用フィルムと親水性のフィルムはその孔径につき殆ど同一であるにもかかわらず、前者は水を通さず、後者は水を通すという相反する性能を有しているから、引用発明にいう疎水性とは撥水性を意味すると解され、また、引用例の記載によれば、後者の用途として電池用セパレーター等が挙げられていることからみて引用例に記載された疎水性と親水性にいう水は、純水だけでなく、電解質溶液すなわち親水性の塩類の水溶液(塩化カルシウムの水溶液も含まれる。)も含まれると解され、引用フィルムの「疎水性」にいう水と本願発明における塩化カルシウムの潮解液」と同一であると主張する。

たしかに、前掲甲第4号証によれば、引用例には、引用フィルムである疎水性のセルポアNWと親水性のセルポアWの両者が記載され、親水性のセルポアWの用途として、電池用セパレーター等が記載されていることが認められる。セルポアWが電池用セパレーター等に(W)』と気体のみ通す、すなわち水は通さない『疏水グレード(NW)』」における「水」に親水性の塩類の水溶液も含まれることは、審決には、明示的には記載されておらず、引用フィルムの疎水性には、純水を通さない性能も含まれるのであるから、審決が「水は通さない『疏水グレード(NW)』」と摘示することによって、純水を通さない性能のみを摘示したとも解されるのであって、他に本願発明の技術分野において、一般的に水といった場合に、塩類の水溶液も含まれると解されていると認めるに足りる証拠はないから、引用例に記載された「疏水グレード」には、塩類の水溶液を通さない性能が含まれているからといって、審決が引用例の記載事項を摘示するにあたって、全く引用例と同義に用いたものとは認めることはできず、「疏水グレードのセルポアNW」の「水を通さない」性能のみ摘示したものと解するのが相当である。

(b) 本願シートにおける「水を通さない」性能の有無

本願明細書には、本願シートの「水を通さない」性能について言及した記載はない。

甲第5号証は、微多孔性熱可塑性樹脂シートに対する各種塩類水溶液の液透過性と水の透過性とを対比することを目的として、各種塩類水溶液及び水を筒状液漕に入れ、該液の水平面に微多孔性ポリプロピレン樹脂シートの面が接触するようにシートをセットし、シート上側からポリエチレン樹脂製ネットで被覆して、エアーにより、各種塩類水溶液又は水に圧力を負荷し、シートを通して各種塩類水溶液又は水の浸透がみられたときの圧力を、シートの耐液圧として測定した実験報告書であると認められるところ、同報告書で測定した耐液圧は、最低でも2470mmH2O以上(表1)の値を示すことが認められる。しかしながら、本願発明は、かかる高い液圧値のもとで使用されるものとは考えられず、通常、大気圧下で使用され、使用開始時にはシートの内外において、圧力の差異はないと考えられ、使用中に脱湿剤が水分を吸って多少の液圧が生じるとしても微々たるものであると考えられる。したがって、上記報告書によれば、微多孔性熱可塑性樹脂シートに対する各種塩類水溶液の液透過性と水の透過性とは、通常の使用状態において、格別に差異はないと認められるから、本願シートもまた水の不透過性の性能を有していると認められる。

したがって、審決の本願発明と引用発明とは、水漏れがしない点で一致するとの認定は誤りであるとは認められない。

(c) しかしながら、本願出願前、当業者にとって、微多孔性熱可塑性樹脂シートの水の不透過性の性能から、塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性が自明であったと認めるに足りる証拠はない。

もっとも、乙第7号証(岩波理化学辞典第3版 昭和46年12月5日発行)の、「液体に溶けると溶液の表面張力をいちじるしく減少させるような物質を、その液体に対して表面不活性であるという。」、「水に対しては無機塩類…は表面不活性であり」(1107頁右欄の表面活性の項)との記載によれば、無機塩類の水溶液の表面張力と水の表面張力とは大差がないと認められるが、そうだからといって、微多孔性熱可塑性樹脂シートの塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性あるいは水の不透過性が、表面活性のみによって定まると認められず、水の不透過性を備えていれば、塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性も備えていると解すべき根拠にはならないものである。

したがって、審決は本願発明と引用発明との対比において、塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性について摘示せず、この点の相違点を看過したものというべきである。

被告は、審決は本願シートが塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性を有する点で相違することを間接的に認め、これを前提として、「そして、本願発明は、塩化カルシウムを使用することによって脱湿速度等に優れ且つ特定の物性の包装材料を使用することによって透湿性があり液漏れが生じないものであるとする作用効果もそれぞれ使用する材料の物性からみて自明のことにすぎず予測しうるところにすぎない。」(甲第1号証6頁4行ないし9行)として、塩化カルシウムの潮解液の漏洩防止性を有する点につき「自明のことにすぎず予測しうるところにすぎない。」と判断したものであるから、審決がかかる相違点につき直接摘示しなかった点に、結論に影響する誤りはないと主張する。

しかしながら、審決の理由の該判断部分では、引用フィルムの水の不透過性について何ら言及されておらず、かかる相違点についての進歩性の有無が判断されたとみるには無理があるから、被告の上記主張は採用できない。

<5>  よって、審決は、本願発明と引用発明との一致点を誤認し、相違点を看過した誤りがあり、かかる誤りが結論に影響を及ぼすものというべきであるから、取消事由1は理由がある。

4  以上のとおり、取消事由2について、判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるから、認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

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