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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)156号 判決 1994年9月07日

埼玉県大宮市中釘2257番地

原告

株式会社 共和製作所

代表者代表取締役

高須弘安

訴訟代理人弁護士

岩谷彰

訴訟代理人弁理士

鈴木秀雄

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

中村友之

土井清暢

井上元廣

涌井幸一

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和62年審判第12437号事件について、

平成3年4月18日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯等

(1)  原告は、名称を「自動車用洗車装置」とする登録第1251047号実用新案(昭和45年12月31日登録出願、昭和52年4月5日出願公告、昭和53年10月31日設定登録、昭和60年12月31日の経過により存続期間満了。以下「本件実用新案」という。)の登録権者であった。

(2)  訴外株式会社洲本整備機製作所は、昭和56年11月11日、本件実用新案の登録を無効にすることにつき審判(以下「別件無効審判」という。)の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第22700号事件として審理したうえ、昭和62年10月8日、本件実用新案の登録を無効とする旨の審決(以下「別件無効審決」という。)をした。

原告は、同年11月12日、同審決の取消しを求める訴えを東京高等裁判所に提起したが、同裁判所は、これを同年(行ケ)第219号事件として審理したうえ、平成元年9月12日、原告の請求を棄却する旨の判決をした。

原告は、同判決(以下「別件高裁判決」という。)に対して最高裁判所に上告したが、平成2年12月4日、上告を棄却する旨の判決がされ、同日、別件高裁判決が確定するのに伴って別件無効審決も確定した。

これに基づき、本件実用新案の登録は、平成3年2月8日に抹消された。

(3)  原告は、別件無効審判請求後であり、別件無効審決前である昭和62年7月16日、本件実用新案の明細書及び図面(以下、これらを併せて「本件明細書」という。)の訂正をすることにつき審判(以下「本件訂正審判」という。)を請求した。

特許庁は、同請求を同年審判第12437号事件として審理したうえ、平成3年4月18日、「本件審判の請求を却下する。」との審決をし、その謄本は、同年6月10日原告に送達された。

(4)  本件訂正審判の請求に係る訂正の内容

本件訂正審判の請求に係る訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は、実用新案登録請求の範囲を、

「ボイラー本体内に加熱室を該加熱室とボイラー本体内壁との間に空間部を有するように設け、該空間部を水源に接続せる貯湯室となし、加熱室に貯湯室の温度調節器と連動する燃焼装置を設け、前記貯湯室に手洗用の配管を分岐接続した配管を介して温水タンクを接続し、該温水タンクと洗剤タンクおよび洗滌銃とを配管を介して送湯ポンプに接続するとともに、前記燃焼装置と送湯ポンプとを作動させる操作スイッチを夫々個別的に作動し得るように分離して設けたことを特徴とする自動車用洗車装置。」

から、

「ボイラー本体内に加熱室を該加熱室とボイラー本体内壁との間に密閉した空間部を有するように設け、該空間部を水道に接続せる貯湯室となし、加熱室に貯湯室の温度調節器と連動する燃焼装置を設け、前記貯湯室に手洗用の配管を分岐接続した送湯管を介してフロートバルブを有する温水タンクを接続し、該温水タンクと洗剤タンクおよび洗滌銃とを配管を介して送湯ポンプに接続するとともに、前記燃焼装置と送湯ポンプとを作動させる操作スイッチを夫々個別的に作動し得るように分離して設けたことを特徴とする自動車用洗車装置。」(注、下線部分が訂正箇所)に訂正し、これに伴い、これとの整合性を図るため、明細書の図面の簡単な説明及び考案の詳細な説明の記載を12箇所訂正するものである。

(5)  別件無効審判の請求から、本件訂正審判の請求を経て、本件審決に至るまでの経過の概要を時間の経過に従って記すと、次のとおりである。

昭和56年11月11日 別件無効審判の請求

昭和62年4月13日 特許庁 無効理由通知(同年5月19日発送)

同年 7月16日 原告 本件訂正審判の請求をするとともに、別件無効審判事件につき意見書及び中止を求める上申書を提出(ただし、上申書は不受理)

同年 8月25日 原告 別件無効審判事件につき意見書及び中止を求める上申書提出

同年 10月8日 別件無効審決

同年 11月12日 原告 別件無効審決につき審決取消訴訟を提起するとともに、本件訂正審判の請求がなされていることを理由に訴訟手続の中止を上申

平成元年9月12日 別件高裁判決(請求棄却)

同年 11月10日 原告 上告

平成2年6月21日 原告 本件訂正審判の請求につき訂正理由補充書1提出

同年 7月17日 原告 同訂正理由補充書2、3提出

同年 8月6日 原告 本件訂正審判につき審理実施を求める上申書提出

同年 12月4日 別件高裁判決につき上告棄却の最高裁判決

平成3年3月15日 本件訂正審判につき審理終結通知

同年 4月18日 本件審決

同年 6月10日 本件審決の謄本送達

2  本件審決の理由

審決は、本件実用新案の登録が別件無効審決の確定に伴い抹消された以上、本件訂正審判請求は、その目的物がないものに帰するので、不適法な審判請求であって、実用新案法41条(平成5年法律第26号による改正前のもの)の規定により準用される特許法135条の規定たより却下すべきものであるとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決は、実用新案法39条4項(平成5年法律第26号による改正前のもの。以下、実用新案法あるいは特許法の条項号のうち、平成5年法律第26号により改正の行われたものについては、特に断らない限り、改正前のものを意味する。また、上記改正後のものであることを示すため、例えば特許法新126条1項のように記すことがある。)ただし書の一般的解釈を誤り(取消事由1)、また、本件における特殊な具体的事情を全く考慮に入れないという誤りを犯し(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(実用新案法39条4項ただし書の一般的解釈の誤り)

(1)  実用新案法39条4項本文は、訂正審判の請求は実用新案権の消滅後であってもすることができることを、明文をもって規定している。

もっとも、同項ただし書は、「第三十七条第一項〔無効審判〕の審判により無効にされた後は、この限りでない。」と規定しているが、この規定は、無効審決確定後に新たに訂正審判の請求をする場合のことを定めただけで、無効審決確定前に既に係属している訂正審判の請求の利益まで、無効審判の確定とともに奪ってしまうことを定めたものではないと解すべきである。

<1> すなわち、上記ただし書の「この限りでない。」は、本文の「請求することができる。」に対するものでその例外を示すものであるから、上記条項の文言全体を分かりやすく置き換えると「第1項の審判は、実用新案権の消滅後においても、請求することができる。ただし、第37条第1項〔無効審判〕の審判により無効にされた後は、第1項の審判は、請求することができない。」となり、これを全体として見れば、無効審決確定後は新たに訂正審判を請求することはできない旨のみを示していると見るのが、自然な解釈というべきである。

この解釈によれば、上記条項は、無効審決確定後にまで新たに訂正審判の請求を認めたのでは、既に確定している無効審決を確定後に請求した訂正審判によって覆し、確定した無効審決により存在しないものとされている権利を復活させるものであることから、著しく法的安定性が害され、制度を複雑化することに照らし、これを避けるための当然のことを規定したものということができる。これに対し、無効審決確定前に訂正審判が既に係属している場合は、それを認容した審決を確定した無効審決の再審事由としても、この無効審決は、元々、将来訂正審判の請求を認容する審決により覆される可能性を内包するものとして確定しているのであり、その意味でいわば仮の地位を占めているにすぎないのであるから、何ら、法的安定性を害さず、制度を複雑化することもないといわなければならない。

<2> この解釈は、訂正審判制度の設けられた趣旨及び実用新案法41条で準用する特許法128条の規定するところからも、必然的に導き出されるものである。

すなわち、訂正審判の請求が無効審判の請求に対する唯一の防御手段であることに鑑みれば、審判請求が適法になされたものである限り、その後の推移のいかんにかかわらず、訂正審判の請求人に対し、訂正要件の具備についての実体的な審理判断を受ける利益を権利として保障することは、実用新案法が当然に予定しているところといわなければならず、また、訂正認容の審決が確定したときは、訂正の効果は出願時に遡及し、訂正されたところに従って出願から登録までの手続が行われたものとみなされる(実用新案法41条により準用される特許法128条)とされているのであるから、無効審判の審理判断は、最終的には、その対象を上記訂正されたところとして行われなければならないことになる以上、無効審決確定前に既に係属している訂正審判の請求の利益は、無効審判の確定後も、権利として保障されなければならないのである。

このことからすれば、本来、無効審判と訂正審判とが同時に係属しているときは、訂正審判の審理判断を無効審判の審理判断に優先して行うことが望ましいというべきであるにもかかわらず(甲第23号証、特許庁審判部編、審判便覧11頁、54-01訂正の審判第8項参照)、従前は、訂正審判の確定前に無効審判が確定する扱いが認められてきた(最高裁昭和48年6月15日第二小法廷判決・裁判集民事109号379頁等)のであるが、それは、平成5年法律第26号による改正前の実用新案法が、無効審判と訂正審判の審理の順序関係につき、国際出願固有の理由に基づく無効審判と訂正審判とが同時に係属している場合(実用新案法48条の12第3項によって準用される特許法184条の15第2項)を除き、規定を設けていなかったこと、常に訂正審判を優先させるようにすると、例えば無効審決の確定直前に訂正審判の請求が頻発される場合のように、無効審判の審理が長期化する弊害が発生することを理由とした扱いであって、決して、既に係属している訂正審判につきその請求の利益を不当に奪うことを許す趣旨ではないことは明らかであり、特に、請求人の上記利益が特許庁あるいは裁判所の審理の遅速により左右されるという結果に結び付くことは、およそ許されるべきでないことはいうまでもない。

このことからしても、無効審決の確定前に訂正審判の請求が既になされ現に係属している限り、その間に無効審決が確定したとしても、訂正審判につき実体的審理判断を行ったうえ、訂正の要件が備わっているときは訂正を認容する審決を行うべきであり、このときは、確定した無効審決がその遡及効により侵害訴訟の確定判決に対する再審事由となるのと同様、確定した訂正認容の審決は、確定した無効審決に対する再審事由となる(実用新案法42条2項が準用する民事訴訟法420条1項8号)ものと解さなければならない。

(2)  この解釈は、また、国際特許出願固有の理由に基づく無効審判と訂正審判との関係、平成5年法律第26号による改正により明定された特許法における無効審判と訂正審判との関係との関連からも、自然に出てくる解釈というべきである。

<1> 平成5年法律第26号による改正前の実用新案法は、国際出願固有の理由に基づく無効審判と訂正審判とが同時に係属している場合の無効審判と訂正審判の審理の順序関係につき、訂正審判の審決があるまでは無効審判を無効にすべき審決をしてはならない旨を明文をもって定め(実用新案法48条の12第3項によって準用される特許法184条の15第2項)、無効審決確定前に係属した訂正審判につき、その請求の利益を保障すべきことを定めている。

無効審決確定前に係属した訂正審判につき、その請求の利益を保障すべきことにおいて、無効審判が国際出願固有の理由に基づく場合とそれ以外の場合とで相違はないから、無効審判が国際出願固有の理由に基づく場合につきこのように明定されているとの事実は、それ以外の場合についても訂正の利益を保障すべきことを裏付けるものというべきである。

<2> 平成5年法律第26号による改正により、特許法において、それまで実用新案法におけると同様の関係にあった無効審判と訂正審判との関係につき、多くの国の例にならって両制度を連係させる規定が設けられ、無効審決確定前に係属している訂正審判につき、無効審決確定により訂正の利益が失われることはないことが明定されるに至った。

このことは、原告主張の上記解釈が正当なものであることを、事実をもって示したものといわなければならない。

(3)  上記解釈は、最高裁判所の判決によっても採用されているところである。

<1> 最高裁昭和53年(行ツ)第27号・第28号昭和55年5月1日第一小法廷判決(民集34巻3号431頁)は、同日に無効審決に関する訴訟につき上告棄却の判決をしたにもかかわらず、訂正審決に関する訴訟につき、原判決破棄差戻しの判決をした。もし無効審決確定後は既に係属している訂正審判請求も目的を失うとの立場に立てば、訂正審判に関する訴訟について原判決破棄差戻しは全く無意味であり、上告却下の判決がされるはずといわなければならず、したがって、この判決が上記(1)で述べた立場に立っていることは明らかといわなければならない。

これに続く最高裁昭和57年(行ツ)第147号昭和58年3月3日第一小法廷判決及び最高裁昭和57年(行ツ)第154号昭和58年3月17日第一小法廷判決は、いずれも、「将来訂正審判請求に対する審決の確定によって再審事由が生ずる可能性があるとしても、その故をもって原判決に法令違反があるとすることはできない。」として、訂正審判確定前になされた無効審決の取消しを求める上告を棄却したが、これも、無効審決確定後も訂正審判請求に対する審決がされることを予定している判決である。

<2> もっとも、最高裁昭和57年(行ツ)第27号昭和59年4月24日第三小法廷判決(民集38巻6号653頁)及び最高裁昭和59年(行ツ)第316号昭和60年3月12日第三小法廷判決は、無効審決確定後は、既に係属している訂正審判の請求も、目的を失い、不適法になる旨の解釈を採用しているが、以下の各事情に照らすと、これらの判決は、本件にとっての先例となるものではないということができる。

これらの判決は、上記<1>掲記の各判決の「無効審決確定後においても既に係属中の訂正審判請求については訂正審決が出される可能性があり、そのときは訂正審決が確定した無効審決に対する再審事由となる」とする解釈を明確な理由で否定したうえで、それと反対の立場を明らかにしたものではない。

したがって、上記<1>掲記の各判決は、依然として判例として有効に存続しているというべきである。

<3> 訂正審判は、確定した実用新案登録請求の範囲等の訂正を許可する制度であるから、その訂正の範囲等の訂正要件は、きびしく制限されるのが当然であり、現にきびしく制限されている(実用新案法39条1~3項))。

このことを前提に、訂正審判が前記のとおり無効審判による攻撃に対する防衛手段であることを考慮すれば、訂正の利益が保障されるためには、上記訂正要件のほか、更に少なくとも次の3条件を備えていることが必要であり、これらが備わっていないときは、訂正の利益が失われても仕方がないと解することが可能である。

イ 無効審判請求との関係で、時機に遅れた請求でないこと

ロ 訂正内容が無効審判における無効事由とつながっていて、そのため、訂正が認容された状態を前提とする限り、無効審判の請求が認容される蓋然性が低いと認められること

ハ 無効審決の確定に至るまでに審理結果を出す時間的余裕があること

上記<2>掲記の最高裁判所判決は、このような解釈を採用することを明言してはいないが、単に「訂正審判の係属中に、登録無効審決が確定した場合には、訂正審判の請求はその目的を失って不適法となる。」と判示するのみで、「常に不適法となる。」と判示しているわけではないこと、対象とした事例が実際には上記3条件を満たすものでなかったことからすれば、係属中の訂正審判であっても、無効審決の確定により不適法となることがありうるとの解釈を採用する旨を判示したにとどまり、この場合常に一律に不適法になるとして上記解釈を排斥したものではないと理解することができる。

<4> そして、本件訂正審判の請求において、上記3条件は完全に満たされている。

上記イの条件について

別件無効審判の請求がなされたのは昭和56年11月11日であり、本件訂正審判の請求がなされたのは、昭和62年7月16日であるから、一見、本件訂正審判の請求は時機に遅れているかのようである。

しかし、本件訂正審判の請求は、別件無効審判において、審判長による昭和62年4月13日付け無効理由通知に、請求人主張の無効事由とは異なる新たな職権審理に基づく無効事由が記載されていたことから、これに対応するためにされたものであり、この無効理由通知に接するまでの状況の下では、訂正審判を請求する必要は全くなかったのである。そして、昭和62年7月16日は、上記通知において意見書提出期間内とされている期間内にある。

したがって、本件訂正審判の請求には、時機に遅れるところは全くない。

同ロの条件について

原告が本件訂正審判の請求によって訂正を求めた内容は、本件実用新案の出願当時の技術水準に照らして本件明細書を理解すれば当然のこととして把握されるものを明示するためのものということができる。

別件無効審決並びにこれを維持した別件高裁判決及びその上告審判決は、本件実用新案出願当時の技術水準を無視し、本件明細書を全体として合理的に理解しようとしないでその文言に極端に拘泥して、本件実用新案の要旨を不当に広く解釈し、この不当な解釈を前提として本件実用新案の登録を無効としたものであり、本件実用新案の要旨についての正当な解釈の下に判断がなされていたならば、本件実用新案の登録が無効とされることはなかったであろうことは、審決書や判決書の記載等に照らして明らかである。

上記無効理由通知に記載されているところは別件無効審決が理由とするところと同一であり、原告は、同通知に接して、意見書において、本件実用新案の出願当時の技術水準に照らして本件明細書を理解すれば、当然のこととして、本件実用新案の要旨は、原告主張のとおりのもの、すなわち、本件訂正による訂正後のものと理解される旨を述べるとともに、念のために、本件訂正審判の請求をすることにより、誤解の余地をなくしようとしたのである。

したがって、本件訂正審判の請求によって訂正がなされたと仮定した場合、訂正後の明細書及び図面によって判断されれば、本件実用新案が無効とされなかったであろうことは確実といわなければならない。

同ハの条件について

本件訂正審判の請求がなされてから本件審決がなされるまでの期間は3年9箇月であり、訂正審判の平均的審理期間が約1年10箇月(原告が調査した総数37件の平均による。甲第38号証の3参照)に比較して相当に長い。しかも、訂正審判においては、審決の前に、請求認容の場合には請求公告の決定と請求公告が、請求拒絶の場合には拒絶理由通知がなされるものとされていることからすれば、訂正要件が充足されているか否かの一応の判断はそれ以前になされていることになるのであり、これさえ行われていない本件訂正審判の審理期間の長さはより極端であるということができよう。

いずれにせよ、本件訂正審判の請求がなされたのは昭和62年7月16日であり、別件無効審決が確定したのは平成2年12月4日であるから、無効審決の確定に至るまでに審理結果を出す時間的余裕が十分にあったことは明らかといわなければならない。

(4)  もし、実用新案法39条4項が、上記のようなものでなく、審決の考えるように、無効審決が確定したときは、確定前既に訂正審判が係属しているときであっても状況のいかんを問わずそれだけで、訂正審判の請求は目的を失って不適法となることを定めているとすれば、同条項は、無効審決の確定前既に係属中の訂正審判につき、実体的な審理判断を受けたうえ、訂正が許されるべきであるときは、最終的に、訂正されたところに徒って無効事由の有無につき審理判断を受け、これによって無効事由がないとされるときは権利は訂正されたところに従って当初から有効に存在したものとして扱われるべき請求人の利益を奪い、ひいては、請求人から実用新案権という財産権を奪うのみでなく、請求人が、本来正当な自己の権利である実用新案権を行使したにもかかわらず、侵害者からの損害賠償の請求に応じざるをえない立場にまで追い込むことに帰するから、憲法31条(同13条を含む。)、同32条、同29条に違反することにならざるをえない。

このような結果を招く解釈が誤っていることはいうまでもないことである。

2  取消事由2(本件における特殊な具体的事情を考慮に入れなかった誤り)

仮に1の主張が認められず、一般論としては、無効審決が確定すれば、たとい既に訂正審判が係属中であっても、その請求はその目的を失い不適法となると解すべきであるとしても、本件における特殊な具体的事情を考慮すれば、この解釈を本件に当てはめることは許されないというべきである。しかるに、審決は、上記具体的事情を全く考慮に入れることなく、上記一般論のみによって結論を導き出したものであるから、違法として取り消されなければならない。

すなわち、前示別件無効審判の請求から、本件訂正審判の請求を経て、本件審決に至るまでの経過自体から明らかなように、別件無効審判については、審理が特許庁、東京高等裁判所、最高裁判所と次々と連続して進行させられていったにもかかわらず、本件訂正審判については、その間全く審理がなされず、最高裁判所における前記上告棄却の判決により別件無効審決が確定した後になって、突如として、審理終結通知、次いで、請求を却下する審決がなされるに至っている。

本件訂正審判についての上記経過は、訂正審判につき要する平均的審理期間(前掲甲第38号証の3参照)、無効審決に対する取消訴訟の請求を棄却する判決に対する上告がなされた後になって初めて請求された訂正審判につき、上告事件係属中に訂正認容の審決がされた例などに照らして、まことに不合理不公平であり、上記のとおりその間に原告が上申書等を提出して再三にわたり強く審理実施を求めていることなどをも考慮に入れると、本件審決は、訂正審決の請求に対し、悪意により実質的な審理を放置しつつ無効審決の確定をひたすら待ち、無効審決が確定するとこれを根拠に請求を却下したものと評されてやむをえないものであり、甚だしい裁量権の濫用といわなければならない。

被告は、本件訂正審判において、審判官は、悪意によって審理を放置していたわけではなく、本件訂正によっても本件実用新案の無効事由は解消できず、したがって、本件実用新案は格別な意味のある訂正ではないとの認識を抱いており、他方、訂正要件の一つである訂正後の考案が独立して登録を受けられるものであることについての判断は、別件無効審決の取消訴訟の審理における判断とも密接に関係することもあることから、上記審理の推移を見ていたのである旨主張する。

仮に被告主張のとおりであるとするなら、審判官は、既に実質的に審理に着手し、しかも、訂正後の考案が独立して登録を受けられるものでなく、訂正は許されないとの心証を得ていたことになるのであるから、これを放置しないで、実用新案法41条で準用される特許法164条に従い、速やかに訂正拒絶理由通知をなし、請求人である原告に意見書を提出する機会を与えるべきであったのであり、それもしないで審理を中断して無効審決の確定まであえて待っていたのは、意図的に無効審決の確定に至るまで審理を放置して棚上げにしたも同然であり、裁量権の濫用の度合いは、ますます甚だしいものとなるといわなければならない。

このように、本件においては、審判官の甚だしい裁量権の濫用というべき特殊な具体的事情があるのであるから、上記一般論をそのまま適用することは、不合理も極まるものというべきであり、憲法の上記各規定にも反する結果となることは明白である。したがって、少なくともこのような事情のある本件訂正審判の場合に限っては、無効審決の確定後も、訂正審判の請求につき実体的審理判断を行わしめることが必要であり、請求が認容されたときは、これが確定した無効審決の再審事由となるものと解さなければならない。このため、本件訂正審判の請求を却下した審決は違法として取り消されなければならない。

第4  被告の反論の要点

本件訂正審判の請求を却下すべきであるとした審決の判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

実用新案法39条4項ただし書の一般的解釈に関する原告の主張は、原告独自の見解に基づくものであって、失当である。

(1)  実用新案法39条の規定する訂正審判の制度は、実用新案として登録された考案の願書に添付した明細書又は図面の一部に瑕疵がある場合、その瑕疵を理由に全部を無効とする審判を請求されるおそれがあるので、このような攻撃に備えるため瑕疵のある部分を事前に自発的に取り除いておこうとする者のための制度であって、実用新案権者が自発的に明細書又は図面を訂正する権利を保障するものであり、この制度が、実用新案権者にとって無効審判による攻撃に対する一つの防衛対抗手段としての機能をも有することは、原告主張のとおりである。

このような制度を設けるに当たり、実用新案法39条4項本文の規定は、同法37条2項の規定が、存続期間の満了等による権利消滅後においても無効審判の請求をすることができると定めているのに対応して、既に消滅しているが過去に有効に存在していた実用新案権についても、無効審判の請求に対する防衛対抗手段として、訂正審判を請求することができることを規定した。

これに対し、無効審決の確定により実用新案権が初めから存在しなかったものとみなされる場合には、存続期間の満了等により権利が消滅した場合とは異なり、訂正審判の請求はその目的を失うことになるから、これを許すことはできない。もしこのような場合にまで訂正審判の請求を許すことになれば、実用新案法41条で準用する特許法128条との関連において、訂正認容の審決が確定した無効審決についての再審事由になることにもなり、いたずらに制度を複雑化することになりかねない。

そこで、同法39条4項ただし書は、訂正審判の防衛的機能は実用新案登録が無効にされる前に限って認めることにしてこれを防いだのである。

実用新案法39条4項ただし書の規定がこのようなものであるとすれば、それが、無効審決の確定後新たになされる訂正審判の請求についてはもとより、無効審決確定前既に係属していた訂正審判の請求についても、同じように適用されるべきものであることは、明らかといわなければならない(最高裁昭和57年(行ツ)第27号昭和59年4月24日第三小法廷判決・民集38巻6号653頁及び最高裁昭和59年(行ツ)第316号昭和60年3月12日第三小法廷判決参照)。

(2)  無効審判と訂正審判が同時に係属している場合、特許庁においても、訂正審判の制度の趣旨に照らし、審判便覧54-01(甲第23号証)にも記載されているように、原則として、訂正審判の審理を優先させている。

しかし、無効審判と訂正審判が同時に係属している場合において、どのような手続で審理を進めるべきか、あるいは、いずれを先に審理すべきかにつき、実用新案法は、国際出願固有の理由に基づく無効審判と訂正審判が同時に係属している場合についての同法48条の12第3項で準用する特許法184条の15第2項の規定を除いては、何ら規定していない。

したがって、無効審判と訂正審判は、同時に係属しているときも、それぞれ独立した別個の手続であり、両者のいずれを先に審理するかは、結局のところ、専らそれぞれを審理する担当者の裁量に委ねられているということができる(最高裁昭和48年6月15日第二小法廷判決・裁判集民事109号379頁参照)。

(3)  以上を前提に本件の事実経過を見た場合、本件訂正審判につき審決がなされるまでの間に本件無効審決が確定したことは原告も認めるところであるから、審決が、本件訂正審判の請求は、その目的物がないものに帰し、不適法となるとしたことに何ら問題はない。

(4)  原告は、原告主張の解釈は最高裁判所の判決によっても採用されているというが、失当である。

最高裁昭和53年(行ツ)第27号・第28号昭和55年5月1日第一小法廷判決(民集34巻3号431頁)は、訂正審判において求められた訂正のうちの一部のみを許す審決をすることの可否につき判示するものであり、訂正審判の請求と無効審決との関係について判示するものではないから、本件にとって直接参考になるものではない。

原告は、この判決が、無効審決を最終的に支持した上告棄却の判決と同日になされた原判決差戻しの判決であることを根拠に、これは無効審決確定後も訂正審判請求の利益を認めたものであると主張するが、原告主張の理解が誤りであることは、同一事件の再上告審判決である前記最高裁昭和57年(行ツ)第27号昭和59年4月24日第三小法廷判決(民集38巻6号653頁)が、差戻し後の原判決が、「実用新案登録を無効とする旨の審決が確定しても、その確定前に既に本件訂正審判の請求をしていた原告は本件訂正審判の取消を求める法律上の利益を有するものと解するを相当とする。」として実体判断をし、請求を棄却したのを、実用新案法39条4項ただし書の規定は、訂正審判の係属中に無効審判が確定した場合であってもその適用が排除されるものではないというべきである旨明示したうえ、破棄し、上告人は審決の取消しを求めるにつき法律上の利益を失ったとして訴えを不適法として却下したことによっても、明らかである。

最高裁昭和57年(行ツ)第147号昭和58年3月3日第一小法廷判決及び最高裁昭和57年(行ツ)第154号昭和58年3月17日第一小法廷判決は、いずれも、無効審決の取消請求を棄却した原判決に対する上告を棄却するものであり、訂正審判の手続において請求公告がなされたことが、無効審決の取消請求を棄却した原判決に対する上告理由になりえない旨を判示するにすぎず、無効審決が確定した場合における訂正審判の請求の利益を問題にするものではないから、これらもまた、本件にとって直接参考になるものではない。

最高裁昭和57年(行ツ)第27号昭和59年4月24日第三小法廷判決(民集38巻6号653頁)及び最高裁昭和59年(行ツ)第316号昭和60年3月12日第三小法廷判決についての原告主張が全く独自の理解に基づくものであることは、上記最高裁昭和60年3月12日第三小法廷判決自体が、「訂正審判の係属中に訂正審判の請求にかかる実用新案登録についての無効審決が確定した場合に訂正審判の請求がその目的を失い不適法である旨判示しに判決としては、・・・最高裁昭和57年(行ツ)第27号昭和59年4月24日第三小法廷判決・民集38巻6号登載予定が初めてのものである。したがって、所論の点に関する原審の判断は、右判決の趣旨に沿うものであり、正当として是認することができる。」と判示し、無効審決が確定したときは訂正審判が係属中であってもその請求は目的を失い不適法となることを何らの留保なく述べており、最高裁昭和59年(行ツ)第251号昭和61年4月25日第二小法廷判決も同旨の判示をしていることによっても明らかといわなければならない。

(5)  国際出願固有の理由に基づく無効審判を他の理由に基づく無効審判と別個のものとし、これと訂正審判とを連係させたのは、国際出願固有の理由に基づく無効審判に特有の事情を考慮してのことなのであり、これと他の理由に基づく無効審判の場合とを同じに扱う必然性がないことは明らかであるから、国際出願固有の理由に基づく無効審判と訂正審判との関係を根拠とする原告主張は失当である。

平成5年法律第26号により特許法において訂正審判と無効審判との関係につき原告主張のとおりの改正がなされたことは認めるが、これは、改正前の実用新案法によって解決されるべき本件に直接的に関係するものではない。

(6)  本件訂正が別件無効審判における無効事由を消滅させるに足りるものであったか否か等の実体に関する事項は、本件審決で全く判断されていないのであるから、その取消訴訟である本訴には、何の関わりもないことである。

2  同2について

(1)  原告は、自己の調査した訂正審判の審理期間を根拠に主張するが、失当である。

まず、原告が主張の根拠とする調査自体、必ずしも正確なものではない。

また、その点は問わないとしても、各事件にはそれぞれに固有の事情が存在し、それによって審理期間は大きな影響を受けるのであるから、単に平均値等を基準として審理期間の長短を論じてみても、格別意味はない。

例えば、審理期間が本件訂正審判と同程度であったものとして、同じ審理部門において審理された昭和62年審判第12435号訂正審判事件があり、その審判請求日は昭和62年7月13日、請求公告日は平成2年8月30日、審決日は平成3年8月28日であった(乙第3、第4号証)。

(2)  本件訂正審判において、審判官は、悪意によって審理を放置していたわけではなく、本件訂正によっても本件考案の無効事由は解消できず、したがって、本件訂正は格別意味のある訂正ではないとの認識を抱いており、他方、訂正要件の一つである訂正後の考案が独立して登録を受けられるものであること(実用新案法39条3項)についての判断は、本件無効審決の取消訴訟の審理における判断とも密接に関係することもあることから、上記審理の推移を見ていたのである。

このような行為が審判官に委ねられた裁量の範囲内にあることは明らかであるから、これをもって、「訂正審決の請求に対し、悪意により実質的な審理を放置しつつ無効審決の確定をひたすら待ち、無効審決が確定するとこれを根拠に請求を却下したものと評されてやむをえないものであり、甚だしい裁量権の濫用といわなければならない。」とか、「意図的に無効審決の確定に至るまで審理を放置して棚上げにしたも同然であり、裁量権の濫用の度合いは、ますます甚だしいものとなるといわなければならない。」とする原告の主張は、失当という以外にない。

(3)  原告が、本件無効審判においても、本件無効審決に対する審決取消訴訟においても、本件訂正審判の請求がなされていることを理由に手続の中止を訴えたにもかかわらず、手続が最後まで進められたとの原告も認める事実自体、本件訂正が格別意味のあるものではないとの認識の下にこれらの手続が進められたことを推測させるものといわなければならない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記録を引用する(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(実用新案法39条4項ただし書の一般的解釈の誤り)について

(1)  実用新案法において訂正審判制度の設けられた趣旨は、権利の一部に瑕疵があるため瑕疵のない部分も含め権利全体が無効になるのは権利者にとって酷であること、明細書あるいは図面に誤記や不明瞭な記載がある場合には、誤解が生じたり権利範囲があいまいとなったりして、権利者にとって不都合が生じうると同時に、第三者にとっても好ましくないことから、権利者に自発的にこれらの原因を事前に除去させることにより、権利者と社会一般の利益の調和を図ろうとする点にあると解される。

したがって、これを権利者の側から見れば、無効審判により自己の権利に向けられる攻撃に対する防衛対抗手段という要素を濃厚に有する制度であることは、原告主張のとおりといわなければならず、この制度が、権利者に対し、その程度はともかく、無効審判に対する防衛対抗手段を保障することをその目的の一つとするものであることは明らかである。

しかし、平成5年法律第26号による改正前の実用新案法の定める訂正審判制度が権利者に対しどの程度までこのような防衛対抗手段を保障しているのかは、同法が、無効審判と訂正審判とが同時に係属したときの両者の関係、特にそのときのそれぞれの審理の進め方につき、国際出願固有の理由に基づく無効審判と訂正審判が同時に係属している場合についての同法48条の12第3項において準用する特許法184条の15第2項の規定を除いては、何らの規定も設けなかったことから、必ずしも明確でなく、主として、実用新案法39条4項ただし書が、無効審決確定前に既に訂正審判が係属中である場合にも適用されるか否かという形で、判例学説上争われてきた。

その一つの立場は、本訴で原告が主張するものと基本的に同一であり、無効審決が確定したとしても、そのとき既に係属中の訂正審判についてまでその請求の利益を失わせるのは合理的でないから、このときには同項ただし書の適用をせず、訂正の要件が備わっている限り訂正の審判をすべきであり、確定した訂正審決を確定した無効審決に対する再審事由とするとすることにより、無効審判と訂正審判の両制度の調和が保たれるとするものである。

他の一つは、本訴で被告が主張するところと基本的に同一であり、無効審決が確定した以上、実用新案権は、初めから存在しなかったものとみなされることにおいて、訂正審判が既に係属しているか否かによって相違はないのであるから、訂正審判が既に係属している場合にも、訂正審判の請求はその目的を失い不適法となり、その審決取消訴訟は訴えの利益を失うとするものである。

このような対立を招いた最大の原因が、無効審判と訂正審判という互いに密接な関係を有する二つの制度を設けておきながら両者の関係につき特段の規定を設けなかったことによることは明らかであるが、両者の関係についての規定のない状態での解釈論としては、上記二つの解釈のうち後者、すなわち、無効審決が確定した以上、実用新案権は、初めから存在しなかったものとみなされるのであるから、訂正審判の請求は、たとい無効審決確定時に既になされている場合にも、何らの留保なしに、その目的を失い不適法となり、それに係る審決取消訴訟は訴えの利益を失うとするものを採用することをもって相当とすべきである(最高裁昭和57年(行ツ)第27号昭和59年4月24日第三小法廷判決・民集38巻6号653頁及び最高裁昭和59年(行ツ)第316号昭和60年3月12日第三小法廷判決参照)。

(2)  実用新案法39条4項の規定の体裁と文言は、これを原告主張のように理解しなければならない必然性はないから、上記解釈を採用することの妨げにならない。

上記改正前の実用新案法が、国際出願固有の理由に基づく無効審判を他の理由に基づく無効審判と別個のものとし、これと訂正審判とを連係させたのは、ここでの無効理由が、正確でない翻訳等に起因する国際実用新案登録に固有の問題であり、実用新案登録の実質的範囲を確定するという権利の基礎的な問題に関するものであることから、他の無効審判とは切り離して早期に処理する必要があること、国際実用新案登録出願については明細書等の補正と要旨変更に関する特許法40条の規定を準用していない等のことから、権利者に瑕疵を治癒する機会すなわち権利の内容を変更せずに国際出願の本来の内容に訂正する機会を制度的に保障し、権利者の保護を図るためであり、要するに、国際出願固有の理由に基づく無効審判に特有の事情を考慮してのことである以上、これと他の理由に基づく無効審判の場合とを同じに扱う必然性がないことは明らかである。

むしろ、上記改正前の実用新案法が、国際出願固有の理由に基づく無効審判を他の理由に基づく無効審判と別個のものとし、これと訂正審判とを連係させておきながら、それ以外の無効審判についてはこのような連係を定めていない同法の下では、これらについては連係を認めない解釈が合理的であるというべきであって、これからしても、国際出願固有の理由に基づく無効審判と訂正審判との関係を根拠とする原告主張は、採用できない。

平成5年法律第26号による改正により、訂正審判制度は、実用新案法においては廃止されたものの、特許法においては維持されており、そこでは、それまで実用新案法におけると同様の状態にあった無効審判と訂正審判との関係につき、新たに規定が設けられ、無効審判が特許庁に係属中は独立した訂正審判の請求は認められず(特許法新126条1項)、無効審判の被請求人は、無効審判の手続において答弁書の提出期間内に限り訂正を請求できるものとされる(特許法新134条2項)ことにより、両制度の連係が明定され、無効審決確定前に既に係属している訂正審判につき、無効審決確定によりその請求の利益が失われることは制度的にありえないものとされるに至った。

しかし、このような改正が行われたこと自体、改正前においては、特許法における無効審判と訂正審判との関係につき、したがってまた、これと同様の状態にあった実用新案法における両審判の関係につき、制度上それぞれを全く別個のものとする上記解釈を採用するのが自然であったことを意味すると理解することもできるから、上記改正の事実は、上記解釈の採用の妨げにならない。

(3)  原告は、上記解釈は最高裁判所判決に反する旨主張するが、採用できない。

まず、原告が原告主張の解釈を採用したと主張する3判決は、いずれも、無効審決確定後であっても訂正審決がなされるべきことを述べたものではない。

すなわち、最高裁昭和53年(行ツ)第27号・第28号昭和55年5月1日第一小法廷判決(民集34巻3号431頁)は、訂正審判において求められた訂正のうちの一部のみを許す審決をすることの可否につき判示するものであって、訂正審判の請求と無効審決との関係について判示するものではなく、同判決の言渡しと同一の期日に同訂正審判の請求に係る実用新案登録についての無効審決を支持した東京高等裁判所の判決に対する上告を棄却する判決が言い渡されたとしても、無効審決の確定により訂正審判の請求は不適法にならないとの見解を前提とするものとはいえず(最高裁昭和59年(行ツ)第316号昭和60年3月12日第三小法廷判決参照)、このことは、同一事件の再上告審判決である最高裁昭和57年(行ツ)第27号昭和59年4月24日第三小法廷判決(民集38巻6号653頁)が、差戻し後の原判決が、「実用新案登録を無効とする旨の審決が確定しても、その確定前に既に本件訂正審判の請求をしていた原告は本件訂正審判の取消を求める法律上の利益を有するものと解するを相当とする。」として実体判断をし、請求を棄却したのを、実用新案法39条4項ただし書の規定は、訂正審判の係属中に無効審判が確定した場合であってもその適用が排除されるものではないというべきである旨明示したうえ、破棄し、上告人は審決の取消しを求めるにつき法律上の利益を失ったとして訴えを不適法として却下したことによっても、裏付けられているものといわなければならない。

最高裁昭和57年(行ツ)第147号昭和58年3月3日第一小法廷判決及び最高裁昭和57年(行ツ)第154号昭和58年3月17日第一小法廷判決は、いずれも、無効審決の取消請求を棄却した原判決に対する上告を棄却するものであり、訂正審判の手続きにおいて請求公告がなされたことが、無効審決の取消請求を棄却した原判決に対する上告理由になりえない旨を判示するにすぎず、無効審決が確定した場合における訂正審判の請求の利益を問題にするものではない。

また、最高裁昭和57年(行ツ)第27号昭和59年4月24日第三小法廷判決(民集38巻6号653頁)及び最高裁昭和59年(行ツ)第316号昭和60年3月12日第三小法廷判決についての原告主張が根拠のないものであることは、これらの判決が、無効審決が確定したときは訂正審判が係属中であってもその請求は目的を失い不適法となることを何らの留保なく明示しており、さらに、特許法に関してであるが、最高裁昭和59年(行ツ)第251号昭和61年4月25日第二小法廷判決も同旨の判示をしていることによっても明らかといわなければならない。

(4)  訂正によって無効の避けられる実用新案権については、訂正を許したうえ無効を避けさせることが、訂正審判制度を設けた趣旨に合致することは明らかであり、この面だけに着目する限り、たとい無効審決が確定した後であっても、訂正審判の請求を許して訂正要件の備わっているものについては訂正審決をし、訂正審決が確定したときは、これを確定した無効審決の再審事由として権利を復活させることとするのが合理的ということになるであろう。

しかし、他方、ある実用新案登録が無効であるか否かが不確実な状態は、それ自体極めて好ましくないものであることは、明らかといわなければならず、とりわけ、無効審決の確定によっていったん無効とされ抹消された登録がその後復活するといった事態は、法律関係を不安定にする度合いが極めて大きく、第三者に与える不測の損害の可能性等をも考慮に入れるときは、このような事態の発生を極力避けなければならないことも明らかといわなければならず、このことは、無効審決確定前に訂正審判が係属しているときであっても変わりはない。また、いずれにせよ無効とされるべき登録は極力早期に無効とされるべきことはいうまでもないことであるから、結果的に無意味な訂正審判の請求、すなわち無効審判の結論に影響を与えない訂正審判の請求のため、本来無効とされるべき実用新案登録が無効とされる時期が遅れるのを極力避けるべきであることも、当然である。

これらは、すべて自明のことというべきであるから、このような自明の事項の下で、上記改正前の実用新案法が、無効審判あるいはそれに係る取消訴訟と訂正審判あるいはそれに係る取消訴訟とが同時に係属している場合のそれぞれの審理の進め方につき、何らの定めもしなかったのは、相反する要素を有する上記各要請の調和を具体的事件の実情に応じて図り、その事件についての最良の結果を得ることを、それぞれの審理を担当する者の裁量と運用に全面的に委ねたからであると見ることができ、また、このように見るのが最も合理的であるというべきである。

したがって、上記解釈を採用したからといって、上記改正前の実用新案法が、無効審決確定前既に訂正審判の請求をしていた権利者の訂正の利益の保護を考慮していないとすることになるものではなく、この解釈をもって、訂正審判制度を設けた出発点との間にずれを有する不合理なものとすることはできない。

(5)  原告は、このような解釈の下では、無効審決の確定前に訂正審判を既に請求している権利者の訂正の権利が奪われ、ひいては憲法にも違反することになる旨を主張する。

原告のこの主張は、無効審決の確定前に訂正審判を既に請求している権利者には、訂正の権利、すなわち、訂正要件が備わっている限り訂正審決を得て、登録が無効か否かの判断も、最終的には訂正されたところに従って受ける権利が保障されていることを当然の前提とするものである。

しかし、訂正審判制度の下でも、権利者に訂正の利益をどの範囲で法的に保障すべきかの具体的内容は、決しれなかった誤り)について

(1)  上記改正前の実用新案法の下では、無効審決確定前から既に係属していた訂正審判の請求であっても、無効審決が確定すれば、その請求は目的を失い一律に不適法となるものであり、他方、上記改正前の実用新案法が、無効審判あるいはそれに係る取消訴訟と訂正審判あるいはそれに係る取消訴訟とが同時に係属している場合のそれぞれの審理の進め方につき、何らの定めもしなかったのは、前記二つの相反する要素を有する要請の調和を、具体的事件の実情に応じて図ることを、それぞれの審理を担当する者の裁量と運用に全面的に委ねたからであると解すべきであることは、前述のとおりである。

このことからすれば、上記改正前の実用新案法の下では、訂正審判事件の具体的状況により不適法にならない場合があることを制度的に全く予定していないものと解するのが相当であり、仮に原告主張の事実があったとしても、そのことが、無効審決確定後における訂正審判の適法な存続の根拠になりうる余地はないものといわなければならない。

(2)  なお付言するに、本件訂正の内容が、本件明細書におて自動的に定まる性質のものではなく、それ自体、実用新案制度に関する立法政策によって定められるべき事項であるといわなければならない。

本件で問題とされているのは、上記改正前の実用新案法が無効審決の確定前に訂正審判を既に請求している権利者に法的に保障している訂正の利益はどの程度のものか、この保障は無効審決確定後にまで及ぶのか自体なのであって、それ以外でないことは明らかであるから、この保障が無効審決確定後にまで及ぶことを当然の前提とする原告の上記主張は、自己の望む結論を問題の当然の前提としておいて、そこから結論を導き出そうとする誤りを犯すものであり、失当という以外になく、上記保障の存在を当然の前提とする原告主張が採用できないものであることは、その余に触れるまでもなく明らかといわなければならず、したがってまた、この解釈をもって、憲法31条(同13条を含む。)、同32条、同29条に違反するものということはできない。

(6) その他にも上記解釈採用の妨げとなる事由は見出せない。

2  取消事由2(本件における特殊な具体的事情を考慮に入いて明示されていなかった事項であって本件考案の出願当時の技術水準に照らせば自明ともいえる事項を明示する程度のものであることは原告の自認するところであり、原告はその旨を本件訂正審判の手続においても強調していたのであるから(甲第3号証の1~6)、訂正前の状態で本件考案が引用例からきわめて容易に考案できることを理由にその登録が無効とされるべきものであるならば、訂正後の同考案も同じく引用例と技術水準とからきわめて容易に考案できるとの無効事由を有することになる見込みが大きいことになり、出願の際独立して実用新案登録を受けることができるものであるとの訂正要件(実用新案法39条3項)に欠けることが容易に予測され、そうなれば、本件訂正審判の請求が認められるべきか否かは、訂正前の状態で本件考案に無効事由が存するか否かと表裏一体の問題であるともいいうることになるから、このようなとき、訂正審判事件を担当する審判官が、この点についての判断をするに当たり、審理の先行している無効審判事件の推移を見つつ、判断の抵触等が生ずる可能性を避けようとすることは、必ずしも不合理とはいえず、この点からしても、原告主張の取消事由2は理由がないといわなければならない。

3  結論

以上のとおりであるから、本件訂正審判の請求は、本件無効審決の確定により、その目的を失って不適法になったものであり、原告は、本訴において勝訴判決を得ても特許庁において訂正審判の請求が認められることはありえない。

そうとすれば、原告が本件審決の取消しにつき法律上の利益を有しないことは明らかであるから、本訴は不適法として却下を免れない。

よって、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

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