大判例

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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)143号 判決 1995年5月30日

東京都中央区銀座1丁目9番8号

原告

キーパー株式会社

同代表者代表取締役

大森信保

同訴訟代理人弁理士

浅村皓

小池恒明

森徹

岩井秀生

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

酒井進

酒井徹

関口博

井上元廣

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第5086号事件について平成3年4月4日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年7月20日、特許庁に対し、名称を「バックアップリング付オイルシール」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願をし、昭和62年2月5日、出願公告(実公昭62-21813号)されたが、平成1年11月29日に拒絶査定を受けたので、平成2年3月29日、特許庁に対して、この拒絶査定に対する審判を請求した。

特許庁は、同請求を、平成2年審判第5086号事件として審理したが、平成3年4月4日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をし、同謄本は、同年6月5日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

リップネック部6を有するシール本体7と、補強環4と補強環4の径方向内方部41とリップネック部6の内周面との間の空隙内に、その空隙の内面に対して接着されず、かつ上記シール本体7にこれを変形させる力が加えられていないときに該空隙の内面に緊密に係合するように装着された合成樹脂製のバックアップリング2とを有し、上記シール本体7が、補強環4を該シール本体に固着し、かつバックアップリングを上記空隙内に保持するように該補強環及びバックアップリングのまわりに成形されたゴム成形体であり、また、軸線方向の一端付近から他端部へ向けてバックアップリングの外径を徐々に増加させていくように傾斜して延びる傾斜部がバックアップリングの外周面に設けられるとともに、軸線方向の他端におけるバックアップリングの端面が、補強環の径方向内方部に当接する平坦な端面になっており、また、バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有していて、オイルシールを軸に装着したときに該内周面が該軸にほぼ平行に延びるようになっていることを特徴とするバックアップリング付オイルシール(別紙図面1参照)。

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  引用例の記載

特開昭49-64763号公報(以下「引用例1」という。)及び実公昭56-2055号公報(以下「引用例2」という。)には、それぞれ以下のことが記載されている。

<1> 引用例1

オイルシールに関するものであり、その特許請求の範囲には、

「断面アングル状をなして全面に接着剤が塗布された金属環と、この金属環の径方向内端縁部に装接された接着剤の塗布されていない金属環と、内径面にリップ部を有して前記両金属環相互に跨設されたパッキングとを具備し、そのパッキングは上記接着剤塗布金属環に対し完全接着し、かつ接着剤非塗金属環にはその外周面より遊離自在に接触させるようにしたことを特徴とするオイルシール」、

また、その詳細な説明には、

「このような接着剤塗布金属環(1)の径方向壁(3)の内端縁部には、接着剤を塗布しない、接着剤非塗金属環(4)が幅広環状壁(2)と略平行するように装設されており、かつその接着剤非塗金属環(4)は径方向壁(3)側を基端とする先端側が漸次小径となるテーパ状をなしている。」及び「このオイルシールは接着剤塗布金属環の径方向壁内端縁部に接着剤非塗布金属環を装設してこれらの金属環相互に跨設したパッキングが前記接着剤塗布金属環に対して完全接着し、かつ接着剤非塗金属環に対しては遊離自在に接していることから充分な耐圧性と軸偏心時における円滑良好な追随性を具有したものである。」、

と記載されている。

これらの記載から、この引用例1には、

リップネック部を有するパッキング(5)(本願考案の「シール本体7に相当する)と、接着剤塗布金属環(1)(本願考案の「補強環4に相当する)と、この接着剤塗布金属環(1)の径方向内方部とリップネック部の内周面との間の空隙内に位置する接着剤非塗金属環(4)(本願考案の「バックアップリング2」に相当する)とを有し、このパッキング(5)が、接着剤塗布金属環(1)を該パッキングに固着しかつ接着剤非塗金属環(4)を上記空隙内に保持するように該接着剤塗布金属環(1)及び接着剤非塗金属環(4)のまわりに成形されたゴム成形体であり、また、軸線方向の一端付近から他端部へ向けて接着剤非塗金属環(4)を徐々に増加させていくように傾斜して延びる傾斜部が接着剤非塗金属環(4)の外周面に設けられるとともに、軸線方向の他端における接着剤非塗金属環(4)の端面が、接着剤塗布金属環(1)の径方向内方部に当接する平坦な端面になっているバックアップリング付オイルシール

が記載されている(以下「引用例1記載の考案」という。別紙図面2参照。)。

<2> 引用例2

引用例2は、バックアップリングを有する耐圧オイルシールに関するものであり、その詳細な説明には、

「そこで従来は、第1図に示す如く、メインリップAのエアー側背面、すなわちメインリップAとダストストリップBとの間の内径面に、リップの変形を防止することを目的として、金属材料、あるいはプラスチック材料等の剛性のある材料からなる筒状のバックアップリングCを嵌合することが提案され、あるいは、芯金Dと一体となったバックアップリング(図示せず)が使用されている。」

と記載されている(別紙図面3参照。)。

この記載から、バックアップリングの材料として金属材料あるいはプラスチック材料等の剛性のある材料を用いることは、いずれも従来から周知なることが記載されている。

(3)  本願考案と前記引用例1記載の考案との対比

本願考案では、「合成樹脂製のバックアップリング2」であり、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有していて、オイルシールを軸に装着したときに該内周面が該軸にほぼ平行に延びるようになっている」とされる。一方、引用例1記載の考案では、本願考案のバックアップリングに相当するものは装着剤非塗金属環であり、その内周面形状が明確には特定されておらず、第1図及び第4図からみて、外周面と同様にテーパ状をなしていると解するのが自然である。

したがって、本願考案と引用例1記載の考案とは、リップネック部を有するシール本体と、補強環と、この補強環の径方向内方部とリップネック部の内周面との間の空隙内に、その空隙の内面に対して接着されず、かつ上記シール本体にこれを変形させる力が加えられていないときに該空隙の内面に緊密に係合するように装着されたバックアップリングとを有し、上記シール本体が、補強環を該シール本体に固着しかつバックアップリングを上記空隙内に保持するように該補強環及びバックアップリングのまわりに成形されたゴム成形体であり、また、軸線方向の一端付近から他端部へ向けてバックアップリングの外径を徐々に増加させていくように傾斜して延びる傾斜部がバックアップリングの外周面に設けられているバックアップリング付きオイルシール、である点で一致し、一方、本願考案ではバックアップリングが合成樹脂製とされるのに対して、引用例1記載の考案では、これが金属製であることから、バックアップリングの材質が相違し(相違点1)、さらに本願考案ではバックアップリングの内周面形状が限定されているのに対して、引用例1記載の考案では、これが外周面形状同様にテーパ状をなしていることから、バックアップリングの内周面形状が相違(相違点2)している。

(4)  次に、本願出願前に周知なバックアップリング付きオイルシールに関する特開昭56-150671号公報、及び実開昭57-79267号公報等にみられるように、これらに用いられているバックアップリング、特にその内周側の形状は、いずれも装着される軸にほぼ平行に延びるところの、シール部材が軸に沿って圧力で押し出されることを防止するために必要とされる軸方向所定長さを有している(別紙図面4及び5参照。)。そしてこの構成は、バックアップリング付きオイルシールが作動状態においてシール部材に高い圧力が加わった場合に、バックアップリングが軸に係合しこの圧力を受けることを意図しているのは、明白で、従来から慣用されるものである。

(5)  相違点についての判断

前記相違点1については、前記(2)<2>にみられるようにバックアップリングの材料として、従来から金属材料、あるいはプラスチック材料はいずれも剛性のある材料として用いられており、材料を特定したことにより格別な作用効果を奏するものとは認められない。

次に、相違点2について検討する。

本願考案のバックアップリングは、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有していて、オイルシールを軸に装着したときに該内周面が該軸にほぼ平行に延びるようになっている」構成を有している。そして、「オイルシールに高圧が作用したときに、リップネック部6の破断を生じにくくすること、及びバックアップリングの抜け出しを防止できること等の利点をもたらす。」(平成2年5月1日付け手続補正書により補正された明細書9頁11行ないし15行)とされる。

しかしながら、上記の作用効果は、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」構成に基づくものではない。シール本体に加わる圧力によるバックアップリングの抜け出しは、変形したバックアップリングが容易に反転してしまうことにより起きるものであり、これを避けるには、バックアップリング内周面が装着される軸方向にほぼ平行に延びる部分が所定長さを必要とするものである。したがって、上記の作用効果は、バックアップリングの内周側の形状が、この軸にほぼ平行に延びる所定長部分を有する構成により得られるものである。

ところが、前記(4)に示したように、バックアップリングの内周側の形状を、いずれも装着される軸にほぼ平行に延びるところの、シール部材が軸に沿って圧力で押し出されることを防止するために必要とされる軸方向所定長さを有する構成は、従来から慣用されている。そして、上記で検討したように、本願考案の作用効果が、バックアップリングの内周面形状を装着される軸にほぼ平行に延びるようにしたことに基づくものである以上、これに加えて、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」ことを特定したとしても、作用効果において格別に異なるものとはいえない。したがって、前記相違点2の構成は、当業者が必要に応じてきわめて容易に採用し得た程度のものである。

なお、補正された明細書の詳細な説明中では、シール本体を補強環及びバックアップリングのまわりに成形する場合に、バックアップリングが合成樹脂からなり、その内周面が平らであることから、金型とよく密着して、バックアップリング内周面ヘゴム成形体が侵入してバリとして残ることがないとされる(平成2年5月1日付け手続補正書により補正された明細書6頁12行ないし9頁8行)。しかしながら、ゴム成形段階でバックアップリングが金型と密着するようにすればバリ発生が防止されることは、当業者にとり成形を行う場合において技術常識であることから、これによりバックアップリング付きオイルシールとして格別な作用効果を奏するものとは認められない。

そして、前記相違点1及び2はいずれも本願出願前慣用されるものであり、これらのものを単に組み合わせたことによって、格別な作用効果を奏するものとはいえない。

(6)  以上のとおりであるので、本願考案は、上記引用例1及び2に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるので、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決の理由の要点中、(1)(本願考案の要旨)、(2)(引用例の記載、(3)(本願考案と引用例1記載の考案との対比)は認める。同(4)のうち、特開昭56-150671号公報及び実公昭57-79267号公報等に用いられている「バックアップリング」の「内周側の形状」が、いずれも「装着される軸にほぼ平行に延び」ていること、及び「軸方向所定長さを有している。」ことは認めるが、その「バックアップリング」の「内周側の形状」を上記のようにしたことの技術的意義が「シール部材が軸に沿って圧力で押し出されることを防止するためにある」との審決の認定及び「そしてこの構成は、バックアップリング付きオイルシールが作動状態においてシール部材に高い圧力が加わった場合に、バックアップリングが軸に係合しこの圧力を受けることを意図しているのは、明白で、従来から慣用されるものである。」との審決の認定はいずれも争い、同(5)(相違点についての判断)中の、相違点1について、前記(2)<2>にみられるようにバックアップリングの材料として、従来から金属材料、あるいはプラスチック材料はいずれも剛性のある材料として用いられていることは認めるが、「材料を特定したことにより格別な作用効果を奏するものとは認められない。」との審決の判断は争い、相違点2について審決摘示の本願考案のバックアップリングの構成及び平成2年5月1日付け手続補正書により補正された明細書の各記載は認めるが、その余はすべて争う。同(6)は争う。

5  取消事由

(1)  本願考案の技術的意義

<1> 本願考案の構成の特徴は、

A バックアップリングの材質が合成樹脂製のものに特定されていること(A-1の構成)及びその形状がその外周面、端面及び内周面のそれぞれの面より特定されていること、すなわち、外周面において、軸線方向の一端付近から他端部へ向けてバックアップリングの外径を徐々に増加させていくように傾斜して延びる傾斜部をなし、端面において、補強環の径方向内方部に当接する平坦な形状になっており、内周面において、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有していて、オイルシールを軸に装着したときに該内周面が該軸にほぼ平行に延びるようになっている(A-2の構成)。

B バックアップリングの端面が補強環と当接していること(Bの構成)。

C 一体成形によっていること(Cの構成)。(この構成は、その実用新案登録請求の範囲中に「上記シール本体7が、補強環4を該シール本体に固着し、かつバックアップリングを上記空隙内に保持するように該補強環及びバックアップリングのまわりに成形されたゴム成形体であり、」として規定されているところであり、このCの構成を採用することにより、「上記シール本体7にこれを変形させる力が加えられていないときに該空隙に内面に緊密に係合するように装着された合成樹脂製のバックアップリング2」の構成の採用を可能にしたものである。)

という、A-1、A-2、B、Cの各構成の組合せにある。

<2> 以上の各構成の組合せによる技術的意義は次のとおりである。

(イ) 従来技術のバックアップリングが「金属環」である場合においては、次のような欠点があった。

(a) 加工作業が煩雑である。

(b) ゴムがバックアップリングの内周面にバリとして流出する。

(c) バックアップリングの内周面が回転軸に接触したときに、その軸を損傷させてしまい、バックアップリングの内周面が回転軸に接触することによって、リップネック部に所定値以上の引っ張り応力が作用することがないという作用効果が得られない。

(ロ) (イ)の欠点(少なくとも、(a)及び(c))を解消するために、本願考案のバックアップリングの材質を「合成樹脂製」のものに特定した(A-1の構成)。

ところが従来技術の合成樹脂製のバックアップリングを用いたオイルシールは、次のような欠点があった。

(d) 装着作業は生産性を低下させる。

(e) さらには、リップネック部の内周面へのバックアップリングのフィット性が良くなく、耐圧性に乏しい。

(ハ) そこで、本願考案はA-2の構成を採択し、そのバックアップリングの形状を特定し、さらに上記B・Cの各構成を組み合せることによって、上記(d)・(e)の欠点を克服した。特に、(e)の欠点を除去できるという点については、構造の複雑化を招かずに実現しており、しかもリップネック部の破断を防止することにより、耐圧性の向上を実現している。

(2)  取消事由

審決は、前記(1)の本願考案の技術的意義を誤認した結果、相違点1についての判断を誤り(取消事由1)、相違点2についての判断を誤り(取消事由2)、本願考案の作用効果についての判断を遺脱し(取消事由3)、本願考案の作用効果についての判断を誤り(取消事由4)、本願考案の構成の組合せの進歩性についての判断を遺脱し、かかる組合せの格別の作用効果を看過し(取消事由5)た違法があるから、取り消されるべきである。

<1> 相違点1についての判断の誤り(取消事由1)

審決は引用例2にみられるようにバックアップリングの材料として、従来から金属材料、あるいはプラスチック材料はいずれも剛性のある材料として用いられており、材料を特定したことにより格別な作用効果を奏するものとは認められないと判断した。

しかしながら、本願考案の材質の特定に関しては、従来技術のバックアップリングに対して前記(1)のとおりの技術的意義があった。すなわち、従来技術のバックアップリングの材質が金属製である場合に対しては、少なくとも、前記(a)及び(c)の欠点の克服、従来技術のバックアップリングの材質が合成樹脂製である場合に対しては、前記(d)、(e)の欠点の克服である。本願考案は、金属製のバックアップリングの欠点を解消するために、前記(1)のとおり、合成樹脂製のバックアップリングを採択し(A-1の構成)、さらに合成樹脂製であることの欠点を克服するためにバックアップリングの形状を特定(A-2の構成)し、さらに上記B・Cの各構成を組み合わせることによって、金属製或いは合成樹脂製の従来のバックアップリングの欠点を克服したものである(前記(d)、(e)の欠点が合成樹脂製のバックアップリングに限定されないとの被告の主張は認める。)。

上記のとおり、材料を合成樹脂製に特定した(A-1の構成の採択)ことによって、A-2、B及びCの構成の採択が必要となったのであるから、この点からも、本願考案において、材料を合成樹脂製に特定したことの格別の技術的意義は否定できない。

したがって、本願考案の採択した構成において、その材質が合成樹脂製のものに特定されていることに格別の技術的意義があるものであるから、バックアップリングの材料として、従来から金属材料或いはプラスチック材料が周知であるとしても、本願考案において材料を合成樹脂製に特定したことにより格別な作用効果を奏するものとは認められないとした審決の判断は誤りである。

<2> 相違点2についての判断の誤り(取消事由2)

(イ) 審決は、本願考案のオイルシールに高圧が作用したときに、リップネック部の破断を生じにくくすること、及びバックアップリングの抜け出しを防止できること等の作用効果は、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」構成に基づくものではないと判断し、さらに、シール本体に加わる圧力によるバックアップリングの抜け出しは、「変形したバックアップリングが容易に反転してしまうことにより起きるものであり、これを避けるには、バックアップリング内周面が装着される軸方向にほぼ平行に延びる部分が所定長さを必要とするものである。したがって、上記の作用効果は、バックアップリングの内周側の形状が、この軸にほぼ平行に延びる所定長部分を有する構成により得られるものである。」と判断しているが、この判断は、本願考案の技術内容の誤認に基づいたもので、誤りである。

本願考案の上記「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」構成は、バックアップリング軸線方向の一端付近から他端付近までの中間で、内周面に段差がないことを規定したものであるところ、本願考案におけるバックアップリングの抜け出し防止効果は、前記構成に加え、(a)バックアップリングが合成樹脂製であることから、回転軸に接触可能となり、(b)またその内周面がほぼ平行であることから内周面が回転軸に接触し、(c)そしてバックアップリングの端面が補強環の径方向内方部に当接していることから、これらがあいまって、バックアップリングが下方へ移動してリップネック部と補強環の径方向内方部との間の間隙から抜け出すことが防止されることによるのである。また、バックアップリングの抜け出しは反転によるものではなく、したがって、本願考案の抜け出し防止効果は、軸方向所定長さを有する構成に基づくものではないから、審決の上記判断は誤りである。

(ロ) 審決は、バックアップリングの内周側の形状を、いずれも装着される軸にほぼ平行に延びるところの、シール部材が軸に沿って圧力で押し出されることを防止するために必要とされる軸方向所定長さを有する構成は、従来から慣用されているとし、本願考案の作用効果がかかる慣用技術に基づくものであると判断しているが、かかる判断は誤りである。

審決が摘示する慣用技術はシール部材の抜け出し防止に関するものであるところ、本願考案の作用効果はバックアップリングの抜け出し防止に関するものであるから、審決の上記判断は誤りである。仮に、審決が摘示する慣用技術がバックアップリングの抜け出し防止に関するものとしてみることができるとしても、審決の述べるようにかかる記載が「軸方向所定長さ」を有する構成により「シール部材が軸に沿って圧力で押出されることを防止する」とか、また「バックアップリングが軸に係合しこの圧力を受けることを意図している」を意味していると解することはできない。

(ハ) 審決は、相違点2について、本願考案の作用効果がバックアップリングの内周面形状を装着される軸にほぼ平行に延びるようにしたことに基づくものである以上これに加えて、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」ことを特定したとしても、作用効果において、格別に異なるものとはいえないと判断した。

前記(イ)のとおり、本願考案の抜け出し防止効果は、バックアップリングが合成樹脂製であることから、回転軸に接触可能となり、またその内周面がほぼ平行であることから内周面が回転軸に接触し、そしてバックアップリングの端面が補強環の径方向内方部に当接している構成に基づくものである。本願考案の構成のうち、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」構成により、バックアップリングの内周面がほぼ平行となるわけであるが、かかる構成のみで抜け出し防止効果を奏するものではないが、上記構成に加えて本願考案の他の構成を採択することによって、上記作用効果を奏するものであるから、上記構成は格別の構成を奏するものといえるのである。

しかるに、審決は、前記(イ)のとおり、本願考案の抜け出し防止効果は、バックアップリング内周面の形状が、装着される軸方向にほぼ平行に延びる所定長部分を有する構成により得られるものと誤って判断し、かつ、前記(ロ)のとおり、シール部材の抜け出し防止についての慣用技術を本願考案のバックアップリングについての抜け出し防止について慣用技術であると誤って判断したうえ、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」ことを特定したとしても、本願考案の抜け出し防止効果において、格別に異なるものとはいえないと誤って判断したものである。

<3> 本願考案の作用効果についての判断遺脱(取消事由3)

本願考案は、バックアップリングが合成樹脂製であり、その内周面がほぼ平行であることから内周面が回転軸に接触可能であるため、オイルシールに高圧が作用してもリップネック部の所定量以上の変形が阻止されることによってリップネック部の破断を生じにくくする効果、及びバックアップリングが「該空隙の内面に緊密に係合するように装着」されていることにより、「リップネック部の内周面へのバックアップリングのフィット性が良いことによってリップネック部の破断を生じにくくする技術的意義(以下「破断防止効果」という。)を有する。

しかるに、審決は、破断防止効果及び抜け出し防止効果は、「バックアップリングの内周面が、バックアップリング軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」構成に基づくものではないと判断しながら、引き続いて、抜け出し防止効果のみについて判断しただけで、破断防止効果について「バックアップリングの内周面が、バックアップリング軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」構成、及び「該空隙の内面に緊密に係合するように装着」の構成に基づくものではないとの判断の根拠は何ら示していない。

そうすると、審決は、破断防止効果についての判断を遺脱したものといわざるを得ない。

<4> 本願考案の作用効果の判断の誤り(取消事由4)

本願考案の構成によれば、シール本体とバックアップリングは一体成形されることになる。一体成形のオイルシールにおいて、金属製のバックアップリングを採択すれば、金属製のバックアップリングは弾性がないため、ゴム成形体のオイルシール本体と一体成形すればゴムがバックアップリングの内周面にバリとして流出する(前記<1>の(b)の課題)。本願考案は、前記<1>のとおり、合成樹脂製のバックアップリングの構成を採択することにより、その製造工程において乙第3号証のように型締時にかしめ加工をすることなく、ゴムがバックアップリングの内周面にバリとして流出することがないという効果を奏する(以下「バリ不残効果」という。)1つの条件を備えているといえる。その他の条件については、適宜周知技術を利用することによって、かかる効果を奏することができるのである。

審決は、ゴム成形段階でバックアップリングが金型と密着するようにすればバリ発生が防止されることは、当業者にとり成形を行う場合において技術常識であると認定したが、ゴム成形段階でバックアップリングが金型と密着するように試みた従来技術は存在せず、さらに付言すれば、バックアップリングが金型と密着することのみによってバリ発生が有効に防止されるわけではなく、本願考案のように一端と他端からのゴム材料の侵入を防止するようにしなければ、バリ発生は有効に防止できない。

したがって、本願考案はバリ不残効果という格別の効果を奏するものであるから、かかる効果の顕著性を否定して、本願考案がバックアップリング付きオイルシールとして格別な作用効果を奏するものとは認められないとした審決の判断は誤りである。

<5> 本願考案の構成の組合せの進歩性についての判断の遺脱及び格別の作用効果の看過(取消事由5)

本願考案は、その構成の組合せによって、格別の作用効果を奏するものである。

しかるに、審決は、相違点1及び2を別個に判断し、相違点毎の作用効果のみを検討し、その構成の組合せによる総合的効果については、何ら判断することなく、相違点1及び2はいずれも本願出願前慣用されるものであり、これらのものを単に組み合せたことによって、格別な作用効果を奏するものとはいえないと誤って判断した。

本願考案の構成の技術的意義は、前記(1)<2>で述べたとおりであるが、本願考案は、その各構成を組み合せて、本願考案の構成としたことに格別の技術的意義を有するものであるところ、引用例1及び2、周知例1及び2、乙第1号証に、本願考案の構成の組合せを技術的に示唆するものは開示されていない。すなわち、

引用例1には、本願考案の前記B及びCに類似する構成が示されている。しかし、バックアップリングの材質・形状が本願考案の前記Aの構成とは異なる。本願考案のAに類似する構成は、周知例2及び乙第1号証に示されている。しかしながら、周知例2及び乙第1号証に示されている本願考案のAに類似する構成を引用例1のバックアップリングに転用することは、当業者がきわめて容易に採用し得る程度のものではない。周知例2及び乙第1号証に記載のものは、いずれも別紙参考資料(2)(別紙図面7参照。)の緑色に塗られている部材を必須のものとしているが、このAに類似する構成と一体不可分の関係にある上記部材を除外してAに類似する構成だけを採択することは、技術的にみてあり得ないことであるからである。また、すべての従来技術において、「リップネック部の内周面へのバックアップリングのフィット性が良くなく、耐圧性に乏しい」という欠点があるという技術的課題についての認識はないのであるから、この技術的課題の解決を求めてそのAに類似する構成とBCに類似する構成とを組み合せることはあり得ない。

次に、引用例2の第1図(従来例)に開示されたオイルシールのバックアップリングは、本願考案のA-2の構成に類似する形状を有しているが、本願考案のBに類似する構成はない。したがって、上記オイルシールの構成において、本願考案のB及びCに類似する構成を組み合せることが周知であったとはいえない。さらに、前記第1図におけるCの端面におけるその形状をみても、Bの当接の構成を組み合せることを予定している形状とはなっていない。

そして、引用例2の第2図に記載されたオイルシールは、本願考案と同じく一体成形によって製造されるものであるが、第1図(従来例)に示された部材Cのような本願考案のA-2の構成に類似した形状の部材はそのような形状であってはならないものとして第2図に記載された上記A-2の構成と異なる形状にすることを要件としている。したがって、引用例2で開示された従来例では、Aに類似する構成が開示されているが、引用例2において実用新案登録出願の対象とされている考案は、本願考案のCに類似する構成のみ有し、本願考案のA-2及びBに類似する構成は有していない。したがって、従来技術において、本願考案のA-2の構成に類似した形状のバックアップリングが周知であったとしても、オイルシールを本願考案と同じく一体成形する場合には、本願考案のA-2の構成に類似した形状を採用することは周知であったとはいえないものである。なぜなら、本願考案において、Cの構成を採用した意義の一つには、バックアップリングの端面と補強環とを当接させるというBの構成を容易に実現させるにあるところ、引用例2においてはCに類似する構成を採用しておりながらBに類似する構成をそもそも採用していないのであるから、A-2に類似する構成を採用することによってBに類似する構成を実現しようとする意図は元来有していないとみるべきである。

また、周知例1、2及び乙第1号証に記載されたオイルシールは、いずれも本願考案のCに類似する構成を有しておらず、本願考案のBに類似する構成もない。上記オイルシールでは本願考案のBの構成ではバックアップリングの端面と当接関係にあるのは補強環であるが、周知例1、2及び乙第1号証に記載されたオイルシールでは、補強環とは別個の部材と当接しているものであり、引用例1に記載されたバックアップリングの形状は本願考案のA-2の構成とは異なるものである。したがって、本願考案の構成A-2、B及びCが周知であったとは到底いえない。

本願考案は、耐圧性において、重大な問題のある合成樹脂製のバックアップリングでありながら、耐圧性に優れた金属製のバックアップリングと同様のきわめて簡略な構成によって十分な耐圧性を得ることができるものであるが、このような合成樹脂製のバックアップリングは従来技術として存在していない。引用例1は本願考案のAに類似した構成を有していないから、破断防止の効果がなく、また、引用例2はそもそも本願考案のBに類似した構成を採用していないから、十分な抜け出し防止の効果を得られない。周知例1及び2、乙第1号証に記載されたものも、抜け出し防止の効果を得るために別紙参考資料(2)で緑色に塗った部材を用いている。さらに、いわゆる嵌挿方式を採択しているので、生産性を低下させる。のみならず、破断防止の効果も奏するものではない。したがって、本願考案のような十分な耐圧性を得る構成の合成樹脂製のバックアップリングを従来技術として示唆するものはない。

以上のとおり、本願考案のA、B及びCの構成を組み合せた構成は周知といえず、上記引用例1及び2、周知例1及び2、乙第1号証には、かかる構成にするについての技術的示唆はない。

したがって、本願考案のA、B及びCの構成を組み合せた構成とすることは当業者がきわめて容易に採用し得たとはいえないものである。

そして、本願考案は、上記のA、B及びCの構成を組み合せた構成とすることによって、前記のとおりの格別の作用効果を奏するものである。

しかるに、審決は、A、B及びCの構成を組み合せた構成にすることの進歩性についての判断を遺脱し、かかる構成による作用効果を看過した。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認め、同5の主張は争う。審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

2  被告の主張

(1)  本願考案の技術的意義について

<1> 本願考案の構成の特徴が、A-1、A-2、B及びCの構成を組み合わせたものからなることは否認する。もっとも、本願考案の構成の特徴が、A-1、A-2及びBの構成を組み合わせたものであることは認める。本願考案の実用新案登録請求の範囲には、Cの構成である一体成形の点は記載されていない。

<2> 従来技術の金属製バックアップリングの欠点(a)、(b)、(c)は認める。合成樹脂製のバックアップリングの欠点(d)及び(e)は認めるが、合成樹脂製のバックアップリングに限定されない欠点である。

本願考案の作用効果については、従来技術により奏せられる効果あるいはこれに基づいて予測できる程度のものである。

(2)  取消事由について

<1> 取消事由1について

本願考案の場合、リップネック部内周面へのバックアップリングのフィット性、耐圧性という課題については、必ずしも合成樹脂を採用する場合のみの課題といえない。そして、これらのフィット性、耐圧性を良くすることは、A-2の構成のうち、「軸線方向の一端付近から他端部へ向けてバックアップリングの外径を徐々に増加させていくように傾斜して延びる傾斜部がバックアップリングの外周面に設けられる」構成による作用効果である。

また、周知例1ないし3(甲第7、第8号証及び乙第1号証)のいずれにおいても、バックアップリングの抜け出しを防止するためにバックアップリングの端面に当接する部材が採用されているのであり、このような従来技術の延長上において、引用例1にバックアップリングが補強環に当接する構成(Bの構成)が開示されているのであるから、Bの構成は、バックアップリングの材料として、合成樹脂を採用したことにより、必要とされる構成ではない。

したがって、バックアップリングの材料として、合成樹脂を採用した(A-1の構成)ことにより、A-2及びBの構成が必要となったわけではないから、審決が材料の違いをA-2及びBの構成から切り離して単独の相違点として判断した点に誤りはなく、材料の特定に格別な作用効果を奏するものと認められないとしたことは正当である。

<2> 取消事由2について

(イ) 審決は、「ほぼ同一の径を有している」すなわち「ほぼ平行」なる構成により、本願考案の作用効果が生じるのではないと判断しているのは、「ほぼ同一の径」なる構成だけで抜け出し防止効果を奏するものではないとしているもので、原告の主張するところと何ら変わりはない。

なお、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有していて、オイルシールを軸に装着したときに該内周面が該軸にほぼ平行に延びるようになっている」構成及び「装着した軸にほぼ平行に延びるようになっている」は、いずれもバックアップリングの内周面に段差を有するものを含まないことを限定しているものであるから、両構成には実質的に差異はない。

また、本願考案のバックアップリングの抜け出しが、バックアップリングの反転現象に基づくものでないことは認める。しかしながら、バックアップリングの抜け出しはバックアップリングの変形によるものであって、バックアップリングの抜け出しを防止するためには、バックアップリングに当接する部材に当接すべきバックアップリング端面の十分な厚みそして十分な厚みを得るために所定長さを必要とするところ、バックアップリングを略断面三角形状となすことで、この当接端面における十分な厚みを確保する構成は、本願出願前にバックアップリングの技術分野で周知であった(甲第7、第8号証及び乙第1号証)。

したがって、反転について審決の判断に誤りがあったとしても、この点に関する審決の判断は、結論において誤りはない。

(ロ) 合成樹脂製バックアップリングが、シール本体の損傷を避けるために用いられることは、引用例2に示されているように周知の技術である。そして、この合成樹脂製のバックアップリングがシール本体の損傷を避けるという所期の目的を達するためには、シール本体を支持するためにバックアップリング自体の抜け出しが防止されることが必要となることは、周知例1ないし3(甲第7、第8号証及び乙第1号証)のいずれにおいても、バックアップリングの抜け出しを防止するためにこれに当接する部材が採用されていることから、技術常識に属するものであることは明らかである。

周知例1(甲第7号証)の記載(6頁左下欄1行ないし11行、同欄15行ないし19行、7頁右上欄14行ないし18行)によれば、バックアップリングは作動状態において高い圧力を受ける場合に、装着された回転軸に対し、回転軸とこれと相対する外匣の間の偏心に適応するため及びシール部材の抜け出し防止のために回転軸に係合することが想定されているのである。そして、周知例1記載のバックアップリングの構成は、その内周面が軸方向にほぼ平行であって軸方向所定長さを有する構成を採用することでシール本体の軸方向の押し出しを防止する機能を得るための、また、その前提としてのバックアップリング自体の軸方向の押し出しを防止する機能を得るための、端面部での厚みが与えられているのである。

したがって、内周面が軸方向にほぼ平行であって軸方向所定長さを有する構成すなわち略断面三角形状の構成からなるバックアップリング(周知例1ないし3)が、作動状態において高い圧力を受ける場合に、装着された回転軸に係合してシール本体に加わる圧力を受けることは、バックアップリングの目的からみて明白である。

審決は、上記を踏まえて、従来バックアップリング抜け出し防止の技術が慣用されているものであり(周知例1、2)、これらの採用は当業者であれば当然に想到することができた技術事項と判断しているものである。よって、審決の慣用技術についての認定及び判断に誤りはない。

(ハ) 前記(イ)のとおり、軸方向にほぼ平行に延びる所定長さを有する構成により、バックアップリングに当接する部材に当接すべきバックアップリング端面の十分な厚みが与えられ、抜け出し防止効果を達成するものであるから、審決の、軸方向にほぼ平行に延びる所定長さを有する構成により抜け出し防止効果を奏するとの認定に誤りはなく、また、前記(ロ)のとおり、合成樹脂製のバックアップリングにおいて、シール本体の抜け出し防止を奏することにより、バックアップリング自体の抜け出しが防止されることは技術常識であり、さらに、前記(イ)のとおり、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有していて、オイルシールを軸に装着したときに該内周面が該軸にほぼ平行に延びるようになっている」構成及び「装着した軸にほぼ平行に延びるようになっている」は、いずれもバックアップリングの内周面に段差を有するものを含まないことを規定しているものであって、両構成には実質的に差異はないのであるから、「ほぼ同一の径」の構成には格別の技術的意義はない。したがって、審決の認定及び判断に誤りはない。

<3> 取消事由3について

審決は破断防止効果について判断している。すなわち、シール本体に加わる圧力によるバックアップリングの抜け出しは、バックアップリングが容易に変形することにより起きるものであり、これを避けるには、バックアップリングの内周面の形状が、この軸にほぼ平行に延びる所定長さ部分を有する構成を必要とするのであるから、同構成により、破断防止及び抜け出し防止の両効果が得られるのである。

引用例1(甲第5号証)記載の接着剤非塗金属環4(本願考案のバックアップリングに相当。)は、「充分な耐圧性と軸偏心時における円滑良好な追随性を具有したもの(3頁左上欄13行ないし20行)であって、シール本体のリップネック部に加わる圧力を受け止めているバックアップリングの傾斜する外周面がシールリップのリップネック部の変形を抑制しているものであるから結果的にシールリップのリップネック部の破断防止効果を奏するものである。したがって、審決の、本願考案の「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有」する構成に特有の効果ではないとの判断は正当である。

審決は、破断防止効果は、引用例1記載のバックアップリングの外周面形状によって既に実現されているものであるから、本願考案の特有な効果としては、明示的には検討せずに、抜け出し防止のみを検討したものである。

<4> 取消事由4について

原告主張のバリ不残効果は本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載に基づかない主張である。

原告主張のような成形に当たっての工夫は本願出願前既に技術常識であり(乙第3ないし第5号証)、本願考案のバックアップリング付きオイルシールの成形に当たっての特有な作用効果ではない。

<5> 取消事由5について

A-1の構成は本願出願前から慣用されている周知材料の置換であり(引用例2及び周知例1ないし3)、A-2の構成もまた本願出願前から慣用されているものであり(周知例1ないし3)、A-1構成及びA-2の構成の結合もまた慣用技術である(周知例1ないし3)から、これらの採用は設計事項にすぎない。

また、バックアップリングの抜け出しを防止するために当接する部材を採用することは慣用技術である(周知例1ないし3)。そして、このような慣用技術の延長上に、Bの構成が引用例1に開示されているのである。

しかして、本願考案の相違点1及び2の構成は、いずれも、上記慣用技術に相当するものであるから、本願考案の構成は、これらの慣用技術を寄せ集めにすぎない。したがって、本願考案の組合せは、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、また、これにより奏する作用効果もまた、引用例1、2及び周知例1ないし3に記載された考案から当業者がきわめて容易に予測し得る程度のものである。

第4  証拠関係

証拠関係は記録中の証拠目録の記載を引用する(書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない。)。

理由

1(1)  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)2(本願考案の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いはない。

(2)  審決の理由の要点中、(1)(本願考案の要旨)、(2)(引用例の記載)、(3)(本願考案と引用例1記載の考案との対比)、(4)のうち、特開昭56-150671号公報及び実公昭57-79267号公報等に用いられている「バックアップリング」の「内周側の形状」が、いずれも「装着される軸にほぼ平行に延び」ていること、及び「軸方向所定長さを有している。」こと、(5)(相違点についての判断)のうち、相違点1について、バックアップリングの材料として、従来から金属材料、あるいはプラスチック材料はいずれも剛性のある材料として用いられていることは、当事者間に争いがない。

2  本願考案の概要

甲第3及び第4号証(実公昭62-21813号公報、平成2年5月1日付け手続補正書、以下、総称して「本願明細書」という。)には、本願考案について、「圧力変化の大きい密封液を密封する際にバックアップリング付きオイルシールが使用されている。この種のオイルシールの従来例として二部品から成り断面略U字状に形成した金属環の一部をバックアップリングとして使用しているものがある。この金属環を形成する一方の部品は全面に接着剤が塗布されており、リップを有するシール本体を成形時に焼付し、且つ他方の部品はリップとその近傍のみを金属環から遊離させるための非接着状態にし、バックアップリングの作用をさせたものがある。しかし、接着処理せずにバックアップリングの作用をさせる側の金属環を、オイルシールのリップネック部の内周面に適合した形状に切削加工する必要があり、この加工作業が繁雑であり、且つ成形時の圧力によりゴムがバックアップリングの内周面にバリとして流出する欠点がある。またオイルシール成形後にバックアップリングを装着するようにしたオイルシールも考案されているが、このような装着作業は生産性を低下させ、さらには、リップネック部の内周面へのバックアップリングのフィット性が良くなく、耐圧性に乏しい欠点がある。本考案の目的は上述の従来の欠点を解決したバックアップリング付きオイルシールを提供することである。」(甲第4号証2頁12行ないし3頁16行)との記載があることが認められる。

3  原告主張の審決の取消事由について検討する。

(1)  取消事由1(相違点1の判断の誤り)について

本願考案の構成において、バックアップリングの材質が合成樹脂製のものに特定されている(A-1の構成)点については当事者間に争いがない。

甲第6号証(実公昭56-2055号公報、引用例2)には、金属材料、あるいはプラスチック材料等の剛性のある材料からなるバックアップリングが開示されていることは当事者間に争いがない。また、甲第7号証(特開昭56-150671号公報、周知例1)には剛性の金属又はプラスチック材料で造った環状浮動支持素子50(本願考案のバックアップリングに相当すると認める。)(6頁右上欄18行ないし20行)、乙第1号証(特公昭40-24211号公報)には合成樹脂材料からなる環状体30(本願考案のバックアップリングに相当すると認める。)(2頁左欄8行、9行、同欄47行ないし50行)、同第2号証の2(実願昭47-127377号((実開昭49-82151号))のマイクロフィルム)にはプラスチック材製補強環3(本願考案のバックアップリングに相当すると認める。)(明細書3頁2行)、甲第8号証の2(実願昭55-155814号((実開昭57-79267号))のマイクロフィルム、昭和57年5月15日出願公開、周知例2)には合成樹脂材料の環状体に製せられたバックアップリング(明細書2頁13行ないし15行)が、それぞれ開示されていると認められる。

以上によれば、本願考案の出願日(昭和57年7月20日)前、合成樹脂製の環状体のバックアップリングが一般に広く用いられ、また、バックアップリングの材料に剛性のある金属やプラスチック材料が区別なく用いられていたことが認められる。したがって、当業者であれば、引用例1記載の金属製のバックアップリングに代えて、合成樹脂製のバックアップリングを採用することに何らの困難性はないと認められる。

もっとも、原告は、従来の金属製のバックアップリングの、(a)加工作業が煩雑である、(b)ゴムがバックアップリングの内周面にバリとして流出する、(c)バックアップリングの内周面が回転軸に接触したときに、その軸を損傷させてしまい、したがって、バックアップリングの内周面が回転軸に接触することによって、リップネック部の所定値以上の引っ張り応力が作用することがないという作用効果が得られないという欠点のうち、少なくとも(a)及び(c)の欠点を克服するために、合成樹脂製のバックアップリングを採用し、合成樹脂製のバックアップリングの(d)装着作業は生産性を低下させる、(e)リップネック部の内周面へのバックアップリングのフィット性が良くなく、耐圧性に乏しいという欠点(従来の金属製のバックアップリングに(a)ないし(c)の欠点があり、合成樹脂製のバックアップリングに(d)及び(e)の欠点があることは被告も争っていない。但し、(d)及び(e)の欠点が合成樹脂製のバックアップリングに限定されないことは、当事者間に争いがない。)を克服するために、そのバックアップリングの形状を特定(A-2の構成)し、さらに前記Bの構成・一体成形の構成(Cの構成)を組み合せることによって、上記(d)及び(e)の欠点を克服したものであるから、本願考案の構成において、その材質が合成樹脂製のものに特定されていることに格別の技術的意義があると主張する(本願考案の構成において、バックアップリングの形状がその外周面、端面及び内周面のそれぞれの面より特定されていること、すなわち、外周面において、軸線方向の一端付近から他端部へ向けてバッグアップリングの外径を徐々に増加させていくように傾斜して延びる傾斜部をなし、端面において、補強環の径方向内方部に当接する平坦な形状になっており、内周面において、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有していて、オイルシールを軸に装着したときに該内周面が該軸にほぼ平行に延びるようになっている((A-2の構成))点及びバックアップリングの端面が補強環と当接している((Bの構成))点については当事者間に争いがない。)。

しかしながら、本願明細書の「接着処理せずにバックアップリングの作用をさせる側の金属環を、オイルシールのリップネック部の内周面に適合した形状に切削加工する必要があり、この加工作業が繁雑であり、且つ成形時の圧力によりゴムがバックアップリングの内周面にバリとして流出する欠点がある」(甲第4号証3頁2行ないし7行)との記載によれば、本願考案において、合成樹脂製のバックアップリングを採用したのは、従来の金属製のバックアップリングのバリ除去及び切削加工の必要性の課題解決のためと認められる(原告主張の金属製のバックアップリングの欠点(a)は切削加工の必要性、(b)がバリ除去に相当すると解される。)が、上記のような金属製のバックアップリングの課題は、当業者であれば当然了知しているものと認められる。

さらに、本願明細書の「このオイルシールに高圧が作用すると、シールリップ5及びリップネック部6に、これらを第2図において時計方向へ捩じるような力が作用する。しかして、上記したようにバックアップリング2の内周面が回転軸10にほぼ平行に延びていれば、上記のような力が作用しても、内周面が回転軸10に接触することによって、リップネック部6の所定量以上の変形が阻止される。従って、リップネック部6に所定量以上の引っ張り応力が作用することがない。」(甲第4号証10頁3行ないし12行)、「例えばバックアップリングの内周面が第2図の左側から右側に向けて徐々に径を増加させていくように傾斜して延びているような場合には、バックアップリングの右端に近づくにつれてバックアップリングの内周面と回転軸との間の間隙が大きくなるために、上記のように内周面が回転軸に接触することによる利点は得られない。また、このような形状のバックアップリングが金属製ではなく、合成樹脂製である場合には、高圧によってバックアップリングが径方向内方へ変形するために、そのバックアップリングによってリップネック部の変形を十分阻止できず、リップネック部に引っ張り応力が集中することによるリップネック部の破断及びバックアップリングの抜け出しが生じる恐れがある。」(同号証10頁17行ないし11頁11行)との記載によれば、本願考案において、合成樹脂製のバックアップリングを採用した結果、高圧によってバックアップリングが径方向内方へ変形するので、そのバックアップリングによってリップネック部の変形を十分阻止できないため、バックアップリングの内周面において、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有していて、オイルシールを軸に装着したときに該内周面が該軸にほぼ平行に延びるようになっている構成にして、バックアップリングの内周面を回転軸に接触させ、リップネック部の所定値以上の引っ張り応力が作用することがないという作用効果を得るようにしたものと認められるところ、引用例1記載のような金属製のバックアップリングにおいては、バックアップリングの内周面が回転軸に接触する構成にすると回転軸を損傷させてしまうためバックアップリングの内周面が回転軸に接触させる構成にすることができず、そのような構成の奏する効果を得ることはできないとしても、前記のとおり、金属製のバックアップリングは高圧による変形がほとんどないと認められるから、バックアップリングの内周面が回転軸に接触させる構成を採用しなくとも、バックアップリングによってリップネック部の変形を阻止できる構成にすることができるものと認められる。したがって、金属製のバックアップリングに代えて、合成樹脂製のバックアップリングを採用するについて、原告主張の(c)の欠点を克服することに格別の意義があるとは認められない。

また、前記甲第7号証、同第8号証の2、乙第1号証、同第2号証の2には、いずれも、本願明細書の実用新案登録請求の範囲に記載された「軸線方向の一端付近から他端部へ向けてバックアップリングの外径を徐々に増加させていくように傾斜して延びる傾斜部がバックアップリングの外周面に設けられるとともに、軸線方向の他端におけるバックアップリングの端面が、平坦な端面になっており、また、バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有していて、オイルシールを軸に装着したときに該内周面が該軸にほぼ平行に延びるようになっている」構成(但し、原告主張のA-2の構成のうち、「補強環の径方向内方部に当接する」構成を除く。A-2の構成のうち、「補強環の径方向内方部に当接する」構成は、実質は原告主張のBの構成と重複する構成であると解されるので、同構成から除くのが相当である。)を備えた形状のバックアップリングが開示されていると認められる(周知例1及び2に用いられている「バックアップリング」の「内周側の形状」が、いずれも「装着される軸にほぼ平行に延び」ていることは当事者間に争いがない。)から、上記のような形状がバックアップリングとしてごく普通のものであると認められる。そして、前記のとおり、甲第7号証には剛性の金属又は合成樹脂(プラスチック)材料で造った環状浮動支持素子50(バックアップリング)が開示されているから、合成樹脂製のバックアップリングに上記形状を採用することに何らの困難性は認められない。

また、前記甲第7号証には、合成樹脂製の環状浮動支持素子50(バックアップリング)の軸線方向の平坦な端面を支持部材(外側環状壁部分20)に当接させた構成(別紙図1面4参照)、甲第8号証の1(実開昭57-79267号公報、周知例2)には、合成樹脂製バックアップリング7の軸線方向の平坦な端面を支持部材(ストッパ12)に当接させた構成(別紙図面5参照)、前記乙第1号証には、合成樹脂材料からなる環状体30(バックアップリング)の軸線方向の平坦な端面を支持部材(ケーシング20)に当接させた構成(別紙図面6参照)が開示されていることが認められる。これらの記載からすると、合成樹脂製のバックアップリングにおいて、その端部を支持部材に当接させた構成が周知であったことが認められる。しかして、上記各号証に開示された支持部材は必ずしも本願考案の前記Bの構成における補強環に相当するものではないが、本願考案における「バックアップリングの端面が補強環と当接している構成」(Bの構成)における補強環は支持部材としての機能を有すると解されるものであるから、本願考案の合成樹脂製のバックアップリングにおいて、その端面が支持部材の機能を有する補強環と当接している構成(原告主張のBの構成)を採用することに、何らの困難性は認められない。

さらに、原告が主張する一体成形の構成(Cの構成)については、本願明細書の実用新案登録請求の範囲の「上記シール本体7が、補強環4を該シール本体に固着し、かつバックアップリングを上記空隙内に保持するように該補強環及びバックアップリングのまわりに成形されたゴム成形体であり、」との記載が一体成形の構成を意味するものであるか必ずしも明確ではないが、仮に、原告主張のとおり、一体成形の構成を意味するものと解されるとしても、甲第5号証(引用例1)の「上記構成のオイルシールは以下に説明する製造方法によって得ることができる。すなわち、成型用金型における下型(8)には、その外周側上面に装着された中型(9)との間で成型空間部(10)が形成され、かつこの成型空間部(10)は上側に空間段部(11)を有している。…。また上記成型空間部(10)にはテーパー面(12)に沿って接着剤非塗金属環(4)を嵌込むことにより、これを…の内端に位置させるとともに空間段部(11)上にはゴム様生地(5a)を載置した状態にする。…各型(8)、(9)、(13)が加熱されていることから、ゴム様生地(5a)が流動体となって成型空間部(10)内に流れ込み、爾後硬化によってオイルシール成形品が得られ」(2頁右上欄18行ないし左下欄19行)との記載によれば、引用例1記載の考案では、接着剤非塗金属環(本願考案のバックアップリングに相当することは当事者間に争いがない。)を成形用金型に嵌込んだ後にゴム様生地を流れ込ませてオイルシール成形品を得るものであり、オイルシールと金属製のバックアップリングを一体成形しているものと認められる。しかして、バックアップリングの材質が合成樹脂である場合に、上記のオイルシールの成型方法を行なうことが特に困難となるものとは認められない。したがって、引用例1記載の考案の接着剤非塗金属環(バックアップリング)がオイルシールと一体に成形されている構成に比べて、本願考案の合成樹脂製のバックアップリングがオイルシールと一体に成形されている構成に格別の技術的意義があるとは認められない。

加えて、原告は、本願考案において、A-2の構成、Bの構成・Cの構成を組み合せることによって、合成樹脂製のバックアップリングにおける欠点(d)及び(e)を克服したと主張する。

しかしながら、本願明細書の「オイルシール成形後にバックアップリングを装着するようにしたオイルシールも考案されているが、このような装着作業は生産性を低下させさらには、リップネック部の内周面へのバックアップリングのフィット性が良くなく、耐圧性に乏しい欠点がある。」(甲第4号証3頁8行ないし13行)との記載によれば上記(d)及び(e)の欠点は、「オイルシール成形後にバックアップリングを装着する」構成のオイルシールの欠点と解されるところ(欠点(d)及び(e)が合成樹脂製のバックアップリングに限定されないことは当事者間に争いがない。)、本願考案の「上記シール本体7にこれを変形させる力が加えられていないときに該空隙の内面に緊密に係合するように装着された合成樹脂製のバックアップリング2」の構成が、原告が主張するように、シール本体7とバックアップリング2が一体成形であることを前提としているとしても、本願考案がこのように一体成形であることにより、バックアップリングがシール本体にこれを変形させる力が加えられていないときに、補強環の径方向内方部とリップネック部の内周面との間の空隙の内面に緊密に係合するように装着されるため、リップネック部の内周面へのバックアップリングのフィット性が良くなり、耐圧性に優れている効果を奏するものと解されるから、バックアップリングの材質が合成樹脂製であることによって奏する格別の効果とはいえない。

以上のとおり、本願考案の構成において、その材質が合成樹脂製のものに特定されていることに格別の技術的意義は認められず、引用例1記載の考案の接着剤非塗金属環(バックアップリング)に代えて合成樹脂製のバックアップリングに代えることに何らの困難性は認められず、その奏する効果も予測する範囲を越えるものではなく、本願考案において、バックアップリングの材料として、合成樹脂を採用したことは、当業者が必要に応じてきわめて容易に採用し得た程度のものであると認められ、審決の相違点1についての判断に誤りはない。

(2)  取消事由2(相違点2の判断の誤り)について

<1>  原告は、審決の、本願考案のオイルシールに高圧が作用したときに、リップネック部の破断を生じにくくすること、及びバックアップリングの抜け出しを防止できること等の作用効果は、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」構成に基づくものではないとの判断及びシール本体に加わる圧力によるバックアップリングの抜け出しは、変形したバックアップリングが容易に反転してしまうことにより起きるものであるとの判断は誤りであると主張する。

本願考案の、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」構成が、バックアップリングの内周面が回転軸にほぼ平行となることを規定していることは当事者間に争いがないところ、本願明細書の「バックアップリング2の内周面が回転軸10にほぼ平行に延びていれば、上記のような力が作用しても、内周面が回転軸10に接触することによって、リップネック部6の所定量以上の変形が阻止される。従って、リップネック部6に所定値以上の引っ張り応力が作用することがない。また、内周面が回転軸10に接触することによって、第2図においてバックアップリング2が下方へ移動してリップネック部6と補強環4の径方向内方部41との間の間隙から抜け出すことが防止される。即ち、例えばバックアップリングの内周面が第2図の左端から右端へ向けて徐々に径を増加させていくように傾斜して延びているような場合には、バックアップリングの右端に近付くにつれてバックアップリングの内周面と回転軸との間の間隙が大きくなるために、上記のように内周面が回転軸に接触することによる利点は得られない。また、そのような形状のバックアップリングが金属製でなく、合成樹脂製である場合には、高圧によってバックアップリングが径方向内方へ変形するために、そのバックアップリングによってリップネック部の変形を十分に阻止できず、リップネック部に引っ張り応力が集中することによるリップネック部の破断、及びバックアップリングの抜け出しが生じるおそれがあるのである。」(甲第4号証10頁6行ないし11頁11行)との記載によれば、バックアップリングが金属製でなく、合成樹脂製である場合には、高圧によってバックアップリングが変形し、リップネック部の破断あるいはバックアップリングの抜け出しが生じるため、リップネック部の破断、及びバックアップリングの抜け出しを防止するため、「バックアップリング2の内周面が回転軸10にほぼ平行に延び」る構成を採用したものと認められる。

そうすると、審決の本願考案のオイルシールに高圧が作用したときに、リップネック部の破断を生じにくくすること、及びバックアップリングの抜け出しを防止できること等の作用効果は、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」構成に基づくものではないとの判断は相当ではない。

また、シール本体に加わる圧力によるバックアップリングの抜け出しは、バックアップリングの反転現象によるものではないことは、被告も認めるところである。

しかしながら、審決は、上記判断に続けて、「上記の作用効果は、バックアップリングの内周側の形状が、この軸にほぼ平行に延びる所定長部分を有する構成により得られるものである。」(甲第1号証11頁6行ないし9行)と判断したうえで、特開昭56-150671号公報(甲第7号証、周知例1)及び実開昭57-79267号公報(甲第8号証の1、周知例2)を挙げて、「バックアップリングの内周側の形状を、いずれも装着される軸にほぼ平行に延びるところの、シール部材が軸に沿って圧力で押し出されることを防止するために必要とされる軸方向所定長さを有する構成は従来から慣用されている。」(同号証11頁10行ないし15行)と認定し、この認定を前提として、相違点2についての判断をしていると認められる。しかしながら、上記判断中の「シール部材が軸に沿って圧力で押し出されることを防止するために必要とされる軸方向所定長部分」において、どの程度の長さが必要であるか明らかではなく、上記甲第7、第8号証記載のバックアップリングをみても、「所定長部分」の意義は明らかではない。そうすると、「所定長部分」はせいぜいバックアップリングの内周側の装着される軸にほぼ平行に延びる部分が一定の長さを有するものであると解されるにすぎず、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」構成において、バックアップリングの内周側の装着される軸にほぼ平行に延びる部分が一定の長さを有するものであることは当然の前提と解されるから、審決でいう「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」構成と、同じく審決でいう「バックアップリングの内周側の形状が、いずれも装着される軸にほぼ平行に延びる軸方向に所定の長さを有する構成」とは実質的には同一であると解される。したがって、審決の上記判断はその表現において、相当でない部分があるものの、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」構成の奏する作用効果を判断しているものと認められ、原告主張の審決の上記判断の誤りの部分は審決の結論に直接結びつくものではない。

なお、被告は、バックアップリングの抜け出しはバックアップリングの変形によるものであって、バックアップリングの抜け出しを防止するためには、バックアップリングに当接する部材に当接すべきバックアップリング端面の十分な厚みそして十分な厚みを得るために所定長さを必要とするところ、バックアップリングを略断面三角形状となすことで、この当接端面における十分な厚みを確保する構成は、本願出願前にバックアップリングの技術分野で周知であったと主張するが、略断面三角形状といっても、その内角を規定しなければ軸方向の長さと厚みとの関係は不定であるから、バックアップリングを略断面三角形状となすことが周知であるからといって、どの程度の長さを必要とするかは明らかとはならず、やはり一定の長さを有するという以上の意味はないものであると解される。

<2>  原告は、審決の、「バックアップリングの内周側の形状を、いずれも装着される軸にほぼ平行に延びるところのシール部材が軸に沿って圧力で押し出されることを防止するために必要とされる軸方向所定長さを有する構成は従来から慣用されている。」(同号証11頁10行ないし15行)との認定はシール部材の抜け出し防止に関するものであるから、本願考案のバックアップリングの抜け出し防止効果が上記慣用技術に基づくとの審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら、前記(1)のとおり、甲第7、第8号証には、本願考案と同様の、合成樹脂製で、その内周面が軸線と平行で、かつその一端面が支持部材によって支持される構成のバックアップリングが開示されており、このような構成により、バックアップリングの抜け出しを防止し得るものであることは明らかである。そして、前記<1>のとおり、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」構成と審決が慣用技術として認定した「バックアップリングの内周側の形状が、いずれも装着される軸にほぼ平行に延びる軸方向に一定の長さを有する構成」とは実質的には同一である。

したがって、「シール部材が軸に沿って圧力で押し出されることを防止するため」との審決の摘示はその表現において適切とはいい難いが、本願考案のバックアップリングの抜け出し防止効果が慣用技術に基づくとの審決の判断に誤りがあるということはできない。

<3>  原告は、審決の、本願考案の作用効果がバックアップリングの内周面形状を装着される軸にほぼ平行に延びるようにしたことに基づくものである以上、これに加えて、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」ことを特定したとしても、作用効果において、格別に異なるものとはいえないとの判断は誤りであると主張する。

前記<1>のとおり、「バックアップリングの内周側の形状が装着される軸にほぼ平行に延びる」構成は「軸方向に一定の長さを有する」構成を前提とし、「バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有している」構成とは実質的には同一であり、したがって、前記<2>のとおり、「バックアップリングの内周側の形状が、いずれも装着される軸にほぼ平行に延びる軸方向に一定の長さを有する構成」の奏する効果が慣用技術に基づくとの審決の判断が相当である以上、格別の作用効果がないとの結論は同じであるから、原告主張の審決の判断部分は措辞適切ではないものの、格別の作用効果がないとの結論に誤りはない。

<4>  以上のとおり、審決の相違点2についての判断の誤りをいう原告の主張は、結局採用することができない。

(3)  取消事由3(本願考案の作用効果の判断遺脱)について

原告は、審決は、本願考案の奏する破断防止効果についての判断を遺脱したと主張する。

たしかに、審決において、本願考案の奏する破断防止効果について明示的には言及していない。

しかしながら、本願明細書の「このオイルシールに高圧が作用すると、シールリップ5及びリップネック部6に、これらを第2図において時計方向へ捩じるような力が作用する。しかして、上記したようにバックアップリング2の内周面が回転軸10にほぼ平行に延びていれば、上記のような力が作用しても、内周面が回転軸10に接触することによって、リップネック部6の所定量以上の変形が阻止される。従って、リップネック部6に所定量以上の引っ張り応力が作用することがない。」(甲第4号証10頁3行ないし12行)、「例えばバックアップリングの内周面が第2図の左側から右側に向けて徐々に径を増加させていくように傾斜して延びているような場合には、バックアップリングの右端に近づくにつれてバックアップリングの内周面と回転軸との間の間隙が大きくなるために、上記のように内周面が回転軸に接触することによる利点は得られない。また、このような形状のバックアップリングが金属製ではなく、合成樹脂製である場合には、高圧によってバックアップリングが径方向内方へ変形するために、そのバックアップリングによってリップネック部の変形を十分阻止できず、リップネック部に引っ張り応力が集中することによるリップネック部の破断及びバックアップリングの抜け出しが生じる恐れがある。」(同号証10頁17行ないし11頁11行)との記載によれば、バックアップリングの内周面が第2図の左側から右側に向けて徐々に径を増加させていくように傾斜して延びているような形状のバックアップリングが金属製である場合に、そのバックアップリングによってリップネック部の変形を十分阻止できないという問題はなく、このようなバックアップリングが合成樹脂製である場合には、高圧によってバックアップリングが径方向内方へ変形するために、そのバックアップリングによってリップネック部の変形を十分阻止できないという課題があるところ、合成樹脂製のバックアップリングを採用した本願考案において、合成樹脂製のバックアップリングの上記のような課題を解決するため、バックアップリングの内周面が回転軸にほぼ平行に延びている構成を採用したことにより、リップネック部の破断が生じないという効果を奏するものと認められる。

しかるところ、引用例1記載のバックアップリングは金属製であるから、バックアップリングの内周面が外周面形状同様にテーパ状をなしている形状すなわち徐々に径を増加させていくように傾斜して延びているような形状であっても、そのバックアップリングによってリップネック部の変形を十分阻止できない問題があるとは認められない。したがって、引用例1記載のバックアップリングにおいて、高圧によってバックアップリングが径方向内方へ変形するために、そのバックアップリングによってリップネック部の変形を十分阻止できないという課題はないのであるからその内周面が回転軸にほぼ平行に延びている構成を採用しないからといって、破断防止効果がないということはできないことは当然のことである。

なお、前記(1)のとおり、前記甲8号証の2及び乙第1号証には、バックアップリングの内周面が、バックアップリングの軸線方向の一端付近から他端付近までほぼ同一の径を有していて、オイルシールを軸に装着したときに該内周面が該軸にほぼ平行に延びるようになっている」構成の合成樹脂製のバックアップリングが開示されている。甲第8号証の2の「シール部材1が腰部3の内周面をバックアップリング7に支承され、バックアップリング7が軸10の周面に支承される構造を備え、かつ、バックアップリング7が低摩擦性材料をもって製せられているので、被密封流体が高圧であってもシールリップ部2が軸10の周面に対して過度に接触させられるのが防止され」(明細書5頁4行ないし10行)との記載によれば、上記のような形状のバックアップリング7が軸10に接触してシールリップ2の過度の変形を防止する効果を奏することが認められる。また、前記乙第1号証の「流体圧力が使用中に上昇し生成するに伴ってこの圧力は脚部42を経て環状体30に伝わり密封環部片40は第3図に示した位置から変形し第4図に示したような形状になるようにゆがむ。」(2頁右欄末行ないし3頁左欄3行)、「環状体30の円すい形部分31と密封環部片40の衝合部分とのテーパ付きの形状は環状体30に伝わる力が環状体30の主要部分を唇状部分46に向って押出す分力を持つことになるので重要であるのは明らかである。密封環部片40は環状体30を半径方向及び軸線方向に弾性的に付勢する」(3頁左欄6行ないし11行)との記載及び第4図によれば、密封環部片40に圧力が作用すると、環状体30の円すい形部分31と密封環部片40の衝合部分とのテーパ付きの形状によって、環状体は半径方向の分力を受けて軸に接触すること、したがって、環状体は密封環状体を軸によって支えて変形を防止する効果を奏することが認められる。

以上によれば、リップネック部の変形を阻止して、リップネック部の破断を防止するという効果は、内周面が回転軸にほぼ平行に延びている周知の合成樹脂製のバックアップリングにおいて、当然予測できるものであって、格別のものではないと認められる。

以上によれば、破断防止効果は本願考案の相違点2に係る構成が奏する格別の効果ということはできないことは明らかである。

したがって、金属製のバックアップリングの構成を採用している引用例1記載の考案と対比して、本願考案の相違点2に係る構成の奏する作用効果の顕著性を判断するためには、本願考案の破断防止効果について判断しなくとも結論には影響がないことは明らかである。

(4)  取消事由4(作用効果の判断の誤り)について

原告は、ゴム成形段階でバックアップリングが金型と密着するように試みた従来技術はなく、本願考案は型締時にかしめ加工をすることなくゴムがバリとして流出することがないという格別の効果(バリ不残効果)を奏すると主張する。

しかしながら、バリを防止するためには、バックアップリングと金型キャビティの周面とが緊密に密着して、バックアップリングと金型との間にゴムが侵入することを有効に防止しなければならないところ、本願明細書の「上記したようにバックアップリングを合成樹脂製のものにすることによって、バックアップリングが精度よく加工されていなかった場合にも、オイルシール成形時に合成樹脂の弾性を利用してバックアップリングを、その内周面を金型キャビティの周面に良好に接触させた状態で金型キャビティ内に嵌装することができる。」(甲第4号証6頁12行ないし18行)、「成形圧力を加えられたときには、その圧力はバックアップリングに対して外側から径方向内方へ向けて作用するために、バックアップリングの内周面は金型キャビティの周面にさらに密着することになる。従って、シール本体7を形成すべきゴムがバックアップリングの外側から内周側へ進入し、そのゴムがオイルシール成形後にバックアップリングの内周面にバリとして残るようなことがない。」(同号証7頁1行ないし9行)、「バックアップリング2の外周面には上記した傾斜部が設けられているために、バックアップリングの内周面の形状を上記の如く直線状にした場合に、軸線方向の一端付近(第1図の左端付近)におけるバックアップリングの肉厚が小さくなる。従って、成形圧力を加えられたときには、バックアップリングの上記一端付近が径方向内方へ大きく変形して金型キャビティの周面に緊密に密着するために、シール本体7を形成すべきゴムがバックアップリングの外側から、バックアップリングの上記一端付近と金型キャビティの周面との間を通して、バックアップリングの内周側へ侵入することがない。また、上記傾斜部に作用した成形圧力は、バックアップリングの内周面を金型キャビティの周面に密着させる力に加えて、バックアップリングの、上記した平坦な端面を補強環4の径方向内方部41へ押圧して密着させる分力を生じるために、上記ゴムがバックアップリングの外側から上記平坦な端面と径方向内方部41との間を通して、バックアップリングの内周側へ侵入することを有効に防止できるのである。」(同号証8頁7行ないし9頁8行)との記載によれば、原告主張の本願考案におけるバリ不残効果は、合成樹脂の弾性及び形状により、バックアップリングを金型に密着させることにより奏するものと認められる。しかしながら、バックアップリングの材料及び形状を特定しても、金型とバックアップリングとの密着の度合いは、成形圧力の程度、金型の精度にも左右されることは明らかであるから、本願明細書の実用新案登録請求の範囲の記載からはバリ不残効果がどの程度のものであるかは、一義的には規定されていないと認められる。

しかるところ、乙第3号証(特公昭47-14039号公報)、同第4号証(特公昭49-1627号公報)、同5号証(特公昭46-23681号公報)によれば、バリが発生しないように金型と金型内の素材とを密着させるために金型あるいは金型内の素材に圧力を加えることは、本願考案の出願前、オイルシールの技術分野において、慣用されていたと認められる。

以上によれば、審決の本願考案のバリ不残効果が格別のものではないとの判断に誤りはなく、原告の上記主張は理由がない。

(5)  取消事由5(構成の組合せの進歩性の判断の遺脱及び格別の作用効果の看過)について

原告は、審決は、本願考案の相違点毎の構成の容易想到性及び作用効果のみを検討し、その組合せの構成の容易想到性を判断せず、その作用効果を看過したと主張する。

しかしながら、前記のとおり、引用例1記載の考案と本願考案との相違点に係る構成を採用することが、当業者にとってきわめて容易であり、その構成を採用したことによる作用効果も、当業者が予測し得る範囲を越えるものではないことは明らかであり、その組合せの構成の容易想到性を勘案しても、格別な作用効果を奏するものといえないことは明らかであるから、原告の上記主張は理由がない。

4  以上のとおり、取消事由はいずれも理由がなく、審決には、取り消すべき違法はない。

よって、原告の本訴請求は棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面 1

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別紙図面 2

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別紙図面 3

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別紙図面 4

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別紙図面 5

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別紙図面 6

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別紙図面 7

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