大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(う)838号 判決 1991年10月29日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

原審における未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小澤哲郎提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について

所論は、原判決の量刑に関する説示内容等からすれば、原判決は、被告人に対し、実質上余罪を処罰しているといわざるを得ないから、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、原判決を見ると、原判決は、まず、罪となるべき事実の項において、公訴事実のとおり、被告人は、T名義のクレジットカードを利用して商品を騙し取ろうと企て、五回にわたり、女性洋品店ほか一店において、右カードによる購入名下に、女性用洋服六着及び釣具等三八点(時価合計約二九万五三八円)を騙取したことを認定したうえ、量刑理由の項において、(1)被告人が、平成元年六月一一日から同年七月二八日まで、本件カードを利用して合計一九六回、合計金額九六三万八四六〇円相当の商品購入(本件起訴にかかる物品を含む趣旨と思われる。)、飲食をしていること、(2)右カードの利用状況については、キャバレー等において度々飲食し、また、なじみのホステスらに洋服等を買い与え、同女らとの飲食に費消した部分が少なくないこと、(3)被告人は、本件カード入手の直後から、特定の商店において、実際は商品を買わずに伝票にサインし、伝票の金額の半額の金員を取得するいわゆる「空刷り」の手口で詐欺的利用を行ったものであり(名目上の購入金額合計三五〇万四九八七円)、これによれば、被告人は、当初から悪用する目的で本件カードを取得したと認められること、(4)以上からすれば、本件は、計画的、常習的な詐欺の一環で、その使途も同情すべき余地の全くない悪質なものであるから、被告人に対しては厳しい処罰をもって臨むべきであり、なお被告人は本件公訴事実に対応する金額を弁償しているけれども、被告人が本来支払うべき金額は前記の九六三万八四六〇円であるから、この点は特に評価すべきものではなく、検察官の求刑は軽すぎる嫌いがあるが、本件公訴事実の内容を考慮するとあえて求刑を超える刑を科する必要までは認められないので求刑どおりの刑とすること、とそれぞれ説示している。

ところで、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料として考慮することは許されないけれども、単に被告人の性格、経歴及び犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料としてこれを考慮することは適法であると解されるところ、原判決中には、「他の本件カードの利用状況は、本件犯行が計画的なものか否か、常習的なものか否かを判断するために必要な情状であり」との説示も見られ、また原審において、余罪に関しては古川秀幸作成の上申書等若干の証拠が取り調べられているに過ぎないことからすれば、原審としても余罪に関する右のような考慮の差は意識していたものと認められる。しかし、他方、量刑理由に関する原判決の説示は前記のとおりであって、公訴事実と余罪を一体として犯行回数、被害金額を詳細に認定し、犯行の態様、騙取した商品の処分先等についても両者を一体として論じ、また余罪のみの一態様である「空刷り」についてその詐欺的利用であることを強調し、更に被害弁償の額についても公訴事実と余罪の合計額を基準として特に評価すべきものではないとし、結局、検察官の求刑(懲役一年六月)は軽すぎる嫌いがあるが、公訴事実の内容を考慮して求刑どおりの刑を科すに止めるとしているのである。すなわち、原判決は、公訴事実と余罪を含めた本件全体について量刑事情を論じ、公訴事実の内容は量刑上有利な一事情として考慮するに止めたといわざるを得ないのである。そして、本件に対する検察官の求刑は同種事案と対比し特に軽いとは認められないことをも伴せ考えると、原判決は、本件公訴事実のほかに、起訴されていない余罪を認定し、これをも実質上処罰する趣旨のもとに、被告人に対する量刑を行ったとの疑いを禁じ得ないから、結局、原審の訴訟手続には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があることになる。論旨は理由がある。

よって、その余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条により、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により直ちに当裁判所において自判すべきものと認め、更に次のとおり判決する。

原判決挙示の証拠によって認定し得る原判示罪となるべき事実に、原判決挙示の法令を適用し(ただし、併合加重は犯情の最も重い原判示第四の罪の刑に行う。)、その刑期の範囲内において、被告人を懲役一年二月に処し、刑法二一条を適用して、原審における未決勾留日数中八〇日を右刑に算入し、原審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書を適用して、全部被告人に負担させないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林充 裁判官宮嶋英世 裁判官虎井寧夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例