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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)82号 判決 1993年6月16日

アメリカ合衆国

バージニア州22101-3883、マクリーン、エルム ストリート6885

原告

マース、インコーポレイテッド

代表者

ジョン ビー、ピーグラム

訴訟代理人弁理士

岡部正夫

加藤伸晃

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

指定代理人

水谷誠

児玉喜博

中村友之

涌井幸一

主文

特許庁が、平成1年審判第2694号事件について、平成元年11月2日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1973年11月22日にイギリス国においてした特許出願第54318/73号に基づく優先権を主張して、昭和49年11月22日、名称を「硬貨処理機構」とする発明につき、特許出願をした(特願昭49-133741号)ところ、昭和59年4月28日に特許出願公告(特公昭59-18756号)がなされたが、特許異議の申立があり、昭和63年8月17日に拒絶査定を受けたので、これに対し、不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成1年審判第2694号事件として審理したうえ、平成元年11月2日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月11日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別添審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

別添審決書写し記載のとおり、審決は、本願発明の優先権主張日前に日本国内において頒布された刊行物である特公昭35-9261号公報(以下「引用例」という。)を引用し、本願発明と引用例発明とは、該装置がはね返り防止装置かはね返り装置かという称呼が正反対で、硬貨のはね返り量とひずみ量とに差があるものの、両発明の間には本質的な差がなく、硬貨のはね返りエネルギとひずみエネルギの総和が一定である以上、引用例発明において、その一体片(弾撥片)の材質を変更して、はね返りを若干量とし、ひずみを相当量とすることによって本願発明の構成とすることは、当業者が必要に応じて随意に想到できる程度のことであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由のうち、「そこに衝突した硬貨のはね返りを行って硬貨通路に沿った規制された動きで該硬貨試験装置へと硬貨を向けており」との点を除く引用例の記載内容の認定並びに「はね返りに対処して硬貨通路に沿った規制された動きで該硬貨試験装置へと硬貨を向けており」との点を除く本願発明と引用例発明との一致点の認定は、いずれも認める。

しかしながら、審決は、本願発明と引用例発明の重要な構成上の相違を捨象ないし看過して両発明の構成を対比認定した結果、両発明の一致点及び相違点の認定を誤り(取消事由1)、相違点の判断につき、前提となる硬貨に生ずるひずみを誤って解釈し、また、本願発明の顕著な作用効果を看過して本願発明の容易想到性の判断を誤り(取消事由2)、不当な結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(両発明の構成上の相違の捨象ないし看過による一致点及び相違点認定の誤り)

審決は、本願発明及び引用例発明の一致点として、「該装置は・・・はね返りに対処して硬貨通路に沿った規制された動きで該硬貨試験装置へと硬貨を向けて」いる点で一致し、「該装置が、本願発明は、はね返り防止装置であるのに対し、引用例記載の発明は、はね返り装置である構成の点で相違する」と認定したが、誤りである。

(1)  本願発明は、硬貨通路と、その途中に設けられ、硬貨の衝突時も衝突面に変位が生じないよう堅固に取り付けられた固い一体片との組合せの構成により、硬貨通路の曲がり角で一旦硬貨の運動エネルギーを消散させ、曲がり角の壁への硬貨の衝突によるはね返りを少なくして、規制された動きで次の硬貨通路に沿って辿らせ、もって、迅速に硬貨を硬貨試験装置に導くことを目的としている。

本願発明のはね返り防止装置は、単なる固い一体片が硬貨の軌道を変える位置にボルト留めなどの方法で直接処理装置の機枠に堅固に固定されている。そして、この一体片は、硬貨通路を辿る硬貨のはね返り防止以外の機能を果たすものではないから、本願発明の構成上、一体片と硬貨通路との関係は、特許請求の範囲に「硬貨通路の途中に設けられてそこに衝突した硬貨のはね返りを防止して硬貨通路に沿った規制された動きで該硬貨試験装置へと硬貨を向けており」という記載によって特定されている。

これに対し、引用例発明は、硬貨を弾撥片に衝突させ、硬貨の材質に依存したはね返りの程度によって、正常硬貨と不正常硬貨(例えば、半田、紙、セルロイド等)とをそれぞれに応じた二つの誘導路に振り分けて選別する硬貨選別装置であって、その固有の構成は、弾撥片と二つの誘導路との組み合わせであり、これによって初めて一つの構成として機能するものである。その弾撥片は、硬貨を左右に振り分けることを意図して設けられた構成であり、弾撥面は落下硬貨の落下方向に対して適宜傾斜され、あらかじめ調整されている。そして、引用例は、弾撥片の硬貨選別以外の作用効果につき何ら言及するものではないから、弾撥片と二つの別個に設けられた誘導路とは硬貨選別機能という点から一体不可分のものとして理解されるべきである。

したがって、審決が引用例発明の「選別片3」を、その上位概念を用いて「硬貨試験装置」と表現し、引用例発明の弾撥片を「そこに衝突した硬貨のはね返りを行って硬貨通路に沿った規制された動きで該硬貨試験装置へと硬貨を向けており」とする認定は、引用例発明の構成を正しく認定するものではなく、これに基づいて、上記のとおり、本願発明と引用例発明とが一致するとした認定は誤っている。

(2)  次に、審決は、発明の目的、構成を異にする両発明のうち、一体片と弾撥片という一部構成のみを抽出して対比を行い、上記のとおり、該装置がはね返り防止装置であるかはね返り装置である構成の点で相違すると認定した。

しかしながら、上記(1)のとおり、両発明の弾撥片及び一体片は、発明の目的を達成するためには、これと不可分一体の関係に立つ二つの誘導路又は硬貨通路に対し、特定の箇所に特定の方法で配置構成されることが必要不可欠であるから、これらの構成上の差異とその構成が果たしている機能を全く無視し、不可分一体の構成中、その一部のみを抽出して相違点を認定する審決の対比の方法は、そもそも相当でない。

審決は、特定の目的、効果を奏する構成として両発明の構成を対比すべきであるのに、これを捨象ないし看過して相違点を認定した誤りがある。

2  取消事由2(相違点判断における容易想到性判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点判断において、「称呼が正反対で硬貨のはね返り量とひずみ量とに差があるものの、両発明の間に本質的な差はない」、「引用例記載の発明において、その一体片(弾撥片)の材質を変更して・・・本願発明のように構成することは、当業者が・・・必要に応じて随意に想到できる程度のこと」と判断したが、誤りである。

(1)  まず、審決は、相違点判断の前提として、「この弾撥片にはひずみ又は変位が僅少な量しか生ぜず、硬貨が若干量ひずみ、かつ、相当量はね返る意義に解せることは、当業者にとって力学上自明の事項というべきである。」と説示するが、引用例における硬貨のひずみを塑性ひずみとする誤った前提に立っている。

すなわち、ひずみには、外力を除いた後はその形状が回復される弾性ひずみと、形状が回復されない塑性ひずみ(永久ひずみ)とがあり、二物体の衝突時には、物体のはね返り係数に応じ、運動エネルギーは、弾性ひずみ、塑性ひずみ、振動、音等の各エネルギーに変化する。このうち弾性ひずみがはね返りの要因となってはね返りを生じさせるから、引用例の「硬貨だけがひずんではね返る」との記載におけるひずみは、弾性ひずみを指すことは明らかであり、引用例は、弾性ひずみを相当量とすることによってはね返りを相当量とすることを教示している。しかるに、審決は、引用例の該当部分を硬貨のひずみを若干量とし、はね返りを相当量とする旨、すなわち硬貨の塑性ひずみを少なくして、弾性ひずみ(はね返り)を相当量とするとの誤った前提に立っている。

(2)  そして、審決は、本願発明と引用例発明との相違点について、結局、引用例のはね返り装置の材質をはね返り防止という目的に応じて変更し、硬貨のはね返り量を若干としたものが本願発明であると認定したうえで、換言すれば、本願発明をはね返りが若干量のはね返り装置と想定したうえで、本願発明のようにすることは、一般的なはね返りの知識のもとに当業者が随意に想到できるものと判断した。

しかしながら、上記1のとおり、本願発明のはね返り防止装置は、硬貨通路中にあって、所定の目的に適うものであるから、はね返り防止という目的に適う程度の作用効果が本願発明の一体片で得られることが引用例やはね返りの一般的知識から予測されるかどうかが判断されなければならない。

しかるに、引用例には、弾撥片に弾撥性があり、かつ、硬貨に比べ硬度の高いものを用いることによって、はね返りの程度が硬貨の材質のみで定まることが望ましいとの観点から、硬い弾撥片を用いて衝突時に硬貨のみがひずんで相当量のはね返りを得ること、すなわち硬貨の弾性ひずみを大きくすることのみが記載され、硬貨の塑性ひずみを大きくしてはね返り(弾性ひずみ)を小さくするとの技術思想は、何ら開示されていない。したがって、引用例の記載に、本願発明のような硬い弾撥片が硬貨のはね返りを防止するという技術思想、すなわち本願発明のメカニズムと考えられる硬い一体片との衝突によって、硬貨の塑性ひずみを大きくしてはね返りを防止するとの技術思想が開示ないし示唆されているとはいえず、引用例やはね返りに関する一般的知識から本願発明を想到することは困難である。

そもそも、従来のはね返り防止装置は、クッション性を有する部材を用いるものが一般的であったから、これと正反対の硬い表面を有する一体片をはね返り防止装置として用いるという本願発明の構成は、その発想自体において意外性・進歩性を有するものである。

そして、はね返りの現象は、極めて複雑であり、被衝突物の性質と共に衝突物の形状、材質及び落下状態に依存するほか、被衝突物の取付方によっても微妙に影響を受け、さらにはね返り防止の効果が有効といえるかどうかは用途箇所にも左右されるから、実際に、はね返りがどの程度となるかは、当業者であっても必ずしも容易に予測できるものではない。

(3)  本願発明は、上記1(1)の構成により、単なる硬い一体片を硬貨処理装置の機枠に直接ボルト等で固定することにより、はね返り防止の効果を奏することができ、従来のクッション性部材を使用するものの欠点である高価な製造コストと経年変化による特性の劣化の問題を解決して、組立作業が容易で簡単な装置を提供するものである。そして、本願発明は、従来のはね返り防止装置に比肩する効果を奏するものとして、実用上成立する程度に顕著な作用効果を有している。

審決は、本願発明の技術思想の進歩性とこれによる顕著な作用効果を看過して、容易想到性判断を誤った。

第4  被告の主張の要点

審決の認定判断は相当であり、原告の取消事由の主張は理由がない。

1  取消事由1について

本願発明の目的は、硬貨処理装置に投入された硬貨をはね返り防止装置(一体片)に衝突させて硬貨試験装置へと向け、硬貨の真贋又は種類を識別することにあり、引用例発明の目的は、硬貨処理装置に投入された硬貨をはね返り装置(弾撥片)に衝突させて硬貨試験装置へと向け、硬貨の真贋を識別することにある。そうすると、両発明は、硬貨の衝突対象が、一見すると、はね返り防止装置か、はね返り装置かの点で相違するが、硬貨も一体片又は弾撥片も反発係数が0ではありえないから、本願発明においては、衝突した硬貨が若干量はね返り、相当量ひずむのであり、引用例発明においては、硬貨が相当量はね返り、若干量ひずむのである。したがって、本願明細書と引用例とに記載された字句表現に拘泥せずに内在する技術の本質を把握すると、両発明は、硬貨のひずみ量とはね返り量とが相違するものの、この相違は単なる程度の差にすぎず、両発明は上記のとおりその目的(課題)を同一にするものである。

次に、発明の作用効果をみても、両者は、上記のとおり程度の差はあるものの、硬貨の運動エネルギの一部又は殆どを硬貨中で消散させる簡単で組み立てが容易な硬貨処理機構用エネルギ消散装置を構成できるから、両発明の作用効果に格別の差も認められない。

以上のように、投入された硬貨を硬貨の特性を試験する装置へと移動させるため硬貨通路の一部として構成された装置の名称が、本願考案でははね返り防止装置であるのに対し、引用例でははね返り装置である点で両発明は相違し、その他の構成の点では一致するものである。しかも、両発明の上記はね返りの差は、程度の差にすぎず、明瞭に区別することができないほか、一体片の硬度と弾撥片の硬度を比較しても、両発明に格別の相違もない。

したがって、本願発明がはね返り防止作用を有し、引用例発明がはね返り作用を有することを前提とする原告の主張は、そもそも失当である。

次に、原告は、「該はね返り防止装置は硬貨通路の途中に設けられてそこに衝突した硬貨のはね返りを防止して硬貨通路に沿った規制された動きで該硬貨試験装置へと硬貨を向けており」との記載により、本願発明の一体片が特定の場所に配置構成されている旨が規定されていると主張するが、当該記載は、原告の主張するような特定の配置構成を記述するものと解することはできないから、上記主張は本願発明の要旨に準拠しないものであり、失当である。

また、審決は、「選別片」を硬貨試験装置と表現しているが、選別片によって硬貨が二つの誘導路に選別されるのであるから、審決は引用例発明の認定において、二つの誘導路の存在を考慮しているのであり、その認定に原告主張の誤りはない。一方、本願明細書の特許請求の範囲の記載によれば、本願発明の硬貨通路の個数は一つとは限らず、二つ以上を排斥するものではないから、本願発明の硬貨通路が一つであることを前提として、引用例発明との構成上の相違をいう原告の主張も失当である。

2  同2について

上記のとおり、本願明細書の特許請求の範囲の記載によって、固有の配置構成が規定されているとはいえず、引用例発明との相違点は、一体片と弾撥片の称呼とこれに衝突した硬貨のはね返り量及びひずみ量の程度の差のみである。すなわち、一体片と弾撥片はともに衝突時の硬貨にひずみとはね返りを生じさせ、ひずみを相当量とすることによりはね返りを僅少とするか、ひずみを僅少とすることによりはね返りを相当量とするかは、いずれの機能に着眼するかの違いにすぎない。

そして、ひずみとはね返りの各エネルギの総和は一定であることは当業者に自明の事項であるから、硬貨処理装置を構成する場合、所期の目的を達成するために、引用例の弾撥片に生ずるひずみ又ははね返りの量を所望の程度とすることは、引用例の「弾撥片1の・・・材質・・・を調整しておけば」(1頁右欄20~22行)、「弾撥片・・・を適当に定めることで」(同欄30行)との記載から、当業者に示唆されている。したがって、引用例における弾撥片に生ずるひずみ又ははね返りの量をどの程度とするかは、当業者が随意に行うことができる単なる設計上の事項というべきであり、審決のこの旨の判断は相当である。

そして、本願発明の作用効果は、一体片が硬貨の運動エネルギの全部又は大部分を衝突時に硬貨中で消散させることによって、簡単で組立て容易な硬貨処理機構用エネルギ消散装置を構成することができ、最終的に硬貨の真贋を識別することであると解される。

他方、引用例発明の作用効果も、弾撥片が衝突した硬貨の運動エネルギの一部を硬貨中で消散させ、残部の硬貨の運動エネルギをはね返りに供し、もって簡単で組立て容易な硬貨処理機構用エネルギ消散装置を構成することができ、最終的に硬貨の真贋を識別するものである。

そうとすれば、両発明の作用効果に格別の相違はなく、本願発明に引用例発明に卓越するような顕著な作用効果を認めることはできず、審決の判断は相当である。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1について

審決が、引用例発明の「選別片3」を「硬貨試験装置」と認定し、これを前提として、引用例発明の「はね返り装置」を「該はね返り装置は硬貨通路の途中に設けられてそこに衝突した硬貨のはね返りを行って硬貨通路に沿った規制された動きで該硬貨試験装置へと硬貨を向けており」と認定したこと(審決書3頁10~13行)、引用例発明と本願発明との対比認定において、「該装置は硬貨通路の途中に設けられてそこに衝突した硬貨のはね返りに対処して硬貨通路に沿った規制された動きで該硬貨試験装置へと硬貨を向けて」いる点で一致し、「該装置が、本願発明は、はね返り防止装置であるのに対し、引用例記載の発明は、はね返り装置である構成の点で相違する」と認定したこと(同4頁15行~5頁6行)は、当事者間に争いがない。

原告は、審決の上記認定には、引用例における選別片3を「硬貨試験装置」という上位概念でとらえたうえ、両発明の固有の構成を捨象し、一体片と弾撥片という構成の一部のみを抽出して対比認定した誤りがあると主張する。

甲第4号証によれば、引用例には、特許請求の範囲に、「硬貨の落下方向に硬貨をはねかえす弾撥性材料で作られ〔た〕弾撥片をおき、その弾撥面に硬貨を当て、はねかえり落下させ、その落下方向に所定の弾性の硬貨〔を〕収容する選別板を設けてなる自動販売器に於ける硬貨選別装置。」との記載があり、その発明の詳細なる説明中に、図面に示す実施例に即して、「あらかじめ、選別片3を弾撥片1の弾撥面2に当って、はねかえり落下する硬貨の位置においてあるので、ここで、正常所定の弾性をもつ硬貨Cは、選別片3の折曲端7より、第1図右方に落下し、・・・これに反して、適格でない不正常な硬貨・・・は折曲端7の第1図の左方に落下し」(同号証1頁右欄3~10行)、「弾撥片1は、硬貨Aに比べ、硬度の高いもので形成され・・・ることは、・・・望ましいことである。」(同左欄23~28行)との記載があることが認められる。

これらの記載によれば、引用例の特許請求の範囲にいう「選別板」すなわち選別片3は、硬貨をその真贋によって左右に振り分ける機能を有するから、これが本願発明の特許請求の範囲に記載された「硬貨試験装置」の一部に相当することは明らかである。

しかしながら、引用例における上記記載によれば、選別片3の硬貨の選別は、弾撥片1の弾撥面に当たってはね返り落下する硬貨のはね返りの程度により、折曲端7を中心に、真正な硬貨を第1図の右側にある誘導部分6側に、不正常な硬貨を同図の左側にある誘導部分5側に振り分けるという機構をとるところ、上記硬貨の振り分けは、選別片3のみの機能によるものではなく、弾撥片1の弾撥面2との衝突によって生ずる硬貨のはね返りの程度に依存することが明らかであり、この意味において、弾撥片1は、それ自体が硬貨の選別に関与する硬貨試験装置の一部をも構成しているものと認められる。

そうすると、引用例には「投入された硬貨を硬貨の特性を試験する装置へと移動させるための硬貨通路の一部として構成されたはね返り装置を含む硬貨処理装置」(審決書3頁7~10行)が記載されているとし、引用例発明と本願発明との対比において、「両発明は、投入された硬貨を硬貨の特性を試験する装置へと移動させるための硬貨通路の一部として構成された装置・・・を含む硬貨処理装置であって」(同4頁12~15行)とする審決の認定において、引用例の弾撥片がそれ自体硬貨の選別に関与する硬貨試験装置の一部をも構成することを捨象して、それが単に「硬貨通路の一部として」の「はね返り装置」に止まるものであり、その機能がこれとは別個独立に機能する硬貨試験装置へ硬貨を移動するという点に尽きるとする前提に立っている点で、誤りであるといわなければならない。

そして、この対比認定における誤りは、次に述べるとおり、本願発明の一体片及び引用例発明の弾撥片の硬貨処理装置中における目的ないし機能の差異を看過する原因となっているものと認められる。

2  取消事由2について

そこで、進んで取消事由2の理由の有無を検討する。

(1)  同2の(1)について

審決が、相違点判断の前提として、引用例の「この弾撥片には変化なく、硬貨がひずんではね返る」との記載を、弾撥片にはひずみ又は変位が僅少な量しか生ぜず、硬貨が若干ひずみ、かつ、相当量はね返る意義に解したこと(審決書6頁6~10行)、また、「硬貨のはね返りエネルギ(運動エネルギ)及びひずみエネルギ(塑性変形エネルギ)等の総和は、エネルギ保存の法則により一定である以上、引用例記載の発明においてその一体片(弾撥片)の材質を変更して硬貨のはね返りを若干量とし、かつ、ひずみを相当量とすること・・は、当業者が硬貨の真贋を識別する必要に応じて随意に想到できる程度のこと」であると判断したこと(同6頁15行~7頁3行)は、当事者間に争いがなく、上記判断において、審決のいう「硬貨のひずみ」とは、塑性変形エネルギによる硬貨の塑性ひずみを指していることは、前後の説示から明らかである。

しかしながら、ひずみには、外力を除いた後はその形状が回復される弾性ひずみと、外力が除かれても形状が回復されない塑性ひずみとがあり、このうち、物体のはね返りの要因となるものが弾性ひずみであることは、当事者間に争いがなく、引用例(甲第4号証)の「硬貨をはねかえす弾撥性材料で作られ〔た〕弾撥片」(特許請求の範囲)、「1は弾撥片で硬貨をはねかえすことが出来る弾撥性のある材料で作られ」(同号証1頁左欄9~11行)、「弾撥片1は、硬貨Aに比べ、硬度の高いもので形成され、この弾撥片1に硬貨Aが、衝突したとき、この弾撥片1には変化なく、硬貨Aだけがひずんではねかえるという状態になることは、弾撥片1による硬貨Aのはねかえりが、なるべく硬貨Aの材質に直接的なことだけによって定められる必要があるために、望ましいことである。」(同左欄23~28行)との記載における弾撥片1は、投入されて衝突する硬貨に、硬貨の材質に応じたはね返りを与えるための構成として記載されていることが明らかであるから、「硬貨がひずんではねかえる」との記載は、弾撥片の弾撥力によって硬貨に相当量の弾性ひずみエネルギを残存させ、その弾性ひずみエネルギによって材質に応じたはね返りを行わせることを指しているものと解される。

そうすると、審決の相違点の判断は、引用例の硬貨におけるひずみを塑性ひずみと解釈した点で、その前提において誤りがあるものというべきである。

もっとも、審決の相違点判断における後段の説示は、硬貨に生ずる弾性ひずみ、塑性ひずみ及びその他のエネルギの総和が一定であり、このうち、塑性ひずみを多くし、弾性ひずみを少なくすることによって、硬貨のはね返りを若干量とすることができるとの、硬貨のはね返りの一般論を指摘する限度においては相当である。

(2)  同(2)、(3)について

審決が相違点の判断において、本願発明と引用例発明とは、該装置がはね返り防止装置かはね返り装置かという称呼が正反対で、硬貨のはね返り量(弾性ひずみ)と塑性ひずみ量とに差があるものの、本質的に差はないとし、引用例における弾撥片の材質を変更して硬貨のはね返り(弾性ひずみ)を若干量とし、かつ、ひずみ(塑性ひずみ)を相当量とすること、すなわち、本願発明のように構成することは、当業者が随意に想到できる程度のことであると判断したこと(審決書6頁11行~7頁3行)は、当事者間に争いがない。

しかしながら、上記(1)に認定のとおり、引用例には、弾撥片を弾撥性があり、硬貨に比べて硬度の高いもので構成することによって、硬貨の材質硬度に応じたはね返りを生じさせ、これとはね返った硬貨の落下方向に設けられた選別板とにより、そのはね返り量の相違に応じて硬貨の真贋を識別する硬貨選別装置が記載されており、その技術思想は、真正な硬貨には所定量のはね返りを生じさせること、すなわち積極的に弾性ひずみを相当量生じさせ、これを相当量はね返らせて硬貨の真贋識別に利用する点に特徴を有するものである。

一方、本願発明の要旨が前示第2の2のとおりであることは当事者間に争いがなく、この記載と、本願明細書(甲第2、第3号証)の「本発明は硬化(硬貨の誤記と認める。)の運動エネルギの一部またはほぼ全部を消散させるように成した硬貨処理機構に係わる。」(甲第2号証2欄3~5行)、「一般に、硬貨処理機構の効率は硬貨をいかに迅速に処理できるかにかかつている。従つて、比較的高速度で硬貨が機構内を移動できることが望ましい。しかし、硬貨速度が増大すると硬貨の運動エネルギがそれだけ大きくなり、振動及びバウンドを伴なわずに硬貨の移動方向を変えることが一層困難になる。」(同2欄25~31行)、「処理すべき硬貨は直径、厚さ、質量、弾性などに於いて著しく異なるが、エネルギ消散装置(少なくともすべての硬貨が辿る通路部分に沿つて設けたエネルギ消散装置)は処理すべきすべての硬貨の運動エネルギを有効に消散させなければならない。」(同2欄35行~3欄3行)、「本発明は内部に硬貨通路を限定する手段を含み、前記手段が前記通路沿いに移動する硬貨と衝突し且つ通路の方向を変えるように配置した少なくとも1個のエネルギ消散装置を含み、該エネルギ消散装置が2700kg/mm2ビツカース硬度または9モース硬度を有する材料で形成した一体片から成ることを特徴とする硬貨処理機構を提供するものである。・・・焼結酸化アルミニウムはいかなる硬貨よりも硬いから・・・硬貨の運動エネルギは大部分が硬貨中で消散されると考えられる。即ち、本発明は、内部を移動する硬貨の運動エネルギの一部または殆ど全部を有効に消散させる簡単な、而も低いコストで組立てることのできる硬貨処理機構用エネルギ消散装置を提供するものであり」(同3欄24~42行)、「本発明におけるエネルギー消散の原理は衝突時に硬貨の運動エネルギーが硬管中(「硬貨中」の誤記と認める。)で消散されるというものである。従つて受容硬貨のいずれよりも硬い材質であればそれがエネルギー消散装置の材料として利用し得ることは理解されよう。」(同6欄13~17行)との各記載によれば、本願発明は、硬貨処理装置によって受容される最も硬い硬貨よりも硬度の大きい一体片を硬貨通路の途中に設け、投入された硬貨とこの一体片との衝突時に一体片の衝突面には変位を生じさせず、硬貨の運動エネルギの一部又はほとんど全部を硬貨中で消散させてはね返りを防止し、もって硬貨の運動エネルギを少なくして、硬貨処理装置中の硬貨の移動速度を早めることをその技術思想とするものであることが明らかである。

そして、甲第5ないし同第7号証によれば、硬貨中で硬貨の運動エネルギを消散させるメカニズムは、硬貨通路の衝突箇所に堅固に取付られた硬度の高い材質からなる一体片との衝突によって、硬貨の縁がわずかではあるが永久変形されるという事実に基づいており、このことは、硬度の高い一体片との衝突によって、硬貨に永久変形すなわち塑性ひずみを生じさせることと同義であるから、本願発明は、一体片との衝突による硬貨の塑性ひずみを大きくして弾性ひずみを少なくするという発想に立脚するものであり、特許請求の範囲に記載された「該はね返り装置は、該硬貨処理装置により受容される最も硬い硬貨よりも実質的に大きい硬度の一体片であって硬貨の該一体片への衝突によっても該一体片の衝突面に変位を生じないようなものである」との一体片の性状の規定は、上記硬貨に塑性ひずみを大きくするための必須の構成であると認められる。

そして、上記1のとおり、引用例における弾撥片がそれ自体も硬貨選別機能を有する硬貨試験装置の一部を構成しているのに対し、本願発明の一体片は、上記のとおり、硬貨通路の途中に設けられており、別に存在する硬貨試験装置へと硬貨を向けるための機能しか有していないことも明らかである。

以上の対比からすると、本願発明の一体片と、引用例発明の弾撥片は、ともに硬貨処理装置により受容される最も硬い硬貨よりも実質的に大きい硬度の材質で形成されている点で共通するが、上記のとおり、硬貨処理装置において占める役割、機能ひいては技術思想が全く異なるものであり、したがって、当業者が引用例における弾撥片からこれと技術思想を異にする本願発明における一体片の構成を想到することは困難であるのみならず、はね返りに係る前記一般論から、引用例における弾撥片の材質を変更する等の方法によって、これと技術思想を異にする本願発明を想到することも容易になしうることとは認められない。

そして、本願発明は、上記のような構成によって、従来の比較的軟質の弾性材クッションに比較的硬質の硬貨衝突板を取付けて成る複合構造のエネルギ消散装置(甲第2号証3欄4~10行)に比べ、硬貨の運動エネルギを有効に消散させる簡単な、しかも低コストで組み立て可能な装置を提供できる(同3欄35~40行)という効果を奏するものと認められる。

原告の審決取消事由2の主張は理由がある。

3  以上のとおり、審決は、本願発明と引用例発明との一致点の認定を誤った結果、本願発明の容易想到性判断を誤ったものというほかなく、その誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかである。

よって、原告の本訴請求を理由があるものとして認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 三代川俊一郎)

平成1年審判第2694号

審決

アメリカ合衆国、バージニア州、マクリーン、オールド メドウ ロード 1651、ウエストゲート バーク

請求人 マース、インコーポレイテッド

東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル602号室

代理人弁理士 岡部正夫

東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル602号室

代理人弁理士 安井幸一

東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル602号室

代理人弁理士 井上義雄

昭和49年特許願第133741号「硬貨処理機構」拒絶査定に対する審判事件(昭和59年4月28日出願公告、特公昭59-18756)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、西暦1973年11月22日にイギリス国にされた特許出願第54318/73号に基づくパリ条約第4条の規定による優先権を主張した昭和49年11月22日の出願であつて、その発明の要旨は、出願公告後に昭和63年2月23日付手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載された

「投入された硬貨を硬貨の特性を試験する装置へと移動させるための硬貨通路の一部として構成されたはね返り防止装置を含む硬貨処理装置であつて、

該はね返り防止装置は硬貨通路の途中に設けられてそこに衝突した硬貨のはね返りを防止して硬貨通路に沿つた規制された動きで該硬貨試験装置へと硬貨を向けており、そして

該はね返り防止装置は、該硬貨処理装置により受容される最も硬い硬貨よりも実質的に大きい硬度の一体片であつて硬貨の該一体片への衝突によつても該一体片の衝突面に変位が生じないようなものである硬貨処理装置。」

である。

これに対して、原査定の拒絶理由に引用され、本願発明の優先権主張日前に日本国内において頒布された刊行物の特公昭35-9261号公報(以下「引用例」という。)には、投入された硬貨を硬貨の特性を試験する装置へと移動させるための硬貨通路の一部として構成されたはね返り装置を含む硬貨処理装置であつて、該はね返り装置は硬貨通路の途中に設けられてそこに衝突した硬貨のはね返りを行つて硬貨通路に沿つた規制された動きで該硬貨試験装置へと硬貨を向けており、そして該はね返り装置は、該硬貨処理装置により受容される最も硬い硬貨よりも実質的に大きい硬度の一体片であつて硬貨の該一体片への衝突によつても該一体片の衝突面に変位が僅少な量しか生じないようなものである硬貨処理装置が、記載され、また、第1頁左側の発明の詳細なる説明の欄の第4行ないし第7行に「1は弾撥片で硬貨をはねかえすことが出来る弾撥性のある材料で作られ(ここでは、軟鋼で作られている)自動販売器に投入された硬貨Aの通路にその弾撥面2を向け固定される。」(以下「第1箇所」という。)が、同欄の第18行ないし第21行に「弾撥片1は、硬貨Aに比べ、硬度の高いもので形成され、この弾撥片1に硬貨Aが、衝突したとき、この弾撥片1には変化なく、硬貨Aだけがひずんではねかえるという状態になる」(以下「第2箇所」という。)が、それぞれ記載されている。

そこで、本願発明を引用例記載の発明と比較すると、両発明は、投入された硬貨を硬貨の特性を試験する装置へと移動させるための硬貨通路の一部として構成された装置(以下「該装置」という。)を含む硬貨処理装置であつて、該装置は硬貨通路の途中に設けられてそこに衝突した硬貨のはね返りに対処して硬貨通路に沿つた規制された動きで談硬貨試験装置へと硬貨を向けており、そして該装置は、該硬貨処理装置により受容される最も硬い硬貨よりも実質的に大きい硬度の一体片であつて硬貨の該一体片への衝突によつても該一体片の衝突面に変位が生じないか又は僅少な量しか生じないようなものである硬貨処理装置の構成の点で一致し、該装置が、本願発明は、はね返り防止装置であるのに対し、引用例記載の発明は、はね返り装置である構成の点で相違する。

この相違点を検討すると、まず、本願発明については、はね返り防止装置といつても、硬貨が若干量はね返り、かつ、相当量ひずむことは、当業者にとつて力学上自明の事項というべきであり、また、本願明細書第5頁第9行ないし第12行(公告公報第2頁第3欄第34行ないし第37行)、昭和57年8月27日付意見書第2頁第12行ないし第17行及び同書添付実験データ並びに昭和58年12月23日付意見書添付実験データに記載されているように請求人が自認するところである。

次に、引用例記載の発明については、はね返り装置といつても、第1箇所には、弾撥片(一体片)1は硬貨をはね返すことができる弾撥性のある材料で作られている旨記載されているものの、第2箇所には、弾撥片(一体片)1は、硬貨に比べ、硬度の高いもので形成され、この弾撥片に硬貨が、衝突したとき、この弾撥片には変化なく、硬貨だけがひずんではね返る旨記載されており、ここにいう「この弾撥片には変化なく、硬貨がひずんではね返る」とは、この弾撥片にはひずみ又は変位が僅少な量しか生ぜず、硬貨が若干量ひずみ、かつ、相当量はね返る意義に解せることは、当業者にとつて力学上自明の事項というべきである。

そうとすれば、本願発明と引用例記載の発明とは、該装置がはね返り防止装置かはね返り装置かという称呼が正反対で、硬貨のはね返り量とひずみ量とに差があるものの、両発明の間には本質的な差がなく、硬貨のはね返りエネルギ(運動エネルギ)及びひずみエネルギ(塑性変形エネルギ)等の総和は、エネルギ保存の法則により一定である以上、引用例記載の発明においてその一体片(弾撥片)の材質を変更して硬貨のはね返りを若干量とし、かつ、ひずみを相当量とすること、すなわち、本願発明のように構成することは、当業者が硬貨の真贋を識別する必要に応じて随意に想到できる程度のことというべきである。

なお、いうまでもなく、はね返り防止装置の一体片の具体的な材質と硬貨の具体的な材質との組み合わせは、本願発明の要旨でないことを付言する。

したがつて、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よつて、結論のとおり審決する。

平成1年11月2日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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