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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)125号 判決 1991年6月11日

東京都港区南青山二丁目一番一号

原告

本田技研工業株式会社

右代表者代表取締役

久米是志

右訴訟代理人弁理士

佐藤辰彦

島井清

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

植松敏

右指定代理人通商産業技官

松田一弘

佐々木征四郎

今井健

同通商産業事務官

高野清

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者が求める裁判

一  原告

「特許庁が昭和六二年審判第二〇八六八号事件について平成二年三月一日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  原告の請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五六年六月四日、名称を「走行経路表示装置」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和五六年特許願第八六一三五号)をし、昭和六〇年一一月五日特許出願公告(昭和六〇年特許出願公告第四九九一六号)されたが、特許異議の申立てがあり、昭和六二年九月一七日、特許異議の申立ては理由がある旨の決定と共に、拒絶査定がなされたので、同年一一月二五日査定不服の審判を請求し、昭和六二年審判第二〇八六八号事件として審理された結果、平成二年三月一日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年五月九日原告に送達された。

二  本願発明の要旨(別紙図面A参照)

移動体の走行距離を検出する距離検出器の出力と、その走行に伴う方向を検出する方向検出器の出力とに基づいて、信号処理装置により移動体の単位走行距離ごとの二次元座標上の位置を演算によつて求め、

その求められた刻々変化する位置のデータを逐次記憶させながら、移動体の連続的な走行軌跡を画面上に表示させるものにおいて、

移動体のイグニツシヨンスイツチの開放状態を検出し、その検出時に予め設定された時間だけ通電指令を出力するとともに、短時間の警報指令を発する電源制御回路と、

その警報指令によつて報知器を動作させるとともに、イグニツシヨンスイツチの開放時に前記通電指令によつて前記信号処理装置への通電状態な自己保持させ、バワースイツチの開放によつてその自己保持を解除できる電源回路とを設けたこと

を特徽とする、走行経路表示装置

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  これに対し、昭和五三年実用新案登録願第一四九二二六号の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイタロフイルム(以下、「引用例1」という。別紙図面B参照)には、「マイクロコンピユータを具備せしめた車両の電源装置」に関する考案が開示されており、車両に搭載したマイクロコンピユータの電源の遮断をイグニツシヨンスイツチのオフ動作に連動させると、イグニツシヨンスイツチのオフ動作によりマイクロコンピユータの記憶が解消されてしまう不都合があること、そのような不都合は、イグニツシヨンスイツチのオフ検出後、予め設定された時間だけマイクロコンピユータへの通電状態を保持するように構成した電源回路を備えることによつて解決可能であることが記載されている。

3  また、昭和五五年特許出願公開第一五九二九九号公報(以下、「引用例2」という。別紙図面C参照)には、「車両の走行距離に対応した信号を導出する走行距離センサーと、車両の走行方向を検出する方向センサーと、上記走行距離センサー及び方向センサーの導出信号を入力して車両の各走行方向毎における走行距離を積算しかつ車両の走行位置に対応する平面座標の位置信号を順次導出する制御回路と、上記位置信号に基づき車両の走行位置を順次道路地図上に指示する表示器とを具備したことを特徽とする軍両の走行位置表示装置」

が開示されている。そして、発明の詳細な説明において、表示装置は、車両が単位距離(1km)走行するごとに、二次元座標上の車両の位置をアツプダウンカウンター等で構成されるCPUにより演算し、螢光表示管上に表示するものであること、この表示のためにメモリ18及びスキヤン回路21が具備されること、螢光表示管に代えてブラウン管を使用し、運行軌跡を表示することも可能であることが記載されている。なお、図面には、表示装置の画面上に車両の運行軌跡を一連のドツトにより表示した例が示されている。

4  本願発明と引用例2記載の発明を対比すると、本願発明の「移動体、距離検出器、方向検出器、信号処理装置」が、それぞれ、引用例2記載の「車両、走行距離センサー、方向センサー、制御回路」に相当することは明らかである。したがつて、両発明は、

「移動体(車両)の走行距離及び方位を、距離検出器(走行距離センサー)及び方向険出器(方向センサー)により検出し、これらの検出出力を信号処理装置(制御回路)を用いて演算処理することによつて、該移動体の単位走行距離ごとの二次元座標上の位置を求め、求められた位置のデータを逐次記憶させながら、移動体の走行軌跡を画面上に表示するもの」

である点において一致し、左記の三点において相違する。

<1> 本願発明が、イグニツシヨンスイツチの開放状態を検出し、その検出時に予め設定された時間だけ通電指令を出力し、この指令により信号処理装置への通電状態を自己保持させる電源回路を備えているのに対し、引用例2記載の発明は、そのような回路を備えていない点

<2> 本願発明が、イダニツシヨンスイツチの開放時における信号処理装置の通電状態の自己保持を、電源回路に設けたパワースイツチにより解除できるように構成されているのに対し、引用例2記載の発明は、そのような構成を備えていない点

<3> 本願発明が、イグニツシヨンスイツチの開放検出時に電源制御回路から短時間の警報指令を発し、この指令によつて報知器を動作するのに対し、引用例2記載の発明は、そのような構成ないし機能を有していない点

5  各相違点について検討する。

<1> 引用例2記載の車両走行位置表示装置は、演算あるいは記憶保持等のためのCPUを備えているから、該装置が車両搭載マイクロコンピユータ機器の一種であることは明らかである。

ところで、引用例1には、前記のように、車両に搭載したマイクロコンピユータ機器の電源の遮断をイグニツシヨンスイツチのオフ動作に連動させると、イグニツシヨンスイツチのオフ動作によりマイクロコンピユータの記憶が解消されてしまう不都合があること、そのような不都合は、イグニツシヨンスイツチのオフ後、予め設定された時間だけマイクロコンピユータへの通電状態を保持するように構成した電源回路を備えることによつて解決可能であることが記載されているのであるから、車両搭載マイクロコンピユータ機器の一種である引用例2記載の車両走行位置表示装置に、引用例1記載の電源回路を適用することは、当業者ならば容易に想到し得た事項である。そして、それによつて奏される効果も、当業者が容易に予測し得た範囲を越えるものではない。

<2> 車両搭載の電気装置類は容量が限られたジエネレータ及びバツテリを電源とするので、イグニツシヨンキーのオフ時はもとより、ジエネレータの回転時においても、無駄な電力の消費を排除して消費電力を極力低減すべきことは、車両分野における技術課題として本件出願前に周知の事項である。そのため、車両の走行に不可欠で走行時には必ずオン状態でなければならぬもの(例えば、スビードメータ、油圧警報装置)を除いて、車両搭載電気装置類にはイグニツシヨンスイツチとは別個に、電源回路にパワースイツチを設けるのが通例である。

ところで、引用例2記載の走行位置表示装置は、運転者が地理不案内な場合にのみ有用であつて、車両の走行に不可欠のものに該当しないことは明らかである。したがつて、その装置の電源回路に、通例どおりパワースイツチを設けることに想到するのに、当業者が格別の創意を要したということはできない。

もつとも、本願発明は、パワースイツチの開放による給電停止範囲に「イグニツシヨンスイツチの開放時における信号処理装置の通電状態の自己保持」を含める旨が規定されている。しかしながら、パワースイツチの開放による給電停止範囲に「信号処理装置の通電状態の自己保持」をも含めるか否かは、単なる二者択一の問題であるのみならず、「信号処理装置の通電状態の自己保持」を含めないとすることは、前記のように周知の技術課題に反する結果になることは明らかである。したがつて、本願発明のような選択を行うことは、当業者が格別の困難もなく行い得た事項である。

<3> 各種の電気装置に対しスイツチ類のオン・オフに関する警報を発する報知器を設置することは、スイツチの切り忘れ等による無駄な電力消費の防止などを図るための技術手段として、本件出願前の周知技術である。そして、前記のとおり、車両搭載の電気装置類による無駄な電力の消費を排除して電力消費を極力低減すべきことは、車両分野における周知の技術課題である。

ところで、本願発明がイグニツシヨンスイツチの開放検出時に報知器を動作させる構成を採用したのは、「メインスイツチの切り忘れによる不必要な電源消費を防止させる」(手続補正書第八頁第八行及び第九行)ためである。そうすると、相違点<3>に係る本願発明の構成は、前記のとおり周知の技術課題を解決するために、単に周知技術を採用したにすぎず、当業者が格別の創意を要したとはいうことはできない。

なお、報知器を動作させるために、電源制御回路から短時間の警報指令を発するように構成した点は単なる設計事項であつて、それによつて何ら格別の効果が奏されるものでもない。

6  以上のとおり、本願発明は、引用例1及び引用例2記載の技術的事項並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により、特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

引用例2に審決認定の技術的事項が記載されており、本願発明と引用例2記載の発明が審決認定の相違点を有することは、争わない。

しかしながら、審決は、本願発明と引用例2記載の発明の一致点の認定、及び、相違点の判断を誤つた結果、本願発明の進歩性を誤つて否定したものであつて、違法であるから取り消されるべきである。

1  一致点の認定の誤り

審決は、本願発明と引用例2記載の発明は求められた位置のデータを逐次記憶させる点において一致する、と認定している。

しかしながら、引用例2には、第三頁左下欄第一六行ないし右下欄初行に、第一及び第二の出力端子7f及び7gからアツプ及びダウンの行信号並びに列信号が導出され順次メモリー18に記憶されることが記載されているのみである。したがつて、引用例2記載の発明においては、導出される行信号及び列信号は、その都度メモリー18に記憶されその都度読み出されて表示器に表示される(すなわち、新たな行信号及び列信号が導出されれば、メモリー18の記憶はその都度更新され、表示器も新たな行信号及び列信号に応じた表示をする)ことが順次に繰り返されるものと解さざるを得ない(ただし、表示器22の螢光表示管の点灯がCPU24の制御によつて保持されるので、走行軌跡の表示が可能となるのである。)。

要するに、引用例2記載のメモリー18には、前記列信号と行信号とを受けた螢光表示管の点灯する車両の現在位置の情報のみが順次に記憶されるのであるから、「求められた刻々変化する位置のデータを逐次記憶」する本願発明の構成と一致しないことは、明らかである。

この点について、被告は、引用例2記載の装置は運行開始位置から現在位置までの全運行軌跡を表示し得るのであるから、引用例2記載のメモリー18が車両の刻々変化する位置のデータを逐次記憶するものであることは明らかである、と主張する。

しかしながら、引用例2は、メモリー18にどのようなデータが記憶されるのか、及び、表示器が位置信号に基づき車両の走行位置を順次道路地図上に指示することとメモリー18の記憶データがどのように関連するのかについて明示するところがなく、少なくとも、引用例2記載のメモリー18が運行開始位置から現在位置までの軌跡のすべてを記憶するものであると認定する根拠は、不十分といわざるを得ない。

2  相違点<1>の判断の誤り

審決は、相違点<1>について、引用例2記載の車両走行表示装置に引用例1記載の電源回路を適用することは当業者が容易に想到し得ることであり、これによつて奏する効果は、当業者が容易に予測し得た範囲を越えない、と判断している。

しかしながら、相違点<1>に係る構成によつて、本願発明は、走行途中で一時駐車のためイグニツシヨンスイツチを開放すると、電源回路は信号処理装置に一定時間通電してその記憶データを保持し、その一定時間内に再びイグニツシヨンスイツチを閉成して自動車の走行を再開したとき、それまで信号処理装置に記憶保持されていた走行軌跡のデータに基づいて直ちに表示装置に正確な走行経路表示を継続して行わせることができるという効果を奏する。

これに対し、引用例2記載のメモリー18は、前記のとおり列信号と行信号とを受けた螢光表示管の点灯する車両の現在位置の情報のみを順次記憶するだけであるから、表示装置の表示を停止すると、車両の現在位置を表示できるだけで、走行軌跡のデータによる走行経路表示を継続して行うことができない。

したがつて、引用例2記載の車両走行装置に、引用例1記載の電源回路を適用しても、本願発明の奏する前記効果を奏することができないから、相違点<1>に関する審決の右判断は、誤りである。

3  相違点<2>の判断の誤り

審決は、車両の走行に不可欠でない部材の電源回路にイグニツシヨンスイツチとは別個にパワースイツチを設けることは通例であり、引用例2記載の走行位置表示装置の電源回路に通例のパワースイツチを設けることは当業者が格別創意を要しない、と説示している。

しかしながら、本願発明のパワースイツチは、自己保持回路に設けられ、走行位置表示装置の使用時には閉成されているが、イグニツシヨンスイツチを一時駐車のため開放した後再走行のため閉成すると、その際パワースイツチが開放されていても、信号処理装置への給電が行われ、走行位置表示装置が始動するから、再走行と同時に走行位置表示装置を作動させることができる。

これに対し、通例のパワースイツチは、これを本願発明に当てはめると、走行位置表示装置全体の給電を停止するものであるから、イグニツシヨンスイツチを閉成しても、パワースイツチを閉成しない限り、信号処理装置への給電を行うことができず、走行位置表示装置の再始動には、パワースイツチを再度閉成しなければならない。

したがつて、本願発明のパワースイツチを設けた構成と、通例のパワースイツチを設けた構成とでは、使用再開の際の給電の効果を異にするから、イグニツシヨンスイツチと別個にパワースイツチを設けることが通例であつても、本願発明のようなパワースイツチを設けることは、当業者が容易に想到できるものではない。

したがつて、相違点<2>に関する審決の右判断は、娯りである。

この点について、被告は、本願発明はそのパワースイツチが原告主張のように作用することを要旨としていない、と主張する。しかしながら、本願発明の要旨によれば、車両の走行時には信号処理装置に対する通電指令が発せられず、したがつてリレー自己保持回路が保持されないのに、信号処理装置が作動することは明らかである。これは、イグニツシヨンスイツチが閉成されている以上、リレー自己保持回路の保持を解除するためのパワースイツチが閉成であろうと開放であろうと、信号処理装置が作動することを意味するから、原告の前記主張を発明の要旨に基づかないものということはできない。

4  相違点<3>の判断の誤り

審決は、本願発明がイグニツシヨンスイツチの開放検出時に報知器を動作させる構成を採用したのはメインスイツチの切り忘れによる不必要な電源の浪費を防止するという周知の技術的課題を解決するために周知の技術手段を採用したにすぎないから、当業者が格別の創意を要したとはいえない、と説示している。相違点<3>の判断に当たり、審決が認定した技術的課題及びこれを解決するための技術手段が本件出願当時周知であつたことは認める。

しかしながら、本願発明の報知器は、単に電源の浪費を防止する機能のみならず、運転者に対して、従前の走行に継続する走行経路表示を望むならば一定時間内にイダニツシヨンスイツチを閉成するように促す機能をも果たすものであり、単に周知の技術的課題を解決するために周知技術を採用したものでないから、相違点<3>に関する審決の右判断は誤りである。

この点について、被告は、一般に報知器の機能は書報の対象である装置の種別に即した適切な対応を促すことに尽きる、と主張する。しかしながら、本願発明の報知器に特有の機能は「予め設定された時間」内に適切な対応をするように促す点にあるから、これを一般の報知器の機能と同一視することは失当である。

第三  請求の原因の認否、及び、被告の主張

一  請求の原因一ないし三は、認める。

二  同四は争う。審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告が主張するような誤りはない。

1  一致点の認定について

原告は、引用例2記載のメモリー18には車両の現在位置の情報のみが順次に記憶されるのであるから、「求められた刻々変化する位置のデータを逐次記憶させ」る本願発明の構成と一致しない、と主張する。

しかしながら、引用例2にその実施例として「表示器22は、車両の運行位置に対応して表示管が順次点灯し、車両の運行軌跡を道路地図上に表示する。」(第三頁右下欄第二行ないし第四行)、「図において、表示器22は、運行開始位置Aから現在位置Bまで軌跡Cで車両運行したことを表示している。」(第三頁右下欄第七行ないし第九行)、あるいは、「CPU24にテレビデイスブレー装置を接続することによつて、車両の運行軌跡のブラウン管表示が可能である。」(第四頁左上欄第五行ないし第八行)と記載されているように、引用例2記載の装置は、運行開始位置から現在位置までの全運行軌跡を表示するものであつて、車両の現在位置しか表示し得ないのではない。そして、引用例2には「CPU24のプログラムによつて、車両の運行開始地点から現在地点までの距離及び運行時間の表示が可能であり」(第四頁左上欄第三行ないし第五行)と記載されており、引用例2記載のメモリー18が車両の運行開始位置から現在位置までの全情報を記憶していることに疑問の余地はない。

したがつて、本願発明と引用例2記載の発明は求められた位置のデータを逐次記憶させる点において一致するとした審決の認定に、誤りはない。

2  相違点<1>の判断について

原告は、たとえ引用例2記載の発明と引用例1記載の電源回路を組み合わせても、イグニツシヨンスイツチを閉成して自動車の走行を再開したとき従前の走行に継続する走行経路表示を行うことは不可能である、と主張する。

原告の右主張は、引用例2記載のメモリー18が車両の現在位置の情報のみを順次に記憶するものであることを前提としている。しかしながら、引用例2記載のメモリー18が車両の刻々変化する位置のデータを逐次記憶するものであることは前項記載のとおりであるから、原告の右主張は誤つた前提に立つものであつて、失当である。

3  相違点<2>の判断について

原告は、本願発明のパワースイツチは、それが開放されていても再走行のためイグニツシヨンスイツチを閉成にすると信号処理装置への給電が行われ走行位置表示装置が作動する点において、通例のパワースイツチの構成と異なる、と主張する。

しかしながら、本願発明はそのパワースイツチが原告主張のように作用することを要旨としていないから、原告の右主張は発明の要旨に基づかないものであつて失当である。のみならず、仮に本願発明のパワースィッチが原告主張のように作用するとすれば、運転者が地理に精通し、そのような装置の助けを必要としないときにも従前の走行に継続する走行経路表示が不可避的に行われることになり、実用上不都合なだけでなく、消費電力を極力低減するという周知の技術的課題に反するものとなる。

4  相違点<3>の判断について

原告は、本願発明の報知器は、運転者に対して従前の走行に継続する走行経路表示を望むならば一定時間内にイグニツシヨンスィッチを閉成するように促す機能をも果たすものであり、単に周知の技術的課題を解決するために周知技術を適用したものではない、と主張する。

しかしながら、本願発明の要旨のうち報知器に関わりがあるのは「電源制御回路の警報指令によつて報知器を動作させる」との点のみであるところ、周知技術としての報知器の機能は、警報の対象である装置の種別に即した適切な対応な促すものである。本願発明の報知器も、その動作を知つた運転者が、従前の走行に継続する走行経路表示を望むならば一定時間内にイグニツシヨンスイッチを閉成し、それを望まないならば直ちにパワースイツチを開放するなど、本願発明の装置に即した適切な対応をするというにすぎず、報知器の構成自体が特微を有するものではない。

そして、本願発明と同様なデータ通電保持機能を組み込んだ装置である引用例1記載の装置に前記周知の警報手段を適用した場合、警報を受けた運転者が右のように理解しこれに対応するであろうことは当業者ならば容易に予測できることであつて、本願発明と周知の警報器の機能に異なるところがなく、その効果も当業者が容易に予測し得る範囲のものにすぎない。

第四  証拠関係

証拠関係は本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、同目録をここに引用する。

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

一  成立に争いない甲第四号証中の特許願書添付の図面及び第五号証(昭和六二年一一月二五日付手続補正書)中の明細書(以下「補正明細書」という。)によれば、本願発明の目的、構成及び作用効果が左記のように記載されていることが明められる(別紙図画A参照)。

1  技術的課題(目的)

本願発明は、自動車などの現在位置、走行軌跡、進行方向などの走行状態を表示する、走行経路表示装置に関する(補正明細書第二頁第四行ないし第六行)。

不案内の地域などにおいて運転者に適切なガイダンスを行うため、運転席に予めセツトした道路地図上に現在位置を表示する装置は周知である。しかしながら、従来の走行経路表示装置は、パツテリ電源の投入・しや断の制御がイグニツシヨンスイツチの開閉に連動して行われるので、走行途中の一時駐車時にイグニツシヨンスイツチを切ると、それまで記憶されてきた走行軌跡のデータが消去されてしまう問題点があつた(第二頁第八行ないし第三頁第一一行)。

本願発明の技術的課題(目的)は、走行途中での一時駐車時にイグニツシヨンスイツチを切つたとき自動的にデータを一定時間自己保持して再スタート時に走行経路表示を継続して行うと共に、一定時間内に再スタートしないときはデータの自己保持を解除してバツテリの過放電を防止するような装置を創案することである(第三頁第一四行ないし第四頁第二行)。

2  構成

本願発明は、前記技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(第一頁第四行ないし第二頁初行)。

別紙図画Aを参照して本願発明の一実施例を説明する。

第1図はブロツク構成図、第2図は表示装置の表示形態図、第3図は電源回路の電気的配線図である。図において、1は方向検出器、2は距離検出器、3は信号処理装置、4は表示装置、5は操作スイッチ盤、6は電源回路、7は電源制御回路である(第一三頁第七行ないし第一四行)。

本願発明は、イグニツシヨンスイッチIG・SWの開放を検知して、予め設定された一定時間の通電指令を電源回路6に与える電源制御回路7の構成を備えている(第五頁第八行ないし第一一行)。

走行途中の一時駐車時にイグニツシヨンスイッチを切ると、それを検知した電源制御回路7は、信号処理装置3への通電を予め設定された一定時間(例えば、一時間)継続して行うべき通電指令を電源回路6に与える。それによつて、信号処理装置3が記憶データを一定時間保持すると共に、その旨の報知が警報器(ブザーなど)の短時間の作動によつて行われる(第七頁第一〇行ないし末行)。そして、予め設定された一定時間内に自動車の走行を再開させたとき、信号処理装置3が記憶保持している走行軌跡のデータに基づいて、直ちに、正確な走行経路表示が継続して行われる(第八頁初行ないし第五行)。

これを第3図によつて説明すると、イグニツシヨンスイッチIG・SWを切ると、トランジスタQ1から成る検出回路がこれを検出し、検出信号D(第八頁第一八行及び第一九行参照)を電源制御回路7に送る。これによつて、予め設定された時間の保持指令Hが出され、トランジスタQ2がオンして、リレーRLの自己保持回路が形成されるので、信号処理装置3への通電が継続する(同時に、短時間の警報指令Aが出され、トランジスタQ3がオンして、ブザーBZが作動する。)。そして、予定時間内にイグニツシヨンスイツチIG・SWが閉成されると、リレーRLが直接付勢され、バツテリ電源Eから信号処理装置3への通電が連続的に行われる。一方、予定時間内にイグニツシヨンスイツチIG・SWが閉成されないと、リレーRLの自己保持回路が開放され、信号処理装置3への通電が停止する(第九項第一九行ないし第一一頁第三行)。

なお、リレーRLの自己保持回路中にはパワースイツチSWが設けられているので(リレーRLの自己保持中は、パワースイッチSWは閉じられている。)、全走行を終了したときなど、もはや走行経路表示を必要としない場合は、パワースイッチSWを切ることによつてリレーRLが自己保持しないようにし、バッテリ電源Eの浪費を防止できる。そこで、イグニツシヨンスイッチIG・SWを切るとブザーBZが作動し、記憶データの一定時間保持の要否を確認してパワースイツチSWを開放させることを促す(第一一頁第四行ないし第一七行)。

3  作用効果

本願発明によれば、一時駐車後の再スタートに際し走行経路表示が更新されることがないので、一時駐車前の走行状態から継続した走行経路表示を行うことができるという利点がある(第一三頁第二行ないし第五行)。

二  本願発明と引用例2記載の発明の一致点の認定について

原告は、引用例2記載のメモリー18には車両の現在位置の情報のみが順次に記憶されるのであるから、「求められた刻々変化する位置のデータを逐次記憶」する本願発明の構成と一致しない、と主張する。

しかしながら、成立に争いない甲第三号証(引用例2。別紙図面C参照)によれば、引用例2にはその実施例の作用の説明として「表示器22は、車両の運行位置に対応して表示管が順次点灯し、車両の運行軌跡を道路地図上に表示する。」(第三頁右下欄第二行ないし第四行)、「図において、表示器22は、運行開始位置Aから現在位置Bまで軌跡Cで車両運行したことを表示している。」(第三頁右下欄第七行ないし第九行)、あるいは、「CPU24にテレビデイスプレー装置を接続することによつて、車両の運行軌跡のブラウン管表示が可能である。」(第四頁左上欄第五行ないし第八行)と記載されていることが認められる。これらの記載によれば、引用例2記載の装置は、運行開始位置から現在位置までの全運行軌跡を表示し得るものであつて車両の現在位置しか表示し得ないものではないと理解することができ、したがつて、そのメモリー18は、運行開始位置から現在位置までの全情報を記憶保持しているものと考えるのが相当である。このことは、前掲甲第三号証によれば、引用例2には「CPU24のプログラムによつて、車両の運行開始地点から現在地点までの距離及び運行時間の表示が可能であり」(第四頁左上欄第三行ないし第五行)と記載されていることも認められるが、そのためにはメモリー18が車両の運行開始位置から現在位置までの全情報を記憶保持していることが必要であることからも明らかであ

この点について、原告は、引用例2の「第一及び第二出力端子7f及び7gからアツプ及びダウンの列信号及びアツプ及びダウンの行指定信号が導出され、順次メモリー18に記憶される。」(第三頁左下欄第一六行ないし右下欄初行)との記載を論拠として、引用例2記載のメモリー18には各センサーから導出される行信号及び列信号がその都度記憶され、その都度読み出されることが順次に繰り返されるものと解される、と主張する。しかしながら、引用例2記載のメモリー18の作用をそのように特殊なものに限定して理解しなければならない技術的理由は何ら考えられず、引用例2記載の前記技術的事項に照しても引用例2記載のメモリー18の作用に関する原告の右主張は採用できない。

したがつて、本願発明と引用例2記載の発明は求められた位置のデータを逐次記憶させる点において一致する、とした審決の認定に誤りはない。

三  相違点<1>の判断について

原告は、引用例2記載の車両走行装置に、引用例1記載の電源回路を適用しても、走行の途中一時駐車のためイグニッシヨンスイッチを開放すると、電源回路は信号処理装置に一定時間通電してその記憶データを保持し、その一定時間内に再びイグニツシヨンスイツチを閉成して自動車の走行を再開したとき、それまで信号処理装置に記憶保持されていた走行軌跡のデータに基づいて直ちに表示装置に正確な走行経路表示を継続して行わせることができるという本願発明の効果を奏することができないから、相違点<1>に関する審決の判断は、誤りである、と主張する。

原告の右主張は、引用例2記載のメモリー18が車両の現在位置の情報のみを順次に記憶するものであることを前提としている。しかしながら、引用例2記載のメモリー18が車両の刻々変化する位置のデータを逐次記憶する(換言すれぱ、車両の運行開始位置から現在位置までの全情報を記憶する)ものと認めるべきことは前項記載のとおりであり、引用例2記載の装置に引用例1記載の電源回路を適用することにより、原告主張の本願発明と同様の効果を奏することは明らかであるから、原告の右主張は誤つた前提に立つものであつて失当である。

四  相違点<2>の判断について

原告は、本願発明のパワースイツチは、通例のパワースイツチと異なり、イグニツシヨンスイツチを一時駐車のため開放した後再走行のため閉成すると、その際パワースイツチが開放されていても、信号処理装置への給電が行われ、走行位置表示装置が始動するから、再走行と同時に走行位置表示装置を作動させることができるものであるから、イグニツシヨンスイツチと別個にパワースイツチを設けることが通例であつても、本願発明のようなパワースイツチを設けることは、当業者が容易に想到できるものではない、と主張する。

しかしながら、本願発明の要旨とする特許請求の範囲には、イグニツシヨンスイツチ及びパワースイツチについて、「イグニツシヨンスイツチの開放状態を検出(中略)する電源制御回路と、(中略)イグニツシヨンスイツチの開放時に前記通電指令によつて前記信号処理装置への通電状態を自己保持させ、パワースイツチの開放によつてその自己保持を解除できる電源回路とを設け」と記載されているのみであつて、イグニツシヨンスイツチを閉成した際パワースイツチが開放されていても、信号装置への給電が行われることは、本願発明の必須の構成要件とされていないことが明らかである。

したがつて、原告の右主張は、本願発明の要旨に基づかない主張であつて、このことを理由に本願発明のようなパワースイツチを設けることは当業者が容易に想到できるものではない、とする原告の主張は理由がない。

この点について、原告は、本願発明の要旨によればイグニツシヨンスイツチが閉成されている以上、パワースイツチが閉成であろうと開放であろうと信号処理装置が作動することが明らかであるから、原告の前記主張が発明の要旨に基づかないものということはできない、と主張する。しかしながら、本願発明の要旨からは、本願発明におけるパワースイツチが原告主張のように作用するとはいえないのみならず、仮にそのように作用するとすれば、運転者が走行経路表示を望まない場合であつても不可避的に走行経路表示が行われてしまうことになり、余りにも不合理であるから、原告の右主張は失当である。

五  相違点<3>の判断について

原告は、本願発明の報知器は運転者に対して従前の走行に継続する走行経路表示を望むならば一定時間内にイグニツシヨンスイツチを閉成にするように促す機能をも果たすものであり単に周知の技術的課題を解決するために周知の技術手段を採用したものでない、と主張する。

各種の電気装置に対しスイツチ類のオン・オフに関する書報を発する報知器を設置することは、スイツチの切り忘れ等による無駄な電力消費の防止などを図るための技術手段として、本件出願前周知であることは、当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない乙第一号証(昭和五五年特許出願公開第一二七八四〇号公報)、同第二号証(昭和五三年実用新案登録願第一三五四三四号の願書に添付された明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム)、同第三号証(昭和五二年特許出願公開第一三七八三三号公報)によれば、本件出願時、車両搭載電気装置類について、イグニツシヨンスイツチの開放検出時に、<1>集中制御装置、ランプ消し忘れ警報、熱線式流量計を作動させ、かつ所定期間これらの装置に対する電源の供給を保持するための装置、<2>電力を出力させるタイマーを作動させ、かつ負荷(ライト・ヒーター等)の消し忘れを防止するため負荷が駆動されている場合、これに対応した警報を発する報知器、<3>イダニツシヨンスイツチの開放後、計器灯等の消し忘れを防止するため消し忘れがあると、運転者に警告を与える報知器などが知られていたことが認められる。

右認定事実によれば、イグニツシヨンスイツチの開放検出時に車両搭載電気装置類にスイツチの点灯等の負荷がある場合無駄な電力消費の防止などを図るため運転者にこれを知らせ、その対象となつた装置の種類に応じて適切な対応を取らせることを促す報知器は、本件出願当時周知であるところ、前記一2認定のとおり、本願発明の報知器も、対象とする本願発明の装置の作用を理解している運転者に対して、従前の走行に継続する走行経路表示を望むならば「予め設定された時間」内にイグニツシヨンスイツチを閉成にするように、もしそれを望まないならば直ちにパワースイツチを開放するように促すとの効果をもたらすというにすぎず、報知器自体の構成に新規な点が含まれているのではないから、引用例1記載の装置に前紀周知技術を適用することにより、相違点<3>に関する本願発明と同一の構成を得ることは、当業者ならぱ容易に想到できる程度のことであり、これによつて右のような効果をもたらすことは当業者が予測し得る範囲にすぎない。

したがつて、原告の右主張も失当である。

六  以上のとおりであるから、本願発明は引用例1及び引用例2記載の技術的事項並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定判断は正当であつて、審決には原告が主張するような違法はない。

第三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)

別紙図面A

<省略>

別紙図面B

<省略>

別紙図面C

<省略>

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