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東京高等裁判所 平成2年(ネ)2159号 判決 1993年3月23日

控訴人

奥野博紀

椎名朱美

奥野克爾

参加人

奥野彰一

右四名訴訟代理人弁護士

阿部元晴

稲田耕一郎

右阿部元晴訴訟復代理人弁護士

椿幸雄

被控訴人

奥野悟朗

諸我時夫

右両名訴訟代理人弁護士

宮原守男

倉科直文

小松初男

主文

一  控訴人らの本件控訴及び当審における参加人の参加申立に基づく本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人ら及び参加人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  控訴人ら及び参加人と被控訴人奥野悟朗との間において、亡奥野雄三の遺産につき、亡奥野松代、参加人、控訴人ら及び被控訴人奥野悟朗が昭和六一年七月にした遺産分割の協議が無効であることを確認する。

3  控訴人ら及び参加人と被控訴人らとの間において、亡奥野雄三の昭和五六年四月四日付自筆証書遺言が無効であることを確認する。

4  被控訴人らは、控訴人らに対し、各自金二〇〇万円及びこれに対する平成元年七月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

6  第4項につき、仮執行宣言

二  参加申立に対する答弁

本件参加申立を却下する。

三  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

(遺産分割協議無効確認請求及び遺言無効確認請求)

1 奥野雄三(明治三一年五月三日生、以下「亡雄三」という。)は、昭和六一年一月一八日死亡した。

2 亡雄三の法定相続人は、その妻である亡奥野松代(明治三六年一〇月七日生、以下「亡松代」という。)並びにいずれもその嫡出子である参加人、控訴人奥野博紀(以下「控訴人博紀」という。)、控訴人椎名朱美(以下「控訴人朱美」という。)、控訴人奥野克爾(以下「被告人克爾」という。)及び被控訴人奥野悟朗(以下「被控訴人悟朗」という。)の六名であり、それ以外にはいなかった。

なお、亡松代は、昭和六一年一一月二九日死亡した。

3 亡雄三は、昭和五六年四月四日付遺言書(以下「本件遺言書」という。)により、次の(一)ないし(四)を要旨とする自筆証書遺言をした(以下「本件遺言」という。)

(一) 東京都大田区南馬込二丁目九一九番四号宅地289.13平方メートルについての借地権(以下「本件借地権」という。)は、被控訴人悟朗に相続させる。

(二) 預金、有価証券及び会社からの弔慰金等の金員は、法定相続分どおり各相続人に相続させる。

(三) 書画、骨董類は、亡松代に相続させる。

(四) 被控訴人諸我時夫(以下「被控訴人諸我」という。)を遺言執行者に指定する。

4 亡松代、参加人、控訴人ら及び被控訴人悟朗は、昭和六一年七月、亡雄三の遺産につき、次の(一)ないし(六)を要旨とする遺産分割等の協議をした(以下「本件協議」という。)。

(一) 本件借地権及び電話加入権は、被控訴人悟朗が取得する。

(二) 預金、有価証券及び会社からの弔慰金等の金員は、法定相続分に従って各相続人が取得する。

(三) 家具、調度一式は、亡松代が取得する。

(四) 書画、骨董類については別途協議する。

(五) 被控訴人悟朗は、代償金として、参加人、控訴人博紀及び控訴人克爾に対して、それぞれ三一二万二九八九円を、控訴人朱美に対して二五二万二九八九円を支払う。

(六) 被控訴人悟朗は、亡松代を扶養する。

5 しかし、本件協議は次の理由により、無効である。

(一) 参加人及び控訴人らは、本件協議をする際、本件遺言が6記載の理由により無効であるにもかかわらず、これを有効なものであると誤信したため、おおむね本件遺言の趣旨に則った本件協議の意思表示をしたものであり、本件遺言が無効であると知っていたならば、本件協議をしなかったから、参加人及び控訴人らのした本件協議の意思表示には要素の錯誤があり無効である。

(二) 本件協議は、本件遺言が有効であることを前提に、被控訴人悟朗が本件借地権を相続することによって侵害される参加人及び控訴人らの遺留分に代わる弁償金(それも、時価を基準に計算した金額に比べ低額である。)を定めたものであり、本件遺言が無効である以上、当然に無効である。

なお、本件協議の締結にあたっては、亡松代の生前にはその財産を処分しない旨合意されていたにもかかわらず、被控訴人悟朗は、亡松代が病に倒れるや否や亡松代名義の本件借地上の建物(以下「本件建物」という。)を自己の名義に変更し、親族間の信義を無視したものであり、この点でも、本件協議は無効である。

6 また、本件遺言も、次の理由により無効である。

(一) 亡雄三は、本件借地権及び本件建物を所有していたが、昭和五五年一月一八日、これらを亡松代に贈与したから、本件遺言は、亡雄三の財産でない本件借地権を遺産としている点で無効である。

(二) 本件遺言書は、昭和五八年以降に作成されたと見られるのに、それよりも約二年以上遡った昭和五六年四月四日が作成日として記載されている。亡雄三は、本件遺言書の作成日附を故意に遡らせたものであり、かつ、その真実の作成日は不明である。従って、本件遺言書は、作成日の記載がない遺言書と同視すべきであって、かかる遺言にあっては遺言者の真意が不明であるばかりでなく、遺言能力の有無、遺言間の優劣を判断するための基準となる日時すら特定できないため、遺言の要式性を定めた趣旨に反するというべきであるから、本件遺言は無効である。

7 被控訴人悟朗は、本件協議及び本件遺言が無効であるとの参加人及び控訴人らの主張を争っている。

よって、参加人及び控訴人らは、被控訴人悟朗との間で、本件協議及び本件遺言が無効であることの確認を求める。

(慰謝料請求)

8 被控訴人らは、本件遺言が前記6の理由により無効であることを知りながら、このことを秘して、控訴人らに対し、亡松代が疲労困憊しており、早期に決着しなければ殺人罪で訴えるなどの脅迫的言辞を用いて、本件協議の意思表示をするよう迫り、本件協議を成立させた。そのため、控訴人らは、本件訴訟を提起せざるをえず、多大な精神的苦痛を被った。控訴人らの右慰謝料としては、金二〇〇万円が相当である。

よって、控訴人らは、被控訴人ら各自に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料二〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成元年七月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本案前の抗弁

1  参加人は、被控訴人悟朗を相手方として、本件建物につき、建物所有権移転登記抹消登記請求訴訟を提起し(東京地方裁判所昭和六二年(ワ)第二〇九七号)、その請求の趣旨において、控訴の趣旨第2、第3項と同一の請求をしたが、平成元年一月三〇日、参加人の右請求を棄却する判決がされ、同判決は同年二月二七日確定した(以下「前訴確定判決」という。)。

参加人の当審における参加申立に基づく本件遺言及び本件協議の無効を求める訴えは、前訴確定判決と訴訟物が同一であって、同判決の既判力によりこれと異なる判断をすることはできず、民訴法一九九条一項に反し不適法であるから、本件遺言及び本件協議の無効を求める参加人の本件参加申立は不適法である。

2  亡雄三の共同相続人である亡松代、参加人、控訴人ら及び被控訴人悟朗の間においては、亡雄三の遺産につき本件協議が成立し、遺産分割を終えているのであるから、参加人及び控訴人らには、本件遺言が無効であることの確認を求める法律上の利益はなく、右遺言無効確認の訴えは不適法である。

三  本案前の抗弁に対する認否

1  本案前の抗弁1のうち、被控訴人ら主張のとおりの経過で前訴確定判決がなされ、これが確定したことは認め、その余は争う。

2  同2は争う。本件協議は無効であるから、遺産分割協議は終えていない。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の各事実は、いずれも認める。

2  請求原因5(一)、(二)の各事実はいずれも否認する。

亡雄三の相続人である控訴人ら、参加人及び被控訴人悟朗は、本件遺言の存在を認識しながらも、これに従うことなく、遺産の分割につき協議を行った結果、本件協議のとおり合意が成立したものである。本件借地権については、本件遺言どおり、被控訴人悟朗が相続する旨の合意が成立しているが、それは、本件遺言書に記載されているように、当時被控訴人悟朗が本件建物で亡松代と同居してその扶養に当たっており(参加人及び控訴人らはできない状況であった。)、相続人の誰もが本件借地権の細分化を防ぐためには被控訴人悟朗が本件借地権を相続するのが当然であると考えていたからである。このように、本件協議は、亡松代の同居扶養に関する前記事情を考慮に入れ、かつ、亡雄三の遺志に沿った分割を行うのが最も合理的な遺産分割の方法であるとの相続人全員の認識の下に自主的に行われた結果成立したものであった。このことは、本件借地権以外の遺産については、本件遺言の内容と相当異なる分割の方法が定められていることからも明らかである。従って、相続人において、本件協議に当たり本件遺言の法的有効性の有無を前提にしていたわけではないから、本件遺言が無効であるとしても、本件協議までが錯誤により無効となるものではない。

3  請求原因6(一)のうち、亡雄三が本件借地権及び本件建物を所有していたこと、亡雄三が昭和五五年一月一八日本件建物を亡松代に贈与したことは認め、その余は否認する。

同6(二)のうち、本件遺言書の作成日が昭和五六年四月四日と記載されていることは認め、その余は否認する。本件遺言の作成日附と亡雄三が実際に右遺言書を作成した日とが異なるとしても、それは単なる誤記か勘違いによるものである。

また、遺言書に作成日附の記載が要求されている理由は、遺言者の遺言能力の有無の判定や複数の遺言書間の先後関係の判定のためであるところ、亡雄三の遺言能力にはなんら問題はなく、かつ、本件遺言書以外に亡雄三の遺言書は存在しないのであるから、亡雄三が実際に本件遺言書を作成した日が同遺言書記載の日附と異なるとしても、それによって本件遺言が無効となるものではない。

4  請求原因7の事実は認める。

5  請求原因8の事実は否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

第一本件協議無効確認請求について

一本件参加申立の適法性

参加人は、当審において、民訴法七五条に基づき、控訴人らの共同訴訟人として本件参加申立をし、本件協議の無効確認を求めているところ、被控訴人らは右参加申立の適法性を争うので、まずこの点について判断する。

1  相続人全員が参加してなされた遺産分割の協議につき、共同相続人の一部の者が他の共同相続人を相手方として右協議の無効確認を求める訴えは、その協議が無効か否かによって遺産分割の対象となった遺産の帰属が左右される結果、遺産についての相続人全員の権利義務に影響を及ぼし、しかも、その解決が訴えの当事者によって区々となることは解決として無意味であるから、分割協議の当事者である相続人全員について一挙一律に解決されるべき訴えであり、訴訟の目的が相続人全員につき合一にのみ確定すべき必要的共同訴訟に該当する。従って、相続人全員が原告又は被告として共同訴訟人とならねばならず、共同訴訟人となるべき相続人が脱落しているときは、脱落している相続人は民訴法七五条により共同訴訟人として参加することができるものと解すべきである。本件協議無効確認請求にかかる訴えは、遺産分割の協議に参加した亡雄三の共同相続人のうち参加人を訴訟当事者に加えることなく提起されたものであるところ、参加人は、当審において、控訴人らと共同訴訟人となって同条に基づき本件参加申立をしたことは、記録上明らかであるから、右申立は不適法ということはできない。

2  参加人が、被控訴人悟朗を相手方として、本件建物につき、建物所有権移転登記抹消登記請求訴訟を提起し、本件協議の無効確認を求めたが、参加人敗訴の判決がなされ、同判決が確定したことは、当事者間に争いがないところ、被控訴人らは、参加人と被控訴人悟朗との間には、右前訴確定判決が存在するから、本件参加申立は既判力に抵触し不適法であると主張する。しかし、既判力をもってその存否が確定された権利関係については、既判力の及ぶ当事者間の訴訟において、既判力と異なる判断をすることができないため、参加人は、敗訴した前訴確定判決の既判力と異なる主張をすることができないというにすぎず、前訴確定判決の存在によって本件参加申立が不適法となるものではないから、被控訴人らの右主張は失当というべきである。

二本件協議の効力

1  参加人と被控訴人悟朗との間には、参加人の本件協議無効確認請求を棄却した前訴確定判決が存在することは、前記認定のとおりである。そうすると、参加人の参加申立に基づく本件協議無効確認請求は、前訴確定判決と訴訟物が同一でその既判力が及び、これと異なる判断をすることができないから、参加人の右請求は理由がない。

2  請求原因1ないし4の各事実は、いずれも当時者間に争いがなく、右当事者間に争いがない事実と、<書証番号略>、原審及び当審における控訴人博紀本人尋問の結果、当審における控訴人克爾及び被控訴人悟朗の各本人尋問の結果によれば、本件協議が成立した経緯等につき以下の事実が認められる。

(一) 亡雄三が死亡した後、昭和六一年三月ころから、参加人、控訴人ら及び被控訴人悟朗の間で亡雄三の遺産の分割のための協議が始められたが、本件遺言に沿った相続を主張する被控訴人悟朗と、法定相続分による遺産の分割を主張する参加人及び控訴人らとの間に対立が生じた。しかし、被控訴人悟朗は直ちに本件遺言を執行しようとまではせず、話し合いによる解決の方法を選んだ。

(二) 参加人及び控訴人らは、法定相続分を要求したものの、昭和五五年一月に母親である亡松代の住居を確保するため亡松代が亡雄三から贈与された本件建物に、被控訴人悟朗が亡雄三及び亡松代と長く同居してその面倒を見てきており、なによりも亡松代において被控訴人悟朗が引き続き扶養に当たることを希望したことから、参加人及び控訴人らは本件借地権を共同相続するという分割案を諦めざるを得ず、このため、被控訴人悟朗が本件遺言どおり本件借地権を相続することは協議の早い段階で決まった。

(三) 参加人及び控訴人らからは、本件借地権が遺産のうち大きな割合を占めるため、参加人及び控訴人らの遺留分が侵害されるということが強く主張され、この問題を解決する方策として、亡雄三によって遺言執行者として指定された被控訴人諸我から代償金の支払による解決策が提案され、それ以後相続人間における協議では、右の代償金の額をめぐって話し合いが重ねられた。しかし、右代償金の額につき、参加人及び控訴人らは時価を基準にして定めるよう要求したのに対し、被控訴人悟朗は路線価を基準に定めるよう要求し、数回の協議を経ても合意に至らなかった。その後は主に控訴人博紀と被控訴人悟朗との間で代償金の額を調整する交渉が行われたところ、このような難航振りを案じた亡松代から、自己の相続分は放棄してもよいから早い解決を望む旨の意向が参加人及び控訴人らに伝えられたため、昭和六一年七月ようやく合意に至り、本件協議が成立した。

(四) 本件協議では、被控訴人悟朗から参加人及び控訴人らに代償金を支払うことが合意されたが、その金額は、被控訴人悟朗の支払能力が第一に考慮されたものの、参加人、控訴人博紀及び控訴人克爾に対しては、路線価を基準にして算出した本件借地権の評価額三〇六五万〇四〇〇円の二〇分の一に当たる一五三万二五二〇円の二倍を超える三一二万二九八九円であり、控訴人朱美に対しては、二五二万二九八九円であり、控訴人悟朗において参加人及び控訴人らの要求を相当程度受け入れた金額である。

(五) 右協議の過程で、被控訴人悟朗は、被控訴人諸我から本件遺言書に記載された被控訴人諸我の住所が遺言書記載の日附のころのものではないと指摘されたことから、家庭裁判所に相談に赴いたが、係官から本件遺言が無効であると指摘されたわけではなく、話し合いで遺産分割の問題を解決するようにとの指導を受けたにとどまった。このため、被控訴人らも遺言書記載の日附に問題があることに気づいたものの、本件遺言が無効であるとまで考えず、このことを控訴人らに積極的に告げることはしなかった。

(六) 一方、参加人及び控訴人らは、亡雄三と参加人及び控訴人らとの間に苫小牧の土地の処分代金の分配をめぐって強い確執があったのに、亡雄三が本件遺言において右の問題になんら触れていなかったことから、遺言書の作成時期に疑問を抱くようになったが、参加人及び控訴人らの関心は、本件遺言書の存在にかかわらず、被控訴人悟朗が本件借地権を相続することに伴う代償金の額をいくらにするかにあり、本件遺言の存在やその効力とは関係なく、本件協議の合意がされた。そして、本件協議書の作成に先立ち、控訴人博紀と被控訴人悟朗との間で数回にわたり、その案のやりとりがなされ、この経過を明らかにするため、本件協議書の冒頭には、本件「遺言の内容によれば、遺留分侵害の問題があることが判明したため、遺言書の存在にかかわらず、相続人全員において遺言の趣旨を尊重しなら、遺産分割についてあらためて協議を行い、その結果次のとおり合意が成立したので、ここに遺産分割協議書を作成する。」と記載されている。

(七) ところが、被控訴人悟朗において扶養に当たることとされた亡松代が本件協議が成立した数か月後に死亡したことに加え、被控訴人悟朗が亡松代から本件協議後まもなく本件建物を譲り受けたことが判明したことから、参加人及び控訴人らは、本件協議の結果に強い不満を抱くようになり、本件協議や本件遺言の効力を争うようになった。

以上の事実が認められ、<書証番号略>並びに原審及び当審における控訴人博紀本人尋問の結果中これに反する各部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右認定の事実によれば、参加人及び控訴人らは本件遺言が存在するにもかかわらず、これに従うことなく、被控訴人悟朗と遺産分割につき協議を行った結果本件協議のとおり合意したものであり、本件借地権を被控訴人悟朗が相続することは本件遺言書のとおりであるが、それは、母親の亡松代が亡雄三から贈与された本件建物に、被控訴人悟朗が亡雄三及び亡松代と長く同居してその面倒を見てきており、亡松代において被控訴人悟朗が引き続き扶養に当たることを希望したことから、被控訴人悟朗が本件遺言どおり本件借地権を相続することになったにすぎず、本件遺言が有効であることを前提に本件協議がなされたわけではないというべきである。そうすると、参加人及び控訴人らのした本件協議の意思表示には要素の錯誤があるということはできないから、本件協議が錯誤により無効である旨の参加人及び控訴人らの主張は理由がない。

4  ところで、本件遺言書にはその作成日として昭和五六年四月四日と記載されていることは当事者間に争いがなく、<書証番号略>によれば、本件遺言書には遺言執行者に指定された被控訴人諸我の住所として、「松戸市牧の原二の五牧の原団地二の八の三〇六」と記載されているが、被控訴人諸我が右住所に転居したのは昭和五七年一二月であることが認められ、右事実によれば、亡雄三は、被控訴人諸我が右転居をした以後に、実際に作成した日と異なる日を作成日とする遺言書を作成したものと認められる。そして、本件全証拠によっても、本件遺言書が実際に作成された日及び実際の作成日と異なる日を作成日と記載された理由は明らかでないが、二年近くも遡った日を記載しているところから見ると、単なる誤記ではないものというべきであって、かかる不実の日附の記載のある遺言書は、作成日の記載がない遺言書と同視すべきものであるから、本件遺言は、民法九六八条一項所定の自筆証書遺言の方式を欠くものとして、無効と解すべきものである。

したがって、本件遺言書の存在は、本件協議の効力を左右するものではないものというべきである。

第二遺言無効確認請求について

遺言無効確認の訴えは、その遺言が有効であるとすればそれから生ずべき現在の特定の法律関係が存在しないことの確認を求めるものと解される場合で、原告がかかる確認を求める法律上の利益を有するときに限り、適法となると解すべきである(最高裁判所第一小法廷昭和四七年二月一五日判決・民集二六巻一号三〇頁)。

本件遺言は、本件借地権を被控訴人悟朗に相続させること等を内容とするものであって、相続分の指定を伴う遺産分割の方法を具体的に指定したものであるところ、本件協議は、本件遺言どおり被控訴人悟朗において本件借地権を単独で取得することを合意するとともに、本件借地権が遺産の価格の大部分を占める結果、参加人や控訴人らの遺留分が侵害されることを理由に被控訴人悟朗が参加人及び控訴人らに対し、代償金を支払うこと等を主な内容とするものであり、無効といえないことは、先に認定したとおりである。そして、前記のように本件遺言が無効であり、本件協議が有効である以上、亡雄三の右遺産の帰属をめぐる法律関係は、本件協議によって定まるのであるから、本件遺言の無効を既判力をもって確定する法律上の必要性はなく、参加人及び控訴人らには、本件遺言につきその無効確認を求める法律上の利益はないというべきである。したがって、本件遺言の無効確認を求める訴えは却下を免れないものというべきである。

第三慰謝料請求について

本件協議の成立に至る経緯は、前記認定のとおりであるところ、同認定の事実関係によれば、控訴人らが被控訴人らからその意思決定を不当に制約するような圧力を加えられたとは到底認め難いところであり、また、本件遺言書の作成日附の問題があるからといって被控訴人らにおいて直ちに本件遺言が法的に無効か否かを断定できるものではなく、控訴人らとの遺産の分割をめぐる対立状況からすれば、被控訴人らが遺言書の作成日附に疑問のあることに気づきながら、控訴人らに積極的に告げなかったことはやむを得ないことであったというべきである。原審における控訴人博紀本人尋問の結果中には、被控訴人諸我から「松代が疲労困憊しており、早期に決着しなければ殺人罪で訴える」と脅かされたため、本件協議に定める内容で合意した旨の供述があり、また、当審における控訴人克爾本人尋問の結果中には、控訴人博紀からそのように聞いた旨の供述があるが、これらは<書証番号略>に照らして採用できず、他に、被控訴人らが控訴人らを脅迫しあるいは欺罔して本件協議を成立させたことを認めるに足りる証拠はない。

第四結論

以上のとおり、遺言無効確認の訴えを却下し、本件協議無効確認請求及び慰謝料請求を棄却した原判決は相当であるから、控訴人らの本件控訴及び参加人の参加申立に基づく本件控訴はいずれも理由がないというべきである。

よって、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条、九三条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柴田保幸 裁判官長野益三 裁判官犬飼眞二)

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