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東京高等裁判所 平成11年(行コ)262号 判決 2000年4月13日

控訴人 恒本光一

被控訴人 神奈川県平塚土木事務所長

代理人 住川洋英、廣戸芳彦 ほか八名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  訴外住友石炭鉱業株式会社による神奈川県中郡大磯町東小磯字町屋八二番一ほかの土地における鉄筋コンクリート造り地上四階、地下一階建ての共同住宅の建築計画について、被控訴人が平成九年六月四日付けで右会社に対してした都市計画法二九条の開発許可が不要である旨の証明書の交付が無効であることを確認する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり補正するほか原判決の「事実及び理由」欄の第二のとおりであるから、これをここに引用する。

原判決四頁四行目の「都市計画法の規定に適合している旨の証明書」の次に「(以下『適合証明書』という。)」を加え、同五頁四行目の「(以下『適合証明書』ともいう。)」を削り、同一〇頁二行目冒頭から同六行目末尾までを「訴外会社は、本件証明書を添付して本件予定建物の建築確認申請を行い、建築主事は本件証明書に基づき開発行為には該当しないとの認定に立って訴外会社に対して建築確認をした。隣地に居住する控訴人は、本件予定建物の建築確認処分の取消しを求める行政訴訟(横浜地方裁判所平成一〇年(行ウ)第二六号)を提起したが、建築確認をした建築主事は、本件証明書に関して形式的、外形的に審査を行うのみで、その内容に対する実体判断の権限はない。本件予定建物の建築計画は都市計画法上の開発行為を含むものであり、開発行為に対する許可がないままされた右の建築確認処分が違法であることを主張するためには、建築確認の判断の前提となった本件証明書が誤っており、無効であることを確定しなければならない。被控訴人は、最高裁第一小法廷昭和三九年一〇月二九日判決・民集一八巻八号一八〇九頁を引用して適合証明書の交付に処分性がないと主張するが、開発許可なくして建築を行うことができるか否かは、国民の権利義務に関する事柄である。また、建築主事に実体的判断権がない以上、適合証明書には、それが覆されるまでは、国民その他国の行政機関がその効力を承認しなければならないものとなるから、適合証明書の交付には処分性が認められるべきである。」にそれぞれ改める。

第三当裁判所の判断

一  本案前の争点について

1  建築確認と開発行為の適合性審査

建築基準法六条一項は、建築主は、同項各号に規定する建築物を建築、大規模の修繕等をしようとする場合には、事前にその建築計画が建築基準関係規定その他建築物の敷地、構造又は建築設備に関する法令に適合するものであることの確認についての申請をし、建築主事の確認を受けなければならないと規定するから、建築主事に、建築物に関する建築基準関係規定の適合性のみならず、建築物の敷地等に関する法令の適合性についても審査権限があると解される。そこで、平成五年六月二一日建設省令第八号による改正後の建築基準法施行規則一条八項(現行施行規則では一条の三第八項)は、一定の場合を除き、右の敷地等に関する法令適合性の審査のために都市計画法二九条等の規定に適合していることを証する書面を確認申請書に添付することを要するとしているのである。

このような建築基準法六条一項等の規定の趣旨は、建築確認申請のあった建築計画が当該建築物の敷地等に関する法令の一つである都市計画法令に規定する開発行為に関する規制に適合しているか、具体的には、右確認申請に係る建築計画における敷地等に関する計画が都市計画法四条一二項にいう開発行為に該当するかどうか、該当する場合は、その開発行為につき都道府県知事又はその委任を受けた行政庁の許可処分があったか否か等を建築主事において認定判断すべきことを命じているものと解されるが、他方、都市計画法は、開発行為に関する行政規制の権限を都道府県知事に委ねているから、都道府県知事又はその委任を受けた行政庁において、開発行為を行おうとする者の開発計画が規制を要する開発行為であるか、都市計画法上の開発行為の許可の要件を具えているか等を判定して許可、不許可の処分を行うこととなる。右の許可、不許可の処分にはいわゆる処分性があり、確定力、公定力を有するものであるから(右の処分に対して利害関係を持ち原告適格を有する者は、右処分に対して抗告訴訟を提起し得る。)、それが取り消されるまでは、他の行政機関等においてもその効力を承認すべきものである。したがって、敷地等につき都道府県知事又はその委任を受けた行政庁の開発行為についての許可、不許可の処分がある建築計画の確認申請に対しては、右の許可、不許可の処分の結果に従って、建築確認の許否が判断されなければならないものであり、その許可、不許可の処分があるにもかかわらず、建築主事が敷地等に関する都市計画法上の開発行為の適合性を独自に判定することができるものではない。したがって、建築主事は、都道府県知事又はその委任を受けた行政庁の開発行為に対する許可の処分がある場合、又は不許可の処分がある場合等においては、その存在と内容とを建築確認申請の添付書類によって形式的に確認することができれば、建築確認の許否を判断することができることになるのである。これに対して、確定力、公定力のある許可、不許可の行政処分がない場合には、建築主事は、建築確認処分を行う処分庁として建築基準法六条一項に規定する敷地等に関する法令適合性を判定する中で、開発許可が不要であるか否かや開発行為になるか否かを一応判断しなければならない。本件規則六〇条が、建築確認の申請をしようとする者は、その計画が都市計画法二九条等の規定に適合していることを証する書面の交付を都道府県知事又はその委任を受けた行政庁に求めることができると規定して、都道府県知事等による適合証明書の発行の制度を設けたのも、この適合証明書を建築確認申請の添付書類とすることによって(建築基準法施行規則一条の三第八号。当時の同規則一条八号)、前述の敷地等に関する都市計画法上の規制についての法令適合性(建築基準法六条一項)の審査を容易ならしめようとするものであると解される。

2  本件規則六〇条に規定する適合証明書の発行交付の趣旨

そこで、右のとおりの建築確認の手続と平仄を併せた本件規則六〇条は、建築確認の申請をしようとする者の請求により、都道府県知事又はその委任を受けた行政庁は、その建築計画の敷地等に関する計画が都市計画法二九条等の規定に適合していることを証する書面(適合証明書)の発行交付を行うものと規定しているのであるが、もともと都市計画法二九条は、開発行為をしようとする者は予め建設省令で定めるところにより都道府県知事等の許可を受けなければならないものと規定するほか、同条ただし書により、同条各号に掲げる一定の開発行為については許可を要しないものと規定するものである。したがって、都市計画法上の開発行為に該当するものであっても、同法二九条に規定する都道府県知事等の許可を要するものと例外的に許可を要しないものとが存在することとなる。これらの開発行為の区別に照らせば、本件規則六〇条に規定する建築計画が都市計画法二九条等の「規定に適合していることを証する書面」(適合証明書)とは、<1>建築計画が開発行為に該当し、開発許可を得ていることを証する書面、<2>計画が開発行為に該当するが、開発許可を得る必要のないものであることを証する書面を意味するものと解される(なお、開発行為について不許可の処分がされた場合には、本件規則六〇条の適合証明書が発行されないことにより、不許可処分の確定力、公定力が建築確認の拒否処分に反映することとなる。)。

<証拠略>によると、訴外会社は本件建築計画を実施するに際し、平成八年一二月二日被控訴人に事前相談用の開発計画概要書を提出し、本件予定建築物の建築工事について都市計画法二九条の許可を要する開発行為の有無について相談したこと、これに対し被控訴人は三度にわたる現地調査を実施したうえで、本件予定建築物の建築工事には開発行為がないものと判断し、平成九年三月三一日に事前相談手続を完結したこと、右の経緯を踏まえて訴外会社は同年五月三〇日付けで被控訴人に対し「開発行為又は建築等に関する証明書交付申請書」を提出し、これに対し被控訴人は、同年六月四日に訴外会社に対し「都市計画法第二九条の規定による開発行為の許可を必要としないことを証明します。」と記載された本件証明書を交付したことが認められる。右認定事実によれば、本件証明書は、開発行為に該当することを前提として、許可、不許可の処分をし、若しくはその例外として許可を要しないとの判断(開発行為許可申請の不受理ないし申請却下)の下に交付されたものではなく、被控訴人の事前相談手続における調査による被控訴人の判断で開発行為に該当しないものとして、発行されたものであることが明らかである。右にような本件証明書は、開発行為の許否についての判断を理由としていないことや本件規則六〇条が「都市開発法二九条等に適合していることの証明書」という文言をもって規定していることにかんがみると、本件規則六〇条の予定する適合証明書に該当するものであるか疑問があるが、右のような事前相談手続における調査を経て発行された被控訴人の証明書(以下「非該当証明書」という。)も建築確認手続において本件規則六〇条の適合証明書に準ずるものと解するのが相当である。

3  本件証明書の発行交付の処分性

そこで、本件規則六〇条に規定する適合証明書の交付行為の処分性について判断する。

一般に行政処分とは、行政庁の行う行為のうち、法律上の根拠に基づき、公権力の行使として直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する行為をいうものであるから、右の適合証明書が抗告訴訟の対象たる「行政庁の公権力の行使」(行政事件訴訟法三条一項)たる行政処分に当たるといえるためには、その交付行為に右の「直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定する」という処分性がなければならない。しかしながら、本件規則六〇条の規定する適合証明書は、本来的には行政証明制度の一環として設けられており、単なる事実証明の性格を持つものにすぎず、その制度の趣旨から「直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定する」という行政処分性があるということはできない。もっとも、行政証明書の交付といえども、関連制度との関係で前示の処分に準ずる性格を認め得る場合があり得るから、右適合証明書についても、これが建築確認申請の添付書類とされるという関連制度との関係でその処分性の有無が判定されるべきである。

そこでさらに検討するに、適合証明書が前示<1>及び<2>の場合に発行されるものであることは前述のとおりである。そのうち、<1>の建築計画が開発行為に該当し都市計画法二九条等の開発許可を得ている場合については、開発許可処分自体に処分性、確定力、公定力があるから、これに関する適合証明書は単に事実証明を行うものにすぎないこととなり、その交付に処分性を認める余地はない。しかしながら、<2>の建築計画が開発行為に該当するが開発許可を得る必要のない場合に発行される適合証明書及び建築計画が開発行為に該当せず都市計画法二九条等の許可を要しない場合に発行された非該当証明書は、前述のとおり、許可、不許可の行政処分がないままに、都道府県知事又はその委任を受けた行政庁が右の各場合に該当する旨の解釈認定の判断を行って発行するものであり、処分類似の判断行為を含むものであって、単なる既定の事実の証明とは言い切れない性質のものである。しかしながら、右の<2>の適合証明書や非該当証明書が発行され建築確認申請の添付される場合は、いずれも建築主事が受け容れるべき許可、不許可の行政処分がない場合であるから、建築主事は、必要な添付書類の存否を判定することを通じて、独自に建築基準法六条一項の敷地等に関する法令適合性の判断をすることができるものと解され、右の判定判断に基づいてされる建築主事の建築確認の処分が、敷地等の法令適合性についても直接申請者の権利義務を形成する処分性を有することとなると解する。したがって、都道府県知事又はその委任を受けた行政庁が発行する右の<2>の場合の適合証明書や非該当証明書の内容の誤りを主張しかつ原告適格を有する者は、右のとおりの判定判断に基づいてされた建築確認処分そのものに対して抗告訴訟を提起することができるのであり、右の<2>の場合の適合証明書や非該当証明書の発行交付に独自の処分性を認めて、抗告訴訟の提起を許す利益はないというべきである。

したがって、本件証明書が右の非該当証明書として発行された証明書であることは前記のとおりであるから、本件証明書の発行交付に処分性を認めることはできず、これを抗告訴訟の対象たる「行政庁の公権力の行使」たる行政処分に当たると解することはできない。

4  控訴人の主張に対する判断

控訴人は、建築主事の建築確認に際しての開発行為の適合性についての判断は、適合証明書に基づく形式的、外形的なものであり、建築主事は何ら実質的な判断権限を有しないから、本件証明書の発行交付の行為にも処分性を認めるべきであると主張するが、前示のとおり、前記<2>の適合証明書や非該当証明書が発行交付された場合には、建築主事を拘束すべき確定力、公定力のある開発行為についての許可、不許可の処分がないのであるから、建築主事は、必要な添付書類の存否を判定することを通じて、建築確認の処分をする際に、建築基準法六条一項の敷地等に関する法令適合性の判断をすることができるものであり(前示<2>の適合証明書や非該当証明書を添付して建築確認申請がされた場合、右の証明書が右の法令適合性を判定するうえで重要な判断資料となるとしても、開発許可を要する開発計画があると認める場合には、開発許可書又は<1>の適合証明書の添付を要求することとなる。)、その建築確認の許否処分の中に開発行為の法適合性の判定が含まれるものであるから、適合証明書が本来的に行政的な事実証明であることをも考慮すると、前記<2>の適合証明書や非該当証明書の発行交付に独自の処分性を認める理由と必要はないと解される。よって、控訴人の右の主張は採用することができない。

二  結論

以上によれば、控訴人の本件請求は不適法であり、これを却下した原判決は正当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 鬼頭季郎 慶田康男 廣田民生)

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