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東京高等裁判所 平成11年(ラ)2408号 決定 1999年11月26日

抗告人

三浦隆次

主文

1  原決定を取り消す。

2  抗告人に対する本件売却を不許可とする。

理由

1  本件抗告の趣旨は、原決定を取り消し、更に相当の裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙「執行抗告理由書」写し記載のとおりであり、売却不許可事由として、本件建物の敷地利用権である借地権の記載について物件明細書に重大な誤りがあること、及び、同敷地利用権が存せず、価値のない物件であるのに、最低売却価額が過大であることを主張するものと認められる。

2  当裁判所の判断

(一)  一件記録(基本事件記録及び当庁平成一一年(ラ)第三八〇号売却許可決定に対する執行抗告事件記録を含む。)によれば、以下の事実が認められる。

(1)  本件建物(二棟)について、平成七年一二月二八日本件差押えの登記がされ、本件競売手続が開始された。平成八年三月二五日提出の現況調査報告書には、「一年分位の地代の滞納あり」と記載され、同年一一月一八日提出(同年一〇月一五日評価)の評価書では、本件建物の敷地(以下「本件土地」という。)に対する借地権の価格の算定に当たって、借地権譲渡に伴う名義変更承諾料相当として一〇%の減価がされたが、地代滞納等の記載及びこれによる減価はされなかった。

(2)  平成九年三月一二日作成の物件明細書(変更前)には、「売却により設定されたものとみなされる地上権の概要」欄に「なし(物件1〜2一括売却)[借地権付建物]」と、「備考」欄に「別紙のとおり。」として(別紙)1に、「地代の滞納あり。借地契約解除の意思表示がされている。」と記載され、その後、同年四月一四日に地代代払許可決定がされ、同月一五日に、(別紙)の余白に、「地代代払いの許可あり。」と付記された。

(3)  次いで、同年六月二四日提出の補充評価書では、前回評価(上記(1))後の市場性の変動及び土地賃貸借の係争状態の変動(契約解除の訴訟提起)等を勘案し、前回評価額に一〇%の減価がされ、これに伴い、同年七月七日作成の物件明細書(変更後。以下「本件物件明細書」という。)には、「売却により設定されたものとみなされる地上権の概要」欄に「なし(物件1〜2一括売却)[借地権付建物]」と、「備考」欄に「別紙のとおり。」として(別紙)1に、「地代代払いの許可決定がある。建物収去、土地明渡訴訟(当庁平成九年(ワ)第八四二〇号)が提起されている。」と記載された。

(4)  その後、執行裁判所から、「差押不動産の評価のために必要とする関連不動産の調査を含む」再評価命令が発せられ、平成一〇年三月一八日提出(同月一三日評価)された再評価書には、「現行地代等……従前通り。滞納状態が継続している。」と記載され、借地権価格の算定に当たって、三〇%の「係争等減価」がされ、同年六月一二日付け補充評価書では、「敷地権(借地権)価格について変更事由(係争の進展に異動……一審判決における原告勝訴)が生じた」として、再評価額を前提に七〇%の「係争等減価」がされ、これに伴い、本件物件明細書の(別紙)の余白に、同月一五日に、「上記建物収去土地明渡訴訟について、平成一〇年三月二七日、原告勝訴の判決が言い渡され、現在控訴係属地である(東京高裁平成一〇年(ネ)第二二三九号)。」と付記された。

(5)  さらに、同年九月二一日付け補充評価書では、「本件借地契約に関して、土地所有者と本件建物所有者との間の明渡訴訟において、原告(地主)勝訴の判決が確定した」として、再評価額を前提に九〇%の「係争等減価」をし、借地権価格を計一〇六九万円と評価し、これを再評価に係る建物自体の評価額計二九三五万円に加算して、四〇%の競売市場修正・減価(及び一棟の建物について一〇%の占有減価)をして評価額を二三〇〇万円と算出した。これに伴い、本件物件明細書の(別紙)の余白に、同月二二日に「上記控訴事件は、平成一〇年八月二五日、控訴人(原審被告)の控訴取り下げにより終了し、原告勝訴の判決が確定した。」と付記されたが、本件物件明細書の「売却により設定されたものとみなされる地上権の概要」欄には「借地権付建物」と記載されたままであった。

(6)  上記最終補充評価書に基づいて、同年九月二二日、本件最低売却価額が二三〇〇万円と決定され、本件物件明細書等が備置きされて、平成一一年一月に売却(期間入札)が実施され、株式会社サンコーハウジングが三三八〇万円の最高価買受申出をして(他に買受申出なし)、同月二六日に売却許可が決定されたが、同社は、土地所有者が建物収去土地明渡訴訟の確定判決について執行文の付与を受けており(同月一八日に執行文が付与された。)、本件建物が借地権付き建物でないとして、代金納付をしなかった。そのため、同年六月二三日付けで、買受人の代金不納付を理由とする執行官の中止調書が作成された。

(7)  ところで、本件土地の所有者は、上記の勝訴判決後である平成一〇年六月九日、執行裁判所に対し、借地人との間で和解する意思はないので、あらかじめ本件建物の買受希望者に対してその旨知らせてほしいとの上申書を提出し、平成一一年一月一八日上記執行文の付与を受けたのち、同年二月二日、サンコーハウジングに対する売却許可決定に対して、上記確定判決があり、かつ、執行文を付与されているにもかかわらず、裁判所が「借地権付建物」として売却するのは違法であるとして執行抗告を申し立て、その理由として、「借地権はすでに消滅している。しかし、買受人が借地権付建物であるとの主張がなされれば、抗告人には、多額の競売代金を支払った買受人との間に無用のトラブルを生じる畏れがあり、多大な不利益を生じることになる。」と主張したが、同年四月一三日同抗告は不適法であるとして却下された。

(8)  また、買受人であるサンコーハウジングは、自ら執行抗告は申し立てなかったが、上記抗告事件において、地代代払許可有とあり借地権を継続できると思って入札したのであり、借地権が消滅しているのであれば入札には参加しなかったとして、売却許可決定の取消し又は無効による支払済みの保証金の返還を求める旨の同年三月二日付け上申書を提出した。

(9)  そして、平成一一年七月二三日、本件売却(同年九月二四日から同年一〇月一日までの期間入札)実施命令がされ、本件物件明細書等が備置きされて、抗告人は、本件物件明細書に「借地権付建物」と記載されていることから本件建物について借地権付きの建物と信じて、三三七八万円の最高価買受申出をして(他に買受申出なし)本件売却許可決定がされた。

(二)  物件明細書の作成について

物件明細書は、執行裁判所の事実認定と法律判断に基づく執行裁判所の認識を記載した書面であり、その法定記載事項(民事執行法六二条)の記載を欠いた場合には、不適法となる。そして、物件明細書は、この必要的記載事項に限らず、買受希望者に対し、当該売却物件の権利関係に影響を及ぼすような重大な情報を提供するという機能をも併せ有するものとされており、必要的記載事項以外に、任意的記載事項として、買受希望者が買受申出をする際に、物件情報を容易に、かつ、正確に理解できるように記載すべきことも要請されている。

本件のように、第三者所有敷地上の建物のみの競売においては、当該建物の存続の可否がその敷地利用権である借地権の存否に依存しているため、競売物件の買受希望者としては、敷地利用権の存否及びこれを承継取得することができるか否かが最大の関心事であるといわなければならない。

本件においては、記録上、競売手続開始当初から建物所有者による地代の滞納があり、敷地所有者から借地契約解除の意思表示がされ、建物収去土地明渡請求訴訟が提起され、一審判決で原告が勝訴し、控訴されたが、控訴取下げにより終了し、原告勝訴の判決が確定したことが認められ、本件物件明細書にも、逐次、その旨が記載、付記されていったが、他方において、その判決が確定した後においても、本件物件明細書の法定事項記載欄には任意的記載事項として「借地権付建物」と記載されたままになっており、備考欄の記載は、訴訟の経過について上記のとおり簡潔に記載されているのみで、しかも、借地権という表現を全く使用しておらず、そのため、一般の買受希望者にとっては、記載相互の関係が分かりづらいものとなっているといわざるを得ない。そして、建物収去土地明渡しの原告勝訴の判決が確定した時点では、上記「借地権付建物」との記載は、少なくとも、法的、客観的には誤ったものといわざるを得ず、かつ、この点についての記載は、買受希望者にとっては、極めて重大な関心事といえるものであり、現に、抗告人は、本件物件明細書を閲覧して上記記載に基づき本件建物を借地権付きの建物と信じて買受申出をしたものである。しかも、本件売却と全く同じ条件でした前回の売却においては、売却許可決定がされたものの、その間に上記確定判決について本件土地の所有者に対し執行文の付与までされており、そのため、買受人において、借地権付き建物でないことを理由に代金納付をしなかったことが記録上明らかであり、また、上記のとおり、土地所有者や、最初の買受人であるサンコーハウジングから、借地権が消滅していることが買受希望者に分かるように物件明細書等における表示や物件価格の評価を改めてほしい旨の上申等がされていたが、それにもかかわらず、執行裁判所は、これらの事情に基づく売却条件の変更を検討せず、かつ、本件物件明細書の記載も改めないで、そのまま本件売却を実施したものである。

確かに、本件物件明細書の別紙及びその「付記」の記載を順次追っていけば、「建物収去、土地明渡訴訟が提起され、原告勝訴の判決が言い渡されたのち、控訴取下げにより判決が確定した。」という必要最小限の事実が記載されていることから、一般人も冷静に考えれば、土地の利用権限が消滅したことを一応理解することができるとはいえる。しかし、他方、本件物件明細書の本文に記載している「借地権付建物」との表示は訂正されておらず、執行裁判所による物件の評価額(最低売却価額)が借地権について九割の減価をしたとはいえ、それを含めて合計二三〇〇万円として売却が実施されていれば、不動産(競売物件)取引の経験のない一般人には、その正確な意味が分からず、買い得の物件であって少なくとも評価額以上の財産的価値があるものと誤解し、買い受けたのち、土地所有者との借地交渉が不首尾となって、上記確定判決が執行されれば、大金を支払って買い受けた物件の価格がゼロに等しいものとなることを正しく認識しないまま、買受けの申込みをしてしまう恐れがあるといわなければならない。

しかも、一般人の場合、買受けの申込みをするまでの間に、閲覧が可能な物件明細書、現況調査報告書及び評価書のいわゆる三点セットに記載されていない上記認定の事実等を調査するには自ずと限界がある。また、執行官の作成する現況調査報告書には、本件のように、敷地の所有者が債務者以外の者であるときは、「債務者の敷地に対する占有の権原の有無及び権原の内容の細目についての関係人の陳述」等が記載事項になっている(民事執行規則二九条一項五号ニ)が、通常は外形的な占有関係が変化しない限り、当初の記載(本件では、平成八年三月の現況調査時に、債務者(本件建物所有者)の妻が一年分位の地代の滞納がある旨述べていること)のままとなっているため、買受希望者としては、土地所有者が現段階でいかなる意向を示しているかが不明であることが多い。それだけに、それを補完するものとして、物件明細書には、その後の重要な事情の変更が一般人にも容易に理解でき、かつ、誤解を生じないような表現で記載されなければならないというべきである。

したがって、本件にように、借地契約解除に基づく建物収去土地明渡しの判決が確定している場合でも、物件明細書にはその旨を簡潔に付記する一方で、なお土地利用権に関する事実上の利益(土地所有者との交渉によって利用権を取得する可能性等)を残すために「借地権付建物」という表現をそのままにしておくのが執行の実務だとすれば、それは、一般国民の健全な常識からは著しくかけ離れたものであり、買受人に不測の損害を負わせるだけでなく、買受希望者を広く市民一般に募り、売却手続の適正な競争原理を図ろうとした制度の趣旨にも反するものといわざるを得ない。

そうすると、上記説示の物件明細書の機能に照らして、本件物件明細書の記載、したがって、その作成には重大な誤りがあるものというべきである。

(三)  最低売却価額の決定について

次に、本件最低売却価額の決定の基になった評価人の評価は、当初の通常の借地権の存在を前提とする借地権価格の評価に、訴訟の経過に従って「係争等減価」のみを机上計算で漸次増加していったものを、従前からの通常の建物評価額に加算していったものであり、最終補充評価では、借地権価格について九〇%の「係争等減価」を施したものである。ところで、借地権者が地主の提起した建物収去土地明渡請求訴訟に敗訴し、これが確定すれば、その後に当該建物を取得した者には、その判決の効力が及ぶもので、このことは売却による取得においても変わりない。この場合には、当該物件を取得した者は、地主の強制執行の申立てにより収去すべき運命にある物件を取得することになるのであり、いわば、建物を構成する動産たる古資材の集合物を取得することになりかねない。そして、本件においては、確定判決について執行文の付与までされているので、建物が収去されてしまう蓋然性は高まっている。そうすると、上記判決が確定し、さらには、執行文が付与された後においても、単に従前の建物及び借地権価格について通常の評価を前提とし、借地権価格について九〇%の「係争等減価」をし、なお一〇%の借地権価格(競売市場修正前で一〇六九万円、同修正後で約六四一万円。合計評価額の約二七%を占める。)を加算した評価額を最低売却価額とした決定について、これを首肯し、維持すべき特段の事情は認められず、むしろ、上記のような状況でなお売却を実施するのであれば、建物自体の評価額も含めて再評価を命じた上で、最低売却価額を決定すべきであったというべきである。

(四)  以上のとおりであり、本件には、物件明細書の作成及び最低売却価額の決定に重大な誤りがあり、民事執行法一八八条、七一条六号所定の売却不許可事由があると認められる。

3  よって、本件抗告は理由があり、原決定は不当であるから、これを取り消し、抗告人に対する本件売却を不許可とすることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官奥山興悦 裁判官杉山正己 裁判官沼田寛)

別紙執行抗告理由書<省略>

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