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東京高等裁判所 平成11年(ネ)2518号 判決 1999年9月22日

控訴人

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

村山利夫

被控訴人

乙山太郎

右訴訟代理人弁護士

一木明

石川浩三

大貫正一

佐藤秀夫

宍戸博行

福田哲夫

栃木悟

谷田容一

船田録平

浅野正富

若狭昌稔

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金三〇万円及びこれに対する平成八年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

五  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成八年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、弁護士である被控訴人が、受任して申し立てた家事調停事件の相手方である控訴人の身上、経歴、紛争の実情等の内容が記載された家事調停申立書の控えを、右家事調停事件と全く関係のない別の当事者間の民事保全事件の疎明資料として裁判所に提出したところ、同保全事件の債務者がこれを閲覧して控訴人の身上等の内容を知るところとなったため、控訴人が被控訴人に対し、プライバシーを侵害されたとして慰謝料と訴状送達の翌日からの遅延損害金の支払を求めた事案である。

争点は、原判決書「第二 事案の概要」の「二 争点」の項(原判決書四頁初行から八頁五行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  判断

一  前提となる事実

甲第三ないし五、七、八、一〇ないし一三、一八、二〇号証、乙第一号証の一、二、第一三、二四、二六、三〇号証、原審における控訴人、被控訴人各本人尋問の結果に争いのない事実を総合すると、次の事実が認められる。

1  被控訴人は肩書地に事務所を設けている弁護士である。

2  控訴人は、控訴人訴訟代理人を代理人として、水戸地方裁判所下妻支部に、亡夫の遺産の土地問題を巡って紛争のあった義弟丙一郎こと丙野一郎(以下「丙野一郎」という。)及び義妹の夫甲山二郎を債務者として面会強要禁止の仮処分を申し立てたところ(同支部平成六年(ヨ)第五五号。以下「控訴人仮処分事件」という。)、同裁判所は平成六年六月三〇日債務者を審尋せずに無担保で申立てを認容する決定をした(乙一三)。

3  被控訴人は、控訴人仮処分事件の仮処分命令発令後の平成六年八月一二日、債務者の丙野一郎からその対策について依頼を受け、控訴人及び同人の子丙野夏子を相手方として水戸家庭裁判所下妻支部に家事調停の申立てをした(同支部平成六年(家イ)第二四七号。以下「一郎家事調停事件」という。)。同申立書(乙二四)には右紛争の内容や控訴人の身上(被相続人である亡夫の父の国籍、控訴人と亡夫との間の子夏子が特別養子であることなど。)が記載されている。

4  一方、被控訴人は、丁野三郎・秋子夫妻から、秋子の実子丁野四郎(以下「四郎」という。)から金銭を要求されたり嫌がらせを受けて困っているとの相談を受け、同年一〇月一二日、同夫妻の代理人として、四郎を債務者として宇都宮地方裁判所の面談等強要禁止の仮処分を申し立てた(同裁判所平成六年(ヨ)第二一七号。以下「丁野仮処分事件」という。)。担当裁判官は債務者審尋の意向を示したが、被控訴人は、無審尋で仮処分を得たいと考え、たまたま一郎家事調停事件の依頼者丙野一郎が控訴人仮処分事件において無審尋で面会強要禁止の仮処分を受けたことを知っていたことから、同種事件で無審尋の仮処分の発令をされた例がある旨説明した上、疎明資料として自ら作成した報告書に、丙野一郎から入手していた控訴人仮処分事件の仮処分決定書の写しと自ら作成した一郎家事調停事件の申立書の控え(本件文書)を添付して同裁判所に提出し(なお、被控訴人は、原審本人尋問において、裁判官から無審尋仮処分発令の例があることにつき疎明するよう求められたため提出したと供述しているが、裁判官が本件文書そのものの提出を求めることは考えられず、その趣旨では右供述は採用できない。)、同裁判所は同月一四日無審尋で申立て認容の決定をした。本件文書の申立の理由欄には、控訴人とその家族の氏名、本籍、住所、生年月日、財産関係のほか祭祀承継に関連して控訴人の亡夫の父の国籍や夏子が特別養子であること、祭祀承継者や不動産に関し親族間で紛争が生じていることなどが記載されている。右のとおり、控訴人が本件文書を疎明資料として提出した丁野仮処分事件は、控訴人仮処分事件及び一郎家事調停事件とは全く関連性を有しない。

5  ところが、四郎は本件文書を含む丁野仮処分事件記録を閲覧、謄写して控訴人の住所や電話番号を知り、平成七年一月一四日控訴人の留守番電話に連絡を入れた上、そのころ控訴人に電話や面会をして、被控訴人が控訴人に関係のある本件文書を裁判所に提出したことを告げ、控訴人側で弁護士会に懲戒請求をすべきことを示唆した。控訴人が同月中には四郎から本件文書の写しを入手した。

6  控訴人は一方で、水戸地方法務局下妻支局及び宇都宮地方裁判所に赴き本件文書が自己と無関係の事件の資料として提出された理由につき説明を求めるなどした上、控訴人訴訟代理人に委任して、同年二月九日、栃木県弁護士会に対し、被控訴人が職務上知り得た控訴人の身上に関する秘密を全く関係のない丁野仮処分事件の疎明資料として提出し、もって右処分事件の債務者である四郎らに秘密を漏らしたとして懲戒申立てをした(乙一の一)。

7  他方、前記一郎家事調停事件は平成六年一〇月四日に第一回期日が開かれ続行されていたが、控訴人は、右四郎から電話のあった後の平成七年二月九日の第四回期日に、丙野一郎の代理人である被控訴人が弁護士の守秘義務に反して本件文書を控訴人に全く関係のない別件で疎明資料として提出したことから被控訴人を相手方として信頼できないとの理由で協議対象事項のうち土地の問題についての協議に応じることを拒否し、土地の問題は協議対象から外された(乙一の二)。

8  控訴人の懲戒申立てを知った四郎は同年三月二〇日控訴人に電話し懲戒請求書の写しの交付を執拗に要求するようになり、控訴人がこれを拒んだため、以後四郎は控訴人に対し不穏な言辞を弄するようになった(甲八)。

9  栃木県弁護士会は、同年一〇月一三日懲戒しないことを相当とする議決をした(甲一〇)。控訴人は日本弁護士連合会に異議申立てをしたが同会は平成八年七月一〇日異議申出を棄却する決定をした(甲一一)。

二  不法行為の成否

1  本件文書について

本件文書は家事調停申立書の控え(甲二〇の添付資料はその写し。甲四は更にその写し。)であるところ、その申立の理由欄には控訴人、その亡夫及び子の身上、経歴、財産関係などのほか祭祀承継に関連して控訴人の亡夫の親や国籍や子の夏子は特別養子であること、親族間の紛争の実情や経過などが記載されており、これらは一般に第三者に知られたくないものとして、みだりに漏洩ないし公開されないという法律上の保護に値する利益(プライバシー)があるというべきである。

付言するに、本件文書は、家事調停申立書の控えであって、事件の関係人以外の者に対しては閲覧謄写が許されない(家事審判規則一二条参照)家事調停事件記録と同視すべきものであり、第三者に知られたくない事項を含むものとしてその開示、漏洩から保護されるべき程度が高い文書であるというべきである。

被控訴人は本件文書に記載されている控訴人らの身上関係等主要部分は戸籍に記載されているからプライバシーとして保護されるに値しないかのような主張をする。しかし、戸籍の記載事項が一般にプライバシーに属することは明らかであって、それ故にこそ、戸籍法は昭和五一年の一部改正により、それまでの戸籍簿、除斥謄本等の閲覧制度を廃止し、戸籍謄本等の交付請求については法務省令(戸籍法施行規則)で定める場合を除き、その事由を明らかにすべきものとし、それが不当な目的によることが明らかなときは、市町村長はその請求を拒むことができることとしているのである(戸籍法一〇条)。また、乙第一五号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、控訴人訴訟代理人は水戸地方裁判所下妻支部に提起した訴訟において控訴人らの戸籍謄本を提出していることが認められるが、自らの意思で当該事件に提出したことにより、いかなる場面でも公表されることを許容する意思を表明したものではないから、本件での保護の必要性がなくなることにはならない(なお、控訴人は相手方である丙野一郎の戸籍謄本をも提出しているが、身分関係を明らかにするため必要であるから正当な訴訟行為である。)。被控訴人の右主張は失当である。

2  本件文書の民事保全事件における提出行為はプライバシー侵害に当たるか。

右に認定したとおり、本件文書は、控訴人のプライバシーに関する事項を記載した文書である。被控訴人は、これを控訴人とは関係のない別の民事保全事件の疎明資料として提出した。

民事保全の手続は、決定手続を原則とし、公開法廷における口頭弁論が行われる場合は限られている。また、民事保全事件の記録の閲覧、謄写、その謄本等の交付を請求できるのはいわゆる利害関係人に限られ、かつ、民事保全手続における密行性の要請から債権者以外の利害関係人については閲覧等について時期的制限が設けられている(民事保全法五条一項参照)。したがって、民事保全手続、とりわけ本件のような仮処分発令段階で債権者から提出された疎明資料が債務者を含む第三者に開示される機会は通常多くなく、開示されるとしてもその範囲も通常広範囲ではないといえるが、しかもなお、右の利害関係人の閲覧等を通じてその内容が債権者以外の第三者に開示されたり漏洩されたりする可能性を否定することはできず、弁護士たる被控訴人としては、その可能性を予見すべきであったというべきである。

なお、民事保全事件において、個人のプライバシーに関する資料が提出され、記録に編綴された場合、これを記録の閲覧等の対象から除外することのできる一般的な根拠はないから、その資料の提出が当事者の正当な訴訟活動として違法性が阻却される場合があるにしても、その資料が特に本件のような事件の当事者とは無関係な第三者のプライバシーに関する資料であるときは、その提出者において、提出の必要性、相当性について十分な吟味をし、正当な訴訟活動として許されるかどうかを検討することが求められるものである。このことは、そのような資料の提出者が弁護士である場合は、その使命及び職責に照らして当事者本人よりも強く要請されよう。

3  本件文書の民事保全事件における提出行為は、正当業務行為として違法性が阻却されるか。

弁論主義の下では、訴訟当事者に訴訟資料、証拠資料等の自由な提出を保証することにより、実体的真実を基礎とした誤りのない裁判を実現することが可能となるのであるから、民事訴訟における主張立証活動は、通常の言論活動よりも厚く保護されなければならず、このことは、民事保全事件においても当然に妥当することである。したがって、訴訟活動において相手当事者又は第三者の名誉、プライバシー等を損なうような行為がとられたとしても、それが直ちに相手方又は第三者に対する不法行為となるものではなく、その違法性の有無は、一方においてその訴訟活動の目的、必要性、関連性、その態様及び方法の相当性、他の方法による代替性の有無と、他方において被侵害利益であるプライバシー等の内容等を比較総合して判断すべきものと解せられる。そして、その検討において、訴訟活動によるプライバシー等の侵害が当事者間において生じる場合には、正当な訴訟活動の自由を根拠に違法性が阻却されることが少なくないであろうが、訴訟行為による当事者以外の第三者に対するプライバシー等の侵害については、訴訟活動の自由を理由に違法性が阻却されるかどうかの検討は、当事者間における場合よりも厳格であるべきものと考えられ、当該訴訟行為をすることが、これによって損なわれる第三者のプライバシーの保護を上回る必要性、相当性等について首肯できる特段の事情がない限り、違法性を帯びるというべきである。

そこで、被控訴人の本件文書提出行為についてみると、前記認定のとおり、本件文書は、丁野仮処分事件について親族間の紛争における面談強要禁止という仮の地位を定める仮処分の疎明資料として提出されたものであり、この種事件については債務者の審尋期日を経るのが原則であるが(民事保全法三条四項)、被控訴人は、無審尋発令を求めて、同事件の裁判官面接において、被控訴人が他に同種の事件で無審尋で発令された事例があることを説明した上、疎明資料の添付資料として提出したものである。しかしながら、そもそも、丁野仮処分事件と被控訴人仮処分事件ないし一郎家事調停事件は、被控訴人が弁護士として各紛争ないし事件申立てに関与したという以上には事件としては関連性が全くなく、本件文書には控訴人のプライバシーに関する事項を記載してあったのであるから、弁護士たる被控訴人としては、本件文書を他の事件の疎明資料として提出することによる控訴人のプライバシー侵害のおそれに考慮を巡らせるべきであった。しかし、被控訴人は、丁野仮処分事件の訴訟活動として本件文書を提出する必要性を強調するのみで、本件全証拠によっても、およそ控訴人のプライバシー侵害への配慮をした形跡を窺うことができない。そして、債務者無審尋発令の事例を裁判官に説明することが広くは保全の必要性の疎明としてその必要性を肯定できるとしても、その事件の特定のために、ないしは、その無審尋発令の債務者への補完手段として調停申立の方法をとったことの疎明のために、控訴人のプライバシーに関する事項を記載した一郎家事調停申立書の控えの写しまでを、しかも関係者のプライバシー保護のために本件文書への相当な修正を施す等の配慮もせず、そのまま提出する必要性、相当性は認め難いというほかはない(被控訴人は、無審尋による控訴人仮処分とこれに対応した一郎家事調停事件の当事者の同一性を疎明する必要があったと述べるが(乙三〇、原審における被控訴人本人)、首肯しがたい。被控訴人自身、丁野仮処分事件において自ら作成提出した報告書(甲二〇)において、「参考までに、この仮処分命令および家事調停申立書の控えの写しを末尾に添付しておきます。」と記載しており、本件文書を「参考」の程度の趣旨で提出することを自認している。)。

以上の事情と、前記のとおりの本件文書による控訴人のプライバシーの内容の要保護性を比較勘案すると、被控訴人の丁野仮処分事件における本件文書提出行為は、控訴人のプライバシー保護の必要性を上回る必要性、相当性、関連性を有するとは到底認められず、その違法性は阻却されないというべきである。

したがって、被控訴人の本件文書提出行為は、控訴人のプライバシー侵害の不法行為に当たるものとして、被控訴人は控訴人に対して、その損害を賠償しなければならない。

なお、前記のとおり、被控訴人に対しては、弁護士法上の懲戒手続において懲戒をしないことが相当との議決が確定しているが、このことは、もとより右の判断を左右するものではない。

4  そこで、控訴人の受けた損害について判断するに、控訴人が本件文書の他事件への提出により、私事を無関係の他人に知られることになったため精神的苦痛を受けたことが認められ、その慰謝料としては、前記認定の本件文書提出前後の一切の事情を考慮して三〇万円をもって相当とする。

なお、控訴人は、四郎から被控訴人に対する懲戒請求書の写しの交付を強要されたことによる精神的苦痛を主張するが、本件文書の閲覧謄写により、四郎が控訴人に対してそのような行動に出ることは被控訴人において予見できなかったものというべきであるから、本件文書提出行為との間に因果関係を認めることはできない。

三  結論

以上によれば、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し三〇万円と訴状送達の翌日からの遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであり、その余は失当として棄却すべきである。

よって、これと異なる原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六四条本文、六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 大島崇志 裁判官 河野泰義)

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