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東京高等裁判所 平成11年(ネ)1087号 判決 1999年9月09日

控訴人

岩城重利

右訴訟代理人弁護士

菊地一夫

被控訴人

株式会社アテック

右代表者代表取締役

鈴木隆

右訴訟代理人弁護士

宮澤潤

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、株式会社京葉環境センター(京葉環境センター)が、産業廃棄物処理場とするため有限会社いわき産業(いわき産業)から原判決別紙物件目録記載の土地六筆を買い受けたにもかかわらず、同目録(二)、(三)記載の土地二筆(本件(二)、(三)土地)の登記名義人となっていた控訴人が、京葉環境センターを吸収合併した被控訴人が真の所有者であることを知りながら、所有権移転登記手続きに必要な書類をいわき産業に交付したため、本件(二)、(三)土地につき第三者への所有権移転登記が経由され、被控訴人はこれを取得できなかったばかりか産業廃棄物処理場建設の計画も断念せざるを得なかったと主張して、被控訴人が、不法行為による損害賠償請求権に基づき、控訴人に対し、損害賠償金六三〇〇万円及びその遅延損害金の支払を求めた事案である。原判決は、被控訴人の請求を損害賠償金一八二六万九〇八円及びその遅延損害金の程度で認容したので、これに対して控訴人が不服を申し立てたものである。

二  右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

1 原判決は、控訴人が、被控訴人が本件(二)、(三)土地の所有権を取得したことを知っていたと認定したが、事実を誤認したものである。控訴人が被控訴人の従業員から「権利証」を見せられたことはなく、いわき産業の代表者から見せられた書類にも被控訴人の名称は表示されていなかったから、被控訴人が本件(二)、(三)土地の所有権を取得したとの明確な認識は持ちようがなかった。

2 原判決は、控訴人には、本件(二)、(三)土地の所有権移転登記手続に必要な書類を被控訴人に交付すべき義務があったと認定したが、1のとおり、控訴人が被控訴人が本件(二)、(三)土地の所有権を取得したことを知っていた事実はないから、右の義務があったとの認定も誤っている。

また、控訴人は、いわき産業からの要請により登記名義を返還すべき契約上の義務を負っていたから、この契約上の義務に優先する被控訴人に対する義務は生じようがない。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所は、被控訴人の請求は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は次のとおりである。

1  本件の経過について

原判決の事案の概要中争いのない事実等欄記載の事実及び証拠(甲一ないし七、一〇ないし一四、一七、二〇、乙一、三、一二、一三、一六、原審証人荒川進二、控訴人本人)によれば、次の各事実を認めることができる。

(一) 原判決別紙物件目録記載の六筆の土地(本件(一)ないし(六)土地)は、元、加藤毅の所有であった。いわき産業は、昭和六二年一一月ころ、産業廃棄物の埋立処分場とする目的で、加藤毅からこれを買い受けることとした。しかし、本件(二)、(三)土地は、地目が畑であり、直ちに農地以外の地目に変更して所有権を移転することが難しかった上、埋立完了後はいわき産業にとって必要な土地ではなくなる見込みであった。そこで、いわき産業の代表取締役であった松田武政(松田)と専務取締役であった滝代亮(滝代)は、農業者で農業委員でもあった控訴人に対し、将来本件(二)、(三)土地を茶畑として使用できる土地にして引き渡し、そのときに代金を支払ってくれればよいので、本件(二)、(三)土地の登記名義人となっていわき産業の埋立処分事業に協力してほしいと持ちかけた。

控訴人は、これを承諾し、いわき産業と控訴人の間で、昭和六二年一一月一九日、(1)いわき産業は、二年以内に、本件(二)、(三)土地を埋め立て、茶畑として使用できる状態にして控訴人に引き渡す。控訴人は、その際、代金四五〇万円を支払う。(2)本件、(二)、(三)の土地の所有権移転登記は、加藤毅から控訴人に対して行い、いわき産業は、債権額四五〇万円の抵当権を設定するとの契約が締結された。

同月二〇日、本件(二)、(三)土地については、加藤毅から控訴人に対する所有権移転登記及びいわき産業を抵当権者とする抵当権設定登記が経由され、他の四筆の土地については、加藤毅からいわき産業に対する所有権移転登記が経由された。

(二) いわき産業は、昭和六三年二月八日、産業廃棄物処理業の許可を受け、本件(一)ないし(六)土地で埋立処分事業を始めたが、過剰埋立てを行ったり、地元住民の反対があったりしたため事業の継続が困難となり、昭和六二年一一月から二年が経過しても、本件(二)、(三)土地を茶畑として使用できる状態にして控訴人に引き渡すことができなかった。そのため、控訴人は、いわき産業に対し、本件(二)、(三)土地に関する契約を解除するので、農業者年金を受給する妨げとならないよう、早く登記名義を変更してくれというようになった。いわき産業は、控訴人の要求に応じると約束したものの、登記名義の変更について具体的な手続には入らなかった。

(三) いわき産業は、本件(一)ないし(六)土地及び右土地上の事業の売却先を探していたが、平成三年五月一五日、京葉環境センターとの間において、国土利用計画法に基づく不勧告通知がされた後に、本件(一)ないし(六)土地及びこれらの土地についての産業廃棄物に関する諸権利を五三〇〇万円で売買する契約を締結するとの覚書を取り交わした。

その後、いわき産業は、同年七月二九日、京葉環境センターに対し、本件(一)ないし(六)土地及びこれらの土地についての産業廃棄物に関する諸権利を売り渡し、右代金の支払を受ける一方、本件(二)、(三)土地以外の土地については、同月三〇日、いわき産業から京葉環境センターに対する所有権移転登記を経由した。しかし、本件(二)、(三)土地については、農地の転用が困難であったため、控訴人名義のままとされ、いわき産業が控訴人に名義を借りていることを明らかにするため、同年九月一二日をもって、売買予約を原因とし、権利者をいわき産業とする所有権移転請求権仮登記が経由された。

しかし、京葉環境センターも、本件(一)ないし(六)土地で産業廃棄物処理事業を進めることができないまま、同社は、平成四年一〇月一九日、被控訴人に吸収合併された。

(四) 平成五年に、本件(二)、(三)土地に経由されていたいわき産業の前記所有権移転請求権仮登記は抹消され、本件(二)、(三)土地は、同年七月一日、いったん合筆されたあと、一〇九九番二の土地と一〇九九番七の土地に分筆された。これらの手続は、控訴人への相談なく採られ、右土地の登記済証も控訴人には交付されなかった。

(五) 平成六年八月ころ、被控訴人の従業員である奴賀広二(奴賀)が、控訴人宅を訪れ、被控訴人が本件(二)、(三)土地(分筆後の一〇九九番二の土地と一〇九九番七の土地)を買い受けたので、所有権移転登記手続に必要な書類を用意してほしい旨控訴人に申し入れた。その際、奴賀は、このことは誰にも黙っていてほしいと言ったので、控訴人は不審に思い、その約一〇日後、控訴人宅において、いわき産業の滝代、当初から松田や滝代と共に控訴人宅に出入りしていた有限会社誠優産業(誠優産業)の代表者である高橋祐二(高橋)、平成三年暮れころから処分場の現地責任者と名乗って滝代と共に控訴人宅に出入りしていた荒川と奴賀との間で話合いの場が持たれた。

しかし、高橋と奴賀とは、これまでの費用の負担のことで争いになり、話合いは物別れに終わった。

(六) 同年九月一二日になって、控訴人は、滝代、高橋、荒川から、本件(二)、(三)土地の登記名義を変更することになったと伝えられたので、松田に確認したところ、松田は、いわき産業と京葉環境センターとの間の覚書を見せて、荒川らに所有権移転登記手続に必要な書類を渡すよう指示した(甲二二号証には、控訴人が書類を交付する前に松田に事前に相談したことはない旨の松田の発言を記載した部分があるが、甲二二号証は、原審における控訴人の尋問の後、一年以上も経って松田に事実を確認したというものであり、控訴人からの登記名義の変更に関して責任を回避するような発言のあることからして、松田が正確な陳述をしているとはみることができず、前記発言部分を信用することはできない。)。

そこで、控訴人は、同日、高橋及び荒川に対し、控訴人の印鑑証明書、評価証明書及び委任状を交付した。

(七) そして、一〇九九番七の土地については、同月二二日をもって誠優産業に対する所有権移転登記が経由され、一〇九九番二の土地については、平成七年一月一二日をもって加藤達雄に対する所有権移転登記が経由された。

2  控訴人の不法行為の成否について

1で認定したとおり、控訴人は、いわき産業から依頼され、将来の売買の話もあって本件(二)、(三)土地の登記名義人となったものであり、その後、売買の話がなくなってからも、専らいわき産業のために登記名義人となっていたものである。

このように委託を受けて登記名義人となっている以上、登記名義人となった者は、登記名義の変更に関し委託した者の指示に従って行動すべき義務がある。そして、委託者の指示がない以上、所有権移転登記手続に必要な書類を委託者が指示する者以外の第三者に交付すべき義務は生じない。けだし、登記名義人と委託者との間には、委任契約上の善管注意義務が存在し、委託者の指示に反し、あるいは指示を仰がないで登記の書類を第三者に交付することは、委託者の権利を害することになるからである。このことは、委託者から当該不動産を譲り受けた者があるときでも変わりはなく、右の者は、登記名義人に請求するのではなく、委託者である譲渡人に請求することによって、所有権移転登記の経由又は所有権移転登記手続に必要な書類の交付を受けることができる。

そうすると、控訴人は、本件(二)、(三)土地の所有権移転登記手続に必要な書類を、委託者の指示がない被控訴人に交付すべき義務があったということはできず、委託者であるいわき産業の指示に従って右書類を荒川らに交付した控訴人の行為は、何ら不法行為に当たらないというべきである。被控訴人が本件(二)、(三)土地の所有権を取得したことを控訴人が知っていたか否かは、以上の結論を左右するものではない。

右によれば、被控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるといわねばならない。

二  したがって、被控訴人の請求を一部認容した原判決は失当であるからこれを取り消し、右部分に係る被控訴人の請求を棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官淺生重機 裁判官菊池洋一 裁判官江口とし子)

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