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東京高等裁判所 平成10年(ラ)2852号 決定 1998年12月10日

抗告人

椎原タミエ

右代理人弁護士

小口恭道

高橋利全

相手方

株式会社スクエアー

右代表者代表取締役

山田四郎

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨

「原決定を取り消す。相手方の本件申立てを却下する。」との裁判を求める。

二  本件抗告の理由

別紙「抗告理由書」に記載のとおりである。

三  抗告理由に対する当裁判所の判断

本件記録によれば、大崎喜太(以下「大崎」という。)と江川士郎(以下「江川」という。)との間で、昭和五一年一一月一七日付けで原決定別紙物件目録記載の車庫部分(以下「本件車庫」という。)の使用についての契約書が作成されていることが認められるが、この契約書によれば、江川の使用権が賃借権である旨の記載はなく単に「使用権」と記載されていること、江川は大崎に対し「使用権として」一五〇万円を支払うが、江川が本件車庫を明け渡す場合には大崎は江川にこの一五〇万円を返還する旨定められていることが認められる。

そうすると、大崎は江川に本件車庫を使用させることによって一五〇万円の金利相当額の経済的利益を得るにすぎないことになる。そして、本件記録によれば、本件車庫はJR西荻窪駅から徒歩約五分の場所にある鉄筋コンクリート造三階建のマンションの一階にあり、その面積は約三〇平方メートルであることが認められるところ、このような本件車庫の利便性や広さに照らして、一五〇万円の金利相当額の給付をもって賃料であるとは到底認めることができない。このことと、契約書に賃貸借契約であることが明示されていないことを併せ考えれば、前記契約は賃貸借契約ではなく、使用貸借契約であると解するのが相当である。

大崎から本件車庫を含む建物の所有権を取得した青葉設備株式会社が江川に対して本件車庫の明け渡しの請求をしなかったとしても、任意に貸主の地位を承継したにすぎないと考えられるから、この事実は江川の有する使用権原が使用借権ではなく賃借権であることを裏付けるものではない。

したがって、抗告人が江川から右使用借権を承継したとしても、これをもって買受人に対抗することはできないから、抗告人は引渡命令の対象になるものというべきである。

なお、引渡命令発令手続においては、弁論主義の適用はなく、執行裁判所は、当事者の主張のない事実も判断の基礎とすることができると解される。

四  結論

よって、原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用を抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官西田美昭 裁判官筏津順子)

別紙抗告理由書

抗告人(相手方)椎原タミエ

被抗告人(申立人)株式会社スクエアー

上記当事者の頭書番号の執行抗告事件につき、抗告人は、下記のとおり、抗告の理由を述べる。

平成一〇年一一月一八日

抗告代理人

弁護士 小口恭道

同   高橋利全

第一点 本件不動産(車庫部分)の占有開始時期について

1 基本事件である東京地方裁判所平成八年(ケ)第四一〇二号不動産競売事件の記録(平成八年一二月一七日付現況調査報告書二枚目)によれば、本件不動産の占有者は江川士郎(以下、江川という)、占有開始時期は昭和五一年一一月一七日と記載されている。この事実については、抗告人提出の契約書(乙第三号証)の乙欄(借主)の氏名、契約日とも合致しており、抗告人もこれについては争わないものである。

2 となると、問題は、抗告人が江川の占有を承継しているかいなかであるが、遺言公正証書(乙第二号証、第三条)、建物登記簿謄本(乙第一号証)等から明らかなように、江川の遺言に基づき、江川の死亡(平成九年六月二四日)以後は、抗告人が江川の占有を承継していることは明らかである。

3 ところで、被抗告人の抗告人に対する引渡命令申立の理由は、「相手方は上記不動産の差押後に、これを占有した」(傍点引用者)のみであるが、抗告人の占有は、本件不動産の差押前から開始されていることになるのであるから、被抗告人の申立に理由がないことは明白である。

第二点 抗告人の本件不動産(車庫部分)の占有権原について

1 この占有権限について判断するうえで最も重要な点は、前述の契約書(乙第三号証)で江川が取得した「使用権(第一条参照)が、借家権であるか、そのとも使用借権であるかであるが、それは、借主である江川が貸主(当時の本件不動産の所有者である大崎喜太)に対して支払った一五〇万円の趣旨・性格が何かであるかによって決まるものである。

昭和五一年当時で一五〇万円という相当高い金額であること、使用目的が「倉庫及び車庫等」(実際は物置としてのみ使用)であること、貸主・借主とも法律の専門家でないこと、本件不動産の面積が三〇m2前後の狭いものであること、及び本件不動産中には共用部分(設備関係)が含められ、借主の使用に制約があること等をあわせ考えると、この一五〇万円は、賃料の前払分とみるのが相当であり、これ以外には考えられない。

従って、江川の占有権原は借家権であり、ひいては、抗告人の占有権原も借家権であることは明らかである。

2 なお、前述の現況調査報告書(三枚目)の関係人の陳述(前所有者の青葉設備株式会社の代表者の陳述)によると、「……ただし、隣室の車庫はここにある契約書のとおり、私がこの建物を購入する前に前所有者だった大崎喜太と江川士郎との間で一五〇万円の授受のもとに使用させる契約があり、私は今だ(ママ)に、これを守らされていて、車庫の中にある者はすべて江川のものである。」(傍点引用者)と記載されている。

青葉設備は、その前の所有者の大崎喜太(改名後は大崎喜三次)から、本件不動産を昭和五五年八月二五日に売買により取得しているのであるが、この陳述からしても、前述の契約上の貸主としての地位も大崎から承継していることが認められる。このことは、江川の占有権原が使用借権(売買により対抗力を失ってしまう)ではなく、借家権であることを示す証左である。

3 ところで、前述の不動産競売事件中の物件明細書によれば、賃借権欄は抹消され、備考欄には「車庫部分につき、占有者江川士郎の占有権原は使用借権と認められ、買受人は対抗できない。買受人に対抗できる権原を有しないので、引渡命令の対象となる。」と記載されている。

この裁判官の見解は、現況調査報告書(三枚目)の中の執行官の意見(「……所有者である青葉設備(株)と江川士郎との間で何らかの賃貸借契約は存在しないから、使用借と認めるのが相当である。」をそのまま認めてしまったことによることは、記録上明らかである(裁判官はおそらく契約書を検討していないとおもわれる)。

しかしながら、この執行官の意見は、充分な現況調査のないまま(契約書の写の交付を受けず、写真撮影のみで、その写真からは契約書の文言の判読は極めて困難であり、また占有者の江川に対する照会・問い合わせもない)、青葉設備の代表者の陳述(契約書の所持と「守らされている」との発言からして、青葉設備と江川との間で契約関係が成立していることは、素人でもわかることである)を無視したことによるものであり、誤っていることは明白である。

原裁判所は、多数の競売事件をかかえ大変な状態にあることとは思うが、それにしても、執行官の不充分な現況調査と誤った意見に安易に依拠した裁判官の見解をそのまま採用した原決定は、本来保護されるべき権利を否定してしまうものであり、極めて不当である。代理人には、「同じ仲間をかばう」ためにこのような決定をしたのではないかと思われるのである。

4 また、被抗告人は、本件不動産の入札前の平成一〇年七月一一日に、現況調査をしており、抗告人や別件の相手方である椎原芳郎が本件不動産を現に占有していることを知っており、契約書の写も入手している(平成一〇年九月一四日付現況調査報告書参照)のであるから、入札前に本件占有の権原等について、検討する機会は充分あったものであるから、保護する必要性は認められない。

第三点 原決定が被抗告人の主張していない理由に基づいてその申立を相当と認めていることについて

1 前述のように、被抗告人の引渡命令の申立の理由は、差押後の占有であることのみであって、その占有権原の点については何も主張していない。

2 原決定が、それにかかわらず、その申立を相当と認めたのは、抗告人の占有権原が使用借権であると認定したからであると思われる。

これは、民事訴訟法(民事執行法第二〇条参照)の当事者主義及び弁論主義に反する違法なものである。

以上の理由により、原決定は取り消され、かつ被抗告人の申立は却下されるべきである。

以上

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