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東京高等裁判所 平成10年(ネ)4681号 判決 1999年10月27日

控訴人(原審原告)

三共株式会社

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

久保田穰

増井和夫

橋口尚幸

被控訴人(原審被告)

株式会社陽進堂

右代表者代表取締役

【B】

右訴訟代理人弁護士

板井一瓏

主文

控訴人の当審における請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人は、当審における訴えの交換的変更に伴う新請求として、

1  被控訴人は、控訴人に対し、金四〇〇〇万円及びこれに対する平成一一年一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求めた。

二  被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

第二  事案の概要

本件は、既に存続期間が終了した医薬品に係る特許権の権利者であった控訴人が、被控訴人において、原判決別紙一「物件目録」記載の物質を含有する製剤につき薬事法に基づく医薬品製造承認の申請をするために必要な試験を特許権存続期間中に行ったことが、特許権存続期間中における右製剤の製造販売を目的とするものであって、右特許権を侵害する行為であると主張し、被控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償として、被控訴人が特許権存続期間後に右製剤を製造販売したことによって得た利益の額の支払を請求した事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  原判決の引用

(一)控訴人の特許権(本件特許権)、(二)本件特許権の明細書の特許請求の範囲1項の記載、(三)ロキソプロフェンナトリウム、(四)被控訴人製品の製造販売、(五)控訴人と被控訴人間の仮処分及び訴訟の経緯については、原判決「事実及び理由」欄の第二「事案の概要」の一「争いのない事実」(原判決三頁九行目から八頁九行目まで)の記載のとおりであるから、これを引用する。

但し、原判決六頁二行目から三行目にかけての「ロキソプロフェンナトリウム製剤の医薬品製造承認(本件製造承認)を取得した。」を、「原判決別紙一「物件目録」記載のロキソプロフェンナトリウムを含有する製剤(以下「被控訴人製品」という。)につき、薬事法に基づく医薬品製造承認(承認番号(〇六AM)第〇六七一号、以下「本件製造承認」という。)を取得した。」に改める。

2  本件試験の実施

被控訴人製品につき薬事法に基づく医薬品製造承認の申請をするためには、その申請書に、所定の試験に関する資料を添付する必要がある。右資料は、後発医薬品の製造承認申請をする場合において必要とされるものであり、被控訴人は、被控訴人製品につき本件製造承認の申請をするに当たり、右資料の作成を目的として、本件特許権の存続期間中にロキソプロフェンナトリウムを使用して必要な試験を行った。その試験のうちの主たるものは生物学的同等性試験(申請に係る医薬品及び先発医薬品を投与した各被験者の血中濃度の比較試験)である(以下、被控訴人製品のような後発医薬品について医薬品製造承認を申請しようとする場合に一般に必要とされる試験を「各種試験」といい、被控訴人が現実に行った右試験を「本件試験」という。)。

3  特許権存続期間終了後の被控訴人製品の製造販売

被控訴人は、本件特許権の存続期間満了日である平成九年四月五日の経過後まもなく、被控訴人製品につき薬価基準の収載を受け、同年七月から現在まで、本件製造承認に基づいて被控訴人製品の製造販売を行っている。

同年七月から平成一〇年一二月までの間に、被控訴人が販売した被控訴人製品の売上高は二億円であり、これによって被控訴人の得た利益の額は四〇〇〇万円である。

二  争点及びこれに関する当事者双方の主張

1  争点

本件特許権の存続期間終了後である平成九年七月以降の被控訴人による被控訴人製品の製造販売が控訴人に対する不法行為に当たるか。

また、本件試験の実施が本件特許権を侵害する不法行為であり、平成九年七月以降の被控訴人製品の製造販売によって被控訴人が得た利益に相当する額が、控訴人の損害に当たるか。

2  争点に関する控訴人の主張

(一) 被控訴人が、被控訴人製品につき本件製造承認の申請をするために本件試験を行ったことは、本件特許権を侵害する行為である。

すなわち、被控訴人製品は本件特許発明の技術的範囲に属するものであり、本件試験は被控訴人製品を使用して行ったものであるから、本件特許発明の実施に当たるものである。

また、最高裁判所平成一一年四月一六日判決は、第三者が、特許権の存続期間終了後に特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じくする後発医薬品を製造販売することを目的として、その製造承認申請のために、特許権存続期間中に、特許発明の技術的範囲に属する医薬品を生産・使用して、申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことが、特許法六九条一項所定の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり、特許権侵害にならない旨の判断をしたところ、控訴人は、このような見解に反対するものであるが、その点は措くとしても、被控訴人が、本件特許権の存続期間中に本件試験を行って本件製造承認を取得したのは、本件特許権の存続期間終了後に被控訴人製品を製造販売することを目的としたものではなく、本件特許権の存続期間中に被控訴人製品を製造販売することを目的として、本件特許権の存続期間中に本件試験を行い、製造承認申請をし、本件製造承認を取得した(そして、現実に本件特許権の存続期間中に被控訴人製品を製造販売した)ものであるから、被控訴人による本件試験の実施が特許法六九条一項に当たらず、本件特許権を侵害する行為であることは明白である。

そして、被控訴人が平成九年七月から行っている被控訴人製品の製造販売は、かかる本件特許権侵害行為として不法行為に当たる本件試験の実施によって得た本件製造承認に基づくものである。この場合に、被控訴人製品の製造販売が本件特許権の存続期間終了後であったからといって、右本件試験の実施が遡って適法となることはあり得ない。

(二) したがって、被控訴人が平成九年七月以降に行っている被控訴人製品の製造販売は、不法行為である本件試験の実施の結果により可能となったものであり、いわば違法行為の果実を利用したものであって、その製造販売自体も控訴人に対する不法行為であると解すべきである。

そして、被控訴人が、右不法行為である被控訴人製品の製造販売行為によって得た利益に相当する額は、控訴人の逸失利益の損害の額に当たり、平成九年七月から平成一〇年一二月までの期間中に生じた右損害の額は、右一の3のとおり、四〇〇〇万円である。

(三) 仮に、被控訴人が平成九年七月以降に行っている被控訴人製品の製造販売自体が不法行為に当たらないとしても、被控訴人による本件試験の実施が本件特許権を侵害する不法行為であることは右(一)のとおりである。

そして、被控訴人は、右不法行為である本件試験の実施により本件製造承認を取得した結果、本件特許権の存続期間終了後早期に被控訴人製品の製造販売を行うことが可能となったものであるが、仮に、被控訴人が右不法行為に及ばず、本件特許権の存続期間終了後に、被控訴人製品の製造承認を取得するための各種試験に着手したとすれば、試験期間及び申請後製造承認を取得するまでに通常要する期間を考慮して、製造承認を取得し得た時期は平成一一年五月末ころであった。また、被控訴人製品は一般の薬局で販売されるものではなく、医師によって処方される薬剤であって、現状では健康保険の対象として薬価基準に収載されなければ販売が不可能であるところ、平成一一年五月末ころに製造承認を取得したとすれば、薬価基準に収載される時期は平成一二年七月ころになる。

したがって、被控訴人が不法行為である本件試験の実施に及ばなければ、被控訴人は平成一二年七月ころまで被控訴人製品の製造販売が不可能であったのであるから、被控訴人が、平成九年七月から現在までの間に被控訴人製品の製造販売によって得た利益に相当する額は、右不法行為と相当因果関係のある控訴人の逸失利益の損害の額に当たる。そして、平成九年七月から平成一〇年一二月までの期間中に生じた右損害の額は、右一の3のとおり、四〇〇〇万円である。

3  争点に関する被控訴人の主張

(一) 被控訴人が、被控訴人製品につき本件製造承認の申請をするために本件試験を行ったことが本件特許権を侵害する行為であるとする控訴人の主張は争う。

(二) 被控訴人が平成九年七月以降に行っている被控訴人製品の製造販売が、控訴人に対する不法行為であるとする控訴人の主張は争う。

仮に、被控訴人による本件試験の実施が本件特許権侵害行為に当たるとしても、本件製造承認は厚生大臣による独自の審査と判断に基づいてなされたものであって、それ自体が違法となるものではなく、したがって、本件製造承認に基づく被控訴人製品の製造販売が不法行為となることはない。

(三) 被控訴人が平成九年七月から現在までの間に被控訴人製品の製造販売によって得た利益に相当する額が、不法行為である本件試験の実施と相当因果関係のある控訴人の損害の額に当たるとする控訴人の主張は争う。

第三  当裁判所の判断

一  仮に、控訴人の主張するとおり、被控訴人が、本件特許権の存続期間中に、本件製造承認の申請のため本件試験を行ったことが、本件特許権を侵害する行為であったとしても、次に述べるとおり、被控訴人が本件特許権の存続期間終了後である平成九年七月以降に行っている被控訴人製品の製造販売が控訴人に対する不法行為に当たると解することはできないし、また、被控訴人が平成九年七月以降に被控訴人製品を製造販売していることによって、控訴人が、本件特許権侵害行為である本件試験の実施による損害を受けたと解することもできない。

1  薬事法は、医薬品の製造業の許可を受けた者でなければ、業として、医薬品の製造をしてはならない旨(同法一二条一項)、厚生大臣は、基準を定めて指定する医薬品を除き、医薬品を製造しようとする者から申請があったときは、品目ごとにその製造についての承認を与える旨(同法一四条一項)、製造業の許可の申請者が製造しようとする物が製造承認を要するものであって、製造承認を受けていないときは、その品目に係る製造業の許可を与えない旨(同法一三条一項)をそれぞれ定めており、これらの規定によれば、結局、業として医薬品を製造しようとする者は、厚生大臣が基準を定めて指定する医薬品を除き、品目ごとに厚生大臣の製造承認を得る必要があることになる。そして、同法一四条二項は、製造承認は、申請に係る医薬品の名称、成分、分量、構造、用法、用量、使用方法、効能、効果、副作用等を審査して行うものとし、同条三項は、製造承認申請をしようとする者は、厚生省令の定めるところにより、申請書に資料を添付して申請しなければならないとしているところ、後発医薬品の製造承認申請のための各種試験も、右各規定の定めに従って、厚生省令である薬事法施行規則一八条の三により申請書に添付する必要のある資料を得るために、行われるものである。

しかるところ、薬事法は、「医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具の品質、有効性及び安全性の確保のために必要な規制を行うとともに、医療上特にその必要性が高い医薬品及び医療用具の研究開発の促進のために必要な措置を講ずることにより、保健衛生の向上を図ることを目的とする」(同法一条)ものであって、同法が医薬品の製造につき製造承認を要するものとする規制を行い、その申請に係る医薬品について所定の審査を行うのも、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保して、国民の保健衛生の向上を図るためであるものと解され、当該医薬品に係る特許権者の利益を保護することをその目的とするものとは解されない。薬事法上、その申請に係る医薬品の製造販売を行うことが他人の特許権を侵害しないこと、あるいは、その申請に当たって実施した各種試験が他人の特許権を侵害したものではないことが、製造承認の要件とされているものと解すべき規定は存在しない。

2  ところで、控訴人は、被控訴人が平成九年七月以降に行っている被控訴人製品の製造販売が、不法行為である本件試験の実施によって得た本件製造承認(平成六年三月一五日)に基づいて可能となったものであり、いわば違法行為の果実を利用したものであって、その製造販売自体も控訴人に対する不法行為であると主張する。

しかしながら、厚生大臣のした行政処分である本件製造承認が、処分の取消しの訴えによって取り消された旨の主張立証はなく、また、右1のとおり、各種試験が他人の特許権を侵害したものではないことが、製造承認の要件とされているものとは解されないから、被控訴人が実施した本件試験が本件特許権を侵害する行為であったとしても、その故に本件製造承認が違法となるものではなく、まして、それが本件製造承認の明白な瑕疵として、本件製造承認を無効ならしめるものではあり得ないから、それによって本件製造承認の効力にいささかでも影響が及ぶものということはできない。

そして、業として医薬品を製造しようとする者がその製造承認を得なければならないとされるのは、薬事法の定める規制であるところ、右1に見たとおり、薬事法は、当該医薬品に係る特許権者の利益を保護することを目的として該規制を設けたものではない。したがって、仮に被控訴人が本件製造承認を取得しなかったとすれば、被控訴人製品の製造販売をすることができず、そのことにより、控訴人において、本件特許権の存続期間終了後も、被控訴人との市場における競合を一定期間免れ得たものとしても、それは、薬事法の規制の影響で特許権者であった控訴人にたまたま生じた単なる反射的利益にすぎず、控訴人にとっての法的利益とはなり得ないものである。

そうすると、被控訴人が、特許権侵害行為である本件試験の実施を経てであるにせよ、薬事法上適法に本件製造承認を取得した結果、本件特許権の存続期間終了後に、被控訴人製品の製造販売をすることが可能となり、控訴人が市場で被控訴人と競合することになったとしても、それは、控訴人にとって、薬事法の規制の影響で生じ得た反射的利益を受け損なったというにすぎず、右の市場における競合をもたらした被控訴人による被控訴人製品の製造販売が、控訴人の権利を侵害するものであるとは到底解されない。

したがって、本件試験の実施が本件特許権を侵害する行為であったとしても、被控訴人による平成九年七月以降の被控訴人製品の製造販売自体が、控訴人に対する不法行為に当たるものとは解されず、控訴人の前示主張は失当である。

3  控訴人は、被控訴人が不法行為である本件試験の実施に及ばなければ、被控訴人は平成一二年七月ころまで被控訴人製品の製造販売が不可能であったのだから、被控訴人が、平成九年七月から現在までの間に被控訴人製品の製造販売によって得た利益に相当する額は、右不法行為と相当因果関係のある控訴人の逸失利益の損害の額に当たるとも主張する。

しかして、本件試験の実施が本件特許権を侵害する行為であったとすれば、その実施の際に製造、使用等がなされた被控訴人製品に係る損害が控訴人に生じたことはいうまでもない。しかしながら、特許権の存続期間終了後においては、特許法上、何人も自由に当該特許発明の実施をすることができるものであり、特許権者以外の者による存続期間終了後における特許発明の実施が、それによって特許権者であったものとの市場における競合をもたらすとしても、特許権者に対し何らかの損害を与えるものではあり得ない。他方、業として医薬品を製造しようとする者がその製造承認を得なければならないとされ、製造承認を得なければ医薬品の製造販売ができないのは、前示1のとおり、薬事法が、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保して、国民の保健衛生の向上を図るという特許権者の利益の保護とは全く無関係な目的に基づいて定めた規制の結果であるにすぎない。したがって、特許権者以外の者によってなされた特許権存続期間の終了後における当該特許発明であった医薬品の製造販売については、製造承認の効力の欠缺、その他薬事法上の違法事由が仮にあったとしても、その故に当該医薬品の製造販売が、特許権者に対し何らかの損害を与えるものということはできない。

しかるところ、本件試験は専ら本件製造承認の取得のためになされたものであるから、それが本件特許権の侵害に当たるとしても、そのことによる効果としては、特許法上、前示の本件試験の実施の際の被控訴人製品の製造、使用等に係る損害が控訴人に生じること以外には、本件製造承認の薬事法上の効力に何らかの影響を及ぼす可能性が考えられるのみである。しかしながら、本件試験が本件特許権の侵害に当たるが故に、本件製造承認が薬事法上違法であると仮定したとしても、右に見たとおり、本件特許権の存続期間終了後に本件製造承認に基づいて被控訴人が行った被控訴人製品の製造販売によって控訴人が損害を受けたということはできないのであり、まして、前示2のとおり、本件試験が本件特許権の侵害に当たるとしても、本件製造承認の薬事法上の効力が影響を受けるものとは解されないのであるから、本件特許権の存続期間終了後である平成九年七月から現在までの間の被控訴人による被控訴人製品の製造販売によって、控訴人に該特許権侵害による損害が生じたものと解することはできない。

したがって、控訴人の前示主張も失当というほかはない。

二  以上によれば、控訴人の当審における新請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものである。

よって、右請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六七条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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